神も仏もいないなら   作:りっくんちゃん

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4.巧者の蹂躙

 任務を終え、帰宅に向かっていた途中、無線が入り、急遽別の任務が入った。推定一級呪霊の討伐だ。

 

「討伐要請のわりには、あまりにも情報が少ないようにも思えますね。」

 

「えぇ、補助監督三名を動員して街の住民に聞き込みや捜索を行っていますが、かなり排他的な様子でほとんど情報を得られていないようです。」

 

 現場への送迎を行う補助監督が答える。時間はもう五時を過ぎており、今から東北地方へ向かうとなるとかなり時間がかかることが予想された。その時間を利用し資料を読み込む。

 

「…定期的な見回りを行っていた、三級術師が行方不明。それに伴い二級術師が派遣されたものの、同様に行方不明ですか。」

 

「はい。また二人目の二級術師の方は準一級術師への昇級試験を間近に控えていた方で、ほぼ確実に準一級に上がるだろうと目されていました。その方で対処できず、呪霊も確認できていないため、呪霊を推定一級呪霊と認定し、一級術師以上の手が空いている方を当たった結果、七海さんに白羽の矢が立ったようです。」

 

 呪霊の確認が出来ていないにもかかわらず、術師を派遣する当たりよほど危険性が高いと判断したのか。資料をパラパラとめくる。ほとんど情報が集まっていない以上、その内容は薄く、数分で読めるものだった。

 

 気になる点はあまりない。世帯の収入は街の規模からみて平均程度であり、閉鎖的というのも村から発展した街にはよく見られる点だ。しかし、閉鎖的な環境を保つにはこの街は少々大きすぎる。住んでいる人のほとんどが顔見知りというのも人口に対してはかなり珍しいだろう。

 

 何か裏があるのか、うがった見方をしすぎているのか。

 

「ここ最近、呪霊の被害は確認されていたのですか。」

 

 呪霊が活発化するということは何かしらの変化が起きたということだ。閉鎖的な村なら余所から人がやってきて幅を効かせ始め、それをよく思わない人から生じる負の感情から呪霊が生まれることもあり得る。

 

「いえ、確認できている限りでは呪霊による被害、人為的な被害もここ十年間でありません。」

 

「人為的な被害とは、窃盗といった事件すら起きていないということですか。」

 

「はい。」

 

 いくらコミュニティが密接で犯罪を犯しにくい状況にあろうと、人が集まる場所で長期間犯罪が起こらないとは考えにくい。ならば、そういった事件を恒常的に隠蔽しているのか、それとも気性に関与する呪霊が発生しているのだろうか。

 

 

「着きました。ここが、最後に二級術師の方から連絡があった場所です。私達補助監督も引き続き調査にあたります。」

 

「ええ、お願いします。」

 

 降ろされた場所は住宅街にある公園の前だった。既に日は傾き始めており、あっという間に夜になるだろう。車から一歩足を踏み出す。ほんの一瞬、周囲の人から視線が集まった。即座に目を逸らされたが、様子を見ると先程まで遊んでいた家族も急いで帰宅の準備をしているように見える。

 

「すみません、最近、この辺りで…」

 

「…」

 

 一先ず聞き込みをしようと声をかけるも無視をされる。そのやりとりを数回繰り返すと、周囲に人は居なくなっていた。なるほど、確かに排他的だ。しかし、余りに露骨が過ぎる。これでは、何か隠し事があると言っているようなものだろう。

 

 夜が訪れる。

 

 この街の住民は私が話しかける際、私を恐れているようだった。いや、私というより部外者に何かが漏れることを恐れているのだろう。しかし、そういった恐れを常に内包している割にこの街には呪霊が少ない。

 

 この街には電車やバスが通っており、完全に外部と遮断されているわけではない。少なからず、外部の者は居るはずである。すると、住民は常に情報漏洩を恐れることになる。

 

 恐れや怯えは負の感情だ。こんな状況であれば、呪霊が現れてもおかしくない。

 

 しかし、呪霊の活動しやすい夜になったのにも関わらず一体たりとも呪霊と遭遇していない。危険な呪霊はもちろん、四級呪霊と言った下級のものもだ。これは異常。どんな街であろうと人が集まる以上、呪霊は生まれる。すると考えられるのは、受け皿となって居るような場所があるのか、他の誰かがあらかた祓ったのか。

 

 住宅街から街の方へ歩いていた足を止める。角を曲がると大きな人だかりができていた。しかし、昼間のように部外者である私を見ているのではない。

 

 近づくと周りの人々は私に気づいたのか、咄嗟に体を横に並べた。明らかに何かを隠そうとしている。そして何より、わずかに漂う血臭と残穢の気配。ただ事ではない。

 

「すみません、どいていただけませんか。」

 

 そう伝えるも、周りの人は顔を見合わせるだけで動こうとしない。事は急を要する。少し強引に立ち入る必要があるかもしれないと考えたときに、血まみれの男が人混みを割って出てきた。

 

「あんた、外の人間だろう!」

 

「確かにそうですが。それより、大丈b」

 

 そう答えると藁にもすがるような勢いで私の襟元を掴み、男は叫ぶ。

 

「頼む、娘が、娘が攫われたんだ!あんたしか、外のあんた以外に頼れる人がいないんだ!!」

 

 その男の腹には大きな穴が開いておりどう見ても致命傷だった。しかし、彼はそれを全く気にせず死の淵にいる人とは思えないような強さで私を引っ張っている。

 

「…娘さんはどこに、何に浚われたかわかりますか?特に、人が普段近づかないような疑わしい場所は?」

 

 そう聞きながらも、救急車の手配と補助監督に連絡を入れる。きっと手遅れになるだろうがないよりはましだからだ。

 

「わからん、黒い靄のようだった。浚われた場所も心当たりもない!だが、」

 

 一瞬迷ったような表情を浮かべる。しかし、それを振り切ったようで迫力のある瞳で答えた。

 

「ここから西にある山の一部に鍾乳洞がある。そこは誰も寄り付かないように昔から言いつけられているがきっとそこに違いない!」

 

 その鍾乳洞という言葉が出た瞬間、周囲の人が息を呑む。おそらくこの街の者にとってのタブー。部外者に伝えてはいけない部分なのだろう。

 

「なるほど。お子さんの服装や特徴は?」

 

「短髪の黒髪にピンクのジャンパーを着ている。頼む、助けてくれ!」

 

「わかりました。最善を尽くします。」

 

 そう伝えると、力を絞り切ったかのように気を失った。ゆっくりと横に座らせ周りの人のうち比較的、彼と同年代の男に声をかける。彼が先ほど鍾乳洞という言葉を出した際に最も動揺が薄かった男だ。

 

「鍾乳洞への行き方を教えていただけますか。彼の娘さんの命にかかわります。」

 

 すると、一瞬の間逡巡したが了承し、車で送り届けると伝えた。しかし、それを断り、位置情報だけをいただいて一直線でその場に向かう。

 

 ところどころ、道は舗装されており、山道とはいえ、案外早く鍾乳洞への入り口と思われる洞窟へたどり着く。そしてその中に一歩踏み出した瞬間景色が一変する。幻想的でありながらもその美しさを壊すようなおどろおどろしげな数々の穴と髑髏。不完全ながら、生得領域が展開されている。

 

 この呪力の密度では特級呪霊の可能性も存在しうる。そう思いながらも先に進むと開けた場所に出た。血だまりと何かを隠すように青いパーカーが被されていた。

 

 厳しい顔になっていることを自覚しながらも、パーカーをめくる。

 

 そこには先ほど聞いた特徴に一致する小さな少女が横たわっていた。

 

「…」

 

 一瞬黙禱し、パーカーを戻す。呪霊がこのパーカーをかけたとは思えない。だれか、この持ち主が来ているはずだ。

 

 その持ち主を探そうと立ち上がった瞬間、背中から呪符をまいた刃物を取り出し横なぎに振り払う。すると、壁に呪霊が打ち付けられた。人間大の蜂型呪霊。それがこの領域の主だろうか。それならばこの無数の穴が開いた生得領域も説明できる。蟻の可能性も捨てきれないが。

 

 すると、無数に空いた穴の一つから青い炎に包まれた蜂が一匹飛び出し、目の前で燃え尽きた。

 

 誰かが呪霊と戦闘している?

 

 急いでその穴に入り、通路を駆け抜ける。すると、再び開けた場所に出た。そこにはすさまじい惨状が広がっている。壁のあちこちに青い炎が引火してまるで地獄のような様相を呈していた。足元には骸骨だけではなく、もとは蜂であったのだろう塵のようなものも存在している。

 

 その先を見ると蜂型呪霊と明らかに呪力量が違う大きく歪な呪霊がいた。あれがこの生得領域の主だろう。こちらに注意が向いていない現状、最もダメージが入るであろう頭部に術式を合わせようとして、

 

 一つの小さな人影が地面に倒れ伏しているのが目に入る。上には先ほどの蜂型呪霊がのしかかり、今にもその毒針を細い背中に突き立てようとしていた。

 

十劃呪法

 

 一瞬で距離をつめ、目の前の巨大な呪霊を横なぎに振り飛ばす。その勢いのまま、のしかかっている蜂型呪霊に術式を発動させ、その周囲にいる蜂型呪霊ともども消し飛ばした。

 

 横たわっていた人影は腰まで黒い髪を伸ばした少女だった。歳は中学生ぐらいからだろうか。先ほどの女の子の姉かと思ったがその右手に握られている一本の刀でわずかに警戒する。おそらく先ほどまで蜂型呪霊と戦闘していたのはこの娘だ。呪術師が来ているという報告は受けていないため、考えられるのは呪詛師。そこまで考えを巡らせ、詰問するか、一先ず簡単に捕縛するか考え、

 

 その瞳を見てそんな考えが霧消する。

 

 その瞳に浮かんでいるのは強い怯えの色だ。その対象が私か、呪霊に対してかはわからないが、まるで迷路に一人残された幼子のような瞳をしている。

 

「一体どういう状況かわかりませんが…。一先ず、大丈夫ですか。」

 

 体を見ると、あちこちから出血し、衣服に血がにじんでいる。左腕はあらぬ方向に曲がり、何より右足の足首から先がなくなっていた。服は半そでのTシャツで、いくら夏であろうとこの時間は肌寒いはずだ。おそらく、先ほどの女の子にかけていたパーカーは彼女の物。

 

 ネクタイをほどき、一言声をかけてから右足首を縛り出血を抑える。他にも応急処置をしたい箇所はあるが流石にそこまでの余裕はない。

 

「そのまま身を隠していてください。それと、この人形を。あなたを守ってくれます。」

 

 夜蛾さんのつくった呪骸を渡す。

 

「…あいつは。」

 

「ご心配なく。私が追い払っておきます。」

 

 そう言って彼女に背を向け、呪霊と相対する。

 

「なんでなんでなんで!あと少しだったのに!なんでまた私の邪魔をするの!」

 

「申し訳ありませんが、これも仕事ですので。」

 

 得物を構えて一歩前に出た。

 

「夜も更けてきましたし、手早く終わらせましょう。」

 

 

 

 

 

 私以外の呪術師。それを見たことが無いわけじゃなかった。もう死に体であったり、見つからないように遠目からみるだけでその本領を具に観察したことはなかったが、大抵は物理法則の埒外にある呪術でごり押ししたりする者ばかりだった。それが正しい姿と思っていたし、実際、私も術式頼りの正面突破だ。

 

 しかし、目の前で戦いを繰り広げる呪術師。彼は私が今まで見た中で別格だ。

 

(呪力量の密度もさることながら、戦い方が巧いな。)

 

 手数は圧倒的に相手のほうが多い。先ほどのように数百匹も式神がいるわけではないようだが、それでも一本の得物で対処するのが難しいことは身に染みている。しかし、その術師はそれを難なくこなしていた。

 

 地形を利用し、四方を囲まれないように一度も止まらず一撃で式神を殺す。呪霊はそのまま物量で押し切ろうとするが広い空間を縦横無尽に駆け回る術師を追い切れず少しずつ数が減らされ、女王蜂との距離が詰められてゆく。小さな蜂は大きな蜂が殺される隙に入り込み刺そうとしているが、彼自身が纏う堅牢な呪力に阻まれ、そもそも針が刺さっていない。そのまま、術師に潰された。足元の幼虫型の呪霊も嚙みついたはいいものの、その顎を閉じることもなく踏みつぶされる。

 

「やだやだやだ!近づかないで!こっちに来ないで!」

 

 徐々に、ゆっくりと、堅実に距離を詰める。絶えず蜂は穴から出てきているがその速度以上に殲滅する速度が速い。

 

 数分の攻防の末、洞窟の中には女王蜂と数匹の蜂が残る程度になった。

 

「やだ、死にたくない!まだ、何も悪いこと…」

 

「終わりです。」

 

 呪力が爆ぜ、術師の得物が女王蜂の頸部に突き刺さる。そのまま、頭は吹き飛び、胸部と腹部はそのまま地面に落ちて潰れた。ついでのように周りの蜂も吹き飛ばされ地面のしみになる。

 

 薄気味悪い穴が消える。洞窟の中も様変わりして先ほどよりも明らかに狭くなった。

 

「厳しいでしょうが…立てますか?」

 

 呪術師が私に近づき、携帯の光をともして尋ねる。

 

「…はい。」

 

 刀を支えにして壁にもたれながら立ち上がる。足首を治せるほど呪力は回復していなかった。

 

「私が貴方を背負って外に出ましょう。」

 

「いえ、歩けるので大丈夫です。それより、奥の女の子をお願いできますか。」

 

 こんな場所から少しでも早く出してあげたいという気持ちから、その厚意を断る。そのまま、歩いて外に出ようとすると途端に足元に躓いて転びそうになった。慌てて両手をついて衝撃に備えようとすると、横から体を支えられた。

 

「…わかりました。それならここで座って待っていてください。私は奥に行ってその子を連れてきます。そうしたら一緒に外に出ましょう。それでいいですね。」

 

 有無を言わさず尋ねられた質問に首肯する。歩けるといってこけそうになった手前、返せる言葉はない。

 

 呪術師が奥へ走っていくのを見届ける。人工の光が遠ざかり洞窟の中にはヒカリゴケのわずかな光と鍾乳石の先から垂れる水の音だけが響いている。本来の神秘的な光景が取り戻されていた。

 

 呪力と血液の欠乏から頭が朦朧とする。欠損したのは初めてだったが、治すことができるだろうか、そんなことを考えながら私は意識を手放した。




 ご読了ありがとうございました。

 遅くなり申し訳ありません。他の方の作品や小説を読むと情景描写に圧倒的なセンスの差を感じて自身の非才を思い知らされていました。思い知らされただけでフィードバックはできていません。

 因みに私は七海さんが呪術廻戦の中で一番好きです。
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