神も仏もいないなら   作:りっくんちゃん

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5.始まりの話譚

「おっつかれーななみん!はいこれお土産ー。」

 

「なんでここに貴方が居るんですか、五条さん。」

 

 鍾乳洞での任務を終え、補助監督の方々の報告を聞いてあの街にあった背景とともに報告書を提出し、帰宅した次の朝。少し顔を出しに病院へ向かうと、高専の頃の先輩である五条悟が私を待ち構えていた。確か、特別任務でアメリカの方へ昨日まで居たはずだが。

 

「またまたー、ここに来た理由ぐらい七海が一番分かってるでしょ。」

 

「彼女のことですか。」

 

 お土産と称する空箱を受け取りそのままゴミ箱へ捨てる。

 

 心当たりなど先日私が保護した少女のことぐらいしか身に覚えがない。未登録の呪術使いの少女。そんな人間を二人の呪術師が失踪していた地域から見つけたとなれば呪詛師として彼女が殺したのではないかと疑うのも当然だろう。実際、上層部はどう拷問して情報を聞き出すかを朝まで考えていたようだった。

 

「ぶっちゃけ、ななみんは彼女が殺したんだと思う?」

 

「わかりませんよ。彼女と話した時間もせいぜい数分程度です。それでどちらか判断するにはあまりに早計でしょう。」

 

 そうだ。このわずかな判断材料で殺すか生かすかを決めることは論理的でない。しかし、

 

「ただ、私見を言えば彼女は殺していないかと。」

 

「へぇ?それはまたどうして。」

 

「呪詛師は徒党を組んで呪術師や非呪術師を襲うことが多いです。しかし、彼女は一人で呪霊に挑み、敗れた。実際に、私が助けていなければ間違いなく死んでいたでしょう。そんな状況にある程度呪霊に対して知識を持つ者が陥るとは考えにくい。」

 

何より、

 

「彼女は失神する直前まで被害者である少女のことを気にかけていました。そんな人物が人殺しをしているとは思えません。」

 

 ハッと気づくとニヤついた笑みを浮かべながら聞いていた。こほんと咳払いをし、ペースを乱されないように眼鏡を掛け直す。

 

「・・・失礼、忘れてください。根拠にあまりにも乏しい。どちらの可能性も考えておくべきでしょう。」

 

「いーや、僕も同意見だね。あながち間違ってないと思うよ。」

 

「そもそも、貴方のその目ならそもそも呪術師の殺害が可能かどうかわかるでしょう。聞く必要などなかったのでは?」

 

 呪術師として教育を受けた者と何もそういった教育を受けていない者では実力に大きな差が出る。もしその差を埋めることができるとすれば術式の相性だ。その点、彼の持つ術式の本質を見極める六眼は非常に役立つ。

 

 そう言った事情で確信を持っているのだろうと考えた私は五条さんにそう問うた。しかし、彼はその軽薄な笑みを一層深くしてこう答える。

 

「いーや、わからなかった。」

 

「・・・は?」

 

「だから、何も分からなかったって言ってるのさ。この僕が、六眼を使って。」

 

「・・・そんなことがあり得るんですか。」

 

「ありえない。六眼は初見の術式であろうと関係なく看破する。その術式の構造を事細かに分析して丸裸にするからね。術式がないならないと断言できる。それを踏まえて、分からないって言っているのさ。」

 

 五条悟が最強たる所以の一つである六眼を持ってして分析できない術師。その存在は呪術界を揺るがしかねない事実だ。

 

「それなら、どうしてそう断言できるんですか。私がいうのもなんですが、得体の知れない術式で二人の呪術師を殺した可能性もある筈です。」

 

「ああ、それは単純だよ。僕は彼女の為人を知ってるからね。」

 

 そう言って、この人はようやく笑みを消し、珍しく真面目な顔で言った。

 

「彼女は一年前に起こった呪霊災害事件の被害者だ。」

 

 

 

 

 

「・・・っていうのがその事件のあらすじだ。それより前の彼女は驚くほど善良で正義感の強い女の子だったみたいだねー。」

 

 あらかた話し終わったけど七海の様子に変化は見られない。冷たいねー。

 

「七海ならもっと憤るかと思ったんだけど。」

 

「他人の身の上話ほど興味のない話はありません。ただ・・・」

 

 七海は一呼吸置いた後、吐き捨てるように言った。

 

「子供が受け止めるにはあまりに大きな絶望だとは思います。」

 

 …やっぱり、彼の感性はマトモだ。

 

「これから硝子のとこに行って容態とついでに色々聞いてくるけど一緒に来る?」

 

「いえ、遠慮しておきます。仕事がありますので。家入さんにはよろしく伝えておいてください。」

 

 そう言って踵を返して病院から出て行く。彼の背中から漂う呪力はいつもより少し多かった。

 

 

「ヤッホー硝子。調子どう?」

 

「いつも通りだよ。」

 

 いつものように目の下にクマを作ってカルテを見ている。相も変わらず毎日のように運び込まれる重傷者の手当てで自分を追い込んでいるんだろう。いくらほぼ唯一の反転術式の使い手とは言え医者の不養生を体現してたら世話無いだろうにさ。

 

「で、結局どーなのさ。彼女の身体は?」

 

「めちゃくちゃだよ。内臓の場所が入れ替わっていたり、穴が空いた形のまま出血が止まっていたりしている。普通に暮らしていれば痛みで発狂しているだろうね。」

 

「へぇ〜。それでよく死んでないね。」

 

 内蔵の場所が変わっていたり心臓に穴が空いていたりすればすぐに死んでしまいそうなものだけど。

 

「さっきも言ったように出血そのものはしていないし、内臓としての機能も果たしているんだ。自然治癒ではそんな回復の仕方はしないけど。」

 

「・・・するとつまり、彼女は。」

 

「そう。おそらく彼女は反転術式を不完全な形で会得している。きっと一人で戦う上で致命傷を負った際に失血死だけは避けるために体が勝手に覚えたんだろう。」

 

 それを聞いて笑みが溢れる。ああ、間違いなく彼女は逸材だ。反転術式を会得している術師はほとんどいない。それこそ、一級術師である七海すら会得できていないのだ。それを不完全とは言え高校生にも満たない年齢で独学で会得している。

 

 そして、この僕の六眼ですら解析できない術式。彼女はきっと僕に並ぶ術師になるだろう。

 

「それで、その身体は治したのかい?」

 

「…ああ、治しはしたよ。」

 

 珍しく含みのある言い方だ。何か問題でもあるのだろうか。

 

「反転術式が効かなかったんだ。だから、行った治療はすべて外科的な治療。呪力を用いた治療はできなかったんだ。だからかなり出血したし、その影響であと一か月は退院できないだろうね。」

 

 反転術式が効かないということはあり得ないはずだ。あれは負のエネルギーである呪力をかけ合わせることで体を構成する生のエネルギーを生成して治療する術。そこに呪術師、非呪術師であるかどうかは関係がない。それにもかかわらず効かないということは…

 

「…やーめた。本人に直接聞こう。会うことはできる?」

 

「去年の彼女の姿をみた限りでは何とも。七海の報告書だけなら大丈夫な気はするけど背景が背景だからな。そもそも、まだ目を覚ましてはいないから、医者としては面会謝絶と言わざるを得ないね。」

 

「うーんそれはちょっと了承しかねるかなぁ。」

 

 どちらにせよある程度話を聞いて今後の方針を決めないとこのまま上層部は死刑で話を進めるだろう。疑わしきは罰する愚者ばっかだから。

 

「はあ、私が付き添いで一緒に見ること。それが最大限の譲歩だ。」

 

「オッケー!じゃあ行こっか。」

 

 そのまま硝子を連れて彼女がいる病室へ向かう。完全個室なようで他の患者がいないのは都合がいい。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 ノックもせず扉を開け放つ。硝子が頭を抱えているけど気にしない気にしない。ズカズカと入り込み彼女の前に立つ。既に彼女は目を覚ましていた。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、白い天井が目に入る。消毒薬の特有のツンとした鼻につくにおいが鼻腔を刺激して急速に意識が覚醒した。知らない場所だ。すぐさま体を起こして臨戦態勢を整えようとするも、体を動かしたとたんに眩暈がして次の行動に移れない。

 

(落ち着け。そもそも死に体だったおぬしが生きている時点で危険な状況ではなかろうさ。)

 

 ノッブの声で思考が急速に冷める。確かに、私を害するつもりなら寝ている間に行動に移るだろう。それに対して病院まがいな場所に連れられている以上、私にとって最悪の状況ではないはず。

 

 あたりを見回す。間取り、景色、どれも見覚えのないものだが部屋の全体の雰囲気は私がかつて入院した病室と似ている。もしかしたら、そもそも知っている病院なのかもしれない。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 そう考え落ち着き始めたころに、突然病室の扉が開かれ目隠しをした白髪の男と儚げな雰囲気を醸し出した女性が現れた。大きな音に体はびくりと反応する。はた目から見れば私の身の安全はかなり危ういといえるだろう。

 

(なにせ、目隠しした長身の男なんぞ怪しさ満点じゃからな。)

 

 だけれど、私はその二人の名前を知っている。この二人が来たとなると、先日あったあの呪術師は彼ら側、体制側の呪術師ということなのかもしれない。

 

「お久しぶりです。五条さん、家入さん。」

 

 そういうと、二人は僅かに驚くような顔を見せる。心外だ。そんなに物覚えが悪い人間とでも思われていたのだろうか。

 

「…体の調子はどうだい?特に左足は動く?」

 

 家入さんに尋ねられ、足首を動かす。そういえば切断されていたんだった。親指から小指までまげて自在に動かせることを確認した。

 

「はい、大丈夫です。家入さんがつなげてくれたんですね。」

 

「私は呪力を用いない一般的な治療しかしていないよ。断面がきれいだったからつなげるところまではやったけどその神経や筋肉をつなげたのは君自身の力さ。」

 

 これなら、もしかしたら。

 

「私と一緒に保護された女の子がいたと思うんですが、その子は助かりましたか?」

 

「残念だけど、助けられなかった。」

 

「…そうですか。」

 

 知っていたことだ。死者を蘇生するなんてできないことはわかり切っていたのだが、割り切れない思いがそんな当たり前のことを口にさせた。

 

「そうだ、先に君に聞いておかなくちゃ。君は術式を使えるのかい?」

 

「…はい、使えますね。」

 

 重い沈黙を打ち破るように殊更明るく、五条さんがそんな話を振った。あまり聞いてほしくない話題だったが。ここで隠したところで意味はないだろう。鍾乳洞での戦闘で彼らに私の術式の概要は伝わっているはずだ。

 

「じゃあ、その術式を使って二人の呪術師を殺したりしたかい?」

 

(相も変わらず直截に聞いてくるの~。)

 

 軽薄な笑みを浮かべながら聞いてくる五条さんに対し、家入さんは眉をひそめてこちらをにらんでいる。なるほど、その呪術師殺しの犯人として疑われているのだろう。

 

 しかし、二人。二人死んでいるのか。

 

「呪術師の方とは先日助けていただいた方以外と面識もありません。」

 

「そっか、それならいいんだ。なら…」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。」

 

 別の話題に移ろうとした五条さんの声を遮って制止の声を上げた私に訝しげな眼を向けてくる。いや眼はバンダナで隠して見えないのだが。

 

「その方の写真も見せてもらってません。それなのに、私の言葉を鵜呑みにしていいんですか。」

 

 現状、私の状況はかなり怪しいものだ。呪術師はかなり枯渇していると聞いたし、そんな貴重な人材を殺した最有力候補者の事情聴取をこれで終わらせてはいけないだろう。しかし、

 

「いーのいーのそんなの。どうせ頭の固いお偉いさん方がほざいてるだけなんだから。」

 

「いや、でも…」

 

「少なくとも、僕と家入、そして君を助けた七海っていうやつはそうじゃないっておもってるよ。」

 

 そんなの、おかしな話だ。二人とも別に長い付き合いじゃない。一年前に少しだけお世話になっただけ。しかも、その時は会話した内容すら覚えていない程度の付き合いだ。七海という呪術師の方はあの時が初めて出会った。なおさらわかるわけがない。

 

「…どうしてですか。」

 

「うーん理由なんてたいそうなものはないけどねぇ…、」

 

 肘を来客用の机につけてさも当然のように、言う。

 

「子供のことを信じるのが僕ら(大人)の役目ってものでしょ。」

 

 …大人。大人か。考えてみれば、私が大人ではないというのは当然の話なのだが。

 

「…短絡的ですね。」

 

「ま、それで痛い目に合ったら反省すればいいだけの話さ。」

 

 冗談めかして返事は返された。

 

「で、次に移っていいかい?」

 

「はい、どうぞ。」

 

「君の今後についての話だ。」

 

 すると五条さんは組んでいた足を解いて姿勢を正した。本題に移るということだろう。別に今までの話が冗談というわけでもないだろうし、相も変わらず肘はついているが。

 

「その様子だと、君は一人で呪霊狩りをやってきたんだよね。」

 

「まあ、そうですね。」

 

 実際、ほとんどの期間は一人でやってきた。まあ、厳密に一人というかは疑問の余地が残るが。

 

(儂がおるからな!)

 

「誰かと協力して祓う気は…」

 

「ありません。」

 

 脳裏に彼らの姿がちらつきながら即座に回答を返す。少なくとも五条さんは敵ではないだろうがどんな裏があるか分かったものじゃない。

 

「大きな組織に属すれば私がしたいように動けなくなります。それに、隣にいる誰かに気を遣いながら呪霊を殺すなんて器用なことは私にはできません。」

 

 とりあえず建前を返す。別に本当に思っていないわけでもないが。すると、思いもよらない質問が飛んできた。

 

「…君が呪霊を殺す理由は何だい?」

 

 私が呪霊を殺す理由。そんなの、決まっている。

 

「呪霊が憎いから。あんなものがこの世に在っていいものだと思えないからです。あらゆる難難辛苦を許容できても、あれだけは存在を許すことができません。」

 

「ふーん。要は呪霊をすべて祓いたいってことだよね。」

 

 聞いてきたのに興味のなさそうな返事が返ってきた。それでいて要点をつかんでいるのが腹が立つ。

 

「…その認識で相違ないです。」

 

「でも、それを一人で成し遂げるのは不可能だ。」

 

「…」

 

 確かに、それは事実だ。見た片っ端から呪霊を殺してきたが、あいつらは同じ場所に何度も湧いてくる。それこそ、ゴキブリ以上に際限なく出てくるのだろう。人の負の感情がある限り、決していなくなることはないということも私は、知っている。

 

「だからこそ、余計なしがらみにかまってる暇はないんです。」

 

「別に君に呪術連に入れって言ってるわけじゃない。ただ、君が一人で祓い続けてもいずれ限界が来る。実際、今回死にかけたわけだし。だから、戦い方とか、知識を学ぶために一時的にうちにこないかって誘ってるだけさ。」

 

 う。それを言われると少し痛い。実際に足首を治してもらっておいて家入さんの目の前で開き直ることができるほど私は厚顔無恥ではない。

 

「しがらみが嫌なら僕が盾になろう。これでもそこそこ僕は偉いからね。大概のわがままは通せるし、何よりそういう経験も積んだほうが呪霊を効率的に狩れる。いろんな人も守れるしね。」

 

(逃げ道を塞がれたな。どちらにせよ、おぬしが拒んでもこやつの話では処刑されるだけじゃ。より多くの呪霊を殺したいなら受け入れる他なかろうて。)

 

「…わかりました。少なくとも戦い方等を教わるまではお世話になります。でも、将来五条さんや家入さんみたいに律儀に働くという約束はしませんよ。」

 

「私はともかくこの馬鹿目隠しは律儀に働いてはいないよ。」

 

「ひっど―!」

 

 私がかけた保険を気にも留めずに了承された。まあ、口約束の保険だ。いくらでも反故にされる可能性はある。

「じゃあ、よろしく。改めて自己紹介を。僕は都立呪術高等専門学校担任かつ特級術師の五条悟だ。少なくとも高専に入学することがあれば僕が君を受け持つことになると思うよ。」

 

 この人。その風貌と言動で教師だったのか。

 

(すでに先行きが不安になってきたの。)

 

「…神願心信(かんなぎこころ)です。よろしくお願いします。」

 

 14歳の夏。本来なら中学二年生を迎えていたはずの私はこうして呪術の世界に本格的に身を置くことになった。




 ご読了ありがとうございました。

 ここまでがプロローグです。主人公の名前を出すのにかなり時間がかかってしまいましたがお許しを。
 速筆というわけでもないので時間はかかると思いますが読んでくださる方は気長にお待ちしていただければと思います。
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