ガン艦これくしょん ~U.C.からの漂流者~   作:d1199

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めぐり逢い海〈そら〉

「やめてくれ! こんな事につき合う必要はない! 下がれ! 来るんじゃない!」

 

 彼が叫んだのは、モビルスーツと呼ばれる複数の人型ロボット兵器が、地球へ向けて落下している巨大な小惑星を、押し返そうとし始めたからだった。

 数キロのサイズを有する小惑星が地球に落ちたらどうなるか。その破滅的な予想を目の当たりにした彼以外のパイロット達は、どうにもならない事だと分かりつつも自機と自分自身に鞭を打ったのだった。

 彼、つまり地球連邦軍 外郭新興部隊 ロンドベル所属モビルスーツパイロットであるアムロ=レイが声を荒げるのは、この結末が明白だからであり、彼が最初に押し返し始めたからである。

 彼が操縦するニューガンダムは、最大推力〈ミリタリーパワー〉を出力し続けるスラスターと大気圏突入開始による急激な機体温度の上昇を、けたたましく警告し続けていた。アムロに送られた誰かからの通信は、大気圏突入によって発生するプラズマでノイズまみれだった。

 

『ロンドベルだけに良い思いはさせませんよ!』

『しかし爆装している機体だってある! 断熱圧縮とオーバーロードで自爆するだけだぞ!』

『地球が駄目になるかならないかなんだ! やってみる価値ありまっせ!』

『もう良いんだ! 皆やめろっ!!』

 

 彼は、まだ年若かった頃に戦争に巻き込まれた。戦争を否定しつつもその身を戦場に投じ続けた。その産まれもった人類の革新〈ニュータイプ〉としての特性が、権力に利用されていた事を知りつつも戦い続けたのは、散っていった戦士たちの為であり、人々のささやかな幸せの為でもあり、希望だった。

 

「ニューガンダムは伊達じゃない!」

 

 アムロの咆哮を切っ掛けにサイコフレームが共振し始めた。

 それが生み出した優しくも激しい光は、小惑星の落下を防いだ。光に弾き飛ばされたパイロット達は助かった。光に塗れたアムロは、宇宙世紀から消えてしまった。

 

 

 

 

 

 ガン艦これくしょん ~U.C.からの漂流者~

 

 

 

 

 

 フィリピン=ルソン島東海岸から五四海里離れた海域を、十二ノットで北上する二つの艦艇があった。巡洋戦艦 金剛と駆逐艦 浦風である。艤装に傷があった、全身は煤に塗れていた、髪はちりぢりだった。酷い有様の二人はもの言わず、ただ海上を進んでいた。

 先行する金剛の背を見るのは浦風である。うねりは強いが、太陽はしっかりと顔を出していた。それなりの航行日和だったが、金剛は黙して語らなかった。その後ろ姿は、錨を引きずっているかの様に重苦しかった。浦風が浮べるのは憂慮である。

 

(うち等も一枚岩やないから、金剛姉さんが作戦部隊に編成されたのは仕方ないが、提督も罪作りなお人じゃ)

 

 金剛は、泣き出しかねない程の悲しみを堪えていたが、その素振りすら見せなかった。浦風はその原因を知っていた。

 

「(なんとか、いつもの姉さんに戻って欲しいが……気を逸らすのはどうやろ)金剛姉さん。流石にくたぶれ〈くたびれ〉ましたわ」

「そうネ」

「雲がちぃーと出てきましたが、逆にえー塩梅〈良い感じ〉と思いませんか?」

「そうネ」

「「……」」

 

 浦風はひっそりとため息をついた。

 コツン。浦風の足元に何かが当ったのはそんな時だった。それは、浦風が初めて見る白い布だったので、彼女の注意を引いた。それを拾い上げた。

 

「ひぃ・ふぅ・みぃ……薄っぺらいのが重なりあっとるけど布じゃないんか……これ、アルミじゃ。こんな薄いアルミ見たこと無いわ。妖精さんに見て貰った方が良いかもしれん……なんか包まれとる」

 

 彼女が手に取ったそれはT字型の金属だった。それは、滑らで白金に似た光沢を持っていた。

 

「なんじゃこれは」

 

 浦風はそれをコンコンと叩いた。

 

(加工された金属なのは間違いなさそうじゃが、こんな金属見た事ない……)

 

 グゥとは浦風の腹の音である。

 

(待て。落ち着き。末席を汚す者とは言え、うちも栄光ある艦隊の一翼を担う艦娘じゃ。拾い食いなんぞ、いけん〈駄目〉……いけん〈駄目〉)

 

 金剛が話し掛けたのは、浦風が噛みつく直前だった。

 

「浦風。問題が起ったデスカ?」

「な、何でもないないき。はよう、いぬり〈帰り〉ましょ」

 

 

 金剛の艦橋〈頭の上〉で六分儀〈緯度・経度計〉を覗いているのは妖精さん〈航海士〉だが、両手で拡げた海図に唸るのは、海上で立ち尽す金剛である。

 二艦が小破程度の損害を受けているのは、南西諸島で繰り広げた海戦を終えているからだが、海域に点在する大小様々な島に駐留せず、損害を押してまで帰投しているのは作戦に失敗したからであった。

 

(残りの燃料を考えると直進したいところデスガ……)

 

 振り返った金剛は浦風を見た。

 

「意見はありマスカ?」

「深海棲艦と何処で遭遇するかは分かりません。じゃけん〈だから〉、帰投中の本隊の後を追って真っ直ぐの方が良いと思いますわ」

「OK. このまま針路をゼロにとりマス。浦風は付いて来てくださいネ」

 

 二艦の妖精さん〈航海士〉達が『針路ゼロ度! 面舵!』と復唱していた。

 

「(金剛姉さんが不安そうに意見を聞くなんて、これは重症じゃ)そうじゃ。金剛姉さん、うち良いもん見つけたき。これで元気出してください」

 

 浦風が金剛に差し出したのは、先程拾ったT字型の金属体だった。

 金剛はそれを空にかざした。薄明光線を浴びるそれは、虹色に光っていた。虹色は、金剛の瞳に吸い込まれていった。彼女の唇は、神話を口ずさむ様に小さく動いた。

 

「こんな金属、初めてデス」

「金属かどうかも怪しいですわ。妖精さん達も首を傾げてました」

「貰ってもイイノ?」

「良くわかりませんし、金剛姉さんが喜んでくれるなら、うちも本望ですから」

 

 ガリッとは金属をかじる音である。金剛は、あんパンでもかじるかの様にT字型の金属片を食べたのだった。頬を膨らませモグモグと咀嚼していた。浦風は呆然とするのみだ。

 

(拾ったモノを食べるとは艦娘にあるまじき、いや。ボーキサイトもある意味拾った物じゃから良いのじゃろ。たぶん)

 

 表情に乏しかった金剛の顔がみるみる綻んだ。彼女が頬に手を添えたのは、膨らんだ頬が落ちかねないと思ったからである。

 

「とーってもおいしいデス♪」

「……ホンマですか」

 

 ゴクリとは浦風が唾を飲んだ音である。

 

「浦風も食べるネ。お裾分けデス」

「いや、贈った物を頂く訳には――」

「御持たせデスガ、遠慮シナイネー」

 

 浦風の前に差し出されたT字型だった金属体は、真珠の様に光っていた。海風がヒュルリと走った。浦風の両頬はリスの様に膨らんでいた。

 

「お、おいひい♪」

 

 それは、モビルスーツの重量が三キロ減ったと苛立った女性技官が持っていた特殊金属のサンプルだったが、彼女らは知るよしも無かった。

 

 

 浦風は、強い海風に曝らされる髪を気にしながらも、艦内に居る妖精さんに命じて航海日誌とペンを取り出した。

 

『二〇日。午後二時に至り波風高し。空に陽はあれど雲多し。時化〈しけ〉を予想し台湾寄りの航路へと変更した。旗艦 金剛から発艦した零式水上観測機からの報告により、現在位置はフィリピン=パスコ島から東へ二七海里の位置と推測している』

 

 水平線にあるのは、空を覆い尽くし掛けている分厚い雲と徐々に強まる風浪とが織り成すコントラストだ。日誌に落ちた波飛沫が染みを作った。

 

『妖精さん達の獅子奮迅に相応しい働きにより、作戦による損害は最小限……(いや、軽微にしとくか)なれど弾薬そして燃料が乏しく、我らの状態は厳しいと言わざるを得ない』

 

 浦風は、ためらいがちにも書き綴った。

 

『艦娘としてはあるまじき発言ではあるが、敵と遭遇しない事をただ願う。願わくは、友のいる佐世保へ』

 

 空中に放り投げられた航海日誌はスゥと艦内へと消えた。

 

「桐と梅がまだおったらな……今、なんか見えよったか?」

 

 金剛が水平線を睨む浦風に気付いたのは、高い波を疎ましそうに蹴り飛ばした後だった。金剛も、周囲への警戒をしつつその視線の先を見た。

 

「深海棲艦デスカ?」

「いや、もっと小さい様な気がしましたわ」

 

 妖精さん〈乗組員〉達が、金剛の艦内通路を慌ただしく駆け抜けていった。

 

『総員! 戦闘配置ニ付ケ!』

『休暇ハ終リダ水兵共!』

『『『ワーッ! キャーッ!』』』

『取り舵! 針路三三〇度!』

『砲術長! 状況知ラセ!』

『一番・二番・三番主砲ニ異常ナシ。四番ハぐずッテマス』

『早ク アヤセ。バカモノ』

 

 重々しい音を立てて旋回していた二艦の主砲・副砲が止まった。仰角ゼロ度のゼロ距離射撃だ。荒れ始めた空に手を焼きながらも飛ぶ零式水上偵察機は、金剛に向けて信号灯を点滅させた。海面に漂うそれは、一つの頭と二つの手と一つの腹と二つの足を持っていた。

 余りにも予想外な事態に浦風と金剛は、見合うのみである。

 

「「人間?」」

 

◆◆

 

 航海日誌を付けるのは金剛である。

 

『二〇日。午後五時に至り、波風いよいよ高し。空は黒い曇天に埋め尽くされ、陽は見られず。止むを得ず水上機の運用は断念した。風速十メートル・波高三メートルの時化る直前の海を航行中。マグネットとジャイロのみが頼りだが、何よりの問題が――』

 

 ペンを止めた彼女が見るのは、浦風に背負われる見た事も無い格好の人間だった。その服は、上下一体の作りでツナギに似ていた。白を基調としており赤と黒のラインが入っていた。顔全体を覆うヘルメットを被っていた。彼女は、聞き及ぶ所の ――実際に見た事はないが―― 船外宇宙服と同類の物だと察しを付けた。

 

 金剛はひそかにため息をついた。

 その人物は、太平洋の端とは言え海のど真ん中で漂流していたのである。付近に墜落した航空機の残骸も無し。沈没した船舶の残骸も無し。どうしてあんな所に居たのかと聞きただせば本人曰く、《死んだと思ったら海に漂流していた。パイロットスーツは機密服だから溺れはしなかったが酸素が切れかかっていて危ない所を君らに助けられた。私は、地球連邦軍所属 外郭新興部隊 ロンドベルのパイロットだ》と至極真面目に言い切られた。

 彼女はそんな軍隊を聞いた事がなかった。怪しい事この上ないとも判断した。だが。例え人間だろうと海に生きるモノとして漂流者を助けない訳にはいかなかった。

 とにかく、彼女は佐世保鎮守府へ連れて行く事にしたのだった。

 

(提督なら上手く処理してくれマス)

 

 先行する金剛はチラと背後の浦風を、正確にはアムロ=レイと名乗った人物を見た。歳は三〇前後。背が高く、細身の体付きだ。美形ではないが軍属らしい精悍な顔立ちをしていた。目が合ったので慌てて反らした。佐世保鎮守府を預かる彼女らの提督に比べると、若く風格が足りなかった。彼女が知っている日本人に対し、体格が整いすぎて現実味に掛けていた。

 

(なのにどうしテ)

 

 金剛の心がズキンと締め付けられる様に痛んだ。彼女は、胸裏に立つ提督のイメージを強引に掻き消した。

 

(馬鹿みたいデス。全く似ていませン)

 

 金剛は、もう一度見ようとした自分を強引に引き止めた。

 

 

 平静を装っているアムロであったが、実のところ混乱する一歩前であった。彼は長く宇宙にいるが、海面に立って歩く行為が、浮力という物理現象を無視している事ぐらい分かっていた。ただ幸いな事に言葉が通じたので、必要以上に混乱する事は無かった。

 

(いっその事、ミノフスキークラフトを搭載したアンドロイドと言ってくれれば、まだ納得はする)

 

 笑って言ったのは、彼を背負う浦風だった。

 

「アムロ兄さん。うち、浦風いいます。よろしゅうね」

(浦風は早々に馴染んでマスネ……)

 

 金剛の心中知らず、二人の会話は徐々に弾んでいった。

 

「浦風。今度は君たちの事を聞きたい」

「うち等は軍艦じゃ。皆は艦娘と呼んどる」

「……それは職業と言う意味なのか?」

「ヒトとは似て違うモノじゃ。深海棲艦らをしごーする〈こらしめる〉事を生業にしとる。深海棲艦って、日本を襲う連中の事じゃ」

(日本。やはりここは地球か)

「アムロ兄さん。本当に知らんの? これは一般的に知られている事なんじゃが」

「困った事に、覚えがない」

 

 彼は考えた。パイロットスーツを着ている以上自分の記憶を疑うのは誤りだ。ならば。彼女たちが謀っている事を考えなくてはならないが、とてもそうは思えない。

 浦風は屈託無い笑顔で言った。

 

「アムロ兄さんは異世界から来はったのかもしれんな」

「異世界……」

「あはは。冗談ですから、真に受けんといて」

「浦風。今日の日付を教えてくれ」

「十一月二〇日じゃ」

「地球連邦政府が樹立されていないのは間違いない?」

「ええ。聞いた事も無い……異世界人、ホンマですか」

「断定をするには情報が足りなさすぎるから、何とも言えないな」

「あがーでも〈ひょっとすると〉、アムロ兄さんはうち等の提督と同じかもしれんな。提督もふらっと現れたと言われてるんじゃ」

(提督、その人物に会ってみるべきか)

 

 アムロが「浦風。その提督の名前だが、」言い掛けた事と、金剛が「浦風。あれを見るネ」注意を促した事は、同時だった。金剛が指さす水平線の彼方は、灰色に塗りたくられていた。それは豪雨であった。浦風はうんざりとするのみである。

 

「台風なら時化るのも当然じゃが、げに〈本当に〉ツイとらん」

「浦風。台風の可航半径を通る為には、更に西寄りの航路をとるしかありまセン。台湾北部を通る航路デス」

「気が進みませんけど、しゃーないですわ」

 

 三人に飛沫が降り注いだ。背負うアムロに気付いた浦風が浮べたのは、困惑の表情である。

 

「金剛姉さん。大時化の中を背負って航行するのは危険じゃ」

 

 アムロと目が合った金剛は、ついと目を逸らした。アムロは小声で言った。

 

「浦風。俺は彼女の気を触る事をした?」

「訳有りじゃけん、金剛ねーさんの事を悪く思わんで欲しい」

「それは大丈夫。彼女は善良だよ」

「おほん。こういう次第じゃけん、アムロにーさんはうちの中に入り」

「なか?」

 

 浦風の頬はみるみる染まっていた。

 

「言っとくが。これは非常時の措置、特別じゃ。うちも犬に噛まれたとでも思っとく。じゃけん〈だから〉、誰かに言ったら覚悟し」

「申し訳無いけれど、浦風が何を言っているのか理解できない」

「せせろーしぃ〈うるさい〉。つべこべ言わずに、さっさとせーや」

 

 アムロの姿が、パラパラ漫画の様にパッと消えた。

 

「ここは?」

 

 アムロが居るのは鋼で囲まれた部屋だった。塗装はされていたものの、天井も壁も床も鋼板で覆われおり無骨感は隠しきれなかった。ただ。安ホテル相当ではあるがそれなりの広さがあり、それなりに上質なベッドがあった。軍艦に慣れている彼は下士官の部屋だと察しを付けた。

 船室と通路を隔てる扉の影から恥じらう様に覗いていたのは、浦風である。彼は、彼女の振る舞いが気にはなったが、それどころでは無かったので気にしない事にした。彼は言った。

 

「ここは、船の中なのか? 浦風が船に変身した、と思って良いのか?」

「外から見ると人型、中から見ると船型と思っとき」

「そう(光の二重性の様な物なのか)」

 

 浦風は隠れたまま、モジモジとしていたのでアムロはこう言った。

 

「それでご用件はなに?」

「あのの〈あのね〉。う、うちの艦内〈なか〉はど、どーかいの?」

「思ったほど悪くない」

「そ、そう、それは良かった」

 

 失礼だったかと言い直そうとしたアムロが目を剥いたのは、何人もの妖精さん〈乗組員〉が、浦風の足元を慌ただしく行き交っていたからである。水兵の帽子を被り、スカーフを首に巻き、凜々しくも可憐な二頭身姿は、彼の混乱に拍車を掛けた。指し示す彼の指は震えていた。

 

「その、子、たちは?」

「妖精さん、うちの乗組員〈クルー〉じゃ」

「妖精? クルー?」

 

 ドサリとは、目眩を起したアムロがベッドに腰を落とした音である。多少の事では動じない自信があったが常識外すぎたのだった。

 

「そう(世界が違うと思った方が納得はできる)」

「ほ、ほな、うちは戻るけん。時化とるから、ちぃーと揺れるかもしれんが悪さをしちゃいけん〈駄目〉」

「あぁ。色々手間を掛けるよ」

「海のしきたりじゃけん、気にせんで」

 

 パタンと扉を兼ねる隔壁が閉じられた。スタスタと歩いていた浦風は、堪らずトトトと走りだした。仄かに染まっていた可憐な顔は、トマトの様に真っ赤になっていた。崩壊したのは恥じらいと言う名の堰である。

 

「いやぁぁあぁぁあぁあぁっ! 出会ったばかりなのに! 乗艦されてもうたぁぁっ! 初めてなのにっ! うちっ、うちっ! どないしょおぉぉおぉぉおぉっ!」

 

 ヘルメットを枕元に放り投げた彼は、この待遇に感謝するのみである。艤装しているとは言え、人間ではないらしいとは言え、十代後半の容姿をもつ浦風に背負われているのはお世辞にも格好が良くないからだ。パイロットスーツをも脱いだ彼は、ドサリとベッドに身を横たえた。足を組んだ。組んだ腕は枕がわりだった。

 船体と一緒に揺られるアムロは、船室の天井をぼぅと見ていた。彼の脳裏に瞬くのは、こうなる前のビジョンである。

 

(アクシズ落下を止められた確信はある。だがブライトやチェーン、ロンドベルの皆はどうなった。皆も来ているのか。俺だけなのか。これは偶然なのか。必然なのか。俺は、どうするべきか……)

 

 荒波に叩かれた船体は小さく震えていた。ライバルとの死闘、漂流による体力消耗、急激な環境の変化、激しい疲労で寝入り掛けていた彼は、突然身を起こした。

 

「このザラっとした感覚……なんだ?」

 

 

 雲と風と波が荒れ狂う海を、二人は進んでいた。荒れた海を叩く船首の様に、波を踏み抜いた金剛のブーツ形状の艤装が、軋みを上げた。飛沫が巻き上った。彼女の胸裏に立つのは、彼女ではない艦娘を傍らに立たせる、彼女の提督だった。

 

(どうして、私を選んでくれなかったのデスカ……)

 

 浦風は人間ならば吹き飛ばされかねない嵐を疎ましそう見た。

 

「金剛姉さん。速度を落とさんと危険じゃ。艤装が壊れかねん……姉さん。ボサっとしとっては困る」

「Sorry.分かってマス」

「まぁ。この時化なら深海棲艦も追っては来れんじゃろうが」

 

 強風の中で、ヘッドフォンからの音を聞き取るかの様に耳を押さえたのは浦風だった。

 

「……? アムロ兄さんか? 何かが近くに居る? この大時化で、まさか」

 

 浦風の艦橋で、雨ガッパを強風に曝らす妖精さん〈艦橋見張り員〉が目を剥いた。

 

『左、三〇度ニ艦影発見!』

 

 荒れ狂う波の隙間から船首をもたげたのは、深海棲艦だった。

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