ガン艦これくしょん ~U.C.からの漂流者~ 作:d1199
ヒュルリ、ヒュルルル。たくさんの鋼の塊が、海の空を切り裂く音がした。一体何が起ったのか、これから何が起こるのか。痛む身体に鞭を打った浦風は、肘を海面に立てた。上半身だけを無理矢理に起こした。
深海棲艦は吊光弾を撃ち上げた。その光の天幕を引き裂く様に飛来したのは、威厳の砲弾群である。海面に幾つもの水柱が立った。命中弾は無かったが、それは元より承知されたモノだった。注意を浦風から逸らせられれば目的は達成なのだった。海面と共に激しく揺さ振られた深海棲艦は、足をもつれさせる様に動き始めた。
満身創痍の浦風が見たモノは、暁の水平線を背に最大速力で駆ける金剛だった。浦風は目を剥いた。
「金剛姉さん? どうして、」
浦風の妖精さん〈通信士〉が叫んだ。
『旗艦金剛ヨリ入電! 我、貴艦ト運命ヲ共ニセリ!』
彼女の瞳から涙がこぼれた。
「金剛姉さんが、アムロ兄さん連れて戻って来はったのか。どないしよ、怒らなかんのに……うち、めっちゃ嬉しい」
金剛のアンテナが咆哮を上げた。海を走り抜けたそれは、彼方の仲間へ送られた鬨の声だった。
◆
浮き足立っていた深海棲艦であったが、砲撃を交えながら急速に戦列を立て直し始めた。
金剛が見るのはその戦力である。重巡リ級が一隻・駆逐艦イ級が二隻だったが、それぞれが小破相当のダメージを負っていた。最大の懸念であった戦艦ル級は、落伍していた。それはアムロの初弾が命中した証だった。予想通りとはいえ、事実という証拠を目の当たりにした金剛は、なお驚きを隠さなかった。
(信じられナイ。こんな事なら艦の総指揮を任せるべきだったカモ)
だが第四砲塔から艦橋に移動する時間は、致命的だ。
敵の砲弾の一つが、金剛の右舷に近傍に着弾し水柱が立った。飛沫を手で払いのけた金剛の瞳は、鋭く光っていた。
(だけれど、それでいて尚。帰れるかもしれナイ)
彼女がそう思ったのは、自身の体が妙に軽かったからだ。
◆
金剛が闘っている海域から南西へ三〇海里〈約五五キロ〉離れた場所は、薄暗かった。波穏やかなその場所に強い光の陽が指したのは、夜が明けたからである。水平線のみが見える静かな海面に落ちるのは、二つの影だった。
一隻の駆逐艦イ級を随伴にするそれは人型をしていたが、頭部に異形神と以外例えようのない何かを頭に乗せていた。整った容貌だったが表情を欠いており、無機質的な雰囲気を醸していた。
事前に仲間から連絡を受けていたそれは、持っていた杖を空に向けて掲げた。それの周囲に現れたのは、翼を持たないが空を飛ぶ複数の兵器であった。
「ヲっ」
空母ヲ級の命により、群れを成して飛んでいったそれは、五〇機の艦載爆撃機と艦載攻撃機からなる攻撃部隊であった。
嵐が去ったばかりの、夜が明けたばかりの空は皮肉なまでに澄み切っていた。
◆
艦隊針路一〇〇度を維持する深海棲艦は、単縦陣で航進していた。相対する金剛は針路一〇度だった。互いに針路を変えなければ、浅い逆くの字で接触する針路である。
互いに、特に艦橋内に立つ金剛は、深海棲艦の針路に細心の注意を払っていた。彼女は双眼鏡を下ろした。
(相手は三隻、こちらは一隻。あちらの狙い通りに同航戦に持ち込まれたら、目も当てられナイ……)
第二ラウンドの先手を取ったのは、深海棲艦だった。ムムムと眉を寄せながら、深海棲艦の動きを注視していた妖精さん〈艦橋見張り員〉が叫んだ
『敵艦隊発砲!』
艦体の右舷・左舷・前方・後方・近傍・遠方、至る所で水柱が立った。その衝撃をこらえつつ彼女は言った。
「目標、重巡リ級。砲撃始め」
砲撃により金剛の艦体がビリビリと震えた。左舷近傍に着弾した衝撃で艦体が大きく揺れた。豪雨より凄まじい飛沫の塊が、金剛の甲板上にある様々なモノを叩いた。
金剛・第四砲塔。激しい揺れに手を焼くアムロに話し掛けたのは、妖精さんである。
「艦橋ヨリ伝令。重巡リ級ヲ狙エ」
「ご苦労様」
彼の覗く測距儀〈そくきょぎ〉は、敵艦まで八海里〈十五キロ〉と指していた。
第四砲塔内の妖精さん〈砲術科員〉たちが感じるのは焦燥である。
(((マダー?)))
砲撃は始まったが、アムロは沈黙を保っていた。
◆
砲撃をしつつも激しく転舵を繰り返す金剛に、重巡リ級は舌を打った。金剛型は足が速い。無理をして同航戦を狙い続ける事は、再びラッキーヒットを許す事に他ならない。こちらが戦隊・相手が単艦ならば尚更だ。仲間の駆逐艦が居る以上逃げはしまい。ならば。面舵を切った重巡リ級は左舷を曝した。金剛も同様だった。互いに、全ての砲塔を向け合っていた。三隻と一隻は、すれ違うように艦砲射撃を続けた。反航戦である。
激しい操艦や砲撃による船体の揺れに戸惑いながらも、アムロは測距儀から目を離さなかった。
「仰角修正プラス一てん五、方位角修正マイナス三」
彼は射撃指示を出す事なくずっとこの調子だった。妖精さん達〈砲術科員〉たちは、お預けされているかの様に彼を見た。
「マダ?」
「まだだ」
「「マダ?」」
「まだ。相手もこちらもこうも激しく動いては、身重な主砲では狙いが追いつかない。当るタイミングを待つ」
「「「?」」」
未来が見える様な発言に、妖精さん達は首を傾げるのみである。
金剛の艦体が激しく揺れた。至近弾だった。距離が縮まり、弾着修正も加わり、狙いが徐々に整いつつあった。アムロが動いた。
「3、2、1、発射!」
妖精さん〈射手〉はトリガーを引いた。
◆
身を震わす程の振動がアムロを襲った。第四砲塔の砲門から、発射炎と共に徹甲弾が撃ち出された。
彼の放った一発の砲弾は、重巡リ級の首〈艦橋の左舷根元〉を抉った。
金属が軋む様な断末魔が、海域を突き抜けた。重巡リ級は操舵能力を喪失したのである。
金剛・艦橋。彼女は艦橋の窓から見える重巡リ級に向けて手をかざした。真白い振り袖がバサリとはためいた。
「今がチャンスネ! 目標、敵重巡リ級! 一斉打ち方始め! ファイヤー!」
一番砲塔と三番砲塔から撃ち出された四つの徹甲弾の内の二発が、重巡リ級の第一砲塔〈左腕〉とバルバスバウ〈足元〉に直撃した。重巡リ級は、沈みこそしなかったが完全に沈黙した。
最後尾のイ級は転舵により衝突を回避したが、重巡リ級に後続していたイ級は、バルバスバウ破壊による急激な速度低下も相まって、重巡リ級の船尾に衝突した。単縦陣が仇となった。
金剛のみの砲撃で命中率は五割である。艦橋内の彼女は思わず歓声を上げた。
「Wow! Congratulations! 残りのイ級もこの調子で頂くネ!」
◆
第四砲塔内で叫んだのはアムロだった。
「次弾装填急げ! 二隻のイ級はまだ死にきっていない! このプレッシャー……っ!?」
砲塔内の彼が天井を仰いだのは、鋼板の向こう側に広がっている空を思い出したからである。場所は変わり、金剛艦内の艦橋だ。妖精さん〈艦橋見張り員〉は、悲鳴の様な報告をあげた。
「敵航空機発見! 青多数! 目測! 上空ヨリ艦上爆撃機三〇機! 右舷ヨリ艦上攻撃機二〇機! 急速接近中!!」
金剛は、動揺を押さえ込んだ。
「対空攻撃開始! 高角砲と機銃は全て敵航空機に回すネ! 副砲と第一砲塔はイ級を砲撃! 第三砲塔は、三式弾に変更し右舷艦上攻撃機を狙エ! Fire!」
金剛の甲板上の至る所にある、六つの高角砲とそれ以上からなる機銃が火を噴いた。一分の間に撃ち出した四〇〇発で、二八機を落とした。驚異的な撃墜率に金剛が驚く暇なく、艦体に強烈な衝撃と金属的な破壊音が響き渡った。最後尾だったイ級は無力化したが、重巡に追突した方のイ級の砲弾が、命中したのだった。
艦橋内の金剛はぶつけた肩の痛みを無視して言った。
「被害状況を知らセ!」
「第一砲塔大破!」
続けて艦体が暴れる様に揺れた。イ級の砲撃により、弱まった弾幕を突破した艦載爆撃機の爆弾が命中したのだった。艦橋内は狂乱状態となっていた。
「艦首甲板・左舷甲板ニ着弾! 火災発生! 負傷者多数!」
「第三砲塔小破! 二番砲身使用不能!」
「副砲・高角砲・機銃ニ損害発生! 対空能力六割マデ低下!」
妖精さん〈艦橋見張り員〉叫んだ。
「右舷ヨリ敵艦上攻撃機接近中!」
「対空砲火を弱めてはダメデース!」
「右舷ニ敵魚雷発見!」
「機関前進全速! ボイラーが壊れても良いから回シナサイ!」
彼女の艦体は何も応えなかった。艦橋に漂っていたのは葬儀の様な静けさだった。
「妖精さん〈機関長〉! どうしたネ! 速度が落ちてるヨ!」
「燃料ガ尽キマシタ……」
「ね……」
今までとは比較にならない程の激震が、艦体を襲った。突き上げられる様な衝撃によって、艦橋の全員が転倒した。
◆
浦風が見たのは、金剛の右舷に生じた大規模な爆発である。雷撃機の魚雷が命中し、金剛の艦体が徐々に傾斜して行くのを見た浦風は、どうにか立ち上がろうとしたが、崩れ落ちた。
「妖精さん! 修理はまだか!」
『燃料ナイー』
『砲弾ナイー』
『浸水モ止マッテナイー』
『『『ナイー』』』
「この一大事に何もできんのか! うちは!」
金剛艦内は、火災による熱と煙と浸水と負傷者で、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「ウェェェン! 痛イヨウ!」
「シッカリシロ! 傷ハ浅イゾ!」
妖精さん〈医務科員〉は、妖精さん〈砲術科員〉にマキロンをぷしゅと吹き付けると絆創膏を額にペタリと貼った。
額から血を流しつつも艦橋の窓に這い上った金剛が見たモノは、自分自身の艦体から吹き上がる尽きない黒煙と火焔だ。その向こうでは、最後のイ級が五インチ単装砲を向けていた。彼女は、もう駄目だと思ってしまった。
艦体を揺らす衝撃は敵の着弾では無く自身の砲撃だった。
第四砲塔が最後のイ級を沈めたのだった。
◆
艦橋に届いた声は、至極落ち着いていた。
『第四砲塔より艦橋。これより対空砲撃を始める』
「あ、アムロ?」
「敵艦は全て無力化した。あとは航空機のみだ。ざっと二二機と言ったところ」
妖精さん〈砲術長〉が笑って言った。
「高角砲x五・機銃x二八、射撃準備完了デアリマス!」
浸水により十二度傾いた艦橋で彼女は立ち上がった。
「対空戦闘用意! ダメージコントロール急ぎなさイ!」
残った砲門が火を噴いた。
「「「ワー! キャー!」」」
妖精さん達は総出で対空戦闘と浸水への対応に当たっていた。金剛より撃ち出された無数の弾丸が、静かな海に広がる青い空を斬り裂いた。
推力を失い慣性航進する金剛に接近するのは、頭上から迫る十機の艦上爆撃機と右舷から接近する十二機の艦上攻撃機だった。
対空攻撃時間は三〇秒だった。五機の艦上爆撃機と四機の艦上攻撃機を落としたが、十三機からなる爆撃と水雷攻撃を許した。降り注いだ爆弾の内の一発が左舷近傍で爆発し、艦体が大きく揺れた。雷撃機による三本の魚雷は全て外れた。
一同が胸をなで下ろす中、アムロが見たのは海面から飛び出る潜望鏡である。
「あれは……潜水艦?!」
海面近傍を走るのは、二本の魚雷だった。一発目は耐えられた、二発目は耐えられない。金剛が、浦風が、妖精さん達が、ゆっくりとした時間の中で、それをただ見ていた。アムロが叫んだ。
「そこっ!」
彼が撃ち出した三五てん六センチの徹甲弾は、二本の魚雷をもろとも吹き飛ばした。第四砲塔の仰角は下限一杯のマイナス五度だったが、金剛の艦体は更に十二度傾いていたのである。
◆
アムロは静かになった金剛の甲板を歩いていた。艦内のあちらこちらで妖精さん達がスヤスヤと眠っているのは、凪いだ海ならば応急措置でも鎮守府まで持つと分かったからだった。彼が立った船首から見えるのは、静かな海と金剛を曳航する榛名だ。浦風は熊野に曳航されていた。周囲では、鈴谷・磯風・雪風・浜風・清霜・野分が護衛に付いていた。潜水艦は駆け付けた駆逐艦たちが沈めた。空には、敵艦載機を全滅させた零式艦戦五三型〈岩本隊〉飛行隊が、瑞鶴に帰投する為に飛んで行った。
船型榛名の艦尾では人型の榛名が、興味深そうにアムロを見ていた。彼は礼を籠めて手を振ったが、彼女は逃げる様に走り去った。彼の背後から届く金剛の声は刺々しいのは、そう言う理由だった。
「榛名は私の妹なんだから、変な事をしたらNoダヨ」
「妹?(どことなくチェーンに似ていた)」
「さっき鈴谷にも手を振ってたネ」
「……手を振る挨拶はここでは友好の意味を持たないのか?」
金剛の返答はジト眼だった。隣で曳航される浦風も甲板上で睨んでいた。なので彼はこう言った。
「……なに?(まさか、な)」
「なんでもありまセン」
彼の横に立ち彼を見上げる彼女は、穏やかな表情の中に懇願を籠めてこう言った。
「それヨリ、アムロはこれからどうするの?」
「即答はできないから、君たちの言う提督に会ってから考える。だから取りあえずは佐世保鎮守府に行くよ」
「Yes.それがBestネ」
救出艦隊の周囲ではイルカが飛び跳ねていた。
◆◆
余分な装飾は無いものの、鎮守府の司令部はアンティークホテルと言った方が適切な作りだった。廊下に連なる窓の外には、青い空と強い陽の光があった。屋外では、艦娘達が憩いでいたりトレーニングに励んだりしていた。カツコツと堅い音を立てて司令部の廊下を歩くのは、金剛でも浦風でもない艦娘に案内されるアムロである。金剛や浦風等と共に帰投して一週間が過ぎていた。二人は無言だったのは、その艦娘が口数が少ないタイプである事も一因だが、何より彼が怒りを感じていたからである。彼は、艦娘たちが言う提督の居る部屋に向かっていた。
レイテ沖海戦は失敗が前提の作戦だった。参加した艦娘はそれを知っていた。
部外者である彼はその理由を聞く事ができなかったが、それ故にその理由を問いたださねば収まるものも収まらないのだった。
「提督に仇なすならば私は看過できません」
彼を案内していた表情の乏しい艦娘は立ち止まっていた。サイドテールと言うどちらかと言えば可愛らしさを感じさせる髪型だったが、釣り上がった目尻と冷ややかな瞳が浮かべるのは、警戒である。彼は言った。
「それは、その人物次第です」
「部外者である貴方にその権利があるのですか?」
「確かに部外者です。ですが無関係だと言われるのも不愉快だ」
彼が思い出したのは、二人と別れた時の会話だった。
《アムロ兄さん。提督を怒ったらいけん。この作戦は失敗する必要があったんじゃ》
《予定外の事は起こるものだ。ハイそうですかと納得はできない》
《そうネ。でもアムロと会ったのも予定外なら収支はおつりが来ると思わナイ?》
それを思い出した彼は、幾分だが表情を緩めた。
「とりあえずは、殴りかかったりはしませんよ」
「そう願います」
加賀が叩いたのは重苦しい扉だった。
「提督。アムロ=レイ様をお連れしました」
『入れ』
その部屋は広く開放感があったが、重厚であり居心地の良さは乏しかった。壁に敷き詰められていた背の高い本棚には、書物が整然と収められていた。冷蔵庫と同じ重さの執務机は、銃撃にも耐えられそうな程に厳めしかった。そういう部屋のそういう執務机に、そう言う人物が向かっていた。アムロは、目を剥き、たじろいだ。
彼は、その重厚な人物を知っていた。正確には知っていた事を思い出した。制服は艦娘が言う旧日本海軍の物だったが、それ以外はアムロが十七歳の時に見知った姿と何一つ変わっていなかった。アムロを見据えるその人物は、とても高価な椅子にもたれかかった。髭を蓄えた彫りの深い顔を ――多少の皮肉は入っていたが―― 好意的に緩めた。
方やアムロは声を出すのがやっとの有様だった。
「ら、ランバ=ラル?」
「大きくなったな小僧。いや、大人になったと言うべきか」
石にでもなったかの様に立ち尽くすアムロを見たランバは、今度こそ相好を崩した。
「死人を見た様な顔と言うが、正しくそんな感じだな。立ち話もなんだ。ま、座れ」
◆
アムロは、ランバに勧められるがまま部屋の死角にあったソファーに腰をかけた。その死角に一人の若い男が立っていたが、アムロは彼を知らなかった。
ドスンと腰を落としたランバは葉巻を吹かし始めた。
「報告を受け取った時、まさかとも思ったが。数奇・因縁と言うには少々度が過ぎるな」
「貴方は何時ここに?」
「木馬から身を投げ、死んだと思えば大海に漂っていた。もう駄目かと思った時に加賀に助けられた。これとはそれ以来だ」
ランバの背後で控える加賀に表情の変化は無かったが、指にあるリングを静かになでていた。ランバは「壁に突っ立っているそやつも同じだ」と言ったので、アムロは「貴方は?」と問いかけた。その男は、多少なりともショックを受けたように言った。
「ま、アンタが俺の事を知らない方が当然か。ジェリド=メサ。元ティターンズのパイロットだ」
「ジェリドも座れ。落ち着いて話もできん」
「それと加賀、」
「はい。とりあえず美味い水ですね」
三人の前に置かれたのは、透明なシンプルなグラスに入ったただの水だった。もう慣れたと不満を零しながらも、ジェリドはそれを飲んだ。砂漠の町という過去を思い出したアムロは、ハモンと言う名を危うく口走るところだった。その代わりにこう聞いた。
「彼女、加賀さんとは何年です」
「そろそろ五年になる」
「六年です」
「だ、そうだ」
加賀は不愉快さを隠さなかったが、ランバは豪快に笑った。ひとしきり笑うとこう言った。
「因果なものだな。ジオンとティターンズと地球連邦。かって争った者たちがこうして集まるとは」
◆
ランバが語るのは経緯である。
「この国は、今から十数年前に現れた深海棲艦に襲われた。少し遅れて現れた艦娘たちによって壊滅は免れたが国際社会から物理的に孤立した。人間と艦娘の間に、起こるべくして起こった事件を契機に両者は繋がりを断った。それ以来、艦娘たちはこの国の人間と接触する事なく、深海棲艦の侵攻をただ防ぎ続けてきた。わしは、この現状を打破する為に橋渡しなどを模索してきた。そういう毎日を送っていたら、加賀が毎日磨くあの椅子に座るようになった」
アムロがローテーブルにグラスを置いた。中の氷がカランと音を立てた。
「事件とは?」
「それは部外者であるお前には言えん」
「なら質問を変えます」
「わしは根っからの軍人だ。戦い以外知らんが軍人とは暴力装置では無い。人々が暮らす国を守る矛であり盾だ。祖国を失ったが再びその機会を得るならば、この身を費やそう、そう思ったまでだ。無表情なこれも良くしてくれる」
ランバは彼女を見上げたが、加賀はそっぽを向いたままぴくりとも動かなかった。
◆
水を飲み干したランバは鋭い表情でこう言った。
「さて。そろそろ聞くが、アムロ=レイ。お前はどうする。無理強いはしないが同士となるなら歓迎する」
「一つだけ聞きたい。彼女たちを危険にさらしたのは何故です」
ランバは、つまらなそうに吐き捨てた。
「日本も一枚岩では無いのだよ。一刻も早いシーレーンの回復を願うのも無理からぬ話だが、何かと干渉する奴らがおってな。だが。レイテ沖海戦の失敗で目の上のたんこぶを失却させられた。前〈U.C.〉でもよくあった話だ」
「正直な所、まだ見えない事がある。だが闘っている彼女に救われた、私にできる事がある、これが答です」
「シンプルだな。だがそれ位がちょうど良い。ヒトの世は複雑すぎて、難しく考えると何もできなくなる」
最初に立ち上がったのはジェリドだった。
「決りだな。ラル提督、俺は戻ります。部下を待たせてるんでね」
「演習の報告書は遅れるなよ」
「分かってますよ」
アムロは言った。
「ジェリド=メサ。貴方の闘う理由を聞きたい」
その部屋と廊下を仕切る扉のノブを持っていたジェリドは、振り返るとこう言った。
「前の俺はイケてなかったから、汚名挽回ってね。ま、前の事は忘れて頼むぜ。アンタが味方なら大歓迎だ」
扉の隙間にアムロが見たモノは、ジェリドを待っていた眼帯の艦娘だった。
◆
「ジェリドから聞いたがお前はニュータイプだそうだな」
「ええ。そう呼ばれています」
「ヒトでは無い深海棲艦らとも分かり合えると思うか」
「ニュータイプは神ではありません。仮に深海棲艦と分かり合えた所で出来ない事はある。私がここに居る事も出来ない何かの原因になるでしょう。ニュータイプと呼ばれた多くの者たちが、宇宙〈そら〉に散っていった事が何よりの証拠です。ただ、それを理由に立ち止りはしない」
「理想家だな」
「現実のみでは辛すぎますから」
「確かにそうだ。だがな小僧。過ぎた理想は破滅をもたらす。お前は、お前が指揮する彼女らの事を見る度にこの事を考える事だ……歳をとると説教くさくなっていかんな。追って配属も決まるだろうが、しっかりやれレイ准将」
「准将?」
「艦隊を指揮するのに必要な肩書きだ。アムロ=レイ、わしの権限でお前に与える」
加賀が「レイテ沖作戦で失敗したからこそ得られた権限です」と意地悪く言ったので、ラルは「もうよさんか」と失笑した。アムロは言った。
「ランバ=ラル。いえ、ラル提督。彼女らにはいつ会えますか?」
加賀と見合ったランバは、この調子なら大丈夫だろうと大笑いした。
◆
アムロが立っていたのは、海浜公園と言うよりは埠頭の休憩室という場所であった。梅雨が明けたばかりの海の空には、白い雲があちらこちらに立ち上っていた。
彼は、真紅のエンブレムを刻んだ真白い海軍の軍服を着ていた。
海をぼぅと見ていた彼に話しかけたのは、金剛と浦風である。
「アムロ、じゃなくて司令。時間だヨ」
「そろそろ行かんと。みんな待ってます」
夏の日差しの元で並び立つ二人は、静かに笑っていた。
「あぁ。今行く」
ユニコーンとアルファをモチーフにした真紅のエンブレムを掲げる第三戦隊が、レイテ沖へ向けて抜錨したのは、その二四時間後の事だった。
終わり。
太平洋・ハワイ諸島。ハワイ島と呼ばれる島の地下に、一人の少年が居た。彼は同年代の少年と比較して、比較的華奢で細い顔をしていた。強い力を有していたが危うさをも持っていた。ドックともハンガーとも呼べるその場所で、彼は自分自身に影を落とす存在を見つめていた。それは、全高約二〇メートル・本体重量約二九トン、ガンダリウムガンマの装甲を持つ鋼の巨人だった。その少年に近づくのは、一人の港湾棲姫〈こうわんせいき〉である。その島の港はもちろん周辺海域には、おびただしい数の深海棲艦が航進していた。かつて、観光地として賑わったそこは深海棲艦の本拠地となっていた。
「南西諸島デ展開シテイタ機動部隊ガ壊滅シタ」
静かであった少年の表情に浮かんだのは怒りである。
「金剛型ハ、十八海里〈約三三キロ〉ヲぴんぽいんと砲撃ヲシタ。アマツサエ、魚雷ヲ砲撃シ破壊シタ。信ジラレナイ」
「俺の知り合いかもしれない。できそうな人に心当たりがある」
「仲間トハ言ワナイノカ」
「もう、昔の話だ」
「オ前ハ、彼等ノ元ヘ帰ッテモ良イ。イヤ、帰ルベキダ」
「この道は間違っているかもしれない。いや、正しいと信じた。だから俺は行かない」
港湾棲姫は、その少年を背中からそっと抱きしめた。かぎ爪の様な鋭い指は、悲しい程に暖かく優しかった。
「ナラ、かみーゆ。オ前ノ為ニ、ぜーたノ修理ヲ急ゴウ」
二人を見下ろすゼータはドクンと鼓動を一つ打った。
お付き合いありがとうございました。
■補足
「汚名挽回」は、誤用とも言われますが、ジェリドが劇中で使っていますので、こうしています。