ラストスタリオン   作:水月一人

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オレはやんないよ

「やりすぎだ、馬鹿野郎!」

 

 剣を鞘に収めてから振り返ったジャンヌは、飛んできた鳳にポカリと頭を叩かれた。

 

「あいたぁ~! なによ、なんで叩くの??」

「周りを見ろ、周りを」

 

 振り返ったジャンヌは、竜巻が通り過ぎたあとのような無残な光景を見て絶句した。踏み固められた地面は抉れ、その下の粘土層が見えている。練兵場の至るところに砂利が散乱し、兵士たちはみんな泥だらけで、震源地に近いほど腰砕けになっていた。

 

「なにこれ!?」

「おまえの技の爪痕だよ。何の気なしにやったんだろうけど、ここがゲームの中じゃないことを思い出せ」

 

 ジャンヌはそう言われてハッと気づいた。彼の使う技の威力は変わらないように見えても、実際にそれが周囲に及ぼす影響は全然違ったのだ。

 

 例えば、ゲーム内なら地面がえぐれるような攻撃をしたとしても、実際にフィールドに穴が空くようなことはない。同様に、砂煙が舞っても目は痛くならないし、石つぶての雨が降っても誰も傷つかない。それはただのエフェクトなのだ。

 

 ゲーム上では彼が通り過ぎた後に起きる地割れに触れたモンスターもダメージを受けるのだが、そのエフェクトからちょっとでもズレていたらダメージは入らないはずだった。

 

 しかしそれを現実で行ったら、見た目通りの被害が残ってしまうというわけだ。ジャンヌは飛び散った石の破片で血だらけになった兵士たちを目の当たりにして、申し訳無さそうにシュンと項垂れた。

 

「いやはや、凄まじい威力だ! 勇者の力とは大したものだな」

 

 覆いかぶさる兵士たちの山の中から引っ張り出されたアイザックは、そんなジャンヌの肩を叩きながら、気にするなと言った。彼はすこぶる上機嫌で、ジャンヌが見せた神技(アーツ)の威力に満足しているようだった。

 

「でも、練兵場をこんなにしてしまったわ……」

「構わん構わん。こういう時のための練兵場、こんなのどうせ土を被せて踏み固めるだけだ。それよりも、他に神技があるなら見せてくれ。俄然興味が湧いてきたぞ」

 

 ジャンヌはブルブル首を振った。

 

「私はもう十分だわ。代わりに他の人がやってちょうだい」

「あ、それなら俺が……」

 

 それを聞いていた鳳は、嫌がるジャンヌの代わりに今度は自分が試そうと手を上げた。そしておもむろにステータス画面を開いたのであるが……

 

(え!? なんだこれ??)

 

 彼は自分のステータス画面を見て固まった。そこには彼の想定外のものが映っていたのだ。なにかの間違いでは? 自分のステータスを上から下まで何度も何度も見返して、彼は狼狽した。

 

(どうしてこんなことになってるだろう? これじゃ勇者というよりも……)

 

 狼狽えながら、彼は自分のステータスがおかしな理由を、アイザック達に尋ねようとしたのだが、

 

「あ、じゃあ、次は俺が試してもいいか?」

 

 そんな鳳の言葉を遮るように、カズヤが先にアイザックに向かって宣言してしまった。

 

「おお、次は君か。名はカズヤと言ったな。いいだろう、まずはステータスから見せてくれ」

 

 アイザックは嬉々として彼の提案を受け入れ、それ以外はもう眼中にないと言った感じである。今度はどんな凄いものを見せてくれるんだろう……? ジャンヌよりもっと凄いのかな? 期待に輝く彼の瞳を見ていると、鳳は何も言えなくなった。

 

 カズヤはそんなアイザックに向かって、

 

「俺はジャンヌみたいに凄いステータスじゃないみたいですけど」

 

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カズヤ

STR 14       DEX 14

AGI 11       VIT 8

INT 19       CHA 18

 

LEVEL 99     EXP/NEXT 0/9999999

HP/MP 1087/999  AC 10  PL 0  PIE 0  SAN 10

JOB LORD Lv9

 

PER/ALI NEUTRAL/LIGHT   BT A

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 カズヤのステータスはジャンヌみたいに極端に高い数値はなかったものの、それでもこの世界の住人からすると破格なものだった。

 

 特に知力とカリスマは神人であっても屈指の数値で、あっちの世界のゲームでは、パーティーの作戦参謀で補助術士だった彼の特徴をよく表していると言えた。さっきアイザックの部下たちは、カリスマは人を惹きつける度合いを意味していると言っていたから、つまり彼は指揮官に向いているというわけだ。

 

 彼の職業が補助術士ではなく、君主を表すロードであるのも、そういった理由からだろう。ところで、このロードと言う職業は、鳳たちが感じる以上に、この世界の住人からすると特別な響きがあったようである。

 

「な、なんですって!? あなたの職業はロードですとっっ!?」

「え? あ、ああ……そうだけど。ロードだと何かまずいんですか?」

 

 カズヤがロードであることを示唆すると、それまで黙って聞いていたアイザックの部下たちが、突然目を血走らせて食いついてきた。その反応にたじたじになったカズヤが及び腰になりながら返事する。

 

「とんでもございません! ロードとは伝説の職業のこと。全世界……いいえ、全人類の歴史を通じても、数名しか存在しないと言われる非常に稀有な職業なのです。因みに現在、確認されているロードは神聖皇帝ただ一人。実は、皇帝になるための条件の一つが、ロードであることなのですよ」

「そ、そうなの?」

「はい……尤も、皇帝がロードであるというのは、職業詐称なんじゃないかと専らの噂ですけどね」

 

 そう言って不快そうに顔を顰めるのは、彼らが勇者派だからだろうか。そんな神人たちを脇に追いやり、アイザックが待ちきれないといった素振りで続けた。

 

「それよりも、君はどんなことが出来るんだ? もっと詳しく教えてくれ」

「あ、はい。と言っても、俺はジャンヌみたいな派手なのは使えないんですけど。その代わり、スキル……つまり神技(セイクリッドアーツ)と魔法が使えます。謁見の間で見せたエンチャントウェポンとか、ファイヤーボールみたいな」

「なんと! 古代呪文(エンシェントスペル)でも上位とされる、ファイヤーボールを!?」

 

 神人たちが目を丸くして身を乗り出してくる。もはやスポーツ漫画のモブキャラみたいな反応だ。本当にこの世界の支配層なんだろうか……カズヤは首を捻りながら、

 

「上位だって……? 俺らの世界では中級魔法くらいだったんですけどね。俺はこの上のライトニングボルトまで使えます」

「馬鹿な! ライトニングボルトは我々の世界では、最上位に数えられる元素魔法ですぞ!? とても信じられない……」

 

 神人たちは悪夢でも見ているのかといった感じに狼狽していた。きっと、自分達の能力によほどの自信があったのだろう。それが目の前のぽっと出の異世界人に覆されてしまい、相当なショックを受けているようだ。

 

 そんな神人たちを尻目に、カズヤが魔法を披露してみせると、練兵場にいた兵士たちから歓声が上がった。炎、氷、雷、3つの魔法を使い分け、ダミー人形を粉々にして見せた彼は、先程のジャンヌと同じ轍を踏まないように、神技は地味なものを選んだ。

 

「流し斬りっ!」

 

 それをダミー人形ではなく、ゲームの世界ではタンクの役をやっていたジャンヌが体で受けてみると、

 

「いたたたた……流石に痛いけど、怪我をするほどじゃないわね。でもHPがちょっと減ってるみたい」

「さすがジャンヌ、VITお化けだな。ところで、STRはどうなってる?」

「STR? あらやだ……18になってるわ」

「やっぱり。デバフもちゃんと効くんだな。ゲームと同じだ」

「これ、ちゃんと元に戻るのかしら……」

「他にも色々試してみようぜ」

 

 ジャンヌ達のそんなやり取りを兵士たちが呆然と眺めている。流し斬りが完全に入ったのに……と、練兵場のあちこちから聞こえてきた。

 

「そろそろ拙者の技も披露させて欲しいでやんす」

 

 ジャンヌ達がステータス増減効果のあるスキルを試していると、それをうずうずしながら脇で見ていたAVIRLが口を挟んできた。その声に、二人のやり取りを呆然と見ていたアイザックが我を取り戻し、

 

「そ、そうだった。すまんが二人共、今は全員の能力を確認しておきたいのだ。相談は後にしてくれないか」

「すみません」

 

 カズヤ達が謝って引き下がるのを見てから、アイザックはコホンと咳払いし、

 

「えーっと、ではAVIRLよ。今度は君の能力を教えてくれたまえ」

「へい! 拙者のステータスはこの通りでやんす」

 

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AVIRL

STR 11       DEX 16

AGI 20       VIT 10

INT 10       CHA 12

 

LEVEL 99     EXP/NEXT 0/9999999

HP/MP 1868/214  AC 5  PL 0  PIE 0  SAN 10

JOB THIEF Lv9

 

PER/ALI NEUTRAL/NEUTRAL   BT A

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 待ってましたとばかりに元気よく公開しただけあり、AVIRLのステータスもなかなか目を瞠るところがあった。なんと言ってもそのAGIの高さ。20超えは伝説の域だ。更には、盗賊だけあって器用さもかなりのものがあり、その数値は人間の常識を超えている。

 

 極めつけはAC、アーマークラスである。彼一人だけ、何も装備していないのに、はじめから5という数字なのは、もしかして職業補正なのかなと思ったら、こちらの世界にもそんな人間は居ないとのことだった。

 

「これはもしかすると、前の世界の職業補正を引きずってるのかもな。AVIRLは前の世界ではストーカー。アサシンの上位職だったけど、こっちではそんな職業が無いから盗賊になっている。その分、ステータスにボーナスがかかったのかも知れない」

「それじゃチートすぎるんじゃないでやんすかね?」

「異世界召喚されてる時点で非常識だからな。そのくらいのことが起きても不思議じゃないんじゃないか。それより、スキルの方はどうなんだ? 何か変わったところは?」

「見た感じおかしなとこは無いでやんすが……」

 

 アイザックが会話に割り込んできた。

 

「君の神技は謁見の間でも見せて貰ったな。ここにいる神人たちは妖術の類ではないかと疑っていたが、何か心当たりはないのか?」

「そう言われても、神技も妖術も、拙者には馴染みがない名前でやんすからね……拙者の使うスキルは、主に暗殺の技だったでやんす」

「暗殺だと……?」

「実演してみせるのが一番でやんすよ。誰か実験台になってくれでやんす」

 

 AVIRLがそう言うと、アイザック達はうっと息を呑んで口をつぐんだ。暗殺の技と聞かされたのだから当たり前だろう。しかしこのままじゃ埒が明かないと思ったのか、アイザックが部下の神人を名指しし、可哀想な彼は真っ青になりながらAVIRLの前に立った。

 

 AVIRLは苦笑しながら、

 

「そんなに緊張しないでも平気でやんすよ。取り敢えず、そこに立って背中をこっちに向けてくれでやんす……そう……それでいいでやんす。シャドウ・ハイディング!」

 

 AVIRLに言われた神人が背中を向けて立つと、彼は神人の作る影の上に立ち、おもむろに技名を叫んだ。すると突然、その姿が自由落下するかのように、スッと神人の影の中に落ちて見えなくなった。驚いた神人が自分の影をまじまじと見つめていると、

 

「今、拙者は貴殿の影に隠れてるでやんすよ。こうなったら最後、もう決して振り切ることは出来ないでやんすから、試しに少し本気になって逃げようとしてみてくれないでやんすかね?」

 

 自分の影に話しかけられるという稀有な体験を生まれてはじめてした神人は少し面食らっていたようだが、すぐ言われたとおりにその声から逃れようと、練兵場の端っこまで全力で走っていった。

 

 その速さはさすが神人といった感じで、もし仮に姿が見えていたとしても、人間が追いつくのは絶対に不可能というくらいの速度だった。ところが、

 

「バックスタブ!」

 

 練兵場の端っこで、ゼイゼイと肩で息をしている神人の背後に、突然AVIRLが現れてその肩をポンと叩いた。絶対にそっちには居ないと思っていた方向から肩を叩かれ、神人がひゃーっと素っ頓狂な声を上げる。神人のそんな姿など滅多に見れるものじゃない。驚愕の光景を見せられた兵士たちが目を丸くしていた。

 

「こんな感じで、拙者、一度ターゲットにした相手は絶対に逃がすことはないでやんすよ。ハイディングの無敵属性と、バックスタブの不意打ちで、チクチク攻撃するのが得意でやんす」

 

 軽く言っているがとんでもないことである。こんな奴に命を狙われたらひとたまりもない。その場にいた兵士の全員が、その事実に背筋を凍らせていたが、

 

「素晴らしい!」

 

 ただ一人、アイザックだけは上機嫌でそんな言葉を口走った。

 

「君は暗殺の技術だと言うが、これなら護衛の役にも立つのではないか? 君は常に影から護衛対象を守ることが出来る。誰にも悟られず、敵地に潜入することだって可能だ。もし君が私の味方になってくれるなら、こんなに心強いことはない。君は我が国の救世主だ!」

 

 そんな風に手放しで褒められる経験があまりなかったからだろうか。AVIRLはアイザックにそう言われると、デレデレとした笑みを浮かべながら、

 

「拙者も、アイザック殿のお役に立てるならこれ以上嬉しいことはないでやんすよ」

 

 AVIRLはそう言ってアイザックとガッシリと握手を交わした。

 

 お次はリロイ・ジェンキンスの番である。これまで城の者たちの期待を遥かに上回るステータスを見せつけてきた異世界人一行である。さぞかし凄いステータスをしているに違いない。周囲の期待の視線が突き刺さる。そんな中、彼は浮かない表情で、

 

「リロイ・ジェンキンス……」

 

 と弱々しくつぶやきながら、自分のステータスを公開した。

 

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リロイ・ジェンキンス

STR 17       DEX 16

AGI 16       VIT 17

INT 10       CHA 11

 

LEVEL 99     EXP/NEXT 0/9999999

HP/MP 2632/100  AC 10  PL 0  PIE 0  SAN10

JOB FIGHTER Lv9

 

PER/ALI NEUTRAL/NEUTRAL   BT B

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 リロイのステータスは15超えが4種とかなりのものだったが、それまでの仲間たちと比べると若干見劣りするものだった。職業もあっちの世界と同じ戦士で、AVIRLみたいに職業補正が掛かっているとか、特に変わったところは見当たらない。

 

 だからちょっと気が引けたのだろうか。ステータスをみんなに公表するリロイの声は、ほんの少し元気がなかった。ジャンヌはそんな彼の気持ちを察してか、

 

「あらやだ。INT10なんて私と同じじゃない。脳筋だからって、失礼しちゃうわね」

 

 と、気遣うように接していた。リロイも有り難そうに弱々しく笑っていたが、

 

「ななな、なにぃぃぃぃーーっ!!! Blood Type・Bだって!!??」

 

 突然、アイザックの部下の神人たちが大声をあげて飛び上がった。

 

 一日に二度も三度も、神人が取り乱す姿を見れるなんて、思いもよらなかった兵士たちが仰天している。見ればアイザックも険しい表情で眉間に皺を寄せ、リロイの顔を覗き込むようにして、マジマジと見つめていた。

 

 何だこの反応は? と思いつつ、鳳が尋ねた。

 

「そ、そう言えば……PER/ALIとかBTとか流しちゃってたけど、これって何なんですか? BTって、Blood Type? 血液型のこと?」

「変ね。私、A型じゃないわよ?」

 

 ジャンヌの言葉を否定して、神人がブンブンと高速で首を横に振った。

 

「そういう意味ではありません……説明しましょう。まずPER/ALIはパーソナリティとアラインメント。個性と属性です。例えばジャンヌさんはGood/Neutral、善良にして中立、カズヤさんはNeutral/Light、中立にして光属性」

 

 ハクスラ系ではよくあるやつだ。鳳たちはすんなりとそれを受け入れた。

 

「続いてBTとはBloodType、種族のことです。そしてAは人間……Bは神人なのです!!」

 

 まるでお化けでも見ているかのような表情で神人たちはリロイに向かって叫んだ。

 

 鳳はリロイが神人だと言うことに驚きはしたが、今までの流れからそういうこともあるだろうと、大して気にも留めず、

 

「へえ、おまえ、神人だったんだ。ところで、BloodType・Cってなんなんですかね?」

 

 と尋ねてみた。ところが神人たちは彼の言葉など全く耳に入ってこない感じで、

 

「そんな人間いませんよ!」

 

 と一蹴してから、リロイに掴みかからんばかりににじり寄った。

 

「あなた……本当に神人なのですか? 見た目はどう見ても人間にしか見えないのに……確かに、一口に神人と言っても耳の長さは人それぞれ。見た目もバラバラ。ですが、ここまで人間そっくりなのは見たことがありません」

「リロイ・ジェンキンス……」

 

 そんなこと言われても彼にもわけがわからないだろう。リロイは助けを求めるように背後を振り返った。カズヤが彼の言葉を代弁するかのように後を引き継いだ。

 

「そんなこと、こいつに言っても仕方ないですよ。それより、神人かも知れないなら、それを確かめる方法は無いんですか? 例えば、神人にしかない特徴みたいな」

「まずは耳が長いこと。その他には人間と違って古代魔法と神技が使えるという特徴があるのですが……あなた方が冗談みたいにポンポン使った後では説得力がありませんよね。あなた方こそ、本当に人間なのですか?」

 

 神人は非難がましい視線を向けてきたが、ハッと気づいたように目を見開いて、

 

「そうだ。もう一つ、超回復があります」

「超回復?」

 

 とは、筋肉をつけたい時のあれとは違う。

 

「我々、神人は不老非死、それ故に怪我や病気をしてもすぐに治ってしまうという特徴があります。神人を傷つけるには、銀製の武器か、より強大な力で圧倒するしかありません。試しに体の一部を傷つけてみればすぐに分かりますよ」

 

 神人はそう言うと、自分の腰に挿していた短剣を抜いて、リロイに差し出した。彼はその鋭い切っ先を見ながら、

 

「え? 傷つけるってナイフで? やだよ……」

 

 と、いつものロールプレイを忘れて素でそう言った。意外とかわいい声だった。

 

 しかし、そんな彼も衆人環視の下、期待に満ちた視線に晒されていては、いつまでも抵抗することは出来なかった。彼は神人からナイフを受け取ると二の腕をまくり、恐る恐るといった感じに刃の部分を腕に乗せ……スーッと、撫でるように横に引いた。

 

 そんなんじゃ切れないだろうと思いきや、思いの外しっかり手入れがされていたナイフは、彼の腕の上を滑らしただけで見事にその役割を果たした。リロイの顔が苦痛に歪み、腕には赤い線のような血が躙んでいく。ところが……

 

「お?」

 

 彼が傷ついた腕からナイフを離すと、たった今、傷つけたばかりの傷口がピタッと閉じて、あっという間に血が止まってしまった。まさかと思ってその血を拭ってみると、そこには傷一つない綺麗な肌が見えるだけだった。

 

 驚いて2度3度と続けてみても結果は同じだった。だんだん慣れてきたらしい彼が、見てるほうが痛くなるくらい、結構ばっさりと切り刻んでも、その傷はあっという間に塞がった。

 

 鳳たちは感嘆の息を吐いた。まるで不死身の怪物みたいだ。と、その時、カズヤがなにかに気づいたように声を上げた。

 

「そうか! こいつはあっちの世界ではバーサーカー……常に突撃戦法を得意としてきた男だから、もしかしたらそれを再現しているんじゃないか? 回避が得意なAVIRLのACにボーナスがついていたように、いつも敵中にあって攻撃を受けやすいリロイは超回復を手に入れたってわけだ」

「なるほど、言われてみればそうかも知れないでやんすね」

「彼がこっちでもあの戦法を続けるなら、これくらいのチート能力が無ければ通用しないものね」

「え? ……そんなんでいいのか? 君たちはそれで納得するの?」

 

 何しろ異世界召喚なのだ。これくらいのチート能力があっても問題あるまいと、あっさりと受け入れるカズヤ達に対し、こちらの世界の住人であるアイザックは戸惑いを隠せないようだった。

 

 そんな中で、リロイはいくら切り刻んでも傷一つ残らない自分の腕をじっと見つめてから、何かを思いついたように、手にしたナイフを天に掲げながら、突然、猛烈な勢いで練兵場の中心目掛けて駆けていった。

 

「リローーーーイ・ジェンキィィーーーーンスッ!!」

 

 彼が飛び上がって、振りかぶったナイフを振り下ろすと、ドドドンッッ!! ……っとダンプカーでも突っ込できたような衝撃音を立てて、練兵所の地面に嘘みたいなクレーターが出来上がっていた。

 

 ナイフを使ってどうやったらそんな痕が出来るんだと突っ込む間もなく、

 

「地烈斬! ストーンインパクト! 乱れ斬りっ!!!」

 

 彼が次々と繰り出す技の前に、練兵所の地面はまるで幼稚園の砂場のごとく穴だらけにされていった。全方位に向けて次々と繰り出される狂ったような攻撃を前に、兵士たちが驚いて逃げ惑う。見た目はシリコンバレーのオタクのくせに、まさにバーサーカーと呼ぶにふさわしい暴れっぷりだった。

 

「うおおおおおぉぉぉぉーーーー!!!!」

 

 練兵場の中心で雄叫びを上げるリロイ・ジェンキンス。どうやら彼は、自分に与えられたステータス能力が気に入ったようだ。はじめは少しがっかりしていた彼が元気になったのは良いけれども、この練兵場は誰が片付けるのだろうか……

 

「いやはや……ジャンヌも凄かったが、彼の暴れっぷりはそれ以上のものがあるな。見ているだけで恐怖を覚えるくらいだ。しかし、味方だと思えばこれ以上に心強いことはない。きっと彼の子供たちはその能力を受け継いで、強い男に育つだろう」

 

 大暴れするリロイを遠巻きに眺めながら、アイザックは呆然とした表情でそう呟いていた。そう言えば、すっかり忘れてしまっていたが、自分達はこの世界に種馬として召喚されたのだ。

 

 それを思い出した彼らがハッと城の方を見上げてみたら、練兵場を見下ろす窓辺にちょこちょこと動く影が見える。どうやら、城に滞在する女達がこちらの様子を窺っているようだ。

 

 ここで強さをアピール出来れば、セックスだ。

 

 俄然、やる気が出てきたカズヤとAVIRLがこれみよがしに能力を誇示し始めた。すでに練兵場の中央で暴れていたリロイと三人で、つきあわされる兵士たちが可哀想になるくらい大暴れしている。

 

「いやあね。スケベな男たちは。汚らわしいわ」

 

 そんな男たちを軽蔑の眼差しで見つめるジャンヌ。鳳はその横に立って、彼に同調するようにうんうんと頷いた。能力がなんぼのもんだ。男はもっと内面で勝負するべきだ。

 

 鳳がそんなことを考えていると、するとそんな彼に気づいたアイザックが、部下の神人たちを引き連れ近づいてきて、

 

「やれやれ、練兵場を壊されなければ良いのだが。君は彼らと一緒にアピールしなくていいのか……? っと、そうだった。そう言えば、まだ君の能力を教えてもらってなかったな」

 

 アイザックがポンと手を叩きながらそう言った。鳳はギクリと肩を震わせた。

 

「これまでの勇者たちのステータスは、みんな素晴らしいものだった。君はなかなか切れる男のようだし、さぞかし興味深いステータスをしているんだろうな」

「いやいや、自分なんかはそんな……」

「謙遜などしなくていいんだぞ。いや、寧ろ謙遜などされてはこちらの立つ瀬がないではないか」

 

 彼の背後に立っていた神人たちがうんうんと頷く。鳳は口の端っこを引きつらせながら、

 

「いやいや、凄いステータスならもう十分に堪能したでしょう? 俺のちんけなステータスなんかもう見なくってもいいんじゃないですかね」

「何を言ってるんだ? 君は……」

 

 鳳がステータスの公開を渋ると、アイザックはキョトンとした表情で、マジマジと彼の顔を覗き込んできた。鳳はその視線を避けるように顔を背けた。

 

「どうしたの飛鳥。もったいぶることないじゃない。私もあなたのステータスに興味があるわ。アイザック様、彼はあっちでは世界屈指の魔法使いでした。きっと凄いものを見せてくれますわ」

「ほう、それは楽しみだ」

 

 ジャンヌがそう請け合い、アイザックは満足そうに頷いている。

 

 勝手にハードルを上げるんじゃない……鳳は突っ込みたいのをぐっと堪えながら、愛想笑いを浮かべた。そうしたいけど、そうするわけにはいかない。彼は冷や汗をかきながら、どうにかこの場を切り抜けられないものかと思案した。

 

 そう、彼は逃げたかったのだ。ステータスを晒すなどまっぴらごめん。誰にも気づかれずにこの場から去り、出来れば城からも逃げ出してしまいたかった。

 

 しかし、そうは問屋がおろさない。

 

「おおい、どうしたんだ? そんなところにみんなで集まって」「そう言えば、飛鳥氏のステータスはまだ確認してなかったでやんすね」「リロイ・ジェンキンス」

 

 ステータスを公開するように迫られ、鳳がまごついていると、その様子を遠くで眺めていたカズヤ達が戻ってきてしまった。彼らが散々暴れたせいで練兵場はボコボコになり、訓練にならなくなった兵士たちも一緒に集まってくる。

 

 360度、好奇の視線で囲まれてしまった鳳が、ダラダラと冷や汗を垂らす。こうなってしまったら、もう逃げられない。覚悟を決めるしかないだろう。

 

「どうしたのよ、飛鳥。みんな待ってるわ。早く見せなさいよ」

 

 ジャンヌが早くしろとせっつく。

 

 鳳はため息を吐いた。

 

 アイザック、その部下、カズヤにAVIRL、リロイ、そして兵士たちに囲まれた彼は、ついに観念し、ヤケクソになって叫んだ。

 

「わかった! わかったよ……俺のステータスが見たいんだって? ああ、いいだろう。きっとみんな驚くに違いない。これが俺のステータスだ! とくと見やがれっ」

 

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鳳白

STR 10       DEX 10

AGI 10       VIT 10

INT 10       CHA 10

 

LEVEL 1     EXP/NEXT 0/100

HP/MP 100/0  AC 10  PL 0  PIE 5  SAN 10

JOB ?

 

PER/ALI GOOD/DARK   BT C

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