ラストスタリオン   作:水月一人

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状況確認

 レオナルドの荘園であるヴィンチ村に辿り着いた一行は、山の上にあるお城みたいな屋敷に案内された。馬車で移動するような広大な敷地を通り抜けて、大勢の使用人に出迎えられて唖然としながらも、どうにか応接室で人心地着いた鳳たちは、主人の留守中にあった出来事を執事に聞かせてもらうことになった。

 

 執事のセバスチャンは、初めはいくら主人の連れてきた者たちとはいえ、女子供に獣人を含むような得体の知れない集団を前に、果たして報告しても良いのか、空気を読んで出直した方が良いのかと迷っていたようだが、

 

「構わん」

 

 レオナルドのその一言で職業意識を取り戻したらしく、優雅にお辞儀をしたあと話し始めた。

 

「申し上げます……旦那様がお留守の間、我が領内に帝国軍が侵入、アルマ国が侵略を受けて降伏しております。この事態に際し、連邦議会はようやく重い腰を上げ、冒険者ギルドを窓口にして徴兵を開始、これまでになんとか帝国軍を上回る兵数を集めることに成功し、決戦に向け着々と準備しているところです」

「左様か……帝国はついに始めてしまったのか……うーむ、しかし無防備であったとは言え、これまで一度の侵入すら許さなかった勇者領が、そんなに簡単に侵入を許すものか? 何故、帝国軍が森を抜ける前に叩けなかったのじゃ?」

 

 レオナルドが難しい顔をして尋ねると、執事は涼しい顔で続けた。

 

「順を追って説明いたします。まず昨今の連邦議会13氏族が勇者派ではなく、帝国寄りのリベラルに傾いていたことは旦那様もご承知でしょう。そのため、国境を守る勇者派のアルマ国は孤立を深めておりました。彼の国はヘルメスが落ちてもまだ態度を改めない議会に業を煮やし、単独で帝国と講和してしまったのです。講和と言っても実質は降伏ですが……」

「なんでまたそんなことに? あそこは特に帝国嫌いだったはずじゃろうに」

「むしろそれが問題だったのです。先のヘルメス戦争後、帝国は難民を返せだの、戦争犯罪人の捜索をさせろだの、様々な理由をつけて領内への軍の進駐を目論んでいました。この理不尽な要求に対し、断固とした態度を取っていれば良かったのですが、リベラルは一時的なことと言って受け入れる姿勢を見せてしまいました。しかし、進駐を許せば、帝国軍は必ずアルマ国の領土を通ることになります。彼の国は難民を押し付けられただけではなく、このままでは帝国軍の面倒まで見させられる羽目になる……もはや内も外も敵だらけだと感じても仕方なかったでしょう」

「なるほど……」

「そしてもう一つ、寧ろこれが議会を裏切った最大の理由だと思われますが、彼の国は前ヘルメス卿を領内に匿っていたのです」

「なんと、アイザックはあそこに逃げ込んでおったか」

 

 鳳たちが予めカズヤに抜け道を教えておいたおかげか、宮殿陥落後、アイザックは落ち延びたと聞いていたが、どうやら大森林ではなく勇者領へ逃げていたようである。

 

「はい。両国は歴史的にも距離的にも(ちか)しい間柄にあり、アルマ国は当初、議会にも秘密にして彼を匿っていたようです。しかし、帝国の侵入を許してしまえば発覚は時間の問題。追い詰められた彼の国は、そこで前ヘルメス卿の身柄を手土産に、帝国と単独講和するという賭けに出た模様です」

「して、帝国は?」

「アルマ国の協力を得て、軍を安全に領内に入れると、戦争犯罪人の捜索を理由に、彼の国から周辺国へと部隊を展開しております。これに対し、周辺のカーラ国、リンダ国、以下7カ国が非難声明を出しておりますが、帝国軍に聞き入れるつもりはないようです」

「そりゃそうじゃろうな。目的はあくまで侵略か……」

 

 レオナルドは自分の長いヒゲを引っ張りながら難しい顔をしている。鳳はそんな老人に代わって、気になることを尋ねてみた。

 

「それでアイザックはどうなったんですか? 処刑されちゃったんですか?」

 

 執事は、いいえと首を振り、

 

「帝国は勇者領内を行軍する名分として、彼を政治利用することにしたようです。具体的には、彼の口から戦争犯罪人が勇者領内に潜伏していると聞き出したという名目で、捜索のために軍を動かしているという体を取っています」

「ふーん……じゃあ、あいつまだ生きてるんだ」

 

 元をただせば、鳳たちをこの世界に呼び出した諸悪の根源である。今更恨んではいないが、かと言って助ける気にもなれなかった。彼との付き合いが長かったメアリーだけが不安そうな顔をしていたが、その他は大体みんな同じ意見のようである。

 

 執事は、そんな鳳やメアリーの顔を見て何かを思い出したように、

 

「そうでした。これは朗報になるでしょうか、冒険者ギルドに回っていた皆様の手配は取り下げられたようです。手配していたのは帝国ですから、当然でしょう。ここにいる限りはもう安全です」

「なんだ、それじゃ俺たち、もう襲われる心配はなかったのか……なら、あの野盗はなんだったんだ? 知らずに襲ってきたのか? 迷惑な奴らだ、撃退したからいいけどよ。でも良かったな、鳳。あの盗賊を殺しちまわなくって」

 

 ギヨームがニヤニヤしながら、厭味ったらしく言った。ほんのちょっぴりカチンと来たが、まあ概ね彼の言うとおりなので仕方あるまい。もしそうしていたら、今頃は相当後味が悪かっただろうから、ルーシーには感謝しなければならないだろう。

 

 とは言え、安全とは言っても戦争に負けてしまっては元も子もないから、

 

「それで、勇者領には帝国軍を撃退出来るほどの戦力はあるんですか?」

「ある……問題なくあるのじゃが……」

 

 その質問には、執事ではなくレオナルドが答えた。

 

「お主にも分かりやすく説明するなら、帝国は神人を中心とした奴隷制。対して勇者領は産業革命後の自由主義経済じゃ。GDPも人口も、彼我の国力差は10倍以上はある。従って、徴兵が始まれば帝国を倍する戦力を集めるのは容易いことなのじゃが……いかんせん、普段は軍隊を持たない国であるから、練度も将兵もまるで足りていない。事が起きてから動くのでは遅すぎるわけじゃ」

「ああ、それは……」

「一応、そう言うときのために冒険者ギルドがあるわけじゃが……戦闘のプロである冒険者を、連邦議会は根無し草の盗賊連中と何ら変わらぬと見下しておるのじゃよ」

 

 レオナルドが苦々しげにそう吐き捨てると、後を引き継ぐように執事が続けた。

 

「議会は、大君(タイクーン)が僭主化することを恐れているのです。元はと言えば、勇者領は勇者様が作った国。そのパーティーメンバーである大君のネームバリューは、ここでは計り知れないものがあります。もし、此度の戦争で冒険者ギルドが活躍するようなことがあれば、民衆は大君が王になることを望むようになるでしょう。そのため、13氏族は冒険者ギルドとは距離を置き、あまり利用したがらないのです」

 

 それはつまり、徴兵には利用するが、レオナルドの息が掛かった高ランク冒険者は、寄せ付けたくないということだろう。しかし、それで戦争に勝てればいいのであるが、彼らは優秀な将兵がいない軍隊がどれほど脆弱か分かっているのだろうか……

 

「……13氏族などと呼ばれて王侯貴族を気取っておるが、先祖はみんな友達じゃった。そんな、孫から小遣いを取り上げるような真似はせんと言っておるのじゃが、奴らはどうしても信じられぬらしい。嘆かわしいことじゃな」

 

 長く続く王家と言えど、自分で手に入れたわけじゃないから、彼らは自分の地位を奪われることを恐れているのだろう。それがその地位を与えてくれた先祖の友人であるというのだから、なんとも皮肉なものである。300年も生きたと聞いて羨ましく思ってもいたが、案外そんなことないのかも知れない。

 

 場がしんみりしてしまったが、執事が気を取り直すように話題を軌道修正する。

 

「話を戻しますが……旦那様のご指摘の通り、将兵不足は連邦議会も承知しておりまして、苦肉の策としてカーラ国の将兵を招いて司令官に据えることにした模様です」

「なに!? 魔王派ではないか」

「はい。保守系の方々がそれを不安に思ってか、旦那様のお留守の間、何度かこちらにご訪問されました。不在を知ると、落胆してお帰りになられましたが、いつでも議会にいらして欲しいとおっしゃっておりました。そうして差し上げれば、喜ばれるかと思います」

「それは気が進まんのう……」

 

 なんだか穏やかでない単語が聞こえたような気がして、鳳は慌てて尋ねてみた。

 

「今、魔王派って言った? そんなのまでいるのかよ、この国には」

「ああ……文字通りの意味ではないのじゃが……」

 

 レオナルドは身内の恥を嘆くように話し始めた。

 

「掻い摘んで説明すれば、勇者領は建国以来、帝国と戦争状態にある勇者派の国じゃ。しかし長い年月が過ぎ、相手が疲弊してきたこともあって、現在はこれ以上争っても益が無いと、帝国との和平協調路線を主張するリベラルが台頭するようになっておった。そして元の主流派は追いやられつつあったのじゃが……その反動からか、反帝国を声高に唱える過激派が生まれ、それが魔王派と呼ばれる連中じゃ。奴らはあくまで武力での解決を目指しておるから、普段から私兵を集めて訓練をし、威勢のいいことばかり言っておる。平時なら誰も耳を貸さぬが、この緊急事態では過激な意見の方が耳障りが良いからのう」

「ふーん……思想信条はともかくとして、実力の方はあるの?」

「わからぬ。普段から軍略を口にして人々の関心を集めてはいるが、実戦経験はないので測りようがない。尤も、経験で言えば帝国軍も似たりよったりじゃろうから、常備軍と即席軍の違いがどこまで出るかによるじゃろうか……」

「なら、案外うまくいくかも知れないじゃないか」

 

 そうなればいいのだがと、レオナルドはため息混じりに答えた。そうなったらなったで、今度は調子に乗って帝国を攻めようと言い出しかねないので、痛し痒しといったところだろうか。

 

 それにしても、戦争から逃れて大森林に潜伏していたというのに、戻ってきたらその戦争が場所を変えてまだ続いているのだから、なんとも間の悪い話である。また大森林に戻るわけにはいかないから、さっさと新大陸に高跳びしたほうがいいだろうか……?

 

 いや、今となってはメアリーは神人でも屈指の強さを誇る。今更、刺客がやってきたところで、彼女をどうすることも出来ないだろう。

 

 それに元はと言えば、メアリーの存在を知った帝国が彼女のことを狙っていたから、鳳たちは逃げていたはずなのに、どうやら現在、帝国の目的は勇者領の支配に変わりつつあるようだ。こちらとしては、追っ手さえ来なければ、戦争がどうなろうが知ったこっちゃないので、あとは好きにしてくれとしか言いようがなかった。

 

「さて、これからどうするかのう……手配が取り下げられたことで、今すぐ新大陸へ向かう必要はなくなってしまった。何か方針が決まるまで、ここに留まるかのう……」

「逃げ支度しなくていいのか? 戦争の結果次第では、ここを追い出されるかも知れないぜ?」

 

 ギヨームがそんなことを口走るも、老人は平然と、

 

「何故じゃ? 儂はこの国の王ではないぞ。議会にも参加しておらねば、ギルドの冒険者たちも戦争に関わっておらん。そんな何の口出しもしておらぬ老いぼれを、いかに帝国とは言え、どうこう出来るものでもあるまい」

「……それもそうか?」

 

 ギヨームは納得いかないと言わんばかりに首を捻っているが、恐らく老人の言うとおりだろう。

 

 戦争の勝敗で決まるのは、せいぜい国家間の賠償くらいのものである。いくら武力で人を支配しようとしても、心の中までは縛れない。理不尽な振る舞いは、反発心を招く結果となる。しかし反乱分子を殺して回っていたら、いつか国が滅んでしまうだろう。

 

 それでも無理矢理支配したいなら、歴史に倣って先住民を追い出し、移民を送り込むことだろう。しかし、彼我の人口比を考えても、そんなことは不可能だ。だから戦争の勝敗いかんで困るのは13氏族だけと考えられるわけだ。

 

 帝国が何を考えているかは分からないが、案外、それが目的なのかも知れない。彼らの(ちから)を削いで、言うことを聞かせやすくしたいのだろう。ともあれ、ここに留まるというのは悪くない選択だと鳳は思った。

 

「それじゃ、暫くはこの辺で冒険者の仕事でもしてようか。マニも村から出てきたばかりで心細いだろうし、ガルガンチュアさんにも頼まれたからな。それに、迷宮のことも気になる」

「ええ……またあそこに行くの? あそこのことは、もう忘れた方がいいんじゃないかな」

 

 メアリーとルーシーが迷宮に入った時のことを思い出し、げっそりとした表情を見せた。人の心を惑わす迷宮は、彼女らに軽いトラウマを植え付けたようである。

 

「でも迷宮を攻略したら、きっと経験値がいっぱい手に入ると思うぞ。それに、未知の魔法を手に入れるチャンスかも知れないし」

「うーん……そっかあ」

 

 経験値と聞いてメアリーが逡巡を見せる。現金なものだが、神人である彼女がこれ以上のレベルアップをするには、鳳の共有経験値を利用するしかないのだ。それに最近メキメキと実力を上げているルーシーも、迷宮のお宝には興味津々のようである。

 

 しかし、今の所、あの迷宮の防御機構を突破する方法は何も見つかっていない。それをなんとかしない限り、攻略は夢のまた夢だろう。

 

「そうじゃった。鳳よ、セバスに例の模様を見せてやれ」

 

 鳳が言われた通りに、長老の地図に描かれていたマークを見せる。執事は顔を近づけてそれをしげしげと眺めてから、

 

「これは……?」

「わからぬ……じゃが迷宮を攻略するヒントとなるものらしい。このような家紋を使っておる家系や、何かマジックアイテムがないか調べてくれぬか。先を越されては元も子もないので、あくまで内密にじゃが」

「かしこまりました」

「それでは、アビゲイル。こやつらを適当に客間に案内してくれ。フィリップとミーティアはここに残り、セバスからギルドの仕事の引き継ぎをせよ。この村の窓口は、全部こやつに任せておるでな」

 

 鳳たちは、メイド長に案内されて部屋を出た。これからの生活を思うと多少緊張もするが、なにはともあれ、今夜は久々に柔らかなベッドの上で眠れそうである。

 


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