ラストスタリオン   作:水月一人

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うーん……さすがファンタジー世界

 翌日、鳳は昼過ぎまで惰眠を貪っていた。

 

 前日はレオナルドお抱えの料理長による、長旅を労う料理の数々に舌鼓を打ち、まさかあるとは思わなかった湯船に浸かった後、バスローブに体を包んだまま、ふかふかのベッドにダイブしたところまでは覚えている。どうやら、そのまま気絶するように眠りに落ちてしまったらしい。

 

 泥のように眠るとはこのことで、目をつぶった次の瞬間はもう朝になっていて、しかも目が開いているにも関わらず、いつまで経っても覚醒しない、金縛りみたいな状態でありながら、天国にでもいるかのように心地良いという、なんとも形容し難い微睡みに身を任せていたら、気がついたら太陽がてっぺんを過ぎてしまっていた。

 

 流石にこれ以上寝てはいられないと、体を起こしたら、今までどんな硬い床の上で寝ててもそんなことにはならなかったというのに、体がガチガチに固まっていて、動くたびにギシギシ音がなりそうだった。

 

 どんだけ疲れていたんだろうかと、我が事ながら唖然としていると、同じ部屋で寝ていたジャンヌも起き出してきて、鳳と同じように体をギクシャクさせていた。と言うか、同じ部屋に居たはずなのに、今の今までその気配に気づかなかった。

 

 人間、やっぱりちゃんとした寝床で寝ないと駄目だと話しあいながら廊下に出たら、寝ぼけた顔をしたルーシーとメアリーに出くわした。どうやらこっちも似たようなもんだったらしい。

 

 人んちに来て、いきなりこんなだらしない姿を晒すのは情けない限りだが、誰も起こしてくれなかったのだから仕方ないだろう。そんな言い訳をしながら、昨晩は起きたら食堂に来いと、執事に言われていたのでそちらへ向かう。

 

 さっきからお腹がぐーぐー鳴っているが、流石にこんな時間に起き出してきて、朝食がどうとか言いだすのは気がひけると思っていたが、食堂に行ったら当たり前のようにその朝食が用意されていた。

 

 スープからまだ湯気が立っているのは、どう見てもたった今作られたからとしか思えなかった。いつから待っていんだろう……澄ました顔をして佇んでいる使用人たちの姿に戦慄を覚える。

 

 四人縮こまって黙々と食事を摂った後、部屋に帰ったら昨日玄関で手渡した上着が綺麗に折り畳まれて置かれていた。熱湯でグツグツ煮込まれることもなく、どうやったらこんなに綺麗に洗濯出来るんだろう? と首を捻りたくなるくらい、新品同様で糊まできいている。

 

 至れり尽くせりで、そろそろ動悸と目眩がしてきた。取り敢えず、家主に挨拶しなきゃと思って部屋を出ると、廊下に執事のセバスチャンが音もなく立っていて、

 

「旦那様から皆様に、村の仕立て屋に行って、お召し物を仕立てて差し上げよと仰せ付かっております。馬車を用意いたしますので、お好きな時にお声をおかけください」

 

 執事はお辞儀をすると、また音もなく去っていった。間違いない、ここは3日もいたら人を駄目にする世界である。

 

「私、決めた! ここんちの子になる!」

「早まるなルーシー、戻れなくなるぞ!」

 

 そんな会話をしていると、丁度挨拶に向かおうとしていた昨日の応接室から件のレオナルドが出てきて、

 

「あ、おじいちゃん!」

「おじいちゃん……? なんじゃ気持ちの悪い。まあ、良い。丁度お主を呼びに行こうと思っておったところじゃ」

 

 ルーシーのイノセントスマイルを華麗にスルーしてレオナルドが言う。どうやら彼女に用事があったらしい。渾身の笑顔を無視されたが、それでもまだ養子縁組の芽があると踏んで、彼女がなんなりとお申し付けくださいと請け合う。

 

「お主らはこれから村に行くのじゃろう? どうせ必要になると思って、フィリップにギルドを預けておいた。行けばすぐ分かるから、買い物ついでに寄ると良かろう。ルーシーは儂とお留守番じゃ」

「なんで彼女だけ?」

 

 鳳が疑問を呈すると、

 

「ついこの間も見たじゃろうが、こやつには現代魔法(モダンマジック)の才能がある。もしかすると、儂以外に使い手のおらぬ幻想具現化(ファンタジックビジョン)を使いこなせる可能性を秘めているやも知れん。ここにいる間に、少々稽古をつけてやろうと思ってのう」

「へえ、期待されてんな、ルーシー」

「えへへへへへ」

「まあ、パーティーが強くなるにこしたことないから、頑張ってくれ」

「うん、私、頑張るよ。よろしく、おじいちゃん!」

 

 なんだか目の中にドルマークが浮かんでそうな眩しい笑顔でルーシーが答える。やる気だけなら確かに不可能を可能性にしそうな勢いである。二人はまるで仲の良い本物の祖父と孫みたいに去っていった。鳳たちはそれを見送ってから、執事に言われた通り、馬車に乗って村まで向かった。

 

 ジャンヌ、メアリーと三人で馬車に乗っていると、昨日、到着したときのように、村の人達が作業を止めて、こっちにお辞儀をしているのが見えた。頭を下げられる理由なんてないので恐縮してしまう。勧められるまま何の気無しに乗ったのであるが、今後は遠慮しておいた方が良いだろう。

 

 村の広場に差し掛かったところで、もうここまでで良いと言って、逃げるように馬車から飛び降りた。帰りも待っていると言われたが、全力でお断りしておいた。確かに村はとても広いのだが、歩けないほどの距離ではない。こちとら大森林の道なき道を毎日何キロも歩いていたのだから、こんな整備された道路なら、逆立ちして鼻からスパゲッティを食べながらでも、大した労力ではないのである。

 

 村の広場はそこそこ広く、生活雑貨やレストランに酒場、八百屋に肉屋、それに魚屋まであった。どうやら地産地消の生産品だけではなく、近隣の街との交易も盛んであるらしい。鄙びた村だと勝手に思っていたが、想像以上に生活レベルは高そうだ。

 

 金持ちは都会ではなく、郊外に好んで住むと言うから、案外ここもそんな感じなのかも知れない。郊外でこれなら、この国の首都ニューアムステルダムがどんな街なのか今から楽しみである。

 

 言われた通り仕立て屋にやってきたら先客が居た。

 

「よう、おまえら。やっと起きてきたのかよ」

 

 店に入ると入り口脇に置かれた椅子にギヨームが座っていた。いつものボロいローブを纏った姿ではなく、新品のデニムのジーンズにダンガリーシャツ、革のベストにカウボーイハットという、いかにも西部劇に出てきそうなガンマンスタイルである。日本人がやるとどこの田舎もんだと言わんばかりの芋スタイルであるが、やたらと似合って見えるのは、彼が正真正銘本物のカウボーイだからだろうか。

 

 ギヨームはこれまた新品の革靴の踵で、ゴツゴツ床を鳴らしながら、

 

「なかなかいい仕事してるぜ。あとで柔軟剤塗って馴染ませなきゃな」

「上から下まで、一式揃えたんだ。他人の金だからって、遠慮無しだな。しかし、見るからに暑そうな格好だ」

「馬鹿、遠慮なんかしねえで、装備は選べる時に、しっかり選んでおいた方が良いぞ。おまえ、着の身着のままで出てきたからあれだったけど、普通、森の中であんな装備はありえないんだから」

 

 装備と言われて、鳳は自分が冒険者だということを思い出した。服を買ってこいと言われて、彼は今の今までここにおしゃれ着を探しに来たつもりでいたが、そうではなく、レオナルドは冒険に使う装備一式を揃えてこいと言っていたのかも知れない。

 

 いまいちピンとこないが、これは防具屋で防具を選ぶようなものだ。ギヨームの格好が暑苦しそうに見えるのも、肌を晒していたら攻撃を受けた時に危険だから、厚手の長袖を着ているわけだ。

 

 そう考えてみると、自分は今まで『たびびとの服』で魔物が跳梁跋扈するフィールドを歩いていたわけである。これは服を選ぶのも慎重にならざるを得ない。

 

 とは言え、冒険者の装備なんて、どんなのが標準的なのか分からない。ミスリルの鎧とか、プラチナの盾とかは流石に売ってそうもない。そう言えば『おしゃれな服』は割といい装備だったなと思いながら、ワークマンで作業着を選ぶような気持ちになって装備を選んだ。

 

 レオナルドが買ってこいと言っていたのだから、代金は彼にツケておけば良いのだろうか……質問しようと店を見回したら、神人の客なんてまずお目にかかれないだろうから、メアリー相手に緊張している店員が見えた。あれに話しかけるのはちょっとかわいそうかなと思って待っていると、試着室の方からふらっとマニが出てきた。

 

 彼はギヨームと同室だったから、一緒に装備を買いに来たのだろう。忍者みたいな頭巾に、覆面よろしく口元にマフラーを巻いている。なんだか、本当に忍者みたいだなと思っていたら、

 

「獣人であることは、出来るだけ隠しといたほうが色々と都合が良いんだよ。差別する奴らもいるし、分かった時の反応を利用することも出来る」

 

 どうやらギヨームの見立てらしい。ガルガンチュアの部族はみんな半裸みたいなものだったから、多分、何を選んでいいか分からなかったんだろう。ある意味、すごく似合っているのだが、

 

「暑くないのか?」

「めちゃくちゃ暑いです」

 

 流石にこれじゃ息苦しくて動けないから、普段は半裸で、必要な時に着替えるスタイルでいくそうである。

 

 店員に着せかえ人形にされていたメアリーの試着も終わって店を出ると、日はもう大分傾いてしまっていた。赤道直下の日没は早い。とは言え、大森林と違って危険はないから、人通りは寧ろ今がピークと言っていい頃合いだった。

 

 広場の賑わいを見ていると、雑貨店なども冷やかしたいし、預けておいた馬の様子も見に行きたかったが、先に冒険者ギルドを尋ねることにした。

 

 レオナルドには、行けばすぐ分かると言われたが、村の広場は案外広くてどこへ向えばいいかわからない。そうしてキョロキョロしていたら、

 

「あれを見て」

 

 何かに気づいたジャンヌが指差す方を見てみると、腕相撲みたいな感じで握手をする篭手のマークが描かれた看板が見えた。大森林の駐在所には無かったから、すっかり忘れてしまっていたが、国境の街にはそう言えばこんなマークがついていた。

 

 懐かしいなと思いつつドアをくぐると、カランカランと喫茶店みたいなベルが鳴って、これまた懐かしい感じに、受付に座っていたミーティアが声を掛けてきた。

 

「いらっしゃいませ……って、皆さんでしたか。まあ、この村でここに来る人なんて、皆さんくらいのものでしょうけど」

「感じの悪さも相変わらずだなあ……ミーティアさん、今度はここに就職したの?」

 

 どうやら大森林の時と同じように、ギルド長とミーティアの二人でやっているらしい。前任者はどうしたのかと思いきや、元々、この村は平和で冒険者が寄り付かないから、二人が来るまで開店休業状態だったそうだ。

 

 それでも、冒険者はいなくてもギルドの仕事はあるらしく、そういった事務仕事はお屋敷の執事がやっていたらしい。本当になんでも出来る人だなと思いつつ、依頼の斡旋以外にどんな仕事があるのかと聞いてみたら、

 

「色々ありますよ。まずは情報の集積……ギルドでは新しい依頼や、冒険者からの情報が入ったら、すぐ近所のギルドに報告する決まりになっているんです。そうして伝言が街から街へと伝わっていき、バケツリレー方式で全ギルドの共有情報になるわけです。大森林でも、大君が魔族の出没地点を調べていたでしょう? あれは、大森林内にある他の支部から入ってきた情報をまとめたわけです」

 

 街の間は、冒険者や交易商が常に行き交っているから、そう言う人達に頼んで情報を伝えているらしい。大森林では、トカゲ商人の通り道にギルドが点在しているらしく、情報だけではなく、物資の移動もお願いしているそうだ。

 

 ゲッコーが支部に来たとき、ギルド長が飛んでいったのはお得意様だったからだろう。そういったネットワークを数多く持っているのが冒険者ギルドの強みであり、この世界でギルドは郵便局と言うか、情報ハブのような役割を担っているわけである。

 

 だから結構、アクロバティックなことも出来るらしく、

 

「そうそう、ガルガンチュアさんからマニ君に仕送りが届いてますよ」

「え? 俺たち、昨日到着したばかりなのに、どうして仕送りの方が先に来てるんだよ?」

「実際に、お金を動かしているわけじゃありませんからね。ガルガンチュアさんから振り込みがあったって情報がここに届いて、ギルドが建て替えてお支払いするんですよ」

 

 要は為替である。電信もない世界だが、やりようによってはこんなことも出来ちゃうわけである。鳳は妙に感心した。そう言えば、レオナルドの故郷フィレンツェは金融で栄えた街だったから、もしかするとノウハウを持っていたのかも知れない。

 

 やっぱり、ただの爺さんじゃないなと唸っていると、ミーティアがキョロキョロとこちらを見ながら、

 

「そう言えば、ルーシーの姿が見えませんね。どうかしたんですか?」

「ああ、ルーシーなら、爺さんに捕まって勉強してるよ。なんか才能がありそうだから、伸ばしてやりたいんだって」

「まあ、凄い! ……あの子、どんどん成長しますねえ。正直言うと、冒険者の真似事をするなんて、ちょっと心配だったんですよ」

 

 ミーティアは大きな胸に手を当てて、ほんのちょっぴり長いため息を吐いてから、すぐに我が事のように笑みを浮かべて、

 

「あの時、皆さんに預けてよかった。私ではきっと、あの子のあんな笑顔を引き出すことなんて出来なかったと思います」

「いや、俺たちは別に何もしてないから、そんな気にしないでよ」

「いえ、そんなことないですよ。鳳さんのあの一言がなかったら、きっと今でも彼女は私の下で、つまらない仕事をしていたと思いますよ」

「いや、ルーシーなら自分で勝手に気づいてたと思うし、それにミーティアさんの仕事がつまらないなんてことはないでしょう。いつもお世話になってるし」

「いえいえ、そんなことないですよ。私は単に事務的に仕事をこなしているだけです。お礼を言われるようなことはしてません。寧ろ、私の方こそお礼しなければ」

「あ、そう? じゃあ、おっぱい揉ませて」

「殴るぞこのやろう」

 

 バキーっと、ほっぺをグーパンされながら、鳳はなんだか申し訳ない気持ちになっていた。

 

 実際、自分は何もしていないし、あれは彼女の実力であり、お世話になってるのはこっちの方だと思っている。もちろん、ミーティアにもいつも世話になりっぱなしだ。だからありがとうと言いたいのは、本当はこっちの方なのだが、どうにもその一言が言えず、気がつけばいつも下らない冗談に走ってしまう。まあ、ほんのちょっぴり……いや、かなり揉んでみたいのも確かなのだが。

 

 ともあれ、鳳は赤く腫れ上がったほっぺたを擦りながら、

 

「それはともかく、マニに仕送りがあるなら受け取らないと」

「そうでした……マニ君、ちょっとよろしいですか?」

「は、はい」

 

 マニは今まであまり話をしたことがないミーティアにいきなり呼ばれて、おずおずと前に進み出た。多分なにかの手続きだろう。鳳たちが背後で見守っていると、

 

「ギルドを利用した送金には、本来なら手数料がかかるのですが、高ランク冒険者の特権でそれがタダになるんです。ほら、高ランク冒険者はお金を沢山持っていますが、それを持ち歩きたくなんかないでしょう? それでギルドは彼らのお金をプールしているわけですが、それを引き出すには、信頼のおける身内であっても、ギルドメンバーじゃないといけないという決まりがあるんです」

 

 なるほど、冒険者ギルドは、そのメンバーの口座(アカウント)を作って管理しているわけだ。依頼料はそこに振り込まれるが、使われない限りはギルドの資金として使える。きっとそれを使って運用もしているはずだ。

 

 鳳は、本当に銀行というか、郵便局みたいなんだなと感心した。基本的な依頼には宅配の仕事もあるし、後はATMとキャッシュカードまであれば完璧なのだが……

 

「それで、これがマニ君がアカウントを利用するためのカードなのですが……」

「あるのかよっ!!!」

 

 鳳が思わずツッコミを入れると、ミーティアたちが目をパチクリさせていた。この調子だと、保険まで勧められそうである。一体どういう仕組なのかと尋ねてみたら、

 

「私も詳しくはわかりませんが、これに身分を証明するための魔法が掛かっているんですよ。ほら、以前、鳳さんたちもギルドに登録する時にエントリーシートに名前を書いたでしょう?」

「ああ、そう言えば、そんなもんもあったっけ」

 

 だいぶ昔の話になるから、もうすっかり忘れてしまっていたが、確かレオナルドが作った嘘発見機能付きの不思議なペーパーである。幻想具現化魔法を使えばこんなことも出来るんだと言われ、当時は素直に驚いたものである。

 

「あれは身分証明書の代わりにもなってるんです。あの時に書いた署名は各支部に複製が届けられ、冒険者はどこの支部へ行っても同じように依頼を受けることが出来ます。高ランク冒険者はどこへ行っても引っ張りだこですから、気軽に移動できるために考え出された仕組みですね」

「うーん……さすがファンタジー世界。たまにとんでもないのが出てきて驚かされるな」

 

 そしてそれには大概、あの老人が関わっているのだから恐れ入る……ミーティアは続けた。

 

「ですんで、マニ君はこのシートに、冒険者ギルドのメンバーになるための署名と、ガルガンチュアさんの息子であることを記入してください。手続きは以上です」

 

 ね、簡単でしょう? と言わんばかりに彼女はマニの前に紙とペンを差し出した。しかしマニはそれを受け取っても、しげしげと眺めているだけで一向に動き出す気配がなかった。話を聞いていなかったのかな? と思った彼女が再度説明すると、マニは困ったように眉根を寄せて、

 

「あの……署名って、どうやるんですか?」

「どうって、そこに名前を書けばいいんですよ」

 

 するとマニは更に困った様子で、

 

「僕は自分の名前の書き方がわかりません」

 

 と言い出した。

 

 鳳は思わずぽかんとしてしまった。だが、考えてもみればその可能性は十分に有り得るはずだ。何しろ、鳳は長老の文字を解読するのに1週間もかけたくらいである。あの村の子供達が文字を習っている姿は見たことがなかったし、大人たちが文書を取り交わしているような気配もなかった。

 

 大体、鳳たちが生きていた現代が特殊なんであって、人類の長い歴史上、殆どの期間で庶民の識字率は壊滅的だったのだ。それに、マニは中高生くらいに見えるが、実年齢は9歳だし、文字が書けなくても何ら不思議じゃない。

 

 しかし、文字が書けないんじゃ登録も出来ないので、どうすればいいんだろうかと悩んでいると、

 

「それじゃ、まずは文字の書き方から覚えないとな」

 

 固まっている鳳に代わって、背後からギヨームがフォローを入れてくれた。

 

「レオの世話になってる間は、金なんかなくても困らないだろう。それよりさっさと字を覚えたほうがいい。おまえ、人間社会を見学に来たんだろ。今後どこへ行くにしても、読み書きが出来ないと何も出来ないぜ。門前払いまである」

「そうなんですか? 弱ったな……」

「なに、名前くらいすぐに書けるようになるさ。俺が教えてやるよ」

「お願いします」

 

 マニはぺこぺこと頭を下げていた。ナイスフォローと内心称賛しつつ、鳳は思い出していた。そう言えば、自分たちも最初はギヨームの世話になっていた。なんやかんや面倒見のいいヤツである。

 

 さて、そんなこんなで、マニの用事も済んでしまった鳳たちは、時間を持て余して何かしようということになった。どうせ、屋敷に帰ってもやることがないのだ。出てくる前に食事をしてきたばかりだし、腹ごなしに運動するのもいいだろう。

 

 とは言え、初めてきた村で勝手もわからないし、さっきみたいに村人たちにペコペコされたら落ち着かないので、あまりその辺をうろちょろするような真似もしたくなかった。

 

 それじゃ、何をやるかと言えば、冒険者はやはり冒険者らしく、依頼(クエスト)を受けるのが本分だろうか。思えばガルガンチュアの村を出てから久々の仕事である。この辺りには、どんな依頼があるのだろうかと期待しながら、鳳は掲示板を見た。

 


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