ラストスタリオン   作:水月一人

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定番クエスト

 レオナルドの勇者領での拠点、ヴィンチ村にやってきた鳳たちは、暇つぶしに冒険者ギルドの依頼を受けることにした。レオナルドの屋敷は非常に居心地が良かったが、良すぎるせいで、帰ってもやることが思いつかないのだ。せっかくギルド長とミーティアが店を開いてくれたのだし、どうせなら何か受けていくのもいいだろう。

 

 とは言え、時間的にそれほど遠出は出来ない。地理を覚えたいところでもあるが、流石に隣村に配達などは無理だろう。メンバーもほぼほぼ揃っていることだし、討伐依頼が良いんじゃないかと、そんなことを話しながら一行が掲示板を眺めていると、鳳はその中に非常に目を引く単語を発見した。

 

「お……おお!?」

「うっせえな。どうしたんだよ……」

 

 鳳が気持ちの悪い声を発すると、隣にいたギヨームがいきなり大声を出すんじゃないと、これまた気持ち悪そうな目つきで尋ねてきた。鳳はそんな彼の服の袖をグイグイと引っ張りながら、

 

「おい、見ろよ! ゴブリン退治! ゴブリン退治だってよ!!」

「……? だから何だよ」

「これをやらずして何がファンタジー世界だって定番クエストじゃん。本当にあったんだ! いやあ、まさかこの目で確かめられる日が来るとは思わなかった」

 

 鳳が感嘆の息を漏らし、これはやらねばと依頼の張り紙を指差していると、ギヨームはアホらしいと言わんばかりに肩を竦めてそっぽを向き、ジャンヌも頬を引きつらせて苦笑していた。その反応と、鳳のテンションとでは、明らかにギャップがあった。

 

 そう言えば二人は鳳とは違って、ヘルメスの冒険者ギルドでも、討伐依頼をガンガンこなしていたような熟練冒険者だった。こんなのはいつか通った道でしかなく、今更受けるような代物ではないのだ。

 

 さては初心者まるだしの鳳の姿を見て、馬鹿にしているに違いない。彼は顔を真っ赤にしてプンプン怒りながら、

 

「なんだよう! 今更こんなの下らないとか思ってんだな!? かー! これだから初心を忘れちまった老人どもは! おまえたちだって最初はこういう簡単なクエストから始めたんだろう? 次はどんな敵が出てくるか、ワクワクしながら受けてたんだろう? その気持ちを忘れて、初心者を見下すような態度で見るようになっちゃ、俺はおしまいだと思うがねえ!」

「いや、別にそんなつもりで見ちゃいねえよ……つーか、おまえ、討伐依頼なんて大森林でさんざん受けてきたじゃねえか。今更、誰もおまえを初心者だなんて思ってねえよ」

「じゃあ、こんな簡単なクエストを今更受けて喜んでる俺を滑稽だと思ってるんだな? いいよいいよ、それじゃあ君たちはここで待ってなさいよ。俺たち初心者組だけで行ってくるから。それでいいよな? マニ、メアリー」

 

 鳳が話を向けると、ガチで初心者のマニはコクコクと緊張気味に頷き、メアリーの方は何でも良いと言わんばかりに鷹揚に頷いていた。

 

 正直、初心者だけで討伐依頼を受けるのは危険かなと思ったが、まあ、メアリーがいるなら余程のことが無い限り大丈夫だろう。

 

 鳳は売り言葉に買い言葉で掲示板から依頼書のチラシをひったくるように剥がすと、受付でこちらのやり取りを眺めていたミーティアの元へと持っていった。

 

 ところが、彼女は鳳の差し出すそれを受け取ろうとはせず、どことなく不安そうな表情を見せながら、

 

「……え? 本当に受けるつもりなんですか?」

 

 と返してきた。

 

 その反応には、流石に鳳も少し焦った。ミーティアはギルド職員の仕事が長いせいか、それとも素の性格からか、普段から飄々としていて、こういう時に下手に感情を表に出すことがない。からかい半分に茶化すか、淡々と受理するだろう。そんな彼女がここまで露骨に嫌そうな顔をするのは、何か問題があるに違いない。

 

 そう言えば元の世界のファンタジーアニメなんかでは、ゴブリン退治は見かけによらず危険なクエストであるという、風潮というか流行りがあった。人型の小鬼は体力はそれ程でもないが、集団で行動し知恵が回る上に武器も使うため、初心者が雑魚狩りのつもりで挑むと返り討ちに遭うというのだ。

 

 某アニメでは、男は惨たらしく殺され、女は死ぬまでレイプされ続けるという、それはもう残酷な描写が当たり前のように描かれており、ヒロインが二度もおしっこを漏らすシーンは、性癖にぶっ刺さったオタク達の間でかなり話題になっていたりする。

 

 もしかして、こっちの世界のゴブリンも、そんなアニメみたいに、初心者が手を出したらやばいモンスターなのだろうか……?

 

「いや、そんなことねえよ。ゴブリンなんてクソ弱えに決まってんだろ。子供でも退治できる数少ない魔族の一種だぜ」

「あ、そうなの?」

 

 じゃあ、何がそんなに気に食わないんだろうか?

 

「なんつーか、一言で言えば弱すぎて相手にしたくないんだが……そういやおまえは放浪者(バガボンド)だったな。じゃあ、おまえにも分かるように簡単に説明してやろう。どうも、そっちの二人も良く分かってないようだしよ」

 

 メアリーとマニが揃って小首を傾げている。ギヨームはそんな二人と鳳に向かって、主に大森林の周縁に棲息している低級魔族やモンスターについて話し始めた。

 

「基本的に、魔族も魔獣も、大森林の南部に棲息している生き物なんだ。特にオーガやトロール、ミノタウロス、オアンネスなんかの魔族と分類される人型の生物は、ネウロイと呼ばれる南半球の高緯度地方に棲息していて、北半球に現れることは滅多に無い。俺たちが大森林に居た時、その魔族が大量に侵入してきていたのは、かなりの異常事態だったわけだ。

 

 奴らが北半球にやってこない理由なら、おまえたちはもう知っているだろう。大森林の北部は獣人の領域(テリトリー)で、魔族が侵入してきたら、彼らが撃退するからだ。魔族と獣人は南の大河を境にして、縄張り争いをしているのさ。

 

 だが、そんな獣人の縄張りを抜けて、人里までやってくる連中がいる。それがゴブリンやコボルトなんかの小型魔族だ。どうしてこんな弱い連中が、獣人の領域を通ってここまでやってこれるのかって言うと、それは逆転の発想で、奴らが獣人を避けるからだ。

 

 他の魔族が北半球へやってくるのは、獣人からその土地を奪って自分たちのテリトリーにするためだ。ところが、ゴブリンなんかは最初から獣人に敵わないことが分かっているから、見つからないように避けて通る。そして、外敵の少ない人里の近くまでやってきて、そこに定住してしまうってわけだ」

 

 鳳はぽんと手を打った。

 

「あー、なるほど。兎人たちが激戦区のはずの大河で暮らしていたみたいに、ゴブリンも獣人と人間の領域の境に暮らしているんだな?」

「そうだ。奴らは大森林の中では最弱だが、人間相手ならそこそこやれる。そして人間は危険な大森林には入ってこない。だから森の外縁部にコソコソ暮らし、夜になったら人里に出てきて畑や家畜を荒らして回り、おっかけられたら森に逃げ込むという生活をしている。農家にとって天敵みたいなものなんだ」

「なるほどなあ~……じゃあ、ゴブリン退治って、まんま俺たちの世界の害獣駆除の仕事みたいなものだったんだな」

 

 鳳がそう呟き一人で納得していると、ギヨームはそれは少し違うと前置きしてから、

 

「確かにそれもあるが、もっと他に理由があるんだ。実はここからが肝心な部分なんだが、奴らが忌み嫌われているのは、その存在が邪悪すぎるという面の方が大きい。さっき、おまえが言った通り、魔族というのは他の種族を見つけると、男なら殺し、女なら犯すように出来ている。本能に忠実に生きてる生き物だ。それはゴブリンであろうがオアンネスであろうが、魔族であれば変わらない。俺たちも、もしオアンネスにやられていたら、同じ目に遭っていただろう」

「え……マジ?」

 

 鳳がドン引きしているのを無視して、ギヨームは無表情のまま続けた。

 

「しかしゴブリンは弱くて、大人がやられることはまずない……だから、被害者は常に子供なんだ。しかも、年端も行かないような小さな子供ばかりで、散々嬲りものにされた後に殺されることになる。その死体は残酷で、とても見れたものじゃない。更に奴らはそれを誇らしげに木に吊るすんだ」

 

 鳳は絶句した。そして、それを聞いていたメアリーも、子供が犠牲になっていると知って、義憤にかられて珍しく大きな不満の声をあげた。

 

「なによそれ……だったら、尚更私達がやんなきゃなんないじゃない! 私、弱い魔族のことなんて、正直どうでもいいって思ってたけど、それを聞いたら考えが変わったわ。弱かろうがなんだろうが、魔族は潰して回らなきゃいけないわ」

 

 メアリーが挑むような視線でギヨームに向かって憤りの表情を見せた。彼はそんな怖いかを交わすかのように、お得意のニヤニヤとした苦笑で肩を竦めながら、

 

「そうだ。おまえの言うとおりだ。だから、やりたくないんだよ……」

「やりたく……ない? どうしてだ? 今の話を聞いてたら、俺だってメアリーに賛成するのに」

 

 鳳がぽかんとしてそう問いかけると、ギヨームは相変わらず苦笑気味に言った。

 

「勘違いするな。俺だって賛同はしている。ただ、やりたくないと言ってるだけだ」

 

 鳳は彼が何を言っているのかちんぷんかんぷんで首を捻った。心では賛成していても、体は拒否しているとかそういうことだろうか? それは相手が弱いから? 思ったよりも簡単ではないから? その理由がわからない……

 

 そんな鳳に助け舟を出すかのように、横で聞いていたジャンヌがギヨームの言葉を補足するように続けた。

 

「例えば、白ちゃん、こう考えてみて……私達が暮らしていた元の世界で、誰にでも殺すことが出来るけど、汚らわしくて触りたくない生き物って何が連想できる?」

「どういうことだ? それが何か関係あるのか?」

「いいから答えてちょうだいよ」

「……誰にでも殺すことが出来て、汚らわしい……動物なら何でもいいんだよな? だったら、ゴキブリとか?」

 

 他にもざざむしとかムカデとか、見るだけで怖気が走るような生き物は大概そう思うものだろう。人間は大きいからそいつらを一撃で殺すことは出来る。でも心理的抵抗がある。それが何か関係あるのだろうか? 鳳が目をパチクリさせていると、

 

「それじゃ白ちゃん、ゴキブリ退治を生業にしている人がいたら、あなたはその人のことをどう思うかしら?」

「えっ……」

 

 鳳は虚を突かれた思いがした。

 

 彼にはもちろん、そういう人々を差別する気は毛ほどもない。だが、そういう人達がどういう目で見られるかは、容易に想像がついた。つまり、ゴブリン退治とはそういうことなのだ。

 

 例えば、殺虫剤を作っている人がいたとする。その人がもし、毎日素手でゴキブリを触っていると言ったら、その人が作った手料理を食べることに抵抗を感じる人は少なくないだろう。その人は話が面白くて好感も持てるし、陽気で優しいナイスガイだ。でも、一次接触はちょっと躊躇ってしまう。

 

 人間は死を連想するもの……いわゆる穢れを恐れて近づきたがらない。興味深いのは、穢れを恐れるあまり、その穢れを払う人まで恐れることだ。例えば、幽霊が出るわけでもないのに、人は深夜にお寺を見ると妙に心細くなったり、自分の生死とは何も関係ないのに、動物を屠畜する職業を恐れるように、死体を扱う職業全般を蔑視したりする。

 

 言うまでもなく我々人類は、祖先が動物の肉を食べてきたからここまで発展したわけであるが、その動物を殺すという理由から、昔は肉屋を差別するという風潮まであった。太公望が肉屋を営んでいたというエピソードは有名であるが、それはその頃の羌族がそう言う差別を受けていたということを表しているわけだ。

 

 近年でも、ロブスターを活造りにしたら社会問題になったというくらい、人間は死を嫌う。クマが人里に現れたと言うからハンターが向かったら、都会の連中がこぞってクマが可愛そうだと言い出す始末である。ほっといたらどうなるかは言うまでも無いのに、それくらい人間は死を連想するものに過敏に反応するわけだ。

 

 それと同じように、ゴブリンが可哀相だという者はいないが、ゴブリン退治という仕事は忌避されているようである。かと言って、熊やイノシシ同様に放置しておくわけにはいかない。奴らは邪悪で、畑を荒らすだけではなく、家畜や子供たちを襲うのだ。

 

 例え嫌がられても、誰かがそれをしなきゃならないわけだ。だが人間はやりたくない。じゃあ誰がその仕事をするのかと言えば……どうやら日常的にそれを生業にしているものが存在しているらしい。

 

「まあ、マニはギルドでの初仕事だし、人間社会を見学に来たわけでもある。こういう仕事をどういう奴らがやってるのかを、予め知っておくのもいいかも知れないな」

「どういうことですか?」

 

 マニは小首を傾げていたが、ギヨームは何も言わずに黙ってさっさと出入り口から外に出ていってしまった。ジャンヌがメアリーとマニの背中を叩いて後に続く。彼らがギルドから出ていくのを見て、鳳もその後を追った。

 

 鳳たち一行はギルドを出ると、街の広場を横切って、この村に到着した時に最初に訪れた牧場の方へと向かっていった。

 

 牧場主は鳳たちがやってくると、預けた馬の様子を見に来たと思ったらしく、厩舎に案内しようとすっ飛んできたが、ギヨームから来訪理由を聞かされると、目をパチクリさせた後に、なるほどと頷いて、牧場の奥に見える森の方を指差した。

 

 ヴィンチ村は勇者領の端っこにあり、大森林に面している。ゴブリンはその周縁部に棲息しているわけだから、目的地はすぐそこである。

 

 ギヨームは牧場主に指さされた方向へ足を向けると、後ろからぞろぞろとついてくる鳳たちを振り返ること無く、前を向いたまま話し始めた。

 

「この世界の子供たちは小さい頃に、親からゴブリンの怖さを嫌というほど教わって育つ。危険な森に近づくなと言う決り文句みたいなもんだが、その禁を破って森に近づき、実際に酷い殺され方をする子供は毎年居るから、物心つく頃には、子供たちはみんなゴブリンに対する恐怖が刷り込まれてるわけだ。その反動からか、大きくなって体力的に優位になると、逆にゴブリンを殺して自慢するような痛い連中が出てくる。度胸試しのつもりか知らねえが、そう言う連中が調子に乗って、惨たらしく殺したゴブリンの死体を見せつけたりするから、ゴブリン退治に対する偏見が助長されるって悪循環があるんだ」

「なるほど、中二病みたいなもんか……確かに、それと同じような目で見られるのは嫌だなあ」

「中二……? なんか良く分からんが、そんなわけでゴブリン退治ってのは、なり手が少ない職業なわけだ。万年、人手不足だから、いつでもギルドに依頼があるんだが、好き好んでそれを選ぶようなやつはいない。とある種族を除いてな」

 

 話をしながら歩いていると、前方の森に面した草原に、一軒の掘っ立て小屋が見えてきた。鳳が国境の街で作った小屋みたいなもので、小さくて粗末な作りは、まさにうさぎ小屋と言った風情である。

 

 周辺には畑も存在し、中に誰か住んでいるのは明らかだったが、農家とは少し感じが違った。家の外壁に鉄の道具が立てかけられていたが、それはクワやスキのような農具ではなく、剣やメイスのような武器だった。

 

 多分、あれで森から出てくるゴブリンや魔物と戦うんだろう。一体、どんな人が住んでるのだろうかと近づいていくと、一行の気配に気づいたのか、ギィギィと木板が軋むような音を立てて、小屋の中からゾロゾロと、数人の影が現れた。

 

「にゃにゃ? おまえたち、誰かにゃ~?」

 

 小屋から現れたその男たちは、筋肉質の引き締まった体つきをしていたが、顔の方は人間とは明らかに違う、頭の上に三角形の耳をそばだてて、アーモンド型の目は鋭く吊り上がり、ピンと伸びた立派なヒゲが風になびいていた。

 

 そこに住んでいたのは猫の顔をした猫人(キャットピープル)たちだった。彼らは突然の来訪者を警戒するように、しっぽをぷらぷらとさせながら立っている。人間の世界でゴブリン退治を生業にしている連中とは、つまりマニと同じ獣人だったのである。

 


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