ラストスタリオン   作:水月一人

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血で血を洗う抗争にゃ

 初心者の定番クエストかと思いきや、割りと面倒臭い裏事情があるゴブリン退治の依頼を受けた鳳たちは、森の周縁部までやってきてそこに小さな掘っ立て小屋を見つけた。どうやらこの世界には、ゴブリン退治を生業としている専門家が居るらしい。一体、どんな人が住んでいるのだろうかと近づいていくと、その気配に気づいて中から大勢の獣人が飛び出してきた。

 

 大きな三角形の耳に、アーモンド型の目、ピンと伸びた立派なヒゲが風になびいて、口元はギリシャ文字の『ω』みたいな、いわゆる猫口をしている。鳳がこの世界にきてから、その存在は知っていたが殆ど縁がなかった、猫人(キャットピープル)である。

 

「にゃにゃ? おまえたち、誰かにゃ~?」

 

 そのアホっぽい口調と、ピンと立つ猫耳、アーモンド型の大きな瞳は、猫好きにはたまらない魅力に思えるかも知れないが、実際の猫人は、筋骨隆々な人間の体の上に、ライオンみたいな顔が乗っているから結構怖かった。あと肉食獣だから口臭も凄い。

 

 狼人もそうであったが、体毛が濃くて、まさに動物の毛皮そのものであり、ノミを飼ってそうだと思って見ていたら、ポリポリと体をひっかいた指先から、何かがぴょんと飛び出した。

 

 近づいたら体が痒くなりそうだ。鳳がその様子に怯んでいると、猫人たちは突然の来訪者に対し憮然とした表情で、

 

「ここはミーたちの縄張りにゃ。よそ者はあっち行けにゃー」「人間は森に近寄っちゃ駄目にゃー! ミーたちが怒られるにゃー」「出てけにゃー!」

 

 右から左からにゃーにゃーとうるさい。猫好きだったら以下略……

 

「いや、俺たちは別に遊びに来たわけじゃない。実は冒険者ギルドで依頼を受けて、ゴブリン退治をしに来たんだが、おまえらがここの番人か?」

 

 猫人たちの勢いに押されて、あたふたしている鳳の代わって、ギヨームが前に進み出てそう尋ねる。しかし、猫人たちはそんなギヨームの姿を見て、にゃははは! っと笑うと、

 

「寝言は寝てから言うにゃ」「ユーがゴブリン退治だって?」「なんて嘘吐きにゃー」「お子ちゃまは家に帰るにゃっ」「ママのおっぱい吸ってるのがお似合いにゃ~」

 

 猫人たちはギヨームを指差して笑っている。精神年齢が高いせいで忘れがちだが、ギヨームは肉体年齢的にはまだ12歳でしかない。見た目だけなら、親の言いつけを破ってこっそりゴブリン退治をしようとしている悪ガキにしか見えないだろう。

 

 しかし、そう見えないだけでギヨームは冒険者としても、そして実際にもかなり高レベルな男である。そしていつもニヤニヤしているが、別に怒ってないわけではなく、江戸っ子ほどではないが結構怒りっぽい。

 

 鳳はギヨームの指先から燐光のような青白い光が発するのを見て取ると、

 

「おい、ギヨームやめとけよ!」

「離せ! バカにバカにされることほどムカつくことはねえんだよ!」

 

 鳳がギヨームを羽交い締めにしていると、ジャンヌがやれやれといった表情で前に進み出て、笑い声を上げている猫人に言った。

 

「ちょっとあなた達~? 彼は本当に冒険者ギルドから来た冒険者なのよ。私の相棒のことを笑わないであげてちょうだい」

「にゃにゃ? ユーは本当に冒険者っぽいにゃ」

「そうよ~。信じられないなら、村のギルドまで行って確かめてちょうだい。本当だから」

「ユーのことは信じるにゃよ。でも、他のは嘘にゃ。子供に女に兎人に……ユーしかまともなのがいないにゃ。さては、ユー! 学校の先生か何かだにゃ? 悪ガキのお世話は大変にゃ~」

 

 当たり前のように鳳のことがスルーされているのは気に食わなかったが、多分、役立たずなのは本当だから黙っていよう。またも子供と馬鹿にされたギヨームは、そんな鳳の腕を振り払うと、いつものニヤニヤ笑いを浮かべつつも、こめかみの辺りに青筋を立てながら、ドスの利いた声で、

 

「信じないなら信じられるようにしてやりゃいいじゃねえか。どけよジャンヌ」

「困ったわねえ……あなたもちょっと大人になりなさいよ」

 

 押し避けようとするギヨームを、ジャンヌは片手で簡単に制する。ギヨームは腕をグルグル振り回してジャンヌを攻撃するが、それは全部空を切っていた。

 

 それは実際には高レベル冒険者同士の物凄い攻防が繰り広げられているはずなのだが、傍から見ればまるでいじめられっ子の逆ギレにしか見えないので、猫人たちの笑い声はいよいよピークに達した。

 

「にゃはははは~!! グルグルパーンチ! いきり小学生にゃ~!」「僕ちゃん、先生の言うことはちゃんと聞くにゃー。学校で習わなかったかにゃ!?」「ユーには計算ドリルがお似合いにゃー!」「にゃーっはっはっは!!」

 

 ギヨームの表情はいよいよ穏やかを通り越して仏みたいになっていた。このままでは、いつかジャンヌだって突破されて、猫人たちはかつて猫人だった物に変えられてしまいかねない。

 

 鳳は、この失礼な猫人たちをなんとかしないとそろそろヤバいと思い、彼らに向かって一歩踏み出し、事の次第を一から説明しようとしたのだが、

 

「にゃ……? にゃああああああーーーーーっっ!!!」

 

 と、その時、突然猫人の一人が何かに驚いたように悲鳴を上げた。びっくりして振り返ると、声の主もまた同じようにびっくりした表情でこちらの方を指差している。

 

「にゃ、にゃ、にゃ……にゃー! みんな、あれを見るにゃっっ!」

 

 にゃんだろう? とその指先を辿ってみると、それはギヨームたちのやり取りを遠巻きにぼんやりと眺めていたメアリーに向かっていた。彼女は突然注目を浴びて目をパチクリさせている。猫人はそんなメアリーを指差しながら、

 

「みんな見るにゃ、あの女は神人にゃー!」「にゃんだって!?」「本当かにゃ?」「にゃんと!?」

 

 猫人たちは縦長の瞳孔を見開いて、メアリーのことをまじまじと見つめると、アーモンド型の大きな目を更に大きくしながら、

 

「にゃあああーーーーっっ!!!」

 

 と盛大な悲鳴を上げた。

 

「にゃ、にゃんで、こんなとこに神人が?」「昨日、お館様のとこに神人がやって来たって、村の人が言ってたにゃ」「それじゃあ……まさかこいつら、お館様のお客様かにゃ!?」「にゃんてことだにゃ! にゃにゃなーごっっ!!」

 

 猫人たちはそんなことを口々に叫ぶと、突然、ズザザザザーっと土埃をあげて後退り、地面にビターンと額を押し当てて土下座した。

 

「ごめんなさいでしたにゃー!!」

 

 それは一片の自尊心すら感じさせぬ、見事にへりくだった土下座であった。あまりに見事なものだから、たった今まで激おこだったギヨームでさえ呆気にとられている。

 

 お館様がどうとか言っているが、それはレオナルドのことだろうか。この村は全てあの老人の土地だそうだが、感覚的には領地といった方が正しく、村人たちからすればレオナルドはお殿様という認識なのだろう。

 

 実際、馬車に乗ってた時の村人たちのこちらを見る目は、それを顕著に表していた。メアリーはわけが分からずぽかんとしているが、多分、彼らは彼女にではなく、間接的にレオナルドに向かって土下座しているわけだ。

 

「にゃー! ミー達がここで暮らしていけるのは、お館様のお陰だにゃ。ユー達がお客さんだって知らなかったにゃ。許してくれにゃ」

 

 いきなり平身低頭する猫人に対し、毒気を抜かれたギヨームが、なんかもうどうでもいいやと言わんばかりにため息を吐いてそっぽを向いた。鳳は苦笑いしつつ、取り敢えず、ぶるぶる震えながら地面に額を擦り付けている彼らを起こしてやろうと、ジャンヌとマニを引き連れて近づいていった。

 

 すると、猫人たちはその中に自分たちと同じ獣人を見つけて、

 

「にゃにゃ? ヘイ、ユー! そのお方たちがどなたかと心得ず頭が高いにゃ!」「ユーもこっちに来るにゃ」「土下座じゃあまいにゃ、土下寝にゃ!」「わわわっ!!」

 

 猫人の一人を起こしてあげようとしていたマニは、あっという間に揉みくちゃにされて地面に寝転されていた。土下座ならぬ土下寝の姿勢で、足をぴーんとさせながらうつ伏せに寝っ転がる獣人たちの群れは、まるでセリ市場に並ぶマグロのようだった。

 

 鳳たちは、彼も仲間だと言ってマニを助けようとしたのだが、この騒がしい猫人たちはなかなか言うことを聞いてくれない。彼らに言わせれば、人間と対等に肩を並べていい獣人なんて存在しないのだ。ましてや、獣人最弱と呼ばれる兎人が、お殿様のお客様だなんて、到底信じられないことらしい。いくら本当のことだと言っても聞かない。

 

 ガルガンチュアの話までして、ようやく納得してくれたようであるが、まだ半信半疑の目を向けてくるところを見るからに、この国で……いや、この世界で獣人が、どういう目で見られているのかが分かる気がした。

 

 きっとマニも、ガルガンチュアがなかなか留学を許さなかった理由を、今ようやく痛感しているのではなかろうか。

 

********************************

 

 その後、ようやく落ち着いてくれた猫人たちと一緒に、ゴブリン退治に行くことになった。猫人たちはとにかく騒がしく忙しなく早合点しがちなものだから、面倒くさくなったギヨームが説明を放棄してしまったため、代わりに鳳が彼らに事情を話すことになった。

 

 とにもかくにも、鳳たちがここへ来たのは、ギルドの依頼を受けてゴブリン退治をすることだった。彼らは兎人が冒険者になると言うことが信じられず、最初はとても驚いていたが、マニには狼人の血が流れていると聞くと、渋々ながら納得していた。

 

 彼らに言わせれば、どうやら狼人と猫人はライバル関係にあるらしく、気に食わない相手ではあるが、その実力は認めざるを得ないらしい。

 

 ガルガンチュアの村にいた時に、猫人の話なんて全く聞かなかったから、多分、一方的にライバル心を抱いているのだろう。とは言え、彼らが狼人たちより劣っているかと言えば、そんなことはないようだった。

 

 ギヨームによれば、猫人は恐らく、獣人の中でも最強の狩人なのだそうだ。しかし、彼らは他の種族と違って群れるのを嫌い、単独行動しがちで、おまけに全く落ち着きがない。

 

 こうして話をしている間も、他の猫人たちは、あっちで蝶を追いかけ、こっちにふらふら走っていき、どうにもこうにも忙しない。こんな連中が、あの大森林でやっていけるはずもなく、他の集団との生存競争に敗れて、気づけばこの周縁部にまで追いやられてしまったそうである。

 

 そんなわけで大昔から猫人は、人里の近くで魔物を狩って暮らしていたのだが、魔族と違って話が通じるから、やがて人間たちと共存し始め、そういう連中が農場や牧場に住み着き、外からやってくる魔物から家畜を守る飼い猫になった。

 

「いっぱい狩らないと牧場長に怒られるにゃ」

 

 そうならなかったのが野良猫になって、主にゴブリンを狩り、ギルドでお金に変えているらしい。

 

「生活がかかってるにゃ」

 

 彼らは同じ狩場で、人間を守るためという同じ理由で、同じ魔物を狩っているわけだが、協調性がないために競争になりがちで、相手を出し抜くことしか考えていない。

 

「血で血を洗う抗争にゃ」

 

 それで外からやってきた鳳たちを威嚇していたわけである。

 

「なんだよ。子供が森に近づいたら危険だから、追い返してたわけじゃないのかよ」

「にゃー。それもあるにゃ。人間の子供は弱いから、すぐ死ぬにゃ。牧場長に子供を見たら邪魔するように言われてるにゃ」

「ふーん」

「でもゴブリンなんて、子供でも狩れるにゃ。だからやっぱり子供もミー達の敵にゃ」

「どっちなんだよ」

 

 まあ、なんにせよ子供を守ろうとしているというニュアンスは伝わってきた。そして、こういう汚れ仕事を獣人がやっているということも。

 

 人間は弱く、逆に獣人は生まれつきの狩人なんだから、ゴブリン退治は適材適所のはずなのだが、こうして差別されている現実に知ると、なんとも形容のし難い気分になった。鳳は結局、異邦人だから偏見がないが、命を取るという行為は、やはり人間にとってよほどショックなことらしい。

 

 人間の歴史を振り返ってみれば、殆ど戦争で埋め尽くされているのであるが……まあ、そんなことにまで考えを及ばしたところで仕方ないだろう。そう言うのはガード下の賢者たちに任せておけばいいのである。

 

 ともあれ、ゴブリン退治に話を戻すと、奴らは森の周縁部に点在する崖などに横穴を掘って、集団生活しているそうである。基本的に単独行動はせず集団で行動し、夜間に人里の田畑を荒らす。

 

 集団で行動するのは協力のためではなく、どうやら全滅を避けるためらしい。繁殖力も旺盛で、気がつくと増えている害獣のような連中であるが、物語で語られるような知恵はなく、武器を持っていてもせいぜい棍棒くらいのもので、遠距離攻撃を警戒する必要はまったくないそうだ。

 

 オアンネスが人語を喋ったことで驚いたものだが、ゴブリンの方はキイキイ声をあげるくらいで、言葉を理解していないようである。とは言え、魔族は魔族であるから、自分より弱い子供を見つけては、本能的に嬲り殺しにしたり犯したりしようとするらしいから、見つけ次第駆除しなくてはならない、なんとも邪悪な生き物だった。

 

 夕闇が迫り、空が赤く染まり始める頃合いだった。猫人たちに言わせると、ゴブリンたちは夜間に畑を荒らすために、このくらいの時間に森の周縁部をうろつき始めるらしい。文字通り、逢魔が時ということだろうか。

 

 尤も、書き入れ時だから野良猫たちもうろついているので、ゴブリンだと思ってうっかり誤射してしまったら、向こうが逆上して猫人同士の戦いになることもあるらしい。こっちが誤射するということは、向こうがそうする可能性もあるので気をつけてくれと言われて、ゴブリンたちの方がよっぽど集団行動に向いているなと思い、なんともしょっぱい気分になった。

 

 いきなり弓矢が飛んできたりしたらたまったもんじゃない。かと言って、クマを避けるみたいに騒いでたりしたら、肝心のゴブリンに逃げられてしまうから対策のしようがなかった。

 

 それじゃどうやって見つければ良いんだろうかと困っていたら、そこはさすが獣人である。

 

「すんすん……血の臭いがするにゃ~……あっちにゃ!」

 

 一人の猫人が鼻をすんすん鳴らして森の奥の方を指差した。猫人も、狼人ほどではないが、かなり鼻が利くらしい。森の奥はすでに暗く、鳳の視界はかなり狭まっていたが、猫人たちには関係ないようだった。

 

「ゴブリンは何でも食べるにゃー。臭いにゃ」

 

 ゴブリンは雑食だから、畑を荒らすだけではなく、小動物を狩って食べることもあるようだ。その臭いや足跡を辿っていけば、やがて本命のゴブリンの群れにたどり着く。ゴブリン退治も現実の狩猟と同様に、こういった地道な作業の繰り返しのようである。

 

 そんな説明を受けながら、ずんずん進む猫人の背中を追っていくと、やがて森の中の小さな広場に差し掛かった。日が暮れて殆ど太陽は隠れてしまっていたが、それでも大森林の中とは比べ物にならないくらい木が低かったから、鳳にも見えるくらいには明るかった。

 

 しかし、そうしてたどり着いた広場はなんだか奇妙な違和感があった。今までに、こういった森の広場には何度も出くわしたことがある。鳳はそのたびに、そこに生えている雑草を摘んで回ったからこそ、その違和感の正体にすぐ気がついた。

 

 ここには雑草が殆ど生えておらず、地面がむき出しなのである。こういう場合に考えられるのは、人の手が加えられているということくらいだ。しかし、今までの話からして、森の中に人が住んでいることはまずありえない。すると誰がこんなことをしたのだろうか?

 

 この森にはゴブリンが棲息し、それを狩る飼い猫と野良猫がいる。もしかして、その野良猫たちのたまり場なのか? と考えていた時、

 

「にゃー! あそこを見るにゃー!!」

 

 一人の猫人が、ワナワナと震える声で叫んだ。

 

 その口調からは緊迫感が欠片も伝わらない。だが、叫ぶ彼の様子を見るからに、明らかに尋常じゃないものがそこにはあった。猫は夜目がきくわりには、意外と目が悪いらしい。だからこういう場合には鳳のほうがよく見えた。

 

 森の広場は何故か地面がむき出しで、奥の方まで何かを引きずったような跡が見えた。そのどす黒い跡を目で追っていくと、やがて広場の奥の方に乱雑に積み上げられた、工事現場の土嚢のようなものが見えた。

 

 だが、それは言うまでもなく無機物ではない。そこに折り重なるように積み上げられていたのは、内臓が綺麗に抜き取られた、大勢の猫人の死体だったのである。

 


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