ラストスタリオン   作:水月一人

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そのころ大森林では

 大森林の巨木の下にすっぽりと収まるように広がる人口100人ほどの小さな村。ガルガンチュアの集落は、いつも通り騒がしくも穏やかな日々を送っていた。

 

 鳳たちが追い出され、マニが留学してから3ヶ月が経過し、村人たちは彼らのことなど忘れてのんきに生活していた。便りを待っているのは長老くらいのもので、それも頼んでおいたキノコが欲しいからという私的な理由であり、出ていった彼らのことを心配している者など一人もいなかった。

 

 生まれたばかりの子供を殺すなんて許せないと叫んだメアリーの言葉は、村人の心に突き刺さった。あの日、鳳たちを追い出した後、騒然とする彼らを宥めるのには、本当に苦労させられた。中には村の秩序をかき乱した鳳たちを追い駆けて、殺そうと言い出す者まで現れたくらいである。

 

 だが、それも翌日になると何事も無かったかのように、誰も彼らのことを口にする者は居なくなっていた。まるで鳳たちなど最初から居なかったかのように、村は平常通りに戻っていたのだ。誰だって、自分の子供を殺したい者なんていない。忘れることで傷を和らげるくらいしか、この集落に解決法がないことは、村の誰もが知っていたのだ。

 

 嘆かわしいものだな……そう思いつつも、ガルガンチュアは何かを変えたいとは思わなかった。変われるものならとっくの昔に変わっていただろうし、現状を維持していくしか、大森林の獣人達に未来がないことは、他ならぬ自分自身もよく分かっていた。

 

 族長の家を出ると、すぐ目の前に村の広場がある。その広場を取り囲むように、長老の家と、村でも指折りの高レベルの家族が暮らす家が並んでいた。そのうちの一つに以前は鳳が暮らしていたのだが、今はもう他の家族が引っ越してきて、彼らのいた痕跡は何も無くなっていた。

 

 蚊を避けるために吊るした蚊帳も、虫を遠ざけるために植えたミントも、村で唯一、家の中に作られた炊事場も撤去されて、もうそこに何があったのか思い出すことも出来ないくらい、無機質な壁や床がむき出しになっているだけだった。

 

 その広場を通り過ぎ、村外れから雑木林に入って数十メートルばかり進むと、開けた空間に2階建ての家屋が見えてくる。冒険者ギルドの駐在所は、今はその主が不在で、庭の草木は伸び放題だった。

 

 いつもルーシーが洗濯物を干していた物干し台は、いつの間にか地面から伸びてきた(つる)に覆われて緑の山のようになっていた。家の周囲は完全に雑草に覆われて、打ち捨てられた廃墟のようだった。踏み固められた地面だけが、まだ主の帰りを待っているかのように小径を形作っていたが、このまま不在が続けばここも雑草に覆われてしまうのは時間の問題だろう。

 

 冒険者ギルドの情報ネットワークのために、駐在員が不在でも、時折、郵便物が届けられていたのだが、ここ数週間はそれも無くなってしまっていた。前任者を村人たちが追い出してしまったため、交代要員がなかなか来てくれないことが知れ渡り、飛ばしたほうが効率的だと判断されてしまったのだろう。

 

 情報が入ってこないということは、こちらから伝えることも出来ないということであり、ガルガンチュアがマニと連絡を取るには、村から数日かかる隣の支部まで歩いていかねばならなかった。最初はそれでも良いと思っていたのだが、族長という立場から、そう頻繁に村を留守にすることは出来ないことに思い至り、彼は難儀していた。息子が困ってないか知ることが出来ないということが、こんなに苦痛だと彼は知らなかった。村は孤立していた。

 

 そのせいで、彼は大森林に変化が起きていたことを知るのが遅れた。

 

 ガルガンチュアがマニの手紙はまだかまだかと待ちわびていた、ある日のことだった。いつものようにギルドまで往復して家に帰ってくると、普通に考えたらまず会うことがないはずの、ずっと遠くにある集落の長が、彼を尋ねてやってきていた。

 

 長老と会話をしていた彼はガルガンチュアが帰ってきたのを見つけると、礼儀正しく長老に挨拶してから、彼の元へと歩いてきて、

 

「ガルガンチュアよ、息災だったか」

「ああ、おまえも元気だったか」

 

 二人はじっと睨みつけるようにお互いの顔を見つめてから、まるで相撲の立会いのように、タイミングを見計らいながら握手を交わした。お互いの顔が紅潮しているのは照れてるわけでも暑いわけでもなく、思いっきり力んでいるからだった。がっしりと握り合った手のひらからは、ギュウギュウと擬音が聞こえてきそうなくらいである。

 

 二人の仲は決して悪くはないが、良くもなかった。大森林の部族を束ねる族長の中では、歳もレベルも近いせいか、昔から何かと比べられることが多く、いつの間にかお互いにバチバチと意識し合うライバル同士となってしまっていたのだ。

 

 奥歯を噛み締め、犬歯をむき出しにして、万力のように力を込めているせいで、手を離す切っ掛けがつかめないまま、ライバル族長がグルルルルっと唸り声を上げつつ、言った。

 

「ずっと連絡を取っていたのだが、全然返事がこないからわざわざ来てやった。ギルドと揉めるのは森のルールに反する。何をやってるんだ、おまえの村は」

 

 ガルガンチュアは相手の手を叩くように振りほどくと、ムスッとした表情で答えた。

 

「ギルドと揉めたのは悪かった。だが、連絡ならちゃんと毎日、ギルドに届けられてないかチェックしていた」

「それが届いてないから、俺がこうして、ここまで来てやったのだろうが」

「なにぃっ!? どういうことだ」

「連絡網が、おまえの村だけ飛ばされていたのだ」

 

 ガルガンチュアはむかっ腹を立てたが、詳しく話を聞いてみれば、瑕疵は自分の方にあるようだった。

 

 ライバル族長は、冒険者ギルドを通じて彼に連絡を取っていたのだが、駐在員がいないことでその連絡が届かなかったようである。その他にも、恩人である鳳を追い出したことで、また隣村との関係が悪化していたのが裏目に出て、別口の連絡も途切れてしまっていたようだった。隣村の族長が、ガルガンチュアへの連絡を意図的に無視してしまったのだ。

 

 ガルガンチュアとしては、敵に頭を下げるような苦渋の決断であったが、族長である彼は仕方なくライバルに頭を下げた。

 

「それはすまなかった。俺の村のために、わざわざ来てくれたことに感謝する」

「ふん。最初からそう言えばいいのだ」

「……それで、俺を呼び出そうとした理由はなんだ?」

「そうだった」

 

 ライバル族長は、自分が嫌味を言うためにやってきたのではないことを思い出すと、

 

「この間、主要な村の族長が集まって族長会議を行った。どうしても緊急に話し合わなければならないことが出来たんだ」

「なんだと!? 族長会議だと??」

 

 300年前に魔族の侵入を許した獣人社会は、それ以来、獣人同士の争いを避けて協力し合うようになった。だがそれは隣村レベルの話で、大森林全体で話し合うようなことはまずなかった。

 

 それを行ったということは、余程のことが起きたに違いない。それこそ、初めて族長会議が行われた、魔王討伐会議くらいの出来事だ。

 

「そんな大事な会議に、どうして俺を呼ばなかった!」

「だから何度も呼んだと言ってるだろうが!」

「む……むぅ……それで、族長会議で何が決まったんだ?」

「ああ、俺はそれをお前に伝えに来た。良く聞け。これは俺の意見じゃない。みんなで決めたことなんだからな」

 

 ライバル族長は、口を酸っぱくして、これは会議で決まったことだと強調してから、会議で起きたことを話し始めた。

 

 それによると、ここ数ヶ月、魔族の侵入によって村が破壊され、行き場を失った部族が大発生しているようだった。族長を失った部族は脆く、他の部族に吸収されるならまだしも、そのまま魔族の餌になってしまうこともしばしばある。だから獣人たちは手を取り合って、魔族が出たと聞いたら村の垣根を越えて協力しあい、撃退してきた。

 

 それなら、ガルガンチュアも身に覚えがあった。彼らは鳳たちとも協力して、何度もオアンネス族を撃退してきた。魚人たちはどこから来るのか分からないが、退治しても退治しても湧いて出てくる。それが他の弱い部族では対応しきれなくなったのだろうか?

 

 ガルガンチュアがそんな風に考えていると、それを察したのかライバル族長は頭を振って訂正した。

 

「いや、違う。彼らはオアンネスにやられたんじゃない。オークにやられたんだ」

「オーク……だと?」

 

 オークとはネウロイからたまに流れてくる、巨大魔族のことである。ガルガンチュアは見たことがないが、自分クラスの獣人でも数人がかりでなければ対処できないくらい強い魔族と聞いている。

 

 話によると、それが大量発生しているというのだ。

 

「やられた連中に話を聞くと、初めは彼らもオアンネスを相手にしていたそうだ。倒しても倒しても、いつの間にかまた現れる魚人どもにうんざりしていたら、それがある時、突然オークに変わったらしいんだ」

「まさか? 間違いじゃないのか。弱い魔族にやられて、格好悪いから、そんな強い魔族の名前を出してきたんじゃないのか」

 

 ガルガンチュアが信じられないと返すと、ライバル族長も同意見だと頷きながらも、

 

「それが一つの部族だけならそうだろう。しかし、オークを見たという部族はいっぱいあるんだ。その中にはもっと具体的なやつもいて、オアンネスを倒すために、斥候に出した村人が、オアンネスの出産に出くわしたらしい」

「そうか。やってくる魚人共は、どいつもこいつも妊婦だから、いつかこうなるのは予想出来ただろう。オアンネスが増えてしまったんだな?」

 

 するとライバル族長は話の腰を折るなと言いたげに不満げに鼻を鳴らすと、

 

「違う! 斥候はそのオアンネスが、オークを産んだと言うんだ。生まれたばかりのオークは、すぐに母親を殺してその死肉を喰らい始めた。そして他の母親の腹から仲間を引きずり出すと、またそいつらと死肉を貪り食い始めたというんだ」

「バカな! とても信じられん!」

 

 ガルガンチュアがあまりにショッキングな出来事に叫び声をあげると、ライバル族長も同意見だとばかりに頷きながら、

 

「俺も信じられん。だが、魔族の繁殖を見たものはいない。そして実際にオークが現れたんだから、それが嘘だとは言い切れない」

「う、むぅ……」

「本当かどうかはまだわからんが、ここ最近現れたオークどもは、ハグレではなく、組織的に行動している。こうなってくると、俺たち獣人でも単独では勝ち目がない。みんなで協力しあって戦うしかない」

 

 ガルガンチュアは同意見だと言わんばかりに何度も頷いた。

 

「もちろんだ、俺たちも協力しよう。それでどうすればいい? 戦士を集めて行けばいいのか?」

「それもするつもりだ。だがもう一つ、お前たちにやってもらわねばならないことがある」

 

 するとライバル族長は、またこれは自分個人の意見ではないと強調しながら、会議で決まったという議案を話し始めた。

 

「オークにやられたという部族は、今となってはかなりの数にのぼる。その、村を奪われた連中が、いま行く当てもなくさ迷っているんだ。近隣の部族が彼らを受け入れているが、とても全員を捌ききれん。そこで避難所を作ることになった。どこかそいつらが安心して暮らしていける場所が必要だ」

 

 ガルガンチュアはなんだか嫌な予感がした。

 

「そのための場所を確保しなければならないが、お前も知っての通り、大森林にそんな場所はもうない。そこでだ、俺達はレイヴンの村に目をつけた」

「……レイヴン、だと?」

 

 ライバル族長はこれが本題だと言わんばかりに、ガルガンチュアのことをじっと睨みつけるように言った。

 

「レイヴンはハグレモノの俗称だ。この大森林のあちこちにいる。元は俺達の仲間だったから、今までは目こぼししていたが、この状況ではそうも言ってられない。避難所を作るために、奴らの村を一つ奪う必要がある」

「まさか……?」

「そのまさかだ。俺たちはその村を、おまえの兄が仕切ってる村に決めた。これから数日中に村を襲撃し、奴らをこの森から追い出すことにする」

 

 よりにもよって、自分の兄の村を襲撃するとは……いや、兄だけではない。あそこにはマニの母親も住んでいるのだ。彼はとても耐えきれないと抗議の声を上げた。

 

「何故だ!? 俺が族長会議をすっぽかしたからか? それは俺が悪かったが、だからってこちらの意見も聞かずに、一方的に決めるのは酷いじゃないか!!」

 

 しかしライバル族長は渋い顔をしながら首を振りつつ、

 

「違う。それも多少あるだろうが、他にも理由があるんだ。実はおまえの兄の村は、村の近くにオアンネスが出ていたにも関わらず、それを近隣の村に報せなかったんだ」

「なんだって!?」

「それを怠ったせいで、レイヴンではなく、別の部族が被害を受けた。俺たちはこんな不義理を許すわけにはいかない」

「それは本当なのか?」

 

 ガルガンチュアはとても信じられないと困惑気味に尋ねたが、ライバル族長は何度も言わせるなと言わんばかりに繰り返し鷹揚に頷いてから、

 

「元々、レイヴンなんてものは村の掟に縛られるのが嫌で逃げ出したような連中だ。そんな連中が集まった集落なら、こんなことが起きても不思議じゃないだろう。だが、今の情勢でこんなのに大森林にいて貰っては困る。俺たち獣人社会(ワラキア)が生き残っていくためにも、彼らには出ていってもらう。例え心を鬼にしてもな」

 

 ガルガンチュアは彼の言葉に何も言い返すことが出来なかった。ライバル族長はそれを返事と受け取ったらしく、心底つまらなそうに、そしてほんの少し罪悪感のこもった口調で、そっぽを向きながら続けた。

 

「レイヴンの襲撃には、おまえにも参加してもらう。それが族長会議をサボったペナルティだ」

 

 ライバル族長はそう言い捨てると、すでに襲撃のための戦力が集められているという、隣村まで帰っていった。

 

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