ラストスタリオン   作:水月一人

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痛みの代価

 オークの存在が確認されて、大森林が俄に騒がしくなってきた頃、件のレイヴンの街は未だそのオーク騒動を知らずに、いつもどおり穏やかな日々を送っていた。マニの母親も普段どおり、街の薬屋で勤労の汗を流しながら充実した毎日を過ごしていた。

 

 レイヴンの集落は、そこに住む一人ひとりが、自分ができることを見つけて協力しあって生きている集落だった。例えばハチのように他の獣人集落から流れてきたハグレモノなら、街周辺の驚異を取り除くために獲物を狩ったり、マニの母親のような混血の非戦闘員なら、人間の集落ならどこにでもあるような公共サービスを行っていたり、町の外からやってくるトカゲ商人と交易をしたりして外貨を稼いでいた。

 

 そうやって獣人と混血、それから人間がお互いに尊重し合いながら生きていける、理想的な集落がレイヴンの集落であった。だが、そのことを理解されることはなく、獣人たちからはハグレモノ、人間からはヨソモノと呼ばれ蔑まれていた。結局、彼らはどこかから逃げてきた負け犬だとしか思われていないのだ。

 

 その事実に打ちのめされて、レイヴンの集落に流れてきてまで、仕事もせずに不貞腐れている者はいた。かく言う、マニの母親もその一人だった。だが、そんな彼らもいつか仲間たちが支えていることに気づき、暗い洞窟から抜け出すように動き出す。そしてどん底を見たものだから分かるのだ。本当は、低レベルの獣人も、混血も、人間も、自分たちに足りない部分を補い合いながら生きていけば、純血だけの集落よりもずっと豊かに暮らしていけることに。

 

 実際、彼女の住んでいるレイヴンの街は、どこの獣人の集落よりも立派だった。彼女はいつかガルガンチュアたちがそのことに気づいて、純血にこだわらずに、自分たちのような人達を受け入れて、協力し合える社会を作ってくれるように願っていた。

 

 だが、その望みは間もなく絶たれることとなる。

 

 その午後、マニの母親は店の在庫を整理していた。以前、ガルガンチュアの村で熱病患者が出た時に、彼らを助けるためにやってきた鳳たちは、その時に手に入れた特効薬を改良して、大森林内にある冒険者ギルドへ配っていた。

 

 このせいで特効薬を独占していた街は大打撃を受けると思いきや……ある日、トカゲ商人がやってきて、冒険者ギルドの意向ということで、新しい薬をレイヴンの街も扱えるようにしてくれたのだ。どうやら、鳳はこうなることを予想していたらしく、街の収益バランスが崩れないように配慮してくれたらしい。

 

 お陰で、今後はレイヴンがキナの樹皮を収穫し、トカゲ商人が調合して村々へ売り歩いてくれることになった。人間はみんな意地悪な人ばかりだと思っていたが、中には立派な人がいるものだなと彼女は思った。その立派な人が、マニと一緒にいてくれることが嬉しかった。

 

 マニの母親がそんなことを考えながら、今頃マニは何をしているんだろうかと、ぼんやりと店から街を眺めている時だった。

 

「大変だ! 大変だ!」

 

 と叫びながら、一人の狼人が往来を駆けていった。最近、ガルガンチュアの村から流れてきて、村の用心棒になったハチである。高圧的でマニの母親はあまり好きではなかったが、そこがワイルドだと若い女の間では人気のある男だった。

 

 そんなハチが族長の家に飛び込んでいくと、間もなく中から族長のパンタグリュエルが現れた。彼はガルガンチュアの兄で、マニの伯父にあたる男であり、彼女は助けられた過去があるため、頭が上がらない相手だった。

 

 そんな族長はソワソワしながら出てくると、街の広場に集まっていた人達に向かって大声で叫ぶように言った。

 

「みんな聞け! よくわからないが、街が包囲されている! 相手は魔物じゃなくて獣人だ! 見たことのない連中ばかりで、俺たちにここから出て行けと騒いでるらしい! もちろん拒否するが、人手が足りない! 戦えるものは武器を持って着いて来い!!」

 

 族長の言葉に街の人々に動揺が走る。どうして獣人が攻めてくるのだ? 自分たちは何もしていないのに……ともあれ、出てけと言われてハイそうですかと言うわけにはいかない。思えば、そんな横暴な獣人どもが嫌で、自分たちはここまで逃げてきたのだ。また、こんな理不尽に追い出されるなんて、冗談じゃない。

 

 そんな獣人社会への反抗心が彼らの心に火をつけた。レイヴンたちは族長の呼びかけに応えて武器を取った。しかし、彼らが勇ましかったのはそこまでだった。彼らが怒りに任せて村の出入り口まで駆けていくと、そこには想像もしていないほど多くの獣人たちが集まっていたのである。

 

 一対一では獣人には敵わない。二対一でもやっぱり敵わない。なのに自分たちよりも多くの獣人が、村を取り囲むように集まっていたのである。誰も彼もが、何を考えているのかわからない、獣特有の圧迫感を感じさせる睨みを利かせて。

 

 族長が見たことがないと言っていた通り、そこに居るのは近隣の部族ではなく、どこか遠くからやってきたものばかりのようだった。それも、大森林の多数を占める狼人族だけではなく、兎人や猫人、蜥蜴人までいる始末である。まるで、大森林の全ての部族がここに終結しているかのようだった。

 

 全て、というのはあながち間違っちゃいなかった。こんな嫌な仕事は誰もやりたがらないから、連帯責任のように、実際に大森林の全域から獣人がかき集められていたのだ。だからその中にガルガンチュアがいたのは必然だった。

 

 パンタグリュエルは最初、これだけの獣人に囲まれていることに、どうしようもなく動揺していた。族長という立場でありながら、町人たちを見捨てて逃げ出してしまいそうなくらい、彼は内心怯えていた。しかし、そんな彼の心を奮い立たせたのは、そこに憎き弟がいることだった。

 

 彼は街を取り巻く獣人の群れの中に見知った顔を見つけると、この騒ぎを起こしているのは全てそいつのせいだと決めつけ、ギリギリと歯ぎしりをしながら詰め寄っていった。

 

「おまえは……ガルガンチュア! 良くも俺の前に顔を出せたな! いや、そんなことより、街の人々が怯えている、さっさとここから出ていけ!」

 

 しかし、喧嘩腰のパンタグリュエルに怯むことなく、ガルガンチュアは冷静な表情を崩さずにじっと兄のことを睨みつけ、挨拶代わりに言った。

 

「いや、出ていくのはおまえたちだ、レイヴンよ」

「なに!?」

「見てのとおりだ。俺たちはお前たちをここから追い出すために集まった。歯向かうものは容赦しない。わかったらここから出てくか、かかってこい!」

 

 パンタグリュエルはその言葉に激昂して、弟に飛びかかっていった。ところが、悲しいかな、兄弟にはとても大きな力の差があった。ガルガンチュアはまるでまとわり付く虫でも払うかのように、簡単に兄を撃退すると、力なく地面に横たわる彼を見下しながら、

 

「さあ、次はどいつだ! 文句がある奴からかかってこい!」

 

 その問答無用のセリフに集まっていた街の人々が動揺した。言うまでもなく、彼らが歯向かったところで勝ち目はない。何しろ、族長はこの街で一番強い獣人のはずだった。その彼が子供扱いされるような獣人を相手に、立ち向かう勇気を持つような者は一人も居なかった。更には、こういう時のために雇った用心棒のハチまで、いつもの威勢の良さはどこへやら、怖気づいてブルブルと縮こまっている。その情けない姿を見て、街の人々に絶望が走った。

 

 ところが……そんな中から一人の女性が飛び出してきた。マニの母親は、ガルガンチュアの姿を見るや、きっと彼がなんとかしてくれると期待していた。ところが、その期待とは真逆のことが起こり、戸惑う彼女はかつて愛した男に直談判するつもりで駆け寄ったのだ。

 

「待ってください! ガルガンチュア。どうしてあなたがこんなことをするんですか? 優しいあなたが、こんな誰かを一方的に傷つけるようなことはしたくないはずです。それに、このことをマニは知っているのですか? 胸を張って、彼に言えますか?」

 

 これには流石のガルガンチュアも動揺しているようだった。彼はここに来る前から、こんなことが起こるかも知れないと覚悟はしていた。しかし、想像と現実とではやはり衝撃の度合いが違った。

 

 彼はかつて愛した女に詰め寄られて、愛する息子に顔向けが出来るかと考えて、一瞬心が折れかけた。しかし、彼はすぐに村人たちのことを思い出すと、ぐっと奥歯を噛み締めながら、すがりつくマニの母親を突き飛ばし、

 

「黙れ! 理由を知りたいのならば教えてやろう! おまえたちレイヴンは、水場にしている川に魔族が出たことを報告しなかった! そのせいで、近隣の村々に被害が出たのだ! おまえらがやられるならともかく、何も関係のない村人たちが死んだのだ! こんなことは、絶対に許されない!!」

 

 ガルガンチュアの声に呼応するかのように、ライバル族長が進み出て続けた。

 

「そうだ! 元々、おまえたちがこの土地にいられるのは、俺達が情けをかけてやっていたからだ。なのにおまえらは俺たちに協力するどころか、被害まで及ぼした。これ以上、ここにのさばらせているわけにはいかない。大森林のルールに従わぬものは、排除するのみ!」

「もはや問答無用、一刻も早くここから出ていけ!」「さもなくば、死ね!」「おまえたちが悪いんだ!」

 

 ライバル族長の声が契機となって、街を取り囲んでいた獣人たちが問答無用と飛びかかってきた。抗議のために集まっていたレイヴンたちは成すすべもなく、蜘蛛の子を散らすように追い立てられた。建物に逃げ込もうとするものは引きずり出され、鍵を閉めて籠城する家には火が放たれた。老人も子供も容赦なく、街から出ていくまで執拗に追い回された。

 

 レイヴンたちは獣人たちが本気であることを知ると、抵抗は無意味と悟り、絶望のうちに街から逃げ出した。散り散りになった彼らは森の木陰に潜みながら、ついさっきまで自分たちが暮らしていた街から届く悲鳴を聞きながら、ブルブルと震えるしかなかった。

 

*********************************

 

 日が沈み夜になると、バラバラに逃げていたレイヴンたちも少しは落ち着きを取り戻し、徐々に合流して対応を協議しはじめた。そこは街から1キロ程度と、それほど離れていない場所だったが、獣人たちはレイヴンを街から追い出すだけにとどめ、そこまでは追ってこないようだった。

 

 その獣人たちは、未だ街を占拠しており、様子を見に行った者を見つけては追い返しているようだった。もう絶対にここへは戻ってこさせないという決意の現れだろうか。かと言って、じゃあ別の場所に改めて村を作ろうとしたら、やはり追いかけてきて追い出されるに違いない。レイヴンたちはどうしてこうなってしまったのかと、己の不幸を嘆いていた。

 

 しかしそれも獣人達に言わせれば、自業自得らしいのだ。彼らはレイヴンたちを追い立てる際に、口々にお前たちのせいだと言っていた。それは彼らの良心を抑えるために必要な行為だったのだろうが、その言葉を浴びせかけられる者にとっても、聞き捨てならないものだった。

 

 追い出されたレイヴンたちは一息つくと、街を守れなかったことで項垂れていた族長に詰め寄った。

 

「パンタグリュエル。彼らが言っていたことは本当か? この近辺に魔族が出たのに、誰にも知らせずに放置していたってのは……」

 

 族長はバツが悪そうに沈黙している。そんな彼に代わって、その魔族に襲われたという青年が名乗り出て言った。

 

「魔族が出たというのは本当です。僕は魔族に拉致され殺されかけたところを冒険者の一団に助けられました。彼らは村に来て、それをパンタグリュエルに報告したはずなのですが……」

「そう言えば、一時期あっちの水場には近づくなってお触れが出ていたが……そんなことになっていたなんて」

 

 街の人々の鋭い視線が突き刺さる。放心状態であった族長は、その視線にハッと我を取り戻すと、自分が追い詰められていることに気づき、慌てて言い訳をしはじめた。

 

「それは違うぞ! 魔族退治なら、その冒険者達がやってくれると言っていたのだ。だから俺は何もしなかったんだが、あいつらは目的の薬を手に入れたら、約束を破って帰ってしまったんだ」

「そうだ、あいつらが悪い!」

 

 パンタグリュエルの言葉に呼応するように、ハチが大声で追従した。彼は昼間、用心棒のくせに獣人たちに怯えて何も出来ず、人々からの顰蹙を買っていた。それを挽回するかのように、彼は威勢よくレイヴンたちの前に進み出ると、叫ぶように言った。

 

「その冒険者は、ガルガンチュアの村から来たんだ! そして今日、ガルガンチュアが攻めてきた。もしかしたら、あいつらは最初から、これを狙ってたんじゃないか!?」

 

 レイヴンたちの間に動揺が走る。確かに状況だけから判断すると、そう見えなくもない。だが、そんなハチの言葉を打ち消すように、慌ててマニの母親が声を上げた。

 

「待ってください! あの方たちはそんな約束はしていませんよ。それに、薬を受け取りに来たのを断ったのは、族長たちじゃありませんか。なのにあの人達は恨むこと無く、薬を手に入れた後も、街が困らないようにと冒険者ギルドを通じて手を回してくれていたんです。それはギルドに行って調べればすぐにわかります。そんな人たちが、私たちを陥れるような真似をするとは思えません」

「うるさい、黙れ!」

「きゃあっ!」

 

 しかし、そんな彼女の言葉を遮るように、ハチが暴力を振るって彼女を黙らせた。いきなり横っ面を殴られたマニの母親は、よろよろとよろけて、力なく地面に転がった。レイヴンたちの間に緊張が走る。ハチは弱いが、レイヴンの中では強いのだ。こんな状況で、この癇癪持ちの男に逆らうことは出来ない。

 

 ハチは怯えるように視線を逸らすレイヴンたちに向かって言った。

 

「俺はあいつらのせいでガルガンチュアの村を追い出されたんだ。あいつがずる賢い極悪人なのは、誰よりもよく知っている。あいつはまた、卑怯な手で俺たちを陥れたに違いないんだ!」

 

 そんなハチの一方的な主張に、パンタグリュエルが追随する。彼は自分の名誉を回復するために、もはや形振りかまっていられなかったのだ。

 

「……そうだ。ハチの言うとおりだ。あの冒険者は、確かに自分たちが片付けると言った。なのにそうせず、今日ガルガンチュアがやってきたんだ。それに元をただせば、そこの女はガルガンチュアの女だった。もしかしたら、こいつらは全員グルだったのかも知れないぞ」

「そんな! 違います!」

 

 マニの母親は反論しようとしたが、すぐにハチによって羽交い締めにされて、何もすることが出来なかった。族長はそれを見届けると、

 

「俺たちはガルガンチュアに嵌められたんだ。やつは最初から、俺達の街を奪うつもりで策略を張り巡らせていた。だから仕方なかったんだ」

「そんなずる賢い獣人がいるはずないじゃないか……もし、彼らがそんなに賢いなら、俺たちはもっと彼らと交流していて、こんなことにはなっていなかったはずだ」

 

 誰かが呆れるようにそう呟いた。パンタグリュエルはその言葉に反論できず、うっと言葉を飲み込んだが、しかし、そんな族長の代わりに目を血走らせたハチがみんなの前に躍り出て言った。

 

「今のは誰だ! 文句があるやつは前に出てはっきりと言え!」

 

 威圧するハチに歯向かえる者などおらず、レイヴンたちはみんな地面を見つめて押し黙った。たった今、誰かが言った通り、獣人に話なんか通じないのだ。それが嫌で逃げてきたはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう……だが、勇気を出してそんなことを言えるものなど、もうどこにも居なかった。

 

 ハチは反論が無いことに勢いを得て、得意げに続けた。

 

「ガルガンチュアは俺たちから何もかもを奪った。こんなの許していいのか! 俺たちだってやられるばかりじゃない。今度はこっちからガルガンチュアに一泡吹かせてやろうじゃないか。そうだ! やられたらやり返せ!」

 

 ハチの言葉に流石のパンタグリュエルも戸惑いはじめた。ハチはガルガンチュア……ひいては鳳憎しの気持ちが先走りすぎて、もはや妄想と現実の区別がつかなくなっているのだ。族長はそんな若者の気を落ち着かせようと、さっきとは打って変わってトーンダウンしながら、

 

「いや待て、ハチよ。やり返すって言っても、どうやってやり返すんだ? そんなことが出来るなら、今こんなことになってない」

「パンタグリュエル! あんたも臆したか!?」

「臆するも何もない。ここにガルガンチュアと戦えるような者は、俺とお前しか居ないんだぞ? お前は、ガルガンチュアに勝てるのか」

 

 ハチはそう言われてウッと言葉を飲み込んだ。彼は以前、ガルガンチュアにこてんぱんにやられたことがトラウマになっていたのだ。忘れようもない。彼はそのせいで村から追い出され、何夜も眠れない夜を過ごしたのだから。

 

 かと言って、自分たちの街を奪われたまま、このまま黙って引き下がるわけにもいかない。大体、これからどこへ行けばいいというのか。レイヴンの街の人々が、何故こんな森の中でひっそりと暮らしていたのかを考えれば分かるだろう。

 

 彼らには最初から行き場などなかった。それじゃあ、このまま朽ち果てるしかないのだろうか……

 

「お困りのようですねえ」

 

 と、その時だった……

 

 ヒートアップするハチの怒鳴り声に、レイヴンたちは完全に周囲の警戒を怠っていた。そんな彼らの背後から、突然聞き覚えのない声が聞こえてきて、彼らは狼狽した。

 

「そんなに驚かないでくださいよ。私はあなたがたの敵じゃありません。寧ろ味方です」

「誰だ貴様は!?」

 

 まだ族長としての矜持が残っていたパンタグリュエルが、動揺するレイヴンたちを庇うように躍り出る。そんな彼の方へと向かって、森の暗がりからゆっくりと、一人の男が姿を表した。

 

「こんばんわ、レイヴンのみなさん。申し遅れました、私は神聖帝国から参りました、ピサロと申します。少々わけありでこの森を調べていたのですが、そんな時に、理不尽にもあなた方レイヴンが、獣人どもに襲われているところを目撃しましてね……義憤にかられていたところです。あのような仕打ち、とても許されませんよ。もし復讐をお考えなら、よろしければ私に協力させては貰えませんか」

「協力だと……?」

 

 するとピサロはニヤリと笑って、

 

「獣人など、所詮野蛮人です。我々帝国の敵ではない。我々の提供する武器があれば、あなた方でも獣人と対等に戦うことが出来るでしょう」

「武器、武器か……それがあれば、あいつらに勝てるのか?」

「ええ、武器があり、戦術があれば、敗北はありえません。それに万が一ということがあったとしても、私には絶対の切り札がある」

 

 ピサロがそう言うと、彼の背後から二人の神人がムスッとした表情を隠そうともせずに現れた。レイヴン達の間にどよめきが起きる。

 

「もし、あなた方が武器を持って立ち上がるというのであれば、彼らが守護者となってあなた方を守るでしょう」

「それは本当か!?」

 

 さっきまでハチを止めようとしていたパンタグリュエルは、今は逆に彼と一緒になって、ガルガンチュアに復讐する気になっていた。彼が今まで辛うじて弟に遠慮を見せていたのは、そこに肉親の愛情があるからではなく、単に彼我の力の差がそうさせていただけだったのだ。

 

 もしもガルガンチュアを倒し、自分が族長になれるなら……彼の瞳が怪しく光る。ピサロはそんなパンタグリュエルの反応を逃さなかった。

 

「もちろん本当ですとも。私と彼らは仲良しなんです。ね? ペルメルさん、ディオゲネスさん」

 

 ピサロに名前を呼ばれると、二人の神人は心底不愉快そうな表情をしながらも、

 

「……ピサロの言うとおりだ。おまえたちが望むなら、我らは力を貸そう」

 

 神人たちが同意すると、レイヴンの間からどよめきが起こった。

 

「本当に、神人が俺たちに力を貸してくれるのか?」「勝てる、勝てるぞ!?」「あのガルガンチュアの野郎……」「やられたらやり返せ! それがこの森のルールだ!」

 

 たった今まで絶望していた彼らの瞳に光が差し……そして復讐の炎が浮かび上がっている。元をただせば、街を追い出されたのは、彼らの族長が魔族のことを報告しなかったことが発端だった。だが、レイヴンたちはそんなことは忘れて、いつの間にか頭の中はガルガンチュアに復讐するということでいっぱいになっていた。

 

 人は何かを得る喜びよりも、奪われる苦痛の方をより強く感じるらしい。例え自分たちに瑕疵があったとしても、奪われたという記憶は深く心に刻まれるのだ。ガルガンチュアの……獣人たちのやり方は言うまでもなく間違っていた。彼らは強者であるゆえに、奪わえるものの気持ちを考えられなかったのだ。

 

 そのツケを彼らは間もなく支払うことになる。

 


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