ラストスタリオン   作:水月一人

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義勇軍起つ

 

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 大森林がオークの登場により混乱し始めていた頃、そんなこととはつゆ知らず、人間たちの国家は人間同士の戦争を続けていた。

 

 (はかりごと)が多いほうが勝つと言ったのは毛利元就である。日本では彼の言葉として有名であるが、その出典は言わずと知れた孫子である。戦争は戦う前からすでに趨勢は決まっている。真に強い者は、戦場でいくつもの勲功を上げる者ではなく、いかに戦わずにして勝つかを知っている者のことを言う。

 

 アルマ国への調略が上手くいって、戦わずしてまんまと勇者領入りした帝国軍3万は、アイザック12世を総大将として勇者領を荒らし始めた。ヘルメス戦争を引き起こした張本人アイザック11世が隠れていたように、他の不穏分子がまだまだ勇者領内に潜んでいるという名目であったが、実効支配が目的であるのは言うまでもなかった。

 

 勇者領は長い年月の末、親帝国のリベラルが台頭しており、帝国と敵対する行為を避けていたせいで、極端なまでに領内が無防備だった。帝国軍はアルマ国に本隊5千を残し、残りの兵力2万5千を使って、無抵抗の国々に部隊を展開しはじめる。帝国軍は領内の各村々で自領のように勝手に徴発をはじめ、我が物顔で進軍し続けた。

 

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 この事態に際しようやく重い腰を上げたアルマ国を除く連邦議会は、冒険者ギルドを使って募兵を開始。即席の軍隊、5万をかき集め、勇者軍と号する。

 

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 連邦議会は勇者軍を、勇者領内で唯一常備軍を持っている極右国、カーラ国の将兵に与え、領内を守る尖兵とした。しかし兵力は割りとすぐ集まったものの、将兵不足は否めず、即席の軍隊は練度と士気に欠けていた。

 

 カーラ国は練度不足から、各方面軍を組織することは不可能と考え、戦力を分散することなく1箇所にまとめることにした。こうして勇者軍は、勇者領中央部、リンダ国のリブレンナの地を最終防衛ラインとして布陣、帝国軍を迎え撃つ体勢を取る。

 

 帝国軍はこの動きに対し、迂回して進軍するのは後背を突かれ危険と判断、ここが勝負の分かれ目であると、数的に不利であるにも関わらず決戦に応じる構えを見せた。

 

 こうして帝国軍2万5千、勇者軍5万の両陣営は、リブレンナ川を挟んで数日間のにらみ合いを続けたのであった。

 

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 先に動いたのは帝国であった。

 

 川を挟んで布陣した両陣営は、ライフルによる散発的な撃ち合い以外、直接の戦闘が無いままにらみ合いが続いていた。焦れた帝国軍は、手持ちの物資も少なく時間をかけるのは不利と判断、相手を士気不足の烏合の衆と決めつけ、彼らが依っている街を直接叩くために渡河を開始する。

 

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 この動きを待ち構えていた勇者軍は、敵軍が完全に渡河し終わるのを待ってから進軍を開始。側面を突かれる格好となった帝国軍は、慌てて左右に展開するように横長の陣形で迎え撃つ。しかし、数的に不利であった彼らは、徐々に伸び切った片翼を押し上げられ、ついに勇者軍によって包み込まれてしまうのであった。

 

 勇者軍は数的有利な状況を、より効率よく活用するために半包囲陣形で迎え撃ったのだ。敵に倍する兵力を持つ場合は、部隊を分けて挟撃を狙うのもありだが、練度不足からそこまでの動きは期待できないと判断したカーラ国将校は、全軍突撃による力押しが有効と判断したのだ。

 

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 結果的に彼らの作戦は当たり、帝国軍は倍する兵力に包囲され大劣勢に立たされていた。しかし、勇者軍の練度不足と将兵の経験不足が、この後におかしな方向へと働いてしまうことになる。

 

 勇者軍は帝国軍をまんまと半包囲したまでは良かったものの、通常、こういう時にはわざと逃げ道を作っておくのがセオリーなのであるが、彼らはそれを知らなかった。そのため、完全に包囲されてしまった帝国軍は逃げ場を失い、死地に立たされた兵士たちが死にものぐるいの抵抗を見せ始めてしまう。文字通り、背水の陣である。その結果、陣形のもっとも薄い、川に面した最南端の部隊が帝国軍によって突破されてしまったのである。

 

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 そこに活路を見出し、死にものぐるいで敵陣を突破してきた帝国軍の小部隊は、逃げ延びてきた先に勇者軍の本陣を発見する。尻に火がついていた彼らはそれを見つけると、躊躇なく突撃を敢行した。

 

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 完全に油断していた本陣は、突破部隊による特攻を受けて恐れおののき、殆ど戦火を交えることなく後退し街へ逃げ込んでしまう。突破部隊はそれを追撃せず、その場に留まったのであるが、気がつけば彼らは勇者軍の背後でぽつんと孤立していたのであった。

 

 彼らは逃げるために敵陣を突破してきたのであるが、こうなってしまうと逆に本隊に合流したいと考えるのが人情である。突破部隊はそのまま戦場を離れることなく、勇者軍の背後でウロウロし始めた。

 

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 これが面白い効果を生んだ。

 

 勇者軍は当初の目論見通り、帝国軍を数で圧倒していた。しかし、彼らを死地に追い込んでしまった結果、想定以上の強い反撃を受けてしまう。練度も士気も低い勇者軍は、優勢であるにも関わらず焦りを感じ始めていた。

 

 そんな時、自分たちの背後で、突破部隊がうろつき始めたのである。これがどこから出てきたのか知らない兵士からしたら衝撃だろう。しかも、いつの間にか彼らの指揮官がいるはずの本陣がなくなっている。これらの事実が、練度の低い兵士たちの動揺を誘った。

 

 こうして背後の帝国軍に気を取られてしまった一部の部隊が崩れると、まるで楔を打ち込まれたかのように、そこを中心として勇者軍は総崩れを起こし始めた。何が起きたか分からないが、たった今まで死を覚悟していた帝国軍はそこに勝機を見つけると、反転して大攻勢をかける。

 

 これが痛打となって勇者軍は瓦解、圧倒的に有利であったにも関わらず、軍隊は散り散りになり、ついに解散してしまったのである。

 

 敵の奇襲を受け、大将であるにも関わらず、本陣を維持することなく逃げ出してしまったカーラ国の将兵は非難されるが、カーラ国は逆にそれを不服として軍を引き上げてしまう。実際には、迫る帝国軍に恐れをなして、自国を守るために帰ったのであるが、もはや帝国軍はそんな小物には見向きもしなかった。

 

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 決戦に勝利し勢いづいた帝国軍は、その後首都ニューアムステルダムへ向けて進軍を開始。目標は連邦議会の制圧であると、はっきりとその侵略の意思を明確にした。これに対し、後がなくなった連邦議会は首都決戦に備えて、あわてて二度目の募兵を開始するが、一度の大敗が領民の戦意を挫き、思ったように進まなかった。

 

 絶体絶命の勇者領。帝国軍は首都まで数日の位置まで迫っている。もはや12氏族は、このままアイザック12世に膝を屈するのは時間の問題であると、誰もがそう思っていた。

 

 ところがそんな時だった。快進撃を続ける帝国軍に対し、アルマ国に残った本隊からの帰還命令が入ったのである。

 

 一体何が起きたというのか? 北方の不毛の鉱山地帯、ボヘミアへ逃れたヴァルトシュタイン率いる難民軍、改め義勇軍およそ3000が、完全に油断しきっていた帝国軍本隊を襲ったというのである。

 

 義勇軍はアルマ国王からの恩を返すために、帝国軍のアルマ国からの撤退を目指して挙兵したと宣言。この攻撃によって本陣にまで迫られたアイザック12世は、自分を守る兵隊が5000しか残っていないことを思い出し、不安を感じ始めた。

 

 歴戦の傭兵王による執拗な攻撃は幾夜にも及び、手を変え品を変え迫りくる奇襲の数々は、アイザック12世の心胆を寒からしめるには十分であった。

 

 軍隊にとって上官の命令は絶対であり、こうして帝国軍は勇者領を征服する最大の機会を逸してまで、アルマ国までの後退を余儀なくされたのである。

 

 ヴァルトシュタインもまた、帝国軍別働隊が帰還するまでに本陣を落とすことが出来ずに撤退、ボヘミアに築いた砦に籠もり、追撃してきた帝国軍を迎え撃つ。

 

 帝国軍が再度の攻勢に出るには、背後に築かれたこの砦を攻略しなければならない。でなければ簡単に兵站線を切られ、敵地で孤立してしまうことになるだろう。

 

 しかし、堅牢な山城は平坦な神聖帝国にはないタイプであり、また、ライフルによる遠距離射撃を中心とした防衛戦を突破することが出来ず、帝国軍は圧倒的に数で押しておきながら攻めあぐねていた。

 

 こうして勇者領は絶体絶命のピンチを幸運にも切り抜け、そしてヴァルトシュタインの名前は歴史に刻まれた。戦いは帝国軍による領内の蹂躙から、北方ボヘミア砦の熾烈な攻防戦へと変わっていくこととなる。

 

 


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