ラストスタリオン   作:水月一人

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石ぶつけてやろう、石を

 ある日、鳳は朝食の席で首都の冒険者ギルドへ行くことを提案した。パーティーメンバーはみんな賛成してくれたが、各々用事があるため行くことは渋り、結局、彼が一人で行くことになった。

 

 するとルーシーが、「ミーさんが暇してるから、誘ってあげたら?」と言うので、地元民がいてくれると心強いのもあって、誘うことにした。怒りっぽい人だから断られるかも知れないが、それならそれで観光名所の一つでも教えてもらえばいいだろう。

 

 食後の便通も快調で、すっきりしてから村へ向かおうとすると、玄関のすぐそばで仲間の3人が、ジェンダーがどうとか小難しい会話を交わしていた。忙しいとか言ってたくせに、もしかして俺、ハブられてるの……とか思いつつ、興味もないのでスルーして脇を通り抜ける。

 

 玄関前の車溜まりでタバコを吸っていた御者に挨拶して、てくてくと徒歩で村へと向かった。頼めば首都まで乗せてってくれそうであるが、流石に距離が距離だけに、村の高速馬車を使ったほうがいいだろう。餅は餅屋である。

 

 館のある丘の上から下りていくと、斜面に沿って並んでいる段々畑で働く農家の人たちが、鳳に向かって手を振っていた。近寄っていくと採れたての野菜を手渡され、今日は何を獲るつもりだ? と質問される。このところ、猫人と一緒に用水路で釣りをしたり、森で動物を狩っていたから、今日も遊びに行くんだろうと勝手に思っているようだった。

 

「俺だって毎日遊んでるわけじゃないんだ」

 

 と言って間違いを訂正すると、首都へ行くんなら、あれを買ってきてくれ、これを買ってきてくれと頼まれてしまった。そんなに一度に覚えきれないよと言ってメモに書いていると、別の農夫たちまで続々とやってきて、採れたて野菜と引き換えにお使いを頼まれてしまった。

 

 これ以上貰っても両手でも持ちきれないので、籠を背負ってせっせと丘を駆け下りる。きっと傍から見たら行商人に見えるに違いない。実際、これを持って首都まで行ったら、そこそこ儲かるんじゃなかろうか……もちろんそんなことするつもりは無いのであるが、もらった野菜はどこかで消費しなければならないのは確かだった。

 

 ぜえぜえと息を吐きながら、どうにか街の広場までやってきた。大荷物を抱える鳳のことを物珍しそうにジロジロと見てくる商店主たちの目を掻い潜り、ギルドの扉をくぐった。

 

「いらっしゃいませ~……って、鳳さんですか。何ですか、その荷物。八百屋でも開くつもりですか」

 

 ギルドに入ると受付のカウンター脇で書類仕事をしていたミーティアが顔を上げた。彼女は鳳の背負っている籠を見るなり、笑顔を引きつらせながらツッコミを入れた。鳳も苦笑しながら籠を下ろして、

 

「んなわけないでしょ。丘を下りてきたら、みんなが持ってけって、くれたんだよ。持ちきれないから籠は借りてきた。後で返しておいて?」

「またそんなに貰ってきたんですか……? いつも頂いてしまって有り難いのですが、こんなには食べきれませんよ」

 

 ミーティアはブツブツ言いながらカウンターから出てくると、籠から野菜を取り出して、せっせとギルドの食料庫にしまいはじめた。これから暫く、ギルドは三食野菜炒めになるに違いない。

 

 因みに彼女が言う通り、こんなにたくさん食べきれないから、食べる時は鳳も手伝っている。というか、鳳があちこちで手に入れてくる食材を渡しているうちに、いつの間にか料理を作ってもらう仲になっていたのだ。

 

 鳳はそれを猫人たちに持っていってやり、それを知った牧場長がお肉を分けてくれるから、気がつけばギルドの食料庫は凄いことになっていた。ミーティアは鼻歌を歌いながら食材を整理しつつ、

 

「このまま食材が増え続けたら、ギルドじゃなくてレストランが開けそうですね」

「いいね。ここも国境の街みたいに、レストランを兼業してくれたら、もっと冒険者が立ち寄ってくれるんじゃないの?」

「かも知れませんが、今はもう料理をお出ししてくれるマスターもいませんし、人手が足りませんよ」

「料理ならミーティアさんがやればいいじゃないの」

「私なんかがやったって、誰も食べに来てくれませんよ」

 

 鳳はとんでもないと大げさに首を振って、

 

「そんなことないよ、ミーティアさん料理上手だから、きっと繁盛すると思うよ。少なくとも、俺は毎日食べに来るし」

 

 するとミーティアは顔を真っ赤にしてプルプル震えながら、

 

「な、な、なに言ってるんですか。じょ、冗談じゃありませんよ。私はギルドの仕事で手一杯なんだから、あっちもこっちもやれませんってば。まったくもう!」

 

 やばい、怒らせてしまった……鳳は背筋をピンと伸ばして青ざめながら、

 

「す、すみません、口が過ぎました。ミーティアさんにはギルドのお仕事だけやっていただければもう、それで十分すぎますんで、はい」

 

 鳳が謝罪の言葉を口にすると、彼女はあたふたと慌てた素振りを見せてから、結局ぷいっと横を向いて、

 

「分かればいいんですよーだ」

 

 などと宣った。

 

 無論、言うまでもなく、ミーティアは怒っているわけではなく、単に照れているだけなのだが、鳳はセクハラをするたびに殴られているものだから、こういう甘酸っぱい展開になっても気づかずに、別方向にスイッチが入ってしまう体になっていた。

 

 ミーティアはミーティアで、あまり耐性がないものだから、二人はいつもこんな感じにすれ違っていたのだ。ぶっちゃけ、その意識さえ改善出来れば、二人はもう少しマシな関係になれていただろうに……因果なものである。

 

 彼女は、もう少し素直になれたらいいのにとモヤモヤしたものを抱えながら、

 

「それで、今日もまたゴブリン退治に来たんですか? 残念ですが、他に鳳さんが満足するような依頼は入っていませんけど」

 

 鳳は、そうだった、用件を思い出したとばかりに、ぽんと手を叩いて、

 

「いや、違うんだ。今日はちょっと首都まで行ってみたいと思ってさ、ミーティアさんを誘いに来たんだよ。ミーティアさん、地元民だって言ってたし、今日は休暇なんでしょ?」

「私ですか……? ええ、確かにニューアムステルダム出身ですけど、別に今日はお休みじゃないですよ?」

「え? そうなの?」

「はい。誰からそんな話を聞いたんですか?」

「ルーシーからだけど」

「変ですねえ、私そんな話、してませんけど……」

 

 ミーティアはそこまで全力で否定したところでハッと気づいた。もしかして、今の話に乗っていたら、二人きりでデートだったのでは……?

 

「あわわわわわ……」

 

 どうしてルーシーがこんな愚にもつかない嘘を吐いたのか、ということにばかり気を取られてしまったが、なんてことはない、彼女はミーティアのアシストをしてくれたつもりだったのだ。なのに、なんてお馬鹿さん。ミーティアは唸り声を上げながら自分の頭をポカポカと叩き始めた。

 

 鳳は突然目の前で奇行を始めた彼女に恐れをなして、

 

「え? ちょっ!? そんな無理に来てくれなんて思ってないから! ミーティアさんは今日もいつもどおり、ギルドでのんびり仕事しててください」

「ううぅ~……はいぃ~……」

「でも、出来れば首都の話を聞かせてくれないかな。せっかく行くんだから、観光名所とかお土産とか、オススメなんかを教えてほしいんだけど」

「名所ですか? そうですね、色々見どころはありますけど……一日で回るのは大変かも知れません。ご案内できればよかったんですけど」

 

 ミーティアはチラッチラッと鳳の顔を窺ったが、

 

「いやいや、無理しなくていいから」

 

 鳳は手のひらを見せてブルブルと首を振っている。ミーティアはやっちまったなと萎れながらも、彼のためにオススメの観光ルートを組み立ててあげようと、首都ニューアムステルダムの地図を引っ張り出してきてカウンターの上に広げた。

 

 するとそんな二人のやりとりを遠巻きに見ていたギルド長が、ゴホンと咳払いしてから近づいてきて、

 

「鳳くん、首都に行くのかい?」

「ああ、はい。ちょっとあっちの冒険者ギルドにも顔を出しておこうかと思いまして……ああ、別にここを裏切って所属を変えようとか、そんなこと思ってませんよ?」

「そんなこと心配してないよ……でも、そうか、だったらミーティア君、今日はもう上がっていいから、彼を案内してあげなさい」

 

 ミーティアは思わぬ方向から援護が飛んできて、目を輝かせながら、

 

「良いんですかっ!?」

「うんうん。どうせここに来るのは鳳くんくらいのものだから、私一人でもなんとかなるよ。それに、お上りさんを一人で行かせて、何かあったら寝覚めが悪いだろう」

「誰がお上りさんだ、誰が」

 

 鳳はプンスカ怒っている。ギルド長はミーティアの肩をぽんと叩くと、そんな彼に聞こえないようにそっと耳打ちした。

 

「結婚しても職員はやめないでね?」

 

 ミーティアは顔を瞬間湯沸かし器みたいにボッと真っ赤に染めると、

 

「な、な、何いってんだ、このセクハラオヤジがっ!」

 

 と叫んでギルド長の腹に膝蹴りをお見舞いした。哀れな中年が体をくの字に曲げて崩れ落ちる。鳳はそんな突然の凶行を目の当たりにして、(やっぱ怒りっぽい人だ……絶対に怒らせないようにしよう……)と心に刻んだ。

 

 ともあれ、ミーティアが一緒に来てくれるのは心強い。一口に首都と言っても、以前、遠くから見ただけでも結構な広さがあったのだ。きっと鳳一人では、入り口のあたりをうろちょろするだけで終わってしまっただろう。

 

 彼はウキウキしながら出掛ける準備をしている彼女に向かって、

 

「いやー、一緒に来てくれて助かるよ。実は一人だと、ギルド以外、どこをどう回ればいいのか分からなかったんだよね」

「どこか行きたいところでもあるんですか?」

「うん、村のみんなに頼まれたお使いと、後は香辛料を手に入れたいんだ。ここでも手に入るけど、胡椒とか、希少なのは中々売ってないからね」

「へえ~……冒険で必要なんですか?」

「それもあるけど、実はミーティアさんにプレゼントしようと思ってさ」

「……え? 私ですか?」

 

 鳳は軽く頷いて、

 

「いつも美味しい料理を作って貰ってるから、その御礼に。本人が一緒に探してくれるんならそれが一番だよ」

「まあ、そんなの気にしないでも良かったんですよ?」

「とんでもない! それに、ミーティアさんのレパートリーが増えたら、俺も嬉しいからね」

 

 と言って屈託なく笑った。ミーティアはその笑顔を見ていると……(なんだろう、幸せを形にしたら、こんな感じなのかしら……)となんだか胸のあたりがざわついてくるのを感じていた。暑くもないのに額から汗が吹き出してくる。

 

 食材がもったいないし、どうせ猫人が殆ど食うんだからと雑に作っていたけれど、面倒くさくても毎日作っていて良かった。こんなに喜んでくれるなら、今度からはもっと心を込めて作ろう……例え、ねこまんまになるとしても。と彼女は思った。

 

 そんな上機嫌な彼女の支度も終わり、鳳はギルド長に挨拶をすると、彼女を連れてギルドの玄関扉に手をかけた。ところが、ドアノブを回すと自動ドアでもないのに、勝手に扉が開いて、突然、外からドタドタと人がなだれ込んできた。

 

「わっ! なんだなんだ?」

 

 鳳が驚いて飛び退くと、さっきまで彼が立っていたところにジャンヌ、ギヨーム、ルーシーの三人がごろごろと転がり込んできた。その体勢を見るからに、ギルドの玄関扉に体を預けていたところ、急に扉を開けられたように見えなくもない。

 

 なんだろう? 出歯亀でもしていたのだろうか……でも、なんのために? 鳳が首を捻っていると、

 

「いやいや、全然そんなことないよ! たまたま来たら、たまたま扉が開いて、たまたま3人揃ってゴロゴロ転がっちゃっただけなんだよ!」

 

 ルーシーが全力で否定する。鳳には彼女が嘘を吐いているようにしか思えなかったが、実際、そんなことをしても誰も得をしないので、

 

「ふーん……不思議なこともあるもんだな。ところでおまえらどうしたんだ? ギルドになんか用? あれ、でも出掛けるって言ってなかったか?」

「いやあ、ミーさんの休暇は今日じゃなかったなと思い出して、訂正に来たんだけど……一足遅かったかな」

 

 鳳はぽんと手を叩いて、

 

「なんだ、わざわざそれを伝えにきてくれたの? なら平気だよ。ミーティアさん休みじゃなかったけど、ギルド長がお休みにしてくれるんだって」

「へえ~……ギルド長が」

 

 奥を覗くとギルド長がにこやかに手を振っている。彼とは一度もこの手の話をしたことがなかったが、わざわざ気を回してくれたということは、目的は一緒のようである。ルーシーは、彼とは美味しい酒を飲めそうだと思った。いや、実際、彼女はお酒を飲めないのであるが……

 

「ところで、おまえら、実は結構暇なんだろう? やっぱり一緒に行くか? ミーティアさん案内してくれるって」

 

 ルーシーが腕組みをしながらしたり顔でウンウンと頷いていると、鳳が一緒行かないかと誘ってきた。三人は慌てて、

 

「いやいや、俺は通勤の途中だから。すぐ牧場に行かなきゃ」「私も出稽古に行く最中よ」「あ~勉強がしたい! 今日はもう帰って勉強がしたいぞ~!」

 

 全力で拒否する三人に、鳳は肩を竦めて見せた。ルーシーに限っては、明らかに心にもないことを言ってるようだが、まあ、来たくないものを無理強いすることもないだろう。鳳は、

 

「そりゃ、残念だな。仕方ないからミーティアさん、そろそろ行こうか? あ、それ持ちますよ」

「あ、はい! どうも……」

 

 鳳はそう言うと、ミーティアが持っていた手荷物を実に自然な素振りで受け取った。あまりにも自然なものだから、ミーティアも釣られてひょいと手渡してしまったが、

 

「わわ! 鳳さん。そんな、わざわざ持っていただかなくてもいいですよ! 自分で持てますから」

「いいよいいよ、付き合って貰ってるんだから、これくらいさせてよ」

 

 鳳はそう言って返事も待たずにツカツカと歩いていく。ミーティアはそんな彼のことを小走りに追い駆けて横に並ぶ。二人は歩きながら押し問答のようなことを続けていたが、やがてミーティアが折れて照れながら何かお礼の言葉を口にしているようだった。

 

 二人は傍から見れば長年連れ添ったカップルのように、実に自然な組み合わせに見えた。ルーシーはそんな二人の後ろ姿を感無量に見送りながらも、なんかしっくり来ないものを感じ、

 

「うーん……なんだろう。鳳くん、意外と手慣れてて、なんか感じ悪いんだけど。私、あんな優しくしてもらったことないよ?」

 

 ルーシーがぽつりと呟くと、それを聞いていたギヨームが、

 

「あいつ金持ちの息子っつってたから、レディーファーストっつーか、こういう教育も受けてんだろ。実際、なにやらせても卒なくこなすもんな」

「そっかあ……そう思ったらなんかムカついてきた。あんなのにミーさんを渡せないよ。石ぶつけてやろう、石を」

「ちょっと、やめなさいよ」

 

 ジャンヌが地面にしゃがんで石を拾おうとするルーシーを羽交い締めにして抱き上げる。ギヨームは何をやってんだよといった目つきで、やれやれと首を振った。実際、あの二人が今後どうなるかは分からないが、ジャンヌが良いというのなら良いんだろう。三人は鳳たちが馬車駅へ消えていくのを見届けてから、それぞれの予定に戻っていった。

 


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