ラストスタリオン   作:水月一人

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はじめまして、彼氏です

 馬車駅はギルドを出てすぐの広場にあった。勇者領は馬車移動が一般に普及しているらしく、ダイヤグラムのある乗合馬車が整備されていた。それに対し、三頭立ての高速馬車は、高いお金を払って雇うハイヤーみたいなものだったが、言うまでもなく、これもこの村の持ち主の物だったから、お願いしたら割りとすんなりと乗せてくれた。

 

 お代は爺さんにツケておいてと言っておいたが、多分一銭も取る気はないだろう。御者は愛想よく馬車のドアを開けると、まるで王侯貴族でも扱うかのように、恭しくミーティアの乗車を手伝ってくれた。

 

 館にある馬車と同型であるから乗り心地はよく、短時間なら鳳のヤワなお尻もどうにか痛まずに済みそうだった。大きめに取られた窓には田園風景が流れ、どこからともなく家畜の鳴き声が聞こえてきて、肥溜めの匂いがした。もしここが異世界だと意識しなければ、どこにでもある、ありふれた日本の田舎を走ってると錯覚したに違いない。

 

 街道を行き交う人々を追い越していくと、その中に鍛冶屋へ向かうマニを見つけた。名前を呼んで手を振ると、始めこちらのことが分からなかったのか目をパチクリさせていたが、鳳だと気づくと嬉しそうに手を振り返してくれた。

 

 馬車は右へカーブし丘へと登る。

 

 以前、猫人たちと訪れた道の駅に到着すると、御者が馬を替えるから少し待っててくれと言った。あの日はたどり着くのに半日掛かったというのに、今日は小一時間もかからずに到着してしまった。流石、高速馬車である。

 

 残念ながら馬車を下りて見て回るような余裕はないが、ここも中々楽しい場所なので、ミーティアに今度一緒に遊びに来ようと誘ってみたら、怒ってるんだか喜んでるんだかよくわからない反応をしていた。

 

 馬を取り替えて更に小一時間ほど走り、のどかな田園地帯が徐々に途切れ、民家が多くなってきたころ、馬車はついにこの国の首都ニューアムステルダムへと到着した。この国に来てからおよそ一ヶ月、近くて遠い縁のない場所だと思っていたが、来てみたら意外とあっさりしたもんだった。

 

 ニューアムステルダムの玄関は、まさに民族の宝庫であった。

 

 国の全ての方向へ向けて放射状に伸びる街道の終着点には、共産主義国みたいな広場がドドンと広がっていて、そこで大道芸人や行商人などが自由に商売をしていた。関税とかはどうなっているんだろうか? と思っていたら、連邦議会が管理している首都は、他の13氏族国とは違って関所のようなものはなく、比較的自由に商売が出来るとミーティアが教えてくれた。

 

 感覚的には楽市楽座のようなものだろうか? 新大陸へ向かう人と物の流れを優先して、こうなっているようである。尤も、為政者が自分の損になるようなことをするわけがないので、きっとこうすることによって得するように出来ているのだろう。

 

 そんなことを漠然と考えながら、村人たちに頼まれたお土産を見て回った。来て早々に荷物を抱えたくはなかったが、ここの市場は問屋を通しているわけではないので、目の前にあるのが全てなのだ。売り切れてしまったらそれまでなので、早めに手に入れて荷物はどこかに預けて置いたほうがいいだろう。

 

 多分、ギルドに言えば預かってくれるだろうと言うミーティアに案内されて、鳳たちは冒険者ギルド本部へと向かった。

 

「え? それでは、高難易度の依頼を受けたいからって、わざわざ首都まで出てきたんですか?」

 

 何しろ広い街であるから、大通りに面しているとはいえ、初見ではギルドまでたどり着くのに苦労しただろう。御礼を言うと、ミーティアが照れくさそうに、そんなのは良いからどうしてギルドに来たがったのかと尋ねてきたので、そう言えばまだ理由を言ってなかったと思い出し、今朝の話をしてみたところ、

 

「でしたら相談していただければ、あの村に居るまま、率先して依頼を回してもらうことも出来ましたよ?」

「え? そうだったの??」

 

 どうやら高難度クエストが見つからなかったのには理由があったらしい。

 

「はい。多分、以前にもお話ししたことがあると思いますけど……冒険者ギルドでは高難度の依頼を、誰でも見ることが出来る掲示板に張り出すことはありません。初心者がうっかり受けてしまったり、無鉄砲な方に失敗されては困るからです」

「ああ、そう言えばそんなこと言ってたなあ……」

 

 確か、ヘルメスで初めてギルドを訪れた時じゃなかったか。遠い昔のことですっかり忘れてしまっていた。

 

「ですから高難度の依頼は、ギルドに登録されている冒険者の中でも、特に高ランクの方々を指名して受けて貰ってます。AランクからEランクまであるんですが、鳳さんたちのパーティーはもちろんAです」

 

 鳳はこの時自分のランクを初めて知った。とはいえ、鳳が凄いわけじゃなく、多分、ジャンヌとギヨームの貢献が大きいのだろうが、

 

「そうなの? じゃあ、どうして回ってこなかったんだろう」

「それは、みなさんがお尋ね者だったからですよ。高難度依頼を受けられるような冒険者がいる場合、我々ギルド職員は、今うちのギルドにこういう冒険者が所属していますって、各地のギルドにお伝えするわけですけど、そんなことしたらみなさんのことが帝国にも筒抜けになっちゃうじゃないですか」

「あー、そう言うことか」

 

 まったく意識していなかったが、知らず識らずのうちにギルドに守ってもらっていたらしい。

 

「ですが、帝国と戦争になってしまったので、勇者領内ではもう身を隠す必要はないのかも知れません。今後は他からも依頼を回して貰えるように手配しましょうか?」

「そうしてもらえる?」

「わかりました。でも、今は難しいかも知れませんね。それこそ、戦争のせいでみんなそっちに忙しそうですから……」

 

 ミーティアの言う通り、冒険者ギルド本部の掲示板は募兵のチラシで埋まってしまっていた。若人よ来たれとかなんとかコピーが書かれた、自衛官募集のポスターみたいなものである。普通の依頼は隅っこの方に追いやられて、殆ど見当たらない。

 

 レオナルドが以前言っていたが、冒険者ギルドは元々、戦後の失業対策として発足した機関だったから、その名残か、戦時中は募兵にかかりきりになってしまうようだった。実際、国がどうなってしまうかわからないような状況で、あまり私的な依頼をデカデカと掲示すると目立ってしまって仕方ないから、ギルドの方でも苦慮しているのだろう。

 

 もし鳳のお眼鏡にかなう依頼があったとしても、掲示板に張り出されることはないから、職員に直接尋ねましょうと、ミーティアに案内されて奥へと進んだ。鳳一人だったら多分どうすることも出来なかっただろうから、本当に一緒に来てもらってよかったとホッと胸をなでおろす。

 

 しかし、鳳のために良かれと思ってやったことが、彼女にはどうやら痛恨のミスだったらしい、

 

「あれ~……? ミーティアじゃないの! いつこっちに帰ってきたの??」

「げっ……エリーゼ、あなたこそ、どうしてここに!?」

「今、本部にヘルプに来てるんだよー! ほら、戦争で忙しいでしょ?」

 

 ミーティアに案内されて職員に質問をしていると、市役所の受付みたいなカウンターの奥で仕事をしていた一人が、ミーティアに気づいて立ち上がり、親しげに声をかけてきた。すると一瞬、彼女はバツが悪そうな表情を見せたが、すぐに愛想笑いを浮かべて、

 

「そ、そうだったんですか、エリーゼ、お久しぶりですね。えーと、そうそう、私は別にこっちに帰ってきたわけじゃなくて、今日はたまたま用事があっただけでして、すぐに帰りますんで、ごきげんよう」

「何言ってるのよ! こんな久しぶりに会えたんだから、お茶でもしましょうよ。アントンも一緒なの。ちょっと待ってて? すぐ彼も呼ぶから」

「いや、お気になさらず、ヘルプなんでしょ? ゆっくり仕事をしててくださいよ」

「そんなわけにはいかないわよ。あ、いたいた、アントン! ねえ、こっち来て! ミーティアが帰ってきてるのよ!」

 

 エリーゼと呼ばれた女性が叫ぶと、奥の方にあった掲示板の前を暇そうにうろちょろしていた男が振り返り、

 

「おお~! ミーティアじゃないか! 久しぶりだな。元気してたか?」

「う……どうも、お久しぶりです……」

「いつ帰ってきたんだよ。おじさんおばさんにはもう会ったか? 帰ってくるなら前もって言ってくれれば良かったのに」

「いえ、ですから、私は別に帰ってきたわけじゃなくて……」

 

 ミーティアがしどろもどろに返事をしていると、エリーゼがにこやかに近づいてきて、

 

「ヘルメスでは大変だったそうね、大森林に飛ばされたとも聞いてたけど……あら? ところで、さっきから気になってたんだけど、こちらの男性は?」

 

 エリーゼのジロリとした視線が突き刺さる。ミーティアが彼女に声を掛けられた瞬間、実に嫌そうな顔をしていたから、きっと他人のふりをしていた方が良いんだろうと思って、わざわざ距離を置いていたのであるが……まさか最初から気づいていたのだろうか? その目敏さに戦慄する。

 

 どうしよう……それでも知らぬ振りをしていた方が良いだろうか……? 鳳がどうすればいいか分からず引きつった笑みを浮かべていると、エリーゼに尋ねられたミーティアがしどろもどろに目を泳がせながら、

 

「そ、その人は、その~……いつもお世話になっている方でして……」

「へ~……黒目黒髪って珍しいねえ~、新大陸の人かしら?」

「いえ! 鳳さんはその……帝国の方で」

「鳳さんって言うんだ。こんなところに来てるってことは冒険者?」

「ええーっと……はい。こう見えて、Aランクの方なんですよ」

「Aランク!? マジで? とてもそうは見えない……」

 

 ほっといてくれたまえ、この野郎。鳳は少々ムカついたが、反論すると面倒なことになりそうだと思って黙っていた。すると感心したそぶりで鳳の顔を見ていたエリーゼが、まるでいたずらっ子のように表情をくるくると変えて、

 

「ねえ、さっきから気になってたんだけど……もしかして、鳳さんって……ミーティアの彼氏?」

 

 畳み掛けるように言われたミーティアの目が、いよいよ宇宙空間に飛び出すんじゃないかという勢いで泳ぎまくっている。

 

 鳳は、おい、やめてやれよ……と思いはしたが、下手に口を出すわけにも行かずに黙って成り行きを見守っていたら、その時、何を血迷ったか、ミーティアが彼の腕にギュッと抱きついて、

 

「そ、そうです! か、彼氏です!」

 

 と叫んだ。

 

 瞬間、さっきまでガヤガヤとうるさかった冒険者ギルド内がしんと静まり返り、あっちこっちからジロジロと遠慮会釈もない視線が飛んできた。中心にいる鳳はまるで針の筵のようだったが……

 

 ともあれ、まさか彼女がそんなことを言い出すとは思いもよらず、

 

「え?」「……え?」「ええ!?」

 

 と三人が三人ともぽかんとしていると、

 

「そ、そうなんだ! ミーティアにも、ついに彼氏が出来たのね!」

 

 最初に復活したエリーゼがそう言って、アントンと呼ばれた男がハッと我を取り戻し、

 

「マジか~! あのミーティアに男がねえ……そうか。それでおじさんおばさんに隠れてこそこそしてたのか。やるなー、ミーティア。はっはっは!」

 

 彼のその笑い声が切っ掛けとなって、止まっていた時がまた動き出した。ミーティアに抱きつかれた鳳は、冒険者ギルドに来ていた人たちの、「ちっ! アベックが」といった視線に耐えながら、

 

「はじめまして、彼氏です」

 

 取り敢えずここは乗るしかないと、まだ信じられないといった表情で、まじまじと見つめている二人に向かって、にこやかに挨拶した。

 

 


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