ラストスタリオン   作:水月一人

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会えて良かった

 ギルドで自分のランクを確かめたら、低レベルのせいで妙な目立ち方をしてしまった。そう言えば、初めて冒険者ギルドへ登録に行ったときも、レベル2だってことでバカにされた記憶がある。思えばあの時、散々バカにしてくれた人と一緒にこんな遠くまで来ているのだから、縁とは不思議なものである。

 

 鳳は職員たちに囲まれながら、どうにか目的の依頼リストの閲覧を許可され、今度はどんな依頼を受けるのか? と多方面から要らぬ相談を受けつつ、依頼を吟味したのだが、残念ながら彼のお眼鏡にかなうような依頼は無かった。やはり、ミーティアも言っている通り、現在は戦争のほうが忙しくて、世間が自粛ムードになってしまってるのだろう。

 

 色々アドバイスしてくれた職員たちに挨拶してミーティアたちの元へ戻ると、さっきまで挑むような目つきだったアントンが、ほんのちょっと大人しくなっていた。彼はCランクだから閲覧を許可されず、待合室で待っていてくれたのだが、その時に恋人のエリーゼに説教されたらしい。

 

「疑うようなこと言って悪かったよ」

 

 そう言うアントンの横で、ミーティアまでしょんぼりしているのは何故なんだろう? ともあれ、別に気にしてないからと返し、少しでも雰囲気を良くしようと、

 

「それより早く街に繰り出しましょうよ。時間がもったいないですよ」

「そうね。鳳さんにこの街の良いところをいっぱい見てもらわなきゃ」

「はい、今日は皆さんのオススメの場所を教えて下さい」

 

 エリーゼが乗っかってきて、どうにか間を持たしてくれた。鳳は出来るだけ波風立てずに下手に出て、今日はお上りさんを決め込もうと心に誓った。

 

 ギルドを出て、馬車を探しているとアントンが寄ってきて、

 

「お前、本当に凄いやつだったんだな。どうやったらAランクになれるんだ? 最近、伸び悩んでて……」

「さあ……僕は目の前にある依頼を必死にこなしていただけですから。ランクとか気にしないのが一番じゃないでしょうか」

「気にするなって言われても、稼ぎに直結するからなあ」

「あとは、仲間を信頼することですね」

「上に行くやつはみんなそう言うよなあ……」

 

 そんなこと俺に聞くなよと言いたくなるようなアドバイスを求められて、適当にお茶を濁していると、女は女同士で会話を繰り広げていた。

 

「本当にいい人と巡り会えて羨ましいわ。ヘルメスに行くって聞いた時はびっくりしちゃったけど。行ってよかったね」

「え、ええ、まあ」

「大森林にも一緒に行ったって、ミーティアが彼のことを追い駆けた?」

「え!? いえいえ、そんな……どうでしょう」

「もう、こっちが聞いてるんじゃない。そう言えば、いま二人はどこに住んでるの? もしかして、一緒に暮らしているとか?」

「まさか! 一緒じゃないですぅ~っ!!」

「そうなんだ。ふーん……ねえ、彼のどんなとこが好きなのかしら」

「はあ!? 私が鳳さんのこと、す、好き!? べべべ別に、すすす好きなんかじゃないですよ、バカですか、あなた、何言ってるんですか!」

「え? 二人は恋人同士なんでしょう?」

「こ、恋人……あああああ、そうでした! ああ゛あ゛あああ゛~~っっ! そげな恥ずかしいこと聞くでねえ!!」

「きゃあっ! 急に北国っぽい方言で怒鳴らないで!?」

 

 駄目だあれは、放っておいたら絶対にボロが出る。鳳は冒険者としてアドバイスを求めてくるアントンを適当にあしらうと、必死に目を通りに走らせ、

 

「ハイヤー! ハイヤー!」

 

 通りかかった無人の馬車に手を振った。彼は二人乗りの馬車を二台止めると、ミーティアの手を取って、

 

「女性を歩かせるなんて気が利きませんでした。ささ、どうぞ、ミーティアさん。こちらにお乗りください」

 

 鳳は慇懃に見えるだけで実際はそうでもない仕草でエスコートすると、有無を言わさずミーティアを馬車に押し込んだ。

 

 まだ話したりなかったのか、男同士で乗ろうぜというアントンを無視して、彼女に続いて馬車に乗り込むと、何もかも分かっていると言いたげにニヤリとした笑みを浮かべて、エリーゼがもう一つの馬車にアントンを引っ張っていった。

 

 ミーティアは密着する肩を滅茶苦茶気にしているようだったが、そんなことに気づかない鳳は馬車に乗り込むと、

 

「御者さん、取り敢えずこの街のメインストリートに……そうだな。洋服屋や仕立て屋のあるとこへお願いできるかな」

 

 音もなくスーッと馬車が動き出す。彼の馬車に続いて、アントンたちの乗った馬車が追い駆けてきた。振り返るとエリーゼがにこやかに手を振っている。鳳も笑顔を返しながら、向こうの馬車には聞こえないくらいの声で、

 

「ミーティアさん、そろそろ落ち着いた?」

「ひ、ひゃい。大丈夫です!」

「こういうの苦手なのかも知んないけど、いい加減、あんまり慌ててるとバレちゃうよ」

「す、すみません……こちらが突き合わせてしまっているというのに、フォローまでさせてしまって」

 

 ミーティアは涙目になって落ち込んでいる。その表情は相変わらず般若のようにしか見えなかったが、鳳はこれでも落ち込んでるんだなと判断すると、空気を和らげるつもりで優しい声色で言った。

 

「ミーティアさんさ、好きとか恋人とか言われても、自分のことだと思わなきゃいいんだよ。自分のことだって意識するから慌てちゃうんだ」

「そ、そうですね。でも、意識しないにはどうすればいいのか……」

「例えばミーティアさんって、演劇とか小説とかって好き?」

 

 彼女は首を捻りながら、

 

「……? そうですね。この街に住んでた時は、年に数回ある大劇場の公演に行くのが楽しみでした」

「なら、今、自分は舞台を演じてると考えるんだ。要するに役者になりきるのさ。例えば俺は、アイザックに味方したせいで国を追われ、身分を隠して旅をしているヘルメス貴族ってことにする」

「鳳さんが貴族ですか……? ぷっ」

「笑うなよ。そんで、あんたはそんな俺の正体を知ってて、周囲にバレないように協力してくれてるギルド職員なんだ。現実と同じだからなりきるのは簡単だろう?」

「ふむふむ……」

「二人はヘルメスで出会い、紆余曲折を経てこの街まで落ち延びてくるんだけど、そこには帝国の魔の手が迫っていた。俺は身分を隠すために冒険者を装っているんだが、そんな俺をフォローするにはミーティアさんの協力が必要だ。そこで四六時中一緒にいられる恋人という身分を偽り、二人は協力して周囲を騙しているんだ」

「ははあ。二人が恋人でないことがバレると、鳳さんが疑われて、帝国に捕まってしまうかも知れないんですね?」

「そうそう、そんな感じ。それであんたは嫌々ながら俺の恋人役を演じているんだ」

「嫌ってことはないですけど……」

「そう? それはそれで嬉しいけど、下手に意識してボロを出したら、俺が捕まってしまうから、ミーティアさんはそれっぽく演じなければならない。そう考えれば、突然、話を振られてもそんなに恥ずかしくないだろう?」

「なるほど……やってみましょう」

「よし、それじゃミッションスタートだ……すみません、御者さん、そこで止めて!」

 

 鳳の合図で馬車が道路の脇に止まった。あとから追い駆けてきていた二人の馬車も続けて止まり、下りてきたアントンがどうかしたのか? と尋ねてくる。

 

「いえ、ミーティアさんと並んで馬車に乗ってて気づきました。僕は冒険に出るつもりで、せっかくのデートだと言うのに、いつもの服装で来てしまいました。このままじゃ彼女に釣り合わないから着替えさせては貰えませんか?」

「はあ? 別にそんなに変な格好じゃないと思うが……」

「あら、彼女のために着飾りたいなんて素敵じゃない。お洋服なら、私いいお店を知ってますよ」

 

 エリーゼのフォローに乗って、鳳たちは彼女の案内するお店にやってきた。そこは村の仕立て屋みたいなオーダーメイドも扱っているが、主に既製服を売っているアパレルショップだった。

 

 揉み手しながら出てきた店員を適当にあしらい、自分の洋服を見るふうを装って、鳳はレディースの服にちらほらと視線を飛ばした。彼はその中にミーティアに似合いそうな服を見つけると、楽しそうにそのミーティアと回っていたエリーゼにこっそりと近づいて、

 

「エリーゼさん、エリーゼさん。ちょっといいですか?」

「なにかしら?」

「これ、ミーティアさんに似合うと思いませんか?」

「え? そうねえ……」

 

 エリーゼは最初、何言ってんだこいつといった渋い表情をしていたが、すぐに鳳が何をしたいのかを察すると、

 

「とっても似合うと思うわ! ちょっと待ってね? ミーティア、こっち来て!」

「なんですか?」

「この服、あなたに似合わない? ちょっと着て見せてよ」

「ええ……? こんなの私に似合いませんよ」

「いいからいいから」

 

 ミーティアはエリーゼにぐいぐいと押されて試着室に入っていった。アントンはつまらなそうに端っこの方でぼんやりしている。店員は二人のやり取りをこっそり見てニヤついていた。鳳は人差し指を口に当てて、しーっと沈黙のジェスチャーをすると、ミーティアが試着室から出てくるのを待って、

 

「ど、どうですか……鳳さん、似合いますか?」

「ああ、なんて素敵なんだ! ミーティアさん。それはまるで、あなたのために誂えられたような服ですね!」

「え、えええー!? そ、そうですか?」

「ええ! とってもお似合いです。そうだ! 良かったら僕にプレゼントさせて貰えませんか? いつもあなたにお世話になっているお礼です」

「ええ!? 悪いですよ……そんな気を使わないでください」

「ううん、気なんて使ってませんよ。僕はただ、恋人にはいつも綺麗でいて欲しいだけなんです。是非、僕のワガママに付き合ってください」

 

 ミーティアはいつもの般若顔にはならずにもじもじしながら、

 

「そ、そんな、綺麗だなんて……もう! 鳳さんってば、みんなの前で恥ずかしいですよ」

「ごめんごめん、ミーティアさん。受け取ってくれる?」

「仕方ないですねえ……そしたら私にもお返しさせてください。実は、さっきあっちで、あなたに似合うシャツを見かけたの」

「……!? ああ! 僕はなんて幸せなんだっ!」

 

 多少わざとらしいが……というかアントンははっきりわざとらしいって顔をしていたが、エリーゼの方には受けが良かった。彼女はしきりに羨ましい羨ましいと連呼して、彼氏にアピールしていたが、彼はぽかんとしているだけでちっとも動く気配がなかった。きっと後で酷い目に遭うだろう。

 

 店員がやってきて、このまま着ていかれますか? と言うのでお願いすると、その場で裾を詰めてくれた。現代と違ってファンタジー世界だから、店員といっても縫製のスキルは驚くほどあるし、工業製品ではないので服も素晴らしく頑丈のようだった。

 

 これならいくら高い金を出しても悪い気はしないぞと満足してると、結局、気の利かないアントンに業を煮やしたエリーゼが不機嫌になったところで、別の店員がやってきてレンタルもしているからと、二人にも服を勧めてきた。4人は新しい、ちょっと派手でミーハーな服に着替えると、また街へと繰り出した。

 

 取り敢えず、お上りさんなら絶対オススメの観光名所に案内してもらったら、街の中心から伸びる大通りに沿って続く劇場街に連れて行かれた。通り沿いに、右を見ても左を見ても、どこまでも劇場が連なっている。

 

 まるでブロードウェイみたいだなと思ったが、考えても見ればニューアムステルダムとはニューヨークの古地名である。この街を作った者は、もしかするとそれを意識していたのかも知れない。

 

 演目は何をやってるんだろうか? と思って見てみたら、なんとシェイクスピアの名前が飛び込んできた。誰かがコピーしたのだろうか、それとも過去に本物が居たのだろうか。ヴェニスの商人を演ってる小屋があったが、シャイロックは何人なんだろう? 気にはなったが、流石に演劇なんか見ていられるほどの時間は無いので、今日は諦め別の日に改めて来ようという話になった。

 

 劇場街を通り抜けて街の広場へとやってくると、あちこちに露店が立ち並び、香ばしい香りが漂ってきた。市場と商店を人々が行き交うのを眺めつつ、オススメのB級グルメをぱくつきながら、次はどこへ行くかと4人で相談する。

 

 デートの定番といえ映画館や美術館なんかもいいだろうが、しかし映画はもちろんやっていないし、美術館は多分、何を見てもわけがわからないだろう。この世界の歴史に詳しくないので、例えば、レオナルド作エミリア像なんてものを見たとしても、なんじゃこりゃ? と思うだけで、ちっとも面白くないわけだ。逆に言えば、歴史をある程度知っていたら、それなりに楽しめるわけだが……

 

 鳳はふと思い立ち、それなら図書館に行くのはどうかと提案してみた。この面子からして図書館デートなんてあり得ないが、純粋に自分が興味あったからだ。

 

 意外にも反対はされなかったのだが、提案はもちろん却下された。というのも、そもそも図書館なんてものはこの街にはないそうなのだ。図書館(ライブラリー)を持つのは金持ちの特権で、この国だと13氏族の王城くらいにしかないらしい。知識の殿堂にアクセスするには、相当強いコネと許可が必要なのだ。

 

 だが本屋なら世界一大きいのがあると言われて、鳳は思わずずっこけそうになった。どうやら、無料で貸し出すという概念がないだけで、本自体はそこそこ流通しているらしい。

 

 是非見てみたいとお願いし、そして連れてこられたのは、現代でも大書店と呼ばれる規模の大きな本屋であった。地下1階、地上5階建てのその建物は、全フロアに所狭しと本が並んでいる、まさに本のデパートである。

 

 入り口に平積みの新刊が並んでいたりはしないが、それでも同じ背表紙の本が並んでいるところを見ると、どうやらこの世界にも活版印刷の技術はあるらしい。ミーティアが言うには、小説が娯楽として定着しているそうだが、流通の方がまだまだ前時代的であるから、ベストセラーが田舎に届くまで相当時間がかかるようだ。

 

 そのため本も大量生産されるわけではなく、せいぜい同人誌レベルの部数しか刷られないので、娯楽本はともかく、専門書なんかは相変わらず物凄い高額で取引されているようだった。

 

 本来なら、この世界の科学レベルを知るために、実用書の類を手に入れたかったのであるが、残念ながら指を咥えて眺めるくらいしか出来なかった。殆どの本は、家が買えてしまうくらいの値段をつけられてしまっていて、手も足も出なかったのだ。

 

 しかし、そうして実用書のコーナーを冷やかして回っていたら、代わりに彼は面白いものを発見してしまった。大昔の偉人が書いたと言う魔術書や祈祷書の中に、相対性理論や量子論を扱ったものが混ざっていたのだ。

 

 この世界にはニュートンだとかダ・ヴィンチだとかがいるわけだし、鳳やジャンヌのような現代人もいるのだから、もしかしてとは思っていたが、どうやら過去の放浪者の中には現代科学をこの世界に蘇らせようとした者も、ちゃんと存在したらしい。

 

 しかし、それらの技術は誰からも理解されることなく、魔術の類として片付けられてしまったようだ。まあ、それも仕方ないことだろう。ついさっきアントンと話したように、この世界にはライフルがあるくせに、場合によっては剣のほうが優秀であるとか、元の世界の常識では測れないような事がありうるのだ。

 

 例えば、レオナルドの作ったティンダーのスクロールがあれば、誰も火打ち石を使ったり、マッチを欲しがったりしないわけだ。すると、鉄を用いた着火具は生まれず、グアノを掘ってリンを手に入れようなんて考えないわけで、その分、科学技術の発展が遅れることになる。

 

 そして放浪者の存在がまたおかしな味付けをしてしまう。ニュートンが惑星の運動から力学を説いたところで、この世界の神様はアブラハムの神ではないので、みんな「あっそうなんだ」と受け入れるだけなのだ。放浪者であり偉人でもある、初代ヘルメス卿が言うのだから、きっと本当なんだろうと、誰もそれ以上考えようとはしない。

 

 だから実用書とは言っても、魔導書とか祈祷書のように誰からも理解されず、そしてこれから先も当分理解されることのない本が生まれたのだろう。

 

 魔法のほうが便利だから、科学が発展しないのだ。科学って、一体なんなんだろう……鳳は思わず唸ってしまった。

 

「お探しの本は見つかりましたか?」

 

 鳳が一人でそんな実用書を開いてニヤついていると、いつの間にか肩を並べるように立っていたミーティアが、彼の顔を覗き込みながら囁いた。ハッとして振り返ると、アントンとエリーゼの二人が退屈そうにあくびを噛み殺していた。

 

 しまった……大量の本を前に、つい我を忘れてしまったが、今はダブルデートの最中だった。それも偽装の。彼女のことを忘れて本に没頭するなんて姿を見せたら、嘘だということがバレてしまう。

 

「これはこれは、大変失礼いたしました。つい本に夢中になってしまい……」

 

 鳳が慌てて二人に謝罪すると、

 

「いえ、お気になさらずに。私たちならいくらでも待ちますから」「ミーティアの彼氏ってインテリなんだな~」

 

 二人共、それほど飽きてはいないようだった。それもそのはず、

 

「女学校時代は、ミーティアによく付き合わされたっけ」「こいつ、本棚に齧りついたら動かなかったからな」

 

 意外にも、ミーティアの趣味も読書であるらしい。なので、趣味が似た者同士お似合いであると、かえって印象は良かったようだ。慌てて話をあわせて、お茶を濁す。

 

 その後、何か一冊でいいからと探し当てたニュートンの著書を手に入れて、四人は本屋から外に出た。まさかあるとは思わなかったが、どうやら初代ヘルメス卿はこっちでも著書を残していたらしい。ミーティア曰く、帝国では禁書扱いだが、勇者領ではもちろんベストセラーなので、多少値が張るとは言っても、十分に手が出る範囲だった。

 

 鳳が手にした本を持ってウキウキしていると、「そうしていると、本当にミーティアの彼氏なんだって実感がわきますね」とエリーゼが言っていた。災い転じて福となすとでも言うべきか。

 

 その後、お詫びを兼ねてゴンドラツアーを奢ることにした。ニューアムステルダムはゼロメートル地帯という水の都だから、縦横無尽に水路が伸びている。ゴンドラは、ヴェニスみたいに観光客なら必ず乗るという定番コースなのだが、案の定、地元の三人は乗ったことがないそうだった。

 

 東京に住んでるとスカイツリーに行きたくないように、なんとなく田舎者みたいで気が引けるらしい。だが、そこが狙い目で、お上りさん丸出しで3人を説得し、無理矢理乗せてしまえば、あとは地元の3人の方がよっぽど楽しんでいるようだった。

 

 人間というものは保守的な生き物だから、元々自分の街が好きなのだ。だからいつもとは違った視点で自分の街を眺めてみると、楽しくてしょうがないのである。デートの行き先に困ったらはとバスに乗れというが、あれは至言だ。どうせ人間の行動範囲なんてたかが知れてるのだから、たまには誰かに行き先を決めてもらうのも、意外な発見もあって乙というものだろう。

 

 ゴンドラツアーでみんなのテンションも上がってきたせいか、二人はもう鳳たちの関係を疑っていないようだった。ミーティアもだいぶ慣れてきたようで、手をつないでも焦ることもなく、鳳がほっぺたにソースをつけていたら、何も言わずにそっとハンカチで拭ってくれた。

 

 それをエリーゼに冷やかされても、まるで動じず、

 

「うるさいですねえ……私のことばかり気にしてないで、そっちの大きい子供の面倒も見てやりなさい」

 

 と逆にやり返すようになっていた。これには言われた二人も苦笑いで、しょうがないなといった感じの顔をしてから、鳳たちに見せつけるように腕を組んでいた。

 

 ゴンドラは終着点の波止場にやってきた。最後は海の見えるレストランで食事をしようと言うプランで、添乗員の声に誘導されてゾロゾロと港を横断する。その時、鳳はふと思い立って、三人をツアーから連れ出した。

 

 どうしたの? と首を傾げる3人に、

 

「せっかくみんなオシャレしてるんですから、あっちの店に入りませんか?」

 

 見れば波止場には観光客が入るようなレストランの他に、上流階級が入るような豪勢なレストランがあった。入り口には黒服が立っていて、やってくる客の服装をチェックしている。見た感じ、よほど奇抜な格好でない限り、正装してれば良さそうだった。

 

「え……あれですか? 中でギャンブルとかやってる、怖そうなお店ですよ?」

 

 ミーティアはドレスコードのあるような店に入ったことがないようで不安そうにしていたが、意外にもエリーゼが乗り気のようで、

 

「いいですねいいですね。一度、ああいうお店に入ってみたかったんです。いっつもミーティアが尻込みするから、結局一度も入れずじまい。ねえ、アントンもいいでしょ?」

 

 アントンが頷き、3対1となったところでミーティアがやれやれと言った感じに折れ、4人は意気揚々と高級レストランへと足を向けた。

 

 ミーティアは緊張しているのか、密着するように鳳に肩を寄せてくる。演技だよな? と思いつつ、そのおっぱいの感触を役得と内心喜んでいたが、結果から言えばこの行動は余計だった。

 

 4人は入り口の服装チェックを突破し、ドキドキしながら店の中へと入った。店はホテルに併設された複合施設で、ドッグレース場やカジノ、プールバーなどが入った巨大アミューズメント施設だった。

 

 中央の吹き抜けのレストランでは生バンドの演奏をバックに若い男女が踊っている。ダンスといっても、ディスコのようなものではなく、鹿鳴館みたいな社交場である。ひらひらした衣装で着飾った男女が、音楽に合わせて踊る姿は中々の見もので、へえ、いいじゃないと思いつつ近づいていったら、

 

「……エリーゼ? エリーゼじゃないか!」

 

 ダンス場横のレストランにいた年配の男性が突然声を掛けてきた。

 

「げっ……お父様……」

「おまえ、どうしてこんな不良しかいないようなところに来ているんだ?」

「そんなの私の勝手でしょう? お父様だっているじゃない!」

「俺は大人だからいいんだ。それにこうやって食事をするのも仕事だ! なのに何だお前、俺の金で育っておきながら、こんなところに出入りして」

「はあ!? そんな子供の頃のことで私の現在まで否定しないでよ! 今はもう、お父様のお金なんて少しも当てにしてないのに!」

「なにおう……だったらお前に今まで掛けてきた金を全部返して見せたらどうなんだ! 安月給のくせに、いっちょまえの口を聞きおって」

 

 どうやら、たまたまエリーゼの父親が来ていたらしい。なんだかえらく感じの悪いおっさんであったが、見たところ、仕事をバリバリこなすビジネスマンといったところだろうか。もしかすると彼女はお金持ちの娘だったのかも知れない。

 

 二人が罵り合いを始めると、たまらずアントンが割って入るが、

 

「あー……エリーゼ、ここは人目もあるから冷静に……」

「だって!」

「むっ……貴様は、まだ娘につきまとっているのか!」

「お久しぶりです、お父さん」

「貴様にお父さん呼ばわりされるいわれはない!!」

 

 結局はアントンも混じって三人でごちゃごちゃと喧嘩を始めてしまった。

 

 どうしたものかと戸惑っていると、父親と一緒に来たらしき連れも同じく戸惑った表情でこちらを見ていたので、お互いになんとなく会釈を交わしていたら、頭皮をバリバリと掻きむしりながらアントンがやってきて、

 

「すまん、鳳、ミーティア。もう少し一緒に楽しみたかったが、俺たちは見ての通り野暮用が出来ちまったようだ。悪いが、ここでお別れだ」

「いえ、こちらこそすみません、俺がこんな店に入ろうなんて言ったばっかりに」

「いいや、全然、今日は楽しかったよ」

 

 アントンはそう言ってから、ふっと力の抜けた表情を見せ、鳳にだけ聞こえる声で、

 

「……正直、ミーティアの彼氏なんつーから、どんなやつなんだと身構えてたが……おまえで良かったよ。あいつ、面倒くさいけど良いやつだから、末永く、仲良くしてやってくれ」

「はあ……あ、はい」

「それじゃ、悪いな。二人とも、会えて良かった」

 

 そう言ってアントンは喧嘩をしている父娘の元へと駆けていった。

 

 取り残された鳳たちはお互いに顔を見合わせると、思ったよりも近いその顔が、なんだか急に気恥ずかしくなってきて、ぱっと離れた。さっきまでなんとも無かったのに、二人きりになった途端にすぐこれだ。人間の心理とは不思議なものである。

 

 彼女が捕まっていた上腕のあたりがジンジンしていた。夜はまだ始まったばかりだった。

 


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