ラストスタリオン   作:水月一人

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うらやまけしからん

「あー! ちっくしょう! むしゃくしゃすんなあ……」

 

 (おおとり)(つくも)は硬いベッドの上から枕をぶん投げた。それは天井に当たって、バサッと床に落っこちた。しんと静まり返る室内に、モクモクと埃が舞い上がる。この部屋に案内してくれた侍従は、突然の来客で部屋の用意が出来なかったと言い訳をしていたが……それでも普通、こんな埃っぽい部屋に通すだろうか? 鼻がムズムズする。心なしか部屋も狭い感じがするし……

 

 鳳は不貞腐れるように横になると壁を見つめた。

 

 それにしても酷い一日だった。

 

 サービス終了の決まったゲームで遊んでいたら、いつの間にか見知らぬ世界に飛ばされていて、ステータスを確認したらみんなはゲームと同じ最強のままなのに、自分だけレベル1なんて……

 

 あの後、練兵場で鳳のステータスについて話し合っていると、みんな急に思い出したかのように疲れが押し寄せてきて、そのままお開きという流れになったのだ。考えても見れば、あっちの世界でゲームで遊んでいた時すでに深夜だったから、鳳たちはかなり長い時間を起きたまま過ごしていたことになる。相当疲れが溜まっていたのだろう。

 

 その後、案内された食堂で食べ物を口にしたら、おっさんのジャンヌがもう限界といった感じで船を漕ぎ始めてしまい、みんなそれぞれの寝室に案内されたのだ。その際、白だけやたらと待たされたのだが……

 

「まさか……他の連中と差をつけたりしてないだろうなあ?」

 

 つぶやきが、虚しく部屋にこだました。

 

 それにしても、どうしてこんなことになってしまったのだろうか……?

 

 そもそもの切っ掛けは鳳がソフィアに告るつもりで、待ち合わせの場所に行くためにキャラチェンしたことだった。

 

 あっちでレベル1のキャラを作った直後に勇者召喚されてしまい、ソフィアには告れず、仲間には差をつけられて、気がつけば一人だけお荷物扱いだ。こんな状態でこっちの世界に残っても、楽しいことなんて何も無さそうだし、戻れるもんならあっちに戻りたいものだが、アイザックの話ではそれは無理ということだった。

 

 呼び出しておきながら無責任な! と怒ったところで、元に戻してくれるわけじゃないし、生活の面倒も見てくれるというのだから、少なくとも暫くは大人しくしておくしかないのだが……もし本当にあっちの世界に戻れないのだとしたら、これから先どう生きていけばいいのだろうか?

 

 最初は、仮に自分一人だけが無能でも、仲間たちと城で面白おかしく暮らして行きゃ良いやと思いもしたが、最後の最後BloodType Cのステータスを知った直後のアイザック達の様子が気にかかる。鳳の予想では、BloodType Cとは魔族の証。つまり人類の敵かも知れないのだ。それを知られてしまった今、城に長く留まるのは自殺行為かも知れない。かと言って、彼のステータスでは、城を出たところで生きていけるかどうかもわからないのだが……

 

「まいったな。軽く詰んでないか、これ?」

 

 もっと慎重に行動するべきだった。女が抱けるとか言われて浮かれていたが、今となっては後悔しかない。好きな子がいるくせに、まったく何をやっているんだ。

 

 鳳はため息を吐いた。

 

 しかし、あんな美人とジャンジャンセックスして、バリバリ子作りしろなんて言われたら、健全な男であれば浮かれないわけにもいかないだろう。実際のところ、彼女らの姿を見ているだけで、チャームの魔法に掛かったかのように思考が停止してしまうのだ。元々、鳳に女っ気がないのも理由ではあるが、神人の女子というのは何もしてなくても男がそうなってしまうくらい奇跡的な美貌を備えているのだ。

 

 それが熱っぽい視線で舌なめずりしながら、自分のことを孕ませるオスを物色しているのだから、カズヤ達が発情期みたいに必死になってアピールしていたのを笑えないだろう。仮にスキルが使えたら、鳳も同じようなことをしていたに違いない。

 

 実際のところ、あの時、練兵場を見下ろしていた神人たちはどうしたんだろうか。

 

 アイザックの話では、彼女たちはヤル気満々なのだそうだが、本当にあの女神もかくやと言わんばかりの美女たちが忍んでくるというのだろうか。まあ、自分のところには来ないだろうが、もしかしたら今頃、カズヤ達の寝室を訪れて、くんずほぐれつ、めくるめく官能の世界が繰り広げられているのでは……

そう思うとチンチンもギンギンになる……

 

 トントン……

 

 と、その時、部屋のドアがノックされた。

 

 鳳はベッドの上で飛び上がった。

 

 え? なに? こんな時間に一体、誰? 今日はもう疲れてるから、話は明日にしようって、みんな言ってたじゃないか。だから、仲間達がこの部屋に訪ねてくるとは思えない。すると今、ドアの向こう側に居るのは城の人間に違いない。

 

 鳳はパンツに手を突っ込んでちんポジを直すと、引き抜いた手のひらを、クンッ……と一嗅ぎした。ちょっと酸っぱい臭いがする。さっきお風呂で一生懸命洗ったはずなのに。でもこれくらいならセーフだよね……

 

 鳳はドキドキと震える胸を抑えながら、出来るだけ平静を装いつつ、部屋のドアを開いた。

 

「あ! 白ちゃん。見つけた、ここに居たのね。探したわ」

 

 STRが23くらいありそうだ。

 

「チェンジ」

 

 鳳はドアをそっ閉じようとしたが、その膂力の前では無意味であった。

 

******************************

 

「なんだよ。俺もう寝ようと思ってたんだよ。話なら明日聞くよ。帰れよ」

「そんなこと言わずに入れてちょうだい。今わたし部屋に戻れないのよ」

 

 鳳はそんなこと知るもんかとグイグイ、ジャンヌを押し返そうとしたが、精霊をも凌駕すると言われた筋力を前にあっけなく敗れ去った。どすこいどすこいと、逆に部屋の奥まで押し込まれて、勢い壁ドンみたいな格好で覆いかぶさられる。

 

「ひっ! やめてっ! 私に乱暴するつもりでしょう!? ホモ漫画みたいに! ホモ漫画みたいに!」

「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい! 襲ったりなんかしないわよ!」

 

 ジャンヌはプイッとそっぽを向いて、ほっぺたをぷくっと膨らませる可愛い(本人は可愛いと思っている)仕草で抗議した。

 

「寧ろ、私の方が襲われそうだから逃げてきたのよ。匿ってちょうだい」

「ああん? どういうことだよ?」

「それがね……私が部屋で気持ちよく眠ってたら、神人の女がやってきて」

 

 ジャンヌが言うには、神人女が話がある風を装って夜這いに来たらしい。その気がなかったジャンヌがびっくりして拒絶すると、まさか断られるとは思わなかった彼女が激昂し、衛兵が駆けつける騒ぎになってしまった。

 

 それをどうにかこうにか収めたまでは良かったものの、今度は別の女がやってきてジャンヌを誘惑しようとする。また騒がれてはたまらないからと、丁寧に追い返したらまた別の女がやってきて、追い返しても追い返しても次々とやってくる城の女どもを前に、眠気がピークに達していた彼はついに切れ、部屋にバリケードを築き上げると、また別のが来たら撃退してちょうだいと、部屋付きのメイドに断ってからベッドに入ったらしい。ところが……

 

「眠ってたらなんか腰の辺りで変な感じがしてね? 仕方なく起きて確かめたら、私の下半身にメイドがまとわりついているのよ。うっとりとした顔で、さも嬉しいでしょうと言わんばかりの目つきで……私のアレを咥えている姿を見つけた時……私はおぞましさに耐えきれず思いっきり彼女を蹴り飛ばして逃げ出したわっっ!!」

「うらやまけしからん……」

 

 思わず本音が先に出てしまったが、鳳はすぐに言い直した。

 

「そのメイドさん生きてるんだろうな? あっちの世界と違って、今のおまえって歩くダンプカーみたいなもんなんだぞ」

「知らないわよ……ああ、思い出しただけで下半身がムズムズしてくる!」

 

 ジャンヌはパンツに手を突っ込んでちんポジを直すと、引き抜いた手のひらを、クンッ……と一嗅ぎした。

 

「やだ、酸っぱい」

「おい、その手でこの部屋のものに触れるなよ!! 絶対に触れるなよ!!」

 

 鳳に怒鳴られたジャンヌは備え付けの水差しで手を洗った。鳳もなんとなく一緒に手を洗った。

 

「話は分かったよ。おまえが種馬になるのはゴメンだって意思表示をしていたことは、城の連中ならみんな知ってるはずなのにな」

 

 それでも、無理を承知でアプローチしてみようとするだけの魅力がジャンヌには……STR23にはあるのだろう。実際、彼の能力は凄まじく、たった一度しか試技をしてなくても、仲間内で最強なことは誰にでも分かるくらいだった。もし仮にジャンヌと結婚して子供が出来たら家名も安泰だと、貴族である彼女らが考えたとしても、それは仕方ないことかも知れない。

 

 それにしても……なんだか年収のことばかり気にしている婚活おばさんみたいで感じが悪い。昼間見た時はその美しさに圧倒されたが、今はものすごく薄っぺらく感じる。尤も、またあれに目の前に立たれたら、そんなこと考えられなくなってしまうのだろうが……

 

 鳳がそんなことをぼんやり考えていると、

 

「そんなわけで、今晩はここに泊めてちょうだい。部屋に帰っても眠れないから」

「はあ!? おおお、俺はそっちの趣味はないぞ! 断固拒否するっっ!!」

「失礼なっ! 襲ったりなんかしないわよ。私のこと何だと思ってるの!?」

「何って、ホモだけど……」

「ゲイに向かってホモって言わないでちょうだいっ!!」

 

 オカマとホモとゲイの違いって何なんだろう。鳳がジャンヌの勢いに圧されて縮こまっていると、彼はプンプンとほっぺたを膨らませながら、

 

「実際、本当に襲ったりしないわよ。私はその……いわゆるネコの方だから、ノンケを襲ったりなんてしないわ」

「えー……ホントかよ?」

 

 それでも鳳が訝しげな表情を向けると、

 

「私は愛されたいのよ。抱かれたいの。襲うんじゃなくて、寧ろ襲われたいのよ。白ちゃん、あんた私を抱ける? 私のこと見て勃起する? 私のシルクワームにイージスアショア出来るって言うの!?」

「おおお、おぞましいこと言うなよっ! 勃起どころか陥没するわいっ!」

「あなたが聞いてきたんじゃないっ! 男はいつもそうやってオカマを傷つけるのよっ!」

 

 オカマって面倒くせえ……鳳は溜息をつくと投げやりに、

 

「わーった。わーかったよ。ホントに泊めるだけだからな? 襲ってきたら舌かんで死ぬからな? ってかイージスアショアってなんだ」

「しつこいわね。絶対襲ったりしないわよ。もう……それじゃ、私はあっちの部屋で寝るから、おやすみ」

 

 ジャンヌはいつまでも警戒を解かない鳳に対し、ムスッとした顔でそう答えると、クローゼットのドアを開けて中に入っていった。何をやってんだろうと思ったら、すぐに中から出てきて、

 

「なにこれ? クローゼットじゃない。この部屋、一部屋しかないの?」

「当たり前じゃないか。おまえんとこは違うのか?」

「私の部屋は寝室とリビングとクローゼットと、お風呂とトイレと、ついでに淫乱メイドがついてたわ。他のみんなもそうだと思うけど」

「くっ……はっきり差をつけられている」

 

 これで確定した。鳳はこの城の者たちに、完全に警戒されているようだ。それは彼がレベル1だからか。それとも……

 

 さっきも考えたことだが、本気でこの城から脱出する方法を考えておいた方が良いかも知れない。なんなら、今すぐにでも逃げ出した方が良いのでは……

 

 そんなことを考えていると、一部屋しかないことを知って足を伸ばして眠ることを断念したジャンヌが、今日の寝床と決めたソファの上で膝を折り曲げ、愚痴るようにこう言った。

 

「それにしても……この部屋暗すぎるわね。どうして明かりをつけないの?」

「ファンタジー世界に電気があるかよ」

「ランプならそこにあるじゃない」

 

 あるけど火種がないと鳳が言いかけた時だった。ジャンヌはランプと一緒に置かれていた一枚の紙を、ひょいとつまみ上げ、

 

「ティンダー」

 

 彼がそう一言呟くと、突然、つまみ上げた紙に火が灯った。

 

 彼はその火種を使ってランプの芯に火を点けると、キュッキュッと音を立てて風防を閉じた。一連の動きに迷いがなくて見逃してしまいそうだったが、もちろん鳳は仰天した。

 

「何いまの!? おまえ、火魔法も使えたっけ!?」

「まさか。案内されたとき教えてもらわなかったの?」

 

 ジャンヌが言うには、これはこっちの世界のマジックアイテムだそうである。スクロールを手にして呪文を唱えれば、誰でも簡単な魔法が使えるらしい。これはティンダーのスクロールだとかで、どんな家庭にも置いてあるマッチみたいなものだとか。

 

 見た目は赤と青の同心円が描かれたただの紙切れにしか見えないが……

 

 鳳はその紙切れをためつすがめつした後、ジャンヌの真似をして火を点けてみた。発声と共に当然のように燃え広がる火を灰皿に落として、彼はそれが消えるまで呆然と見つめ続けた。

 

 昼間も感じたことだが、この豪奢な城といい、マジックアイテムといい、この世界の技術は思ったよりも確かだ。何のチート能力も持たない異世界人が一人で生きていくのは、想像以上に難しいだろう。この城に滞在している間に、どうにかしてその方法を見つけなければいけないが……

 

 彼が黙って火を見つめていると、ジャンヌがまた愚痴るように呟いた。

 

「本当にファンタジー世界なのよね、ここ。魔法一つとってもこれだもん。きっと、まだ見たことがない冒険が待っているはずよ。それに思いを馳せるとワクワクするけど。でも……あーあー……こんなことなら、もう元の世界に帰りたいわ。あっちだって暮らしにくかったけど、少なくともLGBTに理解はあったもの」

 

 最初はファンタジー世界に召喚されたことをジャンヌも喜んでいたようだったが、その目的が異世界人の繁殖の手伝いだと知って、既に心は離れつつあるようだった。もし、彼が城から逃げ出す手助けをしてくれるなら心強いが……

 

「……俺も同感だが。アイザック達が元の世界には戻れないって言ってたのを覚えているか。多分、本当のことだろう」

「そうねえ……でも、本当に帰る方法が無いのか、探すくらいはしてみてもいいんじゃないかしら」

「そうだな。もし、おまえが本気でその方法を探すっていうなら、俺も協力するよ。出来れば俺も、帰れるものなら帰りたいと思ってるんだ」

「あら? 意外ね。白ちゃんはこっちの方が気に入ってるんだと思ってたけど」

 

 寝転がっていたジャンヌが意外そうにソファから身を乗り出して鳳を仰ぎ見る。彼はベッドの上であぐらをかき、腕組みをしながら言った。

 

「この待遇の差を見ろよ? これって俺だけがレベル1の無能だからだろ。今日明日くらいはなんとかなるが、きっとそのうちここを追い出されるんじゃないかと思ってる」

「そうかしら? たまたま部屋が足りなかったからじゃないの? 明日になったらもっといい部屋に案内してくれるわよ、きっと」

「仮にそうだとしたら、今日は部屋が汚いだけで、淫乱メイドはついてきたはずだろ」

「……確かに」

 

 決して淫乱メイドが居ないことが悔しいわけじゃない。状況確認の際に、一つ一つ可能性を潰していったら、自分にもメイドが付けられていないのは不自然だと、気づいただけである。本当だよ?

 

「それにまあ、冷静になって考えてみるとだな、種馬生活ってもんは言うほど楽しくないんじゃないかって、そう思うようになってきたんだよ。

 

 そりゃ、最初の内はめちゃくちゃ嬉しいだろうし、満たされた気分になるだろうけど、それも毎日となると単にしんどいだけだろう? 美人は3日で飽きるっつーし、別の女を次々抱いたところで、刺激は後になるほど薄れるはずだ。そうなってしまったら、もう作業じゃん。

 

 そんなことを、この城に縛り付けられながら、一生続けなきゃならないなんて、軽く悪夢だぜ。いや、別に、俺だけのけ者だからってディスってるわけじゃないぞ。そこんとこちゃんと分かってくれよな?」

 

 ジャンヌは勢いよく餌に食いつく鳩みたいにブンブンと首を縦に振った。

 

「うんうん、分かるわ! 私もそう思ったのよ。でも、みんなが嬉しそうにしてるとそんなこと言い出せないし……自分だけ城から出てくのも不安だったんだわ。でも、もし出来るなら、城を飛び出して、この世界を旅してみたいわよね。きっと素敵な冒険が待っているはずだわ」

「そうだな、きっとそっちの方が断然楽しいはずだよな。おまえのチート能力だって、ここにいるより活かせるだろうし」

「確かに……そう考えると、いつまでもここにいるのがもったいない気がしてきたわ。早く自立しなきゃ」

「……どうだろう。それなら俺と一緒に城を出ないか? 俺は役立たずかも知れないが、荷物持ちくらいにはなるからさ。俺はあっちの世界で会計と経理を学んでいたから金勘定は得意だぞ。料理だって簡単なものなら作れるぞ。よく口がうまい……ゲフンゲフン、交渉力に長けてるとも言われるし、おまえは安心して冒険だけしてくれてれば良いから」

「本当? ……じゃあ、お願いしちゃおうかな。あなたがついてきてくれたら心強いし、そのほうがずっと楽しそうだわ」

「いいともいいとも」

 

 計画通り……鳳はニヤリとほくそ笑んだ。これで財布と用心棒をゲットだぜ。一人で生きていくのは不可能だが、このオカマがいれば百人力だ。正直、城から出ていっても、どうやって金を稼ぐかが一番の頭痛の種だったが、ジャンヌのチート能力があれば、少なくとも食うには困らないはずだ。

 

 なんならどこぞのドラゴンスレイヤーでも見習って、この辺の盗賊を一掃してみてはどうだろうか。奴らに人権はないそうだから、お宝奪い放題だ。ついでに退治した盗賊を手下にすれば、自分の手駒も増えて一石二鳥だ。そうしたらジャンヌに頼らないでも生きていけるし、ゆくゆくは勢力を拡大してどっかの城を落とすのもいいだろう。

 

 そして王になったらハーレムだ! 美人の姉ちゃん達を侍らして、ジャンジャンバリバリ子作りだ! アイザック達の説が正しければ、自分はともかく、自分の子供達は優秀かも知れないから、生まれてきた子供たちを支配して、世界征服してやろう。胸が躍るぞ、くっくっく……

 

 鳳がだらし無い顔で、そんな邪悪な妄想をしていると、

 

「それじゃあ、共闘が決まったところで、私もそっちのベッドに入れてちょうだい?」

「……は? おまえ、何言ってんの?」

「何って……これから一緒に冒険するんでしょう? そしたらこういうことだってあるわよ。宿代を節約するために、同じ部屋に泊まるんだし。野宿で身を寄せ合って寝ることだって、きっとあるわよ。早く慣れてもらわなきゃ……あたたたたた、ソファなんかで丸まってたせいで、腰が痛いわ」

 

 ジャンヌは鳳の返事を待たずにズリズリと這いずりながら、ベッドによじ登ってきた。仰け反った鳳がベッドから転げ落ちる。

 

「いやいやいや、そういう状況になったんならわかるが、どうして今おまえと同衾せにゃならんのだ!」

「恥ずかしがらないでよ。さっきも言ったでしょ? 私がゲイだからって、別に白ちゃんのことを襲ったりはしないわよ……でももし、白ちゃんが私のことを欲しいっていうなら、構わないけど……ポッ」

 

 ジャンヌは品を作って顔を赤らめた。鳳の全身にポツポツとじん麻疹が現れた。

 

「ポッ! じゃねえよ、ポッじゃ! 冗談じゃないわ! 俺にそんな趣味はねえ!」

「だから、安心して寝なさいよ。私から襲うことはないんだから……ふぁ~あ~……いい加減眠くなってきたわ。それじゃ、私は先に寝るわよ。おやすみ」

 

 ジャンヌはそう言うと、鳳の返事を待たずにさっさと布団にくるまって眠ってしまった。彼が入ってこれるように、ベッドと枕の半分がわざとらしく開けてある。

 

「おい、こら。冗談はよせ。そこは俺の寝床だぞ!?」

「グーグー……」

 

 鳳は眠っているジャンヌの肩をユッサユッサと揺さぶったが、STR23はビクともしないで寝息を立てていた。そんなに寝付きの良い人間などいないから絶対狸寝入りなのだが、もはや何をしてもここを退かないという意思表示だろう。

 

「ちくしょう……」

 

 鳳は涙目になりながら、さっきまでジャンヌが寝そべっていたソファで横になった。ジャンヌが膝を抱えて眠っていたソファは、彼にはぴったりサイズだった。

 

 仰向けになって天井を見上げる。天井の片隅で、蜘蛛の巣が獲物を狙っていた。舞い散る埃が、ランプの炎に炙られ、焦げ臭いにおいがしている。

 

 ジャンヌを誘ったのは、もしかしたら早まったかも知れない。そっちの趣味がない鳳にとって、彼との生活はきっとストレスになるだろう。だが、この部屋のみすぼらしさを見る限り、この城で厄介者として生きていくのも、彼にとっては苦痛に違いなかった。

 

 果たしてどっちが正解なのだろうか……鳳はキュッとお尻の穴をすぼめながら、いつまでも寝付けない夜を過ごすのだった。

 


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