ラストスタリオン   作:水月一人

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ゲリーリャ

 木漏れ日にはリラクゼーション効果があるという。こうして森の木々に囲まれているとそれを実感する。なんというか、帰ってきたなあ~……という感じがするのだ。

 

 それは彼自身、この世界に来てから大森林にいる時間が長かったから、そう思うのかも知れない。なんやかんや、彼にとって大森林はホームグラウンドなのだ。こうして小川のせせらぎに耳を澄ませながら、釣り糸を垂らした竿の先端をぼんやり見つめていると、座っている石と同化してしまったかのように、いつからそうしているのか分からなくなってくる。

 

 鳳は大森林に帰ってきた。

 

「んみゃー! んみゃー! そっちいったみゃあ!」「ヘイユー! ミーが追いつめるみゃあ!」「任せるみゃー!」「お魚とったみゃあー!」

 

 なんというか、大所帯になって。

 

 鳳は大森林に帰ってくるなり、ここのところずっと封印されていた釣りをしようと、いそいそと小川までやってきた。ヴィンチ村では用水路くらいでしか釣りが出来ず、ボヘミア山中では水場を探すことすら困難だったので、こういった釣りらしい釣りをするのは本当に久しぶりだったのだ。

 

 ところが、そんな彼の唯一の楽しみを邪魔するやつらがいる。バシャバシャと川の中を走り回る猫人たちにキレて、鳳は大声をあげた。

 

「おい、こら、猫ども! いい加減にしろ! 魚が逃げちゃうじゃないか!!」

「みゃ~! 隊長のやり方はまどろっこしいみゃ」「手づかみのほうが早いみゃ」「ミー達の方がいっぱい獲れてるみゃ~」

「それはお前らが川を荒らすせいだろうが! さっきから、俺の行く先々で邪魔ばかりしやがって。ついてくるなって言ってるだろ!?」

「嫌みゃ」「隊長が居るところは、お魚もいっぱいいるみゃあ」「入れ食いみゃ」

「このやろ……確信犯だったのか!」

 

 鳳と猫人たちが、どけどかないと押し問答を続けていると、川の向こう側の茂みがガサガサと揺れて、数人の狼人がひょっこり帰ってきた。誇らしげな彼らの背中を見れば、二頭のイノシシっぽい魔物が木の棒に吊り下げられている。まるまると太った胴体は肉付きがよく、既に首をかき切り血抜きも済ませているようだ。

 

 おお! これでまた食事が充実するぞ……と思っていたら、狼人たちは猫人たちが作った生簀を覗き込みながら、

 

「何だ? 猫人どもは、まだたったのこれしか獲れてないのか?」「猫人は、人に飼われて久しいと聞くからな」「自分で獲物を取れなくなった獣人なんて、獣人とは言えないな」

「にゃにおう!」「ミー達はそんじょそこらの飼い猫と違うみゃー!」「独立独歩の愚連隊、ゴブリン退治のエキスパートみゃ」「所詮、大森林から追い出されただけのワンコとはわけが違うみゃー!」

「なんだと!? 黙って聞いていたらこのやろう!」

「死にたいユーから掛かってくるみゃ!」

 

 犬猿……ではなく、犬猫の仲と言えば良いのだろうか? 狼人と猫人は、何故か仲が悪かった。絶えず競争意識を燃やしてすぐに喧嘩を始めるから扱いにくい。

 

「まあまあ、どちらも喧嘩はよくないですよ。昨晩は猫さんたちの方が獲物を多く獲れたのですから、ここは痛み分けということで良ろしいではございませんか」

 

 しかしそんな風に双方の喧嘩が始まると、決まって蜥蜴人がやってきて、仲裁をしてくれるので助かっていた。狼人も猫人も、何故か蜥蜴人が苦手らしく、彼らが出てくると大人しく話を聞いてくれる。蜥蜴人はそれほど強くないのだが、爬虫類を恐れるような遺伝子でも組み込まれているのだろうか? 大森林の摂理とは、自然のようで不自然な、複雑怪奇なものである。

 

 そんなことを考えていると、キャンプ地の方からカンカンと鍋を叩く音がして、

 

「みんなー! ご飯できたよーっ!」

 

 金髪に紫の瞳をしたメアリーがぴょんぴょんと飛び跳ねていた。その向こう側には大鍋をでっかいしゃもじ……というか(カイ)みたいに先を平べったくした丸太でかき混ぜているジャンヌが見える。芋煮みたいなものを作っているのだが、彼がああしていると地獄の釜をかき混ぜているようにしか見えなかった。

 

「飯みゃー!」

 

 ご飯と聞いて猫人たちがすっ飛んでいく。負けじと狼人たちも獲物をえっほえっほと担ぎながら駆けていった。彼らは自分たちの荷物からそれぞれのお椀を取り出すと、行儀よく鍋の前に整列して配給を待っていた。

 

「ミーは大盛りにしてほしいみゃ」「俺は肉を多めにしてくれ」「私のより、こちらの方が多くないですかな?」「汁ばっかりみゃ! やり直しを要求するみゃ!」「もう! みんな勝手なことばっかり言わないでよ。ちゃんと公平に分けてるわよっ!」

 

 鍋の周りには白衣を来た人間たちも居て、彼らは副菜の山菜や蜥蜴人用に取っておいた生の腐肉などを選り分けていた。まるで小学校の給食のような光景であるが、彼らはれっきとした軍人である。

 

「うみゃうみゃー!」「ご飯おいしいみゃー」「しかし、味付けがちょっと物足りないな」「悪かったわねえ、だったら食べなくていいわよ」「そんなつもりは……」「よろしければ、私の腐肉を分けて差し上げましょうか」「いらんいらん! 臭いから鼻に近づけないでくれ……」

 

 ガッツガッツと給食を貪り食う獣人たちは、まるで野性の獣のようだった。みんなどことなくお気楽で、これから命のやり取りをしようという顔をしていない。それを見て不安に思ったのだろうか、ボヘミア砦からついてきたヴァルトシュタインの副官の一人、テリーが鳳に耳打ちするように言った。

 

「隊長……本当に大丈夫なんでしょうか。こんな連中ばかりで」

「大丈夫じゃないの。あんたは知らないのかも知れないが、獣人は獲物を狩ることにかけては人間の比じゃないんだぜ」

「獲物ではなくて……帝国軍人は野生動物とは違って武器を持っている人間ですよ?」

「だから尚更心配要らないと思うんだけど」

 

 いくら重火器で武装しようが、人間は所詮人間である。森の中を時速30キロで走り回ったり、数メートルはある木に一瞬で登ったり、そういうことは出来ない。ところが、ここにいる連中は、そういう獲物を毎日のように相手しているのだ。そのために、じっと茂みの中に隠れて、何時間も待ち続けることだって出来る。森林戦では、獣人の右に出る者はいないだろう。

 

 とはいえ、帝国の補給部隊は千人規模という。その数だけを聞けば、確かに彼が不安になるのも仕方ないことだろう。だが一度でも森林での戦いを経験すれば、こんな数などただの虚仮威しに過ぎないことが分かるのだが……

 

 もう既に再三に渡って説明している森林戦の極意を、鳳がまた掻い摘んで説明しようとしているときだった。斥候部隊を率いて偵察に行っていたはずのギヨームが、一人で帰ってきて、鳳を見つけるや駆け寄ってきた。

 

「おい、鳳。ついに帝国の輸送部隊が見えたぜ。今は街道をゆっくり南進中で、明日にもこの辺りを通過するだろう。部隊の連中に見張らせているが、向こうも前衛偵察を出しているから、そろそろここで火を使うのはやめておいたほうが良い」

「そうか、いよいよだな」

「敵は言われている通り、千人規模の軍隊だ。荷車が延々と1キロ位続いている。全員が銃なり剣なりで武装しているが、本当に俺たちだけで大丈夫なのか?」

「おまえまでそんなこと言いだすのかよ」

 

 鳳はやれやれと首を鳴らすと、その場で立ち上がってみんなに聞こえるように言った。

 

「あー、食べながらでいいから聞いてくれ。みんな食事に関して、大いに不満があるだろうが、今日までの辛抱だ。明日、帝国軍がここのすぐ近くを通過する。俺たちの目的は、そんな奴らから物資を奪うことだ。帝国軍は、美味いものをたらふく食ってるらしいぞ。上手くいけば、今日よりももっと美味いものにありつけるはずだから、気合を入れて作戦に臨んでくれ。俺からは以上だ」

 

 鳳がそう言うと、それを黙って聞いていた獣人達はまた和気あいあいと食事に戻り、今度はどっちが多くの物資を奪うか勝負だと軽口を叩きあっていた。みんな自分勝手なことを言って、規律もへったくれもない。それを見ていた副官のテリーはますます不安にかられたようだが、鳳はそれほど気にしなかった。

 

***********************************

 

 ヴァルトシュタインとの会話後、改めて彼から後方連絡線を破壊する任務を請け負った鳳は、ボヘミア砦を出て大森林へ向かうことにした。メンバーはいつもの、ジャンヌ、ギヨーム、それからメアリーである。

 

 ルーシーは置いてきた。この戦いについてこれない……わけではなく、怖い姉弟子に捕まっているからである。現代魔法の使い手がいなくなるのはかなりの痛手であったが、それで彼女のスキルアップが図れるなら良しとしよう。

 

 大森林と一口に言っても範囲が広いので、その目的地を詳しく言えば、ヘルメス領と勇者領を結ぶ唯一の街道である。

 

 帝国と勇者領を繋ぐ街道は一本しかなく、それ以外で双方の国を結ぶ連絡路は、勇者領の船が牛耳っている海路か、トカゲ商人が通る大森林の道なき道しかない。従って、糧食を母国からの兵站に頼っている帝国軍は、ここを押さえられてしまうと死活問題であるため、必要以上に警戒をしていた。これまで何度も言及した通り、物資を運ぶための千人の部隊が、この大森林の中を行ったり来たりしているのはそういうわけである。

 

 鳳は、これを襲撃し、帝国からの供給を分断するという任務を負った。それは当初ヴァルトシュタインも考えたことだが、とても不可能と断念した作戦だった。だが、彼はそんな歴戦の傭兵王ですら不可能と言ったことを、たった50人でやろうとしていたのだ。

 

 それを聞いた時、ヴァルトシュタインも、鳳の仲間たちもそんなことは不可能だと反対をしたくらいだった。それでも彼が自信を持ってこの作戦が可能であると言い切れたのが何故かといえば、そこに先駆者がいたからだった。わずか20名足らずで密林に潜伏し、1万人以上の正規軍を撃退した、キューバ革命軍である。

 

 森林戦は、古くは大国ソビエトを撃退したフィンランドの冬戦争、歴史上アメリカ合衆国が唯一敗北したベトナム戦争など、決して国力に勝るほうが勝つとは言い切れない側面がある。その理由は、森林という地形が少数勢力に非常に有利に働くからだ。

 

 キューバ革命の英雄チェ・ゲバラは、革命後に著書『ゲリラ戦争』でその戦術を事細かに解説している。彼は後に続く自分のような革命勢力のために、その方法を書き記したつもりだったが……皮肉にもそれは寧ろ体制側に熱心に研究され、手の内を知り尽くしたCIAに追い詰められ、彼は生涯を終えることとなる。

 

 それはさておき、彼の戦術は至ってシンプルなものだった。少数の利を生かし、機動力で敵の先手を打ち、有利な地形を選び、常に奇襲で攻撃し、素早いヒットアンドアウェイを心がける。補給は敵から奪うことで賄えば、敵がいる限り、ゲリラもまた生き続けられるというわけだ。

 

 そんなことが出来れば苦労がないと言いたくもなるが、それが出来てしまったから革命が成功したわけである。

 

 キューバ革命軍がジャングルに籠もってから、政府軍も手をこまねいていてわけではない。政府軍はゲリラの活動拠点であるジャングルに大きな基地を作って、ゲリラ撃退に動き出した。ところが、この行動が裏目に出た。大きな拠点を作るには物資を運び入れる必要があるが、この補給部隊が狙われたのである。

 

 森林にはいくらでも遮蔽物があり、少数のゲリラは素早い移動で有利な地形を選んで待ち構え、好きなタイミングで補給部隊を襲うことが出来る。補給部隊はゲリラがどこに潜んでいるかはまずわからないから、常に奇襲を受けることになる。さらには、補給部隊は規模が大きくなるほどその隊列が伸びやすい。狭い森道を行くには、どうしても縦列を作らなければならないからだ。

 

 ゲリラはこの時、先頭でも最後尾でもなく、常に中央を狙った。こうすれば、前後を分断された補給部隊が必ず麻痺するのだ。前後からすぐに挟み撃ちし返せば問題ないのにと思うだろうが、何もないと思っていた密林でいきなり襲撃されると、人間はそうは考えられないらしい。

 

 前後に伸びた補給部隊は、先頭と最後尾でお互いに常に連絡を取っているわけでもないから、襲撃の規模がどれほどのものかがわからない。すると例えば、先頭の部隊はこのまま進むか、救援に向かうかと判断に迷う。最後尾の部隊はその逆だ。

 

 また森林という視界が確保できない土地を利用し、敵よりも少ない兵力で包囲するという離れ業もやってのけた。人間は見えない敵から一方的に攻撃されると、相手が極端に大きく見えるようである。

 

 こうして敵軍がパニックになっている間に、ゲリラは襲撃した部隊から物資を奪い、ようやく救援にかけつけた前後の部隊にヒットアンドアウェイをかけるわけである。敵軍はもしかするとゲリラを追い掛けてくるかも知れないが、密林を庭にしているゲリラと、そうではない追撃部隊とでは、どちらが有利かは言うまでもない。

 

 鳳は正にこの方法を踏襲した。

 

 帝国軍の補給部隊が通る街道に、狩りのエキスパートである猫人と狼人を伏せておき、それが通過するのを待ってから、その中腹に奇襲を仕掛けた。

 

 襲撃された荷車部隊は、突然現れた獣人達にまったく抵抗できず、即座に制圧された。驚いた前後の部隊だけが武器を構えて抵抗を見せたが、1キロ近くも長く伸びた補給部隊の殆どは、何が起きたか分からずに動揺するだけだった。

 

 鳳たちゲリラ部隊は前後の部隊にだけ応戦し、その隙に非武装の蜥蜴人が駆け寄って帝国軍の物資をひょいひょいと運び出してしまった。彼らは大森林をホームにする行商人でもあるから、物資を運ぶことに長けているのだ。

 

 やがて、混乱から回復した敵補給部隊から増援がやってくると、鳳は笛を吹いて撤収の合図をし、帝国軍を襲っていた獣人達はその笛を聞いて、手近にあった物資を掴んでスタコラサッサと逃げ出した。

 

「メアリー!」

 

 撤収が決まるとすかさずメアリーがファイヤーボールを飛ばし、敵補給部隊の荷車を燃やした。残った敵物資をまた有効活用されないようにと、火を消そうとする彼らを足止めする意味もある。

 

 そんなことをせずに最初からスタンクラウドなりをお見舞いしてやればいいと思うかも知れないが、そこはそれ、こっちに神人がいると分かると相手も神人を出してきかねないから、その隠蔽のためである。尤も、神人が出てきたところで、それを避けて奇襲をかければいいのだから、やることは変わらないのだが……

 

「うう……なんだか私、今回はやることないわね」

 

 メアリーはぶつくさ言っていたが、敵の物資を瞬時に焼くことが出来るのは非常にありがたかった。普通だったら燃料をかけてじわじわ焼くしか無いのだから。それに、彼女の魔法は寧ろ撤退戦でこそ役に立つのだ。

 

「白ちゃん、敵が追い掛けてくるわ」

 

 横に並んだジャンヌが背後の敵兵の存在を示唆する。鳳は頷くと、

 

「足止めして、出来る限り殺すなよ! メアリー、もいっちょ頼む」

「わかったわ」

 

 メアリーがスリープクラウドを唱えると、背後から追い掛けてきた敵兵の何人かがその場でパタパタと倒れて眠ってしまった。驚いて立ち止まる敵兵に、更にジャンヌや獣人たち、武闘派が襲いかかる。

 

 こうして生きたまま捕らえた捕虜を、鳳たちは拠点に連れて帰った。

 

 拠点に連れて来られた彼らは、戦闘が一段落すると武装解除されて一列に並べられた。不安そうにゲリラ隊のことを見つめている敵兵の前に、ヴァルトシュタインの副官であるテリーが歩み出る。彼はヘルメス国の難民出身者であり、今回の戦争の被害者でもあった。

 

「帝国兵の諸君。落ち着きたまえ。まずは我々は君たちを害するつもりがないことを約束しよう。実は私は君たちと同じ帝国はヘルメスの出身者だ。帝国に居た頃は圧制者に苦しめられ、毎年要求される年貢に汲々とする日々だった。挙句の果てに、為政者であるアイザック11世が敗れると、我々の故郷は次の為政者の都合によって弾圧され、私は故郷から逃げざるを得なくなった。だが、今はそれで良かったと思っている。

 

 勇者領へ渡った私はそこで自らの足で立ち上がることを知った。そこに苦労がないと言えば嘘になるが、少なくとも自分で手に入れた物を理不尽に奪われることは無くなった。なんて簡単なんだと思った。今までは鄙びた農村で与えられた仕事だけをして一生を終えると思っていたが、それは私に立ち上がる勇気が無かっただけなのだ。外へ飛び出してしまえば、そこには自由が広がっていたのだ。

 

 現実は過酷で、何時その身に不幸が降りかかるかはわからない。抵抗しない限り、我々は為政者の都合によって収奪されているだけなのだ。君たちは帝国兵であるが、それは誰のためであるのか。君たちは軍人というが、それは皇帝陛下のために命を捧げたからか? それとも、領主のためなのか? 違うだろう、君たちは愛する家族のために立ち上がったのだ。しかしその家族が生きるための糧を、為政者たちは自分たちの都合で奪っているのが現実だ。本当に、このままでいいのか? そんな生活が、君の子供や孫の代まで続いてもいいのだろうか? 自由を勝ち取ろうとは思わないのか。

 

 我々、義勇軍は圧政に立ち向かうために立ち上がったのだ。ここでは皆が平等で、自由だ。誰からも束縛されることはない。過酷な年貢を取り立てられることもない。新たな秩序を自らの意志で勝ち取ろうとしているのだ。無論、君たちの今の生活を否定するつもりはない。だが、もしも我々の活動に興味があるなら、諸君らも義勇軍となって共に立ち上がらないか? もしその意志があるなら、我々義勇軍は諸君らを歓迎する。以上だ。話を聞いてくれてありがとう。君たちは自由だ」

 

 テリーの演説が終わっても、捕虜たちは一歩も動かずにぽかんとしていた。目の前の男が何を言っているのか分からないが、何故か拘束が解かれ、自由だと言われているような気がする。

 

 捕虜の中のひとりが恐る恐る尋ねた。

 

「あの……俺たちを逃してくれるのか?」

「ああ、もちろんだ。最初に言っただろう。我々は君たちを害するつもりはない。我々の敵はあくまで帝国、圧制者なのだ」

「は……はあ……」

「この後、我々の仲間が君たちを街道まで送ろう。そこで君たちは本隊に合流するなり、そのままヘルメス領に帰るなりすればいい。君たちは自由だ」

 

 捕虜たちは狐につままれたような表情をしていた。そりゃそうであろう、普通なら捕虜として交渉の材料にされるか、腕の一本二本は覚悟していたはずだ。それが何の拘束もされずに放置され、更には送迎までしてくると言うのである。これじゃ何のために追撃していたのかわからない。

 

 それはギヨームも感じていたようで、

 

「ありゃあ、一体何のつもりだ?」

「あれはプロパガンダだ」

「プロパ……? なんだか分からんが、タダで返すなんてもったいなくないか?」

「いいんだよ。相手が交渉に応じてくれなければ、捕虜はただのお荷物だからな。それよりも、こちらの主張を一方的に流してくれるスピーカーになってくれた方が、ずっと役に立つってもんさ」

 

 解放された後、帝国軍に戻った彼らは将校たちから尋問され、仲間たちに質問をされるだろう。そのたびに彼らは義勇軍が自由のために戦っているということを説明してくれるはずだ。始めのうちは馬鹿馬鹿しいと一蹴されるだろうが、これが続けば聞く方の意識も変わってくる。

 

 捕虜を解放することで、こちらの動きが察知される危険はあるが、そもそもゲリラとは、特定の拠点をもたずに動き続ける軍隊なのだ。

 

「補給部隊が森を抜けるまでに、もう一戦くらい出来るだろう。あいつらは今ごろ、奪われた物資の確認をしたり、俺たちの追撃がないかと警戒しているはずだ。この隙に前に回り込んで、また同じように奇襲をかける」

 

 大森林を突き抜ける街道は非常に長く、大部隊が通り抜けるまでには一週間は必要だ。つまり襲撃ポイントはいくらでもあるということである。彼らは難民がここを抜けるのに、どれだけ苦労したかを今ごろ痛感しているだろう。尤も、それは怖い魔物に襲われることではなくて、いつゲリラに襲撃されるかわからないという恐怖に変わっているのだが。

 

 鳳たちゲリラ部隊は、こうして大森林の中を縦横無尽に駆け回り、補給部隊をチクチクと攻撃し続けた。その一回一回は大した被害でなかったとしても、それが続けられているうちに被害はどんどん積み重なっていき、やがて帝国軍が無視できないほど大きくなっていくのだった。

 

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