ゲリラ部隊を率いて補給線を叩き続けた鳳たちによって、ついに帝国軍は瓦解した。小さなほころびから総崩れとなった帝国軍には、もはや勇者軍の攻勢を食い止める力はなく、アルマ国境での決戦に敗れ、止めを刺される結果となった。
鳳たちが大森林から引き揚げてくると、アルマ国では帝国残党と勇者軍が最後の攻防戦をしている真っ最中であった。高みの見物を決め込んだ鳳は、丘に登って攻防戦を見ながら自分のステータスを弄っていたところ、パーティーメンバーの中にガルガンチュアの名前を見つけた。
唐突に現れた名前、そしてマニの助けを呼ぶ声を聞いた彼がどうしたものかと思案に暮れていると、そんな彼の姿を見つけた義勇軍の者たちが駆けつけてきた。
「おお、鳳よ! よくやってくれた! おまえたちはたった50人で3万人の帝国軍を撃退した英雄だ!」
ヴァルトシュタインは丘の上に鳳の姿を見つけると、黒い愛馬から飛び降りるように下馬し、両手を広げて駆け寄ってきては、ガバっと鳳の体を抱きしめた。そんな熱烈な歓迎を受けるとは思わず、いきなり屈強な男にぎゅうぎゅうと締め付けられた彼はゲホゲホと咳き込みながら、
「ちょっ! 離れろ、おっさん。おっさんにそんなことされても嬉しくないわ」
「そう言うな、俺が嬉しいんだ。黙って歓迎されていろ」
「気持ち悪いっつってんだよ!」
鳳は体を捻るようにしておっさんの抱擁から逃れると、ぜえぜえと荒い息を吐きながら膝に手をついた。歓迎してくれるのは有り難いが、もう少し他に方法は無いものか。思ったよりも熱い性格であったヴァルトシュタインのさらなる抱擁から逃れつつ、比較的落ち着いて見えるスカーサハに戦況を尋ねた。
「スカーサハさん、俺達はさっき森から出てきたばかりなんですよ。決戦には勝ったようだけど、その後の首尾はどうなんですか。まだ残党が残ってるようだけど」
「ええ、補給を絶たれた帝国軍は士気崩壊をおこして、もう本体同士がぶつかりあえるほどの力を残していなかったわ。二日前、アルマ国境での会戦で我々が勝利して、今回の戦争は終結したと考えていいでしょう」
「じゃあ、あの王城でやってるドンパチは?」
「今は王城に残っていた敗残兵を、アルマ国のパルチザンが突入し、追い詰めているところなのです。勇者軍の将兵の中には、さっさと王城を落とせばいいという意見も多いのですが、我々は今後のアルマ国のことを考えて、止めの一撃を国民に譲ったのです。もしこのまま我々が城に突入したら、アルマ国は独立のチャンスを失います。それでは進駐軍が帝国から勇者軍に変わるだけじゃないですか」
「ああ、なるほど、何を手こずってるのかと思えば、そういうことか……」
人間も暮らしも中世に毛が生えた程度の世界なのに、こういった感覚はやけに近代的なのは放浪者がいるせいだろうか。鳳が得心して頷いていると、ヴァルトシュタインが代わって、
「俺たち義勇軍は、アルマ国王の呼びかけによって決起した。なのに、そのアルマ国が無くなってしまっては意味がないだろう。それで他の国の連中に手出し無用と牽制したんだ。彼らは最初は渋ったが、結局、敵に大打撃を与えたのはすべておまえのお陰なんだから、そう言ってやったら黙るしかなかったようだぜ」
「俺は後方で敵を撹乱してただけだよ。やり方さえ分かれば誰にでも出来る」
「謙遜するな。その方法を誰も思いつかなかった時点で、おまえの手柄だ」
「だとしても……帝国がボヘミア砦に釘付けになっていなければ、この作戦は不可能だった。帝国がもし自由に領内を動けていたら、彼らは好きな時に物資を調達することが出来て、糧道を断つ意味はなかったかも知れない。そもそも、あんたらが起たなければ、ニューアムステルダムはとっくに落ちていたかも知れないのだし、だから、今回のことはあんたの手柄だよ。俺じゃない」
鳳が面倒くさそうにそう言うと、ヴァルトシュタインは目を瞬かせながら、
「……欲のない男だな。普通、これだけの手柄を上げたらもっと大騒ぎするもんだぜ?」
「自分の手柄だと思ってないんだからしょうがないだろう。あんただって、俺がこんだけ譲ってやってんだから、自分の手柄だって喜べばいいじゃねえか」
「それじゃ俺のプライドが許さん。俺はこれでも軍人だからな。誰の力が一番か、わかっているつもりだ」
「俺は軍人どころか、この国の人間でも無いんだよ。よくわからないから、もうほっといてくれ」
鳳とヴァルトシュタインがお互いに手柄を擦り付けあっていると、それを見ていたスカーサハが苦笑気味に呟いた。
「二人共、似た者同士なのですね……言ってることとやってることが、真逆のように見えて、殆ど同じだわ」
多分、二人の耳に届いたら、声を揃えて否定しただろう。
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アルマ王城はその日のうちに陥落した。夕日に照らされたアルマ国の国旗が王城に揚げられると、それを取り巻く城下町のあちこちから、怒号のような歓声が上がった。
間もなくパルチザンのリーダーがやってきて、そこに布陣していた勇者軍への感謝を口にすると共に、軍の城下への立ち入りを歓迎した。それを受けて今度こそ完全勝利を確信した勇者軍の中から、自然と勝鬨の声が上がった。
ともあれ、総勢3万に上る勇者軍が一斉に入ることは出来ないから、城下へは勇者軍の将兵が数名と、それから連邦議会から派遣された観戦武官が入った。その中には鳳パーティーも含まれており、彼はなんで自分までとブツブツ言いながらも、ヴァルトシュタインに引きずられるようにしてアルマ城下へと入っていった。
帝国に進駐されていたとは言え、アルマ国の城下町は見たところ綺麗なままだった。それは戦闘を避けるためだったから当然かも知れないが、しかし対する王城の方は、最後の攻防戦を繰り広げた場所だけあって、戦火の爪痕が生々しく、見るも無残なものだった。美しかった白い壁は、あちこちに爆風を受けた跡や、血の痕がこびりついている。
王城に入ってすぐの広間には、そこを占拠していた敗残兵たちが縛り付けられており、絶望して焦点の合わない瞳をしたまま呆然としている者や、負けを悟って自殺を図るも失敗したというような者たちが、お通夜の席のように項垂れていた。
スカーサハは、手当をしなければ死んでしまう者は医務室へ運び、それ以外の者たちはどこかへ監禁するようにパルチザンに指示した。元近衛兵であったパルチザンのリーダーは、それなら地下牢があるからそこへ入れようと言い、兵士たちを地下牢へと連行していった。
そして彼らは、そこにアルマ国王が繋がれているのを発見したのだった。
「陛下っ! ああ、なんとおいたわしや……」
牢屋の中にアルマ国王が繋がれているのを見つけたパルチザンのリーダーは、引き連れていた帝国兵を突き飛ばすと、慌てて牢屋の鍵を開けて、中にいたアルマ国王に駆け寄った。
いつからここに閉じ込められていたのだろうか? ボロボロの衣服を身にまとい、憔悴しきった顔をした国王は、解放されるとフラフラと力なくその場に倒れこみ、それを慌ててリーダーが抱き上げるのであった。
貧血でも起こしたのか、国王は呆然とした表情でリーダーの顔を見上げ、
「おお……おまえは近衛の……そうか。私は助かったのか」
「はい、陛下! ここにいる勇者軍の皆様のお陰です」
リーダーがそう言って、彼らのことを取り巻くように見ていた鳳たちを紹介すると、それまで呆然としていた国王の瞳に光が戻り、彼は自分を取り巻く人々をぐるりと見渡すと、突然、力なくぐったりと項垂れ、
「では、あなた方が帝国軍を追い払ってくれたのか……すまなかった」
国王はそう言うと、とても一国の王がすることとは思えないくらい、深々と頭を下げた。慌ててリーダーが彼を抱き起こそうとするが、国王はそんなリーダーを突き飛ばすように制すると、そのままの姿勢で謝罪の言葉を口にした。
「私は帝国軍を招き入れた張本人だ。そのことはどんなに謝罪しても許されることではないだろう。だが、あの時、国民を守るためには、私にはこうするより方法が無かったのだ。帝国は、あなた方のお陰で、どうやら撃退することが出来たらしい。だが、そもそも私が彼らを招き入れるようなことがなければ、こんなことにはならなかったはずなのだ。だから私は裁かれても仕方がないと思っている。だが……私はどうなってもいい、だが、国民のことだけは……どうか助けて欲しいのだ。それが私からの最後のお願いだ」
どうかこの通り……そう言って国王は深々と頭を下げた。
ここに集まっているのはカーラ国の将兵を含めて、誰もが庶民の出身だった。だから小国とは言え、王族と呼ばれる者がこんな殊勝な態度で庶民に向かって頭を下げるとは思っていなかった。
この姿には、アルマ国を糾弾しようとしていた連邦議会の者たちも流石に言葉を失った。帝国の侵攻を受けたのは、果たして彼だけの責任と考えていいのだろうか……彼らがそうして迷っていると、そんな彼らを押しのけるようにして、ヴァルトシュタインが歩み出た。
「王様、お久しぶりです。どうか頭を上げてくれ、俺はやっとあなたに会いに戻ってこれたというのに、そんな顔をされては困ってしまいます」
「君は……おお! ヴァルトシュタインか……帝国から、ボヘミアで苦戦を強いられていると聞いていたが、そうか……君が……」
「はい。あの日、この国を出ていく時に宣言した通り、俺はアルマ王の兵としてここに戻ってきたんです。俺に従ってくれた難民のみんなも、あの時に受けたあなたの恩を忘れていません。俺たちが、この国から帝国を追い出したのは当たり前のことなんです。だから助けてもらったなんて言わないで、どうか頭を上げてください」
「しかし……」
「ヴァルトシュタインの言うとおりだ」
ヴァルトシュタインに支えられ、アルマ国王が逡巡していると、思わぬ方から同調する声が聞こえてきた。なんとこれまで威勢のいいことばかり言い続けていたカーラ国の将兵が、連邦議会の観戦武官たちにじろりとにらみを効かせながら言い放った。
「連邦議会はアルマ国が帝国を招き入れたというが、寧ろあの時、帝国に逆らう気概がなくて、侵入を許そうとしていたのはリベラルの連中ではないか。我が国とアルマ国は、最後まで帝国の侵入を阻止しようと努力していた。忘れたとは言わせないぞ」
議会から遣わされた観戦武官たちは渋い表情を作った。実はカーラ国の言っているリベラル色の強い国々からは、この場には誰ひとりとして派遣されていなかったのだ。彼らは実際に戦争が起こってしまうまで、ずっと親帝国を叫んでいたため、この期に及んで勝ち馬に乗るわけにもいかないから、ほっかむりを決め込んだようだった。
すると、この場の空気も読まずにアルマ国王を糾弾しようなどと言う者は誰もいなかった。観戦武官たちはお互いに顔を見合わせると、
「我々もそう思う……だが、我々はただの派遣武官だ。ここで結論を出すことは出来ない。アルマ国王には今後、連邦議会に赴いてもらって、当時の状況を説明してもらうしか無いだろう。その結果がどうなるかは……そもそも、勲功第一の義勇軍がアルマ王の軍隊であるならば、誰も何も言えないだろう。彼らがいなければ勇者領がどうなっていたことか、連邦議会もそれは重々承知している」
「それでは……?」
「少なくとも我々は国王を罪人のように扱うつもりはない。お疲れの陛下を早く安全なところに連れて行って、休ませて差し上げましょう」
地下牢に集まっていた者たちからほっと安堵の溜め息が漏れた。
パルチザンのリーダーは国王を支えていたヴァルトシュタインに感謝を述べると、疲れてフラフラになっていたアルマ王を連れて、急ぎ足で階段を上っていった。
王城はさっきまで攻防戦を繰り広げていたわけだが、彼が安心して休める場所はあるのだろうか……ともあれ、これでようやく何もかも終わった。あとは帝国の敗残兵を牢屋に入れれば一件落着と、誰もが思っていた時、
「……感動の再会は終わったか? 満足したなら、そろそろ俺のことも出してくれないか」
弛緩した空気の中に、どこか軽薄な響きを持った、捻くれた声が聞こえてきた。
アルマ国王を解放した勇者軍の面々は、まだ他に捕まっている者がいるとは思わず、驚いて声のする方へ目を向けると……国王と同じような鋼鉄の扉に塞がれた独房の中で、一人の痩せこけた男が足を投げ出すようにして座っていた。
かなり長い間閉じ込められていたのか、その衣服は国王に輪をかけてボロボロで、近寄ってもいないのに臭ってくるような気がした。髪の毛は明るい金色をしていたのだろうが、長く洗髪していないせいで、ガチガチに固まっていておかしな色になっていた。目は落ちくぼみギョロギョロとして、胸元に覗いている鎖骨が気味が悪いほど浮き出ていて、まるでその中に別の生き物を飼っているかのようだった。
鳳はそんな薄気味の悪い男を見て、嫌悪感を覚えると同時に、どこかで会ったことがあるような既視感を覚えた。どこで見たんだろうかと首を傾げながら、一生懸命記憶をたどっていると、彼は城の地下牢という場所から、かつて自分が召喚されたヴェルサイユの地下牢を思い出し、
「お前は……アイザック! アイザック11世か!?」
鳳の叫び声に、その場にいた将兵たちが一斉に彼へ注目する。しかし、ここに居るのはほとんどが勇者領の人間で、彼がアイザック11世であることを確認出来るものはいなかった。
本当にこんな今にも死にそうな病人みたいな男が、あの栄華を誇ったヴェルサイユ宮殿のヘルメス卿アイザックなのかと、誰もが困惑していると……
「11世など呼ばれるのは性に合わん。まるで死人みたいではないか。そう言うお前は……もしかして、鳳白か!? そっちは……ジャンヌ・ダルク! そうか……あの時、俺の城から出ていったお前らに、まさかこんなところで助けられるとは……運命とは皮肉なもんだな」
鳳はまるで他人事みたいにほざくアイザックにイライラしながら、
「誰が助けに来たって? 俺はお前がここに捕まっているなんてことすら知らなかったよ!」
「なんだ、嫌われたものだな……」
「当たり前だろう! 誰のせいで、俺はこんな未開の世界で苦労してると思ってんだ! 一緒に呼び出された仲間は殺され、俺もジャンヌも、未だに勇者なんて呼ばれて、帝国軍に追われているんだぞ? 全部おまえのせいじゃないかっ!」
「ふんっ」
アイザックは面倒くさそうに鼻を鳴らすと、
「呼び出された日、おまえも他の連中と一緒に、女が抱けるって喜んでいたではないか。勇者と呼ばれて、冒険が出来るとわくわくしていたじゃないか。あてが外れたからって八つ当たりしないでもらいたい」
「あの時はまだ実感も沸かねえし、夢みたいなもんだと思ってたんだよ! 大体、帰れないっつってるのに八つ当たりも糞もあるか」
「どっちにしろ、逃げ出したおまえに、今更何を言われる筋合いもない。死んでいった勇者たちならともかく」
「ああ、そうかい。なら、尚更俺はおまえを助ける義理がねえよな」
鳳がギリギリと奥歯を噛み締めて睨んでいると、二人のやりとりを見ていたヴァルトシュタインが近寄ってきて、
「おい、こいつがヘルメス卿アイザック11世というのは本当か?」
「ああ、間違いない。このふてぶてしい態度が証拠だ」
「……それが証拠になるかは分からんが、勇者と呼ばれるおまえらが言うなら本当なんだろう。どうする?」
「どうするって……?」
どういう意味だろうと、鳳は首を傾げたが、それは彼に対して投げかけられた言葉ではなく、その背後にいたスカーサハや勇者領の面々へ問いかけたものだった。
彼らは一様に眉をひそめて渋面を作っている。何故、そんな顔をしているのだろうか。彼らにも、アイザックを積極的に助けたくない理由があるのだろうかと首を捻っていると、ヴァルトシュタインが淡々と説明してくれた。
「俺たちはこの間の決戦で、帝国軍の大将だったヘルメス卿アイザック12世を捕らえた。今後、勇者領は彼を戦争犯罪人として裁き、帝国に賠償を求める方針だった。だが、ここにアイザック11世が出てきてしまうと話が変わる。12世は元々、帝国に反旗を翻した11世を捜索するという名目で勇者領に軍を派遣した。その11世を助けて、12世を拘束したとなると、俺たちは帝国に侵攻を受けたのではなく、単にヘルメス領の継承戦争に巻き込まれただけの格好になってしまう。少なくとも、帝国はそう言ってしらばっくれるだろう」
「つまり……こいつは帝国が残した毒まんじゅうってことか?」
「あの癇癪持ちの12世が、本当に11世を見つけるだけで、大人しく監禁しているとは思わなかった。てっきり殺されたものだとばかり思っていたが……」
ヴァルトシュタインが吐き捨てるように言うと、それを聞いていたアイザックは薄笑いを浮かべながら、
「残念だったな。おまえたちが捕らえた叔父は、ただの帝国の傀儡だ。彼は帝国軍に利用されただけなんだよ」
「そのようだな、向こうにも切れ者が居ることは承知している……だが」
ヴァルトシュタインは腰に佩いた剣に手をかけると、
「最初から、ここにおまえが居なかったことにだって出来るんだぜ?」
スラリと引き抜いた刀身が光を受けてキラッと光った。アイザックは牢屋越しにその切っ先を突きつけられて、ヴァルトシュタインを三白眼で見上げるように睨みつけた。
「……貴様がヴァルトシュタインか。おまえは俺にとっての死神か。よもや、帝国の犬であった貴様に、今度は勇者軍の一人として剣を突きつけられるとはな……心底憎たらしい男だ。来世で会ったら、親族ともども根絶やしにしてやる」
「ふん……どうせその前に、地獄で会えるぜ」
二人の呼吸音がやけに大きく響いている。彼らを取り巻く人々は、止めなくてはいけないと思っていたのだが、誰一人として動けなかった。と、その時、
「待ってください! ヴァルトシュタインさん!」
そんな空気が蔓延する中、堪らず一人の男が飛び出してきた。鳳と一緒にゲリラ部隊を率いていたテリーである。彼は突き飛ばすようにヴァルトシュタインを牢屋から引き剥がすと、彼とアイザックの間に立ちふさがり、
「義勇軍の多くはヘルメスからの難民です。私も彼らも、元はと言えばアイザック様の臣民なのです。事情があるのはわかりますが、お願いします! どうかアイザック様の命だけは、助けてくれないでしょうか!」
ヴァルトシュタインとしては、単に脅しのつもりで剣を突きつけているだけだったのだろう。突然、頼りにしている仲間に詰め寄られて驚いているようだった。
そして、思わぬところから、自分に対する忠誠心を見せられて、牢屋のアイザックも何か感じるところがあったのだろう……彼はさっきまでのどこか挑むような表情をやめて、険が取れた、穏やかでありながら今にもホロリと来てしまいそうな、なんとも言えない表情で、
「……君はヘルメスの民なのか」
「はい、アイザック様。12世、ロバート様も大事な方ですが、やはり私たちにとってヘルメス卿と言えばあなたなのです。助けることが出来て、本当に……本当に良かった」
「そうか……」
アイザックはその言葉を聞くや否や、まるで張り詰めていた糸が切れたかのように、がっくりと肩を落とし、牢屋の壁にズルズルと背中を預けて、
「……俺を帝国に売ったアルマ王には正直腹を据えかねていた。だが、今にして思う。彼は立派だ。的確な時期に、的確に俺というコインをベットして、確実に自国民を守ったのだ。それに比べて、俺は君たちを守ることが出来なかった。許してくれ」
「アイザック様……」
そんな牢屋越しの主従の関係を見せつけられて、すっかり悪役になってしまったヴァルトシュタインはチッと舌打ちをすると、抜いていた剣を鞘へと戻した。
それで緊迫した空気が和らいで、また時間が動き出した。帝国の敗残兵たちが次々と牢屋に入れられ、アイザックを救出するために、看守が急いで牢屋の鍵束を持ってきた。スカーサハはそんな忙しない人混みの中から、ヴァルトシュタインに近づいてくると、
「ヴァルト、みんなを脅かしすぎですよ。あまり感心しませんね」
「わかってらあ、ただ、言ってみたかっただけだ。で、実際、これからどうするんだよ?」
「それは私たちが決めることではないですね。ただ、あなたの言う通り、11世の処遇次第で戦争の行方が変わってしまうのは確かです。連邦議会の決定があるまで、彼の生存は秘匿しておいた方がいいでしょう」
「じゃあ、まだ暫くは軟禁生活か。良かったな、11世。命だけは助かって」
ヴァルトシュタインが皮肉っぽく言うと、牢屋から救出されていたアイザックは、彼を支える手を押しのけてフラフラと近づいてきて、
「待ってくれ! あなたはスカーサハだったな……?」
ヴァルトシュタインが行く手を阻むも、彼は眼中にないと言った感じに、その肩越しに話しかけてきた。何の用かとスカーサハが応じる。
「ええ、そうですよ、殿下。あなたとは、あなたがまだ物心付く前に一度会ったきりですね」
「そうか……あなたとも会ったことがあったのか……神人とはなんとも不思議な生き物だな」
彼は感慨深げにそう呟くも、すぐにブルブルと頭を振って、
「いや、懐かしがっている場合ではない。それより、俺を軟禁されては困る。まだやらなければならないことがあるんだ」
「やらねばならない……? てめえの意見なんて聞いてもらえる立場だと思ってるのか」
ヴァルトシュタインがそう突っ込むも、アイザックは苛立たしそうにその言葉を無視して続けた。
「聞く聞かないの判断は、勝手にそっちでやってくれ。だが、事情くらいは聞いてくれてもいいだろう?」
「……話にならないな」
アイザックの突然の懇願を、ヴァルトシュタインは有無を言わさず却下した。どちらにしろ、さっきも言った通り、それを決める権限は彼らにはないのだ。もう何日かしたら連邦議会のおえらいさんが来るだろうから、その時にでも頼んでみろと言って、彼らはアイザックをまた拘束しようとした。
しかし彼らがそんなやりとりを交わしていると、連れて行かれそうになっているアイザックの前に小さな陰が躍り出て、
「待って。話くらいは聞いてあげて。それくらいはいいでしょう?」
金髪紫眼の神人メアリーが、彼を庇うように立ちふさがった。
「みんなは彼を責めるけど、彼はそんなに悪い人じゃないわ。私はアイザックが赤ちゃんの頃から知ってるの。大きくなって偉くなってからも、頻繁に会いに来てくれた。城に閉じ込められていた私にとって、彼は弟みたいな存在だったし、数少ない友達でもあったわ。だからお願い、話だけでも聞いてあげて」
「メアリー……そうか、あなたもここに来ていたのか」
アイザックは感極まって項垂れている。鳳はそんな二人を見て、渋い顔をするヴァルトシュタインとスカーサハに向かって言った。
「まあ、話くらいは聞いてやってもいいんじゃないですか。と言うか、こいつも言ってる通り、聞いてみなけりゃ判断のしようもない。他愛のないことなら無視すりゃいいだけだし、重要なことなら取り返しがつかないかも知れない」
「……仕方ないな。話してみろ」
鳳とメアリーに諭され、ようやくといった感じでヴァルトシュタインが折れた。アイザックはそんな彼に感謝すると、改めて自分のやらなければならないということを話し始めた。
「さっき、君も言っていた通り、今回の勇者領侵攻は叔父の独断専行ではない。彼はその功名心を擽られて、うまく唆されただけなんだ。彼を利用して、今回の作戦を立てたやつは別にいる」
「だろうな……」
ヴァルトシュタインは、それはきっと自分の後任であるオルフェウス卿カリギュラだと思っていたが……ところがアイザックの口から出てきたのは、それとは別の名前だった。
「俺はそいつを見たことがある……というか、俺をここに監禁したのはそいつなんだ。叔父は権力掌握のため、本当は俺を殺したがっていたのだが、結局最後まで彼を恐れて手出しが出来なかった。いや、彼と言うか、彼に奪われた、俺の部下たちを恐れてなんだが……」
「……話が回りくどい。そいつは一体何者だ?」
「それはピサロという男だ。帝国軍での階級はそれほど高くないが、オルフェウス卿に買われて暗躍しているようだ。俺は詳しく知らないが、どうも異世界から来た
「ピサロだって……!?」
その名前には、ヴァルトシュタインでも、スカーサハでも、メアリーでもなく、鳳が真っ先に反応した。素っ頓狂な声を上げた彼へと視線が集まる。
「ピサロってのは……フランシスコ・ピサロのことか?」
「ああ、確かそんな名前だったような……知っているのか?」
「知ってるも何も……超有名人だよ」
カスティーリャ王国生まれのフランシスコ・ピサロは、若い頃に行った新大陸探検の経験を買われて、統一王国スペインからペルーの支配権を得る。スペイン王カルロス1世のお墨付きを貰った彼は、そこにあった10万人のインカ帝国を、わずか180人の手勢で滅ぼすと、これがその後長きに渡る、南米のスペイン支配の礎となり、彼は英雄として後世に語り継がれることになった。
ところが、その風向きが変わったのは1992年。コロンブスの新大陸発見から500年が経過し、それを記念する式典が、アメリカを始めとする先進国で行われている時だった。先進国がお祭り騒ぎで浮かれていると、南米諸国では続々とそれを批判するデモが起き始めた。
彼ら南米人は、かつてそこにあったスペイン・ポルトガルに滅ぼされ文明の末裔であり、彼らからすれば新大陸を発見したコロンブスは史上最悪の征服者であった。そんな連中を偉人として称える先進国の気が知れないというわけである。
折しも冷戦終結の直後であり、世界には帝国主義への反省論が渦巻いていた。西欧諸国はこの時になって、はじめて自分たちが南米人に恨まれていることを知り、お祭り騒ぎは一転して自粛ムードへと変わっていった。
そうして調べ始めてみれば、大航海時代の偉人と呼ばれる者たちによる、南米での傍若無人な振る舞いの証拠が、あちこちで見つかりはじめた。コロンブスは新大陸発見を夢見る冒険家ではなく、原住民を人間扱いせずに、いきなり虐殺した極悪人となった。他の提督や将軍たちも似たようなものだった。
ピサロもまた、そんな一人だった。それまでスペイン通貨にその肖像が使われていたほどの英雄が、ほぼ一夜にして、偉大なインカ文明を滅ぼした破壊者へと評価が一変したのである。
「ある時期からものすごく評判の変わった人だけど、それでもたった180人で10万人の王国を滅ぼしたという事実は変わらない。西洋でも指折りの謀将であることは間違いないだろう」
「謀将……つまり、今回の戦争は、こいつの思惑通りだったというのか?」
「可能性としては」
「だが、何のためにこんなことをしたんだ? 帝国はやらなくていい戦争をやった挙げ句に、こうして敗北してるんだぞ?」
「恐らくは、俺からヘルメスを完全に奪うためだろう」
ヴァルトシュタインの疑問にアイザックが答える。
「奪うも何も、おまえはもうヘルメス卿ではなく、帝国はとっくにヘルメス領を支配しているじゃないか?」
しかし、アイザックは頭を振って、
「いや、形の上で征服したところで意味はないのだ。俺たち五大国にはそれぞれの国の守護精霊の名前がつけられている。それはその国が、その精霊に加護されていることを意味している」
「そうだな……で?」
「俺の祖先、初代ヘルメス卿は、
「ピサロに先手を打たれたのか。もし、彼がその遺産を手に入れれば、ヘルメス卿の地位も危うくなると……」
「ああ、そうだ」
「だが、おまえが言うことが確かなら、その遺産を手に入れることが出来るのは、子孫であるおまえだけなんじゃないのか? 12世にも権利があるだろうが、こっちも俺たちが捕まえている」
「それが駄目なんだ」
アイザックは苦々しく奥歯を噛み締めながら、
「初代は遺産を奪われないように、子孫である俺たちにもその場所を隠した。そのヒントとしてヘルメス書という本を遺していたのだが……そのヘルメス書をピサロに奪われてしまったんだ。初代は周到な人で、その内容は見ただけでは理解できない。だが、それを持つ者が墓を見つけた場合、何が起こるかはわからない」
「もしかすると、それが遺産を手に入れる鍵になっているかも知れないのか」
「おそらくは……もし血統がその鍵だったとしても、どこまでをその血統に含むかという問題もある。男子直系であるなら、たしかに俺と叔父しか残ってないが、傍系でいいなら、そんなのはいくらでもいる。認知されてないだけで、遊びで抱かれた女だって、この300年間で何人もいるだろう」
「言われてみればそうだな……血縁なんて、なんのセキュリティにもなってないわけか」
横で黙って話を聞いていた鳳が、二人に口を挟むように言った。彼は腕組みをしながら、
「話を整理しよう。それじゃあ、ピサロはこの戦争でおまえと12世を排除し、なおかつ、ヘルメスの正統後継者となる遺産を手に入れようとしていたわけか。今のところ、そうなりつつある……恐ろしい話だが」
「やつは俺を捕まえる時、神人の部下が欲しいと言っていた。恐らくは、俺を人質に取ることで、俺の部下二人を言いなりにしているのだろう……」
「ここまで用意周到となると……王家の墓が見つかるのも時間の問題か。残念だったな、アイザック、おまえはもうヘルメス卿に返り咲くことは出来なさそうだ」
「他人事みたいに言うな。お前らだって、ここまでやられて悔しくはないのか!?」
アイザックが叫ぶと、勇者軍の面々は難しい表情をしていた。確かに、今の話が本当なら、彼らは私心で戦争をさせられたことになる。そしてこれだけの被害を受けていながら、なんの保障も得られそうにないのだ。
「かと言って、肝心のヘルメス書とやらが奪われたんじゃ、もう追い駆けようもないだろう。あとやれることがあるとすれば、奴らが遺産を発見したところで奪い返すくらいだ」
鳳がそう言うと、アイザックが首を振って、
「いや、手がかりはある。俺は王家の墓の謎を解くために、何度もヘルメス書を読んでいた。結局、その内容はさっぱりわからなかったが、その中に重要なシンボルがあることだけは突き止めた」
「シンボル……? どんな?」
するとアイザックは、自分の足元の埃まみれの床に、なにやら奇妙な模様を描き、
「……これは、王家の墓の墓守を表すマークらしい。初代は大森林の中にある、とある部族に墓を守らせることにした。もしも彼らが生きているなら、きっと今でもこのマークを村のシンボルとして使っているだろう。それを探し出せれば、ピサロの先を越すことが出来るはずなんだが」
鳳はそのシンボルマークを見て目を疑った。
「これが、墓守を表すマークだって……?」
「ああ……知っているのか?」
知ってるも何もない、それはつい最近、勇者領に辿り着く前に立ち寄った峡谷にある迷宮で見たものだった。つまり、アイザックの言う墓守とはガルガンチュアの部族のことだったのだ。
その考えに辿り着いた瞬間、彼はついさっき、丘の上でガルガンチュアに連絡を取ろうとしてパーティーチャットを試みたことを思い出した。あの時、ガルガンチュアは応答せず、代わりにマニの声が聞こえてきた。その声はどこか切羽詰まっており、助けて……という声も聞こえていたような。鳳は眉を顰め、下唇をかんだ。
「ああ、知ってるとも。俺はそのマークを見たことがある。そしてピサロは、どうやらその墓守のところに辿り着いたようだぜ……」
何故そんなことが分かるのだ? という声を無視して、鳳はどうすれば千キロも離れているところにいる彼らを助けることが出来るかと、必死になって考え始めた。チャットはもう繋がらない……あと、試せることがあるならば……
彼は自分のステータスに見える、ガルガンチュアの文字をじっと見つめた。