ラストスタリオン   作:水月一人

134 / 384
醜いものだ

 ハアハアと乱れる吐息が森林にこだましていた。ガサガサと森の木々が揺れて、陰が迫ってくる。ガルガンチュアのライバル族長の狼人は、大森林の鬱蒼と茂る木々の間を縫うように駆けていた。この大森林の中で、自分をこんなにも簡単に追い詰められる者がいるなんて、彼にはとても信じられなかった。しかし彼を追う陰はまるでそれが容易いことであると言わんばかりに、森の木々を自由に飛び回る鳥のように一直線に向かってくる。

 

 どうすれば逃れることが出来るのか。考えても必死に走るということ以外に選択肢は思い浮かばなかった。今の今まで、自分のことを森で最強のハンターだと思っていた彼は、屈辱に震えると同時に、言いようのない恐怖を感じていた。自分が強いと思っている者ほど、そうでないと分かった時に、残されている手は少ないものだ。彼は抵抗する手段を失っていた。あとはただ逃げるのみだった。

 

 その時、ヒュッと風切り音が鳴って、彼の肩に激痛が走った。足がもつれてその場でゴロゴロと転がると、肩に突き刺さった矢から矢尻が抜けて、肩の筋肉をぐちゃぐちゃと引き裂いた。激痛に耐え、頭上を見上げれば、木の上で弓矢を番える神人の姿が見えた。その矢尻が自分をまっすぐ狙っていることに気づいた時には既に遅く、彼のアキレス腱に二本目の矢が突き刺さっていた。

 

「ぐ、ぐうぅぅーーーっ!!」

 

 奥歯を噛み締め痛みに耐えながら、彼はなおも何とか逃げ出そうと、残った片手と片足だけで、芋虫みたいに地面をかき分け進んだ。だが、必死に逃げても追いつかれるような相手に、そんなことまでして逃れようとしても滑稽なだけだった。間もなく、彼を追う別の足音が近づいてきて、地面に転がるライバル族長を見つけると、まるで壊れた玩具みたいにけたたましい笑い声を上げるのだった。

 

「ふふふ……ははははははは!! ざまあないな、族長よ! 最初の威勢はどこへいった!」

 

 追い掛けてきた男……レイヴンのリーダーであるパンタグリュエルは、力尽き這いつくばっているライバル族長の頭髪を掴むと、彼の体が仰け反るくらい乱暴に引っ張り上げた。堪らずライバル族長が悲鳴をあげるも、彼はその悲鳴が心地良いと言わんばかりに笑っているだけだった。

 

「助けて……助け……」

「あははははは!! 許しを請え! 泣いて詫びろ! このバカ獣人が! 村を奪われる屈辱が分かったか!!」

「助けて……ごめんなさい……俺が悪かったから……だから村だけは……村人だけは助けて……助けて……」

 

 ライバル族長は情けなく涙を流し、パンタグリュエルに許しを請うた。だが、そんな無様な獣人を見て、彼は同情を抱くどころか、寧ろ喜びに満ち溢れた弾んだ声で、

 

「駄目だー、許さんっ! おまえの部族の者たちは、みんな俺たちレイヴンに殺されるんだ! 当たり前だよなあ? 自業自得だよなあ? お前たちが俺たちにやったことを思えば、こうなっても仕方ないだろう?」

「うぅぅぅ~~……うううぅぅ~~~……こんなに頼んでいるのに……悪魔め! 呪われてしまえ!」

「誰が悪魔だ、この野郎」

 

 パンタグリュエルは突然真顔に戻ると、興が醒めたと言わんばかりにライバル族長の体を地面に叩きつけた。そして苦痛に呻く彼の頭に、手にした拳銃を突きつけ、

 

「俺たちの街を襲った時、お前は助けを求めるレイヴンたちを助けてやったのか。あの街を追い出されたら、俺たちレイヴンは大森林で生きていくことなんて出来なかったのに、お前は俺たちに、死ぬか奴隷になれと言ったようなもんだろうが。誰が悪魔だ……大森林は弱肉強食、強いものが弱いものを好きにして良いのなら、今度はお前たちが奪われる番なのだ。どうだ? 奪われる者の気持ちは……? 俺たちの気持ちが分かったか!」

「ぐ……ぐううぅぅぅ~~……」

「分かったならその気持ちを抱えたまま死ね!」

 

 パンッ! ……っと、乾いた銃声が轟いて、ライバル族長の頭から血しぶきが上がった。彼の額には黒ぐろとした穴が空き、そこから血が蛇口みたいに流れ出した。驚愕に見開かれた彼の瞳は、もう何も映すことは無かった。パンタグリュエルはその顔を見ると、また愉快そうに腹を抱えて笑った。

 

 その頃、ライバル族長の村では略奪が続いていた。

 

 銃を持ったレイヴンたちが、もう戦意を喪失している狼人たちを執拗に追い立てる。彼らは口々に、村を追い出された者の気持ちが分かったかと叫んでは、無抵抗の女子供まで容赦なく攻撃した。

 

 村の隅では1箇所に集められた男たちが拳銃を突きつけられながら、死ぬか屈服するかを選べと迫られている。迫っているのもまた獣人の男たちで、彼らも同じようにレイヴン達に襲撃され、屈服することを選んだ者たちだった。

 

 レイヴン達はまるで野に放たれた野獣の群れのように、村々を襲い、こうして巨大勢力になっていったのである。

 

「……醜いものだな」

 

 そんなレイヴンの傍若無人な振る舞いを遠巻きにしながら、一人の神人、ディオゲネスが不快そうに呟いた。彼はレイヴン達に先駆けて村を襲い、戦闘力の高い男たちを無力化するための、言わば特攻隊長みたいな役割をさせられていた。本当はこんな真似はしたくないのだが、彼にはそうせざるを得ない理由があった。

 

 彼は元ヘルメス卿アイザック11世の腹心中の腹心だったのだ。そのため、主君であるアイザックを人質に取られてしまっては、言いなりになるしかなかった。

 

 彼と同僚のペルメルは、ヘルメス戦争で敗れた後、アイザックとは別の潜伏先で反撃の機会を窺っていた。ところが、そんなある日、彼らの元へやってきたのは主君ではなく、その主君を捕らえた帝国兵だったのである。帝国兵、ピサロは彼らにアイザックを監禁していることを伝えると、

 

「ヘルメス卿が帝国に連れて行かれたら、すぐにでも処刑されるでしょう。しかし、もしあなた達が私に協力してくれるのであれば……まだ彼の首も、繋がったままでいられるかも知れませんね」

 

 そう言われてしまうと、彼らには従うしか他に選択肢は無かった。彼らの忠誠心は本物であったし、仮に帝国に復讐するにしても、その神輿を失ってしまえば何の意味もない。

 

 しかし、このような悪辣な方法で人を従わせる者に、信用が置けるわけがなかった。だから彼らは隙さえあらば、アイザック奪還に動き出すつもりであったが……おかしなことに、ピサロは帝国軍の中にいながら戦争には加担せず、大森林で獣人の集落を襲うという、一見して意味のないことを続けているだけで、今の所まったく隙を見せていなかったのだ。

 

 正直、彼らの祖国ヘルメスとは何の関係もないから、獣人を襲うこと自体には抵抗がないのであるが……ピサロという得体のしれない男が何を考えているのか分からず、彼らは当惑するばかりであった。

 

 そんなことを考えながら、ディオゲネスが略奪の様子を遠巻きに眺めていると、ガサガサと草木を掻き分けて、ペルメルがパンタグリュエルと一緒に帰ってきた。

 

 流石に、獣人の長というべきか、集落の中には一人だけ、彼ら神人ともやりあえるくらいの強者がいた。ペルメルはそんな族長を一人で相手して、なんとか勝利したようだ。パンタグリュエルの手には、その獣人の首がぶら下げられていて、どんよりと曇った目が、何もない中空を見つめていた。

 

 彼は村が見えてくると、上機嫌に駆け出して、

 

「ははははは!! おまえらの族長は、この俺が殺してやった!! おまえたちは負けたんだ!! 今後はこの俺、パンタグリュエルに従えっ!!」

 

 彼はまるで自分の手柄のように、哀れな族長の首を振り回しながら村の中を駆け回った。頼りにしていた族長が殺られてしまったことで、村人たちは完全に戦意を喪失したようだ。子供たちは一斉に泣き出して、女たちが必死に命乞いをしている。そして男たちの何人かは、諦めてレイヴンに従うことを決めたようだった。

 

 こうしてレイヴンはまた獣人たちを吸収し、その勢力を拡大するのだった。今では大森林の中でも異例の大所帯となっており、もしかするともう神人の手を借りなくても、負けることはないかも知れない。

 

 しかし、こんなことを続けていたら、森の勢力図が変わってしまうのは時間の問題である。それが自然の摂理だと言えばそれまでだが、ここ大森林では、獣人たちは自然だけを相手しているわけではなかったのだ。

 

「ウオオオオオオオォォォォォーーーーーーーーーッッ!!!!」

 

 レイヴンたちが略奪を続けている時だった。突然、村の奥の方から悲鳴が上がったかと思えば、続いて地鳴りのような唸り声が聞こえてきた。それまで、好き勝手に村の中で暴れまわっていたレイヴン達は静まり返り、その声の方へと振り返る。

 

「お……オークだ……オークが出たぞおーーっ!!」

 

 誰かの叫び声が轟くと、レイヴン達は一斉に悲鳴を上げ、まるで蜘蛛の子を散らしたように滅茶苦茶に逃げ出し始めた。あちこちで衝突が起こり、怒号が飛び交っている。そんな大騒ぎのど真ん中では、緑色の肌をした山のように大きな巨体が、信じられないくらい大きな棍棒を振り回している。オークは一体二体ではなく、群れと言っていい数だった。

 

「た、大変だ! 先生方! 助けてください!!」

 

 神人二人がそんな光景をぼんやりと眺めていると、さっきまで調子をこいて村の中を駆け回っていたパンタグリュエルが血相を変えて戻ってきた。彼はオークの方を指差すと、

 

「さあ、早く! 仲間がやられてしまう!!」

「……仲間とはなんだ?」

 

 ところが、神人たちは不快そうに顔を背けると、冷たくそう言い放った。パンタグリュエルは目をぱちくりさせながら、

 

「な、何を言ってるんだ? あんたらには、あれが見えないのか?」

「見えるが、それが何だ?」

「何だって……」

「俺たちはピサロに言われて、おまえらの獣人への復讐には手を貸してやると言った。だが、魔族など知らん」

「なっ……」

「無闇矢鱈に村を襲えば、こうなるのは目に見えていたではないか。俺たちはおまえらの尻拭いをするために居るわけじゃない。おまえらだけで勝手にやればいい」

「そんなのずるい! 詭弁だ! おまえらが言うことを聞かないんなら、ピサロに言いつけてやるぞ!!」

 

 パンタグリュエルは顔を真っ赤にして神人二人に迫った。彼らは口臭が臭いと言いたげに、不快な表情をしながら突き飛ばすと、

 

「……いつから狼人(ウェアウルフ)にはキツネが混じっていたんだ?」

「なに……?」

「虎の威を借る狐みたいだと言ってるんだ」

「なんだと、この野郎!!」

 

 その言葉に、パンタグリュエルに残っていた獣人の誇りが傷つけられたようだった。彼は烈火のごとく怒り出すと、顔を真っ赤にして神人たちに飛びかかっていった。しかし、彼らはそんなパンタグリュエルの攻撃を、あくびをしながら躱すと、

 

「ただでさえ、獣人など我らの相手ではないのだ。その上、おまえごとき低レベルな者が、我らに勝てると本気で思っているのか?」

「このっ! このっ!!」

「……駄目だこいつ、頭に血が上って、話を聞いてない」

 

 そんな風に神人二人が呆れながらパンタグリュエルをおちょくっている時だった。騒ぎを聞きつけたピサロが、彼らの元へと駆け寄ってきた。

 

「何の騒ぎですか? 騒々しい……」

 

 すると、その姿を見たパンタグリュエルの顔がパーッと輝いた。彼はまるでいじめられっ子が先生がやって来たのを見つけたかのように、神人二人を攻撃している手を止め、ピサロの元へと駆けつけると、

 

「ピサロ! 聞いてくれ! 村にオークが出たんだ! なのに、この神人どもは戦おうとしないのだ。このままじゃ全滅するかも知れないのに、これは裏切りだ! だからおまえが二人を叱ってくれ!」

「……そうなのですか? ペルメルさん。ディオゲネスさん?」

 

 ピサロが確認を求めると、二人は黙って顔をそむけた。答えは返ってこなかったが、その態度が答えのようだった。彼は、はぁ~……っと溜め息を吐くと、

 

「やりたくないのであれば、仕方ないですね。それじゃあ、我々はそろそろ撤収することにしますか。レイヴンの方たちには悪いですけど、足止めになってもらいましょう」

「なに!?」

 

 それを聞いたパンタグリュエルが、信じられないといった表情で、慌ててピサロの前に飛び出す。

 

「そんなことが許されるか! ピサロ、おまえは俺たちを見捨てるつもりか!?」

「見捨てるもなにも、あれくらい自分たちで片付けられなければ、あなた方と一緒にいる意味なんてありませんよ。我々はあなたの味方ですが、保護者じゃないんです。その辺は勘違いしないで欲しい」

「そんな! 今さらおまえたちがいなくなったら、俺たちはやってけない……」

「族長! 助けてください! 族長!!」

 

 その時、遠くの方からオークに襲われているレイヴンの助けを求める声が聞こえた。族長と呼ばれたパンタグリュエルがハッとして振り返る。彼はなんとしても助けなきゃと思った。彼にもまだ、族長としてのプライドが多少は残っていたのだ。

 

 パンタグリュエルはグルルルル……っと唸り声をあげ、憎しみのこもった目でピサロのことをじろりと睨みつけると、

 

「今まで散々俺たちを利用していたくせに、突然こんな意地悪をするなんて……ならば、そこで見ているがいい! でも覚えていろよ!? オークを片付けたら、次はおまえたちの番だからなっ!!」

 

 パンタグリュエルは悔しそうに叫ぶと、肩をすくめる三人に背を向けて村へと駆けていった。次はおまえたちというのは、ピサロたちを殺すということだろうか。彼はどうやら、仲間が増えたことで、自分が強くなったと勘違いしているようだ。

 

 確かにレイヴンはいつの間にか巨大な勢力になっていた。多くの村々を襲い、その勢力を吸収し、総勢数百名に上る獣人達は、どんな部族相手でもいい勝負になるだろう。だが、所詮は烏合の衆だ。元々、レイヴンたちには戦闘力は無くて、ピサロが供給する帝国製の武器が無ければ戦うことすら出来なかった。おまけに彼らを率いる族長は低レベルな獣人であり、そんな彼らに負けて従うような獣人たちもまた、低レベルだったのだ。

 

 パンタグリュエルは勢い込んでオークの群れに飛びかかっていった。そんな族長の姿を見て、レイヴンたちは一瞬だけ期待を込めた表情で彼の後に続いた。だが、それだけだった。

 

 彼らの希望であった族長は、オークに飛びかかっていったかと思うと、あっという間にねじ伏せられ、地面に叩きつけられた。その瞬間、この世のものとは思えない叫び声を上げて彼は命乞いをしたが、元々人語を理解できないのか、オークはそんな情けない族長の懇願など無視して、まるで餅つきでもするかのように交互に棍棒を彼の体に叩きつけた。

 

 バキッ! バキッ! っと、人間の体から出ているとは思えないような音が、村中に響き渡った。四肢はありえない方向へ捻じ曲がり、もはや人間の原型を止めていなかった。その棍棒が頭に叩きつけられると、パーンッ! っとおかしな音がして、まるでスイカ割りみたいに、真っ赤な鮮血が飛び散った。

 

「ウオオオオオオオォォォォォーーーーーーーーーッッ!!!!」

 

 オークたちはそれを見て勝鬨のような声をあげると、次なる獲物を探してぐるりと周囲を見渡した。

 

 その瞬間、希望が絶たれたレイヴンたちは絶望の表情を作ると、先ほどとは比べ物にならない悲鳴を上げて、我先にと逃げ出そうとしてはお互いにぶつかり合い、もつれ合って転げ回って、パニックはもはや収拾がつかなくなっていた。

 

 ピサロはそんなレイヴンたちの情けない姿を見て溜め息を吐くと、

 

「やれやれ……物の用にもたちませんね。仕方ない、ペルメルさん、ディオゲネスさん。彼らを助けてあげてくれませんか」

「……見捨てるのではなかったのか?」

「さっきはああ言いましたが、彼らにはまだ役に立ってもらわねば困ります。これに懲りたらレイヴンたちも、少しは大人しくなるでしょうから、どうかここは一つ私に免じて、気を静めては貰えませんか?」

「ふん……勘違いするな。我らは元々、彼らに悪感情をもっていたわけではない」

 

 神人二人はそう言うと、レイヴンたちを助けてやるために前に出た。ピサロにはそう言ったが、実際には少し気が晴れていた。二人はさっきまではテコでも動いてやるかと思っていたが、今は仕方ないくらいに思えるようになっていた。

 

 それにしても、オークごときにこれほど一方的にやられるとは、獣人とは言え末端の連中は人間と大差ないなと、彼らは溜め息を漏らした。オークは確かに強い魔族だが、頭の方は単純なので、落ち着いて対処すれば怖い敵ではない。例えば、距離を取ってチクチク遠距離攻撃をしかけるか、それこそ自分たちならクラウド魔法をかけてしまえば、それだけでもうあのでかい図体はただの肉の塊になる。

 

 神人二人はそのつもりで手を掲げ、呪文を詠唱しようとした……しかし、彼らはその時、ふと思うのであった。

 

 獣人でさえあの通りなのだ。偉そうにしているこの人間(ピサロ)はどうなんだ? 人質を取られて仕方なく従ってやっているが、今ここでこいつが死んでしまえば、自分たちは自由になれるのではないか……

 

 今、自分たちがオークを倒さず野放しにしたら、きっとピサロは成すすべもなく殺されるだろう。いや、いっそ自分たちの手で片付けてしまえばいいのでは? そうだ、どうして今までこいつを殺そうと思わなかったのだろう?

 

 彼らがそんなことを考え、振り返ろうとした時だった、

 

「私は臆病者ですから、定時連絡を欠かさないようにしているんですよ。帝国軍は私からの連絡がなくなれば、私が死んだと判断して、ヘルメス卿の首を落とすかも知れません。12世は権力掌握のために、どうしても甥に死んで欲しくて仕方ないから、歯止めが無くなったらすぐにでもそうするんじゃないでしょうか」

 

 背後から、まるで二人の考えを見透かしたような、ピサロの声が聞こえてきた。

 

「もし、ここで私がオークに殺されたら、帝国が私が死んだと判断するのと、あなた方がヘルメス卿を助け出すのと……果たしてどちらが先になるでしょうかね」

「……我らがオークごときに遅れを取ると思うか?」

「とんでもない! もちろん信頼していますとも」

「……ふん」

 

 彼らはその表情が見えないようピサロに背を向けたまま、歯ぎしりしながらオークの群れへと飛びかかっていった。ピサロはそんな二人の背中を、半笑いで見送った。

 

 人を意のままに操りたいなら、脅すばかりではなく、時には飴も必要だ。このところ、調子に乗っていたパンタグリュエルが死んだことで、彼らも少しはスカッとしたことだろう。しかし、リーダーを失ったことで、今後レイヴンはどうなるだろうか……? 彼らは依存心が高く、優柔不断で、一人で考えることが出来ない。それは操る側にとっては都合がいいが、だからといって、自分に頼られても面倒なだけだ。彼らにはリーダーが必要なのだ。

 

 神人二人のガス抜きのために、パンタグリュエルを殺してしまったが、次のリーダーは誰にしたらいいだろうか……?

 

 ピサロは周囲を見渡すと、建物の陰に入りオークから身を隠してガタガタ震えている一人の狼人に目をやった。

 

「あれはパンタグリュエルを説得していた、彼の部下……名前は確かハチと言ったか?」

 

 ヘルメス卿の遺産を得るため、大森林の部族を虱潰しに調べていた時、追い出されたレイヴンたちの中で、復讐をしようと叫んでいた男である。これから先も、レイヴンたちには、他の集落を襲って貰わなければならない。それなら、あのどうしようもない、怒りの化身みたいな男が最もふさわしいんじゃないか……

 

 ピサロはニヤリと笑うと、怯えて隠れているハチの元へと歩いていった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。