ラストスタリオン   作:水月一人

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どうやら先を越されたようだ

 町から町を経由して、鳳たちはひたすら早馬を走らせていた。アルマ国で一瞬だけ繋がったマニとのチャットは、どうやらガルガンチュアの村で何かが起きたことを示していたらしい。

 

 最初はそれが何なのか分からなかったのだが……その後、思いがけず再会したアイザックの話で、ガルガンチュアの部族が初代ヘルメス卿の遺産を守る墓守だと判明した。今回の戦争の仕掛け人と目されるピサロは、それを探しているのだと言う。つまりあの時、マニの様子がおかしかったのは、村が襲われていたからだ。すると彼らが次に向かうのは、例の迷宮に違いない。

 

 それなら先回り出来るかも知れない。迷宮のある峡谷は、アルマ国からは勇者領を縦断しなければならないくらい遠かったが、ガルガンチュアの村からもそれなりに距離があった。あとは整備された街道を走る早馬の鳳たちと、大森林を行くピサロたちとで、どちらが先に到着するかの勝負である。

 

 正直、分の悪い賭けではあったが、今は悩んでいる場合ではない。彼は直感的にガルガンチュアに共有経験値を割り振ると、仲間を連れ、今度は一路南を目指した。メンバーはいつもの、ジャンヌ、ギヨーム、メアリー、ルーシー……それからアイザックである。

 

 彼を連れて行く理由はシンプルだ。ピサロの言いなりになっている神人たちに、彼が解放されたことを示せば交戦を避けられるだろう。口で言っただけでは素直に信じてくれるかわからないから、こうして連れてきたというわけである。

 

 勇者領は縦横に網の目のように乗合馬車の路線が張り巡らされている。早馬……つまり高速馬車を駅伝方式で乗り継いでいけば、思ったよりも早く領内の移動は可能だった。だが最後の荒野だけは、徒歩で移動するしか無かった。そもそも人家が存在しないのだから仕方ないだろう。

 

 灼熱の太陽に焼かれながら、汗だくになって荒野を歩く。一度行ったことのある場所だったが、前回とは通る場所が違うため、迷わないか心配だった。いつものようにギヨームが先行偵察し、その後を鳳が進み、ジャンヌがしんがりである。

 

 きっと足手まといになると思っていたアイザックは思いのほかしっかりとした足取りでついてきた。地下牢でダイエットに成功したから体が軽いと(うそぶ)きながら、彼はゼエゼエと荒い息を弾ませつつ、先を行く鳳に話しかけてきた。

 

「参考までに聞いておきたい。ピサロとはどういう奴なんだ?」

「……え?」

「君は地下牢でピサロのことを知っていると言っていただろう。あの時は軽く聞き流したが、これから戦う敵のことを知っておくにこしたことはない。話してくれないか」

 

 鳳は確かに彼の言うとおりだと思いつつも、どうして自分がこんなやつの言うことを聞かなきゃならないんだと思って、あんまり話す気にはなれなかった。だが、結局はまだ暫くは無言で荒野を歩き続けるしかないのだし、気分転換にもなると思い、話し始めた。

 

「知ってると言っても、そう多くのことを知っているわけじゃない。人里離れた場所で活動してた奴だから。史料によるとピサロは、とにかく権謀術数に長けた人物だったようだ。

 

 欧州人が新大陸を発見した当時、彼我の技術差は凄まじいものがあった。コロンブスがカリブの島に上陸した時、彼らを歓迎したのは木の槍で武装した半裸の人々だったそうだ。彼らの衣服は草で編まれ、鉄を見たことが無かったらしく、武器を渡したら怪我をしてしまったくらいだった。そんな相手を征服するのは容易く、彼らは銃や剣を使って瞬く間に新大陸の人々を奴隷に変えてしまった。

 

 ピサロもそれと同じように、当初は圧倒的な技術差でインカ帝国を支配したと思われていた。実際、インカ帝国もカリブの島々と似たりよったりで、木の弓矢や竹槍など、ろくな武装を持っていなかったようだ。でもだからって10万の帝国を、たった180人で制圧出来るわけがないだろう? 実は彼が取った作戦は、圧倒的な武力による支配ではなく、人質を使った人心掌握作戦だったんだ。

 

 ピサロは南米ペルーにインカ帝国を発見すると、彼らを歓迎する皇帝に謁見を求めた。帝国にはたまたま、白い肌をした者は天の使いだという伝説があったから、それは容易いことだったようだ。しかし、こうして無防備に謁見に応じた皇帝のことを、ピサロはその場で拉致してしまう。

 

 天の使いだと思っていた人たちに皇帝を捕らえられた帝国の人たちは驚いた。皇帝を助けたくても、彼らは見たことのない武器で武装して近づけない。皇帝も死にたくないから、彼らの言うことを聞けと言い、それで仕方なく帝国の人々は、ピサロの言うことを聞かざるを得なくなったんだ。

 

 彼はこうして手出しが出来ないようにしてから、大臣を通じて国民に命じ、黄金をかき集めた。そして巨万の富を手に入れた彼は、それに飽き足らず、更にこの国自体を手に入れようとして策略を張り巡らされていく。

 

 どんな国でも権力争いはあるだろう。ピサロはそれを見逃さず、宮殿内の分断を図った。少数派の勢力はピサロを利用して多数派の力を削ぎたい。その願望を利用して、宮中で力を持つ勢力を排除していき、そのバランスが崩れたら今度は逆のことをする。こうして自分に都合のいい勢力を育てたんだ。

 

 こんなことを繰り返していれば、施政は滞り国が乱れてくる。おまけにこの頃インカ帝国では、スペイン人が持ち込んだ天然痘が大流行し、国民の生活は滅茶苦茶になってしまった。そのせいで国内のあちこちで叛乱が起こり、帝国が慌ててそれを鎮圧する。

 

 ピサロはこれすら利用した。叛乱が起きたことを知ると、それを抑えるどころか寧ろ煽って、帝国を打倒する勢力に育ててしまったんだ。やがて帝国は叛乱に対処できなくなって行き……こうしてインカ帝国は国民同士の争いと、疫病の大流行で滅んでしまい、ピサロはその跡地を悠々と征服したわけだ」

 

 アイザックはその話を聞いて、苦々しげに唸り声を上げた。

 

「うーん……なんと卑怯な」

「普通そういう感想になるよな」

「俺はそれと全く同じことをやられたようだな。言い換えれば、奴の手口はそれほど変わっていないと言うわけだ」

 

 言われてみれば、そうかも知れない。アイザックを人質に取られて神人たちは嫌々従わざるを得なかったようだし、12世という獅子身中の虫を利用して、ヘルメス国は味方であるはずの勇者領と戦っていたのだ。おまけに、終わってみたら勇者領は帝国に賠償を求めることすら出来ない可能性が高い。

 

「となると、アイザックを人質にしたのは常套手段だったわけか。ピサロという人物は、よほど人の弱みを握ることに長けているのかも知れないな。そんなのとこれから戦わなきゃならないんだから、みんなも気をつけよう」

 

 相手にうっかり弱みを見せようものなら、確実にそれを狙ってくるだろう。特にジャンヌはこのパーティーで最強の男だが、この中の誰が人質に取られても、力を発揮できなくなる危険があった。

 

 彼が抜けたら戦力ダウンは必至だ。下手したら全滅の可能性だってある。絶対に弱みを見せないように気をつけなきゃ……

 

 いや、案外、ピサロには見えているのかも? 彼も鳳たちと同じ放浪者だ。何かの能力を隠している可能性がある。もしそれが他人の弱みが見える能力だったりしたら……

 

「おい! どうやら先を越されたようだぜ」

 

 鳳がそんな最悪のことを考えていると、偵察のために先行していたギヨームが帰ってきた。彼が言うにはこの先に、大勢の獣人が屯しているらしい。そこはもう迷宮の目と鼻の先であり、どうやらピサロは既に到着してしまっていたようだった。

 

 鳳は舌打ちすると、姿勢を低くして、敵に見つからないように風下に回った。

 

***********************************

 

 峡谷の谷間に、やけに数が多い獣人の集団がいた。よく見れば中には人間の姿も混じっていて、一見すると何の集団なのかわからない。

 

 面白いことに、彼らが居るのは、以前に鳳たちがキャンプを張った場所だった。それは奇遇でもなんでもなくて、単純にこの荒野を探索するには水場をキャンプ地にするのが最適だからだろう。そしてこの水場はあの迷宮から最も近かった。

 

 こんな場所にピンポイントにキャンプを張る理由は一つしか無い。ピサロはまっすぐにここにやって来たのだ。案の定、注意深く目を凝らせば、集団の中央付近で木にくくりつけられた人の姿が見える。

 

 影になっていて見にくいが、一人は鳳にこの場所を教えてくれた長老で間違いなかった。彼はボケが進んでいるのか、ガルガンチュアの部族でありながら気が小さい。また怖がって泣いていたら可哀想だ。早く解放してやらねば……

 

 その隣には同じ狼人の女性が捕まっていて、最初は誰だか分からなかったが、どこかで見覚えがあるような気がしてじっと見ていたら分かった。

 

 あれはマニの母親だ。とすると、さっきから見かける人間たちは、もしかするとレイヴンなのだろうか……? 何があったかわからないが、ともあれあの二人を助ければ事情も分かるだろう。

 

「ルーシー、メアリー」

「合点承知だよ」

 

 鳳が名前を呼ぶとルーシーが腕まくりしてやってきた。彼女はゲリラ部隊に参加できず、このところ活躍していなかったからやる気満々のようである。二人が鳳に作戦を聞いていると、それを横で見ていたアイザックが不服そうに、

 

「なんだ? 君は女性に行かせるつもりなのか?」

「まあ見てろって」

 

 鳳に話を聞いたルーシーがメアリーを連れて距離を取る。彼女は胸に手を当てると、ラララーっと突然歌を歌いはじめ……何をしてるんだろう? とアイザックが不可解そうにそれを眺めていたら、突然、そんな彼の視界から彼女たちの姿が消えてしまった。

 

「なんだなんだ!? 一体どうなっている!?」

「現代魔法だよ」

 

 以前はムニャムニャ呪文を唱えていたはずなのに、スカーサハに色々叩き込まれたのだろうか? 今度からは歌を歌うようになったようだ。

 

 前は魔法をかけるところを見ていれば、仲間の視界から消えることは無かったのに、今回はそこに居るのが分かっていても消えてしまった。どうやら、新しい師匠を得て、彼女も成長しているらしい。

 

 完全に周囲の認識から消滅しているからだろうか、話しかけても返事は返ってこなかった。それがかえって不安になり、本当に大丈夫かな? と思い始めたところで、突然、峡谷にいたレイヴンたちがパタパタとその場で倒れだした。

 

 どうやら首尾よくメアリーのスタン魔法が発動したらしい。鳳たちは慌てふためくレイヴンたちが全員昏倒するのを待ってから、崖を降りて長老たちを救出した。

 

「えーん、えーん、ツクモー、怖かったよー!」

 

 解放された長老は子供みたいに泣きじゃくっていた。ここに来るまで相当ひどい目に遭ったらしい。ここは部族の秘密の場所だから、彼は絶対に教えたくなかったのだが、ピサロたちは暴力を振るって彼に無理矢理吐かせたようだ。

 

 恐怖に怯える老人になんてことをするんだと憤っていると、一緒に捕まっていたマニの母親が事情を話してくれた。

 

「実はレイヴンの街が襲撃され……気づけばトントン拍子に……」

「大森林、そんなことになってるの!?」

 

 マニの母親の話は思った以上に深刻だった。その話が本当だとすれば、今ごろ大森林はオークの巣窟になっている。一番怖いのは、それが繁殖することだろう。それを抑えるための獣人たちも、殆どいなくなってしまったのだから、下手すれば近いうちにも人間の領域にオークが現れるのではなかろうか。戦争なんてやってる場合じゃなかったのだ。

 

 それにしても、まさかガルガンチュアが殺されているとは思わず、鳳たちはショックを受けた。あの部族とは色々あったが、悪い思い出ばかりではなかった。族長を失った部族はバラバラになり、たまたま村に帰っていたマニは行方不明だという。見れば昏倒しているレイヴンたちの中には、見たことのある村人たちの姿もちらほらあった。あの強くて誇り高い部族がこんな連中に従わされているなんて……

 

 ピサロは一体、何をしようとしているのだ? 魔族を先導し、人間に戦争でもふっかけるつもりなのだろうか……その考えが全く読めず、鳳たちが困惑している時だった。

 

「何者だ! そこで何をしている!!」

 

 定時連絡が無かったせいか、それとも外の様子がおかしいと気づいたのか、迷宮に行っていたレイヴンの別働隊が帰ってきた。彼らは遠くの岩陰に隠れながら、銃をこちらに向けている。その先頭には神人の一人が立っていて、抜身のサーベルをこちらに向けて、何かを唱えようとしていた。

 

 古代呪文を食らったらひとたまりもない。ジャンヌが剣を引き抜き、ギヨームが銃を構える。そして鳳が慌てて物陰に隠れようとしたら、それとは逆にアイザックが飛び出していき、

 

「待て! 待つんだ! ディオゲネスッ!!」

 

 神人が呪文を発しようとした瞬間……そこに飛び出してきた男を見て、彼は驚愕の表情を見せた。

 

「ま、まさかあなたは……アイザック様!? 本物ですか!!?」

「ああ、もちろん本物だ! だから武器をしまってくれ!」

 

 ディオゲネスは信じられないといった表情を見せてから、主君に対し不敬と言わんばかりに慌ててサーベルを鞘に戻した。彼に付き従っていたレイヴンたちはどうしていいか分からず、相変わらず銃口をこちらに向けていたが、それに気づいたディオゲネスが武器を下ろせと命じると、素直に従った。

 

 それを見て、鳳たちも武器をしまって歩み寄る。ディオゲネスはアイザックの元へ駆けつけると、その前で膝を屈して恭しくお辞儀すると、

 

「ご無事でなによりです。助けに向かうことも出来ず、申し訳ございません」

「気にするな。お互い命があっただけ儲けものだ」

「そちらの……勇者たちが我々を助けてくれたのですか?」

「ああ、そうだ……というか、勇者軍が戦争に勝利し、捕らえられていた俺のことを発見してくれたのだ」

「帝国軍は負けたのですか……!?」

 

 ディオゲネスはそれを聞くと、悔しそうに奥歯を噛み締めながら、

 

「それではもうとっくに、我々はやつに従う必要なんか無かったんですね。なのに、あの男……まるでいつでも帝国軍と連絡を取り合えるような振りをして」

「あの男とはピサロのことだな? やはり、おまえたちは奴に操られていたのか」

「はい。アイザック様の命を盾に取られては従わざるを得ませんでした。我々は、あたながどこに居るのかさえ知らされていなかったのです。ですがこれで、奴の言いなりになる理由はありません。早速、ペルメルにも知らせ、あの男に思い知らせてやりましょう!」

「わかった。ペルメルは今どこに?」

「彼はピサロと共に、この先にある遺跡を調査中です。狭い場所なので、お供は多くありません。捕らえるなら今がチャンスです」

 

 ディオゲネスが振り返り、迷宮のある方角を指差す。どうやらピサロは、以前に鳳たちが手も足も出なかった迷宮に、既に入っているようだ。ヘルメスの遺産とやらを奪われてしまう前に追いついて、彼らを止めなければならない。

 

 鳳たちの視線が一斉に向くと、ディオゲネスと一緒にいた獣人たちがそわそわしながら、

 

「……神人様。俺たちはこいつらと戦わなくていいのか?」

「ああ、もしお前たちがピサロに義理立てすると言うなら、今度は俺が相手をするが」

 

 すると獣人たちは慌てて首を振って、

 

「冗談じゃない! あんたに勝てるわけがない。俺たちは、ピサロじゃなくて、あんたが怖いからレイヴンに入ったんだ」

「そうだったか……すまなかった」

「神人様がいいなら、もう森に帰りたい。他の奴らもそうだろう」

 

 ディオゲネスの周りにいた獣人たちが一斉に頷く。どうやら彼らはヒエラルキーに従っていただけのようだ。その頂点に立つ神人が居なくなれば、もうピサロの言うことを聞く必要はないと言うことだろう。

 

 ならば、メアリーに昏倒させられた他のレイヴンたちも、事情を知ればもう暴れることはないのかと思いきや、

 

「いや、そうでもない。中にはハチみたいに純粋に略奪を楽しんでいる連中もいた。そいつらが目を覚ましたら、また何をしでかすかわかったもんじゃないだろう。ピサロを追いかけるのも大事だが、ここを押さえておく必要もある。お前たち、森に帰る前に、ここに残ってレイヴン達が悪さをしないように見張っていてくれないか?」

 

 獣人たちはディオゲネスの頼みならと頷きつつも、

 

「俺達だけで、この人数を相手にするのは不安だ」

「なら、私がここに残るわ」

 

 獣人たちが不安そうな表情を見せると、それを聞いていたメアリーが手を挙げた。

 

「彼らが起きてきたら、またスリープクラウドをかければいいんでしょう? MPはまだ沢山あるし、それに泣いている長老を放ってはおけないもの」

 

 解放された長老はまだえーんえーんと子供みたいに泣いている。そんな彼を連れて行くわけにはいかないし、ここに残していくのも不安だった。だがメアリーが残ってくれるなら安心である。少々、戦力ダウンは否めないが、代わりにディオゲネスが合流するのだから大丈夫だろう。

 

 彼はおそらくメアリーより強くはないが、相棒のペルメルも加われば、戦力ダウンどころか寧ろアップだ。

 

「それじゃあ、メアリーをここに残して、俺達だけで迷宮に向かおう。相手のピサロは人間だが放浪者だ。何をやってくるかわからない。もしかしたら、ギヨームみたいなクオリアを持ってるかも知れないから、油断せずに行こう」

 

 鳳たちパーティーはお互いに頷きあうと、ディオゲネスに案内で迷宮へと向かった。

 

 とは言え、案内されるもなにも、迷宮は以前にあった場所、そのままである。

 

 キャンプ地から少し歩いた先にある崖に、太陽光で上手くカモフラージュされた入口がある。そのトンネルを抜けると、そこにはドーム状の空間が広がっていて、遥か上空の崖上から木漏れ日が差し込んでいたり、例のマジックマッシュルームが生えていたりしたのであるが……

 

 しかし再び訪れた迷宮の入り口は、確かにドーム状であったが、以前とは打って変わって人工的な空間が広がっているのであった。壁は岩の崖ではなくコンクリートで固められ、床は何の素材かわからない艷やかに光を反射するパネルで覆われ、天井にはうっすらと光る人工照明が灯っていた。

 

 相変わらず隅っこには例のキノコが生えていたが、どう見ても前回来た場所と同じとは思えない。

 

「なんだこりゃ? 前とは別の場所に来ちゃったのかな??」

「ねえ、みんな、中央の祭壇を見て!」

 

 そんなジャンヌの声に視線を向けると、以前そこにあったストーンヘンジみたいなオベリスクの中央に、光を発する祭壇が見えた。その上には一冊の本が置かれており、光を発しているのは寧ろその本だった。一体どんな魔法が掛かっているのか、それは空中に浮いていて、パラパラとページがめくれたり閉じたり繰り返している。

 

 その祭壇というか台座には、以前はぽっかりと真っ黒い穴が開いていて、そこが迷宮の入り口になっていた。もしかすると、これが迷宮の本来の姿なのだろうか。

 

 アイザックは光る本を指差すと、

 

「あれだ! あれはヘルメス書で間違いない!」

「じゃあ、この本が迷宮の鍵なのか……」

 

 鳳が近寄ってよく見れば、パラパラと勝手にページがめくれてよく読めないが、明らかに意味の取れる文章が書かれているようだった。確かアイザックは地下牢で、ヘルメス書の中身は読めないと言っていたが、こうして鍵としての役目を果たしたことで、読めるようになったのだろうか。

 

 その内容も気になったが、今は不用意に動かすわけにはいかないだろう。鳳は台座から少し離れて屈むと、その下にぽっかりと空いた穴から迷宮の中を覗き込んだ。中にはやっぱり、この台座の大きさからは考えられないほど広い空間が広がっていたが、今度は暗闇ではなくて、真っすぐ伸びる廊下が見えた。

 

 少し進むとT字路になっていて、その先は見えなかった。どうやら中身はそれほど単純な作りではないようだ。探索にはそれなりの時間が必要だろう。

 

 実際、かなりの労力が必要だったとディオゲネスが説明してくれた。

 

「我々はここに数時間前に辿り着いた。間もなく入り口を発見して中に入ったが……この中は意外と入り組んでいて多くの部屋があり、その一つひとつを詳しく調べているわけにはいかなかった。我々は最奥にある大部屋にたどり着くと、そこを重点的に調べたのだが……そこには様々な機械らしきものがあったのだが、どうすれば動くのかがさっぱり分からず、煮詰まっていたところだ。それで俺は外の空気を吸いがてら、こうしてキャンプの様子を見に行ったのだが……」

「そこに俺たちが居たのか」

「ああ、あれから然程時間は経っていない。ピサロたちはまだその大部屋にいるだろう」

「なら、そこで奇襲をかけるのが一番だな……案内してくれるか?」

 

 ディオゲネスはコクリと頷いた。

 

 鳳はそれを見てから迷宮の入り口に立ち、背後を振り返って仲間たちに作戦を確認しようとした。まずは大部屋の近くまで忍び込んで、そこでルーシーの認識阻害の魔法を使って部屋に入る。そこでピサロの位置を確認し、ジャンヌとギヨームで奴を捕らえ、その間にアイザックがペルメルに呼びかけ武装解除を促す。

 

 そう説明するつもりだった。

 

 ところが……彼が迷宮の入り口に立った、正にその瞬間だった。

 

「……悪く思うな」

 

 案内役を買って出たディオゲネスが迷宮の入り口へと歩いていったかと思いきや、突然、鳳の首根っこをぐいと引っ張り、その中に引きずり込んでしまったのである。

 

「え……!?」

 

 完全に油断しきっていた鳳は成すすべもなく迷宮に連れ込まれた。仲間たちもアイザックも、みんな驚いて目を丸くし、ジャンヌは鳳に向かって手を伸ばしていた。そんな唖然とするみんなの姿があっという間に遠ざかっていく。

 

 鳳はそのまま迷宮の奥へと引きずり込まれていった。彼はなんとか逃れようとして、体を捻ったり手足をばたつかせたりしたが、そもそもステータスの違う神人にガッチリと拘束された体はびくともしなかった。

 


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