ラストスタリオン   作:水月一人

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第二の神デイビド

 また死んだ。

 

 エミリアが最初に覚えた日本語はそれだった。

 

 夕日に赤く染まる教室で、放課後一緒にゲームをするようになってから暫く、鳳は肩に触れる彼女の吐息が気になって、ゲームに集中できなかった。そのせいで何度も失敗し、そのたびに死んだ死んだと繰り返し言っていたら、いつの間にか覚えてしまったようだ。

 

 それから少し経ったある日の帰りの会で先生に、エミリアさんに変な日本語を教えないようにと説教されたのは懐かしい思い出だ。その後、他のゲーム仲間が加わって、エミリアはどんどん口汚くなっていった。

 

 くたばれ、雑魚が、引くこと覚えろカス。彼女がゲーム機に向かって口汚く罵る姿は今でも良く覚えている。だけどそんな中でも特に印象に残っているのは、肩にかかった彼女の吐息と、あの言葉だった。

 

***********************************

 

「また死んだっ!!!」

 

 まるで微睡みの最中に突然その日の予定を思い出し、焦って飛び起きた時みたいに、鳳は当たり前のように目を覚ました。頭の中は寝起き特有のぼんやりとした感覚が続いており、目は眼精疲労でしょぼしょぼしていた。よだれがダラダラと垂れていて、慌てて口を拭ったら、体の節々がギシギシと鳴っていて、激しい運動をした翌日みたいに筋肉痛で動きづらかった。

 

 鳳は、はて、こんなところで何してるんだろう……? と暫くボケーッとしていたが、そのうち、目覚める前に自分の身に何が起きたかを思い出すと、

 

「うわっ! ちょっと、たんまたんま! まだ死んだら困るっての……って、あれー!? 生きてんの?? うそーん!?」

 

 今度こそしっかりと覚醒した彼は、一人でぎゃーぎゃーと騒ぎながらその場で立ち上がり、慌てて周囲を見渡した。

 

 そこは迷宮の中だった。

 

 と言うか、さっき彼が死んだと思った場所から、一歩たりとも動いていないとしか思えなかった。ついさっき、このすぐ横にピサロが立っていて、鋭い剣先で彼の喉を突いたのだ。

 

 血が噴水のように吹き出して、びっくりするほど急速に体の力が抜けていった。多分まだ目は開いていたはずだが、視界が閉ざされ何も見えなくなって、ああこりゃ死んだなと思ったら、だんだん意識が朦朧としてきて……気がついたらここにいたのだ。

 

 いや、ここにいたと言うよりも、感覚的には寧ろピサロが消えたと考えたほうがいいくらいだった。周囲を見渡してみると、さっきと何も変わっていない。ジャンヌが消えた例の機械はすぐ目の前にあったし、そこから伸びるケーブル類は、壁際の何かゴチャゴチャした計器類に繋がっていた。違うのは、人が居なくなっていることだけだった。

 

 いや、まだ違う点はあった。何というか、その場の空気というか、色が違うのだ。この部屋はさっきまで、人工的な白い照明で照らされていたのだが、今は部屋全体が光を発しているかのように、セピア色にほんのり輝いて見えるのだ。

 

 そして部屋の中にある様々な物体の輪郭が、どうもいまいちぼやけており、よく見れば幾筋もの輪郭線が絶えず動き続け七色に輝いているのだ。まるで無限の同じ物体が一箇所に固まって、一つの物体を形作っているかのようだった。

 

 そこに有るようで無い。確定していない。そんな奇妙な印象を与えるものには心当たりがあった。以前、長老のキノコを食べた時にレオナルドの背後に見えた精霊だ。あれも輪郭線がぼやけていて、そこにいるんだかいないんだか、よくわからない存在だった。

 

 そしてもう一つ……鳳がまだこの世界に来て間もない頃、練兵場の事故で死にかけた時に迷い込んだ、アイザックの城の裏ステージにもよく似ていた。ここはヘルメス卿が残した迷宮らしいから、実はあの城と同じ結界みたいなものがあったのかも知れない……だが、それにしては様子がおかしかった。

 

 これはもしかして、初代ヘルメス卿とは何の関係なく、単に鳳の身に起きている怪現象なのではないか? 思い返せば、あの時も、鳳は死んだと思ったら城の裏ステージに紛れ込んでいたのだ。今回もあの時と同じように、死んだと思ったらこの不確定な世界にいた。

 

 もしかするとここは、死後の世界なんじゃなかろうか……?

 

 もちろん、こうも五体満足な状態で言っても説得力は無いし、はっきりとした証拠もないのであるが……ともあれ、ここが以前に来たことがある場所であるなら、帰り方もあるかも知れない。前回は地下牢にあった光る扉を抜けたらいつの間にか外に出ていた。何かそれらしいものがここにもあるはずだが……

 

「いや、その前に、この部屋をもっと調べておいたほうがいいか。不用意に戻って、無策のままピサロと戦おうとしたら、また殺されかねん。あとは……シーキューシーキュー」

 

 一応、外? ……に居るはずのギヨームに話しかけてみたが、返事は返ってこなかった。このチャットもどうにもいまいち使い勝手が悪い。繋がったり繋がらなかったり、なにか法則があるんだろうか……鳳はそんなことを考えつつ、目の前にあったでっかい機械の前へと足を運んだ。

 

 問題の機械は高さ2メートル、長さは3メートルほどの円筒形をしていた。内部に人間が一人すっぽりと収まるくらいの大きさがあり、見た感じはデカいMRIとかCTスキャナーみたいな機械である。

 

 一応、内部を覗いてみたが、プラスチックっぽい表面が見えるだけで何がなんだか分からなかった。起動すればここから放射線とかが出てくるのだろうが、多分、分解して中身を見ても、ちんぷんかんぷんだろう。

 

 ジャンヌが消えてしまったカプセル型の寝台も調べてみた。その透明の風防を叩いてみたらカンカンと音が鳴り、かなり頑丈そうだった。材質はなんだかさっぱりだが、アクリルとかそんな単純なものでは無さそうだ。

 

 ジャンヌがいじっていた辺りを調べてみたらボタンがあったので押してみたら、ブーンとモーター音がしてパッと蓋が開いてしまった。まさか動くとは思わなかったからドキドキしてしまったが、もちろん寝台に乗るつもりはサラサラ無いので、蓋を押し返して元に戻しておいた。

 

 こんな感じで、見ただけではこの機械がなんなのかはさっぱりわからなかった。だが、諦めるのはまだ早い。機械からはスパゲッティーみたいな配線が伸びていて、それが壁際の計器類に繋がっている。中にはモニターみたいな物もあるから、そっちの方が本命だろう。鳳はいそいそと移動した。

 

 計器類は見た通り、まんま計器と言った感じだった。現在は動いてなくてモニターに何も映し出されていなかったが、仮に動いていてもよく分からなかっただろう。バイタルとかが映るんだろうか。

 

 他には1Uサーバーのタワーっぽいものがあった。サーバーラックにいくつものサーバーが縦に挿入されており、その表面に小さな画面やボタンが見える。こっちは引っこ抜いて一つ一つ調べることも出来そうだったが、メーカー名やチップの型番を見ただけで何か分かるなら苦労はない。それに、表面をぐるりと見回してみたが、理解できそうな文字もマークも見当たらないから、基盤を見ても期待薄だろう。

 

 それよりも気になるのはタワーの横にある机だ。その上には大きさの違う、大体25インチ前後のモニターが三台置かれており、配線が隣のサーバーラックに繋がっていた。位置関係からして、明らかにそれを操作するための端末だろう。

 

 そして鳳は、これをなんとか動かせないかなと思いながら、机の周りをキョロキョロと調べていた時、それに気づいた。

 

 気がつけば、机の上に一羽の折り鶴がぽつんと置かれていた。こんなものが置かれていたら、すぐに気づきそうなのに、どうして今まで気づかなかったのだろうか……? おかしいなと思いながら、それを拾い上げると、妙な既視感を覚え、そして彼は思い出した。

 

 そう言えば、あの城の裏ステージで目覚めた時、彼は手にしていた千代紙で折り鶴を折った経験があった。城の中でエミリアを見かけたような気がして、試しに折ってみたら、彼を誘導するように足音が聞こえてきた。

 

 それを追っていったら外に出られたわけだが……今回もそれと同じような現象が起きているのだろうか? ともあれ、他に手がかりがないなら、下手に計器類をいじるよりは、これを調べた方がマシである。

 

 鳳は折り鶴を手に取ると、それを元の四角い紙に広げていった。するとそこに、手がかりが見つかった。折り紙の綺麗な模様の反対側は真っ白だが、そこに文字が書かれていたのである。

 

「あ、これって……」

 

 P99……この三文字のアルファベットと数字の羅列を見た時、鳳はピンときた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 おかしな具合に曲がっていたり、逆向きに見ていたから分からなかった。しかし分かってしまえば馬鹿みたいだった。まるで化け物の手みたいだとか言っていたのが恥ずかしくなる。

 

「これは、P99って書かれていたのか……」

 

 しかし、それが分かった所で何だというのか。ここに置かれていたのだから、この部屋の機械に関するものだろうが……もしかして、あの機械の名称がP99というのだろうか? だとしたら何の略だ?

 

 鳳がそんなことを考えているときだった。

 

 突然、ピッ! っとビープ音が聞こえて、隣のサーバーラックがブーンと風切り音を立て始めた。カチカチと何か電気的なノイズが聞こえて、いくつかのサーバーに光が灯る。驚いてタワーの中身を覗いていたら、今度は机の上のモニターが点灯し、そこに大きくアルファベットの文字列が流れた。

 

 D・A・V・I・D

 

 デイビッド……? 人の名前? いや、それよりもっと大事なことを、どこかで聞いた覚えがあったような……と思っていたら、突然、鳳の脳内に直接語りかけているような、不思議な声が聞こえてきた。

 

『音声認証完了、対象を鳳白と識別、DAVIDシステム起動』

 

 そして起動音もなく、目の前の三台のモニター画面が映った。モニターには殺風景な壁紙のない単色の背景の中に、いくつかのアイコンが並んでいた。よくあるGUIで、鳳にも触れそうだった。

 

 アイコンの下には文字列が並んでいて、それはアルファベット……というか、完全に英語だった。SystemとかDeviceとかSettingとか、直感的にすぐ分かる文字が並んでいる。

 

 どうやって動かすのかな? と思ったら、それに呼応するかのように、突然、目の前の机の上に四角い光が浮かび上がった。QWERTY配列のキーボードの形をしていて、どうやらこれは埋込み式のキーボードのようである。それじゃマウスもあるのかな? と思ったがどこにも見当たらず、試しに画面に触れてみたら、どうやらタッチパネルになっているようだった。

 

「これなら俺にも使いこなせそうだ。早速、あの機械について調べてみよう……」

 

 そう呟いた時、更に不思議なことが起こった。鳳はまだ何もしていなかったのに、さっき脳内に直接語りかけられたような感じで、今度は知らない知識がどんどん頭の中に流れ込んできたのである。

 

 その奇妙な感覚が過ぎ去った後、鳳は目の前の端末の隅々までわかるようになっていた。元々彼はパソコンの操作は出来なくはないが覚束ないはずだった。それが今は熟練した技術者のように、何でも使いこなせるようになっていたのだ。

 

 これがどういう仕組みなのかは分からなかったが、なんでこんなことが起きたのかはピンときた。音声入力だ。最初、これが起動した時もそうだった。どうやらこのコンピュータは直接話しかけてもある程度のことはサポートしてくれるらしい。

 

 しかしそれには、脳のリソースをかなり使うようだった。鳳はまだこれといって何もしていないのに、異様に疲れを感じ頭がガンガンしていた。これはあんまり不用意に使わないほうがいいだろう。そう思い、彼は黙って端末を操作し始めた。

 

 幸いなことに、さっきの経験のお陰で、この端末の中にどんな情報が入っているかは、ある程度想像がついた。これは例の円筒形の機械を操作するための端末であり、その操作方法はデータベース内にあるドキュメントに書かれているようだ。それを読めば、あの機械が何のためにあるものなのかも分かるだろう。

 

 しかし彼はそれをすぐには調べなかった。それより、気になるものを見つけたのだ。それは動画ライブラリーにある映像で、この施設が何のために作られたのか、その経緯を説明するものだった。

 

 多分、機械を直接いじるよりも、まずはこれを見たほうがいいだろう。彼はファイルを開いた。

 

*************************************

 

 リュカオンの大繁殖後、欧州はどんどん人が住みにくい土地になっていった。動物は群れを作ると縄張りを主張し大胆になってくる。リュカオンも同じで、彼らは自分たちの勢力が大きくなるにつれて、どんどん人間に対する要求をエスカレートしていった。

 

 やれリュカオンのみが住むことが出来る特区を作れ、やれ食料を無償配布しろ、やれ社会保障が足りない、やれリュカオンの宗教を守れ、やれ人間と同じ教育を受けさせろ。

 

 リュカオンに宗教はなく、人間の教育を受けられるほどの頭も無かったのだが、欧州は二度に渡る大戦の後遺症から、行き過ぎた人道主義がそうさせた。それは明らかに間違った方策だったが、反対するとリュカオンのみならず、匿名の誰かに攻撃されるため、欧州の人々はついに言葉を失ってしまった。

 

 どうやら人間の中に、人間同士を分断している奴らがいる。そんな噂はよく聞こえてきた。ただの愉快犯かも知れないし、革命的テロリストかも知れない。アメリカ大統領に至っては、それは中国とロシアのせいだとはっきりと主張していたが、実際には誰がこんなことをしてるのかはわからなかった。多分、その全部だったのだろう。

 

 ある時、それがどうしようもないレベルにまで達し、そして欧州は崩壊した。欧州は増え続けるリュカオンに飲み込まれ、人間が襲われだし、なのにそれを糾弾する人々がネットで口撃された。もはや心身両方の意味で、人が住んでいられる土地じゃなくなってしまったのである。

 

 いち早くEUを抜けていたイギリスは、間もなく英仏海峡トンネルを封鎖したが、元々ドーバー海峡は泳いで渡るような人々がいるくらいだから、体力バカのリュカオン相手では殆ど意味を成さなかった。イギリスは不法入国したリュカオンたちに荒らされ、交通が乱され、食料を失い、殺人が横行し、飢えた人の群れが行列を作るほどにまで逼迫した。

 

 そしてテレビ番組で、何故リュカオンを射殺しないんだというコメンテーターの発言を最後に、公共機関は完全に麻痺し、ついにタンカーに乗った難民が大西洋を渡る事態にまで発展するのであった。

 

 この事態に際し、ついにアメリカ大統領はリュカオンを人類の敵と見なし、彼らは人間でないと宣言した。そして北米大陸のリュカオンを隔離、この期に及んでまで批判を繰り広げる左翼団体を逮捕した。人道を叫ぶ人間は、それが他愛のない世間話でも、誰かに聞かれたら村八分に遭い、最悪の場合は殺された。今度は彼らが狩られる番だった。人類はキレていたのだ。

 

 しかし、欧州を席巻したリュカオンの増殖は止まらず、これを取り戻すのは容易ではなかった。元々、家畜であるリュカオンは人間に比べて繁殖力が高く、おまけに成長も早い。しかもリュカオンたちは繁殖するだけには留まらず、ある日新しいリュカオンを作り出してしまったのだ。

 

 元々、リュカオンは家畜のDNAを操作し、無理矢理作り出したキメラが元だったが、それを作り出す装置は欧州にもあった。リュカオンは馬鹿だが機械を操作することは出来る。ある日、それに気づいたリュカオンが、装置を適当に弄って新たなリュカオンを作り出してしまったのだ。

 

 出来上がったのは不完全な生き物で、彼らはリュカオンのように人語を解する知性はなかった。だが、生まれつき人間に対する悪意を持ち、恐ろしく頑丈で獰猛だった。リュカオンはこれを野に放ち、自分たちの代わりに人間を攻撃する犬とした。これは間もなく人類の間で魔獣と呼ばれ初め、そしてユーラシア大陸は魔獣の跳梁跋扈する魔界と化してしまったのである。

 

 ロシアや中国を始めとするユーラシアの大国は軍隊を派遣して、自国に魔獣が入り込むのを防いだ。だが、殆どただの野生動物である魔獣を防ぎきるのは難しく、更にはその魔獣を使役するリュカオンが非常に厄介だった。彼らは馬鹿だが狩りの腕は人間よりも上だった。おまけにどこでも生きていけるタフネスさがあった。そんなのが森に入って人を襲い始めたら、もう普通の人間ではどうしようもなかったのだ。

 

 徐々に押し込まれ始めたロシアや中国では、核兵器を使おうという論調が強くなりはじめた。アメリカはそれをどうにか防ごうとしていたが、仮に中露を止めたところで、このままではリュカオンの方が先に核を使うのも時間の問題だった。

 

 追い詰められた人類は、新たに対リュカオン機関を組織し、対応を協議し始めた。日本はその最前線基地として選ばれ、東京に世界中の頭脳が集められた。

 

 何故、日本が選ばれたのかと言えば、そこに(おおとり)グループがあったからだ。

 

 元IT企業のこのコングロマリットは、世界で初めてシンギュラリティに到達したAI『DAVID』を保有していたのだ。

 

 DAVIDとは『multi-Dimention Accessible / Virsetile Imaginary Device』の略で、意訳すれば多次元にアクセス可能な可変思考装置と言ったところだろうか。多次元の言葉が表す通り、DAVIDは高次元から到達する第五粒子(フィフスエレメント)を利用して、無尽蔵のエネルギーと計算力を実現する制御コンピュータでもあった。

 

 忘れているかも知れないが、リュカオンは元々この第五粒子エネルギーを、効率よく利用するために生み出された生物だった。つまり、鳳グループには、先頭に立ってリュカオンを駆逐するための道義的理由があった。

 

 そのため、鳳グループはこの計画のためだけに、グループの持つあらゆる生産力と労働力、そして小国の国家予算規模の資金を投入した。その並々ならぬ決意が認められて、後にこのプロジェクトはフェニックス計画と呼ばれるようになる。

 

 フェニックス計画最初の会議では、ドローン兵器による攻撃が議論された。この頃になるとドローン兵器は小型化が進み、テロ事件の際にはビル内への突入など、警察に変わって活躍する機会も増えてきた。

 

 しかし、ドローンを使うとなると、爆撃がその主体となる。しかし、リュカオンも魔獣も、いくら殺してもいくらでも増えてしまうから、一度や二度の爆撃で制圧するのは困難だった。

 

 結局は陸軍を送って、拠点制圧をしなければならない。しかし、人間はリュカオンと違って、死んだらそれまでなのが問題だった。

 

 人類は先進国であるほど少子化に憂えていた。人間の教育コストは年々高騰し続け、そんな人間が失われるリスクを考えると、戦争は割に合わない。だから人間同士の戦争は減っていたのだが、そんな人間側の事情はリュカオンには通用しない。

 

 そのため、会議ではいかに人を死なせずに戦争をやるのかという、矛盾した提案ばかりがされていた。その中には人間のクローンを作ろうという話も当然出た。

 

 しかし、そうして作ったクローンとオリジナルの何が違うのか? オリジナルが生きてれば、クローンは死んでもいいのか? 結局また、人道問題でリュカオンと同じ轍を踏むことになりかねない。

 

 同じように、人間に従順なリュカオンを作ろうという案もあった。リュカオンにはリュカオンをぶつけようという考えだ。

 

 こうして狼人、猫人、兎人、蜥蜴人などが考案され、これは比較的良好だったが……結局はこれを現行のリュカオンと同数くらいに増やすリスクが、人類に二の足を踏ませた。リュカオンだって、最初は友好的だったのだ。これが群れを作った時にどう変わっていくかはわからない。

 

 会議は煮詰まるかと思われた。

 

 DAVIDはこれに一つの答えを出した。それは人間を量子化することだった。

 

 人間とは突き詰めれば分子の集合体だ。これはどんな生物であっても変わらない。DAVIDはその分子構造全てを突き止め、量子化し、サーバーに保存しておけば、オリジナルが死んでもすぐに復活させることが出来ると結論した。

 

 しかし人間の細胞は数十兆から多くて千兆と言われるくらいばらばらで、そのはっきりとした構造は何も分かっていない。ましてやミクロの世界では不確定性原理から逃れることが出来ないから、その状態を保存しておくことなど不可能なはずだ。

 

 ところが、DAVIDはその方法は既にあるという。それはとても信じられなかったが、そもそも信じられないのがシンギュラリティに到達したAIなのだ。

 

 もし人間と全く同じように考えるAIが存在したら、例え世界中の頭脳を集めたとしても、人間は優れたAIには敵わない。それはAIの演算力が人間の脳の処理速度を超えてしまっているからだ。おまけにAIは休息を必要とせず働き続けられ、記憶領域が残っている限り忘れることもない。

 

 ましてシンギュラリティに到達したDAVIDは、その日から無限の思考能力を手に入れたも同然であり、天才のことを凡人が理解できないように、人間にはもう彼が何を考えているのかは理解できなくなっていた。

 

 彼は深遠なる思考の先に、その方法を見つけ出したというのだ。

 

 人々はその結果だけを聞いて色めきだった。もしそれが本当だとすれば、不老不死が実現したと言ってるのと同義である。

 

 DAVIDのこの提案はすぐに受け入れられ、対リュカオンを別にしても、人間の量子化計画は進められた。そして実験を経て、それが有効であると判明した時、計画は次の段階へと進むことになった。

 

 死なない体を手に入れたとしても、人間の身体能力はリュカオンより劣っていた。なのに、相手の方が圧倒的に数が多く、放っておいても次々と増えていってしまうのだから、多少の駆除が出来たとしても、いたちごっこになりかねない。もっと抜本的な解決法が必要だ。

 

 そのため、まずはパワードスーツの開発が進められたが、すぐにそれは人間を改造するというサイボーグ化計画へと変わっていった。既に人間は量子化されていたので、体をいじることに関しても、人々はそれほど抵抗がなくなっていたのだ。

 

 幸い、人間は第五粒子エネルギーを用いて、遠隔でエネルギーを調達する手段を既に得ていた。その受容体は人間の脳にあり、コンピュータによるサポートがあれば、人間はそのエネルギーを自在に扱うことが出来た。

 

 そこでDAVIDは第五粒子エネルギーを使ったサイキックを提案した。亜空間に蓄積したエネルギーを、人間の命令で放出すれば、この世界に炎や雷のようなエネルギーとなって現れる。その制御はDAVIDが中心となったサーバ群で行い、人間は音声入力でそれを実行する。

 

 通信にはまた第五粒子エネルギーを使えばいい。それは高次元を通過するエネルギーであるから、地球上のどの点とも通じている。つまり基地局が要らないのだ。送受信は人間の脳が行い、特別な設備は要らなかった。

 

 人間はただ、『ファイヤーボール』と叫べば、火の玉が勝手に飛んでいくのだ。

 

 こうして新たな攻撃手段を手にした人類は、さらに盤石の体制を得るため、身体の強化を望んだ。量子化によって、確かに人間は死ななくなったが、それは体が滅ばないというわけではなくて、死ぬたびに新たな体で復活するということだった。相変わらず人間は戦争で死ぬことはあり、そのたびに後方で復活するということを繰り返していたら、作戦行動にも支障が出る。もっと頑丈な体を手に入れなければならない。

 

 そこで人類は、幹細胞の代わりにナノマシンを利用した、人造人間を作り出した。

 

 人間に限らず、全ての生物は、たった一つの胚細胞から始まる。それは母親のお腹の中でどんどん分裂を繰り返し、体の形を作っていくが、その際、腕なら腕、足なら足を作る設計図が必要だ。

 

 その役割を担っているのがDNAと幹細胞であるが、人類はこれをナノマシンに置き換えて、コンピュータ制御することにした。こうすれば、もし戦闘で傷ついて体のどこかが欠損したとしても、すぐにナノマシンが命令して細胞を修復することが出来る。そのためのエネルギーは、第五粒子エネルギーが高次元にいくらでも存在した。

 

 こうして壊れてもすぐに修復できる体になった人間は、思わぬ副作用で身体能力にも著しい向上が見られるようになった。普段、人間はその体が壊れないように、無意識に力をセーブしているのだが、そのリミッターが解除されたのだ。そのお陰で人間は、リュカオンと同等どころか、それを凌駕する身体能力を手に入れたのであった。

 

 新たに生まれた人類のことを、人々は超人(ユーベルメンシュ)と呼んだ。ニーチェの言葉にあやかったものであるが、英語に置き換えれば要はスーパーマンのことである。

 

 こうして超人を投入した人類は、瞬く間に失地を回復していった。数は相変わらず圧倒的に不利であったが、元々地頭の良さはリュカオンは人間に遠く及ばない。身体能力の差がなくなってしまえば、結局は頭の良さが物を言った。

 

 人類は徐々にリュカオンを追い詰め、ついに勢力は逆転した。イギリス本土から追い出し、挟み撃ちするようにヨーロッパの左右から進撃し、ついに人類はリュカオンから地球を取り戻したのである。

 

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