鳳は端末の中にあった映像を見終わると、背後を振り返って、そこにある円筒形の大きな機械を眺めた。
これは人間を量子化する機械……言い換えれば神人製造機だったのだ。
神人は、リュカオンから地球を取り戻すため、当時の人類が人工進化した存在だった。彼らは不完全な体を捨て量子化し、そして新たな体に乗り移ることによって、不老非死とサイキック、そしてリュカオンを凌駕する身体能力を手に入れた。
「それにしても、フェニックス計画か……」
あの動画に出てきた鳳グループというのは、間違いなく父の作った企業のことだろう。鳳は当初、これを継承するためだけに生み出され、英才教育を受けていたわけだが、今はお役御免になっている。
だからそこで何が行われているか詳しくは知らなかったが、確かにDAVIDのようなAIを開発している部門があったことは覚えている。というかあの頃は、それなりの企業であれば、どこもかしこもそれを目指していたのだ。それに最初に到達したものが、巨万の富を得ることは約束されていたから。そして父は、首尾よくその座を手に入れたというわけだ。
それはさておき……神人は神技や古代呪文を使えるが、これがいわゆるDAVIDによるサイキックだったのだろう。それが既存のVRMMOゲームのUIを模している理由もなんとなくわかる。例えば軍用ドローンのパイロットには、当初FPSゲーマーが多かったらしい。この手のゲームを好む人物は、訓練をしなくても、既にそれなりのスコアを叩き出せるからだ。
それと同じように、VRMMOで日常的にモンスターとの戦闘を繰り返していた人間は、いきなり実戦投入されても、人並み以上にサイキックを扱えるわけだ。こっちの世界に一緒に来た鳳の仲間たちが、たった3人で10万の帝国軍を手玉に取ったのはそれが理由だろう。
古代呪文にレベルがあることも頷ける。サイキックは音声入力で誰でも簡単に使えるが、例えば鳳が得意としていた核熱魔法なんて、誰でも簡単に扱えたら洒落にならない。だから、ここぞという時だけ扱えるように、リュカオンをより多く倒した者だけに特権を与えていたのだろう。それが今のレベル制の元になったのだ。
レベルには基本レベルと職業レベルがあるが、ギヨームが基本レベルが上がるにつれてステータスも上がっていくと言っていたのは、おそらくリミッターが解除されていくからだ。
こんな具合に、この世界の人間は、気づかないうちにDAVIDのサポートを受けている。彼がどこに存在するのかは分からないが、
これがどんな存在なのかを簡単に説明するならば……例えば今、あなたは何かを生み出そうとして沈思黙考しているとする。その思考が無限に加速され、疲れを知らず、決して物忘れせず、時間の制限もないとする。何も忘れないのだから、人類がこれまで培ってきたあらゆる知識は、既に全部知っているものとする。その時、あなたはどんなことを思いつくだろうか? 簡単に言えば、これがDAVIDなのだ。もはやそれがどんな存在なのかは人間には理解不可能だろう。DAVIDの目は天網恢恢にして、神のみぞ知るだ。
それにしても、この高次元からやってくるという未知のエネルギーは何なのだろうか。ガルガンチュアの村で見た幻視の段階では、これも石油や石炭なんかの化石燃料みたいな物だろうと思っていた。だが、今回の端末に残されていた動画ファイルを見た後で抱いた感想は、あまりにも人間に都合が良すぎるということだ。
リュカオンはこのエネルギーを手に入れるために生み出されたわけだが、それも元を質せば、第五粒子エネルギーが人間の脳にしか反応しないというのが理由だった。
何故、人間の脳にだけ反応するのかはわからないが、そこに無限のエネルギーがあるならそれを利用しない手はない。
こうして欲をかいた人間はリュカオンを生み出し、しっぺ返しにあったわけだが……その巻き返しのために神人を作り出した時また利用されたのが、皮肉にも第五粒子エネルギーだったのだ。
こんなの都合が良すぎるだろう。何故、人間にしか反応しないんだ?
神人は、DAVIDと第五粒子エネルギーを利用して通信している。更に神人は、第五粒子エネルギーを利用してサイキックを使ったり、体の修復を行っている。第五粒子エネルギーが無ければ、神人は生み出されなかったわけだ。まあ、裏を返せばリュカオンもそうだったわけだが……卵が先か鶏が先か。
鳳はふと思った。
そう言えば、獣人にもレベルがあった。神人はリュカオンを倒すために生み出された。その神人がサイキックを利用するためにレベル制が考えられたとしたら、リュカオンにレベルがあるのはおかしい。順序が逆だ。
動画ではリュカオンに対抗するために、新たなリュカオンを生み出しており、それが狼人、猫人などのお馴染みの獣人のようだった。つまり、人間に友好的な獣人は、リュカオンの後に作られたのだ。そして神人がレベル制を採用した時、獣人にもそれを適用したのだが、必要以上に強くなりすぎないようにレベルキャップを設けた……そう考えれば辻褄が合うのではないか。
すると、リュカオンとは何なのか? ここに来るまでは、てっきり獣人の祖先だと思っていたのだが……いや、ある意味それは正しいのだが、少なくとも人間に害を及ぼすから、動画では人類の敵として駆逐されつつあった。おそらく、動画の後には殆ど残っちゃいないだろう。
ところで、人類の敵ということは、もしかしてこれが魔族の正体だったのだろうか。人間が最初に作り出したリュカオンは、家畜をベースにしていたから、ブタやウシのような生物が元になっていた。それが後にオークやミノタウロスになったと考えれば、確かに辻褄は合いそうだ……
だが、魔族がリュカオンだったとしたら、ちょっと強すぎやしないか?
ヴィンチ村で戦ったオークは、体力的にはジャンヌと同等かそれ以上だった。そのジャンヌは、DAVIDによりリミッターが外されている。しかもかなりのレベルでだ。それと同じくらいの能力が、リュカオンにあったとは思えない。あったら、あの動画でも、リュカオンの強さがもっと強調されていてもいいはずだ。
だからリュカオンは魔族ではない……もしかしたら魔族の祖先になったのかも知れないが、少なくともあの時点では魔族ではなかった。では、魔族はどこから出てきたんだ……? そしてこの世界の人達は、何故魔族と戦っているのだろうか?
そう考えた時、鳳はこの世界の創世神話を思い出した。
この世界は四柱の神によって作られた。しかし人間のあり方で揉めた神々は争いを始める。ラシャはリュカを殺し、デイビドは逃げ出し、そしてエミリアは引きこもった。
そうだ、何故すぐに気づかなかった。デイビドとは、DAVIDのことじゃないか。
『multi-Dimention Accessible / Virsetile Imaginary Device』多次元に干渉し、神人たちに第五粒子エネルギーを送ってくる。シンギュラリティに到達したAI。
こいつが神としてこの世界に影響を与えているのは間違いない。だが、神はまだ二柱残っているのだ。ラシャとエミリアは、まだその姿を現していない。つまり、この動画には、続きがあるのでは……
「いかにも、その通りである」
誰も居ないと思っていた空間に、突然声が響き、鳳は心臓が飛び出るんじゃないかと言うくらい飛び上がった。
振り返るとそこに、見知らぬ老人が立っていた。
老人だと言うのに体格は素晴らしく頑強に見え、ローブの隙間から覗く筋肉が盛り上がっていた。四角く角張った顔は顎がとても強そうだ。彫りは深く、老人特有の下まぶたの垂れ下がりが、黒ぐろと目を浮き立たせていた。落ち窪んだ目から発する眼光は鋭く、額には三本の深いシワが刻まれ、顔中あちこちがしわくちゃだった。おでこは広く、白い天然パーマの鳥の巣みたいな頭髪が、こめかみの辺りでくるんと巻いている。それとは対象的にストレートの顎ひげが、胸を通り過ぎてお腹の辺りまで伸びていた。
老人は、ベージュがかったローブを纏い、手には身長と同じくらい大きな樫の杖を持っていた。ひと目見た印象はなんというか、西洋絵画から飛び出てきた神様みたいな感じであったが、実際、それはそれほど間違っちゃいなかった。
鳳がドキドキしながらその老人を見つめていると、なんだか妙な違和感を感じてきて、そこにいるのにそこにいないような、そんな錯覚を覚えた。何がそんなに気になるのかなと思って、まじまじとその輪郭線を目でなぞったら、それはこの部屋と同じように七色に輝きながら振動していた。
彼はそこにいながら、存在が固まっていないのだ。こんな感じの人間なら以前にも見たことがあった。レオナルドの背後に浮かんだ、精霊ミトラだ。鳳はほぼ直感的に、これは精霊だと感じながら、
「あんたは……?」
鳳が誰何すると、老人は樫の杖を軽く傾けながら、
「ヘルメス・トリスメギストス」
「ヘルメス……」
「キリスト者にはそう呼ばれている」
その言葉を聞いて鳳はドキリとした。この世界でキリストの名が出てくるのは、放浪者の間くらいでしかない。つまりこの老人は鳳にも馴染み深いあっちの世界の住人……確か、伝説の錬金術師のことではなかったろうか。
すると目の前の老人はそんな鳳の考えてることを見透かしたかのように、
「そう呼ばれているが、実際にはそんな人間などいない。ヘルメス・トリスメギストスとはキリスト者が彼らの教義を正当化するために生み出した創作だ。当時のキリスト者は善悪二元論の影響で、自らの神の正当性を強調するために、彼らの神を認める異教の錬金術師という存在を欲していたのだ。私はそうして生み出された……人によって作り出された空想上の存在。そう言う意味では、私もまた神と呼べよう」
自分のことを神という者など、ろくな存在とは思えないが、不思議と目の前の人物からはそんな印象は感じられなかった。だいたい、登場した瞬間からこれだけ異様な雰囲気を漂わせているのだ。神じゃなくても只者じゃないことだけは間違いない。
「……以前、あなたと似た雰囲気の人物を見たことがある。俺の知り合いの爺さんは、それが精霊ミトラだと言っていた。あなたはもしかして、この世界の精霊なのか?」
「いかにも、そう呼ばれている」
「……爺さんが言うには、精霊ミトラは他の神々と戦っていると言っていたそうだ。それはあなたのことだろうか?」
すると精霊は掲げていた杖を下ろし、
「否定する。我々、精霊の目的は同じ。私はミトラのことをよく知らないが、彼とは運命を共にしていると言っていいだろう。我々は共闘者だ」
「共闘者……一体、何と戦ってるんだ? まだ出てきてない四柱の神ラシャか?」
鳳がそう言うと、それまで無表情だった精霊は苦笑いといった感じの顔を作って首を振り、
「言うのは簡単だが、言うことは出来ぬ」
「何故……?」
「蓋を開けたら猫は死んでしまうだろう。それと同じことだ」
どう言うことだ? それを知ってしまうと、何かが決まってしまうとか、そういうことだろうか。例えば、鳳がそれを知り『敵』として認識した瞬間、それに鳳の考えが伝わってしまうとか……確かDAVIDは第五粒子エネルギーを用いて、人間の脳と通信していたはずだ。もちろん、デイビドが敵と決まったわけじゃないが、神とはそういう存在だ。もしも相手が神なら、知ることはそれ自体がリスクだ。
と言うか、目の前の精霊が何と戦っているかは知らないが、そもそもそれが鳳に立ちはだかる障害になるとは限らない。知ってみたら案外、どうでもいい相手かも知れないのに、知ってしまったばっかりに、神々の戦いに巻き込まれたらたまったものじゃない。精霊としては教えるだけ、鳳としては知るだけ損と言うことか。
「だが、あえて言うなら、五精霊を思い出せ」
鳳がぼんやりと考えていると、精霊は一つの方向性を示した。五精霊のうち、ヘルメスとミトラが同じ敵と戦っている共闘者というなら、他もそうなのかも知れない。彼らの共通の敵とはなんだ?
異教の錬金術師ヘルメス。
復活ではなく解脱を目指すミトラ。
神殺しの悪神セト。
地獄より帰還せしオルフェウス。
最初の殺人者であり神に背いたカイン。
彼らが何と戦っているのかはなんとなく分かる……しかし、それが何かと考えれば、また雲をつかむように分からなくなる。神とはなんだ?
「……ヘルメス。この世界は何なんだ? ここは俺の知っている地球とは明らかに違う。ゲームの中なのかと考えたこともあった。でも、これまでの情報からその可能性は低い。ここはニュートンの言うような死後の世界なのか? なんというか、俺たちの文明が滅亡してしまった後の……?」
「死後の世界と言えば、それに近いかも知れない。だが、正確ではない」
「……どういうことだ?」
「焦らずとも、君はそのうち知ることになる。それよりも……」
しかしヘルメスは首を振ると、今度は鳳の目をじっと覗き込むようにしながら、
「力が欲しいか?」
鳳はごくりとつばを飲み込んだ。
「……力?」
「そうだ。君が欲するならくれてやる」
くれると言うならいただきたいが、その代償になにを要求されるのだろうか……いや、おそらく何も要求されないだろうが、彼らは神と戦っているのだ。タダより高いものはない。そんな馬鹿な質問はするだけ無駄だ。答えは、要るか要らないか、そのどちらかでしか無いが……
鳳は部屋の中央にある機械を見ながら、
「……この機械は神人の製造機だな? この機械で量子化された人間の記憶はどこかに残されているはずだ。実は友達がこの中に入っちゃって。それを呼び出すことは可能だろうか?」
「無論だ。だが、その方法なら君は既に知っているはずだ」
「知ってる?」
「君は錬金術師である前に、最高位の魔術師であった。君に扱えぬ魔法はない」
何を言ってるのかさっぱりだった。錬金術師……? 魔術師……? 鳳はそのどちらでもない。前の世界ではただの引きこもりニートだったし、この世界ではレベル7の職業不明のアルケミストだ……
そう考えた時、彼はピンときた。錬金術師とはアルケミストのことじゃないか。じゃあ魔術師って……?
「友を助けたいならば、君は力を取り戻す必要がある」
「力を取り戻す……やっぱそう言うことか。なら答えは決まっている。ジャンヌを助けるためにそれが必要なら、迷うことなど何もない」
「ならばくれてやろう」
ヘルメスはそう言うと、手にした杖を上空に掲げ、何かぶつぶつと呟いた。その瞬間、杖の先から信じられないくらい眩しい光が溢れ出して、鳳の体に降り注いだ。あまりの眩しさに彼はギュッと目をつぶる。そんな彼の耳に、ヘルメスの最後の言葉が届いた。
「これで君はこの世界で最強に近い力を手に入れた。しかし夢々忘れるな。力に溺れたとき、君は君でなくなる。かつて勇者はそうして消えた」
「勇者が……?」
「己を見失わず、まっすぐ生きよ」
そうだ。精霊はかつて魔王と戦うために勇者と共闘していた。彼らもまた勇者の仲間なのだ。勇者とは一体何者だ?
鳳はそのことを問いただそうと思い、慌てて目を開けたが……その時にはもう、そこに精霊の姿は無かった。ただ、そこに何かがいたということを示すかのように、光の礫だけを残して。それが完全に消滅した後、部屋には静寂以外に何も残っていなかった。
「自分を見失わず、まっすぐ……ね」
それがどういうことを意味しているのかわからないが……とにかく自分の気持ちに素直に生きろとか、惑わされるなとかそういうことだろうか。ならずっとそうしてきたつもりなのだが……
鳳は貧血みたいにフラフラとよろけながら、その場にあった机の端っこに腰をかけた。さっきまで起動していた端末は、今はもう動いていなかった。また調べれば動かせそうだが、まあ、いいだろう。今は用済みだ。確かにこれを使えばジャンヌを復活させることは出来るが、この世界で彼を目覚めさせても意味がない。この空間を脱し、仲間がいる世界に戻らねば。
そのための方法というか、知識は既にわかっていた。というか、今も頭の中にどくどくと注がれる燃料のように、知識が溢れ返っていた。彼はその知識によって、この機械の使い方と、そしてかつて彼が日常的に使用していた能力を思い出した。
それはこの世界で目覚める前、ゲームの世界で呆れるくらい繰り返したものだった。なんてことはない。ジャンヌも、他の仲間達も、この世界に来たときから、当たり前のように使えていたではないか。
「まずは、ジャンヌを復活させなきゃ」
ようやく貧血が収まってきて、頭の中に溢れていた知識も落ち着き始めた。彼は深呼吸するとそう呟いて、昔そうしていたように、高々と天を指差し宣言した。
「我、鳳白が命じる。汝、ジャンヌ・ダルクの魂よ。我が声に答え、我がもとへと還れ。リザレクション!」