勇者領を滅茶苦茶に引っ掻き回し、獣人社会を混沌へと突き落としたピサロは死んだ。その爪痕はまだ癒えておらず、これからどうなるか分からなかったが、一先ずの決着がついたことにホッとしつつ、マニはそいつの後頭部に突き刺した短刀を引き抜いた。
野鍛冶の師匠がマニのために特別に打ってくれた大事な短刀に、ピサロの汚い血と脳の一部が付着している。マニは不愉快そうにブンブンと、まるで穢れを祓うかのようにそれを振り払った。
「マニ! 生きてたのか!」
短刀を腰のホルダーへと戻し、足を撃たれて動けないルーシーに近づこうとすると、迷宮の入り口の方からギヨームが出てきた。彼を見つけるなり嬉しそうに笑顔で手を振るギヨームの背後にはアイザックも居る。
彼らは怪我をしているルーシーと、そのすぐ横でおかしな方向に首が曲がったピサロの死体を見つけると、
「まさか、これをおまえがやったのか?」
「マニ君凄かったんだよ! どこからともなく現れたと思ったら、いきなりこいつの首をグイッとやっちゃって……イタタタ」
ルーシーがその時のことを興奮気味に説明しようとすると、太ももの傷が痛みだしたのか、突然傷を押さえて、今にも泣きそうに顔を歪めた。
マニはそれを見て当初やろうとしていたことを思い出し、ホルダーから水と薬草を取り出すと、彼女に駆け寄って傷口の治療を始めた。思ったよりも深かった傷に悲鳴を上げつつ、どうにかこうにか治療を終えて一息くと、彼らは鳳たちが出てくるのを待って、メアリーの残っているキャンプへと戻った。
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キャンプに戻った彼らは、別人になってしまったジャンヌのことをメアリーに説明したり、ピサロが死んだことで大人しくなったレイヴンたちが、マニに恭順を示したことに驚きながら、ヴィンチ村を出てから何があったのか、お互いに情報をすり合わせることにした。
まずはアイザックが捕まって以降、大森林で何が起きていたのか……迷宮に入る前にマニの母親から聞いていた通り、ピサロはヘルメス卿の墓守を探して大森林を滅茶苦茶にしながら、ついにガルガンチュアの村へと辿り着いたらしい。
「彼は狡猾と言うか、用意周到な男で、事前にあらゆる手を尽くしてから戦闘を始めるタイプだったようです。どうも彼には敵の大事な物が見えるふしがあったみたいで、僕は村が襲われる前に、彼によって拉致されました」
そのせいでガルガンチュアはピサロに抵抗できなくなり、ハチの手によって殺害された。マニは父の死体にすがりつき、呆然とするしか無かったが……
「その時、何故かお兄さんの声が聞こえてきて、不思議な力が湧いてきたんです」
多分、チャットで呼びかけた時だ。その後、アイザックの話からガルガンチュアの村が襲われていることを確信した鳳は、余っていた経験値をガルガンチュアに注ぎ込んだわけだが……そのガルガンチュアとは、父の名を受け継いだマニだったわけである。
しかし、マニがガルガンチュアになったのは、父が死んで鳳が経験値を注いだ後だ。なのにステータス画面に名前が出てきたのは、それより大分前だったのはどういうことだろうか。タイミングが違えば、経験値は父ガルガンチュアに注がれていたのだろうか。
少々気になったが、確かめる方法はない。だが、その後、彼の身に何が起きたかはおおよそのことは見当がついた。
「力が湧き上がってくると同時に、ご先祖様の記憶が蘇ってきました。僕はピサロ達に対する怒りで、殆ど意識を乗っ取られてしまいました。ご先祖様は神人たちを物ともせず、その場にいた全員を脅かし、ピサロを殺そうとしたんですけど……でもその時、僕が人質のお母さんに気を取られてしまって、気がついたらご先祖様は僕の中から居なくなっていました」
「なるほど、おまえは
「放浪者?」
鳳は頷いてからギヨームの方を振り返り、
「確か、以前、おまえはこの世界の自分の記憶も残ってるって言ってただろ。おまえがこの世界で普通に暮らしていたところ、ある日突然、地球のビリー・ザ・キッドの記憶が割り込んできて、それ以来、おまえはおまえになった」
「ああ、そうだな。それまでの自分の記憶はあるが、それが俺だって認識はない」
「それと同じことがマニに起きたんだ。もしもその時、マニが意識を手放してしまっていたら、こいつは今ごろご先祖様として、この世界をさ迷っていたはずだ。もしもお母さんが呼びかけてくれなかったら、そうなっていたかも知れない」
「そうか……お母さんが……」
マニはそう呟いて嬉しそうにしていたが、その母親を連れてきたのは、元はと言えばピサロの策略だったのだから、なんとも皮肉な話である。
その後、我を取り戻したマニが、父ガルガンチュアの遺体を弔っていると、騒ぎの最中に逃げ出していたゲッコーのキャラバンが戻ってきて彼と合流した。レイヴンの襲撃を知った彼らは、それを知らせようとして一直線に勇者領へと戻った。
マニはキャラバンを護衛した後、仇討ちのためにすぐに取って返してきたのだが、キャンプはもうメアリーによって制圧された後であり、それじゃあ鳳たちの加勢にと迷宮へとやってきたら、そこへピサロがのこのこと出てきたので、仕留めたようである。
「じゃあ爺さんはこの事態を知ってるのか」
「はい。数日中にもこちらへ討伐隊が派遣される予定でしたが、間一髪でしたね」
もしも鳳たちが間に合わなくて、ピサロがこの迷宮の調査を終えてしまっていたら、今ごろとんでもないことになっていたかも知れない。ピサロは昔の人間ではあるが馬鹿ではないのだ。機械の操作法を知れば、その仕組みが分からなくとも、動かすことは出来る。もしそうなっていたらと思うとゾッとする。
「それにしても、放浪者ってのは何なんだ? てっきり、レオやヘルメス卿みたいな地球の有名人が、こっちの世界で復活しているんだと思っていたが……」
「ああ、それはよく分からないが、多分、迷宮の中にあったあのマシンに関係があるんだと思う」
「あれが……? そういやあ、あれは結局なんだったんだ? いきなりジャンヌが消えたかと思ったら、女になって復活するし、おまえは死んだんじゃなかったのかよ」
ギヨームがジロジロと鳳の足を見ている。彼はちゃんと付いてるから安心しろと、足を叩きながら、
「ああ、死んだ。間違いなく死んでた。でも実を言うと俺、こうして生き返るのって二度目なんだよね」
「はあ!?」
ギヨームがお手上げと言わんばかりに目を回していると、それを周りで聞いていたジャンヌとアイザックが反応を示した。彼が渋い表情をしているのは、その時、鳳を殺そうとしていたのが他ならぬアイザックだったからだ。ジャンヌが言う。
「それって……アイザック様のお城の中での出来事ね?」
「そうだ。あの時、俺はやっぱり死んでいたんだよ。なのにこうして生き返ったのは、どうやら自分のパーソナルデータ? みたいなもの? それがどこかに保存されているらしいんだよね。具体的にどこかって言うと、それはわからないんだけども……ただ、そのデータを作り出す方法なら分かる。それがさっきジャンヌが入った機械なんだ。
あれはかつて、リュカオンに追い詰められた地球人類が作り出した神人製造機だったんだよ。あの中に入った人は、その人を構成する分子がすべてスキャンされて、どこかのサーバー上に記録される。そうして一度量子化された人間は、例え死んでもやり直しが可能だ。
実際には、不確定性原理のせいで同じ人間を作り出すことは不可能なんだけど……まあ、今は詳しい説明は省かせてくれ。きっと説明しても、ジャンヌとレオナルドの爺さんくらいしか理解できないだろうよ」
「ふーん……じゃあなんで、ジャンヌは女になっちまったんだ?」
ギヨームが分からないながらも疑問を呈する。その辺は鳳もよく分からなかったが、憶測だと前置きしつつ、
「それは多分、ジャンヌは生物学的に男だけど、ジェンダーは女だったから、量子化した際にそれが正しい性別に置き換わったんじゃないか? なんつーか、俺たちの生きてた時代ってのは、性差に関して色々とうるさかったんだよ。だからもし、神人になる際に簡単に性転換できる技術があったなら、そうした人って結構多かったんじゃないかな。後は法律の問題だけだから」
その法律だって、今から体を量子化しますなんて状況では糞食らえだったろう。と言うか、今更だが、神人は
「つーか、ジャンヌの見た目なんて、完全にゲームのアバターそのままだもんな。その剣も鎧も見たことがある」
「あ、やっぱりそうだったのね。鏡が無いから分からなかったんだけど……」
ジャンヌはペタペタと自分の顔を触っている。普通、体が完全に別人の物になってしまったら不安になりそうなものだが……しかし鳳はそんな彼女に、
「良かったな」
「……え?」
「ずっとそうなりたかったんだろう? 良かったじゃねえか。本物になれて」
「……白ちゃ~ん!!」
彼がそう言って笑いかけると、感極まったジャンヌが大粒の涙を流しながら抱きついてきた。ついこの間までは、ぎゅうぎゅうと押し付けられていた厚い胸板が、今は信じられないくらい柔らかいおっぱいに変わっている。
普通に考えれば役得を喜ぶ場面だろうが、ついさっきまで男だったことを知っていたから、鳳はなんだか物凄く変な気分になって、グイグイと彼女の体を押しのけると、
「やめんかいっ! 暑苦しい奴だなあ……見た目は変わったのに、中身はおっさんそのままじゃねえか」
「ひどいっ!」
ジャンヌは鳳のつれない態度にショックを受けつつも、いつも通りに接してくれる彼にほんのちょっと感謝しつつ、話の続きを促した。
「……とにかく、ここに入った人は、データ化され、神人になって生まれ変わるわけね?」
「噛み砕いて言えばそういうことだ。地球人類はリュカオンに対抗するために、とにかく頑丈で強い体が必要だった。そうして生み出されたのが神人だったわけだ。神人となった人間は、超回復とサイキック能力のお陰で滅多なことじゃ死ななくなったが、それでもうっかり死んでしまうこともある。そう言うときに、量子化されたオリジナルデータから体を再構築する方法が、リザレクションという魔法だったんだ」
その言葉にメアリーが反応する。
「それじゃあ、リザレクションが使えても、生き返るのは神人だけなの?」
「具体的にはこの機械で量子化された人間だけだね。つまりまあ、そういうことだ」
「なんだあ……がっかりだわ。いつかあの時の赤ちゃんを、生き返らせてあげようと思ってたのに……」
やっぱりそんなことを考えていたんだな……鳳はなんだか子供にサンタクロースの正体をばらしてしまったような、微妙な気分になりながら、
「まあ、そんなわけで、リザレクションって言う古代呪文を使うには、非常に高レベルが要求されたわけだ。誰も彼もが使えたら、問題も起きるだろうからな。多分、この世界で禁呪って呼ばれてる魔法は、それが理由で失われたのかも知れないね」
そんな二人のやり取りを遠巻きに見ていたルーシーが、ハッと何かに気づいたように慌てながら、
「あれ? それじゃあ、ジャンヌさんが生き返ったのって……?」
「俺がリザレクションを使った」
「やっぱり! 生き返った後に何か魔法を使ったと思って不思議だったんだよ。あれはやっぱり古代呪文だったんだね。でも、どうしてMAGEでもない鳳くんが、急に使えるようになったの?」
「精霊ヘルメスに力を貰ったんだ」
鳳の言葉に、その場の全員が絶句する。以前もミトラを見たと言っていたが、よくよく精霊に縁のある男である。ギヨームが具体的にどういうことかと問いただすと、
「死んだ時に、死後の世界っぽいとこで会ったんだよ。目覚めたら、俺は迷宮の中だけど、次元が違うっていうのかな? ちょっと別の場所に居て、そこで戻る方法を探していたら、フラッと精霊が現れたんだ。レオナルドの爺さんも、ミトラと会話したのは死にかけのときだったって言うから、多分、精霊ってのはそういう場所にいる神様みたいな存在なんだと思う」
「ヘルメスが、そこに居たというのか?」
アイザックが興味深そうに言う。鳳はうなずき返して、
「元々、ここは初代ヘルメス卿の残した迷宮なんだろう。迷宮は、死んだその人のクオリアが具現化したものだ。つまり、神人製造機は初代ヘルメス卿の頭の中にあった。彼がどうしてあの機械を知っていたのか分からないが、多分、彼自身もヘルメスに出会って、この世界の秘密に触れていたんじゃないか。そうでもなきゃ、ヘルメス卿なんて呼ばれないだろうし」
「……初代は勇者と共闘する前に精霊の加護を受けたと聞いている。本当かどうかはわからなかったが」
「多分、本当だったんだろう。じゃなきゃ、あんなものが残ったりしないし、そこにヘルメスが現れることもなかったはずだ」
「それで、おまえはヘルメスから、リザレクションの使い方を伝授されたのか」
鳳はその言葉に首を振って、
「いや、正確にはそうじゃないんだ。俺はほら、レベル1でこの世界に呼び出されてしまっただろう?」
「……ああ、そうだったな」
そのせいで殺されかけたり……というか二度も殺されたし、さんざん苦労させられたわけだが……今にして思えばなんやかんや楽しい思い出だった。そんな感想はともかくとして、
「ヘルメスはそれを本来あるべき姿に戻してくれたんだ。つまり、俺は今、この世界に来る前に使えた全てのスキルと魔法が使えるようになっている」
「それって……!?」
その意味が瞬時に分かったジャンヌが目を丸くしている。続いてアイザックも、自分が呼び出した勇者のことを思い出して、顔を引きつらせていたが……他の連中はわからないようだったので、鳳は仕方なく種を明かした。
「つまりまあ、いま俺は、この世界に存在する全ての古代呪文と、簡単な神技なら使えるようになっている。因みに、レベルは99だ」
「はあああ~~~~~~っっ!?」
それを聞いた瞬間、ギヨームが心底嫌そうな表情で叫んだ。きっと今まで散々馬鹿にしてきた相手にレベルを抜かれたのが悔しくて仕方ないのだろう。鳳はそれをいい気味だと思いつつ、続けて、
「ついでにボーナスポイントも93余ってる。まあ、ステータスは何も上がってなかったんだけどね」
「ちょっと待て! ボーナスポイントっておまえ、あのステータスを自分の好きに弄れるっていう奴か?」
「そうだ」
「それってつまり……その気になったらSTR99にすることも出来るってことか?」
「まあな」
「そんな無茶苦茶な!」
「叫ぶなよ! ツバが飛ぶ」
「だっておまえ、平均に均したとしても、全ステータス20超えだろ? いや、初期値10なんだから、ほとんど30近いじゃねえか!?」
「HPやMPも上げないとだから、そう全部が全部ってわけにもいかないだろうがな」
「そんなんチートや、チーターやん!」
あまりのショックでギヨームがキャラ崩壊を起こしている。まあ、そう叫びたくなる気もわからないでもない。鳳だって、今更こんな小説家になろうの主人公みたいな能力を貰ったところで嬉しくもなければ、大して役立てられると思ってもいないのだから。どうせ死んでも生き返るのだし、いっそ封印したって良いくらいだ。
と、そんな感じに、鳳がギヨームにぶつくさ文句を言われている時だった。大騒ぎするパーティーの中で、急にアイザックが立ち上がったかと思えば、
「ディオゲネスッ!!」
彼はそう叫ぶと、キャンプ地から少し離れた場所に居た男の元へと駆けていった。ピサロに散々利用され、鳳たちの障害として立ちはだかったディオゲネスである。スリープクラウドで眠らせたまま放置しておいたが、ようやく目覚めたのだろうか……?
いや、それにしては出てくるのが遅すぎたから、多分、目覚めた後、彼は自分のやったことに後悔して、今まで煩悶していたのだろう。彼はまるで幽鬼のようにフラフラとした足取りで、駆け寄るアイザックの前でガクリと跪くと、
「アイザック様……今まで、お世話になりました」
そう言って、アイザックに向かって深々と頭を下げた。
「数々のご無礼をお許しください。俺は騙されていると分かっていながら、奴の言うことを聞かずにはいられなかったのです。それもこれもペルメルを助けるためでしたが……その望みも絶たれた今、俺に残されているのは主人を裏切ったという汚名だけです。許されるなら、どうかお暇を下さい」
「何を言う。おまえが利用されていたのは俺だってわかっている。おまえの言ったことだって、大して気にしていない。逆におまえ、友達の命よりも上司の命令を優先するような奴なら、俺はおまえを心底軽蔑しただろう。そうではないおまえのことを、俺は寧ろ信頼しているのだ。だから今まで通り、そばにいてくれないか」
「しかし、アイザック様……」
ヘルメス卿の主従が押し問答を続けている。
鳳はそんな二人のことをどこか冷めた目つきで眺めながら、どうしたもんかと黙っていると……
「お兄さん……」
マニが近づいてきて、少し言いにくそうに言った。
「森でピサロにやられて潜伏していた時、彼は僕のことを庇ってくれました。本当は優しい人だと思うから、助けてあげて欲しいんですが……」
「やっぱそうなるよね」
鳳は苦笑いしながら天に向かって指差した。
「我、鳳白の名において……」
鳳の突然の行動に、その場にいた全員の視線が釘付けになった。彼の詠唱が朗々と続く。
「汝、ペルメルの魂よ。我が声に答え、我がもとへと還れ……」
それはつまり、鳳の権限において、サーバー上にあるペルメルのデータを、鳳の座標に送信し、そこで彼の体を修復せよ。
文法としてはそんな感じだろうか。データベースにアクセスするためのSQLみたいなものだ。もちろん、命じているのはDAVIDだ。非常に機械的な操作で、科学的と言えた。
「リザレクション!」
しかし、これを傍から見たらどう感じるだろうか。まるで救世主が天におわす神様に向かって祈りを捧げたら、奇跡が起きたように見えるんじゃないか。
鳳の命令によってトランザクションが発生し、ペルメルのパーソナルデータ。分子を生成するためのエネルギー。そして体を修復するためのナノマシンが送られてくる。それらは高次元からこの次元に顕現する時、著しい発光を伴って現れた。
そしてまばゆい光の中からペルメルの姿が現れると、もはや諦めていたディオゲネスの顔は驚愕に震え、アイザックは涙を流した。呆然と佇むペルメルの元へと二人が駆け寄る。彼らは暫くの間、お互いに抱き合い、歓喜の声を上げていたが、やがて落ち着きを取り戻すと鳳の方へ感謝の眼差しを向けた。
彼はその視線を受けて、なんとも言えない気分になった。感謝される言われはない。自分がやったという実感もない。ただ、やれることをやっただけだ。なのに……
神とは何だ……?
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ペルメルが復活し、メアリーを含む神人三人に睨まれたレイヴンたちは、スタンが解けても大人しくなっていた。ピサロのせいで従っていた殆どの獣人たちもガルガンチュアとなったマニに恭順を示し、こうして大森林を騒がせたレイヴンたちの暴走は終わったかに見えた。
しかし、ここまで事が大きくなってしまうと、これで一件落着というわけにはいかない。彼らが森に帰ったところで、もう集落はどこにもないし、森はオークに席捲されてしまっているのだ。
これをどうするかの対策を、早急に練る必要があるのだが……いつまでもこんな砂漠のど真ん中で立ち話をしているわけにもいかない。一度ヴィンチ村に戻り、レオナルドに相談しようということになった。
しかし、ヴィンチ村はこの場所から早くても一昼夜の距離がある。これだけの大人数で移動するのは一苦労だ。マニの話では、暫くしたら冒険者ギルドから派遣された者たちがここを訪れるはずだから、それを待ったらどうかという話になったのであるが、
「いや、待つ必要はない。すぐ出発しよう」
鳳がそう言うと、ギヨームが不可解な目を向ける。
「どうしてだ? 待ってりゃすぐに誰か来るんだし、こっちから行くにしても、まずは少数で連絡を取ったほうが無難だと思うが?」
「だから、全部の魔法が使えるようになったと言っただろう。ほれ、ヴィンチ村へ繋いでくれ……タウンポータル!」
鳳がそう唱えると、中に光の渦巻いた大きな扉のような形をした物体が現れた。その先は真っ白で見えなかったがここをくぐればどうなるかは察しがついた。
「……マジか?」
もうこれ以上驚くことなど何もないと思っていたギヨームは、うんざりした表情をしながら、額の汗を拭った。鳳はマニを振り返ると、
「ガルガンチュアの村にも行けるから、後でお父さんをちゃんと弔ってあげよう」
マニは嬉しそうに頷いた。
こうして鳳たちは散々あちこち寄り道をした末に、長く続いたボヘミア旅行を終え、ようやくヴィンチ村へと帰還した。旅を終えて一回り成長……というか、なんかもうよくわからないものに変身して帰ってきた彼らを見て、レオナルドが腰を抜かしたのは言うまでもない。