タウンポータルで帰還した先は、ヴィンチ村の広場のど真ん中だった。村人たちは、突然何も無いところから現れた鳳たちを見て驚いていた。あっという間に騒ぎになってしまい、何もこんなところに繋がなくてもと思っていたら、冒険者ギルドから出てきたミーティアが彼らのことを見つけて、
「あ、お帰りなさい。往来の邪魔ですから、もっと脇に退いてやって下さいよ。こっちにクレーム来るんですから」
といつも通りフラットに対応してくれたお陰で、村人たちもそういうこともあるのかな? と言った感じで落ち着きを取り戻し、面倒に巻き込まれずに済んだ。ミーティアに感謝はもちろんするが、村人たちの適応力も大したものである。
なんでこんなにサバケてるのかと呆れたくもなるが、ここは空想具現化の開祖であるレオナルドの村であり、この世界には神人もいれば魔法もあるのだから、案外こんなものなのかも知れない。
往来の邪魔だと言っていたミーティアもそんな感じだったらしく、彼らを道路の脇に誘導しながら、
「それってどうやってるんです?」
と訊いてきたので、タウンポータルを使った旨を伝えると、
「それって失われた禁呪じゃないですか! ひえー!」
と初めて驚く始末であった。と言うか、驚くのはそこなのか。この世界の人々のツボがいまいち良くわからない出来事であった。
ともあれ、そんな具合にみんなをポータルで運んでいたのだが、そのうち半数くらいの獣人がポータルを使えないことに気づいた。全部ではなく半数くらいである。他の人達は特に何事もなく使えるのに、どうしてだろう? と首を捻っていると、騒ぎを聞きつけた執事のセバスチャンが館から駆けつけて来たので、とりあえず彼らを残して、報告のために館へと向かった。
レオナルドは鳳たちの突然の帰還を驚きつつも、割とあっさり受け入れてしまった。感覚的には村人たちと同じなのだろうが、ポータルと聞いてもいまさら驚いたりはしなかったのは、亀の甲より年の功というやつだろうか。
それよりも迷宮のことや鳳が会ったヘルメスのこと、それから大森林で起きた騒動の後始末など、問題は山積みであり、いちいち驚いてられなかったのだろう。つい最近までこの国は戦争までやっていたのだから、これ以上問題を持ち帰ってくれるなというのが本音だったのかも知れない。
鳳たちの報告を聞いたレオナルドは暫し難しい顔で考え込んでいたが、ふっと表情を和らげると、
「相わかった。一朝一夕でどうなる問題でもあるまい。話はまた落ち着いてからにしよう。それより実は今日、村では戦勝祝いの祭りをする予定だったのじゃ。丁度、英雄であるお主らが帰ってきたと聞けば村人たちも喜ぶじゃろう。疲れてるところすまぬが、祭りの主賓として参加してくれんかのう」
「英雄って、なんでそんなことになっちゃってるの?」
鳳たちはアイザックを助けてから、すぐに早馬に乗って発ってしまったから知らなかったのだが、どうやらあの後もヴァルトシュタインが吹聴していたらしい。それを聞いた連邦議会も、鳳たちがボヘミアの地図づくりを命じた冒険者の一団だということに気づいて、その尻馬に乗ったようだ。
それだけでもかなり迷惑な話だが、更に失礼なのは、そのリーダーとしてジャンヌの名前が独り歩きしていたことだ。どうやら連邦議会としては、当時レベル6だった鳳の名前じゃ説得力に欠けるから、レベル102でヘルメスの勇者として名高いジャンヌの方を、勝手にリーダーにしてしまったようである。
かくして筋骨隆々の神技使い、ゴリマッチョことジャンヌ・ダルクの名前は世界中に轟いたわけだが……しかし、そんな彼も今や金髪碧眼の長身エルフである。誰が今の彼女を見て、ゴリマッチョを思い出すだろうか。そう考えれば実害もないのだから、腹立たしくもあるが、まあ放っておくしかないだろう。しかし、ホント、これからどうなっていくのだろうか……
ともあれ、お祭りの主賓として招かれたからには、きょう一日くらい楽しんでもバチは当たらないだろう。
思えばボヘミアに行ってからろくな目に遭っていなかった。当初こそアヘンの魅力に引き込まれ、ここに永住するのも悪くないと思いもしたが……砦で足の切断を手伝わされたり、モルヒネを作らされたり、ポポル爺さんは死んじゃうわ、中毒になりかけるわ、大森林でゲリラをさせられるわ、勇者領縦断レースみたいな強行軍をさせられるわ、挙句の果てに死ぬし……こうして列記してみると、本当に殺人的な旅程である。
そんな旅の疲れを癒やすためにも、今日は色んなことを忘れて素直に楽しんでしまおう。鳳は久しぶりのヴィンチ村を満喫することにした。
お祭りは夕方から始まった。
村の上空にポンポンと空砲が鳴り響くと、村の家々から大勢の家族連れが集まって来て、
主賓と言うから何かやらされるのかなと思いきや、特にそんなことはなかった。考えても見ればこんな狭い村の人たちなんて殆どが顔見知りみたいなものだから、改めてそんなことをやる必要もないのだろう。
いつも野菜をくれる農家の人たちの真似をして踊っていると、やってくるオッサン連中から口々に「兄ちゃんも少しはレベルが上ったか? 立派になったら娘を嫁にやるよ」と散々からまれた。今のレベルを知ったらどう反応されるかわからないのでもちろん黙っていたが、高レベルになるとこういう距離感もなくなってしまうんだなと思うと、あまり嬉しいものとは思えなかった。
屋台でイカ焼きが売っていたから調達し、ここの人たちも食べるんだなと思って感心していると、遠くの方で猫人たちが、フェレンゲルシュターデン現象みたいな目でじっとこちらを見つめていた。柑橘類も食べちゃう連中であるが、流石にイカはどうかと思うので気づかないふりをしてスルーする。
普段は落ち着いた雰囲気の村はこの日ばかりは賑やかとなり、子供たちの笑い声が夜遅くまで響いていた。
そんな中でルーシーは、スカーサハと連れ立って屋台を回っているようだった。最初こそ強引な姉弟子のことを苦手にしていた彼女だったが、戦場での活躍を見て感化されたらしい。レオナルドはガッカリしていたが、頭でっかちなことを考えるよりも、音楽のほうが性に合っていたらしく、今ではすっかりスカーサハの弟子みたいになっていた。
因みに、どうして彼女がこの場にいるのかと言えば、言うまでもなくポータルを使って呼んできたからだ。
レオナルドが言うには、祭りは戦勝祝いだそうだから、どうせだったら本物の英雄を呼んできてやれと、祭りが始まる前にアルマ国までひとっ飛びしてきた。突然現れた鳳たちを見て、スカーサハはかなり驚いていたようだが、ヴィンチ村の名前を聞くと久しぶりに師匠に会えると言って、素直に応じてくれた。
ついでだからヴァルトシュタインも呼んでやろうと思ったのだが、ところが不思議なことに、彼も獣人たちみたいにポータルでの移動が出来なかった。おかしいと思って調べてみたが、理由はいまいちわからなかった。なにか条件があるのだろうが……ポータルを通れる人間と、通れない人間とで、どんな違いがあるのだろうか?
怪しいと言えば、やはり、あの迷宮で見つけた機械が怪しそうだが……と言うのも、あの機械によって著しい変化を見せた人物に心当たりがあったからだ。言わずと知れたジャンヌである。
お祭りでは当初、鳳はジャンヌと一緒に回っていたのだが、ヴァルトシュタインの話をしている最中に、ジャンヌが自分のステータスの変化に気づいた。どうやら彼女は、あの機械で復活したことによって、ステータスが初期値に戻っていたらしいのだ。
まあ、体がここまで劇的に変化してしまったのだから、ステータスもそのままというわけにはいかなかったのだろう。ディオゲネスとの戦闘の最中に、神技が使えなくなっていたのはそれが理由だったようだ。
その代わり、鳳みたいにボーナスポイントが割り振られていたらしく、レベルはそのままだったから、今は100ものポイントを自由に使えるようになっているらしい。つまり、ジャンヌもまた、以前とは比べ物にならない力を手に入れたわけだが……『しかし夢々忘れるな。力に溺れたとき、君は君でなくなる』精霊の言葉を思い出す。本当にこのまま、このポイントを使っても良いのだろうか。鳳は少々不安に駆られたが……
そんなことよりもゲーオタの性と言うべきか、
「ステ振り楽しい~!」
ジャンヌはそれを発見するなり、自分の能力をどう成長させるか、そのことしか頭の中に無くなってしまったようだった。こうなってしまうとどうしようもなく、話しかけても生返事しか返さないだろう。
まあ、力に溺れるなというのは、力を使うなと言うことではない。いきなり変なことにはならないだろう。鳳はそんなジャンヌを置いて、一人でお祭りを楽しむことにした。
人混みの中を大分歩いていたせいで、少し疲れてきた。鳳が夜風に当たろうと、喧騒から離れて牧場の方へとやってきたら、マニが猫人たちと遊んでいた。強くなったマニは猫人たちに請われるままに、空中ジャンプして見せたり、瞬間移動して見せたりしている。
ガルガンチュアの息子だし、ご先祖様の能力を受け継いだと言っていたが、流石にあれはどうなんだろう……今度、時間を作ってゆっくり話を聞いてみようと思っていると、
「おーい、鳳!」
振り返ると、ギヨームとメアリーがやってきた。珍しい組み合わせだなと思っていると、別に二人で行動していたわけではなく、祭りから離れていく鳳の姿を見かけて追いかけてきたようだ。
メアリーは両手に露店のジャンクフードを抱えながら、
「お祭りってのは中々良いものね。毎日がお祭りだったら、きっと楽しいわ」
「ニューアムステルダムは毎日がお祭り騒ぎみたいだったろ」
「それとこれとは違うわよ。あっちは知らない人だらけ。ここみたいに楽しめないわ」
ボヘミアへ向かう時、船に乗るために立ち寄ったのだが、メアリーはやはり都会は性に合わなかったらしい。城から連れ出してそろそろ半年が過ぎようとしているが、順調に人見知りに育っているようだ。思えばエミリアも、人見知りの引きこもりだった……やっぱりDNAとか、何か関係が有るのかなと思っていると、
「あっちでジャンヌを見かけたんだけど、話しかけても上の空なのよ。独り言をブツブツ言ってて気味が悪かったわ。どうしちゃったか、ツクモは何か知らない?」
「ああ、それなら……」
鳳がジャンヌの身に起きた出来事をかいつまんで説明すると、返事はメアリーではなくギヨームから返ってきた。
「はあ!? あいつもそんなことになってるの? なんつーか……おまえらつくづくずるいよな、チートだチート。チート兄弟だ」
「チートて……否定はしないけどね。つかどこでそんな言葉覚えたの」
このまま行けばいつかブロント語でしゃべり出しそうだ。そんな事になったら大変なので、鳳はあまり汚い言葉遣いをしないようにと心に誓った……
ギヨームは牧場で遊んでいるマニを眺めて溜め息を吐きながら、
「なんかあっという間に抜かされちまったよな。先祖の力かなんか知らないが……俺もあの機械に入ったら、ジャンヌみたいになれるんだろうか?」
「さあ、どうだろ。少なくとも、ペルメルはそんなこと言ってなかったな」
ジャンヌに先駆けてあの機械に入ってしまった神人のペルメルであるが……彼は復活したことが信じられなくて、あの後かなり自分の体のことを調べていた。もしもステータスに変化があったらとっくに騒いでいるだろう。
「もしかすると、彼が元々神人だったのが関係しているのかも知れない。まあ、試してみるのは簡単だけど……おまえ、神人になりたいのか? 一度なったら、戻るのは難しいと思うが」
「確かに、そこまでは思いきれないな……」
「俺はゴメンだね」
「どうして?」
鳳たちがそんな感想を言い合ってると、そばで聞いていたメアリーが首を傾げていた。鳳は、神人である彼女の前で言うことじゃなかったと思いつつ、
「なんつーか俺たちは、長生きはしたいけど、歳を取らない体にはなりたくないんだよ。いつまでも若いままでいられるってのは魅力的なんだけど、それも100歳を超えてとなると抵抗感があるんだ。100年以上人生が続くって考えると、なんか途方も無い気がするっつーか……まあ、もしかすると人間特有の感覚かも知れないし、神人になっちまったらもうそんなこと考えないのかも知れないけど」
「ふーん……よくわからないけど、でも、そうかもね。私も300年も生きてたら飽きることもあったわ」
鳳は苦笑いするしかなかった。一口に300年生きたと言っても、彼女の場合は、あの結界の中に閉じ込められてなのだ。それを飽きるの一言で済ませられる時点で、既にその感覚がありえないのであるが……
「まあ、ジャンヌのことも含めて、また爺さんが暇になったら迷宮に行って調べてみよう。もしかすると、あの迷宮はマニの能力にも何か関係有るのかも知れない」
「そう言えばそんなこと言ってたな。どうしてそう思うんだ?」
「だって、あれ、神技だろ?」
「ああ、そっか……神技や古代呪文は、あの機械が関係してるのかも知れないんだよな」
正確にはあの機械で量子化された人間と、デイビドがリンクしている感じというのが正しいだろうが、
「……改めて考えると、とんでもない機械だよな。そう言えばあの峡谷のあちこちに書かれていたマーク、P99だったか? これって、あの機械の名前なのか?」
「ん? ああ、そうかもな」
「どういう意味があるんだ」
「さあ? 普通に考えれば、こういう数字にはバージョンやロットナンバーがあてられるものだけど、99じゃ大きすぎる気がするし、もしかすると99年産って意味かも知れないな」
これが作られたのがその頃だとすると、リュカオンが地球人類を圧迫し始めたのは21世紀末ごろということになる。確か以前に見た幻視では、AIがシンギュラリティに到達したのは45年だったはずだ。
とすると
「ツクモ」
そんな事を考えていたら、メアリーが呼びかけてきた。
「ん? なんだい?」
鳳がどうしたんだと返事を返すと、彼女はもどかしそうに首を振って、
「違うわ。ツクモのことを呼んだんじゃなくって、99ってツクモのことでしょう?」
「……あー、あー、あー! 確かにそうだな」
鳳の名前は白と書いてツクモ。元々、九十九と書いてツクモと読むのを、百から一を引いた白に当て字した名前だが……
彼は自分の名前に何か引っかかりを覚えた。そして、それがなんだろうと深く考えてみた時、彼はピンときた。
この機械を作ったのは、動画では鳳財閥だった。それにあやかってプロジェクトはフェニックス計画と名付けられた。フェニックスとはギリシャ神話の不死鳥ポイニクスの英語名、だから綴りはPhoenix。
鳳白=Phoenix99。
機械が起動した時、あれは『認証』したと言っていた。ということは、P99とは機械の名前じゃなくて、パスワードだったんじゃないのか。
あの機械を起動するには、P99というパスワードが必要だったのだ。だからあの迷宮の持ち主である初代ヘルメス卿は、ガルガンチュアの部族にあのマークを伝承させた。いつか誰かが、あのマークの意味に気づいて、機械の前で偶然口にするのを期待して……
しかし、どうしてこんなパスワードがついているんだ?
ヘルメス卿は、それをどこで知った?
元々、あれを使っていたのは、何者だったんだ……?
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夜が更け、日付が変わろうとしても、宴はまだ続いていた。子供たちが糸が切れたようにおとなしくなると、フォークダンスは間もなく終わり、屋台も帰ってしまったが、大人たちはまだ広場に残って酒を飲み交わしながらワイワイやっていた。
明日からまた野良仕事だ。北方は食糧不足が深刻だから小麦相場が上がるだろう。いいや、青田買いした穀物が出回っている今が買い時だ。家畜飼料が安くなっていたぞ。村のおじさん連中が、いつもは通り過ぎるだけの広場であぐらをかきながら、気分良さそうに騒いでいる。
そんな彼らのすぐ横を、金髪碧眼の美女が通り過ぎていった。酒に酔っていたこともあって、すかさず彼らは、無遠慮でネットリとした視線をジロジロと飛ばした。あれは誰だ? 偉いべっぴんさんだな。確か神人さんが来ていたろう。スカーサハ様とは別人だ。あんな人いたっけな……彼女は胸を強調するようなピッタリとした上着を来て、まるで誘っているかのように、腰を振りながら通り過ぎていく。おっさん連中は鼻の下を伸ばし、その後姿を見ながらイヒヒと笑った。
自分がどんな風に見られているかにも気づかずに、ジャンヌは村の中を歩き回っていた。夕方から始めたステ振りに悩んで、鳳に相談に乗って貰いたかったからだ。
つい昨日まで40代無職童貞ゴリマッチョだったジャンヌは、今まではパーティーのタンク役を任されていたけれど、こうして細身の体を手に入れた現在、これまでのような戦闘スタイルに拘らなくてもいいのではないかと考えた。
もちろんゲームではこの体でタンク職を担っていたのだから、やってやれないことはないのだが、ここは現実なのだから、下手にSTRやVITを上げて筋肉がついてしまったら可愛くないと彼女は思ったのだ。
元々、ジャンヌがゲームで女性キャラを選んだのは、可愛いアバターを使って、可愛い服で着飾りたいと思っていたからだった。あっちの世界ではゲーム中にある見た目装備を全部集めて、いろいろ組合わせて喜んでいたのだ。それが現実で出来るようになったのだから、出来ればこの体型を維持したい。
それに、今のパーティーでは別の役割があっていいかも知れないと彼女は考えていた。正直なところ、今のパーティーは前衛職が少なすぎて、彼女が敵を引きつけるよりも、さっさと倒した方がいい場面が多々あった。実際、そうして切り込み隊長を任されることも多かったから、今度はもっと攻撃特化にしても良いんじゃないかと思うのだ。
今となっては新たに獣王ガルガンチュアという強力な仲間も増え、力を取り戻した鳳もいる。なら、ちょっとくらい我がままを言っても良いんじゃないか……彼女がそんなことを考えながら村を歩いていると、やっと冒険者ギルドの前で鳳の姿を見つけた。
彼はギルドの手すりに腰掛けて、グラスを片手にぼんやりとキャンプファイヤーの残り火を眺めている。ジャンヌはそんな彼に声をかけようと、いそいそと近づいていった……と、その時、ギルドのドアがガチャリと開いて、中からミーティアが顔を覗かせた。
「お疲れさまです。これ、屋台の余り物ですけど」
「ありがとう……この焼きそばみたいの、ミーティアさんが作ったの?」
「わかります?」
「ここで毎日食べてたからね。なんかこの味食ってると、帰ってきたって感じがするよ……って、なんでそんな人を殺しそうな目でチョップを構えてるの!?」
鳳はミーティアにバシバシと叩かれている。彼は犠牲になった左腕を擦りながら、
「まあでも、本当にこの村に帰ってくると落ち着くよ。思えばこの世界に来てから住んでた場所は、どこもかしこも無くなっちゃったからな。ここは流石に爺さんの居城だけあって無くなることはないだろうから、それだけで安心するよ」
「鳳さんは、何故か村人たちにも受け入れられてますもんね……今日なんか、何度もお見合い勧められてましたよね」
「あれね、ビックリだよね。俺の世界だと逆に田舎は嫁不足で、娘を貰ってくれなんて話は聞いたことなかったんだけど。きっと俺の国の農家が異世界転生したら引っ張りだこだと思うよ」
「いや、そういうことじゃないと思うんですけど……お嫁さん不足ってのはここも変わりませんよ?」
「そうなの? じゃあ、ミーティアさんも結構縁談持ちかけられてるんじゃない?」
「うっ……実は、そうなんですよ。特に、鳳さんたちが遠征に出掛けてからは、毎日ギルドで暇してたから……次から次へと」
「断っちゃったの? 前は早く結婚したいって言ってたのに」
「色々ありましたから……今は、もう少しギルドの職員を続けたいかなーって……」
「ふーん。うん、それがいいよ。そんな焦んないでも、ミーティアさんならそのうち良縁あるだろうし、それに、ギルドにミーティアさんがいてくれた方が、帰ってきたなって感じがするから……って、だからなんで無言で拳を握りしめるの!?」
ギルドの前で、鳳とミーティアがいちゃついている……サンドバッグにされているようにも見えなくもないが、どっちにしろ、二人の仲を見せつけられているかのようで……
ジャンヌはそれを見た瞬間、何故か自分の胸が信じられないほどに傷んでいることに気がついた。
彼女は反射的に踵を返すと、ギルドとは逆方向へと歩き始めた。今まではそんなことなかったのに……今はあの二人を見ていると、とんでもなく苦しくなる。
以前、ルーシーに聞かれた時、彼女はミーティアのことを応援すると受けあった。自分のことで変に鳳のことを悩ませるくらいなら、ちゃんと女の人を好きになって欲しい。そう思った。それはその時、彼女は彼だったからだが……でも、今は?
背後から、二人の幸せそうな声が聞こえる。
「そう言えば、今回も大活躍だったみたいですね。スカーサハさんが言ってました。なんでも、鳳さんがいなかったら、戦争に負けてたかもって」
「いや、そこまでではないんだけどね。あの先生も一々大げさなんだよ」
「そうなんですか? でも、本当なら、何かお礼しなきゃいけませんね。何かして欲しいことってありますか? 何でも言って下さい」
「じゃあ、おっぱい揉ませて?」
「殴るぞこの野郎」
鳳の悲鳴が広場にこだまする。ジャンヌはその声が聞こえなくなるまで、誰の姿も見えなくなるまで、ひたすらに足を早めて歩き続けた。
(第三章・了)