ラストスタリオン   作:水月一人

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第四章・飲む買う打つは勇者の甲斐性
21世紀地球の旅


 2019年、世界人口が77億人を突破した。その勢いは留まることを知らず、2050年には97億人、2100年には109億人を突破するだろうと言われている。このままいけば、人類はどこまで増え続けてしまうのだろうか。他の生物とのバランスや、環境問題に懸念を抱く自然派は気が気じゃないだろう。

 

 でも実は人口増加のスピードは鈍化している。世界人口が30億を突破した1960年から、人口が10億人増える期間は徐々に短くなっていたのだが、21世紀に入ってついにその速度は逆転し始めた。このままいけば人口増加どころか、世界人口は頭打ちとなり、逆に減り始めるのでは無いかと予想する研究者もいる。

 

 人口50億を突破した1987年頃、日本はバブル絶頂期のイケイケドンドンな空気もあって、誰もが人口は増え続けるものだと思い込んでいた。テレビは毎日のように、このままではいずれ狭い日本には買える土地が無くなってしまうと煽り、世界人口は21世紀に100億はおろか、200億を突破すると真顔で断言するような学者も居た。

 

 そして意外とみんなそれを信じていた。このままいけば一極集中の東京は人が住めなくなってしまう。四畳半どころか三畳間のワンルームを借りるのが精一杯だ。バブルが弾けてさえ、まだみんなそう思っていた。かくなる上は首都機能を移転して、一刻も早く地方へ脱出するのだ。

 

 しかし現状はどうだろうか。確かに一極集中はより進んでしまった感があるが、日本全体の人口の方は頭打ちで、今や外国人労働者に頼らねばやっていけない始末である。あの頃の日本人は、こんな急激に衰退するとは誰も思っていなかったのに。

 

 もちろん、政治家たちもただ手をこまねいて見ていたわけじゃない。少子化対策のために、子育て支援を行ってはいた。だが、ゆとり教育や子ども手当など、いつの間にか終わっているものが多く、政府があれこれ口を出しても、うまく行かないことを知らしめる結果にしかならなかった。

 

 結局、子育てにはお金がかかり、子育て世帯は誰かが支えてあげなきゃならないのだが、その子育て世帯こそが一番の働き盛りなんだから、誰も彼らを支えられないのだ。

 

 そうではなく、単に政治家が票田である老人ばかり優遇しているのが悪いのだという声も聞こえるが、実際問題、子育て支援はそこそこ行われていた。というよりも、そんなものが無かった時代の方が子供がバンバン生まれていたのだから、時代が変わったとしか言えないのではなかろうか。何言ってんだこいつと怒られそうだが……

 

 話は変わるが、アメリカは大体なんでも社会実験にしてしまうから、子育てについても色々実験している。それによると教育の質によって生涯に渡る賃金格差が生じるという結果が、歴然と示されていたりする。例えば、A学区で育った子供とB学区で育った子供を追跡調査した結果、そこに賃金格差がはっきりと現れていたわけだ。

 

 これが具体的に何を示しているのかと言えば、黒人だらけの学区と白人しか住んでいない学区では、生涯賃金に差があったということである。興味深いのは、そういった黒人だらけの学区で暮らす白人と、白人だらけの学区に通った黒人との間にも、格差が生じていたことである。

 

 この差が何故生まれるのかと言えば、言うまでもなく学力の差が生じるからだ。黒人だらけの学校だと、貧困家庭が多くみんなそんなに勉強しないから、そこそこの成績しか取れず、将来もそこそこの仕事にしか就けない。ところが白人だらけの学校は成績が優秀な子供が多く、結果、高学歴となり大企業へ就職する確率も高い。つまり、白人と同じ学校で同じ教育を受ければ、貧困の黒人層も這い上がれるチャンスがあるというわけだ。

 

 だから最近の人権活動家は、何でも白人の枠を減らし、その分、黒人やヒスパニックに寄越せと声高に叫ぶわけである。

 

 しかし、本当にそうか? 実を言えば、学力というのは遺伝の影響がかなり大きいものである。遺伝子の存在が知られるようになって以来、多くの生物学者たちの研究結果からそれははっきりしている。お里が知れるという言葉があるが、実際に東大生の家庭は高収入という調査結果もあったりする。言っちゃ悪いが、やはり馬鹿な親から天才は生まれない。環境だけではどうしても埋められない差が、生まれる前から存在するのだ。

 

 だから、さっきの例だと黒人だらけの学区に住む白人の親とはどういう層なのかと考えなければならない。もちろん黒人の方もそうである。元々、その学区に住む人達の遺伝子に、知能格差があるのだ。

 

 だが、そんなことを言えば最近のリベラルが何を言い出すかは想像に難くない。きっと狂ったように攻撃してくるに違いないだろう。実際に、ノーベル賞学者のジェームズ・ワトソンは、黒人のIQは遺伝的に低いと言ってしまい、散々な目に遭った。

 

 彼としては悪意はなく、様々なエビデンスがある上での発言だったが、そんな言い訳は誰も聞いちゃくれなかった。彼は追い詰められ、生活に困窮するにまで至った。その件以来、人種によるIQの差について語ることはタブーとなった。人種や知能の差は関係なく、どんな人間も同じ教育を受ける権利があるという考え以外は認められなくなったのだ。

 

 しかし、そうやって何でもかんでも平等で、遅れてるものに手を差し伸べるような教育を行ったところで、結果が芳しくないのは言うまでもないだろう。日本で実際にゆとり教育を行った結果どうなったか、誰も総括したがらないからはっきりしないが、聞こえてくるのは散々なものばかりである。

 

 笑っちゃうが、みんな一緒にゴールしようという運動会を行った結果、他人を思いやり親切にしようという気持ちに『欠ける』大人になったという調査報告もあるようだ。完全週休二日制もかなり影響があった。要は学校が無い土曜日の過ごし方で差がついたわけだが……それが金持ちの子とそうでない子でかなり違いがあったわけだ。それを埋めるためには、進学塾無償化でもすればいいのだろうか?

 

 話を戻そう。教育が生涯獲得賃金に影響を与えることは事実である。高卒と大卒ではその差がはっきり出ることが分かっているし、実際に教育の有無が仕事の能率に関わってるのは、誰だって少しは実感があるのではないだろうか。だからまあ、教育自体はしなきゃならないわけだが、ところで我々は何故教育を受けているのだろうか。

 

 産業育成のためとか、国家戦略というお題目もありだが、一般庶民の感覚としては、それは幸せになるためだろう。

 

 我々が子供の頃、テレビを点ければ、いつでもそこには理想の家庭が映っていた。一流大学出身で大企業に勤務するイケメンの旦那さん。良妻賢母で専業主婦の綺麗な奥さん。子供は一人か二人で、郊外の大きな家か、お洒落なマンションに住んでいる。白い犬を飼ってるのも定番だ。そんな人たちがコミカルな会話を繰り広げながら、よく浮気したり、殺人したりするわけだが……

 

 我々は、きっと将来、自分もこんな風になるんだろうと漠然と信じていた。一流大学や大企業は無理でも、少なくとも結婚だけはしていると思っていた。

 

 ところが、現実はどうなったか。30過ぎても都内のワンルームマンションで暮らしていたり、実家ぐらしだったりする人は多いんじゃなかろうか。

 

 中には一流大学を出て大企業に就職し、高級車を乗り回しているような羽振りのいい人もいるだろう。だが、そういう人も、どこか結婚を諦めていないだろうか。もしくは結婚しても子供を諦めていたり、作っても1人だけと思ってないだろうか。

 

 たまに同窓会に呼ばれて周りを見れば、家庭を持っている者はどいつもこいつも早婚で、来年もう長男が中学に上がるとか、子供の成長のことばかり話してはいないか。我々はそれを内心イラッとしつつ、ニコニコしながら聞いているのだ。どうしてここまで差がついたんだろう……?

 

 まあちょっと考えて欲しい。あなたは普通の家庭に生まれたごく一般的な男子だ。小学校では体育が得意で、特に受験は考えずに地元の公立中学へ進学した。高校受験は少し苦労して、どうにか家から通える距離の私立高校に引っ掛かった。そんな経験もあり、大学入試では親に迷惑をかけまいと猛勉強し、地元の駅弁大学に合格。大学ではその反動で遊びまくったが、留年はせず無事4年で卒業して地元企業に就職した。

 

 さて、あなたには大学で知り合った彼女がいる。結婚してもいいと考えているが、今すぐ彼女にプロポーズするだろうか? 恐らくしないだろう。まずは入社した企業で出世して、家庭を持っても大丈夫なくらい足元を固めてからと考えるのではないか。

 

 でもそれはいつだ? 石の上にも三年と言うから、大体みんな三年くらいと漠然と考えているが、三年で出来る仕事などたかが知れているだろう。先輩たちからすれば、ようやくOJTを終えたくらいのものだ。実際に、その仕事で食っていけると思える頃には、10年くらいが経過しているものではないのか。

 

 その時、あなたはいくつだ。大学をストレートに卒業していれば32歳、まだ若くて働き盛りと言えよう。だが、その年齢になるまで、彼女は待っていてくれるだろうか。大学からの付き合いなら、かれこれ10年以上が経過していて、その間に別れてしまっていてもおかしくないだろう。またすぐ彼女が出来ればいいが、32歳独身の彼には出会いの場が少ない。あの時、さっさと結婚してればこんなことにはならなかったのに……

 

 とは言え、実際に彼と同じ立場になったら、多分みんな同じ選択をするんじゃないか。何故なら、教育とは一種の投資だからだ。その教育費は生涯獲得賃金の前借りなのだ。小中高大学、人によっては大学院まで高い教育費を投じてきた分、それを回収しなきゃ割りに合わないと考えるのは、自然ではないか。じゃなきゃ、何のためにあんな長い時間を勉強に費やしてきたのか。

 

 そしてその回収の見込みが立つのに、およそ10年がかかるというのが、先程の話の主旨である。少なくとも、大学を出て三年で立つほど、今の世の中は甘くない。昔はそれでも20代のうちから、えいやっと思い切って結婚し子育てを始めたわけだが、それは年功序列で経済成長が見込める時代だったから出来ただけの話であり、今の時代で同じことをするのは相当リスキーだ。

 

 昔のほうが競争が激しかったということはない。今の若者たちは、同じような教育を受けて、同じくらいパソコンやスマホを使え、賃金の安い周辺諸国と競争しているのだ。彼らからすれば、日本の中だけで何でもかんでも完結していた世代に、なにも言われたくないだろう。

 

 ……ともあれ、結婚する目処はたったが、今度はそのための相手がいない。慌ててみんなパートナー探しをするわけだが、もちろんそんな都合よく結婚相手が見つかるわけもない。そして、ようやく相手を見つけたとしても、その時にはもう、子供を何人も産もうと思えるような元気はなくなっているだろう。せいぜい一人産むのがやっとだ。

 

 もちろん、昔と違って現代は50近くになっても安全に出産が出来るくらい、医療技術が進歩していることは知っている。そう言う話ではなく、例えば40歳で初めて子供を授かったとして、その子が成人した時、自分はいくつだろうか。還暦を迎えているではないか。

 

 しかも子育てはそれで終わりではない。さっきも言った通り、今の子供たちが大学を卒業し、ようやく独り立ち出来たなと思える頃には30歳を越えている。その時、親は70歳だ。いや、将来の子供たちは、大人になるのにもっと時間がかかるかも知れない。更に時が過ぎ、子供たちが家庭を持ち、子育てしようとしている時、下手したら自分は死んでいる。なのに、何人も子供を産もうと思えるだろうか。

 

 つまり、少子高齢化の原因はこの晩婚化にあり、これは先進国が抱える病なのである。我々は幸せになろうとして、一生懸命勉強してきた。国民の学力が向上すれば生涯獲得賃金も上がって、ひいては国のGDPを底上げするだろう。教育を受けた国民が競争し、全体の知能レベルが上がれば、産業の発展も期待できる。現に、20世紀の人口爆発は、テクノロジーが進歩して、多くの人口を養えるようになったお陰だ。食糧事情が改善し、医療技術の進歩で子供は死ににくくなった。

 

 だが、高度な社会に適応するには時間がかかる。全員が知識階級になれば競争も激化し、何をするにも昔ほど簡単にはいかなくなる。子供が死ににくくなり、多死多産だった社会が、どんどん不死少産へと変わっていき、一人の子育てにかけられる時間は増えていった。皮肉なことにその結果、晩婚化が進み子供が産まれにくくなってしまったのだ。

 

 2019年、世界人口が77億人を突破した。その勢いは留まることを知らず、2050年には97億人、2100年には109億人を突破するだろうと言われている。数字だけ見れば、なんだ、それでも人口は増え続けるんじゃないかと思えるが……よく見れば、2050年から2100年になる間に、人口は12億人しか増えていない。それまで、10億人増えるのに12~3年程度だったことを考えれば、かなりの鈍化だ。

 

 その内訳は、日本などの先進国が人口減少に転じる一方、2050年までにサハラ以南アフリカの人口は倍増するというものだ。その後も発展途上国の人口は増加し続け、先進国は頭打ちになるだろうと言うのが、現在の国連の予想らしい。

 

 だが、リベラルの人たちが言う通り、学力と遺伝に関係がないのであれば、現在、発展途上国と呼ばれている国々も、遅かれ早かれ我々と同じような社会になるのではないか。つまり、晩婚化が進み、少子高齢化の波は意外と早くやってくるはずだ。となると、この100億人突破というシナリオも案外眉唾で、もっと早い段階で世界人口は減少へと転じるのではなかろうか。

 

 そしてその可能性は高いと思っている。と言うのも、長々と説明してきたが、少子高齢化は学力の問題と言うよりは、それに伴う社会構造の問題なのだ。学力向上の結果テクノロジーが進歩し、その適応のために時間がかかるようになったのなら、同じテクノロジーの恩恵に浴している社会が同じ目に遭うのは当然ではないか。

 

 そして殆どの人権家は、アフリカが先進国と同じような社会になることを望んでいる。それはアフリカにとって望ましいことではないと言ったジェームズ・ワトソンをぶっ叩いて。なら、彼らの威信にかけても、そうするのではなかろうか。そうして人口減少が起きた後、どうなっていくか興味は尽きない。

 


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