ラストスタリオン   作:水月一人

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まあまあまあまあ!

 勇者領の連邦議会は紛糾していた。

 

 先の帝国の侵攻に勝利した勇者領13氏族は、アルマ国の議会復帰を認めた。しかし勇者領がここまでの危機に陥ったのは、言うまでもなくアルマ国の裏切りがあったからだ。だが、諸般の事情を鑑みて、アルマ国だけの責任を問えない議会は、まずは先の戦争の総括をしなければならなかった。ところが、それには当事者が足りないのだ。

 

 勇者領は帝国と戦っていたはずなのだが、帝国がそれを認めていない上に、ここに帝国の代表者はいないのだ。

 

 帝国軍総司令官オルフェウス卿カリギュラは、ヴァルトシュタインの懸念通り、今回の勇者領で起きた一連の戦闘は、アイザック11世と12世の間で起きたお家騒動であり、自分たちは関係ないとしらばっくれていたのである。

 

 これには流石に連邦議会の面々も、右も左も問わずに激怒した。いくらなんでも、侵攻を受けて黙っていられるほど、寛容(リベラル)派も寛容ではいられない。無論、カーラ国などのタカ派は逆侵攻をすべきだと声高に叫んだわけだが……しかし、一口に逆侵攻と言っても、そう簡単にいかないのは、兵站をゲリラ部隊に散々に食い荒らされた帝国軍の顛末を知っている今となっては言うまでもないだろう。

 

 帝国に賠償を求めるにも、逆侵攻をするにも、そこには片付けねばならない様々な問題が転がっていた。勝利したのに何も得られないのは腹立たしいが……ともあれ、どうしてこうなったのか、まずは今回のヘルメス戦争が起こった原因を考えてみよう。

 

 戦争は最初、ヘルメス国で起きた。帝国はヘルメス卿が勇者召喚した事実を突き止めると、彼に叛意があると断定し、アイザック11世を廃するために軍を差し向けた。11世はそれに対し、自ら呼び出した勇者をぶつけて応戦……激戦の末にヘルメスは敗れ去った。

 

 それだけを見れば、今回の戦争はアイザック11世の暴走ととらえられるかも知れないが……そもそも、彼がそうせざるを得なかったのは、勇者領のリベラル派と帝国が、ヘルメス卿の頭越しに通商条約を結ぼうとしていた経緯があったからだ。

 

 300年前、かつての勇者を帝国が暗殺したことから始まった勇者戦争は、長く続く停戦期間の末に、今となっては形骸化しつつあった。実際、双方はボヘミア北部の緩衝地帯を通じて、経済的な結びつきがあり、帝国は新大陸からもたらされる食料などの生産品、加工品を手に入れ、そして勇者領はボヘミアが産出する銀に依存していた。

 

 故に、今後その取引が絶たれることを恐れた勇者領リベラル派は、帝国との和平こそが寛容であると、ヘルメス国も連邦議会も飛び越えて、個別に和平を行おうとしていたのだ。

 

 彼らにはそれをするだけの財力があり、議会工作も万全だった。現に、ヘルメス戦争が起きた後の議会では、リベラル派の主張が圧倒的に優勢であり、保守のアルマ国やカーラ国の意見は聞き入れられなかった。国を売るような意見がまかり通る中……そしてアルマ王は失望を禁じ得ず、自国を守るために反旗を翻したのは周知の通りである。

 

 話は前後するが、しかしそんなことをされたら溜まったものじゃないのは、ヘルメス国も同じであった。ヘルメス国は帝国に属しながら勇者派の旗頭として君臨し、かの勇者の名誉のために戦い続けている国だった。

 

 それが出来たのは、初代ヘルメス卿の威光と、莫大な富を生み出す勇者領が背後にあったからだが、それが無くなってしまえば、孤立無援のヘルメス国は、帝国内部で袋叩きに遭い、間もなく膝を屈することになるだろう。それじゃあ、この300年は何だったのか分からなくなる。

 

 だからもちろん、その動きを察知した11世は、勇者領リベラル派への説得に動いた。ところが、勇者戦争が始まってから長い月日が経ち、貴族としての色合いが濃くなっていた13氏族リベラル派は、今となっては勇者への恩など忘れて、おのれの損得勘定にしか興味がなくなってしまっていたのである。

 

 彼らはアイザックの説得を聞き入れること無く、寧ろヘルメス国も和平へと動くべきだと反駁してきた。勇者戦争ももう300年も昔の話であり、当時のことを覚えているものは殆ど居ない。なのに、若い世代がいつまでも勇者派だなんだと、過去の亡霊にとらわれていても仕方ないだろう。それよりも未来志向で帝国と共に歩む道を考えていくのが、これからのヘルメスにとっても良いことなのじゃないか。

 

 確かに言ってることは尤もだが、しかし順序が違うだろう。未来志向に立って和平を考えるのは良いことだろうが、それもこれも議会を通してみんなで話し合って決めることではないのか。彼らが言ってるのは、自分勝手に国の未来を左右するような話を進めて、それがバレたから開き直っているようなものである。当然、アイザックは彼らの姑息なやり方が気に入らなかった。

 

 そして彼は、リベラル派の重鎮たちを粛清した。ある日、彼らの説得に応じるようなふりをして居城へ呼び出し、殺してしまったのだ。そしてその遺体を利用して勇者召喚を行い、鳳たち5人を呼び出したのは知っての通りである。

 

 さて……そんな経緯があるから、議会は先の戦争の原因を身内に見つけることは出来なかった。アルマ国やアイザック11世が一概に悪いとは言い切れなかったし、もちろん、中心メンバーを殺されてしまったリベラル派も同じである。

 

 じゃあ、帝国はどうなのかと言えば、それもまた難しかった。彼らが今回の戦争はヘルメスのお家騒動だと言うように、実際に勇者領に侵攻してきたのは、帝国軍の力を借りたヘルメス卿アイザック12世だったのである。

 

 彼が帝国の傀儡であり、その虚栄心を利用され、勇者領に攻め込んできたことは明白だった。だが、本心からそう思ってるからこそ、それを認めさせることは難しかった。現在、12世は勇者領にて拘禁されているのだが、いくら問い質しても、彼は自分が帝国に利用されていたことを認めようとしなかったのだ。

 

 以上がこれまでの経緯である。連邦議会は休戦か、逆侵攻かで揺れていた。

 

 主戦派はもちろん、カーラ国とアイザック11世である。彼としては奪われた居城を取り返さねばならないという理由があり、なんとしてでも勇者領の力を借りて反撃するのが急務であった。議会で何度も頭を下げて、どうか力を貸してくれと頼む若きヘルメス卿を前に、議員たちも無碍には断れなかった。

 

 しかし、頼みの綱の勇者軍も、勝ちはしたものの先の戦闘により相当な痛手を負っており、これからまた遠征軍を組織するのは経済的にも難しかった。議会としては、最悪、勇者領への帝国からの侵攻さえ食い止められればそれで良く、積極的にヘルメスを奪還する理由もない。

 

 そんなわけで議会はどちらかと言えば、逆侵攻に及び腰のまま推移してた。アイザックがどうか軍を貸してくれと声高に叫ぶのに対し、議員達は気持ちはわかると頷きながらも明言は避け、お茶を濁すような場面が続いた。

 

 このままでは恐らく、議会は休戦へと傾き、アイザックはヘルメス国を失ってしまうだろう。彼が焦りを感じている時だった。ところが援護射撃は思わぬ方から飛んできた。

 

 議会が紛糾している最中、勇者領へと帝国からの使者が到着したとの連絡が入った。先の戦争に対し、帝国側からまともな反応を返してきたのはこれが初めてだった。連邦議会は恐らく和平の使者だと思い、彼を丁重に招き入れた。しかし、そうしてやって来たのは、決して和平の使者などでは無かったのである。

 

 使者曰く。

 

「我はアイザック12世の帝都への召喚を命ずる者である。畏くも皇帝陛下は、現在、国を不在にし、いつまでも帰ってこないヘルメス卿に対し不信感を抱いている。何故、ヘルメス卿はいつまでも勇者領にいるのか。誠に甚だしき所存。弁明の機会を与えるので、早急に帝都まで参られたしとのこと。さもなくば、帝国への叛意があると見做し、陛下の軍をもってこれを正すつもりである」

 

 使者の言葉を聞いた連邦議会は色めきだった。

 

 それは一見すると12世を責めているような口ぶりであったが、内容は明らかに勇者領に対し、彼の返還を求めているものであった。それも何の賠償もなしで。さもなくば、12世ごと勇者領を攻め落とす気があるという脅し付きである。

 

 流石にこれには勇者領の穏健派も我慢ならず、犬を追い散らすように使者を追い返すと、さっきまで及び腰であった腰を椅子に深く落ち着け、話を続けようと促すのであった。

 

 これが決め手となり、連邦議会は逆侵攻へと傾いていった。帝国侵攻は確かに割りに合わないものであったが、そんな損得勘定抜きにしてでも、人には戦わねばならない時があるのである。

 

 アイザック11世はこの勢いに乗じると、連邦議会に感謝し、侵攻にあたっては自ら指揮を執ると宣言、必ず勝利を得ると議員たちにまくし立てた。

 

「まずは私と共に戦う決意をしてくれた勇者領諸氏に感謝を述べたい。侵攻には困難を伴うだろうが、だが我々には心強い味方がいる。先のアルマ国解放戦でも無類の活躍を見せた勇者である! 思えば我々勇者派は、かの勇者の意思を受け継いで立ち上がった仲間だった。そんな我々に、勇者である彼らがいる限り、決して負けはないであろう! 邪智暴虐な皇帝に、今度こそ目にもの見せてくれようぞ!」

 

******************************

 

「俺は行かないぞ。なんで戦争なんかに手を貸さにゃならんのだ」

 

 ニューアムステルダムの連邦議会が帝国への逆侵攻を採択した翌日、アイザック11世はお供を引き連れ、鳳とジャンヌに参戦を要請するため意気揚々とヴィンチ村までやってきた。

 

 一先ずP99の調査を終え、獣人たちの移動も終えた鳳は、朝食を食べてから食後のコーヒーを飲みながら、ほったらかしていたステ振りをそろそろどうにかしないとな……と思っていたところに来た客を、面倒くさいと思いつつも迎え、開口一番そう言った。

 

 まさか断わられるとは思ってもいなかったアイザックは目を丸くして、

 

「何故だ!? 君はあの帝国に一泡吹かせてやりたいと思わないのか!?」

「別に……これと言って被害を受けたわけでもないしな」

「俺は国を奪われてしまったのだぞ!? 貴様だって一度は暮らしていた街だってあるんじゃないか。それを取り返したいとは思わないのか!」

「ああ、それな。この間様子を見に行ったんだけど、なんかちゃんと復興してみんなよろしくやってたんだよ。結局、そこに住む人にとって、お上が誰かなんて関係ないんだよな。年貢がそこそこで、平和ならもうそれでいいんじゃねえの」

「そんなわけにいくか! あれは元々、俺の物だったんだぞ。不当に奪われたまま放置しておけるものか」

「不当ってこたあ無いだろう。戦争の結果だ。おまえだって、こうなることを全く予想せずに一戦交えたわけじゃないだろう」

「それは……しかし、君は悔しくないのか? 帝国軍は、君の仲間を殺した敵なんだぞ?」

 

 鳳は奥歯をぎりぎりと噛み締めながらジロリと睨みつけ、

 

「そんなこと言いだしたら、それは元々お前が俺たちをこの世界に呼びつけたのが原因だろうが! 最初から、お前が勇者召喚なんかしなければ、戦争も起こらなかったし、友達が死ぬことも無かったんだ! お前にだけはそんなこと言われたくないね」

「まあまあ、落ち着けって鳳よ。何も無理矢理ついてこいと言ってるわけじゃないんだ……それから大将よ! そんなこと言われたら、あの時、彼らと戦っていた俺は立つ瀬がないぜ? もう少し発言に気をつけてくれよ」

 

 鳳とアイザックが睨み合っていると、彼と一緒にレオナルドの館までやって来たヴァルトシュタインが、まあまあと宥めながら仲裁に入ってきた。彼の言う通り、あの時、勇者である鳳の仲間たちと戦っていたのは彼だった。そう考えれば、アイザックよりもヴァルトシュタインの方が敵としては相応しいだろう。だが、鳳はプイッと顔を背けると、

 

「別に……死ぬかも知れないと分かっていて残ったのは彼らなんだから、あんたのことを恨んじゃいないよ」

「そう言ってくれると助かるが……どうしても戦争にはついてきてくれないのか?」

「……ああ」

「そうか……まあ、お前ならそう言うんじゃないかと思っていた。ボヘミア砦でも、興味無さそうだったもんな。しかし、そうなると勇者の力を当てにしていた議員共の説得に、また骨が折れることになるな」

 

 鳳はムスッとしながら言った。

 

「それなんだけど……どうして連邦議会は俺のことを勇者なんて思ってるんだ? 確かに、前回の戦いでは、後方でうろちょろして勲功を稼いでもいたが……彼らが俺を英雄視するような目立った行動はしてなかったつもりだ」

「ああ、それなら」

 

 どうやら、ピサロ討伐後にリザレクションやタウンポータルなどの禁呪をガンガン使っていたことを、アイザックが議会で証言してしまったらしい。そこにいたのが彼だけなら眉唾だったかも知れないが、神人であるペルメルとディオゲネスが肯定したので、議会は俄然やる気になってしまったようだ。

 

「アイザック~~……!!」

「なんだ!? 俺は本当のことを言っただけだぞ。それに、君だって調子に乗ってポータルを使ってスカーサハ先生を呼びに行ったではないか。遅かれ早かれ、君の存在は明るみに出ていたはずだ」

「うーむ……便利なんだけど、使い所をわきまえないとだな」

 

 鳳はため息をついて姿勢を正し、

 

「とにかく、俺は戦争なんて御免だよ。大体、お前らは俺になにをやらせようっていうんだ? 勇者の力を当てにしていると言うからには、きっと先陣に立って、敵に大魔法をぶっ放せとかそう言うことだろう? 冗談じゃないぞ」

「どうしてだ? 大活躍間違いなし、きっと君は英雄となるだろう」

「逆に帝国兵からは恨まれるだろうが。同じ力で尋常の勝負をしているならともかく、俺のチート能力で理不尽な死を迎えたら、その家族は俺を一生恨むだろう」

「分からんな。力があるんだから、そんなものは一蹴すればいいだけの話だろう」

「亡国の王が何言ってやがる。力があったら、こんなことにならなかったんじゃないのか」

「俺はまだ国を失ったわけじゃないっ!」

「まあまあまあまあ!」

 

 ヴァルトシュタインが割って入る。なんだか幼稚園の先生になったような気分だった。彼は額の汗を拭きながら、

 

「話は分かった。どうしても戦争に加担するつもりはないんだな?」

「まあな」

「それじゃあ、仕方ないな……しかし、これからどうするつもりだ? このまま勇者領に居ても居心地が悪いだろう」

「別にそんなのは気にならないんだが……大森林へ行くつもりなんだけど」

「大森林? なんでまたそんなとこに?」

 

 鳳は頷いてから、現在大森林で起こっている出来事について話し始めた。

 

 アルマ国でアイザックを拘束した帝国の手先フランシスコ・ピサロは、彼から奪ったヘルメス書を片手に大森林の部族社会を荒らしまくった。そこに描かれていたP99のマークを持つ部族を探すためだったようだが……後先考えない彼は、獣人たちが魔族を抑え込んでいることを考慮せず次々と集落を潰してしまい、そのせいで大森林は現在、強力な魔族で溢れかえってしまっているのだ。

 

 鳳はその現状を打破すべく、ガルガンチュアの名を継承したマニと協力して大森林を解放するつもりだった。獣人たちは現在、大森林に面した渓谷の端っこでキャンプを張って、彼らの到着を待っているところである。

 

「大森林がそんなことになっていたのか……?」

 

 ヴァルトシュタインはその話を聞いて難しそうに眉間に皺を寄せた。

 

「ああ、ピサロはどうやらヘルメスの遺産を手に入れたら、ヘルメス卿の地位を乗っ取るつもりだったらしい。だから大森林がどうなるかなんて考えもせずに、虱潰しに獣人部族を潰して回っていたようだよ」

「……それはどうかな?」

 

 鳳がそう言うと、ヴァルトシュタインはほんの少し首を捻りながら、それは解せないと言った感じに反論してきた。

 

「あいつは俺の部下だった時から、用意周到と言うか、卒がないと言うか、無駄な行動は一切しないタイプの軍人だった。と言って、予め決められたルーチンを守るわけでもなく、より楽な方法があればそちらを採用する柔軟性もあった。そんな奴が、意味もなく獣人の社会を潰して回るなんて思えない。何というか、奴らしくない行動のような……」

「ピサロがわざとそうしたっていうのか? 何の目的があって?」

 

 鳳がそう尋ねると、ヴァルトシュタインはそんなものは知らないと首を振ってから、

 

「まあ、考えてみてくれよ。ヘルメスの遺産だったか? 不思議なマークを探すだけなら、わざわざ獣人の集落を潰す必要はない。寧ろ、友好的な振りをして近づいたほうが良いだろう。戯れに、レイヴンの仇討ちに協力してやったことも考えられるが、それにしたってやりすぎだ。これじゃまるで、獣人社会を潰すことが目的だったような暴れっぷりじゃないか」

「確かに……じゃあ、もしかして、本当にそれが目的だったのか? でも、何のために……」

「さあな。あいつが死んじまった今、何を考えていたかなんて分からんよ……ただ、もしかすると、それは保険だったのかも知れん」

「保険……?」

 

 ヴァルトシュタインは頷いて、

 

「ピサロにヘルメスの遺産を見つけるように入れ知恵したのは、帝国軍総司令官カリギュラだ。ピサロはカリギュラに命じられて、大森林に遺産を探しにやってきた。奴があわよくばそれを手に入れて、カリギュラを裏切るつもりだったとしても、しかし、それが見つかる保障はない。だから、それを手に入れる算段がつくまでは、カリギュラの命令に従っている振りをしていたんじゃないか?」

「……つまり、大森林の部族社会をメチャクチャにしたのは、カリギュラがそう命じたからってこと?」

「かも知れんってことだ……お前は放浪者(バガボンド)なんだろう? なら、カリギュラという名前に聞き覚えもあるんじゃないか。やつは、お前らの世界では、どういう人間だったんだ?」

 

 鳳は腕組みをし、難しい顔をしながら、

 

「……それが、俺が生きていた時代よりも、2000年も前の人だから、よくわからないんだよ。ただ、ローマ帝国は初代アウグストゥスが崩御してから、暫くは悪政が続いたんだ。カリギュラはその代名詞みたいな皇帝だったはずだ」

「悪の代名詞か……すると、獣人を襲ったのは、ただの悪意という可能性もあるんだな。うーん……」

「あんたこそ実物(カリギュラ)に会ったことがあるんだろう? どんな人だったんだ?」

 

 鳳が逆に質問すると、ヴァルトシュタインは暫し黙考してから、

 

「実は、俺は難民を連れてヘルメス領を発つ前日に、奴からスカウトを受けたんだ。奴はその時にはもう勇者領へ攻め込む気でいたらしく、俺にその指揮官をするように言ってきた。もちろん、断ったんだが……その時、奴は妙なことを口走った」

「妙なこと……?」

「ああ。俺は勇者領を攻めるなんて無謀だと言ったんだ。最初は上手く行ったとしても、帝国と勇者領では経済力というか、地力の差があるから、最終的に押し返されると。現にそうなっているだろ? まあ、それはともかく……俺がそう言ったら、奴はこともあろうにそれならそれで構わないと言ったんだ」

「構わない……? つまり、負けていいと?」

「ああ。それで帝国が滅びてしまうならそれでもいい。それよりも、人類が魔王に対抗出来るように、今は分かれている国を一つにしたほうが良いと。奴は、魔王復活の兆候を見つけたと言っていたんだ。それを思い出した」

「魔王復活だって……!?」

 

 それには黙って聞いていたアイザックも驚きの声を上げた。この世界の人にとって、魔王は大地震や台風のように、いつかやってくるかも知れない災厄であり、前回と違って神人の数が激減した今、それは考えたくもない最悪のシナリオだった。もし今、魔王がやって来てしまったら、果たして人類が対抗できるだろうか……

 

「俺はその時は馬鹿らしいと一蹴したんだが……オークだったか、その話を聞いた今、一概に切って捨てて良い話じゃないと思っているのだが……」

「……このオークの大繁殖が、魔王復活の兆候かも知れないってことか?」

「それは分からないが……もしもそうなら、勇者軍のヘルメス領への逆侵攻も、奴の描いたシナリオ通りということになる……大森林の動きも気になるが、お互いに気をつけねばならないのかも知れないな」

 

 ヴァルトシュタインはそう言って言葉を切った。鳳たちはお互いに目配せし合うと、次の布石を打つために、それぞれ動き出した。

 


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