ラストスタリオン   作:水月一人

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シーキューシーキュー

 灼眼のソフィアこと、本名エミリア・グランチェスターと(おおとり)(つくも)が出会ったのは今から8年前。彼が通っていた小学校に彼女が転校してきたのが切っ掛けだった。

 

 名前の通り、エミリアは外国生まれの外国育ちで、引っ越してきた当初は日本語が喋れなかった。髪の毛は金色で目は青く、まるで絵本の中から飛び出してきた、外国のお姫様みたいな容貌をしていた。黒目黒髪の日本人だらけの学校では、かなり異質な存在だった。

 

 彼女はあっという間に孤立した。話しかけても言葉が通じず、その恵まれた容姿は男子には憧れの的に、女子には嫉妬の対象になった。話し相手は教師しかおらず、当時の彼女の気持ちは想像するしかないが、かなりの孤独感を感じていたことだろう。

 

 ところで鳳白は中国人みたいな名前をしているが、両親ともに歴とした日本人である。ただし、父方の祖母が海外出身であり、鳳はたまたま隔世遺伝で髪の毛がほんの少し明るい色をしていた。だからエミリアは勘違いしたのだろう。ある日の放課後、彼女は彼に英語で話しかけてきたのである。

 

 いつまで経っても学校に馴染めない、彼女にしてみれば藁にもすがる思いだったろう。その切羽詰まった表情を見るだけで、鳳にも彼女の気持ちがヒシヒシと伝わってきた。とは言え、彼は英語なんて喋ったことも無ければ、ローマ字を書くことすら覚束ない。何を言われても、あーとかうーとか返すのが関の山である。間もなく、エミリアは自分の勘違いに気づいたのか、ため息を吐いて背中を向けた。英語が喋れない彼はこれでホッと一安心だ。ところがその時、彼は落胆する彼女の背中を思わず引き止めていたのである。

 

 下心が無かったと言えば嘘になる。だが、それ以上に、なんだかその時の彼女はほっとけなかったのだ。もし今ここで引き止め無ければ、彼女とはもう会えないんじゃないだろうか……なんとなくそんな気がしたのである。実際、この時の彼女は学校生活にだいぶ行き詰まっていて、学校を変えようと思っていたそうである。

 

 そんなこととは露知らず、彼女を引き止めた鳳は辞書を片手に、片言の英語で彼女に話しかけた。一体何の用事だと。すると彼女は暫く沈黙したあと、黙って彼のスマホを指差した。

 

 小学校はスマホの持ち込みが禁止だった。一部の生徒が家庭の事情で持ってくるのは許可されていたが、もちろん鳳はそんなことはなく、ゲームをするためにこっそりと持ち込んでいたのである。きっとそれを見咎められたに違いない。彼はアワアワと言い訳しようとしたが、英語じゃ釈明のしようもなく、あっという間に行き詰まった。

 

 ところが、そんなしどろもどろな彼の姿を見て、エミリアの方も慌てだした。彼女は別にスマホを持ってきた彼を咎めるつもりはなかったのだが、彼が勘違いして慌てていることは分かったので、そうじゃないことを伝えようとしたが、彼同様に言葉が通じないせいでにっちもさっちも行かなくなってしまったのだ。

 

 奇妙なお見合いが数秒続く。

 

 エミリアはとにかく彼の勘違いを解こうとして、何度も何度もスマホを指差した。鳳は鳳で、彼女のジェスチャーを解釈しようとして、何度も何度も、彼女の指差すスマホを見た。

 

 よくあるデザインで、何か特徴があるわけでもない。特に高級でもなく、人に自慢できるような代物でもない。ただ一つ目立った物があるとするなら、落とさないようにストラップを付けていることくらいだ。鳳はそのストラップを見てピンときた。そのストラップの先っぽには、姉が修学旅行で買ってきた、土産の千代紙で出来た小さな折り鶴がついていたのだ。

 

 もしかしてこれだろうか? 外国には折り紙の文化がないから、折り鶴を見ると大変驚くと聞いたことがあった。彼はそれを思い出すと、オーケーオーケーと、一般的な日本人らしい生返事を返しながら、図工で使うために持っていたケント紙を使って鶴の折り方を実演して見せた。

 

 エミリアは別にそんなつもりだったわけではなかったのだが、訂正しようにもそうするだけの語学力もないし、彼が落ちついたようだから別にいいやと、彼が折り鶴を折るに任せていた。

 

 やがて、鶴を折り終えた彼がケント紙を差し出して、お前もやってみろと言っているようなので、エミリアも見様見真似でやってみた。やってみたら意外と難しく、何度も失敗しているうちに、いつの間にか二人は折り鶴を折るのに夢中になっていた。

 

 下校のチャイムが鳴り響き、先生が教室のドアを閉めに来た時、二人は電気もつけずにモクモクと折り鶴を折っていた。なかなか友達が出来なかったエミリアに友達が出来てホッとしたのか、先生は鳳が男の子であるにも関わらず、彼女を家まで送ってあげなさい、友達なんだからと言ってきた。鳳はまさかそんなことを言われるとは思いもよらずドキッとしたが、何となく誇らしい気持ちになって素直にそれに応じた。帰り道、二人はもちろん一言も言葉を交わさなかった。

 

 翌日……放課後になるとエミリアが近づいてきて、禁止されてるはずのスマホをこっそりと鳳に見せた。そこには昨日彼が遊んでいたゲームの画面が映し出されていて、その瞬間、彼は昨日エミリアが何を言おうとしていたのかを悟るのだった。

 

 以来、彼らは先生に見つからないように時間を気にしながら、放課後に対戦ゲームをする仲になった。

 

 彼女はクラスのゲーマーにすぐ馴染んだ。言葉は通じなくてもゲームの面白さは万国共通だからだ。ゲームをやってるうちにどんどん友達は増えていった。そのうち、ネットスラングから派生して日本語もどんどん覚えていった。

 

 そして彼女が日常会話に困らないくらいになった時、しかし彼女は孤立していた。ゲーマーは殆どが男子だったため、彼女は女子から嫌われたのだ。更に時期が悪かった。小学校から中学校に上がると、彼女はますます孤立した。彼女は中学生の男女が意識せずにはいられないほど、どうしようもなく美しかったのだ。

 

 日本人では絶対手に入らない美しいブロンドに、スラリと伸びた手足。彼女がいるせいでカラーコンタクトなどをつけるのが馬鹿らしくなり、ギャル系の先輩たちから何もしてないのに総スカンを食っていた。友達は相変わらずオタクしかいなくて、それが彼女らの怒りに拍車をかけた。

 

 鳳は彼女の友達として色眼鏡で見られるのが嫌だった。彼女のことを意識していたのも確かだったが、それ以上にチャラい系の先輩たちに目をつけられるのが怖かったのだ。中学生は1年と3年では大人と子供くらい体格が違う。そんな連中がエミリアを狙って、鳳に剥き出しの悪意を見せてくるのだ。

 

 そして彼は最大の間違いを犯したのである。ある日、部活の先輩に彼女を紹介してくれと頼まれた。部活の上下関係は厳しく断りづらかった。なにより断ったら何をされるか分からなかった。それに先輩は、ただ彼女と友だちになりたいだけだからと言っていたので、彼はそれを信じてしまった。

 

 ある日の放課後、二人で遊ぶつもりで呼び出されたエミリアは、そこに知らない男がいたことにショックを受けていたようだった。鳳は部活の先輩で悪い人じゃないからと彼女に言った。彼女はそれを黙って聞いていた。先輩はエミリアに執拗に話しかけ、そのうち鳳のことを邪魔者扱いし始めた。彼は空気が読める男だったから、先輩の邪魔をしないように帰った。多分、帰ってなかったら、ひどいことになっていたと思う。

 

 エミリアの悪い噂を聞くようになったのは、それから暫くたってからだった。あれ以来、先輩は鳳のことを露骨に無視するようになっていた。鳳は部活に行きづらくなり、間もなく彼との接点はなくなった。と同時に、エミリアとも接点がなくなってしまっていた。彼は彼女のことが心配だったが、自分から会いに行く勇気が持てなかったし、彼女の方から彼に会いに来ることもついになかった。

 

 気がつけば一学期が終わり、部活もない、エミリアもいない夏休みがただ漫然と過ぎていく……そして二学期が始まった時、エミリアは学校に来なくなっていた。

 

*******************************

 

「ふんぬらばげらっちょっ!!」

 

 意味不明の奇声を発しながら目を覚ました鳳は、手足をばたつかせながら飛び起きようとした弾みで手首を地面に強打し、その痛みのせいで結局また地面に這いつくばった。

 

「つぉぉぉおおお~~~おおぉお~おお~~~……」

 

 うめき声を漏らし、ゴロゴロ地面を転げ回る。ようやく痛みが退いてきたので、涙目になりながら慎重に体を起こそうと地面に腕をついたとき、カサっと音がして、何かが手に触れた。なんだろう? と触れた指先を見てみれば、

 

「……千代紙? なんでこんなもんが、こんなとこに……」

 

 鳳は美しい模様の描かれた和紙を拾い上げて、ためつすがめつしてみた。表には綺麗な模様がプリントされているが、裏は無地のよくある量産品の折り紙のようだった。薄っぺらくて安っぽかったが、それが返って現代技術で作られた工業品のようにも思える。と言うか、多分そうだろう。本当になんでこんものがあるんだろうか? こういうのも場違いな出土品(オーパーツ)というのだろうか? と困惑しながら、鳳は折り紙を半分に折って胸ポケットにしまうと、辺りをぐるりと見回した。

 

 そこはさっきまでいた場所と変わらず、練兵場のど真ん中であった。しかし、何故か周囲に人の気配はなくしんと静まり返っている。焼け焦げた土と衝撃で掘り返された地面が、そこで激しい戦闘が行われていたことを生々しく語っていた。あれだけ沢山いた兵士たちはどこへ行ったのだろうか? 鉄扉で閉じられた練兵場の出入り口の方を見ると、その脇に粉々になった鉄の檻が積み重ねられているのが見えて、鳳はハッと思い出した。

 

「そ、そう言えばさっき、俺は魔法で吹き飛んだんじゃ!?」

 

 気を失う直前に彼に向かって飛んできた火球。その大きさと熱を思い出して、鳳は身震いした。確か、あれが直撃して、自分はひどい怪我を負ったはずだ。

 

 しかし、慌てて体を確かめてみても、彼の体はピンピンしていて、怪我の一つも見当たらなければ、手足もちぎれ飛んだりもしていなかった。洋服もそのままで新品みたいにさっぱりしていて、とてもそんな事故が置きたようには思えなかった。

 

「おっかしいなあ……夢でも見ていたのかな??」

 

 そう言えば、事故が起きる前後の記憶が曖昧だった。あの時、鳳は魔力を得ようとしてMPポーションを飲んでいたのだが……あれを飲んだ直後から、異常なくらい気分が高揚してきて、何でも出来そうな気分になったのだ。体の底からパワーが漲り、なんだか自分じゃなくなったみたいなような気がして、事実、色々とおかしな行動を取っていたように思うのだが、何をやっていたかはよく思い出せなかった。

 

 何かと戦っていたような気もする。落ち窪んでギラついた目をした碧いうさぎが21球でこの支配から卒業したような……なんだそれは?

 

「やっぱ……夢だったか??」

 

 自分としては確かに、カズヤの魔法を食らって手足が吹き飛んじゃったような気がするのだが、荒唐無稽な幻覚と混ざってしまって、どっちが本当の記憶なのか、よくわからなくなってしまった。

 

 鳳はため息を吐くと、自分に言い聞かせた。少し、冷静になろう。

 

 普通に考えて、こんな何もない場所に怪我人を放置したままはあり得ないだろう。アイザックは、無能の鳳にもう期待をしていなかったようだが、いくら彼でも怪我の治療くらいはするはずだ。もしそうしなければ、少なくともジャンヌは怒るだろうし、カズヤたちへの印象も悪くなる。

 

 とすると、さっきまでのあれは全部夢で、鳳は練兵場のど真ん中でぐーすかいびきを立てていたことになる。しかし、それはそれで妙な話だった。朝、仲間たちがこの練兵場に集まった時、ここには兵士たちが沢山いたはずだ。もし、鳳がそのど真ん中で寝転がっていたら邪魔で仕方ないだろうから、せめて端っこに避けるくらいはするだろう。

 

 一体、どこからが夢で、どこまでが現実なのだ?

 

 彼は首を捻って空を見上げた。セピア色に見えるのは、黄昏時だからだろうか? だとしたら、朝この場所に来てから半日が過ぎたことになる。いくらなんでも、そんなに長い間、誰にも見咎められずに、こんなだだっ広い場所のど真ん中で、ずっと寝ていられるとは思えない。

 

 というか、今は何時頃なんだろう? そう思って鳳はステータス画面を開いた。

 

「お、おや~……?」

 

----------------------------

鳳白

STR 10       DEX 10

AGI 10       VIT 10

INT 10       CHA 10

 

LEVEL 2     EXP/NEXT 0/200

HP/MP 100/0  AC 10  PL 0  PIE 5  SAN 10

JOB ?

 

PER/ALI GOOD/DARK   BT C

 

PARTY - EXP 100

鳳白          ↑LVUP

†ジャンヌ☆ダルク†  ↑LVUP

----------------------------

 

 鳳は自分の目をゴシゴシと擦った。彼がステータスを何げなく開いたのは、つい、前の世界の習慣で、画面に表示される時刻を見ようとしたからだったのだが……もちろん、こっちでは現在時刻など調べられなかったのだが、その代わりに、彼は別のものを見つけてしまった。

 

 まず目についたのはステータスの最下段に、PARTYという項目が追加していることだった。メンバーは自分とジャンヌの二人。ついでにEXPという文字が見えるのは、パーティーにもレベルがあるとかそんな意味だろうか?

 

 そして一見するとステータスに変化がないから見逃してしまいそうになるが、よく見ると自分のレベルが2になっていることにも彼は驚いた。何をやっても経験値が入らなかったのに、一体どのタイミングでレベルが上ったのだろうか? 尤も、レベルが上ったところで、ステータスが上がったわけでもないようなので、どうでもいいといえばどうでもいいのであるが……

 

 それより気になるのは、パーティー欄の名前の横に見える『↑LVUP』だ。自分だけじゃなくて、ジャンヌにもついている。これは彼らがレベルアップをしたという意味だろうか? それともこれをボタンみたいに押せばレベルが上がるということだろうか? 下手にいじると取り返しがつかないことが起きるかも知れないから、まだ押さないでおくが、非常に気になるところだ……

 

 ともあれ、パーティーという概念が追加されたことには身に覚えがあった。これは推測であるが、昨晩、二人でこの城を出ていこうと話し合ったことで、パーティーが結成されたのではなかろうか。それを裏付けるように、カズヤ、AVIRL、リロイ・ジェンキンスの名前は見当たらない。もし、彼らにも城を出ていこうと誘ってみて、その話に乗ったとしたら、ここに表示されるんじゃないだろうか。

 

 ところで、こっちの世界に飛ばされた興奮やなんかで、すっかりその存在自体を忘れてしまっていたが、元の世界のゲームではパーティーで行動するのが常だった。ステータスを表示するメニュー画面から、パーティーやフレンドの検索が出来るのは当たり前で、初心者はパーティーを結成して高レベルプレイヤーに引率してもらうのがレベルアップの近道だった。

 

 なのに、鳳がレベルアップをしようとした時、アイザックがパーティーを組めと勧めなかったのはおかしな話ではないか。レベル1の鳳が死にそうになりながら牛を屠殺するよりも、高レベルの仲間に魔物を倒してもらった方が、遥かに簡単なのは誰だって分かるはずだ。

 

 ところが、そうしなかったのは、もしかして、こっちの世界にパーティーという概念がないからではないか?

 

 と言うか、恐らくそうなんだろう。何故なら、パーティー機能は便利すぎるからだ。経験値の共有はもちろん、ログインしている仲間の居場所はすぐ分かるし、遠く離れていてもパーティーチャットで会話も出来てしまう。もしこんなのが現実に使えたら、今頃人類はテレパシーで会話をし、お金持ちは傭兵を雇って、自分のレベル上げを肩代わりさせているはずだ。少なくとも、アイザック達にそんな素振りは見えなかった。

 

 だからきっと鳳のステータス画面に映るこのパーティーリストも、おそらくはただの見せかけだけで、意味のないものなのだろう。

 

 彼はそう考え、何となくジャンヌの名前を指で差しながら、いつもあっちの世界でやっていたようにパーティーチャットで話しかけてみた。

 

「えーっと、シーキューシーキュー……聞こえるか? ジャンヌ」

『え!? 誰……? 誰なの!?』

 

 ところが、意に反して、返事はあっさりと返ってきた。鳳はびっくりして目をぱちくりさせながら、

 

「あ、あれ……? マジ、聞こえるの?」

『幻聴……? 変ね。私、疲れてるのかしら』

「いや、幻聴じゃないぞ。俺だよオレオレ、孫のたかし」

『まだ孫がいるような年齢じゃないわよっ!! ……って、白ちゃん?』

「ああ。なんか気がついたら周囲に誰もいなくなってたんだけど。みんなどうしたの。つか、おまえ今どこ居るの?」

『それはこっちのセリフよっっっっ!!!!!!』

 

 耳がキンキンとなった。鳳としては何の気無しに尋ねたつもりだったが、どうやらあちらでは何か大変なことでもあったらしい。突然の大声に目を白黒させながら、

 

「い、いきなり怒鳴るなよ! びっくりしたじゃねえか……」

『びっくりしたのはこっちの方よ。とにかく、あなた今どこにいるの? っていうか、私達どうやって話してるの、これ?』

「どこって、まだ練兵場にいるよ。どうやってってのは、パーティーチャットだけど。そうそう、なんかこれ、使えるらしいぞ?」

『パーティー……チャット? 練兵場……って……そんなわけ……私達も練兵……だけど……』

「あん? なんか聞き取りづらいんだけど」

『本当……どこ!? ……私達は練兵場に……白ちゃん……』

「おーい、ジャンヌ~?」

 

 それきりジャンヌの声は聞こえなくなってしまった。

 

「どうしたんだろ……磁気嵐でも通り過ぎたのかねえ」

 

 最後に聞こえたジャンヌの声はぶつ切れで、何というか電波が届かなくなった時の携帯電話みたいな感じだった。もちろん、携帯の基地局なんかがあるわけがないので、他に理由はあるのだろうが……いくら考えてもそんなものは何も思い浮かばなかった。

 

 取り敢えず気になることは、

 

「あいつ最後に妙なこと言ってたよな。自分らも練兵場に居るって……練兵場って……ここのことだよなあ?」

 

 鳳の知らない第2練兵場とか、第3練兵場とかがあるならともかく、そんなことはないだろう。では、どうして彼はそんなあり得ないことを口走ったのだろうか?

 

 鳳はじっと空を見上げた。

 

 あり得ないといえば、こんなセピアセピアした空の色もなんだか様子がおかしいような……黄昏時と言えばそれっぽいが、何かが足りないような違和感を感じる。なんとなく、写真を見ているようなのっぺりとした感じを受けるのだ。

 

 それがどうしてだろうと考えているときに、ようやくその理由に気づいた。グラデーションが無いのだ。普通、夕暮れ時なら西の空が明るく東の空が暗い。真上を見上げたら丁度その中間と言った感じに、徐々に空の色が変わっていくはずだ。ところが今の空はセピア一色でそれがない。

 

 そう思って見てみると、おかしなことは他にもあった。夕暮れ時なら星の1つくらい見えてもいいのに、まったく見えない。もちろん、月や雲ひとつ見当たらない。さっきからやけにしんと静まり返っていると思っていたが、そうして意識してみたら驚くほど風が凪いでいるのが分かる。

 

 人の気配がしないのは練兵場だけではなく、ここから見える城の廊下もそうだった。普通なら一人二人は歩いているはずだろう。そう言えば、城の外は城下町に繋がっているはずなのに、街の喧騒すら聞こえなかった。

 

 これはいくらなんでもおかしいんじゃないか。

 

 鳳はようやく、自分の置かれた立場に緊張感を持った。どうやら自分はおかしなことに巻き込まれているらしい。

 

 しかし、おかしいと言えば異世界召喚されたこと自体がおかしいのだ。今更この程度のことでいちいち驚いてもいられないだろう。鳳もジャンヌも同じ練兵場にいるというなら、ここは次元が違うか、タイムスリップでもしたのか、もしかしたら本当に夢の中かも知れない。何が起きたかはわからないが、少なくともこの場でぼーっとしていても、原因は見つからないだろう。

 

 取り敢えずやれることは1つ。ここから元の場所に戻る方法を探すことだ。彼はそう結論づけると、まずは練兵場を出て城の中へと入ってみることにした。

 


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