ラストスタリオン   作:水月一人

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女なんか侍らせやがって、軟弱者め!

 ヴィンチ村の上空、大きな入道雲をバックに、小さな人影が浮かんでいた。それは影送りのようなものではなく、純粋に単純に、本当に人が空を飛んでいるのであった。

 

 メアリーは今回のレベルアップによって魔法レベルが上がり、ついにライトニングボルトよりも上位の呪文、レビテーションを覚えたのである。

 

 それはこの世界では今となっては使い手がいない魔法だったが、鳳のチート能力によってレベルが上がりやすくなっていた彼女は、高レベルになりさえすれば、今でも神人は上級魔法が使えるようになるということを示した格好である。

 

 残念ながら、ライトニングボルトと対になるはずの呪文、プロテクションを覚えることがなかったから、このまま行っても彼女の悲願であるリザレクションを覚えることはないと言うことが示されてしまったわけだが……

 

 尤も、その魔法は不特定の人間を生き返らせるものではなく、神人を再生させるためのものであることが判明した今となっては、特に覚えられなくても、もうショックを受けていないようだった。

 

 それよりも今は空を飛ぶことに夢中である。やはり人間というものは、どこまでも広がる青い空に憧れを抱くものなのだろう。

 

 レビテーションはそのまんま、術者を空に浮かび上がらせる魔法である。ゲームの中では、あたかも重力を操作しているかのように、自由自在に飛び回れたものであったが……現実の世界でどうやってこれを再現するのだろうか? と思っていたら、風圧を利用して飛ぶという、かなりの力技であった。

 

 フライングスーツを着て、下から巨大な扇風機で風を送り、ふわふわと浮かぶアトラクションがあるが、あんな感じである。

 

 従って飛び上がるためには、まず腹ばいにならねばならず、下手に体を傾けたら空気抵抗が減って落下してしまうから、上手くバランスを取る必要があった。そのため、最初はおっかなびっくりのメアリーだったが……慣れてきたら楽しいらしく、用もないのにふわふわと浮かんでは、上空でアハハアハハと笑っていた。

 

 無論、風を送り続けるにはエネルギーを使うから、その間、ずっとMPを消費し続けているのだが、勿体ないからやめろと言ってもどこ吹く風である。

 

 まあ、今となってはMP回復手段も色々あるので、枯渇する心配はないのだが……鳳はアヘン中毒になりかけたことがあるし、彼女だってキノコでオーバードーズしたことがあるのだ。急激なMP回復が、体に悪いのは間違いないのだから、ほどほどにしておいて欲しいものである。

 

「うわ! なんだあれは! 神人が空飛んでやがる!?」

 

 鳳がそんな彼女のことを見上げていると、いつの間にか村の入り口に人だかりが出来ていた。彼らは上空で滑空したり宙返りしたりしているメアリーのことを指差しながら、口々に驚きの声を上げていた。

 

 どうやら、今回、大森林を解放するにあたって頼んでおいた、助っ人冒険者達が村に到着したらしい。彼らは勇者領でも腕利きの冒険者達だったが、流石の高ランク冒険者たちであっても、空飛ぶ神人なんて始めて見たのだろう。

 

 メアリーはそんな彼らに気がつくと、バツが悪くなったのか、更に上空に飛び上がってから、スーッと滑空するようにして遠くに飛び去ってしまった。人見知りの彼女が、この中に降りてくるのはハードルが高かったのだろう。どうせ、後で紹介することになるのだが……まあ、気の済むようにさせてやる。

 

「おーい! 鳳!」

 

 そんなことを考えながら彼女の姿を目で追っていると、同じく空を見上げていた集団の中から声が掛かった。冒険者の知り合いなんてまるで心当たりがないので、一体誰だろうと首を傾げていたら、一人の男が手を振りながら鳳の元へと駆け寄ってきた。

 

「おお! アントン! アントンじゃないか!」

 

 ミーティアの幼馴染で初恋の人、アントンである。彼も冒険者だから、ここへ来る可能性はあったわけだが……鳳はまさかの再会に驚いた。

 

「よう、久しぶりだな、鳳。元気してたか? ……って、元気だよな。おまえの活躍は知ってるぜ。実は俺も軍に参加してたんだが、アルマじゃ声掛けそびれてさ」

「なんだ、普通に声かけてくれれば良かったのに」

「馬鹿! スカーサハ様と親しげに話してるところになんかいけるかよ。しかし、Aランクなのは知ってたけど、おまえって本当に凄いやつだったんだなあ」

 

 しみじみとそう言われてしまうとなんだか照れくさくて仕方がない。自分としてはそんなに活躍しているつもりはなかったのだが……と言うか、厄介事の方からやってきて、仕方なくそれに対処していたらこうなっていただけなのだ。褒められておいて不満とは言わないが、出来ればそっとしておいて欲しいものである。

 

「みなさん、よくお越しくださいました!」

 

 そんな具合に鳳たちが挨拶を交わしていると、冒険者の到着を待っていたミーティアとジャンヌがギルドの中から出てきた。さっきまで空飛ぶメアリーを見上げて驚いていた冒険者達が、今度は綺麗どころの登場で色めきだつ。彼らはもう超常現象のことなど忘れて、福笑いみたいに目尻を垂らしていた。

 

 元々、冒険者なんて荒くれ者の集団だから仕方ないのだろうが、ミーティアはともかく、ジャンヌにまで色目を使うのがいるのはどうなんだろうか……何も知らずにデレデレとおべっかを並べ立てる男たちを見ていると、元の姿を知ってる身としては、なんとも複雑な気分になった。

 

 お前ら本当にそれでいいのか……? そいつの中身はおっさんだぞ……? 鳳がそんな場面を表情筋を引きつらせながら眺めていると、それに気づいたミーティアがおやっとした顔をして近づいてきた。彼女は鳳の隣に立っているアントンを見上げるようにしながら、

 

「変ですね。私は本部に腕利きの冒険者を頼んだはずなんですけど、どうしてアントンがここに居るんですか?」

「うわっ、ひでえ! それが久しぶりに会った幼馴染に言うセリフかよ!?」

「言うほど久しぶりでもないと思いますが……大森林遠征は、オーク討伐が目的の命がけの冒険ですよ? Cランクのあなたでは足手まといにしかならないのでは……」

「かも知れないが、鳳が人手を欲しがってるって聞いたら、居ても立ってもいられなかったんだよ。俺だって荷物持ちくらいの役には立つだろうから、連れてってくれよ」

 

 まさかたった一度会っただけの男のために、命がけの旅に馳せ参じてくれるとは、その義理堅い行動には思わずジーンと来た。正直、最初はいけ好かない野郎だと思っていたが、認識を改めねばなるまい。

 

 鳳がそう思って感動していると、アントンはどこか照れくさそうにそっぽを向きながら、

 

「別に、幼馴染の恋人が困ってるなら、当然だろ? もしかしたら、一生の付き合いになるのかも知れないんだしよ」

 

 などと言い出した。鳳は思わずぽかんとしてしまったが……

 

「え……?」「は……?」「ん……?」

 

 三人でお見合いするように首を傾げあっていたところで、ハッと思い出した。

 

 そうだった。確かニューアムステルダムで出会った時、鳳とミーティアは恋人同士のふりをしていたのだった。それは幼馴染に当てつけるための嘘だったが、誤解を解いていないのだから、彼はもちろん二人がまだ恋人同士だと思っているのだ。

 

 アントンはそんな二人の姿を怪訝そうに眺めながら、

 

「……あれ? そう言えばなんか、以前会ったときよりも、距離感が遠い気がするな。もしかしておまえら、喧嘩でもしているのか?」

 

 このままでは嘘がバレてしまう。二人は慌てて密着するように肩を寄せ合うと、

 

「ととと、とんでもない! 僕たちはいつだってラブラブさっ! ねっ? ミーティアさん?」

「そ、そうですよ……今日は人前でちょっと恥ずかしかっただけでして、二人っきりの時はいつもいかがわしい行為に勤しんでいますとも」

 

 ミーティアは鼻息を荒く熱弁している。いや、いかがわしい行為ってどんなんだ……言い訳するにも他に言い方があるだろうに、相変わらず腹芸の出来ない人である。

 

 アントンはその言いぐさに若干顔を引きつらせながら、

 

「そ、そっか。まあ、幸せそうで良かったよ。そんなわけで、大事な幼馴染の恋人に死なれちゃ困るからな。俺もついていくから、こき使ってくれよな」

「あーうー……」

 

 『大事な幼馴染』に反応したのか、それとも『幼馴染の恋人』という言葉が照れくさいのか、ミーティアは顔を真っ赤にしてうつむいている。アントンはどこかアメリカンなわざとらしさがあったが、根は本当にいい奴のようである。

 

 鳳はそんな彼に嘘を吐いていることを多少申し訳なく思いつつ、そんなことよりも二の腕に当たっているオッパイの感触に鼻の下を伸ばしていると……

 

 と、その時、何を思ったのか、遠くの方で他の冒険者達の相手をしていたジャンヌがツカツカと歩み寄ってきて、

 

「ふ……二人とも……ちょおおぉぉ~~っと、近すぎるんじゃないかしら? 白ちゃん、鼻の下なんか伸ばしちゃって、みっともないわよ?」

「あ! こら! ジャンヌっ!」

 

 何を思ったのか、鳳とミーティアの間に割って入ってきた。

 

 突然引き剥がされたオッパイがプルンプルンと揺れている……もとい、ミーティアが驚いている。

 

 鳳は何しやがると内心憤ったが、事情を知らないジャンヌからすれば、突然二人がいちゃつき出したようにしか見えず、その光景が目に余ったのだろう。だが、今はそんなことをされたら、ややこしくなるだけだ。

 

 突然の乱入に驚いているアントンは目をパチクリさせながら、

 

「お、おい、鳳。この神人のかたは……?」

「えーっと……こいつは俺のパーティーメンバーで、ジャンヌって言うんだけど……って、おい! 何をする?!」

 

 説明が難しくて口ごもっていると、ジャンヌは鳳の腕に絡みつくように抱きついてから、戸惑っているアントンに向かってにこやかに挨拶した。

 

「はじめまして。私はヘルメスの頃から、ずっと白ちゃんとパートナーを組んでいるジャンヌ・ダルクよ。よろしくね」

 

 男の時から割とこういうことをするおっさんだったが、以前は厚い胸板だったものが、今は得も言われぬ感触の柔らかいオッパイに変わっていた。前はただ暑苦しいだけで突き飛ばす事に躊躇いはなかったが、今はどこを触って良いのか分からない……

 

 鳳が戸惑っていると、それを見ていたミーティアがムッとした表情で、突然、空いていたもう片方の腕にギュッとしがみついて来て、

 

「ジャンヌさんはレベル102を誇るギルド最強の冒険者さんです。以前は屈強なナイスガイだったのですが、最近女性になってめっきり美しくなってしまったのです」

「はあ? 何言ってんだおまえ?」

「ですよね? 私も何言ってんだって思うのですが、事実なんです」

「屈強って、失礼ね……中身は以前から乙女だったのよ」

 

 三人はやいのやいのとおかしな会話を交わしている。鳳は二人の美女に挟まれて動けない。両手に花といえば聞こえは良いが、ぶっちゃけ、嬉しいと思うよりもひたすら萎縮するだけで、はっきり言って居心地が悪くて仕方なかった。

 

 気がつけばそんな彼らのやり取りを遠巻きに見ていた冒険者たちの視線が冷たいものに変わりつつあった。このまま続けていたら、今後の遠征に支障を来してしまうかも知れない。そう思って、鳳がそろそろ離れろと、強引に二人を振りほどこうとした時だった……

 

「たのもう! たのもう!」

 

 突然、村全体に響き渡るような大声が轟いて、冒険者たちの背後から、一人の巨漢がヌッと姿を現した。

 

 声のする方を見れば、強面の男がキョロキョロと村の中に視線を走らせていた。彼はやがて鳳をロックオンしたかと思うと、ジロリと鋭い眼光を光らせながら一直線に向かってきた。

 

 これ以上、面倒事は御免だぞと焦っていると、男は仁王立ちするように見下ろしながら、いかにも不機嫌そうな声で、

 

「ふんっ……調子に乗って女なんか侍らせやがって、軟弱者め! おまえが、勇者鳳白(おおとりつくも)だな?」

 

 鳳は軟弱者と言われても、何も言い返せず、ただただ恐縮するしかなかった。

 


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