ラストスタリオン   作:水月一人

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チラッ……チラッ……

 大森林遠征に向けて鳳たちが冒険者達を迎え入れていると、遅れてそこに現れたのは山のような巨漢だった。

 

 柔道着みたいな厚手の布地の服を着て、腰を帯でギュッと縛っている。合わせた道着の胸襟からは、フライパンみたいにガチガチの分厚い胸板が覗いており、裾が破けて縮れている袖からは、成人女性の腰周りくらいありそうな、物凄く太い腕が伸びていた。

 

 下半身ももちろん屈強であり、そのせいでちょっとがに股で短足ではあったが、丸太みたいな両足が、まるで地面に根を張るかのように、どっしりと地面の上に乗っかっていた。剃髪した頭頂部は青々としていたが、額は太陽を反射してキラリと輝いている。目は細くて糸目だったが、それが返って鋭い眼光を強調しているようだった。

 

 男はキョロキョロと村の中に視線を走らすと、そこにいた鳳をロックオンして、ズカズカと巨体を揺らして近づいてきた。荒くれ者の冒険者達が黙って彼のために道を開ける。鳳がそんな強面に射すくめられ、小リスのように棒立ちしていると、男は仁王立ちするようにそれを上から目線で見下ろしながら、彼の両手にぶら下がっている二人の女性を交互に見つつ、

 

「ふんっ……調子に乗って女なんか侍らせやがって、軟弱者め! おまえが、勇者鳳白(おおとりつくも)だな?」

 

 鳳は軟弱者と言われても、何も言い返せずに、ただただ恐縮するように、

 

「あ、はい、すんません……勇者ってほどじゃないですけど、私が鳳白です。すんません」

「そうか。俺の名はサムソン! 金剛力士のサムソン! 人類最強のSTR20を誇る格闘家だ! ……いや、人類最強の格闘家だった。あの男が現れるまではな! おまえは確か、ヘルメスの国境の街で、帝国軍と戦った時にもいたよな?」

 

 それは今やフェニックスの街と呼ばれている街のことであろう。それを聞いて思い出したが、難民を守るために籠城を決め込んだ時、勇者領からやってきた助っ人の中にサムソンの名前もあった。確か彼はスカーサハ、ガルガンチュアと並ぶ高ランク冒険者で、ジャンヌと共に最前線で大暴れしていた一人だったはずだ。

 

 鳳はそれを思い出すとペコペコと頭を下げて、

 

「ああ! その節はどうも、大変お世話になりました。あなたのお陰で、今こうしていられます。あの時はお礼も言えずに、すみませんでした」

「え? あ、うん……別に気にしてないけど。調子狂うなあ……おほん! ともかく! 勇者が冒険者を募っていると聞いてやってきたのだが、俺はてっきり勇者と言えば、ジャンヌ・ダルクのことだと思っていたのだが、来てみてびっくり、軟弱なおまえがリーダーなんだって?」

「はい、俺もジャンヌがリーダーの方がいいと思うんですが、ちょっと色々事情があって、俺が責任者やってます。あ、別に俺の方がふさわしいからとかそんなんじゃないんで、安心して下さい」

「あ、そうなの……? いや、そうじゃなくて……つまりだなあ! 俺はジャンヌ・ダルクと再会することを楽しみにしてここに来たんだ。なのに、彼がリーダーじゃなくて、ちょっと残念でした」

 

 サムソンはそう言ってがっかりと項垂れている。鳳はなんだか申し訳ない気分になった。ともあれ、どうしてそんなにジャンヌに入れあげているのだろうか。気になって尋ねてみると、

 

「よくぞ聞いてくれた。それはだな? さっきも言った通り、俺はSTR20を誇る人類最強の格闘家だった。だが、そんな俺の前に、奴が現れたのだ……そう、STR23という、人類を超越した化け物、ジャンヌ・ダルクだ!

 

 俺は自分以上のSTRを誇る人類がこの世に居るとは思わず、凄く驚いた。俺も格闘家の端くれ、すぐにこいつと勝負がしたいと思ったんだ。でも、あの時は帝国軍との戦いが控えていてそれが難しかった。だから俺はやつと約束したんだ。この戦いが終わったら勝負しようと。奴は言った『いいわよん』と。そして俺はそれを楽しみに、あの攻防戦を最後まで戦い抜いたんだ……

 

 ところが、全てが終わった時、奴はそこには居なかった。帝国に追われていたから仕方ないとは言え、俺は落胆した……どうしても勝負がしたかったのに……だから、今回、お前ら勇者が冒険者を募っていると聞いて、俺は居ても立ってもいられなくなってやってきたんだ。

 

 なあ、勇者よ。おまえがここにいるのなら、ジャンヌももちろん居るんだろう? ならばあの時の約束を果たすために、奴を呼んできてくれないか」

 

 サムソンの熱弁を聞いていたジャンヌは、鳳の腕から離れると、今度はサムソンの手を取って彼のことを見上げながら申し訳無さそうに頭を下げた。

 

「まあ、そうだったの……あの時は黙って出ていってごめんなさいね。ほんの軽い気持ちで受けちゃったけど、申し訳ないことをしたわ。もちろん、私で良ければ、いつでも勝負させてもらうけども」

「え……? いや……こちらのお嬢さんは?」

 

 サムソンは突然彼の手を取った金髪碧眼の神人女性を前に、しどろもどろになりながら鳳に尋ねた。目の前にいるのだから直接聞けばいいのに、視線も合わせられないのは、彼が女性を苦手にしているからだろうか。

 

 鳳は、少々心苦しく思いながら、その女性こそが彼が探し求めているジャンヌだと言わねばならなかった。

 

「えーっと……それがその……実はそいつがジャンヌなんだけど」

「……は? ああ、彼女もジャンヌさんって言うんですか。とっても綺麗な方ですね。いや、そうじゃなくて、俺は屈強なジャンヌを探しているんだが」

「だから、それがそのジャンヌなんですってば」

「……謀ってるのか? 何か、ジャンヌを出せない理由でもあるのだろうか?」

「いや、そんなのないんだけど……まいったなあ」

「あの、エントリーシート持ってきましょうか?」

 

 鳳が何とも説明しづらく困っていると、もう片方の腕にぶら下がっていたミーティアが言った。

 

 エントリーシートとは、例の嘘を吐いたら文字が消えてしまう紙のことである。彼女は鳳の腕からぱっと離れると、パタパタと靴音を鳴らしてギルドへと駆けていった。こうして久しぶりに両手の自由を取り戻した鳳であったが、あんなに迷惑に思っていたのに、今となっては寂しささえ感じるのは何故だろうか。

 

 鳳がそんな哲学の迷路に迷い込んでいると、間もなくギルドから紙を取って返ってきたミーティアが、ジャンヌにそれを差し出しながら、

 

「はい。ジャンヌさん。ここに署名をお願いします。みなさん、もうご存知かと思いますが、これに書かれたことが真実でなければ消えてしまいます」

「わかったわ」

 

 ジャンヌが言われたとおりに署名すると、その文字はいくら待っても消えることはなかった。サムソンは首を捻りながら紙を受け取ると、それをまじまじと見つめた後に、その隣に同じように『私はジャンヌ・ダルクです』と署名してみた。するとその文字はすぐにくるくると回転し、インクは空中へと消えてしまった。

 

 彼は暫し呆然とした後……

 

「そうか。同姓同名なんだな?」

「いや、諦めようよ。そいつは正真正銘ジャンヌなんだよ」

「しかし! 俺が知っているジャンヌは、それはそれは見事な筋肉の40絡みの男だったんだぞ!?」

「そうだよ。俺が知ってるジャンヌも筋肉だるまだったけど……」

「そうだろう!?」

「でも、なんか女になっちゃったんだよ」

「そんな無茶苦茶な!」

 

 サムソンは目を回している。それを傍から聞いていた冒険者たちも騒然としている。まあ、普通、こんな話を聞いたら、こうなるのが当然だろう。鳳は、それ以上何を言っても付け焼き刃にしかならないと思って、彼らが落ち着くのをじっと待った。

 

 鳳が見守っていると、やがてサムソンは、うーんと唸り声を上げてから、がっくりと脱力した。どうやら、この理不尽な状況をどうにかこうにか受け入れてくれたらしい。心のなかで様々な葛藤があったのだろう、額にびっしょりと汗をかき、彼は少し青ざめた顔をしながら、

 

「それじゃあ、本当におまえがジャンヌなんだな?」

「ええ、そうよ。ごめんなさいね。あなたと勝負する約束をしていたのに、勝手に女になってしまって……」

「そうかあ……うーん、そうかあ……」

「STRだってもう23じゃないのよ。今の私はか弱いSTR14の乙女でしかないんだわ」

「……いや、14だって結構な数字だが」

「でも、安心してちょうだい! 例えSTRが14でも。別に弱くなったりレベルが下がったりしたわけじゃないから、勝負自体はちゃんと成立するはずよ。あなたさえ良かったら、是非、あの時の約束を果たさせてちょうだい」

「……はあ?」

 

 落胆し、少し放心状態だったサムソンは、それを聞くと鼻でせせら笑いながら、

 

「いやいや、お嬢さん。俺はSTR20、あんたは14。こうなっては勝負にならないだろう。手合違いだ」

「いいえ、きっと平気よ。私もこの体で、どこまでツワモノと渡り合えるか興味があったの。試してみましょう」

「そうは言うが……失礼だが、あんたのその細いウエストじゃ、俺のパンチを食らったら折れちまう。それじゃ気が引けるぞ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。でも見てのとおり、私も今は神人よ。ちょっとした怪我ならすぐに治ってしまうわ」

「うーん……」

 

 サムソンは困ったように唇を尖らせて唸り声を上げている。鳳はそんな彼に助け舟を出すように言った。

 

「まあ、やるだけやったらどうですかね。また決着をつけなかったら、それはそれで後々しこりになるかも知れない。あんただって、ジャンヌと勝負が出来なかったのが心残りで、わざわざここまで来たんでしょう?」

「うむ……ふむ……うーむ……それもそうだなあ~……」

 

 サムソンは溜息をつくように鼻息をフンと鳴らすと、

 

「よしわかった。そのかわり、勝負はどちらかが怪我をするか、地面に手をつくまでとしよう。つまり、相手を転ばせたら勝ちだ。それでいいな?」

「望むところよ」

 

 ジャンヌは腕まくりしながら牧場の方へと歩いていった。サムソンはそんな彼女の後を追いかけつつ、すれ違いざまにこそっと鳳に耳打ちしていった。

 

「もし、彼女が怪我をしそうになったらすぐに止めてくれ」

 

 こうしてジャンヌとサムソンが勝負をすることになると、それを聞いた冒険者達が面白がって集まってきた。中にはもうどちらが勝つかトトカルチョを始める者も居る。鳳も賭けに乗りたかったが、審判を任されたせいで乗ることが出来ず、指を咥えて眺めていると、そんな彼の元へ不安そうな表情を浮かべてミーティアが近づいてきた。

 

「あの、鳳さん……本当に大丈夫なんですか? 止めたほうが良いのでは?」

「別に、大丈夫じゃない?」

「でも……流石にジャンヌさんでも、今回ばかりは相手が悪いと思うのですが。サムソンさんはあれで伝説級と呼ばれる冒険者ですよ?」

「平気平気。伝説級なら、ちょっとやそっとじゃ死なないでしょ」

 

 ミーティアは困惑気味に眉根を寄せている。鳳は苦笑いしながらそれに答える。寧ろ、だからこそ大丈夫だと思っているのだが……STR20と言っても、所詮サムソンは人間である。神技(・・)も、古代呪文も使えないのだ。

 

 冒険者たちが賭けをしている手前、下手な情報を与えないように黙っていると、間もなく牧場の隅っこの広場で二人の決闘が始まろうとしていた。

 

 サムソンは余裕を見せて腕組みをしながら半身に構え、いかにも手加減してやるといった感じの挑発気味のポーズをしている。

 

「さあ! どこからでもかかってこい」

 

 あんまり余裕をかまさない方がいいんじゃないかと思いながら見ていると、ジャンヌはそんな舐めプの彼を見るや問答無用で、

 

「練気拳! 覇王拳! 神威穿孔阿修羅拳!!」

「ひでぶっ!」

 

 彼女が技名を叫ぶや否や、その腕がまばゆいばかりに輝きだし、更に次々と技を叫んだ瞬間、その光が巨大な炎となってサムソンを襲った。

 

 格闘戦と言ってるのに、まさかそんな攻撃が飛んでくるとは思いもよらず、腕組みをしたままサムソンは直撃を食らって思いっきり吹っ飛んでいった。彼はゴロゴロと地面を転がっていくと、やがて数十メートル先にあった牧場の欄干にぶつかって止まった。

 

 そんな一瞬で勝負が決まるとは思っていなかった冒険者たちが、泡を食って無効だ無効だと騒いでいる。鳳が、ちゃんと生きているかな? と手かざしをしながら遠くで大の字になっているサムソンを眺めていると、

 

「きゃあ! やりすぎちゃった! もしかして、パンチとキックだけで勝負したほうが良かったかしら……」

 

 などとジャンヌが要らぬヘイトを稼いでいた。もしかして、実は結構腹を立てていたのだろうか……戦闘スタイルを変えると言っているが、やはり根っからのタンクである。

 

「って、そんな感心してる場合じゃない! さっさと介抱しに行くぞっ!」

 

 慌てて吹き飛んでいったサムソンの元へと駆け寄り、鳳がその顔を覗き込むと、彼は完全に目を回して伸びていた。往生際の悪い冒険者達が、まだ勝負がついていないとテンカウントを数えていたが、多分、起き上がることはないだろう。鳳が両手で大きくばってんを作ると、冒険者達からブーイングが上がった。胴元がニヤニヤしながら賭け金を分配し始める。他人事だと思って薄情な連中だと思っていると、ミーティアがギルドから水を運んできた。

 

 ザブーっと、伸びているサムソンの頭から水をぶっかけると、しばらくして彼は周囲をキョロキョロしながら目を覚まし、やがて正気を取り戻したようにハッと飛び上がった。

 

「な、なんだなんだ!? 俺は……負けたのか?」

 

 理不尽な勝負にまだ状況整理が追いついていないサムソンがハアハア息を荒げて周囲を見回している。ジャンヌはそんな彼の元へ悠々と歩み寄ってくると、

 

「悪いけど、全力でいかせてもらったわ。神技を使っちゃいけないと言ってなかったから使ったんだけど……まずかったかしら?」

「なに!? 神技……!?」

 

 ようやくサムソンは自分が何を食らったのか理解して、目を丸くしていた。ジャンヌと言えば剣士だから、まさか徒手空拳の技を使ってくるとは思ってなかったのだろう。実は彼女はゲーム時代から、あらゆる武器を使いこなす戦闘のスペシャリストだったのだ。と言うか、長いことゲームをやってると、スキルポイントが余ってきて、みんな段々そうなってしまうのであるが……

 

「そう言えば……功夫(クンフー)を積んだミトラの神人修行僧の中には、腕から気弾を発射するという奇跡の技を体得した者もいると聞く。まさか、今のがその技だというのか……!?」

 

 そんなこととは露知らず、不意打ち気味に神技を食らってしまったサムソンは、つぶやくようにそういった。その顔は真っ赤に紅潮して、握りこぶしを作った腕がプルプルと震えている。

 

 あまりに卑怯だったから、やり直しを要求しようとでもしてるのだろうか。面倒なことになってしまったな……と鳳が内心思っていると、そんな彼の想像とはまるで別の方向で、事態は更にややこしくなろうとしていた。

 

「……惚れた」

「……え?」

 

 サムソンは、顔を真っ赤にしてプルプル震えていたと思えば、突然鼻息荒く、そんなことを口走った。

 

「惚れたー! 俺は強い漢と漢を高め合うために来たつもりだったが、まさかこんなところに、理想の女性がいたなんて! おお、ジャンヌよ! 俺はお前が女になってしまったと聞いた時は、心底がっかりしたのだが、それは間違いだった。お前こそ俺が長年追い求めていた女性に間違いない。強く、逞しく、そして何よりも美しい!」

「え? え? ……どうしよう、白ちゃん、私、口説かれてるわ」

 

 ジャンヌが突然迫られて面食らっている。鳳はそんな二人から若干距離を取りながら、

 

「知らんがな。つーか、いちいちこっち見んなよ」

「おお、ジャンヌ! 戦の女神ディアナのように勇猛果敢な戦乙女よ。どうか俺の生涯の伴侶として、共にいることを許してくれ」

「え? そんな力強く迫られたら、困っちゃうわ……チラッ……チラッ……」

 

 そんなことを言いながら、ジャンヌは頬を赤く染めつつ満更でも無さそうな表情で、チラチラとこっちの方をチラ見していた。鳳はその視線を避けるように一歩二歩と後退ると、遠くの方でこちらの様子をうかがっていたアントンたち冒険者に向かって肩を竦めてみせた。

 

 サムソンはまだジャンヌを口説いている。そんな二人のことをオロオロしながらミーティアが見守っている。これから魔族の跳梁跋扈する大森林へと行こうと言うのに、何をやっているんだか、早くもその旅はどうしようもないものになりそうな予感がしていた。

 


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