ラストスタリオン   作:水月一人

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ヘルメスの杖

 そんなこんなで、鳳たちが村の牧場でトトカルチョをしたり、サムソンがジャンヌを口説いたりしていると、丘の上の館からレオナルドが馬車に乗ってやってきた。大森林へ向かう前に冒険者達を連れて出発の挨拶に向かうつもりだったが、一向にやってこないから業を煮やしたのだろうか。

 

 牧場前に馬車が止まり、いきなり中からレオナルドがお供を連れて降りてくると、それまでダラダラと駄弁ったりしながら大騒ぎしていた冒険者達は、まるで軍隊みたいに背筋をピンと伸ばしてそれを迎えた。

 

 レオナルドは別にこの国の王でも、彼らの主人でもないのだが、荒くれ者の冒険者達までもが瞬時にこんな態度を取るのだから、彼の人徳の高さが窺える。老人はそんな冒険者達にリラックスするように、軽く手を上げると、

 

「よいよい。皆、よく集まってくれた。話は聞いておるじゃろうが、実はこの国がアルマで戦争をしていた最中、大森林が大変なことになっておった。魔族が繁殖して、いまじゃ手を付けられぬほど、被害が広がっておるらしい。詳しいことはこのガルガンチュアが説明してくれるから、皆、彼ら獣人たちと協力して事にあたってくれ」

 

 レオナルドがそう言って、彼の背後からマニが出てくると、冒険者たちはまだ年若い兎人を見て困惑の声を上げた。獣王ガルガンチュアと言えば、屈強な獣人冒険者として名が轟いていたから、マニが出てきたことで驚いたのだろう。

 

 慌ててガルガンチュアが代替わりして、息子がその後を継いだことを説明するが、彼らはまだ半信半疑のようだった。獣人たちは彼を見るなり、まるで借りてきた猫のように大人しくなるのだが……やはり、人間にはCHAの影響はないのだろうか?

 

 だが、そんな彼らもジャンヌがじれったそうに前に出てきて、

 

「彼の実力は本物よ。何なら、誰か代表して模擬戦を行ってみればいいわ」

 

 彼女がそう言うと、先程のサムソンとの勝負を見ていた冒険者たちも納得せざるを得ずに黙りこくった。

 

 兎人が人間社会に出てくること自体が珍しいのもあり、マニがおずおずと前に進み出て、大森林で起こっている出来事を話すと、彼らは物珍しそうに黙って話を聞いてくれた。そのうち、村が襲われて、父ガルガンチュアが殺された話になると、中には同情して涙を流す者までいた。

 

 鳳がマニのことを、大丈夫かな? と見守っていると、そんな彼に手招きしながら、レオナルドが近づいてきた。

 

「鳳よ……少し良いかの? そろそろスカーサハがアルマ国へと帰還したいと言っておるのじゃが」

「あ、そっか。待たせちゃったかな」

 

 引き続き、勇者軍の指揮官として就任したスカーサハは、連邦議会に出席するためニューアムステルダムに滞在していた。その後、逆侵攻の方針が決まり、アイザックとヴァルトシュタインが鳳に参戦要求しに来た事は記憶に新しい。

 

 スカーサハは一足先に帰った彼らに変わって、議会との調整を行っていたのだが、その仕事を終えて前線へ帰るために、ヴィンチ村にやってきていた。理由は言うまでもなく、鳳のタウンポータルを使ったほうが、馬車を使うよりも断然早いからである。

 

 鳳はその場をジャンヌに任せ、レオナルドと共に馬車に乗った。丘を上って館に戻ると、執事のセバスチャンが恭しく扉を開いて待っていた。そんな彼に外套を渡し、メイドのアビゲイルの後に続いて、いつもの応接室へとやってくると、中には件のスカーサハと一緒にルーシーが待っていた。

 

 スカーサハは鳳がやって来たのを見るなりソファから立ち上がり、

 

「勇者、忙しいところを私的な用事でご足労願い、申し訳ありません。至急、アルマへ帰還せねばならなくて」

「いや、こちらこそお待たせしてすみませんでした。つーか、その勇者ってのやめて下さいよ。背中がこそばゆくなる」

「いいえ、あなたはこれから先、色んな人からそう呼ばれることになりますよ。早く慣れて下さい」

 

 スカーサハはにこやかにそれを拒絶すると、独特な論理で彼を煙に巻いた。鳳はやれやれと肩をすくめると、

 

「戦争なんかのために、あっちこっち飛び回らなきゃならないなんて大変ですね。もう特に用事がなければ、すぐにポータル出しますけど?」

「お願いします。よければ息抜きに、たまには私にも会いに来て下さい。紅茶を用意してお待ちしておりますよ」

「いいですね。その時はみんなを連れてお邪魔します」

 

 鳳がポータルを出すと、スカーサハは手を振りながらその光の向こう側へと去っていった。間もなくポータルが閉じ、光の礫となって消えていく。ルーシーはその光景を物珍しそうにマジマジと見つめながら、

 

「いつ見ても不思議だねえ、これ。どうなってるんだろう?」

「さあ……ゲームの中ならデータだけを送れば済む話だから気にならなかったけど、現実だとどうしてんだろね?」

 

 普通(?)に考えれば、スタートレックの転送方式みたいに、体を構成する全ての物質を量子レベルまで分解して飛ばしているのだろうが……そう考えると、あのP99と原理は同じなのだろうか。

 

 ポータルには、それが使える人と使えない人がいて、特に獣人はほぼ全滅だったのだが、何かその辺が関係あるのかも……そんなことを考えていると、ルーシーが鳳の顔を覗き込みながら、

 

「それにしても、随分先生に気に入られたみたいだね。勇者なんて呼ばれたり、また会いに来てなんて、あんな美人になかなか言われていいセリフじゃないよ」

「俺がいればあちこち飛び回りやすいから、定期的に顔を出してくれってことだろう」

「どうかなあ……実は以前話してくれたんだけど、先生、300年前の勇者様とラブロマンスがあったらしいよ?」

「え!? そうなの!?」

 

 ただでさえ神人は作り物めいた容貌をしており、おまけに彼女はやたら落ち着いて見えるものだから、そういった性的な印象は全く受けなかったのであるが……そう言えば、アイザックの城には妖艶な神人もいたし、彼らに性欲がないわけではないのだから、そういうこともありえるのだろうか。

 

 鳳がそんなことを考えてぼんやりしていると、レオナルドが不機嫌そうに、

 

「前に言ったじゃろうが、勇者は晩年、手当たりしだいに女に手を出しておった。そのうちの一人がスカーサハじゃ。儂は、弟子に手を出した彼に怒って抗議しにいったのじゃが……殆ど喧嘩別れになってしまったそれが、彼との最後の別れとなってしまったことを後悔しておる」

「そうだったのか……」

「何故彼がそうなってしまったのか、もう少しちゃんと話を聞いてやれば良かったのじゃが……儂も頭に血が上っておってな」

 

 レオナルドはそう言って渋面を作ったが、すぐに気を取り直したようにパッと表情を和らげて、

 

「まあ、つまらない話はそのくらいにしておいて、大森林へ行く前にお主らに渡しておきたい物がある」

 

 渡したいものとはなんだろう。鳳たちが首を傾げて見守っていると、メイドのアビゲイルが細長い楽器ケースみたいな大きな容器を運んできた。彼女は応接セットの机の上にそれを置くと、鍵を開けて、鳳たちに見やすいようにケースを傾けて中身を示した。

 

「これは……杖かな?」

 

 棍棒のようにも見える。長さはおよそ120センチくらいの木の棒で、先端に丸っこい意匠を凝らした綺麗な槌がくっついていた。振り回せばそれなりの打撃は与えられそうだが、あまり威力はありそうに見えない。どちらかと言えば、魔法使いの杖といった方がしっくりくるようなデザインである。

 

 レオナルドはそれを手に取ると、ルーシーに差し出しながら、

 

「これは昔勇者と旅していた頃、長いあいだ使っていた武器じゃ。カウモーダキーという。お主にやろう」

「わあ、ありがとう、お爺ちゃん!」

 

 ルーシーは目を輝かせながらそれを受け取ると、いつもの誰もが幸せになりそうな、飛び切りの笑顔を見せた。老人は現金な奴めと言いたげに苦笑しながら、

 

「それはジャンヌの剣のようにステータスに補正があるものではなく、不思議な力で飛んでくる矢を落として術者を守ってくれる棍棒じゃ。お主は攻撃を受けるとうまく魔法が使えなくなるようじゃから、それで守ってもらうと良いじゃろう」

「凄い! もしかして、これを持ってたら、私も前の方で戦えるかな?」

「剣や打撃武器などは躱せん。あくまで遠くから狙われた時の保険じゃ。それに頼りすぎて注意がおろそかになっては本末転倒じゃから、いつかはこれを使わずに戦えるようにならんとな」

「そうかあ……」

 

 ルーシーはどことなく元気無く項垂れている。突然、前線に出たいなどと言い出したり、もしかすると彼女なりに戦闘が苦手なことを気にしているのだろうか。確かにルーシーは、敵に気づかれていない時は非常に優秀な現代魔法の使い手だが、乱戦になると少々浮足立つ傾向があった。

 

 それを克服出来れば、戦闘中もバッファーとして活躍できるだろう。早くそうなるといいなと思いつつ、鳳は話題を変えるようにぶっきらぼうに言った。

 

「そんなものがあるならもっと早くくれればよかったのに」

「いい若者が、何も苦労せずに物だけ欲しがってはいかん」

「へいへい。つーか、ギヨームも言っていたけど、爺さん、マジックアイテムのコレクションなんてものがあるんだって? もしかして俺にも使えそうなものはないのかな?」

「ある……と、言うか、そのつもりで呼んだ。アビゲイルよ」

 

 レオナルドが命じると、側に控えていたメイドが黙って部屋から出ていって、また同じような大きさなケースを抱えて戻ってきた。彼女は先程とは違い、慎重そうにそのケースを机の上に置くと、今度は鍵を開けてはくれずに、代わりに鍵を直接手渡してきた。

 

 自分で開けろということだろうか? 彼女がここまで丁寧に扱うのだから、よっぽどの物が出てくるんじゃないかと、ドキドキしながらその鍵を回すと、ケースの中から出てきたのは、さっきの棍棒よりももっと無骨な杖だった。

 

 木製か、石製なのか、よくわからない材質で出来た支柱の周りに、二匹の蛇が螺旋を描くように絡みついているという、そんな意匠が施されている。先端には水晶玉みたいにツルツルに磨かれた丸い玉がついていて、最初は真っ黒な黒曜石のように見えたそれは、よく見ると光を反射して虹色に輝いていた。

 

「これは……?」

「ケーリュケイオン。別名ヘルメスの杖じゃ。実を言うと、今まで使い手がいなかったから、それがどのような力を持つかは分かっておらぬ。じゃが、精霊ヘルメスと会ったというお主なら、もしかすると使えるかも知れぬと思って、こうして持ってこさせたのじゃ」

 

 絡み合う二匹の蛇が、まるでDNAの二重螺旋を思わせるからだろうか、それはどこから見ても明らかに無機物だというのに、何故か生命でも宿ってるような雰囲気を感じさせた。もちろん、そんなはずはないのだが……鳳はなんとなくそれに触れることが躊躇われて、暫くそのまま見つめていることしか出来なかった。

 

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