レオナルドに呼ばれて館に戻ってきた鳳は、スカーサハをポータルで飛ばした後、レオナルドから一本の杖を渡された。
ケーリュケイオン……別名ヘルメスの杖と呼ばれるそれは、触れようとする者を威圧するような、不思議な雰囲気を漂わせていた。どうみても無機物なのに、生き物のような存在感があるというか、触れるとなんだか呪われそうな感じである。
鳳は使い手が存在しなかったというその杖を前にしながら、なかなか手にすることが出来ず、それをケースに収めたまま老人に尋ねた。
「使い手が居なかったのか……それじゃ、どこで手に入れたんだ?」
「分からぬ」
「わからない……?」
てっきり、どこかの迷宮から発掘されたのかと思いきや、老人はまるで予想もしていない、おかしなことを言い出した。
「その昔、勇者戦争が起きてすぐアイザック1世が死に、儂は彼の死後の混乱を鎮めるために、暫くヘルメスに滞在しておったのじゃ。その時、彼の形見分けという形でこれを手に入れたのじゃが……考えても見れば、アイザックは儂らのような魔法使いではない。じゃから、彼が何故こんなものを持っていたのか分からぬのじゃ」
「精霊に貰ったとかは? 彼は初代ヘルメス卿で、それはヘルメスの杖なんだろう?」
「かも知れんが、それじゃ何故儂らにそれを報せなかったのか。何故ヘルメスは使えもしない杖を彼に託したのか。出どころがはっきりしないのは事実じゃ。しかし、ヘルメスの名を冠するという、その名前だけは分かっておったから、儂は奇妙に思いつつも、誰かの手に渡らぬよう、こうして厳重に保管しておったのじゃよ」
「……なんだよそれ、まるで呪いのアイテムじゃないか。そんなの、手に触れても大丈夫なのかよ?」
「分からぬ。じゃからこうして見せるだけで、アビゲイルにも触らせてはおらぬのじゃ。気が進まぬのであれば、そのまま箱に戻してしまえば良い。どうする?」
「どうするって……本当に、出どころがわからないのか? 爺さんがボケちゃっただけで、実はその昔、普通にどこかで手に入れた代物なんじゃないのか?」
「儂はまだ耄碌しておらぬつもりじゃが……なにせ300年も生きておるからのう。たまにど忘れするようなこともあるじゃろう。じゃが、それほど力を感じさせる魔法具を、全く覚えておらぬというのも考えにくい」
「うーん……」
「もしかすると、今日、お主が手にするために、どこかから紛れ込んだのかも知れぬ。精霊というものは、儂らには計り知れぬ存在じゃからな……さて、話はこのへんで、そろそろ決めるがよい」
レオナルドは突き放すようにそう言い捨てると、どこまでも透明で無感情な瞳で鳳のことを見つめてきた。度胸がないなら、無理するなと言っているようなものである。鳳は、正直あまり気が進まなかったが、かと言って、自分に縁があるかも知れないマジックアイテムを、ろくに調べもせずに封印するのも勿体ない気がして、結局はおっかなびっくりそれに手を伸ばすことにした。
その表面はすべすべとしていて、肌に吸い付くような滑らかさがあり、材質はやはりよくわからなかったが、金属のようにひんやりとしていて、手に持つとずっしりとした重さを感じた。昔、父親の所有していた象牙を持った時の感触に似ていた。
どういう能力があるか分からなかったが、とりあえず、ジャンヌの剣みたいにステータスに変動が無いかと思って確認してみたら、すると基本ステータスに変化はなかったのであるが、MPが少し減っていて、
「……お!? びっくりした」
突然、ブンッ! っと音がしたと思ったら、杖の先端から翼のような形をしたホログラフィが浮かび上がった。その光の翼は、先端の黒い球体の周りでパタパタと羽ばたいている。
なんだろう、ビームでも出るのだろうか? などと思いつつ、ドキドキしながら翼が生えた球体を近くにあった観葉植物に向けると……
その光の翼が触れた瞬間、シュッと吸い込まれるように、それは杖の中へと消えてしまった。驚いた鳳が、慌ててまた杖を振ると、すると今度はその先端から、さっき吸い込んでしまった観葉植物が現れて元の場所へと収まった。
「ほう! 物を出し入れすることが出来る杖じゃったか」
レオナルドがそれを見て感心そうに呟いている。鳳はそれはなんとなく違う気がして、また手近にあった大理石の机を吸い込み……また杖を振ったら、今度はその中から大理石で出来た彫像が現れた。その出来栄えはあまりよくない。
「これは……一体どうなっておるのじゃ?」
「ははあ……これは多分、等価交換の杖だ。吸い込んだ物の素材を使って、別の形に作り変えることが出来る。その時、出てくるのは俺の考えたものだから、彫像の出来栄えが悪かったんだな」
鳳はそう言ってから彫像を杖に吸い込み、また元の場所に机を戻した。因みに大理石の机の方は、さっき見た記憶が鮮明に残っているからか、寸分違わず元通りである。
「なるほど、ヘルメス・トリスメギストスといえば錬金術師。彼らしい杖じゃな。クオリアを元に物体を作っているのであれば、儂の
「俺はその空想具現化が出来ないからなんとも言えないが……便利そうだけど、いまいち使い道に困る武器だなあ」
ステータスを見れば、たった二回出し入れしただけなのに、結構MPが減っていた。強い力にはそれだけ代償が必要であるから仕方ない。だからここぞという時しか使えないが、そのここぞという場面がまるで思い浮かばなかった。
せっかく手に入れたのに、普段使いには向かないだろう。材質は硬そうだし、ちょっとやそっとじゃ壊れそうもないから、棍棒代わりに持ってても良さそうではあるが……どんだけ高級な棍棒なんだと思いながら、手にした杖を矯めつ眇めつしていたら、蛇の二重螺旋の合間を縫うように文字のようなものが書かれているを発見した。
見た感じはただのデタラメな記号である。なんて書いてあるのだろうか? と思い、老人に尋ねようとした時だった。彼は、ふいにその文字が読めるような気がして、
「……始まりにして終わり。アルファにしてオメガ。死者は蘇り、生者には死の安らぎを与えん……なんじゃこりゃ?」
鳳が文字をじっと見つめていると、突然、視界に認識可能な文字列が飛び込んできて、困惑しながら彼はそれを口にした。すると老人が逆に尋ねてくる。
「読めるのか? 古代語か何か、儂にもよく分からなかったのじゃが」
「読めるっつーか、見えるっつーか……」
その文字は相変わらず解読不能なのだが、目で追っていると内容が日本語に変換されて、直接網膜に映るように見えるのだ。何というか、一時期いろんな企業が競って作ったが、結局流行らなかったスマートグラスをかけているような、そんな感じである。
ともあれ、その内容は示唆的である。
「なんだろうね、これ。アルファにしてオメガってのは聖書だっけ? 輪廻とか動物世界の食物連鎖とかも、それっぽいよな。考えてみりゃ惑星の運動だって繰り返しだ。他にも色々ありそうだけど」
「ふむ。繰り返し……永劫回帰か」
鳳が杖に書かれた文字の意味を考えていると、そんな彼の姿を見ていたレオナルドが、突然、そんな言葉を口にした。
永劫回帰とは、歴史が繰り返しているというニーチェの思想のことだ。ニーチェはこの繰り返しから脱却するために、人間は超人にならねばならないと説いていた。第二次大戦中、それはナチスに利用されて、別の意味を持つことになるのだが……
それはともかく、どうして突然、老人がそんな言葉を口にしたのだろうかと首をひねっていると、
「……実はマニと話していて、少し気になることがあってな? あの子が先祖の力を継承する際、まずその記憶が蘇ってきたという。その時、マニは先祖が主人と仰いでいた勇者のことや、その仲間である儂の姿も思い出したらしいのじゃが……その勇者の姿というのが、どうやらお主にそっくりだったというのじゃ」
「俺に……? おいおい、冗談じゃないぞ。確か、爺さんも俺と勇者は似ていないって言ってたじゃないか」
「うむ、そうじゃ。で、あるから、何かの間違いではないかと言ったのじゃが、マニはそんなことはないと頑なに言うのでな。彼にしてみればつい最近見たばかりの出来事であるし、昨日のことのようにはっきり覚えておると……そう言われてしまうと、儂も段々自信がなくなってきてしまってな。儂は確かに勇者とともに旅をした仲間じゃったが、それはもう300年も昔の話なのじゃ。記憶の中の姿はもうかなり曖昧で、はっきりとは思い出せぬ。絵にしてみろと言われても不可能なのじゃ。なのに、その雰囲気だけは、何故かお主に似てるような印象を覚えておる」
「……そう言えば、雰囲気は似てるって言ってたな」
「そして、お主は迷宮で、昔の力を取り戻した。全ての古代呪文を使えるというその力は、実は勇者と同じなのじゃ。スカーサハにも、もちろん確認してみた。あの子も、やはりお主と勇者は別人じゃと言っておった。じゃが……あの子がお主を贔屓する姿は、なんとなく彼女が勇者を崇拝していた頃と重なる。
そうやって考え出してみると、奇妙なことに気づいたのじゃ。儂はお主と勇者が似ていないところばかりを探していて、似ているところは殆ど考慮していない。積極的に無視している気がする。力と雰囲気が同じ、でも顔は覚えていない。そんな二人をはっきり別人と言い切る理由は何なのか……
その杖のこともそうじゃ。何故、儂は都合よく、そんな出どころも知らない杖を後生大事に抱えていたのか。もし、この場にお主が現れなければ、それはどうなっていたのじゃろうか。もしかすると、儂は意図的に何かを忘れようとしているのではないか……」
レオナルドは、その透明で透き通るような瞳で、鳳の持つ杖を見つめている。
「以前、お主と放浪者のことについて話をしたことがあったじゃろう。お主は人間の記憶というものは意外と情報量が少なくて、保存が可能だと言った。その代わり、その記憶を引き出すための肉体が必要となるが、その肉体が偶然に生み出されることはありえないから、やはり放浪者は別の方法で生み出されているのではないかと、儂らはそういう結論に達したわけじゃが……もし、この世が永劫回帰する繰り返しの世界であるならば、同じ人間がまた生まれることはありうるのではないか」
「いや、その場合は、フィレンツェのレオナルドがまた誕生するだけだから。そもそも、永劫回帰なんて物理的に絶対あり得ないことなんだぞ」
鳳が即座に否定すると、それを黙って聞いていたルーシーがおずおずと手を上げて質問してきた。
「あの~……さっきから黙って聞いてたんだけど、そもそもその永劫回帰ってのはなんなの? 出来れば私にもわかりやすく教えてほしいなあ~……なんて」
ルーシーは引き攣った笑みを浮かべている。鳳は難しい顔をしながら、
「もしこの世の物質が有限で時間が無限なら、宇宙は同じ状態を繰り返しているのではないかってことだ。
簡単に説明するため、例えば宇宙の広さがここにある杖の入ってたケースの中にすっぽり収まることにしよう。ケースの中には空気の分子がいっぱい入っているけど、初期状態では方眼紙のマス目に一個ずつ収まるように綺麗に並んでいることにする。空気の分子は初期状態から一瞬でも時間が進めば、自由運動してバラバラになってしまう。何億、何兆という分子が自分勝手に運動するのだから、それはもう元には戻らないはずだ。
だが、ケースの中は有限だ。その中にある空気の分子は、いっぱいと言っても限りがある。対して時間が無限なら、もしかすると、数万年、数億年という長い時間が経過すれば、ある時偶然にも箱の中の空気分子は、初期状態のような綺麗な並びになることがあるんじゃないか。
この考えを宇宙全体に広げてみたら、たった今、この瞬間が、これから何億年、何兆年か経った後にも訪れるのではないか……つまり、この宇宙は繰り返しているというのが、永劫回帰という考えだ」
「はあ~……いまいちだけど、つまり、私達がまたあの国境の町のギルドで出会うことが、これからずっと未来に訪れるかも知れないってことね?」
「そんな感じ」
「それは本当に起こるの? だったら、素敵な話だと思うけど……」
鳳は首を振って、
「いや、それがあり得ないんだ。スーツケースの中の話に戻って考えてみよう。確かに、ものすごい時間をかければ、ある時偶然にも、スーツケース内の空気分子は綺麗に並ぶかも知れない。でも、その時、綺麗に並んだ空気分子の一つ一つは、初期状態の分子とは違う運動量を持っている。簡単に言えば速度が違うんだ。
不確定性原理はミクロの世界では物質の位置と速度が同時に測れないことを示している。位置を決めれば速度が、速度を決めれば位置が曖昧になる。運動量ゼロの量子は揺らいでいる。同じ位置と速度を持つことは物理的に不可能なんだ。だから永劫回帰は絶対に起こらないんだ」
ルーシーは目を回して、降参といった感じの悲鳴を上げた。
「どうしてそうならないって言い切れるの? 本当に時間が無限にあるなら、同じ位置と速度の瞬間が訪れるかも知れないじゃない」
「それが訪れないというのが、この世のルールなんだよ。不思議なんだけど、そういうことになっているとしか言いようがない。もしそれに逆らうことが出来るなら、それは神様くらいのものじゃないか」
「じゃが、儂らはその神を知っておるではないか」
鳳がルーシーにそんな話をしていると、横で聞いていたレオナルドがそう口を挟んできた。そんな老人の方へ向き直ると、彼は厳かな様子で鳳の手にした杖を指差し、
「困ったことにこの世界には精霊というものがおる。それは高次元に存在し、儂らにもよくわからぬ超常の力を操っているようじゃ。彼らならば、お主の言う不確定性原理を覆すことも出来るかも知れぬ。それに、儂が言いたいのは宇宙全体のことではない。繰り返しているのは、儂らがこの世界に来てからあとの話じゃ」
「……どういうことだ?」
「以前、お主がこの世界に放浪者が現れるのは……例えば精霊やP99のような機械が、その記憶を儂らに流し込んだからじゃないかと言っておったじゃろう。しかし、それは同じ体を持つ人間が生まれない限り、ありえない話だろうと」
「ああ、そうだな」
「思うに、誰かがこの世界に生み出しているのは、実は儂らの記憶ではなくて肉体の方なのではないか。何者かが、儂らのDNAを持つ赤ん坊が生まれるように仕組んでいるんじゃ。それなら、何かの拍子に儂らのような放浪者が誕生してもおかしくないじゃろう」
「……つまり、托卵するように、母親の胎内からこれから生まれてくる子供と、放浪者の遺伝子を持つ胚細胞を入れ替えてるということだろうか?」
「そうじゃ。と言うのも、放浪者というのが、どのような者たちがなるか考えてみよ。儂や、ニュートン、モーツァルト、ビリー・ザ・キッド、フランシスコ・ピサロやカリギュラ帝……いかにも人為的ではないか」
その通り、殆どの放浪者は歴史上の偉人ばかりだ。ニューアムステルダムで遊んだ時に知ったことだが、過去にはシェイクスピアや、量子力学の権威などもいたようだ。
現実に、偉人の墓やゆかりの品は意外と残されているし、そこに付着したDNAの断片から、元のDNAを生成するという研究は21世紀にはかなり進んでいた。だからやろうと思えばレオナルドのような過去の偉人さえも復活させることは出来るだろうが……
鳳は首を振って、
「しかし、それなら俺やジャンヌみたいな一般人が混ざってるのはおかしくないか? 精霊や神様なんかが、積極的に俺たちを復活させるような理由はないだろう」
しかも、この世界を救う救世主かなにかとしてである。そんなこと絶対にあり得ないだろう。にもかかわらず老人は、
「いや、それは間違いじゃ。お主らは儂らのように、母親の胎内から生まれてきたのではなく、勇者召喚によって呼び出されたのじゃろう。それに……お主は自分のことを一般人だと言っておるが、案外そうではないかも知れぬではないか」
「そんなことない。俺は間違いなくただの一般人なんだって。この世界に来る前の俺はただのニートで、爺さんみたいに何かを成し遂げたような、そんな記憶は全くないんだ。確かに、親父は金持ちだったけど……」
「そうではない。そうではなくて、その後は分からぬではないか。お主は儂やギヨームのように、人生の最後を迎えてからではなく、人生の途中でこちらの世界に来たんじゃろう?」
「そうだけど……?」
「ならば、その後の人生はわからぬではないか。お主は何故か人生の途中で、こちらへ飛ばされて来たようじゃが、その時、お主はあちらの世界で死んでいたわけではない。生きた肉体が、変わらずあちらに残っていたのじゃろう。なら、その肉体はその後どうなったのじゃ。お主という主観が失われたことで、植物人間にでもなってしまったのじゃろうか……それとも、お主がこちらの世界へ来たことなど全く関知せず、その後の人生を普通に過ごしているのではないか」
そう言われてみて、鳳は初めて気がついた。確かに、鳳の主観は今ここにあって、あのゲームの最終日から連続しているから、あたかも自分が瞬間移動してきたかのように思っていたが……その瞬間、あちらの世界の肉体が滅びたわけではないのだ。
恐らく、あの後、サーバーから強制ログアウトされて、あちらの鳳はあちらの鳳として、また普段どおりの生活に戻ったはずだ。つまり、鳳の人生は、あの瞬間に2つに分岐したのではないか……
「そう考えれば、お主がこの世界へ呼ばれた理由も推察できるのではないか。例えば、ヘルメスの迷宮でお主が見た未来では、お主の父親が作った企業が四柱の神の一柱デイビドを生み出し、あのP99を作り上げたわけじゃが……もしかすると、それを成し遂げたのはお主の父親ではなくて、お主だったのではないか? リュカオンが地球を席捲したのがいつ頃かは分からぬが、時期的に考えても、お主の父親が存命であるうちと言うよりは、その後継者が成し遂げたと考えたほうが妥当なのではないか。そして、そのような人類の危機を脱した存在のことを、我々は偉人と呼ぶのではないか」
「いや、しかし、俺は中学の時に事件を起こして、後継者としての資格を失ったんだぞ。だからその後、オヤジの会社を継ぐはずがない」
「そんなこと分からぬではないか。資格を失ったとは言っても、能力を失ったわけではない。お主は事件を起こす以前は、後継者として選ばれておったのじゃ……お主は父親嫌いのようじゃから、その父親がどのような人物であったかは、この際問わぬ。じゃが、能力がある者を一度失敗したからといって、そう簡単に手放してしまうほど、人間は愚かでも薄情でもないのではないか」
「それは……」
鳳は否定の言葉を探したが、それはついに見つからなかった。言われてみれば、確かにその可能性は有りえるのだ。鳳があの後、どういう人生を送ったかは想像するしか無いが、普通に考えて、日課にしていたゲームがサービス終了してしまったのだから、それ以外のやり甲斐を見つけるために、何か行動を起こしていただろう。
それは父親からの独立かも知れないが……あの時点では中卒でしかない彼が社会に出るにはハードルが高く、河川敷でホームレスでもしない限りは、せめて高校くらいは出ておこうという気になったのではないか。
そうして普通の生活に戻ればまた考えも変わる。高校を卒業すれば、そのまま大学に行きたくなるだろうし、就職を考えれば、父親の伝を頼らない手はない。どうせ、あの日本で父親の息のかかってない企業に就職するのは不可能なのだ。それを嫌って海外に出るのは、合理的でない。なんというか、鳳らしくない。
というか、父親はそれが分かっていたのではないか。だから彼はあの後も後継者を決めずに、鳳を飼い殺していたのではないか……
「P99という機械は人間を量子化する。つまりDNAもそのままコピーされるのじゃろう。儂らのような放浪者はそうして生まれたと考えれば辻褄は合う」
「しかし、なんのために?」
「分からぬ。儂がこの世界に来たのは、精霊に呼び出されたからじゃった。ミトラは神々と戦うためと言うておった。恐らく、お主やギヨームも同じじゃろう。儂らは、そうしてこの世に繰り返し生まれ、そして忘れている。本当に、なんのためなんじゃろうな」
レオナルドの、もしかすると自分は勇者の事を忘れているかも知れないという疑問から始まった考察は、思わぬところへ着地した。それによると、鳳は勇者かも知れず、彼ら放浪者はこの世界に繰り返し生まれては、同じような人生を送っているかも知れないという。
考えても見れば、もともと鳳はこの世界に勇者として召喚されたのだ。その時、自分には力がなかったから、そんなこと全く考えもしなかったが。
永劫回帰……もし、それが本当だとすれば、これから先、彼の行く手に待つものはなんなのか。魔族が跋扈する大森林へと向かう前に、鳳は少し不安になっていた。