ラストスタリオン   作:水月一人

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大森林を流れる河川について

 獣人たちの避難村を作って以来、鳳というかケーリュケイオンの扱いが良くなった。それまではあまり目立ちたくなくて力をセーブしていたのだが、それからはどんな能力を使っても、全部杖のせいに出来るようになったからだ。何というか、全盛期のミスターマリックが何でもかんでもハンドパワーで通したような感じである。

 

 冒険者たちも馬鹿ではなく、それが手品でないことに薄々勘付いているようだったが、伝説の禁呪など誰も見たことがないのだから、言われたことを真に受けるしかない。そんなわけで、あいつはリーダーとしてはどうかまだわからないが、少なくとも冒険者としては信用しても良さそうだ……くらいの扱いにはなったので、あとは実績を積み上げればいいだけだった。

 

 こうして鳳は河川を遡ってオークを片付けていくうちに、徐々にリーダーとしての地位を確立していった。今ではレオナルドやギルドの名前を出さなくても、みんな話くらいは聞いてくれる。

 

 さて、それは一先ず置いておいて、オークを退治すると言っても、何しろ大森林はこの大陸の半分以上を占めるほど広大なのだから、全部を調べ尽くすことなど不可能である。だからある程度当たりを付ける必要があるのだが、どの辺を重点的に調べるかと言えば、鳳たちは河川流域に絞って構わないだろうという結論を得ていた。

 

 オークはオアンネスを母体にして生まれたわけだから、その生息域も河川に集中していたのだ。当たり前だが、生き物は水が無ければ生きていけないから、森の動物達も水場に集まってくる。それを捕食するオークもこの近辺にいたほうが都合が良いから、結局、生まれてからずっとその近辺に留まっているようだった。

 

 食欲が旺盛なオークのコロニーには、大量の動物の死骸や骨が転がっているから、見れば誰でもすぐわかった。川から少し離れればその痕跡が消えてしまうから、どうやらオークのコロニーは、流域からせいぜい1キロも離れていない範囲に分布していることが分かってきた。

 

 そんなわけで討伐隊は森に入ってからずっと、河川を上流に向かって進みつつ、その途中でオークの痕跡を発見したら近辺を重点的に探索し、発見したら殲滅する。それを繰り返してきた。

 

 たまに、小さな支流が流れていたらその先も調べなければならなかったが、暫くすると、その支流にオークが入ったかどうかは分かるようになってきた。

 

 オークはその体力を誇示するためか、それとも生まれつきの習性か、木々をなぎ倒しながら進む癖があるようなのだ。だから支流に入って暫く歩けば、オークがいるなら不自然に倒された木々が見つかるという寸法である。

 

 とは言え、なぎ倒された木々がなければ、その支流を調べる必要はないかと言えば、その場合は生存者がいる可能性が高いから、結局は全部調べるしかないのだが、その先に何が待ってるかある程度わかるので、精神的にはだいぶ楽になった。

 

 そんな感じで、川を遡ることおよそ二十日間、それまで順調に進んでいた探索は分岐点に差し掛かった。それは文字通りの分岐点で、大河がそこで二股に別れていたのだ。

 

 討伐隊はこのまま東に進むか、それとも方向転換して北へ向かうか、判断が求められた。たまたま、この分岐点のすぐ近くにはガルガンチュアの村があったので、丁度いいのでまずはそちらへ向かい、そこを活動拠点にしようという話になった。

 

 こうして鳳たちは、またあの懐かしい村へと帰ってきたのである。

 

 ガルガンチュアの村は、他の破壊された村とは違って、比較的綺麗な状態のまま残されていた。この村もレイヴンに襲われたのだが、結局すぐにマニによって撃退されてしまったから、あまり荒らされずに済んだようである。

 

 この近辺にもオークは現れたようだが、幸いといって良いのか、その時にはもう村人たちが連れ去られた後だったから、オークは誰もいない村に興味を示さなかったようである。長老が飼っていた豚も、残念ながらもういなかった。

 

 マニはピサロの襲撃後に、父ガルガンチュアを弔うために戻ってきたらしく、その時にトカゲ商人のゲッコーと一緒にギルドの駐在所を使っていたようで、駐在所はすぐにでも使える状態で残されていた。

 

 とは言え、無人の時期が長かったせいか内部は埃だらけで、庭も雑草に覆われて見る影もなく、ずっとそこで暮らしていたルーシーが見かねて片付けはじめてしまったので、鳳たち他の冒険者もなし崩し的に村の大掃除をする流れになった。

 

 どうせ拠点にするなら暫くここに滞在しなければならないのだ。だったら残っている家をせいぜい利用させてもらおうと、冒険者と獣人たちが村へ散らばっていく。中にはこの村出身の者もいるようで、そういう者は黙って自分の家を片付けていた。

 

 鳳はマニと一緒に、父ガルガンチュアの墓に手を合わせてから、族長の家の片付けを始めた。

 

 族長の家は他の家とは違って非常に広く、掃除には手間がかかったが、代わりに他の家とは違って頑丈な作りであるから、物資を運び込んで倉庫にしたり、会議を行うには丁度良さそうだった。ただ、これだけの人数の補給基地にするには流石に狭いから、近くに新しい小屋を建てるか、それともギルドを使うか……

 

 そんなことを考えながら板張りの床を雑巾がけしていると、玄関の方から聞き慣れたギヨームの声が聞こえてきた。

 

「鳳、ここにいたか。実はギルドでこんなもんを見つけてよ」

 

 そう言いながらギヨームが出してきたのは、大森林の地図だった。今回の事件が、まだオーク騒動になる前、オアンネスの出没地点を記録しておくために、レオナルドとギルド長が使っていたものである。

 

 一枚はこの近辺の河川と、そこにある獣人の集落が書き込まれたものだった。普段から大森林を行き来しているトカゲ商人からリサーチしたからか、その内容はかなり詳細である。

 

 他にも、まるで空撮したかのように正確な俯瞰地図があり、こっちは大森林どころか、大陸全体の形がはっきりとわかる世界地図だった。そのため、縮尺が大きすぎて普段遣いには向かないが、今回調べている大河の形が分かるため、非常にありがたかった。

 

 実はこの世界に来てすぐ、まだヘルメスの宮殿に居た頃にも見たことがあったのだが……しかし、大森林はおろか、ネウロイは前人未到の地とされているはずなのに、どうしてこんなものが存在するのだろうか。

 

 恐らくは大昔にいた放浪者(バガボンド)が残した物なのだろうが、こういうイレギュラーがいつの時代にもあるから、本当にこの世界のテクノロジーは謎である。そんな愚痴はともかく、今は大助かりであるからありがたく使わせていただこう。

 

 鳳たちは村の片付けをそこそこで終え、族長の家に集まって、今後の方針を話し合うことにした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 因みに、これがこの世界の地図である。鳳たちが暮らしているのは西のバルティカ大陸、東のローレンシアがいわゆる新大陸である。とは言え、その存在はすでに昔から地図によって知られており、正確には新大陸とは呼べなかった。

 

 それじゃ何が新しいのかと言えば、300年前勇者が西側航路を見つけたことであり、その時はじめて人類は世界が丸いことを証明し、東の大陸へと進出する足がかりを得たらしく、それ以来、新大陸と呼ばれるようになったようである。

 

 世界一周の長さはおよそ2万キロと、地球よりだいぶ小さい惑星のようであるが、重力の影響を感じないから、コアが重いか、鳳たちの体が適応してしまっているか、どちらかだろう。

 

 見ての通り、新大陸の勇者領は大陸東部の河川流域に広がっており、この広大な植民地から本国へ莫大な富がもたらされているわけである。そのおかげで戦争がいつまで経っても終わらないとも言えるのだが……まあ、今は関係ないので世界地図はこのへんで引っ込めておこう。

 

 今考えなければならないのは、バルティカ大陸中央の大森林のことである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 以前にも言及したが、大森林は中央に大きな山地が広がっており、それが人間と魔族の世界を隔ててきたという経緯がある。ところが、オアンネスはこの山地を越えてやってきたらしく、突然のことに獣人の部族社会は大混乱に陥ったわけであるが、逆に考えれば、オアンネスの侵入経路は既に絞れていると言えよう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 この山地から流れ出す河川の内、人間の生息域に直接流れこんでくるのは4本あるが、これらを抑えてしまえば、恐らくもう、オークは人間の生存域までたどり着けないだろうと推察される。出来ればもう一河川、兎人たちが住んでいた南の流域も片付けておきたいところだが、今はそれより北の4河川に絞っておいたほうが良いだろう。

 

 そのうち、右の2本については、行き先がオルフェウス領であり、戦争のせいで殆ど情報がなかった。恐らく、オアンネスの侵入はもう間違いないが、そこで何が起きているかはわからない。今は無事を祈るしかない。

 

 残る大森林北西に延びる2本の河川については、途中で合流しており、それが鳳たちが現在立ち往生を余儀なくされていた分岐点であった。

 

 さて、こうしてこれらの河川がどのように繋がっているかが判明したことで、今後の方針も立てられよう。

 

 具体的に、討伐隊は今回の遠征で、北西2河川からのオークの駆逐を目標とし、そのために、まずはガルガンチュアの村の近くにある最初の分岐点から、東の源流まで遡ってこの間のオークを一掃。続いて、また分岐点に戻ってから北へと進み、三叉に別れる二番目の分岐点でそれぞれの河川の終着点まで調べてから、ヘルメス領へ抜けるという考えである。

 

 この間、オークを退治しながら、各地に散らばってしまった獣人達を集め、再侵入の備えにすれば、少なくとも北西の河川流域から脅威を排除することは出来るだろう。実を言えば、ピサロが荒らしまくっていたのは殆どこの流域だったから、ここさえ片付けてしまえば、もう魔族の侵入に怯えないで済むかも知れない。

 

 まあ、希望的な観測はあてが外れた時に痛い目に遭うから、他の河川もオークの侵入を許していると考えて行動した方が良いだろうが、当面の目標はこの流域の正常化である。その後はまたオルフェウス領の情報を得てから方針を決めたいところだ。

 


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