ラストスタリオン   作:水月一人

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こんなに綺麗になっちゃって……

 今後の方針が決まり、討伐隊はガルガンチュアの村を一時的な拠点として、本格的に整備することにした。雑草だらけの村の草刈りを行い、元々あった高床だけの粗末な家をリフォームし、壁と天井を取り付け、もう少し人間が住みやすくしようというのだ。そのためには何はなくとも、人員と物資が必要である。

 

 普通に考えればそんなものをすぐに都合よく集められるわけがないのであるが、そこはそれ、鳳のポータル魔法があれば問題はないに等しかった。彼はまたケーリュケイオンを意味深に意味もなく振り回すと、討伐隊の面々が見守る中でポータルを作り出してヴィンチ村へと帰還した。同行者はジャンヌ、ルーシー、サムソンの三人である。

 

 そんなに厳選せずポータルに入れる人間なら全員連れてくればいいと思うかも知れないが、それにはちゃんとした理由があった。鳳の作り出すポータルは一方通行で、一度中に入ったら逆戻りできない。物資だけを運ぶことは出来ず、必ず人間ごと運ぶ必要がある。ポータルは時限式でおよそ1分強で消えてしまう。そして他の古代呪文同様に、高INTの鳳ではMP消費が激しすぎて、およそ15回も使えば満タンだったMPが枯渇してしまうという制限があった。

 

 こんなことならINTを上げなければ良かったが、魔法の威力に関わるので痛し痒しである。無論今となってはMP回復手段は色々用意してあったが、神人と違って体が人間である鳳では、どうしても後遺症を完全に防ぐことが出来ないらしく、気にせず使い続ければ、また阿片中毒になりかねないという危険性があった。どうも魔法という能力は、脳のリソースを酷使するようだ。

 

 そのため、少人数の移動であれば気にするまでもないのであるが、大人数の移動には事前にかなりの準備が必要だった。普段の戦闘でも、クラウド魔法はメアリーに任せっきりなのは、そういう理由もあった。やはり餅は餅屋というところだろうか。そんなことをつれづれと考えながらポータルをくぐる。

 

 ポータルを出ると、そこはヴィンチ村の広場だった。この間、ミーティアに怒られたばかりだったが、細かな出口を調整することは出来ないらしく、これを避けようとすると辺鄙な場所に出てしまうため諦めるしか無かった。

 

 幸い、鳳が調子に乗ってあちこち飛んでいたため、村人たちはもう慣れてしまったらしく、なにもないところから突然人が現れても、それが鳳だと気づくと何事もなくどっか行ってしまった。ただ一人、ポータル魔法を初めて使ったサムソンを除いては。

 

「うおおおーっ! なんと、本当にここはヴィンチ村ではないか! うーむ……これがケーリュケイオンの奇跡の力。凄いんだなあ、勇者っていうのは」

「まあな。爺さんのお陰だけどな」

「謙遜するな。結局、その杖を使えるのがお前しかいないのであれば、実質お前の力ではないか」

「いや、俺は全然。運良くこれを手に入れなければ、ただの荷物持ちだから」

「うーむ、欲のない男め。しかし、勇者とはそういうものなのかも知れんな」

 

 鳳が勇者召喚で呼び出されたと知っているからか、サムソンは頻りに鳳を褒めちぎった。多分、ジャンヌと同郷で仲が良いというのもあるだろう。鳳はそんな大男のおべんちゃらを、相変わらず自分の能力は全部杖のせいにしながら適当に受け流していた。別に隠す必要はないのであろうが、なんとなく力をひけらかすような真似をしたくなかったのだ。

 

 そんな内心はさておき、ここへは遊びに来たわけではない。鳳たちには物資の調達以外にも、人里を離れてから20日間の内にあった、新たな情報を仕入れるという目的もあった。丁度目の前にはヴィンチ村の冒険者ギルドが見える。彼らはその看板を目指して歩き始めた。

 

 カランコロンとドアベルが鳴って、外から鳳たちが入ってくると、ミーティアは一瞬どうしてここにいるの? と言わんばかりに目を瞬かせていたが、すぐに状況把握を完了すると、

 

「あら、おかえりなさい。オーク退治の方は順調なのですか?」

「いま、ガルガンチュアの村に辿り着いたところなんだ。暫くここを拠点に動こうと思っててね。物資を運び入れるついでに情報を仕入れにきたんだけど」

「ギルド長! だそうですよ」

 

 奥で書類に向かいながらこっちの方をチラ見していたギルド長が立ち上がり、立ち話もなんだからと応接セットへと導いた。鳳たちが席に座ると、すぐにミーティアが紅茶を持ってやってきて、彼らの前にティーカップを並べてからお盆を持ってすぐ脇に立った。

 

 鳳が今後の方針を話しながら、オルフェウス領へ続く残りの二河川について気になっていることを話すと、ギルド長はズズズッと紅茶を一口啜ってから、

 

「それならちょうど良いタイミングで帰ってきてくれたよ。実はつい先日、オルフェウス領のギルドと連絡が取れてね」

 

 戦争が始まってから、勇者領とヘルメス領をつなぐ唯一の街道が封鎖されてしまった。トカゲ商人が往復していた大森林の道も、オークの出現で通れなくなってしまったため、現在、オルフェウス領と連絡を取るには、外洋で交易のあるボヘミア北部を通るという、大陸をぐるりと大回りするルートしかなかった。

 

 従って、ギルド長の話は約一ヶ月前の話であるそうだが、

 

「ほら、この村の近くにオークが出て、君たちが倒してくれたことがあっただろう? あの時から、大森林の周辺の村々に変わったことがないかと連絡を回していたのだが、ようやっとオルフェウスの様子がここまで届いてきたんだ。それによると、どうやらあっちの森の周辺でもオークの姿が確認されていたらしい。その時は、あっちのギルドに所属する冒険者や、軍が出てきて対処したようだが、被害は甚大だったそうだ」

「それじゃ、あっちもこっちと似たような状況ってことかな……多分、森の中の獣人たちはひどい目に遭ってるはずだから、早く助けてやらないと」

「オルフェウス……というか、神人は獣人に冷たいから、率先して助けようとはしないはずだ。多分、獣人たちの抑えが決壊して、続々と領内に魔族が入ってきてから、ようやく対処するのが関の山だろう」

「それじゃ遅すぎる。そんなんじゃ国土も相当荒らされるはずだぞ? 戦争なんてやってる場合じゃないのに、帝国は何を考えているんだろうか……」

 

 鳳は腕組みをして唸り声を上げた。というか、その帝国軍の総大将が、オルフェウス卿カリギュラなのだ。自分の領地のことなんだから、彼が知らないはずがない。なのに、自分の領地を守ろうとせずに戦争を続けているのは何故なんだろうか。

 

 おまけに彼はピサロに命じて、現在鳳たちがオーク退治をしている北西部の村を荒らしまくっていたようだ。これじゃまるで、わざとオークを帝国に招き入れようとしているとしか思えない。

 

 ヴァルトシュタインが言っていたことを思い出す……カリギュラは、魔王復活の兆候を見つけたと言っていたらしいのだが……本当に、彼は何を考えているんだろうか?

 

 そんな具合に鳳とギルド長が沈黙していると、話が終わったと思ったのか、サムソンが呑気なことを聞いてきた。

 

「情報交換は終わったか? ところで、さっきから気になっていたのだが……そこのギルド職員が、その、勇者の恋人なのか?」

 

 彼は小さいティーカップを2本の指で摘むように持ちながら、鳳の隣で佇んでいるミーティアを指差した。

 

 大事な話の最中に突然何を言い出すんだと思ったが、内容が内容だけにすぐにツッコミが出なかった。鳳が黙っていると、

 

「アントンから聞いたぞ。実は彼女は今回同行している冒険者達に評判だったんだが、彼女には勇者という恋人がいるから手を出すなと。それを聞いてみんながっかりしてたぞ」

「そ、そうなの……? つーかミーティアさん意外と人気あるんだね」

 

 まあ、怒ってさえいなければ美人だし、おっぱいも大きいから分からなくもないが。しかし、アントンの野郎、余計なことを……一度どこかで釘を差しておいた方が良さそうだと鳳は内心舌打ちした。ともあれ、どう返答しようかと悩んでいると、

 

「べべべ、別に二人はお付き合いしてるわけじゃないわよね。何か事情があって、付き合ってる振りしてるみたいだけど。私は、二人が恋人同士だなんて、知らなかったわよ」

 

 鳳の代わりにジャンヌが勝手にネタバラシをし始めた。実際その通りなのだが、何で勝手に言ってしまうのだろうか。鳳が、本当のことを言うべきかどうか悩んでいると、ジャンヌの言葉の真偽がわからないサムソンが首を傾げながら、

 

「そうなのか? ならば、冒険者のみんなには朗報だろう。しかし、それじゃ何故アントンはあんな嘘を吐いたんだろうか」

「それは……」

 

 ミーティアは鳳と顔を見合わせながらバツの悪い表情を作った。それは二人がアントンを騙しているからなのだが、そこには深い事情があるのだ。だから、別に恋人同士じゃないことをバラすのは構わないのであるが、そのせいでアントンに真実がバレてしまうのは困ってしまう。この程度の空気も読めないサムソンに腹芸なんて期待できそうもないし、どうしたものだろうか……二人が返事に困っていると、

 

「私は二人がお付き合いしてることを知ってたよ! もちろん、ジャンヌさんも知ってたでしょう!?」

 

 そんな具合に鳳たちが思案に暮れていると、突然、ルーシーが椅子から立ち上がって大声を上げた。その言葉に、当のジャンヌがオロオロしている。

 

「え? え?」

「そうなのか?」

 

 サムソンが疑問を呈すると、ルーシーは自信満々に、

 

「もちろんだよ! ジャンヌさん、二人がまだお付き合いを始めて日も浅いからって、からかっちゃ可哀想だよ! こんなところで、つまんない話に突き合わされてるからかな。せっかく村に帰ってきたんだし、久しぶりに、気晴らしに散歩でも行こうか!」

 

 ルーシーはそう言うと、呆然としているジャンヌの腕を取って、半ば強引に引っ張っていってしまった。カランコロンとドアが開いて、彼女たちが出ていこうとすると、最近ずっと金魚のフンをしていたサムソンも続いて外に出ていこうとして、

 

「サムソンさんはついてこないでよ。たまには女二人で遊びたいものだわ」

「しかし……」

「しかしもかかしもないでしょう。サムソンさん、今回の旅が始まってから、ずーっとジャンヌさんのお尻ばっかり追いかけ回してるけど、いい加減に気持ち悪いよ! そう言うのなんていうか知ってる? ストーカーっていうんだよ、ストーカー!」

「ストーカー……なかなか格好いい響きではないか。どういう意味なんだ」

「馬鹿の! 変態の! 性欲魔神って意味だよ!」

「へ、へんたい……ガーン!」

 

 サムソンはショックで真っ青になって固まっている。格闘一筋で世界を渡り歩いていた彼は、女性に面と向かってこんなことを言われたのは始めてだったのだろう。ルーシーは固まって動かなくなったサムソンを、どすこいどすこいと押し返すと、ジャンヌを連れてギルドから出ていってしまった。

 

 バタンと閉まったドアを前にして、サムソンがしょんぼりと項垂れている。鳳はなにか声をかけてあげたかったが、どんな言葉も出なかった。なし崩しに、二人の関係を伝えそこねてしまったが、このままで良かったのだろうか?

 

 鳳とミーティアが目配せしあっていると、この騒動の間に自分の席から地図を取って帰ってきたギルド長がぼそっと呟いた。

 

「青春だなあ……」

 

********************************

 

 ヴィンチ村の往来を、ルーシーはジャンヌのことを少々乱暴にグイグイと引っ張りながら歩いた。痛い痛いというジャンヌの声や、通行人のなんだなんだ? といった表情を無視して、彼女は往来から離れた用水路脇の木陰に連れ込むと、そこにあった木にジャンヌの背中をドンと押し付けるようにして、じっと彼女の顔を覗き込んだ。いわゆる壁ドンである。

 

 二人とも女性同士だし身長差もあるから、それは全然様になっていなかったが、ジャンヌは突然のことに戸惑って、まるで少女のようにドキドキしていた。ルーシーはそんな反応を見せる、意外と余裕がありそうなジャンヌをジロリと睨みつけると、

 

「ジャンヌさん……この旅が始まる前から、ちょっと気になってたんだけど……もしかして、鳳くんのことをずっと目で追ってない?」

「え? えーっと……」

「サムソンさんがちやほやする度に、当てつけのように鳳くんを煽ったり、ミーさんと仲良くしてると邪魔したりしてない?」

「それは……」

 

 ジャンヌはなんとか言い逃れをしようとしたが、そんな彼女の心の奥底を見透かすかのように、じっと瞳の奥を見つめてくるルーシーの視線に負けて、彼女は白状するように頷いた。

 

「実は……ちょっとだけ」

「ちょっとじゃないよ。はっきりいって、周りにもバレバレだよ。今日だって、ミーさんと鳳くんが仲良くしてるとムキになっちゃってさ……気づいてないのはジャンヌさんしか眼中にないサムソンさんくらいのものだよ……でも、どうして? 一緒に応援するって言ってたじゃない!」

「それは……」

 

 ジャンヌはまだなんとか言い逃れをしようと考えを巡らせたが、結局うまい言い訳が見つからなくて、吐露するようにぽつりぽつりと自分の気持ちを伝えた。

 

「応援しようって言ったのは嘘じゃないのよ。今でも、白ちゃんと彼女が上手くいくことを願ってる。それは本心なの……でも、そう思いながらも彼のことを目で追ってると……駄目、なのよ……」

「駄目って?」

「前はそんなでもなかったのよ。私は白ちゃんのことが本当に好きだったけど、それは彼に幸せになってほしいと願う、そういう友達としての好きだった。でも、自分が女になってしまったら……封印していた自分の女としての好きって気持ちが暴走して、どうしても我慢できなくなってしまったのよ」

 

 ジャンヌはまるで息をするのも苦しいと言った感じに、過呼吸みたいにハアハア言いながら、顔を真っ赤にし目尻に涙を浮かべ、まくしたてるように言った。

 

「だって、私が女なら、彼に愛してもらえるかも知れないじゃない? 男だった時は、自然と諦めていたその気持ちが、もうどうしようもないほど膨れ上がって、居ても立ってもいられなくなっちゃうのよ。

 

 ミーティアさんには悪いと思ってるのよ。でも……彼と彼女が、いつもみたいに親しげに話してるのを見ると、どうしようもなく胸の中がかき乱されるの。お腹の底のあたりが、ぎゅっと締め付けられるみたいに苦しくなるの。自分はどうなっちゃうのかしらって、不安になるの。

 

 何故って、もし彼らが本当に恋人同士になってしまったら、そこに私の居場所はもう無いじゃない。男だったらそんなことなかったはずなのに……辛いけど、ずっと一緒にいられたはずなのに……女の私にはもうそこに居場所がないんだわ。

 

 だからその場所は明け渡せない、譲れない……彼と一緒にいるために、絶対彼女に負けられない。でも、そう思ってしまうのがまた情けなくて……切なくて……だって私はミーティアさんのことも好きなのよ? みんなことが大好き。だけど自分の感情を抑えなければ、みんなのことを好きでいられないなんて……せっかくこうして念願かなって女になれたっていうのに、私はもうどうしていいのかわからなくなるわ」

 

 ジャンヌはそういってポロポロと涙を流している。ルーシーはそんな彼女の胸に飛び込むようにして、ガバっと彼女の体を抱きしめると、

 

「あーもー! あーもー! いいよもう、分かったから。ううん、そうじゃなくって、本当はわかってたんだよ。ただ確認したかっただけなんだ……なのに辛いこと言わせてごめん」

「……わかってた?」

「うん……以前、ジャンヌさんに聞いたでしょ。本当に鳳くんのこと好きなのかって。あの時はジェンダーだとか、いろんな話を聞かされても、いまいちピンと来なかったんだけど……今は分かるよ。ジャンヌさんが、鳳くんのことをどうしようもなく好きだって気持ちが……」

 

 ルーシーは長い長い溜め息を吐いた。

 

「こんなに綺麗になっちゃって……」

 

 彼女が顔を埋めた胸の辺りが生暖かった。ジャンヌはそんなルーシーをどうしていいか分からず、引き剥がそうと一旦肩に手を置いたが、そのまま額を胸に押し付けている彼女の背中に手を回した。また、彼女の生暖かい溜め息が胸にぶつかる。

 

「でも、どうしよう。今更、ミーさんに手を引けなんて言えないし……誰にもこんなこと相談出来ないよね」

「え? そんなことしちゃ駄目よ。だって、人の好きって気持ちは誰にも止められないでしょう?」

「でも、それで二人が仲違いしたり、どっちかが居なくなったら嫌だよ」

「私は居なくなったりなんかしませんよ」

 

 ルーシーとジャンヌが二人で話をしていると、ふいに背後から声が掛かった。どきりとして振り返ると、そこには今一番居て欲しくないミーティアが立っていた。二人が出ていった後に様子がおかしいと思って追いかけてきたのだろう。ルーシーは会話を聞かれたと焦り、なんとかはぐらかそうとあれこれ言葉を尽くしたが、そんな誤魔化しが通じるはずもなく、結局はミーティアに全部白状することになった。

 

 しかし彼女はどんな話を聞いても驚いたりはせず、

 

「やっぱり、そういうことなんじゃないかと思ってました。ちょっと前から、ジャンヌさんの様子がおかしかったですから」

 

 自分の気持ちを聞かれてしまったジャンヌが申し訳無さそうにしていると、ミーティアはくすりと笑い、

 

「それじゃ、私たちはライバルですね」

「……怒らないの?」

「どうして? ジャンヌさんも言ってた通り、好きになるのなんて人の勝手じゃないですか。どちらかと言えば、私のほうこそお二人の間に割り込んでしまったお邪魔虫のようですし……それに、私たちは付き合ってるわけでもありませんよ。少し事情があって、鳳さんに恋人の振りをしてもらってるだけですから」

「そうなの……? でも、白ちゃんはあなたのことを凄く気に掛けてると思うけど」

 

 するとミーティアはほんの少し寂しそうに苦笑いしながら、

 

「それは多分、鳳さんが私のことを女として見ていないからじゃないですかね」

 

 ルーシーとジャンヌはブンブン頭を振って、

 

「そんなことないでしょう。鳳くん、すっごいおっぱい見てるよね」

「ええ、おっぱい見てるわね」

「そ、そうですね。おっぱい見てますね……くっ。けど、それこそ彼が私に興味がない証拠なんじゃないかと」

 

 それを聞いた二人は戸惑った。とっくに深い仲になってるんだと思っていたのに、どうしてこんな自信なさげなことを言うのだろうか。

 

「実際に恋人のふりをして貰った時に気づいたんです。彼は凄く優しくしてくれるんですが、なんか手慣れているというか、どこか機械的というか、私のためとかじゃなくて、単に与えられた状況をこなすのが、すごく上手な人なんだなってことが、分かってしまったんですよ。

 

 ああ、この人は今、私と話をしているけれど、本当は私に興味がないんだなって……ううん、興味がないと言うか、鳳さんは、私のことをギルド職員以上の目では見ていないんだなって瞬間が度々あって。自分としては結構アプローチしていたつもりなんですが……

 

 その時思ったんです。鳳さんって結局、私も、ジャンヌさんも、ルーシーも、みんな同列に見ているんだと思うんですよ。何といいますか、女性じゃなくて、仲間と言うか。彼としては仲間は恋愛対象にならないんじゃないかと、そう思ったんです。と言うか、恋愛というものがよくわからないのではないかと」

 

 ルーシーは、それにはなんとなく思い当たる節があった。以前、レイヴンの村の近くで、彼の生い立ちや、昔のトラウマについて聞いた覚えがあった。それを思い返せば、ミーティアが言うように、彼には恋愛というものに対して臆病になるというか、必要以上に期待しないところがあるのかも知れない。

 

「だから、彼が私のことを女として見てくれるようになるまでは、焦らず今の関係をこのまま続けてたいかなと……そんな風に思うんですよ」

「そう……そうだったの。なのに、私はあなたの気持ちをよく知りもせず、嫉妬にかられて恥ずかしいわ」

 

 二人は互いにそんなことを言って俯いている。なんだかさっきまで、一人の男を巡ってバチバチしてるというような、勝手にそんなイメージをもっていたのが馬鹿らしいくらい、二人は及び腰になってるようだった。今ではまるで温かい目で押しメンを見守ろうというアイドルの追っかけファンみたいに、告白するのは鳳がその気になるまで、それをお互いに納得がいってからにしようとか言いあっている。

 

 ルーシーはそんな二人の姿を見て、なんだかこのままじゃいけないような気がした。見守っていたら鳳

がその気になるなんて、そんな都合のいいことはないんじゃないか。それよりも二人で鳳を奪い合うどころか、いっそ二人同時に付き合えくらいの勢いで攻めて行ったほうが、ああいう男にはよほど効果的なんじゃないのか。

 

 それに、いくらあの朴念仁でも、これだけの美女たちに本気で迫られれば少しは頬も赤くなるはずだ。彼女はそう考えると居ても立ってもいられず、

 

「もう! 二人ともそんなんじゃ、ぽっと出の誰かに取られちゃっても知らないよ!」

 

 と言うと、ルーシーは二人の手を取って、すぐ目に入った洋服の仕立て屋へと半ば強引に連れ込んだ。鳳に、二人が美しい女性なんだということを、もっと意識させてやるのだ。最近は男臭い集団の中で戦闘ばかりしてたから、二人の綺麗な姿を見れば、きっとイチコロに違いない。ここならレオナルドの名前を出せばツケが効くだろうという、ちゃっかりとした計算も彼女の頭の中には入っていた。

 


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