ルーシーが突然始めたファッションショーみたいな何かを終えて、鳳たちはギルドに集められた物資の検品に戻った。これじゃせっかくの服が汚れちゃうと言いながらギクシャクと動くルーシーに対し、ジャンヌとミーティアは特にいつも通り違和感なく動けていたのは、普段からの所作の差なのだろうか。
結局、何をしたかったのかはいまいち分からなかったが、彼女の気が晴れたならそれで良しとしよう。多分、一番元気になったのはサムソンに違いないが、さっきまでぼんやりとしていた彼は、痩せても枯れても一流冒険者なだけあって、目が覚めた後は非常に頼りになった。
そんな覚醒したサムソンのお陰で集めた物資の検品をあらかた片付けると、鳳は一人でガルガンチュアの村まで戻って、マニを連れて帰ってきた。レイヴンたちが森から出ていくと言ってると聞いたマニは複雑そうな表情をしながら現れると、約束通り母親が集めてくれたレイヴン達を前に説得を開始した。
曰く、これからの獣人社会を維持していくにあたって、獣人だけでは駄目なのだ。人間と獣人の間を取り持つ、レイヴンのような存在が必要なのだ。今は仲違いしているが、獣人たちも人間やレイヴンの使う道具というものが有効なことには気づいている。だから暫くは様子を見るだけでもいいから残ってくれないか。
そんな彼の説得が功を奏し、レイヴンたちはガルガンチュアの庇護が受けられるならという条件付きで残ってくれることになった。結局、彼らも獣人社会が駄目だからといって、すぐに人間社会に溶け込めるかといえばそれも難しく、この辺が落とし所だったのだ。
そんなわけで、ガルガンチュアの部族として新たに吸収されたレイヴン達にお願いして、鳳たちはポータルを使って物資を村へと運んだ。彼らは今はまだヴィンチ村の牧場の世話になるが、落ち着いたら村を拡張し拠点を作るそうである。
そうして物資を運び終えた鳳は、途中経過を報告するためにレオナルドの館へと向かうことにした。
ルーシーは、せっかくだから綺麗な服を老人にも見て欲しいと言って、ジャンヌとミーティアを引き連
れ馬車に乗って一足先に帰っていった。鳳とサムソンはそんな彼女らの乗った馬車を追い掛けて、ゆっくりと徒歩で館へと向かったのだが……到着すると、ルーシーが褒められるどころか、
「また勝手に仕立て屋にツケを作りおって!」
「えーん! ごめんなさーい!」
と怒られていた。そう言えば、あの衣装の代金はどうしたんだろうと思っていたが、まさか天下のレオナルド・ダ・ヴィンチにたかろうとは……他人のことは言えない雑さ加減である。
ルーシーの説教が終わるのを待ち、夕飯の用意が出来ていると言う執事に連れられ去っていった仲間たちを見送ると、応接室には鳳と老人だけが残った。すぐにいつものメイドが紅茶を持って現れ、何も言わずにテーブルを整えて去っていった。あれも忍者に違いない。
「およそ3週間ぶりじゃが、みな息災か。大森林の中は今どうなっておる?」
「ああ、お陰さんで一人も脱落者がなく、みんな元気だよ。オークやピサロたちに追い出された被害者があちこちに散らばってたから、それを集めて避難村を作ってたんだけど、その間、それほどオークは見かけてないな。もしかすると、全然別のところに溜まっているのかも知れない」
「ふむ……元々数が少ないという可能性は?」
「だと良いんだけど、避難民の話を聞く限りでは、こんなもんじゃ済まないようだ。彼らが興奮して、誇張してるならともかく、希望的観測はご法度だしな」
少なく見積もれば気が楽になるが、それが裏切られた時は目も当てられない結果になる。気を引き締めるためにも、実際のオークの数は多いと覚悟しておいた方が無難だろう。
「そうそう、爺さんに貰ったケーリュケイオンが非常に役に立ってるぞ。なんやかんや禁呪を使う機会は増えてるんだが、どうしてそんなことが出来るのか、いちいち説明するのが面倒でさ。それを全部、杖の奇跡のせいに出来るから助かっているよ」
「それは良かったのう。ヘルメスの話を聞いて、思い出して良かったわい。お主にしか使えぬようなものを、何故儂が持っていたのかは分からぬが」
老人は満足そうに頷いている。鳳はそこまで話をしてから、そんな老人の目をじっと覗き込んだ。突然の行動に、老人はキョトンとした目でこちらを見返している。鳳は彼の目を注意深く見つめながら、そこに嘘はないか、なにか隠し事をしてないかを見極めようとしながら言った。
「それなんだけどさあ……多分、これ、勇者の杖だぞ」
「……なんじゃと?」
老人はその言葉に驚き目を見開いた。そこに嘘や誤魔化しのようなものは見当たらない。鳳は鼻でため息を吐き出してから、マニに言われて避難所の村を作った時のことを話した。
「マニのご先祖様の記憶によれば、どうやらガルガンチュアの村は勇者が作ったものだったらしいんだ。マニは俺の杖を見て、すぐにそれを思い出したらしい。勇者は300年前、この杖を使っていた。だからそれが巡り巡って爺さんの所有物になったのは、なんつーか……必然だったんだろうな」
「そんなまさか……儂は、そんなことすら覚えておらんのか?」
よほどショックだったのだろうか、いつもは冷静なレオナルドが青ざめている。そりゃそうだろう。彼は伝説の勇者パーティーの一員だった。そんな彼が勇者の名前はおろか、使っていた武器さえ覚えてないというのだ。本当に、おまえはレオナルド・ダ・ヴィンチなのか? と疑いたくなる。
しんと静まり返る部屋の中で、鳳は少し声を潜めて、ささやくように言った。
「……前々からちょっとおかしいと思ってたんだ。一緒に旅していたくせに、爺さんは勇者の名前を知らないという。勇者がただ連れてきただけの、母親もいない
周りがみんな、勇者のことを勇者と呼んでいたから気にならなかったというのは、まああるかも知れない。爺さんが、むかし勇者と旅をしたレオナルドだということも疑ってないよ。それまで疑ってしまったら、勇者領という存在自体があやふやになる。多分、爺さんは勇者の仲間として、彼とともに国を作った。ここまでは間違いない。
だが、勇者はなんのために勇者領を作ったんだ? 新大陸にまで領土を広げたんだ? そんな野心があるやつだったのだろうか? そして、そのせっかく作った領地をほっぽりだして、どうして帝国に入り浸っていたんだろうか。そりゃ、神人はみんな綺麗だから、気持ちはわからなくもないが……」
「……確かに、わからぬな。彼に特定の恋人のような者が居たとも聞いてない。いや、もしかしたら、覚えておらぬのかも知れんが……お主の言う通り……」
レオナルドは鳳の言葉の一言一言を噛み締めるように飲み込んで、自分が何か幻術のたぐいを受けているのではないかと思い始めていた。それくらい、彼は自分の記憶が曖昧であることに驚いていた。
実際、記憶というものはあやふやだ。しょっちゅう忘れるし、勘違いもおこる。だが事実に言い訳はきかない。勇者の仲間でなかったら、この世界にレオナルドが存在する意味はなくなる。ギヨームみたいにそこそこ名の知れた、ただの
「まあ、300年も生きていれば、多少ボケもするだろうし、忘れることもあるだろう。でも、なんつーか爺さんの忘れっぷりは、ただの物忘れというよりも、どこか人為的なものを感じる気がするんだ。これは憶測に過ぎないのだけど……もしかして、300年前に、爺さんも忘れてるような何かがあったんじゃないか? もしくは、爺さんの記憶を奪うような何かが」
「う……うーむ……」
老人は唸り声を上げて固まってしまった。返事は期待していなかった。老人が鳳を意図的に騙しているとしても、本当に覚えてないのだとしても、どちらにしろ言えることなど何もないだろう。ちょっと真剣に考えてくれればそれでいい。
ただ、少しくらい手がかりになるような何かが転がり出てこないかと、それくらいのことは期待していたのだが、どうやらそれも駄目らしい。鳳はこれ以上老人を責めるようなことをしても無意味だろうと、溜め息を一つ吐くと話題を変えた。
「ま、それはともかく……今の所、勇者領からガルガンチュアの村までの川沿いは壊滅状態で、まだまだ復興には時間が掛かりそうだよ。避難所を作ったり、ガルガンチュアの部族に引き入れたりして、散らばっていた獣人達を少しずつ集めているところなんだが……今後のことについて、爺さんと相談しておきたいんだ」
「……というと?」
「マニは今回の件を踏まえて、獣人とレイヴンの融合を図りたいと考えてるようなんだ。今のような分断が続いていたら、また同じようなことが起こりかねない。双方が協力関係になれば、諍いはなくなるだろう。
例えば、獣人は道具を作ったり手入れしたり出来ない。でも使えれば、ものすごい戦力アップになるだろう。実際、今回の遠征で、マニはかなり手応えを感じているようなんだ。そこで、道具の手入れが出来ない獣人の変わりに、レイヴンたちにそれをやって貰おうと考えたわけだ。
獣人は、レイヴンたちのことを戦えもしないくせに、大森林に住んでるフリーライダーのように思ってる。でも、ちゃんと彼らにも役目があるとわかれば、もうそんな見下すようなことはしないんじゃないか」
「なるほど。それはいい考えじゃな」
「だろう? で、レイヴン達を中心とした鍛冶村を作ったり、勇者領や帝国からの流通経路を整備したいと考えてるんだ。ちょうど今回、北西の河川流域のオーク退治のついでに、あちこちに避難村を作ってる。そこを中継点にすれば、自然と交易路は出来上がるんじゃなかろうか」
「ふむ。儂にそのパトロンになれということじゃろうか」
鳳は首を振ると、
「それもいいな……けど、そうじゃない。なんつーか、こうして出来た避難村にギルド支部を作って、レイヴンを職員にしたらどうかと思ってさ」
「何? レイヴンをか? ……ははあ~、なるほどのう」
レオナルドはその話を聞いて、すぐに一考の価値有りと認めた。
元々、大森林の中にもギルドの支部はあったが、それは協力関係にある部族の都合で、かなりまちまちだったのだ。おまけに、支部には職員を派遣しなければならないが、大森林のような僻地には誰も行きたがらず、つい最近もガルガンチュアの村の職員はずっと不在だった。
だが、レイヴンなら、もともと大森林で暮らしてるのだから、そんな心配はせずに済むわけだ。問題は、職員になるには研修を受けねばならないのだが、混血であるレイヴンの頭脳は、獣人よりも人間に近い。研修に耐えられるだけの能力を持った人材も、探せば必ずいるだろう。
「相わかった。ならば職員になりそうな者を見つけてこい。儂からギルド本部に推薦状を書いてやろう」
「またマニと相談してくるよ。鍛冶屋の方にも何人か回したいからな」
「ピサロにメチャクチャにされて、一時はどうなることかと思っておったが、中々面白いことになっておるな……破壊のあとには再生があるか……皮肉な話じゃ」
「人間の方は、未だに破壊を続けてるみたいだけどね」
大森林がこんな事になっているというのに、勇者領と帝国はまだ戦争を続けているのだ。鳳はふと思い出して、
「そういや、ヘルメス戦争の方はどうなってるの? 帝国を攻める糸口は見つかったんだろうか?」
鳳が話題を振ると、レオナルドは口を開きかけたが、すぐに思い直したように口を引き結び、
「そうじゃった。勇者軍はいよいよ動き出したようじゃ。作戦上の問題があるから詳しいことは儂の口からも言えぬのじゃが、上手く行けば一気に帝国軍の力を削ぎ、勇者軍をヘルメス領へ入れることが出来るじゃろう」
「機密ってやつか。作戦が失敗したら元も子もないもんな」
「すまんのう……しかし、お主ならスカーサハに会いに行けば、作戦の内容を教えてくれるじゃろう。まだアルマにおるじゃろうて、気になるなら飛んでいけばいい」
「うーん……スカーサハさんか……」
「あの子もお主に会いたがっておるから、久しぶりに会いに行けばいいではないか。何か行きたくない理由でもあるのかのう?」
「いや、それなんだけどさあ……今まではそんなこと考えもしなかったんだけど、ほら、こないだルーシーも言ってたじゃないか。勇者とスカーサハ先生は一時期恋仲だった時があるって」
鳳がそう言うと、老人は一瞬虚を突かれたように目を丸くしてから、すぐにおかしそうに腹を抱えながら笑い出した。
「ふぉっふぉっふぉ! お主、そんなことを気にしておったか。確かにそれは事実じゃが、今更あの子がお主と勇者を混同するようなことなどあるわけなかろう。つまらぬことを気にする奴じゃのう」
「いや、俺が気になるのはそういう意味じゃないんだが……」
「ふむ? ならば、どういう意味じゃろうか」
「それは……ちょっと説明が難しいというか……」
鳳は老人に笑われたことで思わず口にしてしまったが、本当はそのことについては、確信が持てるまで話すつもりはなかった。だが、結局のところ他に相談できる相手もなく、彼は渋々決心すると、
「要するに、爺さんの言う通り、もし彼女に迫られたらそれに耐えきれる自信がない……というのはある。でも、ちょっとニュアンスが違うんだ」
「……? どういうことじゃ。お主が言ってる意味がさっぱり分からぬ」
「つまりさあ……勇者は晩年おかしくなったと言っていただろう? スカーサハ先生とどうこうなったのもその頃だと」
鳳がそう言うと、それを思い出したのか老人は不快げに眉を顰めつつ、
「そうじゃ。それまではお調子者でありながらどこか憎めないやつじゃったが、人が変わったように女を食い散らかしはじめてからは、まるで儂らの言うことなど聞かずに……」
彼はそこまで言ったところで、ハッと何かに気づいたように言葉を止め、
「お主……まさか?」
鳳は頭を振って、
「そうじゃない。まだ、そうじゃないんだ。でも……以前も爺さん言ってただろう? もしマニの記憶が正しければ、俺は勇者なのかも知れないって。俺たちはこの世に、繰り返し生まれてきているのかも知れないって。そしてマニの記憶は、実際わりと正しいみたいなんだ。だったら……」
鳳はその先を続けるのが怖かった。もしも自分が勇者なら、そうなる可能性は本当に無いのだろうか……? 頭の中にスカーサハの顔を思い浮かぶ。ルーシーや、ミーティア、そしてジャンヌの姿も。
「俺の周りには、魅力的な女性が多すぎるよ」
それを傷つける可能性があるのだとしたら、自分は一体どうしたらいいんだろうか。杞憂に終わればよいのだが、未来のことは誰にもわからない。この世界にやってきたばかりの仲間たちみたいに、ただ勇者の力を得たことを能天気に喜んでいられたら良かったのに、鳳にはそれが、今は呪いのように感じられた。