ガルガンチュアの村に物資を運びいれた鳳たちは、当初の予定通り、まずは村の東側に伸びる河川の源流を調べることにした。今回は片道だけなので、帰りはポータルを使えるように、遠征に向かう者を厳選し、人間の冒険者だけとした。
その間、マニたち獣人は村の片付けを行いつつ、周辺を渦巻状にぐるぐる回ってオークが居ないか確認する予定である。しかしこれまでの経験上、川を離れてオークがうろついていることは無かったから、恐らくは無駄足になるだろう。無駄と言っても、そっちのほうが断然良いのだが。
もしかしたら生存者がどこかに隠れているかも知れないので、慎重に探すというマニを残して、鳳たちはリュックを背負って村を出た。今回は馬がなく全員徒歩だが、遅れる者は一人も居ない。ルーシーなんかはつい最近までただの一般人だったのだが、大した成長ぶりである。そんな事をギヨームに言ったら、おまえもそうだろうと返ってきた。言われてみればその通り、思えば遠くへ来たものである。
一応、隣村のことだから話は聞いていたが、鳳がクマを退治した例の村もピサロに襲撃されて壊滅していた。村には人っ子一人おらず、野生動物に荒らされた形跡だけが残っていた。ただオークは来ていないようだから、その気になれば復興は容易いだろう。
尤も、実を言えば生存者は討伐隊に参加していて、既にガルガンチュアの部族に吸収されていた。獣王のカリスマは伊達ではなく、他の部族もマニに従う者が多いから、もしかすると彼らに村を復興するという考えはもうないのかも知れない。
その場合は、ガルガンチュアの村を中心にして空白地帯が出来てしまうから、その辺をどうするのか、それもマニの双肩にかかっていた。思えば彼はまだ実年齢9歳だというのに、色々背負い込まされて可哀想だ。出来るだけフォローして上げたいところである。
そんなことを考えつつ、隣村を後にして川を進む。
この河川は中央山地に続いているオアンネスの侵入ルートの一つと目されていたから、恐らくその道中は激戦になるのではないかと予想していた。だから人間の冒険者だけで大丈夫か? という心配はあったのだが、蓋を開けてみれば、意外にも流域は穏やかでオークに遭遇することは全く無く、それがいた形跡を発見するだけで、戦闘は一度も起こらなかった。
途中、何本かの支流も確認したが結果はどこも同じで、そこはオークが去った後だった。正直、肩透かしもいいところだったが、危険がないならそれに越したことはないだろう。討伐隊はサクサク進み、予定通り7日目に最初の目的地である元レイヴンの街へと辿り着いた。
レイヴンの街は他の獣人部族と生存圏がかぶらないよう避けていたのか、川から大分離れた場所にあった。だから、その場所を知らなければたどり着くことは出来なかっただろう。
幸い、鳳たちは以前に訪れたことがあったから、殆ど迷うこと無くたどり着くことが出来た。そうして再訪したレイヴンの街は、どうやら近隣部族の避難所になっているようだった。
中にはピサロに襲われた者も大勢いたから、避難民たちは鳳たちが近づいてくると最初は物凄く警戒していたが、それが冒険者ギルドから派遣された討伐隊だと分かると、ホッとした感じで協力を約束してくれた。
避難民たちの話によれば、どうもここにいる全員がピサロに集落を襲われたようだった。震源地であるレイヴンの街の近くに住んでいたのだから、当然といえば当然だろう。だから、殆どの者はオークと戦ってはいなかったようだが、その動向はしっかりと確認していてくれたようだ。
彼らはレイヴンたちから隠れながら、水場である川の近くに潜伏していたそうなのだが、魔族への備えを失ったこの近辺は、最初はものすごい数のオークで席巻されていたらしいのだ。
具体的な数は避難民によってまちまちであり、正確な数はつかめなかったが、少なくとも獣人が数人いたところでどうにかなるレベルではない。今ここに居る避難民が束になってかかっても、勝ち目がないほどだったようだ。オークは河川を根城にして、その周辺の野生動物を狩っていたらしい。だから避難民たちはそれを恐れて川から離れ、次第にレイヴンの街へと集まってきた。
彼らはレイヴンにやられて放浪していたわけだから、最初はレイヴンが帰ってくるんじゃないかとヒヤヒヤしていたようだが、時間が経って落ち着いてくると、ここは家の作りがしっかりしているし、井戸や畑などもあって暮らしやすく、安全なシェルターになったようだ。
こうして彼らはここに隠れながら、河川を占拠するオークの群れを監視していたそうなのだが……暫くするとオークたちは周辺の獲物を狩り尽くしてしまったのか、まるで何かに導かれるように、どんどん西へと向かっていったそうである。その数は次第に減っていき、最近はもう殆ど見なくなったようだ。
とすると、鳳たちがこれまでに片付けた群れが、ここから出ていったというオークの群れだったのだろうか……しかし話を聞く限りでは、今まで倒した数ではとても足りそうもないから、もしかすると殆どのオークはガルガンチュアの村のある分岐点を、北へ向かって進んでいったのかも知れない。
北の分岐点はどうなっているんだろうか……なんだか嫌な予感しかしない。
ともあれ、もうこの辺にはオークはいないようだが、かと言って調べないわけにもいかないので、予定通り鳳たちは更に上流へと向かうことにした。情報を提供してもらったついでに、討伐隊は現在ガルガンチュアの村を拠点にしていることを伝えると、避難民の何人かは手伝うといってそっちへ向かってくれることになった。だが、殆どの者は安全なここに残るようだ。彼らはもう殺し合いなど懲り懲りなのだろう。獣人はみな誇り高いが、全ての獣人が好戦的というわけでもないのだ。
レイヴンの街で一泊し、ほんの少し物資を分けてもらってから、討伐隊はまた河川へと戻って東へ向かった。山地へと続く川の源流は次第に坂になっていく。お陰で距離を稼ぎにくくなったが、上流に進めば支流の数も減っていったから、プラスマイナスゼロと言ったところだろうか。
討伐隊はおよそ1日に20キロのペースで進んだ。それは道のない森の中ではかなりのペースであったが、元々獣人たちが住んでいた川沿いはなんやかんや獣道があり、オークが木をなぎ倒して進むという性質もあって、思ったよりも歩きやすかったのだ。
更に、森歩きで最も危険なのは方向を見失うことであるが、この河川には地図が存在し、上空からメアリーがどの辺を歩いているかその都度確かめてくれるから、殆ど迷う心配は無かった。
そんなメアリーの姿は、最初こそ冒険者たちの度肝を抜いていたが、暫くして慣れてくると、いつの間にかスーパーマンと呼ばれ頼られるようになっていった。まさか地球のあの映画を見たことも無いだろうに、人間というのはどこにいても似たようなことを考えるものである。
それからもオークに出くわすことはなく、討伐隊は順調に川をさかのぼり、やがて幅広だった川は段々と沢と呼ぶに相応しい険しい流れへと変わっていった。ここまで姿を見ないとなれば、もうこの先を調べるのはあまり意味がないだろう。山に入れば二次遭難の危険もある。鳳はそう判断すると、当初の予定を切り上げて、あと一日進んだところで引き返すことにしようと提案した。
正直、もうこのまま引き返しても良いくらいだった。だが、一応の義務感から取ったその一日が明暗を分けた。
討伐隊は翌日、沢を慎重に登りながら手近に見える尾根を目指して進んだ。そこまで行けば周囲を見渡せ、オークがいないことを確認出来るからだ。もちろん、メアリーが上空から見ているので、いないことはとっくに確認済みだったが、彼女一人に責任を負わせるわけにもいかないので、一応である。
沢に沿って歩いていると、段々と崖が多くなってきた。岩肌の露出した場所を歩くのは危険であるから、討伐隊は暫くすると川から離れて道なき道を登り始めた。
出来るだけ獣道を探して歩きたかったが、流石にここまで来ると集落もなく、野生動物の通り道が都合よく山頂を目指してくれるわけもないから、討伐隊はここに来て最も歩きにくい道なき道を行くことになって、それまでのペースはガクッと落ちた。
本来はオークと戦うために持ってきた剣や鎌で草を刈りながら、せっせと山の斜面を上っていく。斥候など出せる余裕もなく、全員で一丸となって突き進んでいくと、やがて植生が変わって中程度の高さの木々が鬱蒼と茂る雑木林へと出た。それが足元の視界を遮って、余計に歩きづらい。目的地の尾根は常に見えているのだが、一向に近づく気配もなく、これは日没までにたどり着けないかも知れないと、野営を覚悟した時だった。
鳳は行く先に薄ぼんやりと光る何かを見つけた。炎のような明かりではなく、蛍光色をしたなにかがある。こんな場所に人工物があるわけないから、昼間なのにホタルでも飛んでいるのだろうかと思ったとき、彼はハッと気がついた。
これは多分、鳳のスキル、アルカロイド探知が反応しているのだろう。アルカロイドなんてその気になれば森の中にはいくらでも存在するから、今は何にでも反応しないように出力を調整していた。だからよほどのものでない限りは、スキルが発動するわけがないのであるが、どうやらそのよほどの物が見つかったらしい。
「あ、おい、こら! 鳳どうした!?」
鳳が嬉々として駆け出すと、後からギヨームが追っかけてきた。鳳は足元に絡みつく雑草をも物ともせずに光の元へと駆け寄ると、そこに人間の背丈より少し高いくらいの木がポツポツと生えていた。
どこにでもありそうな双子葉植物で、ローズヒップみたいな赤い実が沢山なっているのが特徴と言えば特徴だった。葉っぱは椿みたいな光沢が有る細長い葉で、枝の節々から脇芽が伸びて小さな白い花をつけている。見た目は何の変哲もないただの木だ。多分、よほどの好事家か、専門家でも無ければ見逃していただろう。
「おい、勝手に走り出すなよ! 何か見つけたのか?」
「コカノキだ」
「……は?」
「コカだよ、コカ。麻薬の王様、コカインだ。いやあ、まさかこんなところにあったなんて。前回、レイヴンの街まで来たとき、もう少し周りを探索してたら見つけられたかも知れないのに……惜しいことをした」
鳳は目の前に聳え立つ木から一本の枝を手折ると、にこやかな笑みを讃えながらギヨームにそれを差し出した。彼はそれを見て心底嫌そうな顔をして、
「おい、こら、まさか、これを持ち帰って広めようとか思ってるんじゃないだろうな」
「広めたりはしないけど、持ち帰りはするぞ。MP回復の役に立つからな。知ってると思うが、俺はMP消費が激しいんだよ。邪魔しないでくれたまえ」
「だから代わりにメアリーが古代呪文担当をしてるんじゃねえか! おまえ、こないだ中毒になったの忘れたのか」
「もちろん、覚えてるって。だからもう、そんなヘマはしないってば。ふひひひひ」
「……そのだらしない顔を見て、誰が信用するんだよ!」
「おーい、どうしたんだ、二人とも……休憩か?」
鳳とギヨームが押し問答していると、アントンが討伐隊の列から離れた二人の様子を見に来た。さっき休憩したばかりなのに、そんなわけないだろうと言おうとしたが……もう何時間も山を歩き続けているせいか、アントンの顔は疲労の色が濃かった。
見れば、討伐隊の他の面々も大分お疲れの様子である。予定とは違うが、やはり、今日はここらで野営をして、尾根はまた明日目指すことにしようかと考えたとき、鳳は手にしたコカの枝を見てハッと思い出した。
コカというのは元々、原住民たちの嗜好品でもあり高山病の薬でもあった。そのため、生産地のボリビアは今でも世界で唯一合法的に使用が可能である。その薬効は高山病を和らげるだけでなく、空腹や疲労感を忘れさせるものらしいから、現地の鉱山労働者は、朝にコカの葉を口の中に詰めて、唾液に浸した液汁を飲みながら、夜まで休み無く働くらしい。労働環境に厳しい21世紀にもなって信じられない話だが、つまりそれくらいぶっ飛んだ効き目があるわけだ。
鳳はそれを思い出すと、目の前の木から葉っぱをちぎってアントンに渡した。
「なんだこりゃ……?」
「元気になる薬だ。まあ、奥歯にでも挟んでおけ」
アントンは半信半疑の目つきをしていたが、疲労は本物だったから、騙されたと思って言われたとおりに口の中に放り込んだ。鳳はそれを見てから休憩を宣言すると、残りの冒険者達にも葉っぱを配って回った。
特にMP回復を期待してメアリーにあげたかったのだが、直接口にするのが嫌だというからハーブティーにして煮出していると、
「うおおお! ハッスルハッスルー!」「あああー! みなぎってきたあああ!!」「24時間戦えますか!」「ぼよよんぼよよん!」
葉っぱをあげた冒険者たちがそんな雄叫びを上げて、いつの間にか元気を取り戻していた。なんか目つきがヤバかったが、この際気にしないでいいだろう。やがてメアリーがハーブティーを飲み終えた所で、もう待ちきれないと言った感じの冒険者達が急かすから、休憩もそこそこに討伐隊は再始動した。
するとさっきまでは数メートル進むのにも四苦八苦していた討伐隊の面々は、信じられない力を発揮し、あっという間に道なき道に風穴を開けて、一直線に尾根へと突き進んでいくのであった。
こうして野営もやむなしと思っていた討伐隊は、日が暮れる前に目的の尾根へと到達し、周辺の山々にもうオークがいないことを確認することが出来た。冒険者たちはまだ元気が有り余っているようだったが、それは空腹や疲労を忘れているだけで、ちゃんと体の方は疲れているはずだから、これ以上無理はしないほうが良いだろう。
鳳は予定通りにポータルを出すと、それを見てまた興奮しだした冒険者たちを次々とその中に放り込んで、こうして東部の源流を探る旅は終わったのであった。久しぶりの人里に帰ってきた彼らは、ガルガンチュアの村の硬い床なんて野宿してるのと変わらないと文句を言っていたが、それでも翌日は夕方になるまで起きてこれないくらい、コンコンと眠り続けるのであった。
教訓。中毒にならなくても、やっぱりクスリに手を出してはいけない。