ラストスタリオン   作:水月一人

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人間一人を呼び出すための代償とはなにか?

 練兵場の重い鉄扉を押し開けて、藤棚のある狭い通路へと歩み出た。物理的に開くということは、少なくとも時間が止まってるということは無いのだろう。鳳は通路に落ちていた、いい感じの木の棒を拾い上げると、カンカンとわざと音を立てながら、城の大広間に続く勝手口に向かった。

 

 城の中央にある吹き抜けの大広間は、最初に通ったときにはその壮大さと美麗さに目を見張ったが、今はただただ不気味にしか思えなかった。理由は単純明快、照明がひとつも灯っていないからだ。

 

 広間の中央には天井から巨大なシャンデリアがかけられており、壁にはいくつもの装飾を施した燭台が飾られていた。本来ならその全てにろうそくが灯り、光が乱反射する美しい光景が広がっているはずなのだが、今は返ってその美しさが、言いようの知れぬ寂寥感のようなものを醸し出していて薄気味悪かった。

 

 何と言うか、打ち捨てられた廃墟のような感じである。人が居なくなって何百年も経っているような、そんな感じだ。なまじ、ついさっきまで、ここで人が行き交う光景を見ていたから尚更だった。みんなどこへ行ってしまったのだろうか。

 

「誰か、居ませんか~……」

 

 返事は返ってこない。もちろん、期待していたわけではないのだが、妙な焦りを感じるのは何故だろう。城の奥は薄暗すぎて、足を踏み入れるのを躊躇するレベルだった。所々に置かれている装飾品が今にも動きそうで、何というか、テレビゲームの裏ステージにでも入ったような気分になった。

 

 どこかの壁にカモフラージュした回転扉でもないかなと、壁を注意深く見ながら進んだが、そんなものはもちろん見つからなかった。取り敢えず他に思いつく場所がなかったから、謁見の間と自分の部屋だけは行ってみたが、中に入っても取り立てて何かあるということもなかった。

 

 というか、これで確定したが、この城は無人だ。人っ子一人居ないようだ。となると、出口を見つけるには自力でなんとかするしかないが、異常な部屋数を誇るこの城を調べ尽くすのには、一体どれくらいの時間がかかるだろうか……考えるだけで気が遠くなりそうだった。

 

 鳳は大広間まで戻ってくると、姿見の前にあるベンチに腰掛けた。鏡に手をついたら、向こう側に行けたりしないだろうか? などとメルヘンチックなことを考えながら、彼は今後の方針を検討した。

 

 とは言っても、やれることは限られている。とにかくあちこち歩き回って手がかりを探すだけだ。あとは、さっき一瞬だけジャンヌに連絡が取れたから、定期的に彼に話しかけてみるくらいか。

 

 しかし、探すにしてもどこから手を付ければいいものか。手がかりを探すための手がかりすらない状況では、ため息しか出てこなかった。結局、城にある部屋を片っ端から調べるしかないのだろうが、それで何かが見つかればいいが、もし見つからなかった場合を考えると気が進まなかった。

 

 城の外には練兵場もあれば、兵士の詰め所もあれば庭園もある。城門の外には城下町が広がっている。もし、出口がその城下町や、更に遠くにあったらもうお手上げではないか。鳳はまだ外の世界のことは右も左も分からないのだ。やはり、行動するにしても当てずっぽうは良くないだろう。まずは何でもいいから、手がかりを見つけてから慎重に行動したほうがいい……

 

 手がかりがあるとしたら、一番怪しいのは目覚めたときにいた練兵場だが、もう一度あそこに戻ってみようか? と言うか、どうして自分はあの場所で倒れていたんだろうか? やっぱり、目覚める前の記憶は正しくて、自分はカズヤの魔法で命を落とし、実はここは天国なんじゃないだろうか……

 

 本当にどこも怪我をしていないのかと、鏡に映る自分の姿をマジマジと見つめていた時だった……

 

 彼の視線が、胸ポケットに差してあるもので止まった。

 

「これって……千代紙だよな?」

 

 そう言えば、目覚めてすぐに拾ったのだ。なんでこんな物が落ちていたのか。あの時はまだ状況がよく分かってなかったからスルーしてしまったが、今にして思えば妙な話である。

 

 これは恐らく、こっちの世界の物ではない。昨晩、ティンダーの魔法で見たとおり、この世界にも紙は存在するが、何というか造りが雑なのだ。ところが今、鳳が手にしているそれに描かれている綺麗な模様と寸分たがわぬ正方形は、どう考えても日本の工業品としか思えなかった。

 

 それじゃ何故こんなものがあるのかと考えると理解に苦しむが……

 

「そう言えば目覚める直前に、夢を見てたような……」

 

 子供の頃の苦い思い出だ。灼眼のソフィアこと、エミリアとの出会いと別れ。自分の間違いが、彼女を追い込んでしまったこと。それを思い出すと胸が苦しくなるが……しかし、多分、いま考えなきゃならないことは、出会いの場面の方だろう。

 

 出会いと言うか、エミリアと初めて喋った日のことだが、鳳は彼女と二人で黙々と折り鶴を折っていた。あの時使っていたのはケント紙だったが、この千代紙はメタファーとしては、より折り紙を匂わせる。

 

「うーん……まあ、物は試しか」

 

 鳳はベンチから降りると、それを机代わりにして千代紙を折り始めた。折り鶴など何年ぶりかわからなかったが、驚くくらい自然に折れた。多分、自転車の乗り方みたいに体が覚えているものなのだろう。

 

 伸ばした首の先っぽを折ってクチバシを作ると、最後に彼は翼を開こうとして……

 

「……? エミリア!?」

 

 顔を上げたときに、視界の隅っこで何かが動いたような気がした。咄嗟にそちらを見ると鏡の中で金色の髪をした少女が駆けていく姿が見えた。驚いて振り返るが、その時にはもう鏡に写った少女の姿はどこにも見えなかった。

 

 姿を見たのはほんの一瞬で、それが誰だか分からない。もしかしたら幻覚だったのかも知れない。しかし鳳にはそれがエミリアのような気がしてならなかった。と言うか、夢の内容とか折り紙とか、ここまでお膳立てされてもし違ったら、その時は責任者を呼ぶレベルだろう。鳳は鼻息荒く立ち上がると、慌てて少女が消えた方へと駆け寄った。

 

 少女が消えたと思われる曲がり角まで来ると、鳳はその先にぼーっと光るものが見えることに気がついた。城に2つある居住区のうち、謁見の間とは逆の方、鏡の間がある方角だった。最初に鳳たちがこの世界で目覚めた地下室や、兵士の詰め所、それに牢屋みたいな場所がある区画だ。

 

 手がかりを探してた時にはすっぱり頭から抜け落ちてしまっていたが、考えてもみれば最初にこの世界で訪れた場所なんて、いかにも臭いだろう。この先に多分、いや、絶対何かある。

 

「シーキューシーキュー、聞こえるか、ジャンヌ?」

 

 鳳はジャンヌに声をかけてみたが、相変わらずパーティーチャットは繋がらなかった。正直、連絡が取れないまま先を行くのは腰が引けたが、かと言って他に行く宛もないので先に進んだ。

 

 ぼーっと見える光を追いかけるようにして鏡の間へとやってくる。いくつも吊り下げられているシャンデリアと大きな窓、対面にその窓と同じ大きさの鏡が並んでいる通路は、最初に訪れた時は見惚れるくらい美しかったが、光が差し込まない今は、まるでのっぺりとしたコンクリートの壁みたいだった。

 

 進行方向からすると右手が窓のはずだが、左のほうが窓のような錯覚を覚える。本当にこっちが窓だったっけ? と思ってじっと目を凝らしてみると、なんだか鏡のような気がしてきて、おかしいなと思って反対側を見てみれば、やっぱりこっちの方が鏡である。どっちも鏡じゃ変なので、また反対方向を見たら、やっぱりちゃんと窓だったので、ホッとしてまた前を向き先を進もうとすると、今度は右も左も窓のような気がしてくる……

 

 自分は今、前に進んでいるのか後ろに進んでいるのか。右が左で左が右か。もし進行方向からぼーっとした光が差してこなければ、きっと今頃、鳳は同じ場所をぐるぐると回っていただろう。

 

 そう考えると道案内みたいなその光が頼もしくも思えるが、食虫植物は良い匂いで獲物をおびき寄せると言うから、本当にこのまま先に進んでもいいものか、不安にもなってくる。しかし、振り返った先の暗闇は、いつの間にか濃く閉ざされていて、足を踏み入れたら二度と元には戻れないような、そんな気持ちにさせるのだった。

 

 結局、行っても戻っても不安にしかならないなら、先に進むよりないだろう。鳳はそう思って、それ以上深く考えずに、光が差す方へと歩いていった。

 

「シーキューシーキュー」

 

 時折、ジャンヌに連絡を取ろうとしたが、やっぱりチャットは繋がらなかった。

 

 やがて鏡の間を抜け、兵士の詰め所を通り過ぎ、地下へ続く階段へとたどり着く。案の定、光はそこから差しているのだが、下へと降りていって良いものかと、流石にちょっと躊躇した。

 

 というのも、さっきから1つも、明かりが灯っている燭台を見かけないのだ。なら、窓のない地下なんかに降りてしまっては、何も見えなくなってしまうのではないだろうか。彼はそう思ったのだが、しかしそれはすぐに杞憂と分かった。

 

 壁にしっかりと手をつきながら、おっかなびっくり降りて行った地下室は、何故か隅々まではっきり目に見えた。どこを見ても燭台は灯っていないはずなのに、どう考えても、地上も地下も同じ明るさだったのだ。

 

 おかしな現象が続いているから、今更驚きはしないが、これは一体どういうことなのだろうか。

 

 灯りがないせいで、ずっと暗い暗いと思っていたが、もしかするとさっきから鳳が目にしていたのは、この世界の色だったのかも知れない。普通は物体が光を反射して色を見せるのだが、この世界では物質自体が色を発しているのだ。だから明るい場所は暗く、暗い場所は明るく感じるのだろう。

 

 しかしそれじゃあ、あの案内するかのようにぼーっと光って見える物は何なんだ? そんなことを考えながら、それを追いかけて地下室を進む。

 

 行きつく先は、ここに来る前からなんとなく予想していた。光がこっちの建物を指し示した時点で、多分、鳳が最初に気がついたあの部屋に続いているんじゃないかと思っていた。ここまで来た今、確信に近い気持ちでいたのだが……

 

 ところが意外にも、光が続く先はあの部屋ではなかった。あの部屋の前を通り過ぎても、光はまだ先の方からぼーっと見えたのだ。

 

 なんだか狐につままれたような気分になったが、まあ、元々ただの予想でしかなかったし、間違ったところで何も変わらないだろうと気を取り直し、彼は先を進もうとした。

 

 だがその時、ふと思いついて、

 

「そういや、俺達が最初に目覚めた部屋って、今はどうなってんだろ」

 

 そう思って、何となく。本当に、何気なく、その扉を開いた。今度はそこに何かがあると予想したわけではない。寧ろ何もないだろうと考えて、それを確かめるつもりで、彼はその扉を開き……

 

 そして彼は後悔した。

 

「えっ……な、なんだこれ……」

 

 扉を開いた瞬間、彼はなんとなくツンと来るような、獣の臭いのようなものを感じた。動物の飼育小屋などから漂う、糞尿の入り混じった動物自体が発する独特な臭いだ。その臭いを嗅いだ時、鳳はなんとなく嫌な感じがして、扉を開けるのをちょっとだけ躊躇した。しかし、ここまで来たんだという結果と好奇心がそれを跳ね除け、結局、彼はその扉を開いてしまった。

 

 何かが扉にもたれ掛かっているつっかえるような感触がして、ぐいと押し込むようにしながら扉を開くと、その衝撃で何かがドサッと倒れる音と、カランカランと地面を転がる音がした。

 

 コロコロと転がる丸い物体を目で追いかける……すると、その物体には2つずつならんだ大きな穴と小さな穴、そしてずらりと並んだ、真っ白な歯がついているのが見えた。

 

 鳳はゴクリとつばを飲み込んだ。

 

「嘘だろ……」

 

 それは頭蓋骨だった。大きさからして多分人間のものだろう。上顎だけで下顎がなかったが、残りもすぐに見つかった。鳳が押しのけた扉の反対側に、それはあった。

 

 それは理科室の骨格標本で見たことがある、人間の白骨死体そのものだった。いや、あるのはそれだけではない。その隣にも、その隣にも、同じような人間の骨が並んでいる。大きさはマチマチで男性女性が入り混じっているような……白骨化しているから相当古い物のようにも思えるが、死体が着ていた服と髪の毛がまだ綺麗に残っていることから、実はそんなに時間が経っていないようにも思えた。

 

 解剖学に詳しいわけではないから、確実とは言えないが、頭蓋骨の数から死体は5体。外傷は見当たらない。整然と並んでいるのは、運び込まれた時から死体だったか、ここで殺されたとしても抵抗がなかったからではないか。例えばガスとか……魔法とか?

 

 鳳はこみ上げてくる吐き気を我慢し、口に手を当てながら、部屋から出て扉を閉めた。その途端、猛烈な息苦しさを感じて、彼は酸欠の鯉みたいにハアハアと荒い息を吐いた。どうやら気づかぬうちに呼吸を止めていたらしい。やけにうるさい音が聞こえると思ったら、それは自分の心臓の鼓動だった。

 

 びっしょりと額に浮き出た玉のような汗を拭い、彼は逃げるように部屋から離れると、壁にもたれかかるようにして、地面に腰を下ろした。

 

「白骨死体は5体……俺たちは5人……」

 

 確信は持てないが、ただの偶然とも思えなかった。そもそも勇者召喚というのはどうやってするのだろうか。その方法については全く聞いていない。

 

 人間一人を呼び出すための代償とはなにか?

 

 もしかしてもしかしなくとも、自分は見てはいけないものを見つけてしまったのではないか……

 

 ここは城の中……かどうか分からないが、城主であるアイザックがこのことを知らないとは思えない。聞いたところでしらばっくれるだけだろうし、下手したら命の危険があるかも知れないから、無邪気に何か言うつもりはないが……

 

 やはり、この城からはさっさと退散したほうがいいだろう。ジャンヌはともかく、他の3人にもそれとなく伝えねばなるまい。しかし、改めて思うのだが、もし鳳たちが城を出たいと言ったとき、アイザックがどういう行動に出るか……

 

「まあ、その前にこの謎空間から出れなきゃ、お話にならないか」

 

 鳳は大きく深呼吸すると、弛緩する太ももをバシッと叩いて立ち上がった。流石にショッキングな出来事だったが、いつまでもこうしてはいられない。ある程度、気分が落ち着くと、彼はまた歩き出した。

 

 尤も、終着点はそれからすぐだった。先程の白骨死体のある部屋から突き当りを二度曲がった先に、地下牢らしき鉄格子の嵌った檻が並ぶ区画があったのだが、その牢屋の1つから異常な光が発しているのが見えた。

 

 近づいて中を覗き込んでみると、その中身は他の牢屋と同じ大きさの殺風景な石壁に囲まれた空間だったが、部屋の一番奥の壁だけが明らかに違っていた。いや、本当なら他の牢屋同様にカモフラージュされているのだろうが、今は壁の中央部分が四角くくり抜かれるように光で縁取られているのだ。何というか、いかにもここに隠し扉がありますよと、強く訴えかけているようだった。

 

 鳳は取り敢えず危険は無いかと周囲を軽く探索してから、問題の牢屋の中に入った。もしかしたら牢に鍵がかかってるかも知れないと思ったが、そんなものはなく、あっさりと中に入れてしまった。

 

 問題の壁の前に立つと、彼は恐る恐る指先をその光の中に突き刺してみた。すると、当然そこにあると思われた壁を突き抜けて、指が向こう側へとズブズブ入っていく。どうやら、ここに見た目通りの壁はないらしい。どうなってるのか興味はあったが、魔法なんて理不尽なものを理屈っぽく考えても仕方ないだろう。

 

 ともあれ、やれることはただ1つ……このいかにもな光の扉の向こう側へ進むだけだ。引き返すなんて選択肢はもうないだろう。結局、城の中をぐるぐると回って、ここに帰ってくるのが落ちだから。

 

 ならばもう迷うことなく突き進むしかあるまい。ここを抜ければ、この謎空間からおさらばできるとも限らない。だが、鳳は不思議となんとかなるんじゃないかと楽観していた。彼の胸ポケットには千代紙で出来た折り鶴が刺さっている。

 

 何となく、こいつが自分を導いてくれるような、鳳は何故かそんな気がしていた。

 


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