東部遠征を終えて、討伐隊はこれで一本の河川からオークが居なくなったことを確認した。これからは、ガルガンチュアの村の辺りにある分岐点に流れ込む、北側の河川を調べることになる。第2段階といったところだろうか。
東部の源流を探る旅は、なんというか拍子抜けで終わってしまったが、それで大森林の驚異が大したことないと考えるのは早計のようだった。鳳たちが東部遠征している最中、村に残った獣人たちはマニの指揮のもとにぐるりと村の周囲をさらったのだが、その際、彼らはオークの群れと遭遇したらしい。
人間も動物も、何はなくとも水が無ければ生きていけないから、彼らは安全な水場を確保するためにも、鳳たちに先駆けてほんの少し北の河川流域にも足を運んだ。するとオークは、二股に分かれたすぐ先にもう居たらしい。
その数はざっと数えても50体を下らず、これまでに倒してきたオークの群れとは比較にならない規模だったそうだ。
ここで無理をする必要もなく、マニは即座に撤退を決めたが、あちこちで戦力を吸収したマニの部下は今やそれを倍する兵力があり、やろうと思えばやれそうだった。そのため、血気にはやる若い獣人が命令を無視して手を出してしまい、一戦交えることになってしまったのだが、マニは多少の犠牲を払いつつも、どうにかこれを撃退して撤退を成功させた。
その際、オーク側からも血気盛んな個体が追い掛けてきて追撃戦になったのだが、彼が予め用意しておいた罠まで誘導しようとしたところ、ある程度の数を倒したところで追撃はパタリと止んでしまい、オークはそれ以上追い掛けてこなかった。
誘導されていることに気づくなんて、オークにそんな知恵があるとは思えなかったマニは不審に思い、それからも度々オークのコロニーにちょっかいをかけたらしい。すると、オークには縄張り意識でもあるのだろうか? 河川からある程度距離が離れると、それ以上は進みたがらないという性質があったようだ。
実はガルガンチュアの村にたどり着くまでに通った流域でも、どうもそういう性質がありそうだということは気づいていたのだが、ここまではっきりとその習性が判明したのは大手柄であった。しかし何故そうなるのだろうか? もしかすると、母体となったオアンネス族のDNAがそうさせるのだろうか。魚人は水が無ければ生きられない。しかし、だからこそ、あの山を越えてきたというのは腑に落ちないのであるが……
ともあれ、この習性が確認出来たこと自体は大変ありがたかった。これでもしオークに襲われそうになっても、川から離れれば生き残る目が出来たということであるからだ。鳳たちは、仲間にそれを周知させた。
その後、鳳たちが東部遠征から帰ってきて、冒険者たちがみんな疲れて爆睡していたので2日間の休養を挟んだあと、討伐隊はまた獣人を加えていよいよ北部への探索を開始することになった。
その際、鳳はまたポータルを使って物資を運び入れるつもりだったのだが……その必要はなくなっていた。ギルド長が気を利かせて、トカゲ商人のキャラバン隊を組んでくれていたからだ。
「お久しぶりです、勇者さん、坊っちゃん。ここに来るのももう何度目になるでしょうか。前回はあの大騒ぎでしたからね……また来れて良かった。お父さんのご不幸は、本当に残念なことになってしまって、あの時はお墓を作るくらいしか力が及ばず申し訳ありませんでした。気落ちなさってるでしょうが、私になにか出来ることがあれば、なんでもご相談下さい、坊っちゃん」
「ありがとう、ゲッコーさん。実は折り入ってお話があるんですが」
「おや、早速。なんなりとご用命ください」
「僕の野鍛冶の師匠に、ヴィンチ村で世話になっているレイヴンの中から物になりそうな人を選んで、修行をつけてくれるように頼んで貰えませんか? 費用はいくらかかっても構いません。必ずお支払いします」
「かしこまりました。親方ならあの辺を巡回してますので、捕まり次第頼んでおきましょう。ところで彼以外にも、付き合いのある鍛冶師に心当たりがありますが……?」
「出来ればお願いしたいですが、師匠以外に獣人に対する理解が有る方がいらっしゃるかどうか……」
マニが自信なさげにそう言うと、ゲッコーは暫し反芻するように吟味してから、
「確かに、おっしゃる通りですね。坊っちゃんを知らぬ者なら、まずは獣人にも鍛冶仕事が出来ると、説得するところから始めねばなりません。では、急ぎ戻り次第、そのように手配しましょう。私はこれにて」
ゲッコーは請け合うと、運んできた物資を鳳たち討伐隊に渡してから、また勇者領へと取って返していった。
以前にギルド長と話し合った時にも言及したが、鳳たち討伐隊は今後北へと向かい、また分岐点に到達したら、そこに新たな拠点を定めるつもりだった。しかし、そこはまだ街や村になっていないから、鳳のポータルは恐らく使えない。そんなわけで、ガルガンチュアの村から新拠点まで物資を運ぶポーターを雇うことにしたのだが、ゲッコーがその役を引き受けてくれたわけである。
だからゲッコーたちはこの村に待機して、鳳が物資を運んでくるのを待てばいいだけなのだが、どうも大森林がこんなことになってしまったせいで、本当に暇をしているらしく、頼んでもないのに率先して物資を運んでくれているようだった。レオナルドが、多少色をつけてくれたのも効いているらしい。
そんなわけで、恐らく、鳳たちが北部の河川からオークを掃討し、拠点を作って帰ってくる頃には、ゲッコーたちはこの村にまた新たな物資を溜め込んでくれているだろう。非常に頼もしい助っ人である。
討伐隊は、そんな彼らに補給を受けてから、いよいよ北へと向かった。
拍子抜けの東部とは違い、北部ではすぐに戦闘が始まった。先程、マニがその習性を確認したときに利用したオークのコロニーである。その際に大分数を減らしていたことと、予め獣人たちが戦場を整えていてくれたことで有利に戦うことが出来、一人の犠牲者も出すこと無く遠征初戦は楽勝で終えることが出来た。
しかし、こんなに早く敵に遭遇するなんて、先が思いやられる展開である。案の定、最初のオークの群れを退治してから、日没前、その日のキャンプ地を探して歩いてる最中に、もう次の群れを発見してしまった。
距離はおよそ5キロ強くらいだろうか……人里ならまだしも、こんな間隔でオークの群れが密集しているとなると、この辺一体は既に壊滅状態であるとみて間違いないだろう。
出来れば南の河川と同じく、生存者を発見、吸収し、拠点構築をしながら進みたいところだが、オークが水場から動かないという性質が判明している今、生存者がいるとしたら、川から離れた森の中のはずだから、捜索範囲が広がりすぎて非常に困難に思われた。
しかしそういう条件下でも方法というのは探せばあるものである。鳳たちは大森林に関する二枚目の地図、レオナルドがオアンネス騒動の時に、書き込みをしながら使っていた地図を利用することにした。
こっちは例の世界地図とは違って、全然正確ではなかったのだが、大森林を行商している商人から聞き取り調査をして制作されていたため、そこに書き込まれている村の位置はかなりあてに出来たのだ。
それによると獣人の集落は決して河川の近くにばかり集中しているわけではなく、川から離れた森の中にも、結構広範囲に点在していた。そういった村がどうやって水を確保しているのかと言えば、なんらかの天災で自然にできた溜池などを使っていたり、崖から滲み出る湧き水を利用したりしているようである。
だからもし、生存者がいるとしたら、川から離れてそれらの集落に避難しているはずであろう。
そんなわけで、北部探索にあたって、討伐隊は部隊を4つに分けることにした。
まずはたった今言及した通り、生存者は恐らく川から離れた場所に避難しているだろう。これらの村を効率的に回り、生存者に討伐隊の存在を知らせる役目を、森歩きに慣れていて身軽な、ギヨームを中心とした部隊に任せることにした。
それから、北部から流れ込む河川の幅は広く、両岸のどちらへ渡るにもかなりの時間を要する。もし対岸にオークを見つけたとしても、川を渡る間に敵に発見されては元も子もないだろう。そのため、あらかじめ部隊を二つに分けて、片方が戦闘して敵をひきつけている間に、もう片方が川を渡って増援に向かうという戦法を取ることにした。この両翼をジャンヌ率いる冒険者部隊と、マニの率いる獣人隊とで担うことにする。
そして最後に、これらの部隊の荷物を持ち、少し後から追いかける本隊兼サポート部隊を鳳が率いることにした。討伐隊の荷物はコンパクトに纏められているとはいえ、およそ30日分の食料を背負って歩くのは効率的ではない。逆流するとは言え、河川は幅も広く流れも穏やかなので、船を使って運べば少数でもなんとかなりそうだった。
本隊にはルーシーも待機しており、もしも前方で戦闘が起きたら、鳳がレビテーションを使って彼女と駆けつける予定である。こうして鳳のクラウド魔法とルーシーのバフで、オークと有利に戦うつもりだ。メアリーは万一の遭遇戦に備えてギヨーム隊に配属している。彼女も空を飛べるから、必要ならギヨームの役に立ってくれるだろう。
隊を分けたらジャンヌが仲間になりたそうにチラチラ見ていたが、この配分しかあり得ないだろう。因みに鳳を本隊に置いているのはちゃんと理由があった。実を言うと、彼しかパーティーチャットが使えなかったのだ。
『シーキューシーキュー……
「生存者の数は?」
『だいたい30人くらいだ。子供が多い。ただ、川から追い立てられた野生動物もこの辺に逃げてきてるから、食うには困ってないようだ。大人がついてて特に切迫した様子もないから、暫くはこのままここに居てもらったほうがいいだろう』
「わかった。じゃあ、避難所が出来たら迎えに来るって言っておいて」
『了解』
ギヨームとのチャットを終えると、すかさずジャンヌから連絡が入った。
『白ちゃん白ちゃん! オークを発見したわ!』
「すぐにマニに連絡する、そのまま待機しててくれ」
『ごめん! 見つかっちゃったわ。もうすでに交戦中よ!』
「ちっ……すぐ向かうから、無理はしないでくれよ? ……マニ! 聞こえるか? どうぞ!」
『……こちら獣人隊。敵ですか?』
「対岸で既に戦闘中らしい。急行してくれ!」
『わかりました』
「頼んだ! ルーシー! 俺たちも行くぞ」
「うっ……ちょ、ちょっとまって、あれ結構怖いっていうか、高いっていうか、なかなか慣れないんだけど……って、きゃあああーーーっっ!!」
鳳はチャットを終えるとすぐにルーシーの手を捕まえて空へと飛び上がった。船に残った冒険者達がぽかんと彼らを見上げている。
レビテーションの魔法は以前も説明した通り、重力操作ではなく、圧縮された空気の層の上に乗っかるようなものである。垂直に立ったままだと空気抵抗を受けられなくて落下するから、腹ばいの状態で空に上がる。口で説明すると不自由そうだが、空気の層とは要するに流体だから、感覚的には波乗りをやっているようなものだった。
だからある程度慣れてくると、サーフィンのように風に乗って滑空したりと、結構自由に空を泳げるのであるが、生まれてこのかた、海や川で泳いだことのないルーシーは、勝手がわからずにかなり怖いらしかった。
鳳が、怖がるルーシーを引っ張りながら飛んでいくと、眼下にオークと応戦している冒険者たちの姿を発見した。彼はスピードを緩めながら、そのまま上空でスタンクラウドの呪文を唱え、オークを無力化する。
それに気づいたジャンヌとサムソンが突進し、開いたスペースに着地すると、痩せても枯れても賢者の弟子であるルーシーが落ち着きを取り戻し、すかさずバトルソングを歌い、それによってステータスが上昇した冒険者達がオークの群れを押し返し始めた。
間もなく、対岸から渡ってきた獣人部隊も加わって、オークはどんどん数を減らし、ついに完全勝利した。こんな具合に討伐隊は、河川を遡りながら、魔族によって奪われてしまった獣人の土地を取り戻していった。