ラストスタリオン   作:水月一人

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力の代償

 ガルガンチュアの村を出発した討伐隊は4部隊に別れ、オークを片付けつつ北上していった。東部遠征が肩透かしだった反動か、予想通りこの流域にはかなりのオークが流れ込んでいるようだった。

 

 それにしても何故、オークは川の合流点を勇者領ではなく、帝国のある北方へ向かったのだろうか。考えられるのは川の流れる方向で、勇者領は下流で北部は上流に当たることだろう。

 

 オアンネスは魚人と呼ばれる通り、魚の遺伝子を持っているから、もしかすると繁殖のために川を遡上する習性があるのかも知れない。そう考えれば、山を越えてこちらの河川流域にまでオアンネスがやってきたのも頷けるだろう。ネウロイが現在、どうなってるのかは分からないが、オアンネスは落ち着いて出産できる場所を求めて川を上り、ついに獣人のテリトリーにまで侵入してきたというわけだ。

 

 そのオアンネスから生まれたオークもまた、繁殖のために川を遡上する習性を持っているなら、彼らが上流に向かっていった理由にもなる。まあ、そんなのはただの憶測に過ぎず、実際、それが半分間違っていたことは、すぐに判明するのであるが……

 

 北部流域に入ってから一週間が経過した。

 

 その間、討伐隊は毎日必ず一度はオークとの戦闘を経験していたために、進軍は非常に遅々としたものに変貌していた。これまでは日に20キロ進んで、まだ余裕があるくらいだったのが、今は10キロ進めば御の字というペースである。

 

 これは取り立てて道が歩きにくくなったわけではなく、寧ろ、河原は歩きやすいくらいだったが、毎日オークと戦闘するため、その戦後処理に時間がかかったのだ。

 

 魔族の死体など墓を作ってやる必要もなく、放っておけばそのうち野生動物が分解してくれるはずなのだが、獣人たちはその死体が汚れを呼び寄せると信じていたため、そのままにしておくのを嫌がったのだ。

 

 実際、腐敗した魔族の死体が河原を汚染する可能性は否定出来ない。彼らはこの森で暮らしているから、生態系の変化に敏感なのだ。郷に入りては郷に従えという言葉もあるし、そんな彼らが言うのであれば、従わないわけにはいかないだろう。

 

 そんなわけで討伐隊は戦闘後、倒したオークを1箇所に集めると、内臓を取り出して川に捨て、残った死体を可能な限り燃やすという処理を毎回行った。いちいちそんな処理をしているわけだから、夕方ならばそのままキャンプを張ればいいが、午前中だと進軍を犠牲にするしかなかった。

 

 これがまた思わぬ副作用を招いた。

 

 川を行く本隊は、そんなわけでペースを落としていたのだが、それとは関係ないギヨームの捜索隊はいつも通りのペースで進めるわけだから、気がつけば広範囲を歩き回ってるはずの彼らのほうが、本隊よりもだいぶ先行してしまっていたのだ。

 

 彼らは今のところ一度もオークと遭遇していない。だが、これからもそうとは言い切れないだろう。そんなわけで、ギヨーム隊を一時本隊と合流させ、鳳はこの近辺に最初の避難村を作ることにした。そして本隊が先に進んでいる間に、ギヨーム隊には今までに見つけた避難民を呼んできてもらい、ついでに後方のガルガンチュアの村から、物資をここに運び込んでもらおうということである。

 

 高台に登り、適当な場所を見繕って隕石を落とし、飛んできた土砂をケーリュケイオンに吸い込んでから、クレーターになった地面を均す。いつ見ても豪快な鳳の起こす奇跡を前に、討伐隊の面々から感嘆の声が上がった。

 

 ところが、トラブルというのはいっぺんにやってくるもので、この最中にまた面倒なことが起きた。なんと地面を均していた鳳が、突然、何の前触れもなくパタリと倒れてしまったのである。

 

 突然の出来事に泡を食ってパーティーメンバーが駆けつける。しかしいくら調べても鳳の体に異常は見つからない。状況がつかめずに右往左往する討伐隊の面々は、その日は何の作業も手がつかず、無為な時間を過ごしてしまった。

 

 因みに心配された鳳の容態であるが、翌日になったらケロリと回復してしまった。心配かけてすまないと弁明する彼によると、どうやらMP切れを起こしたらしい。

 

「MP切れだって……? ああ! そう言えば、MPが枯渇すると、気絶してしまうんだったな。普通は、人間がMPを切らすことなんてないから、全く思い浮かばなかったぜ」

 

 ギヨームは舌打ちし、心配して損したと管を巻いている。鳳は苦笑いしながら、

 

「実はケーリュケイオンって、結構ごっそりMPを消費するんだよね。ほら、ここんとこ戦闘が続いてただろう? それを忘れてて、うっかり切らしちまったんだ」

「ちゃんとMP管理しとけよ。ステータスを見るだけだろう?」

「一応、そうしてたつもりだったんだけどね……」

 

 鳳は高INTのため、一度の魔法にかなりのMPを消費する。だからいつもMPがカツカツだったのだが、それを回復するには阿片やモルヒネなどのドラッグに頼らねばならないという制約があった。

 

 MPが殆どなかったころは、寧ろ楽しみで吸っていたくらいなのだが、こうしてMP回復手段として日常的に使用するとなると、これが厄介な問題になった。MPを回復しようがしまいが、ドラッグを使えば薬物中毒になるのは変わらないのだ。

 

 一応、MPは自然回復もするのだが、一晩寝ても回復するのは60程度……これは鳳が古代呪文を一回使う分にしかならず、今のように日に二度も戦闘が起きてしまうと、あっという間にMPは尽きてしまう。かといって、それを補うために薬物を乱用すれば、廃人まっしぐらという危険性があった。

 

 鳳はため息交じりに呟いた。

 

「しかしMPってなんなんだろうね。古代呪文はどうやら高次元からやってくる、第五粒子(フィフスエレメント)エネルギーを利用しているわけだから、その受容器官である脳を酷使するのは分かる。でも、その酷使した脳を回復する手段が、危険ドラッグってのはちょっとおかしいよな。これって回復するよりは寧ろ、脳内麻薬を異常分泌させて活性化させるものだろう? だからこそ廃人になっちまうわけだし。脳を回復のためにその脳を酷使するなんておかしいから、MPってのはもしかすると、エネルギーを得るために払う対価のようなものなのかも知れないな」

「そんなの俺に聞かれてもな。それより、配置転換だ。MPが使えないんなら、おまえが本隊にいる必要はないだろう。メアリーと代われよ、あいつなら薬物中毒になる心配もないんだろう?」

「そうなんだよ。神人は超回復があるからか、せいぜい気持ち悪くなるだけで、依存症になったり体に異常を来したりしないみたいなんだよ。ずるいよなあ、俺はこんなに苦労してるっていうのに……消費MPも、メアリーは一回の魔法に俺の半分しか使わないんだぜ? INTは俺よりは低いけど、その差は4しかないくせに。なんでこんなに違うんだろう。やっぱ、神人は古代呪文を使うための体になってるとか、そういうことかね」

「だから知らねえって。そう言うのはレオとやってくれよ。ジジイなら喜んで付き合ってくれるだろうよ」

「まあ、そうだろうな」

 

 鳳は肩をすくめると、仕方ないとギヨームの提案を受け入れた。

 

*******************************

 

 そんなこんなで、鳳の消耗が激しいのもあって、配置換えを行った討伐隊は、改めて北上を再開した。ギヨームの捜索隊に鳳が合流し、メアリーは兵站を兼ねた本隊に陣取り、戦闘が始まったらルーシーを連れて飛んでいく係である。

 

 二人を入れ替えただけなんだから何も変わらないじゃないかと思いきや、これが意外とそうでもないのだ。と言うのも、討伐隊は部隊間の連絡に、鳳パーティーのチャットを利用しているわけだが、このチャットは何故か鳳以外のメンバー同士では通じないため、常に彼が中継役として話に加わらなければならなかった。

 

 そのため本隊から離れて行動しているのに状況だけは伝わってくるから、内容次第ではソワソワせざるを得なかった。例えば、獣人隊が交戦に入ったと聞いて、ジャンヌ隊と本隊に連絡を入れるとする。ジャンヌもメアリーも、了解と返してくるわけだが……たまに暫くして、メアリー辺りから、

 

『ごめん、ツクモ。みんなの姿が見つからないよ。どの辺にいるの? って伝えて』

 

 などと連絡が入ろうものなら、居ても立ってもいられなくなって、今すぐ飛んでいきたい衝動に駆られるわけである。

 

 そんな時は気もそぞろで周りが見えてないせいか、よくギヨームに怒られた。

 

「あのなあ、鳳。全体が見える位置にいるからわからなくもないが、リーダーが何でもかんでもやろうとすんなよ。そうしたいんなら、最初から隊を分ける必要なんて無かっただろう。一度任せたんなら、相手を信用して最後まで任せろ。じゃなきゃ、誰も責任を持って行動しなくなるぞ。リーダーはもっとどっしりと構えてろ」

 

 全くぐうの音も出なかった。ギヨームの言うとおりだと反省しつつ、ハーブを食みながら探索に集中する。

 

 鳳がそんな情けない姿を晒しつつも、配置転換後は特にトラブルもなく、討伐隊はどんどん北上していった。犠牲者は全く出なかったわけではないが、それも想定範囲内といったところで、概ね順調にオーク討伐は進んでいた。因みに、アントンも未だ健在であったが、流石にきつくなってきたのか、今は前線ではなく、本隊で荷物を運ぶ役を負っていた。それを不甲斐ないとボヤいていたが、彼がどんなに悔しくてもそう判断せざるを得ないくらい、状況は悪化の一途を辿っていたのだ。

 

 討伐隊が北上するにつれ、戦闘回数もどんどん増えていった。流域に入って、最初のうちは日に1~2回の戦闘がある程度だったが、それが次第に2~3度となっていって、目的地の川の合流点に到着する頃には、ついにオークと戦っていたら、別の群れが気づいて加勢に来るなんていう状況にまでなってしまった。

 

 こうなるとこの先にどれだけの魔族がいるのか想像もつかなかった。流石にどこまでも増え続けるとは思えないが、今のところ減る兆候は見られなかったから、このまま何も対策をせず漫然と進み続けるのは自殺行為だろう。

 

 鳳はそう判断すると、ここから先はこっちから向かっていくのではなく、敵をおびき寄せながら、少しずつ片付けていこうと提案した。当初の予定通り拠点を構え、ここを中心に少しずつ活動範囲を広げていこうという作戦だ。

 

 作戦を伝えると、そろそろ彼らも限界を感じていたのか、冒険者たちは一も二もなく賛成してくれた。獣人たちの間からも一切不満の声が聞こえなかったのは、もうここに来るまでに、血気盛んな者たちが犠牲になってしまったからだろうか。いつの時代も、最後に生き残るのは臆病者なのだ。

 

 オークは本当に河川から遠くに離れることが無かったため、ギヨームの捜索隊に編入していた鳳はMPを完全回復することが出来ていた。そんなわけでいつものように、避難村を作るべく適当な場所を探そうと、高台を探している時だった。

 

『ツクモ! なんか様子がおかしいの……すぐ上にあがってきて!?』

 

 その高台を見つけるために、上空にあがってもらったメアリーからそんなチャットが舞い込んできた。どうしたんだろうと見上げれば、メアリーはかなり上空まで上がってしまったのか、米粒みたいに小さく見える。

 

 無駄なMPを消費したくないから頼んだわけだが……何もそんなに上がらなくてもいいのにと思いつつ、言われたとおりにレビテーションの魔法で上空へと上がっていくと、彼女はそんな鳳の姿を見つけるなり、手招きしながら北の方角を指差した。

 

 その指の先を見たとき、鳳はあれ? っと違和感を覚えた。何だか森がおかしな形をしているように見えるのだ。そして変だなと思いつつ、メアリーと同じ高さまで上がっていったとき、彼はその違和感が何なのかを知るのだった。

 

 地平線の向こうに隠れていてよく見えなかったが、上空へ上がっている最中、彼はまるでスプーンで掬われたかのように、森が抉れてるような感じがしていたのだ。それは見間違いではなく、全体を見渡せる高さまで上がって来たとき、彼の目に飛び込んできたのは、まるで巨大なナメクジでも這いずったかのように、森の木々がなぎ倒されて、むき出しの地面が覗いているという、無残な光景だった。

 

 そのナメクジが這いずったような痕は何本もあり、それは川に沿って北方へと向かって続き、また水平線の向こうに消えていた。

 


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