「……そうですか。ならば、そこで最後まで見届けなさい。これより始まる、二匹の巨大な化け物の戦いを……!」
カリギュラが一息にそう言った瞬間……突然、彼のその曲がった背中に出来た
すると次の瞬間。洋服の布を引き裂いて、カリギュラの両腕がメキメキと巨大化しはじめた。それは彼の両腕の筋肉が怒張しているのではなく、文字通り巨大化と言ったほうが正しいような、ムクムクと細胞が分裂して膨れ上がっていくような、そんな変身だった。
腕はそのまま、二抱えはありそうな巨木の幹くらいにまで膨れ上がり、その先端の指先から、今度は長くて鋭い、サーベルタイガーの犬歯みたいな爪がぐんぐんと伸びてきた。
変身はまだ終わらず……間もなく、背中でビクビクと蠢いていた瘤がパンと弾けて、今度はその中から毛むくじゃらの何かが飛び出してきた。
それは蛇のように長い首をもつ、ろくろ首だった。まるで破水して母親の胎内から出てきた赤ん坊のようにヌラヌラと光っている。前髪の張り付いた顔の真ん中には、巨大な1つ目がデンと鎮座しており、その周辺に小さな複眼がびっしりと並んでいる。耳は長く、鼻がなく、その長い首は鳥のような形をしていた。だが、そこに嘴はなく、代わりにげっ歯類のように鋭く巨大な前歯が覗いていた。
弾けた瘤は、そのままカリギュラの体を覆い尽くし、腕と同じように細胞分裂して、体全体を風船のように膨らませていった。
巨大化する彼の体はもはや人間の原型を留めておらず、前後に長いトカゲのような形をしており、実際にその背中には爬虫類のような硬い鱗がびっしりと生えていた。手足は短く、ティラノサウルスみたいなシルエットをしており、長い尻尾がムチのようにしなっている。首は鶴のように細長く、しかしその先にはげっ歯類のような異形の顔が乗っかっていた。
やがて細胞分裂が終わると、そこにはまるで子供が絵に書いたようにメチャクチャで、それでいて人間に根源の恐怖を抱かせるような、巨大な生物が立っていた。様々な生物を継ぎ接ぎのように寄せ集めて作ったような、生物学的にはありえない、そんな異形の化け物が、遠くオークキングを見据えて奇妙な咆哮を上げる。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!」
それは声と言うよりも、鼓膜を破るようなただの振動音だった。それを間近に受けてしまった逃げ遅れの帝国参謀が、三半規管をやられでもしたのか、目を回して四つん這いになりながら逃げていった。
化け物はそんな彼の姿を見届けてから振り返り、遠くからこちらを凝視している緑の巨大なオークキングに向かって、その大きな口を開けると……カッ! っと強烈な光をまとったエネルギー弾が、その口からものすごい速さで飛んでいった。
しかしオークキングが迫る光球をまるでハエでも払うかのように軽く払いのけると、逸れた球はそのまま地面に激突し、ものすごい爆風と共に、雲にまで届きそうな巨大な土柱を巻き上げた。
ドドドドドドド……地響きを立て、直撃をくらった何体ものオークが吹き飛んでいく。あまりの衝撃に立っていられない人々が地面に伏せて、バチバチと空から降ってくる土塊から身を守っている。
しかし、二匹の化け物はそんな周囲の状況などお構いなしに、互いに互いの敵を認めるようににらみ合い……次の瞬間、
「ウオオオオオオオオオオオォォォーーーーーーッッ!!!」
っという咆哮と共に、オークキングの巨体が信じられないスピードで、帝国本陣にいる化け物めがけてすっ飛んでいった。
ゴゴゴーーンンン……2つの影が交差すると、まるで工事現場の鉄骨がぶつかり合ってるかのような音が鳴った。とても有機物の肉体を持つ生物同士が出すような音には思えない。彼らが一撃、一撃、繰り出すごとに、そんな異常な音が戦場に轟いた。
「きゃあっ!」
その衝撃波を受けて耐えきれなくなった馬が、鞍上のスカーサハを振り落として一目散に逃げていった。河川敷に投げ出された彼女を抱き起こそうとして勇者軍の精鋭達が駆け寄ってくる。しかし彼女は差し出された手には見向きもせず、ただ一点を指差しながら、驚愕の表情を浮かべていた。
腰を抜かしてカタカタと震えるスカーサハが、その震える指先で二匹の化け物を差しながら、
「そんな……だって……あれは……勇者が倒したはずじゃなかったの……?」
彼女はゴクリとツバを飲み込むと、ほとんど悲鳴に近い叫び声を上げた。
「ジャバウォック!!」
300年前の魔王の名前を叫ぶ彼女の瞳には、二匹の化け物による激しい戦闘が映っていた。
ブクブクと太った巨大な肉の塊でありながら、信じられない速度で攻撃を繰り出すオークキング。その剛腕から打ち出されるパンチは衝撃波をまとって、当たればその振動で皮膚が裂け、小さな神人など一発で弾け飛ぶほどの威力である。
対するジャバウォックはそんな強烈な一撃を、これまた目にも留まらぬ尻尾の一撃で叩き落とし、その衝撃で上体がのけぞったオークキングの懐へと飛び込んでいく。異形の化け物はそのまま蛇のようにくねる首を、オークキングの体に巻き付け、げっ歯類のような鋭い歯を首筋に突き刺した。
その瞬間、爆音のような苦痛の叫び声が草原に響き渡り、オークキングの首筋から気持ち悪いドロドロとした青色の血液が噴き出した。頸動脈に達したげっ歯類の歯が、容赦なく血管を引きちぎる。
その強烈な痛みに火事場の馬鹿力を発揮したオークキングは、巻き付くジャバウォックの首を強引に引き剥がすと、それをそのまま真っ二つに引き裂いた。血しぶきが上がり、ジャバウォックの気持ちの悪い首が空中に舞い、そこには首なしのトカゲの体だけが残されていた。
これで勝敗はついたかに見えたが、しかし、首なしトカゲはそれでもまだ倒れること無く、指先の鋭い爪を使ってオークキングの皮膚をズタズタに切り裂くと、たったいま首がもげたばかりの付け根の辺りから、ブクブクと泡立つように何かが飛び出してきて、次の瞬間には、また元通りのろくろ首がそこに生えているのであった。
白目しか無い巨大な眼が怪しく光り、周囲を取り巻く複眼がギョロギョロとあちこちを見回す。開いた口からまた強烈な光を発するエネルギー弾が閃き、至近距離でオークキングに直撃すると、化け物はそのまま20メートルくらい上空に吹き飛び、ズズンッ! っと土埃を上げて地面に落っこちた。
高所から、数十トンはありそうな巨体が落下して、普通なら無事で済むとは思えない。だが地面をゴロゴロと転がるオークキングは、それだけの衝撃を受けてもほぼ無傷で、足を振り上げ、その反動で背中の筋肉を収縮させ、手をつくこと無く地面から飛び上がり着地した。
腹回りに垂れ下がった皮下脂肪がまるで別の生き物のように波打っている。ただ巨大であるわけではない。ただのデブであるわけでもない。オークキングとは、この醜悪な体で一つの生き物として完成されているのだ。
ジャバウォックが不意打ちを食らわせるように、立ち上がりを目掛けて突き進んでくる。長い首をブンと振り回し、その反動で尻尾を突き刺すようにオークキングに当てると、バリバリと空気が裂ける耳障りな音が鳴り響き、遅れて衝撃波が辺りの人や物を吹き飛ばした。直撃したオークキングの皮膚がグロテスクにめくれ上がり、中の肉片が外に飛び出す。
しかしそんな強烈な一撃を食らって怯みながらも、なお倒れないオークキングは尻尾の反対側でフラフラと動いていたジャバウォックの首をとっ捕まえると、ぐるぐるとジャイアントスイングの要領で振り回しては、遠心力を利用してその体を地面に叩きつけた。
瞬間、またその化け物の首が根っこから千切れて吹き飛び、ゴロゴロとトカゲの胴体だけが転がっていく。それが遠くの方で滑るように立ち止まると、またその首の付根からブクブクと泡立つように肉が盛り上がり、元通りの首が生えてくるのだった。トカゲのしっぽならぬ、ジャバウォックの首である。
両者距離を取りながらにらみ合い、次の手を模索するようにゆっくりと円を描く。しかし遠距離ならジャバウォックの方が分があったようだ。化け物が歯がむき出しの口を大きく開くと、その前方にきらめく高温の光が集まってくる。
ところが、いよいよそれが放たれようとした時、突然、ジャバウォックの体がグラグラと揺れて、光球はオークキングを逸れて全然違う場所へと飛んでいった。
二匹の化け物の戦いを呆然と眺めていた人々は、はじめ何が起きたのか分からず戸惑った。
見れば、ジャバウォックの足元で小さな何かが虫のように蠢いている。なんだろうとよくよく目を凝らせば、驚いたことに、巨大な二匹の生物の前に錯覚してしまったが、それは数十からのオークの群れだった。
無数のオークたちが、まるでキングに加勢するかのように、ジャバウォックの足元で蠢いている。一体一体は大したこと無いが、流石にそれだけの数に取り憑かれると、その巨大怪獣も無視は出来ず、尻尾を振り回してまとわりつくオークの群れを蹴散らし始めた。
だが、目の前の敵をおろそかにして、そんなものに気を取られていては、この対決も勝負があっただろう。動きが緩慢になったジャバウォックの隙を見逃さずに、オークキングは猛烈な速度で一直線に相手に肉薄すると、足元でキングのために道を作っていたオーク共を踏み潰しながら、強烈な一撃をジャバウォックの胴体へと突き刺した。
ズズンッ! ……っと、腹の底から震えるような衝撃音が草原に鳴り響き、オークキングの腕がアッパーカットのような格好で、ジャバウォックの心臓辺りに突き刺さった。瞬間、化け物の体のあちこちから、鉄砲水のように血液が噴き出して、全身の筋肉が痙攣するようにビクビクと震えた。
オークキングの腕が突き刺さった反対側……その衝撃で背中の方から何かが飛び出し、数十メートルほどの高さまで上がってから、弧を描いて地面に落っこちた。もしや、心臓が体を突き破って飛び出したのかと思いきや、よく見ればそれは人の形をしていた。
地面に叩きつけられたその何かが、まるで生まれたての子鹿のようにブルブルと震えながら立ち上がろうと躍起になっている。それは人の形をしていたが、まるで老人のように背中が曲がっている、白髪の神人だった。
オルフェウス卿カリギュラは、ジャバウォックの胎内から排出されると、地面に叩きつけられて深手を負った。神人特有の超回復は行われず、体のあちこちからジュウジュウと煙が上がっている。
それでもまだ立ち上がろうとする彼は、腕を怒張させ、背中の瘤をうごめかせ、自分の体を変形させようと力をこめた。しかし、そこまでだった。激しい戦闘の末に半分溶けるように焼けただれていた体は、もはや言うことを聞かず、彼はそのまま変形の途中で地面に倒れ伏してしまった。
片腕だけが異常に膨れ上がり、背中から気持ち悪い泡のような肉片をぶら下げた、異形の神人が地面でのたうち回っている。帝国人たちはそれがオルフェウス卿であることに気づいていたが、助けようとして近寄ってくる者など誰もおらず、最後まで彼と共にいると言っていた参謀は、遠くの方でゲロを吐いていた。
カリギュラはそれを見て、ふっと表情を緩めると、「ここまでか……」と呟いて、地面に大の字に寝転がった。さっきまで彼だった巨大な肉塊に、オークたちが群がっている。それらは好き勝手にトカゲの肉を引きちぎって、まるでバーベキューでもしているかのように口に頬張り、雄叫びをあげていた。
対するオークキングはそんなものには目もくれず、地面に落ちたコア……カリギュラをロックオンし、ズシンズシンと足音をたてて、ゆっくりと彼の方へと近づいてきた。
きっと、自分を取り込もうとしているのだろう。すると、次の魔王はこのブクブクと太った巨人ということだ。カリギュラはおかしくもないのに、自然と顔がほころぶのを感じていた。これでやっと、解放される……
大将が倒れているというのに、遠巻きに見てるだけで助けようとしない帝国人たちの向こう側には、先程まで敵味方に別れて戦っていた勇者軍の姿が見えた。白馬にまたがって一際目立つ男は、あれはヴァルトシュタインだろうか。その横には馬を放した神人スカーサハが立っている。自分が死んだ後、あの二人だけでこの場を対処できるだろうか……だがもうやるだけのことはやった。後のことなど考えてもしょうがないだろう。
彼はまたごろりと脱力すると、自分の方へ近寄ってくる巨大なオークキングを頭越しに見上げた。上下逆さまになった異形が、夕日に照らされて赤く染まっている。今まで数百年間、生きるために様々な物を食べて来たが、捕食されるとはどんな気持ちなんだろうか……
半ば投げやりにそんなことを考えている時だった……彼は、オークキングの遥か後方、上空に何かが浮かんでいるのに気がついた。
7つの点のように見えるそれは星とは違って自ら光ることはなく、逆に夕日を浴びてほんのりと赤く輝いて見えた。
何かがいる。巨大な鳥だろうか? オークキングの肩越しに、ぼんやりとそれを眺めていると、その7つの影はやがて4つと3つに別れて、片方は水平線方向、勇者軍の陣地へと向かい、もう片方の4つの影は、上空へと上がっていった。いや……上空へ向かっているのではない。あれは、こちらへ近づいてきているのだ。
あれはなんだろうか……?
カリギュラは、徐々に大きくなってくる影を凝視し、ついにそれが人間の形をしていることに気がつくと、心の底から沸き上がってくる高揚感を抑えきれずに叫んだ。
「来たか……さあ、勇者様のご帰還だ!!」