ラストスタリオン   作:水月一人

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空襲

 大森林の北西河川流域を探索していた鳳たちオーク討伐隊の一行は、ヘルメス領へ続く流域に入った瞬間、それまでとは打って変わって大量発生したオークの群れに阻まれ、進軍速度を落としていた。一日に二度も三度も起こる戦闘に討伐隊はどんどん疲弊していった。

 

 オークがどうしてこんなに増えたか分からないが、このペースを維持し続けるのは困難と考えた討伐隊は、北の合流点までやってくると、そこに拠点村を作り、ゆっくり周辺を掃討していこうと方針を変えることに決めた。

 

 しかし、鳳が新たな拠点を作るべく候補地を探している時、レビテーションの魔法で上空に上がったメアリーが何かに気づき彼を呼んだ。何かあったのだろうか? と、そうして上空に上がった彼が目にしたものは、まるでナメクジでも這いずったかのように、綺麗になぎ倒された木々が作る道だった。

 

 遠目だから分からないが、一本一本の木は樹齢数十年から百年を越える立派な木のはずだった。それが何十本も何百本もなぎ倒されている、あれはなんなのか?

 

 嫌な予感がしながら鳳とメアリーの二人がその痕を追ってほんの少し北へと進むと、やがて彼らの目に飛び込んできたのは、ブルドーザーのように木々をなぎ倒しながら進む、おびただしい数のオークの群れだった。

 

「……オークの大軍だって? それも、今までの比じゃない数の」

 

 鳳たちはそれを発見するや、慌ててキャンプ地へと戻り、いま自分たちが見てきたものをみんなに話した。

 

「ああ、今までは多くてもせいぜい50体かそこらの村規模だったろう? でも、俺達が上空で見たのは、それじゃ全然きかない数のオークが森の木々をなぎ倒しながら進む姿だった。ざっと見ただけでも数百は越えてた。地平線の向こうに消えて先頭は見えなかったが、恐らく、数千を越えるオークの群れが、まっすぐ北に向かってるようだった」

「数千だと!? そんなのもう、俺たちだけじゃどうしようもないだろう! 国家規模の戦力が必要だ……」

「ああ、その通りだ。あんなのもう、オークの群れとかそんなレベルじゃない。言うなればオークの国家だよ」

 

 鳳がそう言うと、冒険者たちの間に動揺が走った。もしそんなのと出くわしていたら、果たして無事で済んだだろうか。今まで何事もなくここまでこれたのは、ただの運に過ぎなかったのだ。

 

 冒険者たちの中では格下のアントンが、ブルブルと震えながら申し訳無さそうに鳳に向かって言った。

 

「すまない……これ以上は俺じゃ役に立ちそうもない。足手まといになるくらいなら、ここに置いていってくれ」

 

 するとそれを聞いていたサムソンが苛立たしげに彼の頭を叩くと、

 

「バカモン! そんなのはここにいるみんなが思ってることだ。口に出して言うことじゃない。大体、そんな群れに突っ込むなんて、わざわざ餌になりにいくようなものだ。それでも、何もしないわけにもいかないから、みんなで相談してるんじゃないか」

「ご、ごめん……」

「それで勇者よ。おまえには何か策があるのか?」

 

 サムソンがそう言って鳳の指示を仰ぐと、その場にいた冒険者たちの真剣な眼差しが彼に集中した。彼は少々気圧されながら、

 

「二人が言う通り、正直、俺達だけじゃもうどうこう出来る問題じゃない。早急に、国家レベルの対策が必要だ。オークの群れは見たところ、川に沿ってまっすぐ北へと向かっているから、このまま進めば帝国ヘルメス領へ出るだろう。俺はそこにいる帝国軍に助けを求めるのが一番だと思う」

 

 帝国軍という言葉を聞いて、場の雰囲気が少し重苦しくなった。ここにいる大半は勇者領の冒険者たちだったから、帝国軍に頼るのがいやなのだろう。だが、もはやそんなことを言ってる場合ではないので、

 

「幸いと言っていいかわからないが、現在、帝国軍本隊がいるはずのフェニックスの街にはポータルで飛んでいける。誰かが行って、そこにいる帝国軍に助けを求めるしかないだろう」

「しかし、こんな話、信じてもらえるだろうか? 大森林の中で魔族が大発生して、帝国へ大軍が向かっているなんて……大体、今は戦争中なんだろう? 国境の守りを放棄するようなこと聞くわけない。どうやって調べたんだと言われるのが落ちだ」

「それでも何も言わないわけにもいかないだろう。例え対応が遅れたとしても、知ってるのと知らないのとではわけが違う。そのためにも、情報だけは伝えなきゃ」

「しかし、こっちが善意で伝えてるのに、相手が信じてくれないなら意味ないんじゃないか。下手したらスパイを疑われてとっ捕まったり、拷問されるかも知れん。なのに俺たちがそこまで義理を果たす必要はあるんだろうか」

 

 冒険者たちの反応は鈍い。相手とは戦争中という心理的な抵抗があることや、行けばほぼ確実に拘束されるだろうから、気がのらないのだろう。しかも、疑いが晴れるのはヘルメスが蹂躙された後なのだ。

 

 かと言って、このままオークの軍団を追い掛けていって、それを倒せる戦力があるわけでもない。討伐隊の面々が考えあぐねていると……

 

「……じゃあ、俺が行くよ」

 

 場を沈黙が支配する中で、控えめに手を上げながら、アントンが名乗り出た。

 

「さっきも言ったけど、俺はもうこの戦いについていけてない。だから何日拘束されようが、拷問されようが、誰も困らないじゃないか。だったら、俺が適任だろう?」

 

 討伐隊で味噌っかす扱いだったアントンが、思いがけずそんな勇気を示したからか、討伐隊の間に動揺が走った。それは彼を馬鹿にしているからではなく、自分たちの不甲斐なさを嘆いたものだった。

 

「馬鹿野郎! おまえが一人で行ったところで、話すら聞いてもらえるわけないじゃねえか」

「じゃあ、どうすりゃいいってんだよ!?」

「俺も行くぞ」

 

 そんなアントンに続いて、討伐隊の他のメンバーが、俺も俺もと次々と名乗りを上げる。一番、勇気が足りない彼が男を見せようというのだ、ここで乗らなければ嘘であろう。そんな冒険者たちの心理が分からず、アントンはぽかんとしている。

 

「もう、こうなったら行けるやつ全員で行ったらいいだろう。これだけの数の冒険者が一斉に証言するなら、流石に相手も無視は出来まい」

 

 結局、ほとんどの冒険者達が名乗りを上げたことで、そういう結論になった。フェニックスの街には、ポータルに乗れる人間の冒険者が行き、残った獣人がこの場所を死守するという役割分担である。

 

 方針が決まり、冒険者たちが荷物をまとめる中で、鳳は一人その場に佇み、彼らの準備をじっと待っていた。そんな彼を不審に思い、手荷物をチャッチャと片付けてしまったサムソンが近づいてきて言った。

 

「勇者よ。おまえは荷物をまとめなくていいのか?」

「ん、ああ……俺はここに残ろうかと思って」

 

 まさかの討伐隊のリーダーの言葉に、移動の準備をしていた冒険者たちの手が止まる。鳳は流石に理由を話さねば誰も承知してくれないかと思い、少し言いづらそうに、

 

「実は、ポータルは片道切符なんだよ。ここに戻ってこようと思ったら、またガルガンチュアの村から歩いてこなきゃならない」

「それは知っているし、前も聞いたぞ。俺はここに残って何をしようと言うのかと聞いてるんだ」

 

 サムソンに他意はなく、純粋にどうしてなのかを知りたがっているようだった。無論、鳳もズルをしたくてここに残ると言ってるわけではなかった。ただ、それを口にするのは憚られると言うか、出来れば誰にも聞かれたくなかったのだ。

 

 しかしサムソンはそんな鳳の気持ちを慮ってか、

 

「勇者よ……いや、リーダー。俺は別にお前が不正をしてると咎めているわけじゃない。単純に、ここでやり残したことがあるのだとすれば、それが何なのか気になるから、教えて欲しいだけなのだ。それは俺にも出来ることなのか?」

 

 理由を説明しづらく、返答に困っていると、サムソンはふっと表情を和らげてから、

 

「お前は隠してるつもりなんだろうが、今更誰もお前が勇者であることを疑ってなんかいない。杖の力だなんだと誤魔化しているが、お前が見せた奇跡の数々は、全部お前の能力だと気づいている。何故、人間のお前が禁呪と呼ばれるタウンポータルの呪文を使えるのか、そして勇者であることを隠しているのか知らんが、そんなことを抜きにしても、俺はリーダーであるお前の力になりたい。みんなもそう思ってるはずだ」

 

 サムソンがそう言うと、周りを取り囲んでいた冒険者達が同じように柔らかい表情で頷いた。お前が隠してるから合わせてやってたが、そんなものはとっくに知ってると言いたげな表情だった。

 

「足手まといだと言うならそう言ってくれて構わない。お前がここに残ってやろうとしていることが、もしも俺に手伝えることなら、遠慮なく言ってくれ。死ねと言われたらそりゃ断るが、多少の危険は承知で冒険者になったつもりだ」

 

 サムソンの言葉は真摯であり、だからこそ適当な嘘ではぐらかすわけにはいかなかった。鳳はポリポリと後頭部を引っ掻きながら、

 

「うん、まあ、足手まといってことはないんだけど、多分、みんなが残ってもあんまり意味がないんだ。俺は、簡単に言えば、オークの群れがヘルメス領に到達する前に、出来るだけその数を減らしておけないかと思ってさ……」

「なにぃ!? オークの軍団と戦おうと言うのか!? だったらなおさら、俺達の力が必要なんじゃないのか?」

 

 冒険者たちの間にどよめきが起きる。鳳は首を振って、

 

「いや、人が多いとかえって邪魔なんだ。俺が何をしようとしてるかって言うと……ほら、避難所を作る時にいつも隕石を降らせてただろ?」

「あ、ああ……やっぱり、あれも杖の力じゃなかったんだな?」

 

 鳳はおいおい……と思ったが黙っていた。勇者の力を信じるとか言ってたくせに、まあ、実際こんなものだろう。頭ではそう思っていても、中々受け入れがたいのが勇者の力である。だってこんなの、本来ゲームの中でしかあり得ないのだから。彼は続けて、

 

「あれは強力な魔法なんだけど、問題は狙いがさっぱり定まらないことなんだ。ある程度の範囲は絞れても、どこに落ちるかわからない。被害も大きい。だから戦闘では使えなかったんだけど……オークは今なんか知らないけど、固まって行動しているだろう? あれなら狙いがいい加減でも、外すほうが難しいから、行って何発か打ち込んでやろうかと思って」

「なるほど、そういうことか」

 

 鳳の話を聞いて、サムソンを含めた冒険者たちは納得しているようだった。それなら確かに少数精鋭のほうが動きやすいし、第一、鳳なら空を飛んでいけば森を歩くよりも断然早い。サポートには、いつもの鳳パーティがいれば十分だから、冒険者たちは必要がないというわけだ。

 

 冒険者たちは納得すると、鳳の代わりにフェニックスの街へ行って、帝国軍に話をつけると約束してくれた。彼らは撤収の準備を終えた者から順に、ポータルに入っていった。鳳の作るポータルは数分もすれば消えてしまい、MPの無駄になるからそう何度も作れないのだが、急いでポータルをくぐり抜けていく冒険者たちの列から離れて、アントンは自分の番になると鳳の前まで寄って来て、突然こんなことを言い出した。

 

「鳳……縁起でもないと笑われるかも知れないが、最後になるかも知れないから言うよ。おまえ、本当はミーティアのこと何とも思ってないだろう?」

「え……?」

 

 まさかこんな時間もない時にそんなことを言われるとは思わず、何も考えていなかった彼は返事が出来なかった。アントンはそれを肯定と受け取ったのか、

 

「実は最初っから気づいていたんだ。伊達に生まれたときからの付き合いじゃないからな。あいつが嘘を吐いていたら、すぐにわかるよ……あいつに恋人のふりしてくれって、頼まれたんだろう? あいつ……俺のことが好きで好きで、しょうがなかったみたいだからな……」

「………………」

 

 それは色男の傲慢か、それとも幼馴染の苛立ちか、判別がつかなかったが……

 

「でも、俺はエリーゼが好きなんだ。だから、あいつが嘘を吐いているとわかっても、気づかない振りをするしかなかった。願わくば、そんなあいつが連れてきたおまえがいいやつだったらと思って……おまえは本当に、いいやつだよ。だから、俺はホッとしたんだ。勝手かも知れないけど、おまえがあいつのことを幸せにしてくれたら嬉しい」

 

 アントンは、ちょっと格好つけすぎたかなと言った感じに軽くはにかんでから、

 

「おまえは本当は、あいつのこと何とも思ってないのかも知れないが、あいつは多分、おまえのこと好きだと思うよ。俺もおまえたちのことが好きなんだ。だからさ、無事に帰ったら、また四人でどっか遊びに行こうぜ」

 

 彼はそう言うと、時間が惜しいと言わんばかりに、鳳の返事を聞かずにさっさとポータルに入ってしまった。

 

 そんな彼の背中に、『死ぬなよ』という声が掛かったが、彼が心配しているのは、自分の身の安全のことではない。この場に残るという、鳳のことだった。アントンは自分では力になれないという不甲斐なさに奥歯を噛み締めながらポータルをくぐり、出た先で待っていた冒険者たちの中に入っていった。

 

 周囲を見回してみるとそこはもう森の中ではなく、すぐ近くに小高い丘が見える穀倉地帯の真ん中だった。

 

 冒険者達が、本当に一瞬でどこにでも飛んでいけるのだなと感嘆の声を上げていると、すぐ近くに見える街の門から、馬に乗った兵隊らしき軍団が彼らの元へと近寄ってきた。

 

 先頭の馬にまたがっているのは金髪碧眼の神人であり、冒険者達は早速帝国軍のお出ましだと気を引き締めたのであるが、ところが意外にも彼らの元へ近づいてきたのは帝国軍ではなくて、

 

「そこの連中! 貴様ら一体どこから現れた! 我が名はペルメル! 勇者軍預かりの将にして、ヘルメス卿アイザック様一の部下である! ここを勇者軍の陣営と知っての狼藉か! 反抗する気がないのならば、今すぐ武器を捨てよ! 手向かうものは切る!」

 

 その言葉を聞いて冒険者達がどよめいた。彼らはここに駐屯しているはずの帝国軍に会いに来たはずが、まさかそこに勇者軍がいるなんて思いもよらず面食らった。彼らが大森林にいる間に、いつの間にか戦況が変わって、勇者軍が街を奪還したのだろうか。

 

 一体どうやったんだと興味は尽きなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。冒険者たちの代表が慌てて武器を捨ててから、ペルメルの元へと歩み寄った。

 

「待って下さい! 俺たちは帝国軍じゃありません。勇者領の冒険者です。実は、ヴィンチ村のレオナルドに依頼されて、大森林を調査していたところ、早急にお伝えしなければならない事態に遭遇し、ここへやってきたんです」

「なに? レオナルドの依頼と言うと……君等は鳳様の部下なのか?」

 

 まさかまだ何も言っていないのに鳳の名前が出てくるとは……彼らが一も二もなく頷くと、ペルメルはすぐに事情を察して、

 

「鳳様がいるならば、ここへはポータルを使って飛んできたのだな?」

「は、はい!」

「どうやら本当のようだ。何か急ぎの用事があるのか? ならばすぐにヘルメス卿に会わせよう、ついてこい」

 

 ペルメルはそう言うと、馬を返して冒険者達に道を開けた。最悪の場合、監禁拷問される覚悟までしていた彼らは、ほんの少し拍子抜けに思いつつも、この幸運に感謝してペルメルの後に続いた。

 

***********************************

 

 アントンがポータルに消え、次々と冒険者たちがフェニックスの街へと去っていく中で、最後まで残ったサムソンは、くるりと向きを変えた。

 

「やはり、俺も残ろう」

「……え? サムソンさんいかないの? もうそろそろポータル消えちゃうけど」

 

 慌てて鳳が彼の背中を押そうとするが、サムソンは意に介さず、

 

「勇者が残る、ジャンヌも残ると言うのであれば、俺も残らないわけにはいかん。お前は軽く言っているが、これから向かおうとしている先は死地であろう。なのに、人類最強である俺が残らんでどうするんだ」

「でも……」

「何事も起きなければそれでいい。だが、もしも近接戦闘が起きた場合、きっと俺は役に立つはずだ。邪魔はせん。どうしても駄目だというならここに残る。それだけだ」

 

 サムソンはそう言うと鳳の手を払い除けて、その場にデンと腰を下ろした。どうやら彼の決意は固いようである。鳳がどうしたものかと考えあぐねていると、

 

「いいんじゃねえか。どうせここに残ってもやることはねえんだし、一緒に死んでくれるってんなら、断る理由はないだろう」

 

 ギヨームがサムソンの味方をして言う。鳳はため息交じりに、

 

「死ぬつもりはないぞ」

「だったら尚更だろ。どうせおまえ、遠慮して他の連中を街に戻したんだろうが、人手は多いにこしたことはない。そうだろ?」

「……わかったよ。それじゃマニ、俺たちはオークを追っかけて北上するから、おまえはここで獣人達を指揮して、これ以上のオークの侵入を阻止してくれ」

「いえ、僕も行きますよ?」

 

 鳳が言うと、マニは目をパチクリしながら返事した。

 

「え? おまえも来んの?」

「はい。そのつもりだったんですけど……駄目ですか?」

 

 するとまたギヨームが割って入って、

 

「そうしてもらえ。おまえ、忘れてると思うが、このパーティーは後衛だらけで、いざ戦闘となったら意外と脆いんだ。ジャンヌとサムソンだけでも十分かも知れねえが、獣王様が入ってくれれば百人力だ」

 

 ギヨームのマニの評価は思いの外高いようだ。鳳はそれもそうかと納得し、とにかく、自分が全員を無事に帰してあげればそれでいいんだと覚悟を決めると、

 

「それじゃあ……俺とジャンヌ、ギヨーム、メアリー、ルーシー、マニ、サムソン……この7人でオークを追いかける。近接組はやる気があるようだが、基本的に近接戦闘は避ける。上空から一撃離脱を繰り返し、オークの数を減らすことを優先とする。これでいいな?」

「わかったぜ」「異論はない」「では、行きましょうか」

 

 仲間たちはそれぞれ返事を返すと、鳳の後に従った。

 

 作戦は先の通り、上空からの一撃離脱戦法である。まずは鳳とメアリーがレビテーションの呪文でみんなを浮かし、滑空してオークの群れを追いかける。森の中を歩けば1キロ進むのにも30分~1時間はかかると言うのに、この方法ならほんの一分程度で進めるのだから、本当に馬鹿らしいとギヨームがボヤいていた。

 

 だが、上空からというのもメリットばかりではなく、着地点に何が潜んでいるかはわからないから、その時は近接組に露払いして貰わなければならなかった。

 

 彼らはオークの群れを見つけると、その近辺に降り立ち、まずは周辺に敵がいれば索敵排除、続いて鳳が適当な高台に立ち、メテオストライクの呪文を唱え、首尾よくオークの頭上に落としたら離脱するということを繰り返した。

 

 しかしそうやってかなりの数のオークを排除しても、追いかける先にはまだまだいくらでもオークがいるようだった。オークの集団は川沿いの広範囲にどこまでも続いており、一度の爆撃で数百からの魔族を倒しているというのに、終わりは一向に見えなかった。

 

 そのうち、オーク退治の要である鳳のMPが尽きてしまい、夜も近づいていたために彼らは最初のキャンプを張った。

 

 鳳はMP回復のために薬物を大量摂取しなければならなかったのだが、一度にそれだけ大量の薬物を投与したことは始めてであり、焦りや疲れもあったのか、間もなく体温が低下して昏睡状態に陥ってしまった。

 

 それに気づいたジャンヌが慌てて彼が飲んでいた薬物を吐き出させたが、何しろ様々な薬に手を出してるような男だから、全てを取り除くことは出来ず……パーティーは鳳が昏倒したまま不安な夜を過ごすことになった。

 

 翌朝、彼は何事もなく起きてきたが、顔色は青く、とても戦闘が出来るようには見えなかった。薬を吐き出させたせいでMPも半分しか回復しておらず、とても初日のような活躍は見込めない。

 

 それでもオークは待ってくれないから、彼は仲間の反対を押し切り、昨日に続いて一撃離脱戦法を繰り返した。

 

 ただし、同じ轍を踏まないよう、今度はレビテーションは完全にメアリーに任せ、自分はメテオストライクだけに集中し、合間合間に休憩を取ってMP回復に努めるという作戦に切り替えた。

 

 お陰で安定はしたが処理速度はだいぶ落ちてしまい、彼はイライラしながら阿片だのコカだのの違法ドラッグに手を出すという、何とも言えない状況に陥った。この世界で始めてMPポーションの効能に気づいて以来、いつも仲間に呆れられながらも楽しんでいたというのに、今はちっとも楽しくない。それを見るのも苦痛なくらいだった。

 

 そんな具合にほぼ休み無く薬を打ち続け、ついでに魔法も打ち続けていると、段々自分が何をしているのか彼は分からなくなってきた。視界はクリアで頭もよく回るのだが、なんだか同じ場所をぐるぐる回ってるようなそんな徒労感を感じる。頭に血が上っていてこめかみの血管が絶えずピクピクと動き続け、まるで頭の中に別の生き物を飼っているような感じだった。

 

 昼間っからそんなに薬物を過剰摂取していたから、夜は当然眠ることが出来ず、彼は体が泥のように疲れているというのに、頭だけは異常に冴えているという状態で一夜を過ごす羽目になった。

 

 周りがすやすやと寝息を立てている中で、彼はとにかく疲れを取らなきゃという義務感だけで横になり、煩悶としながら夜が明けるのを待っていた。じっとりとした寝汗が体にまとわりついて気持ち悪い。話し相手もいないから、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。時折、ステータスを確認しては、MPが回復しているのを見てホッとするのが唯一の楽しみであった。

 

 月明かりも届かない真っ暗な森の中で、野生動物の鳴き声すら聞こえないひっそりとした闇に包まれ、彼はどうして自分はこんな目に遭っているのだろうと思った。

 

 この世界にやってきたあの日、彼は勇者の力を与えられ、女も抱き放題だと言われ無邪気に喜んだ。でもそれは間違いで、彼には当たり前の力すら無く、このゲームみたいな世界の中で散々苦労させられた。だが今にして思えば、それはそれで楽しかったのだ。

 

 なのに今はどうだろうか。本当に勇者としての力に目覚めた彼は、最強の冒険者であるサムソンをも驚愕させ、圧倒的な力で魔族を蹂躙している。でもそこに転がっているのは苦痛ばかりで、ちっとも楽しくなんかなかった。きっと力がなければこんなことはしようとすら思わなかっただろう。なまじ力なんかを手に入れてしまったからこんなことになるのだ。

 

 奇跡には代償が必要なのだ。無邪気に冒険を楽しんでいたあの頃のほうが、よほど夢を見ていられた。こうして力を得た今、現実は、ただ彼に苦痛しか与えなかった。

 

 夜が明けて太陽が昇る。木漏れ日が差してまた新しい一日が始まる。彼はそんな緑色に輝く天井を見上げながらポツリと呟いた。

 

「だめだこりゃ……」

 

 彼は仲間が起き出してくるのを待ってギブアップを宣言した。

 

「すまん。オークを少しでも多く排除しようと思ってたんだけど、物には限度がある。このまま続けていたら、多分、俺は中毒になる前に廃人になっちまう。だからちょっとやり方を変えよう」

「ええ、そうよ、絶対そうした方がいいわ。あなた、自分がどんな顔してるか知ってる? ひどい顔よ……」

 

 ジャンヌが鳳の目を覗き込み、心配そうにつぶやく。鳳とは逆に綺麗になった彼女にそう言われると、なんだか非常に傷ついた。

 

「俺もそうしたほうがいいと思うが……これからどうする? ポータルで冒険者たちの後を追うか?」

 

 ギヨームが言う。鳳は首を振って、

 

「いや、今から追い掛けても単に2日のロスにしかならない。それよりも、このまま北上を続けて、オークの先回りをしたい。正直、この大軍の先頭が、今どこまで進んでいるかわからないけど、このままいけば確実にヘルメス領に入るだろう? 先回りして、森の出口にいる人々や集落なんかに、さっさと逃げるように触れ回った方がいい」

「それが現実的か。冒険者達が上手く軍を動かしてくれてればいいが、あまり期待は持てそうにないしな」

 

 空を飛べば日に100キロ進むのも容易い。彼らは方針転換すると、川から少し離れた場所を、ひたすらまっすぐ北へ進んだ。

 

 そうしてそれから二日後の夕刻、彼らはついに大森林の端までたどり着き、それを見つけた。

 

 それは二匹の怪物がぶつかり合う、とてもこの世のものとは思えない光景だった。

 


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