ラストスタリオン   作:水月一人

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電撃

 北上するオークの間引きを断念した鳳たち一行は、それならば今度はと、このままオークが進み続けた場合に予想される被災地に先回りして、注意喚起しようと動き出した。レビテーションの魔法を駆使して、滑空するように進めば日に100キロは進める。そうやって稼いだ距離で彼らはあっという間に大森林を抜けてヘルメス領が見えるところまでやってきた。

 

 北へ進めば進むほど、オークの群れの数は増え続け、それらが作る道幅は広くなっていった。一体どれほどのオークが存在するのか、数えるのは不可能だったが、ただここまでくると分かるのは、大森林に侵入してきたオークたちはみんな、一団に集まってきて、ひたすら川を遡上するという性質があったということだ。

 

 それは川を遡上する鮭の群れのように、DNAがそう命じるのか、それとも別の理由があるのか分からなかったが……そんな時、群れを追い掛けて森の外縁にたどり着いた彼らの目に飛び込んできた光景が、その可能性の一つを示唆していた。そこに王がいたのだ。

 

 森の先に広がっていた平野には、思いがけず人間の軍隊が集まっていた。先行した冒険者達がやってくれたのか? と思いもしたが、どうもそれとは様子が違い、どうやら彼らはたまたまここを戦場にして戦っていた、帝国・勇者両軍のようだった。

 

 こんな偶然があるのか? と思いつつ、とにかく助かったとほっと胸をなでおろした一行であったが……残念ながら、そうは問屋がおろしてくれなかった。

 

 まだ人が米粒のように見える戦場を見下ろせば、そのど真ん中に縮尺を無視した巨大な何かがいた。まるで人とオークが作る波間で、水遊びでもしてるかのように暴れまわる二匹の巨大な怪物だった。

 

「ジャバウォック!!」

 

 その信じられないような光景を前に、仲間たちが呆然とする中で、突然、鳳とジャンヌの二人だけがそんな言葉を口走った。

 

「ジャバウォック……? あれが?? 古の魔王だって言うのか!?」

 

 彼らの声を聞いて、信じられないといった顔のギヨームが問いただす。鳳たちは一も二もなく頷いてから、

 

「ああ、間違いない。俺たちがあのサーバーで、何千回となく倒してきたラスボスだ。絶対に、見間違いようがないよ」

「でもどうして? ジャバウォックは倒されたんじゃないの?」

 

 鳳たちが当たり前のように話す様子を見ていたサムソンが困惑気味に尋ねる。

 

「ちょっと待て、お前たちは何を言ってるんだ? どうしてあれがジャバウォックと言い切れるのだ。それに……何千回も倒しただと??」

 

 彼の疑問はもっともである。鳳が上手く説明できなくてまごついていると、ギヨームが横からひったくるようにその疑問に答えた。

 

「今更このくらいのことでガタガタ言うんじゃねえ。こいつらは勇者で、なんかよく分からねえ方法でこの世界にやってきたんだよ。まあ、こいつらが言ってることは、大体いつも正しいから、安心しろ」

「そ、そうか……」

「それよりこれからどうするの?」

 

 ギヨームたちの会話にルーシーが割り込んでくる。いつまで経っても空を飛ぶことに慣れない彼女は、こんな上空に留まっていないで、早く地面に降りたそうだ。

 

 しかし、降りると言っても下はオークの群れが闊歩していて、目の前では怪獣決戦が繰り広げられているのだ、一体どこに降りればいいのかわからない。ギヨームが嘆くように言った。

 

「つーか、あの怪物同士はなんで戦ってんだ? もう片方は、でかいオークみてえだけど……魔王と戦ってんなら、あれは味方なのか?」

「いや、それはないでしょう。大物ばかりに目が行くけど、よく見ると他の小さいオークたちは人間を襲ってるわ。私たち人間にとって、どっちも敵なのよ」

 

 ジャンヌがそう言った時、前方の巨大生物同士の決着がついた。オークキングがアッパーカットの要領でジャバウォックをふっ飛ばし、その瞬間、古の魔王は動かなくなった。すると小さいオークがワラワラと寄ってきて、ジャバウォックの死体蹴りをして嬉しそうに雄叫びを上げていた。

 

 遠くから見ていると、その出鱈目な大きさのせいで、ゴブリンの群れのようにしか見えなかった。鳳は醜悪な光景に舌打ちすると、

 

「……共倒れしてくれれば良かったんだが、そう上手くは行かないか。このままほっとけば、被害がどんだけ増えるかわからない。加勢に行くぞ」

「え~!? 本気なのっ!?」

 

 ルーシーが目を回している。普通に考えれば、その反応が正しいだろう。鳳だってほんのちょっと前までなら、さっさとずらかろうぜと言ってる頃のはずだ。だが、今はそう言えない事情があった。

 

 彼らはここにいる数万を数える人間の中でも、最も高レベルなのだ。あれと戦えるとしたら自分たち以外ありえない。どうせ戦わなきゃならないなら、ここで逃げるわけにはいかなかった。

 

 きっと力が無ければこんなこと考えもしなかったというのに……だが、どうしてこんな力があるのかと恨んでも仕方ない。鳳は気を取り直すとほっぺたをパンと叩いて、

 

「他のオークはともかく、あのデカブツを倒せるのは、多分いま、この世に俺たちだけだ。放っときゃ被害が増えるだけだから、最低でもあれだけは潰しておきたい」

「策はあるのか?」

 

 サムソンが訊ねると、鳳は苦々しく首を振った。

 

「正直なとこ、そんなもんはない。でも、もしかしたら俺の魔法なら効くかも知れない。火力だけはあるからな。とにかくなんでも試すしかないね」

 

 ギヨームが言う。

 

「スタンクラウドは効かないのか?」

「効けばとっくに効果が出てるだろう。あそこには神人もいっぱいいるんだから」

「そりゃそうか……しかし、あれだけの巨体だぞ。出来るのか?」

「やるしかないんだよ。そのために、軍にも手伝ってもらう。メアリー! ルーシーとギヨームを勇者軍の陣地に連れて行ってくれないか。多分、そこにヴァルトシュタインがいるから、周辺のオークの露払いをするように頼んでくれ。俺たちがデカブツと戦ってる間に乱入されたら堪らん」

「わかったわ」

 

 メアリーは二人を連れて水平方向にスーッと飛んでいった。去り際、ルーシーはどこかホッとした表情をしており、ギヨームは逆に悔しそうな顔をしていた。鳳はそれを見送ってから、

 

「ジャンヌ、マニ、サムソンはあのデカブツに波状攻撃を仕掛けてくれ。関節を狙うかなにかして、なんとかしてあれに膝をつかせるんだ。俺は後方で援護しながら機会を待つ。合図したら大魔法を打つから、そしたら全力で逃げてくれよ? 巻き込まれたら命の保証はないぜ」

「わかったわ」「任せてくれ」「わかりました」

 

 三人の返事を待ってから、鳳はレビテーションの魔法を使って更に上空へと舞い上がり、そして急降下するようにオークキングの脳天目掛けて滑空した。

 

************************************

 

 二匹の化け物の戦いは、オークキングに軍配が上がった。

 

 ジャバウォックが敗れた際、その背中から飛び出してきたカリギュラが、無惨に地面に転がっている。だが、異形と化した彼の元へは、味方であるはずの帝国軍ですら誰も近づこうとしなかった。

 

 カリギュラは再度立ち上がろうとしたが体が言うことを聞かなかった。そんな神人の成れの果ての方へと、オークキングがゆっくりと近づいてくる。恐らく、その肉体を喰らい、力を奪うつもりだろう。もはやこれまで……彼が諦めて目を閉じようとした時だった。

 

 オークキングの頭上に何かが飛来してくる。それは徐々に大きくなって、やがて人の形だとはっきり分かるほど近づいた時、4つの影の一つが杖を振るって何かを叫んだ。

 

「くたばれっ! ライトニングボルト!!」

 

 上空のなにもない場所から稲光が発して、オークキングの脳天に直撃した。ピシャンッ! と耳をつんざく音がして、少し遅れてからゴロゴロとした雷鳴が聞こえてくる。

 

 落雷の直撃を受けたオークキングは、その瞬間、少しグラグラと体を前後に揺らしたが、すぐに体勢を整えると、足元を均すように腰を落としてズシンとその場で足踏みをした。グラグラと地面が揺れて、土埃が舞う。

 

「ちっ……全然効きゃしねえしっ」

 

 不意打ちの先制攻撃を食らってもびくともせず立ち続けるオークキングを前にして、鳳は舌打ちをした。四人は化け物を取り囲むように前後左右に着地すると、まず真正面に降下したジャンヌが動いた。

 

「紫電一閃っ……雷火奮迅争覇爆炎刃っっ!!」

 

 いつものように見えない剣戟が対象へ飛んでいき、オークキングの皮膚を切り裂こうとした。しかし、化け物の皮膚は恐ろしく硬く、いつもなら何匹も同時になぎ倒すはずのジャンヌの一撃を物ともせず、その表面は殆ど傷を負っていなかった。

 

「まだまだあー!」

 

 だが、ジャンヌはそれにもめげずにオークキングへ肉薄すると、たった今神技で傷つけた場所目掛けて高速の突きを何度も何度も突き刺した。

 

 魔剣フィエルボワの薄っすらと冷気をまとった刀身が、オークキングの皮膚を抉る。AGIは21、そして合計25を数える人智を超えたDEXから繰り出される攻撃は、恐ろしく速く恐ろしく正確だった。

 

 寸分違わぬ同じ場所を何度も高速で貫かれては、どれだけ厚い装甲だっていずれは穴が開くだろう。ましてや生き物の皮膚なら当然だ。オークの皮膚がその耐久限界を超えた時、ジャンヌの剣が抵抗を失いスッと沈み込み、その瞬間、オークキングが雄叫びのような悲鳴を上げた。

 

「おおおおおおおおぉぉぉーーーっ!!」

 

 巨人からしてみれば昆虫程度の生き物にしか見えないジャンヌに、突然、鋭い痛みをつけられたのだ。オークキングは怒りの雄叫びを上げると、その羽虫に向かって拳を振り上げた。

 

 と、その時、一瞬の隙を突いて、横合いから筋肉だるまが突っ込んでくる。

 

「ウオオォォォーーーっっ!! 稲・妻・キィィィーーーッッックッッ!!!」

 

 STR20という、文字通り人類最強となったサムソンの力を溜めた渾身の蹴りが、がら空きになったオークキングの脇腹に突き刺さった。表面がどんなに硬かろうが、受けた衝撃は止められない。

 

 衝撃が内臓に達したオークキングが苦痛に呻く。化け物は肺に溜まっていた息を吐き出して片膝を突いた。そこへマニが襲いかかる。

 

「不知火!」

 

 彼の投げた鉄球が火炎を吹いてオークキングの顔を包む。

 

「朧!」

 

 堪らず顔面を両手で覆った化け物の前でマニは飛び上がると、空中ジャンプを繰り返してその頭上を飛び越えてしまった。その飛び越しざま、分銅を先に結んだ鋼線を投げて器用にその首に巻き付け、そしてそのまま彼の全体重を乗っけて引っ張ったのだが……

 

 彼の飛ばした鋼線は確かにオークキングの首に巻き付いていたが、彼の全体重を乗せてもそれが首に食い込むことはなかった。間もなく炎が消えて落ち着きを取り戻した巨人は糸をブチブチとちぎって体勢を整える。

 

「ちっ……なんだあれは。化け物か!」

「見て分かるでしょう!?」

 

 ジャンヌとサムソンが背中を預けあい、そんなセリフを口走る。巨人の背後に回り込んだマニが隙を窺っている。鳳は三人に向かって、

 

「真正面からやりあっても勝ち目はない! その巨体だ、絶対に足元が弱いはず。膝とかアキレス腱を狙え! マニ! その調子でとにかく関節をしつこく狙うんだ!!」

 

 ジャンヌとサムソンが頷いて、また左右に別れて踊りかかっていった。鳳はそんな彼らを援護しようとケーリュケイオンを構えたが、

 

「ツクモ! 後ろ! スタンクラウド!!」

 

 背後から声が響いて、振り返れば空からメアリーが降りてきた。ルーシー達をヴァルトシュタインに預けて、もう帰ってきてくれたようだ。気がつけば、鳳の背後には無数のオークが迫っている。何体かはメアリーの魔法で昏倒していたが、これを食い止めるのは骨が折れそうだった。

 

 だが、オークキングと戦っている三人に、こいつらを近づけさせるわけにはいかない。

 

「くそっ! こっちは俺とメアリーが食い止める! その間に、なんとかしてくれ!!」

 

 鳳は背後の三人にそう叫ぶと、目の前のオークの群れに飛び込んでいった。

 

**********************************

 

 ジャバウォックの登場に一時は混乱しかけたスカーサハであったが、その後なんとか落ち着きを取り戻すと、ヴァルトシュタインと共に迫りくるオークの群れに川を渡らせまいと、河原に防衛線を築いた。しかし方陣を組んでオークの進撃を止めつつ、至近距離から銃撃して数を減らすも、いくつかの戦線は突破され苦戦を強いられていた。

 

 スカーサハは精鋭部隊を率いて、その穴を埋めるべく遊撃を繰り返していたが、敵の数が多すぎて次第に追い詰められていった。少しでも敵の数を減らそうと、バトルソングをやめてスタンクラウドに切り替えたが、そのせいで精鋭部隊の攻撃力が落ちるというジレンマに陥った。

 

 せめて、もう一人自分がいれば……と彼女が臍を噛んでいると、その時、突然上空から何かが飛来し、目の前に迫っていたオークの群れを無力化した。

 

「スカーサハ先生! 大丈夫ですか! 私もすぐに援護に回ります」

「……ルーシー!? 何故、あなたがここに?」

 

 スカーサハは突然、空から降りてきた妹弟子に面食らった。メアリーは約束通りルーシーとギヨームを本陣に送り届けると、行きがけの駄賃とばかりに近くのオークの群れにスタンクラウドを食らわせてから、

 

「それじゃ、私はツクモたちの応援に行くわ」

 

 と言って去っていった。

 

 空飛ぶ神人など見たことがなかった勇者軍からどよめきが起きるが、すぐに軍の規律が緩んでいることを察知したヴァルトシュタインが、

 

「馬鹿野郎!! 殺し合いの最中によそ見してんじゃねえ!!」

 

 腹の底から響くような指揮官の声に、勇者軍の兵士たちはハッと我を取り戻すと、また必死になって迫りくるオークの群れと戦い始めた。

 

 ヴァルトシュタインはそれを見届けてから、たった今やってきたルーシーたちの元へと駆け寄ってきて、

 

「お前たちは……鳳の子分じゃないか。何故こんなところにいるんだ? 確か、今は大森林じゃなかったか」

「誰が子分だ! 喧嘩売ってんのかこの野郎!」

「お、おう……悪かったよ」

 

 ギヨームが顔を真っ赤にしてヴァルトシュタインににじり寄る。彼は両手を挙げて悪かったと言いつつ、何があったのかと尋ねると、

 

「俺たちは大森林の中でこのオークの群れと遭遇したんだよ。それで、先回りしようとして追い掛けてきたんだが、一足遅かったようだ。今、鳳が仲間を率いてあれと戦っている。俺たちはその援護を頼むためにここに来たんだ」

「なに!? あれって……あれのことか??」

 

 ヴァルトシュタインが信じられないと言った表情でオークキングに目をやると、ちょうどその時、空がピカッと光って雷鳴が轟いた。稲妻がオークキングに直撃し、一瞬、それの動きを止める。すると、そんな中に4つの影が降り立って、すかさず棒立ちになっている怪物に向かって飛びかかっていった。

 

「マジかよ……あれ。人間があれと戦おうっていうのか?」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるマニ。その信じられない膂力で敵を動かすサムソン。ジャンヌの攻撃でオークキングが悲鳴のような雄叫びをあげると、その姿を目撃した、勇者軍、帝国軍の双方から歓声が上がった。

 

 ヴァルトシュタインもその姿に見惚れそうになったが、すぐに頭をぶんぶん振って我に返ると、

 

「分かった。任せろ。スカーサハ! ここはもういい、すぐに精鋭を率いて鳳たちの援護に向かってくれ! 奴らにオークを近づけさせるな!」

「でも、大丈夫なの!?」

「駄目でもなんでも、とにかくやるしかないだろうが。どう見てもあっちのほうがキツそうなんだしよ。やれるよな、野郎ども!!」

 

 ヴァルトシュタインの野太い声が戦場に響き渡ると、今度はそれをかき消すかのような大音量の歓声が返ってきた。ブルブルと体の芯まで響きそうなその声を受け、スカーサハは目を丸くしながら頷くと、

 

「分かったわ。ルーシー! ここは任せるわ。みんなのことを全力で守ってあげて」

「うわ、本気ですかー? 私じゃ無理無理! 無理ですよー!!」

「駄目でも、誰もあなたに文句なんて言わないわ。でも、今ここにいる人達を守ってあげられるとしたら、それはあなただけなのよ。忘れないで」

「うっ……分かりました。がんばります!」

 

 ルーシーはひいひい言いながら、出来るだけ大勢の兵士たちにバフをかけようと発声練習を繰り返した。

 

 スカーサハがオークの群れをかき分けるようにして最前線へ向かってしまうと、間髪入れずに防衛線を襲う魔族の攻撃が激しくなってきた。相対的にこちらの戦力が落ちたから当然である。

 

 ルーシーはこのままじゃまずいと焦って現代魔法を唱えようとしたが……すぐに思い直して息を整えると、じっと自分の手に握った杖を見つめた。

 

 旅に出る前に、レオナルドから直々に託された(カウモーダギー)だった。言ってしまえばただの孤児で、娼婦の娘でしかない自分にはもったいない宝物だ。ここを任せると言ったスカーサハの言葉が、頭の中で反芻するように繰り返し響いている。彼らの名を聞くだけで、世界中の人達がひれ伏すだろう。これだけの人たちが自分に期待してくれてるんだ。

 

 ルーシーは顔を上げると大きく息を吸って、一音一句間違えないように、スカーサハの教えを思い出しながら、丁寧に(バトルソング)を歌い始めた。その透き通るような歌声が戦場に響き渡ると、兵士たちは不思議と心の底から力が湧き上がってくるような気がした。

 

 ルーシーの歌声によって河原の防衛線はどうにか持ち直しつつあったが、それでもまだ勇者軍は劣勢に立たされていた。そもそも、人間とオークとでは一人ひとりの力の差が有りすぎるのだ。少しでも気を抜くと、すぐに戦線は崩壊しかねない脆さがあった。

 

 だが、あちこちでそんな綻びが出ようとすると、すぐにどこからともなく援護射撃が飛んできて、戦線は維持された。ギヨームの正確な射撃によって、オークの進軍はコントロールされていたのだ。

 

 彼は防衛線の後方に陣取って一歩も動くこと無く、そこから高速の射撃を繰り返していた。目にも留まらぬ早業と言うが、彼の射撃は殆ど予備動作がなく、傍目には何をやっているのかさっぱりわからなかった。一発の銃声が聞こえたと思ったら、実際には十発以上の銃弾が飛んでいるのだから、手品でも見てるんじゃないかと思うのが普通だろう。

 

 ルーシーのバトルソングの効果もあり、ようやく防衛線が落ち着いてくると、指揮をしていたヴァルトシュタインがやってきて彼を労った。

 

「やるじゃないか。お前がいてくれて助かった。子分とか言って悪かったよ」

「ちっ……うっせえな」

 

 ギヨームは不機嫌そうにそっぽを向いている。本当ならスカーサハと一緒に鳳たちの救援に行きたかったのだろう。ヴァルトシュタインはそう判断すると、

 

「そう不貞腐れるなよ。お前も鳳の援護に行きたかったろうに、わざわざ残ってくれたんだろう? お陰で助かった。ここはもう平気だから、あっちに行きたいならそうしてくれて構わないぞ」

「ちげーよ! そうじゃない……つーか、俺が行った所で大したことが出来ないんだよ」

 

 ギヨームは眉間に皺を寄せて、悔しそうに言った。

 

「俺の現代魔法(クオリア)は豆鉄砲だ。だからオークには殆ど効いちゃいない。よく見りゃ分かるが、俺の銃撃は魔族を怯ますことは出来ても止めは刺せないんだ。仕留めてるのは、全部兵隊のライフルか長槍だよ」

「なにっ!? そうか……」

 

 言われてからよく見てみれば、確かに彼の射撃で倒れるオークは一体もいなかった。彼の正確な射撃が魔族の目やこめかみなどの急所に当たり、怯んでる隙に兵士が至近距離から止めを刺しているようであった。

 

 とは言え、ギヨームは気に食わないようだが、これは十分な働きには違いない。そもそも、彼が魔族を怯ませなければ、兵士は近づくことすら出来ないのだ。ヴァルトシュタインが、何がそんなに気に入らないのだろうかと首を傾げていると、

 

「……あいつはそれがわかってるから、敢えて俺を後方に回したんだ。なのに、のこのこ前線になんか出ていけるかよ。足手まといが増えて、あいつの負担が増えるだけだ」

 

 そんなことを気にしていたのか……見た目に反して、意外とナイーブな少年である。ヴァルトシュタインはそんなことはないと言って励ましてやりたかったが、下手な慰めはかえって彼を傷つけると思い、

 

「そうか。ならここで大いに活躍してくれ。おまえがいてくれたお陰で命が救われたと、全ての兵士たちがそう思えるくらいの活躍を」

 

 眉間に皺を寄せて難しい顔をしていたギヨームはそれを聞くと、眉をピクリと動かしながら、

 

「ふん……言われなくてもそうしてやらあ。おまえもこんなとこで油売ってないで、ちゃんと兵隊の指揮をしろよ。指揮官なんだろ」

「ふんっ。おまえこそ、口の減らんガキだなあ……まあいい。それじゃ、ここは頼んだぞ」

 

 ヴァルトシュタインがそう言って、立ち去ろうとした時だった。突然、彼らの後方から……ドンッ!! っと地面を揺らすような轟音が鳴り響いて、ギヨームは驚いて振り返った。

 

 見れば後方の砲撃陣地で、異様に長い銃身をもったライフルのような兵器を構える兵士が見える。あまりにも銃身が長いから、立って撃つことが出来ず、銃身を土のうの上に乗せた状態で、寝転がりながら射撃を行っているようだった。

 

 その銃口がピカッと光を発すると、またさっきのドンッ! と言う音が鳴り響いて、放たれた銃弾がオークの群れの間に落ちて、地面に大きな穴が空いた。その衝撃で数体のオークがバランスを崩し、そこに前線の兵士たちから一斉に射撃が飛ぶ。

 

「……あれは?」

 

 ギヨームがぽかんとしながら独りごちると、まだそこから立ち去っていなかったヴァルトシュタインが立ち止まって、

 

「おお、あれは対神人用に用意しておいた大口径ライフルの試作品だ。簡単に言えば、大砲と歩兵銃の中間だな。威力さえあれば神人も回復が追いつかないだろうから、いざという時のための切り札に取っておいたんだ。だが見ての通り、反動がデカすぎてまず的には当たらない。直撃しなきゃ神人を倒せるわけないから、結局使えずに放置されてたんだ。まさか、ここに来て役に立つとはなあ……」

「馬鹿野郎! あんなもんがあるなら、何故最初から言わないっ!!??」

 

 ヴァルトシュタインが説明していると、突然、ギヨームが真っ赤な顔をして怒鳴り声をあげた。聞かれたから答えてやったのに……ヴァルトシュタインが不服そうな顔をしていたが、ギヨームはそんな彼を置き去りに砲撃陣地へと飛んでいき、

 

「おいっ! ちょっとそこどけ」

 

 突然やってきて、偉そうに振る舞う少年を見て、砲兵たちは面食らっていた。というかこの熾烈な戦場に、どこから子供が紛れ込んだのだろうか……彼らはギヨームのことをつまみ出そうとしたが、

 

「そいつの言うとおりにしてやれ」

 

 続いて司令官がやってきたのを見て砲兵たちは驚くと、気をつけをしてギヨームを通してやった。彼は大口径ライフルの照門を覗き込んでいた兵士を押しのけるようにしてライフルを奪うと、その異様に長い銃身の先にある照星に照門を合わせた。そして徐ろに引き金を引くと……

 

 ズドンッ!! とした振動と共に、長い銃身が冗談みたいに空目掛けて跳ね上がった。銃口から炎が噴き出し、銃弾がぶっ飛んでいく。ギヨームはひっくり返りそうになりながらも、じゃじゃ馬のように跳ね上がる銃身を力づくで押さえつけた。下手したら彼の身長よりも長いであろうその大口径ライフルを撃って、子供のような彼がひっくり返らなかったことこそが、まるで奇跡のようだった。

 

 しかし、奇跡はもっとはっきり分かる形で現れた。彼の撃った銃弾が空気を切り裂き戦場を走る。間もなくその凶暴なエネルギーの塊が戦線に到達すると、それは恐ろしく正確に迫りくるオークの顔面を捉えていた。

 

 瞬間、パン! っと音を立てて、まるでスイカ割りのようにオークの額が真っ二つに割れて、その中身をぶちまけた。

 

 しかも奇跡はまだ終わらない。一撃でオークの頭を貫通した銃弾は、なおもエネルギーを失わずに、すぐ背後に迫っていた別のオークに突き刺さった。そしてそのオークの体をも貫通し、更に二体三体と続けてオークを屠っていった。

 

 たった一撃で複数のオークを仕留めた光景を目の当たりにして、砲兵たちは呆然と立ち尽くしていた。対する防衛線の兵士たちは、何が起きたかわからないが、とにかくラッキーと歓声を上げている。

 

 試射もせずにそんなことはあり得ないと思うだろうが、それが出来るのがギヨームなのだ。この世界のステータスは絶対値ではなく補正値、つまりバフだ。元々、射撃の腕前は百発百中、両手(ダブルハンド)で別々の的を狙えるほど器用な彼が、高DEXで補正されているのだから、どんなに雑に狙っても当たらない方があり得なかったのだ。

 

 自分の能力が低いと嘆いているが、比較対象がおかしいだけで、彼もとっくに人類をやめていた。ギヨームはそれに気づかず、跳ねる銃身を押さえつけると、排莢しようとしてレバーを探し、どこを見てもそれがないことに気づき、

 

「ちっ……先込め式かよ」

 

 これだけの威力を発揮するためには、銃床に下手な細工を施せなかったのだろう。彼は薬莢を引き出そうとして槊杖を握ると、銃口のある方へと回り込もうとした。

 

 しかし、彼がそうしようとした瞬間、土のうの上に乗せられていたライフルがぱっと取り除かれて、代わりのライフルがそこに据えられた。びっくりして振り返れば、砲兵たちが別のライフルを持って一列に並んでいる。たった今、彼が撃ったライフルの空薬莢は、また別の砲兵が掻き出していた。

 

「……気が利くじゃねえか」

 

 彼はそう言うと地面に伏せ、また大口径ライフルの引き金を引いた。銃弾が発射し、跳ね上がる銃身を押さえつけ、するとすぐに射撃を終えたライフルが片付けられて、次のライフルが送られてくる。

 

 こうして彼らが即席で行なった組打ちによって、迫りくるオークの群れは、信じられない速度で片付けられていった。

 


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