ラストスタリオン   作:水月一人

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なんていんちきくさい名前だ

 光の中に足を踏み入れ、思い切って通過する。

 

 真っ白な光りに包まれ視界ゼロの中、踏みしめる地面は柔らかく、グラグラと揺れるような感じがしていた。光の扉を通り過ぎる瞬間、鳳の脳内でカチッとスイッチが入ったような、ブラウン管テレビがブンと音を立てるような、そんな感じの耳鳴りがして、クラクラとする目眩と何かが頭の中で切り替わったような、そんな錯覚に襲われた。

 

 気分は悪くない。だが、いかんせん、何も見えない。フラつきながら光の扉を潜り抜けた鳳は、たたらを踏んで立ち止まる。

 

 と、その瞬間、ふっと彼の頬に風が吹き付けて、遠くの方から喧騒の声が聞こえてきた。

 

 立ちくらみに耐えながら、彼は顔を上げて周囲を見回した。

 

 そこには、さっきまでの色のない世界が嘘のような、色鮮やかな世界が広がっていた。人の背丈くらいある生け垣には色とりどりのバラが咲き誇り、美しく手入れされた刺繍花壇の中央では噴水が小さな水音を立てていた。空を見上げれば真っ青なスカイブルーが広がり、庭園に集まる小鳥たちが、渡り鳥のように群れをなしている。

 

 さっきから聞こえてくるざわめき声の方を振り返ると、かなり遠くに城が見えた。建物の雰囲気に若干の違和感を感じるのは、それがさっきから何度も見ていた正面ではなく、裏側だったせいではなかろうか。どうやらここは、アイザックの城の裏に広がる大庭園の中のようだ。

 

 城まで1キロ弱はあるだろうか。かなりの距離だ。つい今しがたまで城の地下にいたとは思えない。鳳は妙な違和感というか、胸騒ぎと言うか、自分がどこにいるかわからないような、そわそわした感覚に見舞われた。何というか、空間座標がずれている。いてはいけない場所にいるような気がする。どういう経路を辿ってここまで来たんだ? あの世界はなんだったんだ?

 

 そこまで考えたとき、ハッとして振り返ると、自分が通ってきたはずの隠し扉は消えていた。いや、始めからここに扉の出口なんて無かったのではなかろうか。あの場所とこの場所は一方通行なのでは……

 

 鳳の頭は疑問でいっぱいになったが、多分、考えても何もわからないだろう。そう自分に言い聞かせて、彼は一旦考えるのをやめることにした。

 

 そんなことより、他に考えなきゃならないことがいっぱいあるだろう。彼は大庭園へ出てくるや否や、すぐにジャンヌに声をかけた。

 

『シーキューシーキュー。ジャンヌ、聞こえるか?』

『あ! 白ちゃん。良かった、無事だったのね!?』

 

 何となく予想していたが、案の定、彼とはすぐに連絡が取れた。さっきまで、いくらやっても連絡がつかなかったのは、文字通り電波が繋がらなかったのだ。あの空がセピア色の世界と、このブルーの世界の間には、光が通過できない次元の断層みたいなものが横たわっているに違いない。

 

 彼がそんなことを考えていると、ジャンヌが焦れたように、

 

『それで白ちゃん、どこにいるの!? 突然連絡がつかなくなって、みんな大騒ぎよ』

『あ、ああ、今俺は……いや待てよ』

 

 鳳は自分の居場所を伝えようとしたが、すぐに思い直した。

 

『……みんな大騒ぎってことは、今、城の連中は俺のことを探してるのか?』

『当たり前でしょう』

『一応、確認なんだけど。今朝、俺達は練兵場で経験値稼ぎにモンスターを狩っていた。その時、俺は事故ってカズヤの魔法に巻き込まれた。そうだな?』

『え? ええ、そうね……どうしてそんなこと聞くの?』

『俺はあの後どうなったんだ? 死んだのか?』

『違うわよ! 死んだと思ってたら、あなたから連絡が来たんじゃない。それで今、みんなで探している真っ最中だったのよ』

 

 鳳は舌打ちした。案の定、あっちの城でジャンヌと会話をした直後、彼はみんなに鳳が生きていることを伝えてしまっていたらしい。どうりで、かなり距離があるというのに、城が騒がしいと思ったのだ。状況的にジャンヌを責めることは出来ないが、出来ればまだ、自分が生きていることは隠しておいてほしかった。

 

 今、あの城ではアイザック達が血眼になって鳳を探していると言うわけだ。そこへ出ていってもすぐに何かが起きることはないだろうが……城の地下室であれを見てしまった後では、アイザックとどんな顔をして会話をすればいいのか分からなかった。向こうも多分、鳳が何故消えたのか? 消えていた間にどこへ行っていたのか、警戒しているのは間違いないだろう。

 

『ジャンヌ。今、おまえの周りに誰か居るのか?』

『え? いないわよ。誰か呼んできた方が良いかしら。そうね、あなたが無事だってこと、みんなに伝えなきゃ』

『馬鹿! 逆だ逆! 周りに誰もいないなら好都合だ。そのまま誰にも見つからずに、こっそり城から出てこれないか?』

『え……? どういうこと?』

『実はさっき、城の中でヤバいもんを見つけちまったんだよ。だからアイザックに見つかる前に、お前と話し合っておきたいんだけど』

 

 ジャンヌは声を潜めているのか、少し掠れた囁くような声色で、

 

『……ヤバいって、何を見たの?』

『それは落ち合ってから話すよ。聞いたら驚くだろうし、こうしてお前が独り言をしゃべってるのを聞かれるのもまずい』

『そ、そう……』

『一旦、チャットは切ろう。とにかく、人に見つからないように、城の裏手にある庭園まで出てきてくれ。そしたら誘導するから、準備ができたらまたチャットで呼びかけて欲しい』

『分かったわ』

 

 短い返事のあと、ジャンヌとの会話は途切れた。恐らく今頃は指示されたとおり、城から抜け出そうとこそこそ移動しているはずだ。ジャンヌはステータスは高いが隠密スキルが皆無なので、多少時間がかかるかも知れない。その間に、落ち合う場所を決めておいた方がいいだろう。

 

 鳳はキョロキョロと周りを見回した。今いる場所でも悪くないのだが、ここに来て欲しいと言おうにも、相手を誘導できる自信がない。ここは城から大分離れているし、そもそも、自分は地下室の隠し扉を抜けたらここにいたわけで、はっきりした場所は自分でもよく分かっていないのだ。

 

 ジャンヌが一発で分かるような目印のようなものは無いだろうか。そう思って探してみると、城から少し離れたところに別の大きな建物が見えた。本城に劣らぬ壮大な建物で、造りが似通っているから、多分、離宮かなにかだろう。普段使いでないなら人は少ないかも知れないし、何より目立つから落ち合うには都合がいい。

 

 鳳はそう考えると、とにかく近くまで行ってみようと歩き出した。

 

 庭園は迷路みたいに入り組んでいて、なかなか目的地には着けなかった。実際、ここは迷路なのかも知れない。ヨーロッパの城の中には、そうやって庭園を見にくる来客を楽しませたのもあると聞いたことがある。庭園を形作る生け垣は人の背丈よりも高く、緑が生い茂っていて視界を遮っている。

 

 垣根を強引に抜けようとしても、針金みたいな蔦がビッシリと絡まっていて、とてもじゃないが抜けられなかった。上を乗り越えるのも一度や二度ならともかく、それで迷路自体が抜けられるわけじゃないから、結局、我慢して迷路を攻略するほうがよほど早そうだった。

 

 イライラしながら闇雲に通路を進む。目的地がずっと見えているせいで、余計に気が急いてしまい、それが道を間違える要因になった。さっきから同じ場所をぐるぐると回り続けているような気がしてならない。方角だけは確かめながら歩いているつもりだが、一向に近づく気配がないので堪らない。

 

 鳳は舌打ちした。裏庭で遭難なんてシャレにならないぞ。本当にここから抜け出せる道はあるんだろうか。もしかして、また何か不思議な力に惑わされてるんじゃなかろうか……

 

 不思議な力?

 

 と、考えたときに、はたと気づいた。そう言えばさっきから、視界の先でチラチラと何かが動いているような感じがする。ただの陰影が作り出す錯覚だと思っていたが、目を凝らしてよく見れば、分かれ道に来る度に、明るい方と暗い方があるような……

 

 これはもしや、あの時の光では? 城の中と比べて、明かりのある外では気づき難かったが、よくよく見れば明暗ははっきりと分かれている。それ確かめるべく明るい方へ進んでみると、その先もまた同じように、通路の先のコントラストがくっきりと別れていた。逆に振り返って見れば道はほんのりと薄暗く見え……これはまたもや、何かが鳳を導いているんじゃないかと、彼はそう確信した。

 

 それにしても、この光はなんなんだろう……?

 

 最初に気づいたのはあの真っ暗な城の中だった。鏡越しにエミリアの姿が見えたような気がして、びっくりして後を追いかけていったら、そこに光が続いていた。鳳はそうやって光に導かれ、地下室の部屋で白骨死体をみつけたわけだが……

 

「いや、違うな。光の行き先はあの部屋じゃなかった。あれは単に、俺が寄り道をしただけだ」

 

 地下室で白骨化して散らばっていた死体の数々……自分がこの世界で最初に訪れた場所にそれがあったのだから、かなりショッキングな出来事ではある。だが、光はあの部屋を指し示してはいなかった。そこを通り過ぎて、更に奥にあった牢屋の中に隠し扉があることが示されていて、それをくぐり抜けたらこうして外に出られたのだ。

 

 外に出たことで光の役目は終わったのだと勝手に思っていたが、また現れたところを見ると、もしかすると光が導こうとしていたのは、初めから城の外ではなかったのかも知れない。実はまだ、光は鳳を導いている途中だったというわけだ。

 

 でも一体、どこに?

 

 そう思って光の進む先を遠くまで眺めてみると、生け垣の迷路の向こうに、いつの間にか大きな木が生えているのが見えた。

 

「え? いつの間に……」

 

 鳳は思わずぽかんとしてしまった。その木は背丈の低い低木からなる庭園の中ではかなり大きくて、遠くからでもよく目立つはずだった。なのに、さっきまでそこにそんなものがあることなんて、全く気づかなかった。もし気づいていたら、ここをジャンヌとの待ち合わせにしたのに……

 

 そう思ったときに、鳳はまたハッとした。そう言えばさっきから光を追いかけることに夢中になって、周りをよく見ていなかった。元々、彼は光を追いかけていたのではなく、ジャンヌと落ち合うために、離宮らしき建物を目指していたのだ。あれはどっちの方角だ。

 

 ところが、ぐるりと360度見回してみても、離宮はどこにも見当たらなかった。さっきまですぐそこにあったはずなのに……もしかして角度の問題か? と思って飛び跳ねながら遠くを見渡しても、離宮はやっぱり見つからなかった。それどころか、本城の方も見当たらないのだ。

 

 どう考えてもこれはおかしい。さっきまで見えていたものが見えなくなって、見えなかったものが見えている。もしかして、また謎空間に迷い込んでしまったのか?

 

 彼は、はぁ~……っと盛大なため息を吐いた。ジャンヌと合流するため、こんなことをしている場合じゃないのだが、こうなったらとことん付き合うしか無いだろう。幸いなことに、光の指し示す先には例の大木があって、今度こそそこが終着点である可能性は高かった。

 

 彼は鼻息荒く木を睨みつけると、光の指す方へ向かって再度歩き始めた。

 

 終点にはすぐ到達した。それから曲がり角を2つ3つ曲がった先だった。それまで視界を遮っていた、忌々しい生け垣の迷路が唐突に終わって、そこに広場が広がっていた。

 

 そこは、さっきの刺繍花壇で彩られたような可愛い庭園ではなくて、土の地面が剥き出しの、雑草で覆われた殺風景な広場だった。端っこには、家庭菜園みたいな畑があって、そこにトマトが成っていた。そのすぐ脇には、大きめのウッドテーブルが置かれていて、その周りに木の切り株みたいな椅子が並んでいる。テーブルの上に白磁の食器と、紅茶のポッドが置かれていることから推察して、どうやら頻繁に人が訪れているようだ。

 

 いや、寧ろここに住んでいるのでは? 広場の中央にある大木を見上げると、なんとその中腹に小さな家が建ててあった。何というか、アメリカのお父さんたちが、子供のために日曜大工で庭に作っちゃったような、映画ホーム・アローンでマコーレー・カルキンが遊んでいたような、あんな感じのツリーハウスである。

 

 それにしても大きな木である。一体何の木だろうか? 見ればところどころに赤い果実が成っているのが見えた。まさかとは思うが、あれはりんごだろうか? いや、しかし、こんな大きさのりんごの木なんてありえるのだろうか……? 明らかに、現実のものとは思えない。

 

 鳳はあんぐりと口を開いてそれを見上げた。なんでこんなものがあるのだろうか? ここは城の中だろう? 正確には城の敷地内であるが。

 

「いやしかし、肝心の城がどこにも見えないんだから、ここは城の外なのか?」

 

 鳳は頭痛がしてきた。あの真っ暗な城といい、この謎のツリーハウスといい、空間や時間や常識までもがねじ曲がってしまっていて、頭がこんがらがってきた。

 

 自分は一体、何を見せられているのだろう。どうしてこんな場所に連れてこられたのだろう。連れてこられた……? 言い得て妙だ。そう、あの光は一体自分に何をして欲しいのだろうか?

 

「誰かいるの?」

 

 と、その時、鳳が難しい顔をしてツリーハウスを見上げていると、いかにもその家の主にふさわしい子供の声が聞こえてきた。どうやら中に人が居て、鳳の独り言に反応したらしい。

 

 本当に人が住んでいたのか……

 

 彼は警戒しつつも、相手の声にどことなく聞き覚えがあるような気がして、そのままその場で突っ立っていた。こんな謎空間で初めて出会った先客である。怪しさマッハだが、少なくとも敵意は感じられない。それよりも早く、相手が何者か確かめたい。そんな気持ちが勝った。

 

 そして家の主は間もなく現れた。

 

 向こうも侵入者なんて全く警戒していなかったらしい。

 

 ツリーハウスの扉を開けてひょっこりと現れたのは、金髪を二つ結びにした少女だった。少々吊り目がちの大きな瞳は印象的な紫色に輝いていて、ブカブカのポンチョを羽織り、七分丈のズボンの裾から覗く足は靴を履かずに素足である。髪は頭の横で結んでなおもお尻が隠れるくらいに長く、彼女が動く度にポンチョの隙間から見える、スラリと伸びた手足は病的なくらい真っ白で、血管が浮き出て見えそうなくらいだった。

 

 暗い場所から出てきたばかりで眩しいのか、目鼻立ちの整った顔を顰めて見つめるその表情は、それすら人を惹きつけるほどの魅力があった。と言うか、鳳はその顔に釘付けになった。もちろん、彼女の可愛らしさもその原因の1つだったが……驚いたことに、彼はその顔に見覚えがあったのだ。

 

「エミリアっ!!」

 

 鳳のそんな絶叫にも似た驚愕の声に、ツリーハウスから出てきた少女は一瞬だけ虚を突かれたような顔を見せたが、すぐにまた眉間に皺を寄せたしかめっ面をして見せると、まるで不審者を見るよう目つきで彼のことを睨みつけた。

 

 彼女がハシゴを使わずにツリーハウスから飛び降りると、まるで羽でも生えているかのように、音を立てずに着地した。

 

 そしてその場で腰を抜かしそうな顔をして彼女のことを見つめていた鳳の顔を覗き込むようにしながら、

 

「あんた誰よ」

 

 と不機嫌そうに言った。

 

「誰って……エミリア。俺だよ、俺。鳳白だ。覚えてるだろう?」

「……? だから誰よ。どうしてここにいるの?」

「どうしてって言われても……っていうか、エミリア。俺がわからないのか?」

「知らない」

 

 まさか数年ぶりに間近に見ることが出来た彼女が自分のことを覚えていなかったなんて……彼は一瞬ショックを受けたが、すぐに数年ぶりだということを思い出し、冷や汗をかきながら言った。

 

「そ、そうか……中学以来だもんな。俺はあれから声変わりもしたし背も伸びたし、別人みたいなもんだよな……つまりその、あれだ、俺はほら、実はおまえと……ソフィアとずっと一緒に冒険していた、デジャネイロ飛鳥なんだよ。それなら、わかるだろう?」

「ソフィア? なに? 今度は真祖さま? 本当にあんたなんなのよ、あんたなんか知らないってば」

「……マジ? いや、だって、ずっと一緒にいただろう? 子供の頃も、ゲームの中でも。なのに俺のこと覚えていないと言うのかい??」

「だから知らないってば。気持ち悪いやつ」

 

 しかし少女の返事は冷ややかなものだった。鳳は心臓がえぐり取られるようなショックを受けた。ずっと会いたかった彼女から、まさか拒絶の言葉が出てくるなんて……並の男ならそうなるのも仕方ないだろう。彼は真っ青を通り越して、真っ白になった。貧血にも似た目眩がして、彼はその場にへなへなと腰を下ろす。

 

 少女はそんな鳳の姿を見て、不思議そうな表情を浮かべながら、

 

「っていうか、さっきからなんで私のことを神様みたいに言うの? レディの名前を間違えるなんて、失礼だと思わない? ま、悪い気はしないけどさあ」

「……は?」

「そりゃあ、私は女神様みたいに美しいから、あんたが間違えるのも仕方ないかも知れないわね。だから許してあげるわ。感謝なさい。ふふん」

 

 そう言って得意げに胸を張る少女を見上げて、鳳は強烈な違和感を感じた。その行為があまりにもエミリアと似つかわしくなかったのだ。

 

 彼女はどちらかと言えば寡黙で、しゃべる時は必要最低限のことしか言わなかった。それに、その恵まれた容姿のせいでイジメられていたから、自分のことを美しいなんて口が裂けても言うわけがなかった。

 

 そう考えると、目の前にいる少女はエミリアに見えてそうじゃないような気がしてきた。というか、さっき自分でも言ったことだが、二人は数年ぶりに再会したのだ。最後に会ったのは中学一年の一学期、ほとんど小学生みたいなものだ。あの時と比べて、鳳は脱皮したんじゃないかと言うくらい変わっている。ならエミリアだって、いくら女性とは言え、見違えるくらい変わってなければおかしいのではないか?

 

 なのに今、目の前にいる少女は鳳の記憶の中の姿のままだった。寧ろ、出会ったばかりの頃、小学生のイメージに近い。だからこそ、彼女を一目見るなり、エミリアと勘違いしたわけだが……

 

 勘違い?

 

 そう、鳳はもう、目の前の少女とエミリアを違う人物として認識していた。彼女はエミリアに似ているがエミリアではない。そう意識した瞬間、彼はそれまで全く気づかなかった、決定的な違いを見つけてしまった。

 

 彼女の顔の両側の二つ結びの髪の毛にかぶさるように、横に伸びた長い耳がぴょこぴょこと動いていたのだ。それはいわゆるエルフ耳……神人の特徴である。

 

「おまえ……誰だ?」

 

 茫然自失の鳳が呟くようにそう言った。

 

 その言葉を聞いた少女は癇癪を起こしたように地団駄を踏みながら言い返す。

 

「むかー! 何よそれ! 自分から間違えといて、今度は知らんぷり!? こんな失礼なやつ、初めて見たわっ! こんな……いいや……はっ!? もしかして、これはノリツッコミ? 有名なノリツッコミってやつなのね? なんて高等なテクニック! あんた、なかなかやるじゃない!!」

 

 何言ってるんだこいつは……ぽかんとして固まっている鳳とは対象的に、一人で怒ったり納得したり忙しそうにしていた少女が、コホンと咳払いをしてから言った。

 

「そうね、自己紹介がまだだったわね。私の名前はメアリー・スー。メアリーが名前で、スーがお母さんの名前よ。あんたは特別にメアリー様と呼ぶことを許してあげるわ。えーっと、おおと……も? おおと……変な名前の人!」

 

 流れの中で先に名乗っていた鳳の名前を覚えきれなかった彼女は、言うに事欠いて変なやつ呼ばわりしてきた。わからないならもう一度聞いてくれればいいのに……彼は彼女の名前をつぶやき返しながら、

 

「メアリー……スー……?」

 

 なんていんちきくさい名前だ。彼はそう思っていた。

 

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