ラストスタリオン   作:水月一人

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兆候

 帝都のP99の中に残されていた動画ファイルによって、鳳は魔族の正体を知った。魔族とは強さを求め過ぎて理性を失った人間の成れの果て、四柱の神ラシャだったのだ。

 

 魔族は現在もネウロイで、ひたすら強さを求めて戦い続けており、殺した敵のDNAを獲得して形質を変化させたり、自分の遺伝子をばら撒こうとして女を犯し続けているようだ。そこにはもはや理性はなく、あるのはただ敵への怒りだけだった。

 

 端末を弄っていた皇帝は振り返って言った。

 

「真祖ソフィア様は、この『神の揺り籠』を用いて、この世に神人たちを復活させていました。我々、神人はそうして作られた存在だったのです。神人が子供を作れないのは、元となる量子化された人間たちが、生殖を望まなかったからでしょう。帝国などと称しておきながら、初めから私たちはこの世を統べるつもりなど無かったのですよ」

「ソフィアはどうして神人を増やしたんでしょうか?」

「それは恐らく、創世神話で語られています通り、魔王と戦うためでしょう」

 

 おさらいになるが創世神話とは……四柱の神がこの世界を作ったが、人間の在り方で揉めた。その結果、ラシャはリュカを殺し、デイビドは逃げ、エミリアは引きこもったというやつである。

 

 この内、エミリアの正体だけが未だにはっきりしていないが、エミリア=神人と考えれば辻褄があいそうだ。神人は羅刹が席巻してしまった地球を彼らに明け渡し、肉体を捨ててサーバーに引きこもってしまった。

 

 しかし、これらは全部地球上で起きた出来事だ。それが何故、見たこともない別の惑星で繰り返されているのだろうか? それはやっぱり、まだわからない。

 

 その他、創世神話から分かることは……初め、この世界には魔族しかいなかった。これを倒すために、神であるエミリアがソフィアをこの世界に降臨させて、そのソフィアが精霊を作り、精霊が神人を作ったことになっている。

 

 実際には精霊と神人は対等じゃないから、精霊がソフィアに力を貸したと考えるのが妥当だろうか。この辺はよく分からないが、神話を全部鵜呑みにするのも馬鹿らしいし、まだエミリアの正体もはっきりしていないのだから、それが分かれば自ずと判明するだろう。

 

 あとは、鳳がこの世界の勇者として存在している理由もよくわからない。レオナルドはP99を作ったのが鳳なんじゃないかと言っていたが、それだけで勇者にされたのでは堪ったものじゃないだろう。やはりエミリアとソフィアという名前に心当たりもあるわけだから、幼馴染に何かあったと考えたほうが良さそうだが……

 

 鳳がそんなことを考えていると、皇帝が続けた。

 

「300年前、我々帝国は勇者様と仲違いをしたつもりはありませんでした。世間では帝国が勇者様を殺害したということになっておりますが……あなたは倒そうとして倒せる人でしょうか?」

「そうだった。俺もそれが引っ掛かってたんですよ。アイザック……ヘルメス卿の居城で聞いた歴史では、勇者は帝国に暗殺されたことになっていた。でも、あなたは俺のことを『殺しても死なない人間』と言っていた。仮に俺を殺しても、どこかで復活してしまうことを知っていたんだ。なのに、帝国は俺を殺したことを否定せずに、怒った勇者領の人たちと戦い続けていた。どうしてそんなことをしたんですか?」

 

 すると皇帝は苦々しげな表情で言った。

 

「それは増えてしまった勇者様の血脈を断つためだったのですよ。我々はそのために、敢えて汚名を被ったまま行動を起こしました」

 

 その言い方は非常に穏やかじゃない。そしてわけがわからなかった。一見して穏やかな皇帝らしからぬ言葉に、鳳は困惑しながら尋ねた。

 

「何故ですか? あなたは勇者とは仲違いするつもりは無かったというのに、何故その子供たちは許せなかったんですか?」

「少々話は長くなりますが……実は私は皇帝になる前、この帝国に仕え、この世界の成り立ちを探求していた研究者だったのですよ。その頃の私の研究テーマは、魔族とは何なのか魔王はどこからやってくるのかということでした。そんなことを研究するものは当時でも少なかったのですが……少々、退っ引きならない事情がございまして」

「退っ引きならない?」

「はい……」

「それってどんな?」

「それは順を追って説明します……先程ご覧になられた映像の通り、魔族とはひたすら進化を求めた挙げ句、怒りの化身となってしまった人類のことです。魔族は他の生物を体内に取り込むことで、その遺伝子を獲得し肉体を強化します。しかし強化と簡単に言っていますが、それは体を構成する細胞の遺伝子を書き換え、別の形質に変化するということでしょう? そんなことが出来る生物がいるでしょうか? バクテリアやウィルスなどの微生物ならともかく、人間のような複雑な生き物には不可能でしょう」

 

 確かにその通りだ。鳳は黙って頷いた。

 

「ところが、それが出来るということは? 恐らく、そこになんらかの仕掛けが存在するはずです。例えばここにある『神の揺り籠』のようなものがネウロイにあって、そこに住む魔族に働きかけていると考えられるわけです。魔族たちは、それによって肉体の強化を行い、貪欲に次の獲物を探し続けていると」

 

 なるほど……それなら魔族がネウロイに集中している理由にもなる。

 

 仮にそのような機械があるとして、それがどうやって魔族に影響を与えているのか? という疑問が残るが、それも第5粒子エネルギーという存在がある時点で解決済だ。鳳も、神人も、神技や古代呪文の使い手は、みんなそのエネルギーを介して、他次元に存在するであろうデイビドの影響を受けている。

 

 人間の羅刹化はDAVIDシステムの開発後に起きた出来事なのだから、同じような手法で人間に影響を与える機械があってもおかしくない。鳳は尋ねてみた。

 

「もしかして、それらしきものが見つかったんですか?」

「いいえ……残念ながら。しかし、今はあると確信しております」

「そりゃまたどうして?」

「それは……」

 

 皇帝は歯切れが悪そうに言葉を区切ると、渋面を作って視線を逸らした。よほど言いにくいことらしい。急かしても仕方ないので鳳が黙っていると、

 

「先程のラシャの神話からの推測になりますが、魔族は他者から奪うことによって力をつけていくわけです。すると、いずれ一人の個体に力が集約されて、誰も勝てなくなってしまう。それが魔王……なのでしょう。魔王とは、ある一定のラインを越えた最強の生物がなるものだと考えられます」

 

 鳳は頷いた。そこまでは概ね同意見だ。問題はそこから先にあった。

 

「では、その魔王を倒した時、この世の中で最強なのは誰でしょうか? 真祖がこの地に降臨した時、魔王を倒したのは彼女が作り出した多数の神人たちでした。だから誰が最強と言うことはありませんでした。しかし、300年前。その神人たちすらも敵わない魔王が現れた時、それを倒したのは一人の勇者だったのです……」

 

 皇帝は溜めるように一拍おいて、鳳の様子を窺いながら、重苦しい口調で続けた。

 

「もし……ネウロイにある何らかの機械が、無条件に最強の誰かに働きかけるものだとしたら……勇者は最終的に魔王になる可能性がある。そしてその兆候が現れていたのです」

 

 その口調からなんとなく嫌な予感はしていた。それを聞いてやっぱりという気持ちもあった。鳳は腰に手をあてて、少し長いため息を吐いてから、皇帝に話を促した。

 

「兆候……ですか」

「はい。魔族は……もうご存知かと思いますが、男を殺して女を犯そうとする習性があります。殺してその性質を奪い、犯して自分の子供……すなわち分身を増やそうとするわけです。それはオアンネスがオークを産むように、種族を問わず強力な繁殖力を示します……

 

 300年前の勇者様にも、その兆候が現れていました。それまでは女性には無関心だった勇者様が、次から次へと女性に手を出し始め、そしてその殆どが妊娠しました。先程の動画にもあった通り、神人というのは既に繁殖を必要としない存在であるにも関わらずです。

 

 もちろん、神人も元は人間なのですから、全く産まないわけではありません。しかしそれは稀で、肉体関係を持った者が高確率で妊娠するというのは、流石におかしな出来事だったのです。

 

 しかし、幸か不幸か勇者様はおモテになりましたから、誰もそのことに疑問を持ちませんでした。せいぜい、カイン卿のような貴族が、娘が汚されたと言って怒ったくらいのものです。その娘というのも、神人が戯れに産ませた庶民の子で、人間でした。だから帝国ではさほど問題視されていなかったのですが……

 

 そんな中で私を含む魔族の研究家は危機感を覚え始めていました。ちょうどその頃、帝都では神人の謎の失踪という不穏な事件が相次いでいたのです。当時は今と違って神人の数も多かったですから、ただ気まぐれに家出でもしたのだろうと、あまり大事にはならなかったのですが……私たちからしてみれば、勇者様と肉体関係を持った人たちの妊娠とセットで、彼を疑うには十分な事件でした。

 

 そして、時が過ぎ、彼の子供たちが続々と産まれてきたところで、我々は確信を持ちました。ご存知の通り、勇者様の子供たちは、全員が例外なく神人だったのです。それは母親が神人だろうが人間だろうが関係ありませんでした。まず子供が生まれるはずのない、獣人との混血の間にも子供が産まれたのです。

 

 ここまで来たらもはや疑う余地もありません。我々は、当時既に勃発していた勇者戦争を理由に、勇者様の子供たちを排除するために動き始めました。もし、彼らが成長して力を得たら、魔王になる可能性があったからです。これが、どんなに神人の数を減らしてでも、帝国が勇者派と戦い続けていた理由です」

 

 皇帝の口から出てきた真実は、思ったよりもずっと深刻だった。鳳も、力を得た時からずっと、なんとなく嫌な予感はしていたのだ……何しろ、この力は代償を求めすぎる。力を振るう度に、脳細胞を破壊することを求められてるようなものだった。そのくせ、やれることは何かを創造するのではなく、敵を殲滅するためのものばかりだ。

 

「勇者はその後……どうしたんですか?」

「わかりません」

「わからない……?」

 

 皇帝は、少々放心状態の鳳にも、はっきり見えるよう大きく頷いてから、

 

「帝都にいた勇者様は、多くの女性と関係を持った後、ある日忽然と姿を晦ましてしまいました。そして勇者領にも新大陸にも帰って来なかったから、勇者派の人たちは帝国による暗殺を疑って、勇者戦争が勃発しました。勇者様を害することなど、我々には不可能だと言うのに」

「そのことをヘルメス卿は知ってたんじゃないですか? 彼は、勇者パーティーの一員だったんでしょう?」

 

 すると皇帝は意外なほどあっさりと頷いて、

 

「ええ、知っていたでしょう。知っていて、戦争を始めたんだと思います」

「そんな、なんで!?」

「それは多分、勇者様が魔王化しかけていたこともまた知っていたからではないでしょうか。彼はそれでも勇者様の子供たちを守りたかったのですよ」

「でも、その子供たちがまた魔王になるかも知れなかったんでしょう? 話し合うことは出来なかったんですか?」

「それが、話し合いをする前に、彼はあっさりと戦死してしまったのです。彼は学者で、勇者パーティーの他の二人とは違って、知恵で勇者様を助けていたお方でしたから」

 

 鳳はため息を吐いた。初代ヘルメス卿が助けたかったのは、多分、メアリーだ。彼はメアリーを結界に閉じ込めた後、戦場へ行って死んでしまった。以来300年間、彼女はあの城に封印され、戦争はいつまでも続いた。今起きているヘルメス戦争だって、元はと言えばその延長なのだ。彼はどうして、そこまでしてメアリーを守りたかったのか……

 

「……勇者は、何も告げずに、どこへ消えたんだろうか。彼が居なくなれば、混乱が起きるのはわかっていただろうに」

「……逆にお尋ねしたいのですが、もしあなたならどうするでしょうか? そこに真実が隠されているのだと私は思います」

 

 皇帝が不安そうな声で呟いた。鳳はその言葉にハッとした。そうだ……300年前の勇者と言っているが、それは自分と同じ人間だったのだ。だから、自分が同じ状況に置かれたらどうするか? と考えれば、そこにヒントは転がっているのだ。

 

 それならもう、答えは決まっていた。自分だったら十中八九、理性を失って魔王になるくらいなら『死』を選ぶだろう。

 

 普通、自殺なんて考えたくもないだろうが、意外なほどあっさり、彼はその理不尽な運命を受け入れていた。特にこの世に未練はない。今すぐやらなきゃならないこともない。問題は彼が殺しても死なないという事実だけだった。だというのに、勇者は一体どうやったのだろうか……

 

「勇者様のその後はわかりませんが、もしも魔王と化していたなら、この世界は既に滅亡しているでしょう。そうなっていないのだから、勇者様は魔王にはならなかったと考えられます。我々の不安は、後は勇者様の子孫が力を得て魔王化することでしたが……他ならぬ、あなた自身がこうして復活してしまったのですから、それも無駄だったようですね」

「……それは、すみませんでしたね」

 

 すると皇帝は口が過ぎたと考えたのか、全力で首を振って、

 

「とんでもない! 帝国にとっても、勇者様は恩人なのです。その恩人を害さねばならない理由がどこにあるでしょうか。我々はもう、あなたがどういう選択をしても、恨むつもりはありません」

「そうですか……なら俺も、なんとか魔王にならないように、努力しようかと思いますよ……」

 

 本当に、そうなってしまうのかもその方法も、さっぱり分からなかったが、鳳は漠然と、他人事のようにそう返した。

 


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