300年前……帝国が、世界を救った勇者を暗殺した裏には、思いもよらぬ深刻な事情が隠されていた。勇者が魔王になりかけていたのだ。
この世界には、どうやら過去の地球のテクノロジーの影響が残っており、人々は今もその恩恵を受けているらしい。例えば、神技や古代呪文はデイビドの影響で行使出来るように、魔族の力はラシャ(正確には羅刹と化した人類の遺産)のおかげだった。
ラシャの影響は魔族だけではなく人間にも届いており、過去の勇者はそのせいでどんどんおかしくなっていったようだ。そして彼は、魔王となって理性を失う前に、自らの手で終止符を打った。それが勇者暗殺の真相だったのだ。
そしてその勇者とは他ならぬ鳳白のことであり……彼もまた、現世界で最強の力を手に入れれば、過去の自分同様、魔王になりかねない危険があるようだった。だから出来ればそうならないように努めたいのだが、その方法がわからない。何しろ、既に3回死んでいるのに、その都度復活しているのだ。普通ならラッキーと思うその性質を、まさか疎ましく思う日が来るとは思わなかった。
しかし何故、鳳は死んでも生き返るのだろうか……? そもそも、この世界に勇者として呼び出された理由もわからない。例えば、何かしらの事情があって神になってしまった幼馴染に呼び出されたと考えれば辻褄があいそうにも思えるが、話が荒唐無稽過ぎてそこから先を考えるのが馬鹿馬鹿しくなるのだ。
せめて何か、その証拠になりそうなものがあればもう少し真剣に考えることも出来るのだが、未だ幼馴染に関しては手がかりすら見つかっていなかった。
この世界の研究者であるという皇帝ともう少し話をしたかったのだが、あっちはあっちで公務が忙しくて今は鳳の相手をしていられないらしい。ヘルメス戦争を終えるにあたって、休戦交渉をしなきゃいけないのだが、そのための議会工作が必要なのだとか。
それは勇者領との間で交わす条件についてではなくて、カイン、ミトラ、セトという大国の主を納得させるための折衝だそうだ。皇帝は、鳳に話したことを全部、諸侯にも話しているわけではないので、説得が難しいようである。
まあ、彼らからしてみれば、ヘルメスには帝国へ叛旗をひるがえす確かな証拠『勇者召喚』という材料があったのだから、簡単に負けを認めるわけにはいかないだろう。そもそも戦争は、オークキングが現れてしまったせいで、なし崩し的に停戦状態になっているわけだから、彼らには負けたという認識はないのだ。
そんなこんなで、鳳は迎賓館みたいな立派な屋敷に、待ってりゃそのうち仲間も帝都にやってくるからと言われて押し込められた。流石に好き勝手にやられちゃ堪らないだろうから監視の目はあったが、あっちも鳳がその気になったら止めることなど不可能だと分かっているからか、その制限は大分緩かった。
それじゃあ仲間を迎えに行こうかな? と思いもしたのであるが、それはやめてくれと頭を下げられてしまい実行できなかった。何故かと言えば、鳳が勇者軍と合流してしまうと、諸侯の説得がより困難になってしまうからだ。彼らはアイザックが勇者を呼び出したから怒って挙兵したわけだが、皇帝はその勇者なら既に帝都に招いていて、敵意がないということを理由に、議会を説得しているのである。
当たり前だが、諸侯はまだ鳳が本物の勇者かどうか半信半疑らしく、だから出来ればこのまま帝都に留まって、やってきた仲間を帝国の客人として出迎えて欲しいのだと、皇帝は鳳に要請してきた。そうすれば諸侯も信じるだろうし、勇者が言うならと勇者軍も態度を軟化するはずだ。筋は通っているし、それで戦争が終わるなら安いものだから、素直に聞いておくことにする。
とは言え、仲間たちも鳳の安否を気にしている頃だろう。一応無事だけは知らせておこうとチャットで呼びかけたのであるが、反応が無くて焦ってしまった。どうしたんだろう? と思って自分のステータスを見てみれば、今まであったパーティーリストの項目が無くなっていた。
もしかして、また勇者召喚された影響だろうか? 驚いて他のステータスも変化してないかと調べてみたら、STRが27に、そしてレベルが121まで上がっており、突然の変化にぎょっとしたが……思い返せばSTRが上がってるのは、ジャンヌを助けようとした時にとっさに上げた結果である。レベルが上がってるのは、痩せても枯れても魔王を倒したからだろうか……
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鳳白
STR 27 DEX 15
AGI 15 VIT 20
INT 20 CHA 15
BONUS 23
LEVEL 121 EXP/NEXT 57224/999999
HP/MP 1891/999 AC 10 PL 0 PIE 5 SAN 10
JOB ALCHEMIST
PER/ALI GOOD/DARK BT C
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正直なところ、元の世界でゲームをやっていた頃も見たことのないような数値に喜ぶどころか、皇帝の話を聞いた今となっては危機感しか感じなかった。この、レベルというのも、ボーナスポイントも、考えてもみれば示唆的ではないか。
敵を倒して力を得るというのは、魔族の特性そのものである。そして今回鳳が倒したオークキングの特性を考えると、こうしてSTRが上がっている現状が、まるで必然のように思えてならなかった。これはあれを倒す直前に、自分で上げたものだから後付けのはずだが、結果論としてオークキングを倒した鳳のSTRは上がっており、そしてもう元には戻せないのだ。
思えば、鳳に限らず人間は、敵を倒すとレベルが上がってステータスが変動する。だが、神人は生まれつき基本ステータスが決まっていて、レベルがあがっても変動することはない。この違いが何故生まれるのか、もっと吟味しておくべきだった。まだはっきりとしたわけじゃないが、もしかすると、基本ステータスはラシャの影響を受けているのではないか。
神人も魔族も、元は人間だから、人間はその両方の影響を受けるのだ。特に鳳はボーナスポイントがあるから、このままボーナスポイントを振り続けたらどうなるのか……今後はより慎重に行動しなければならないだろう。
帝都から戦場まではかなり距離があったが、向こうもまさか全軍で行動するわけじゃないから、仲間たちが来るのは意外と早いはずだ。遅くとも一週間といったところか。だがその一週間がなんとももどかしかった。
と言うか、やることがなくて暇なのだ。もしかして、暇だから暗いことばかり考えてしまうのかも知れない。
鳳が帝都に来てから3日が過ぎた。その間、彼は迎賓館の与えられた部屋の中から殆ど外に出ていなかった。せっかく帝都に来ているのだから街を散策したかったのだが、戦争終結のために、すでに勇者が帝都入りしているという噂は城下に広まっていたため、自重せざるを得なかったのだ。
皇帝は事情を知っているから全く敵意を感じられなかったが、普通の神人は勇者派とずっと戦争を続けていたのだから、あまりいい感情を持ち合わせていないらしいのだ。
終戦宣言を前にトラブルを起こすわけにもいかないし、そんなわけで迎賓館の中で日がな一日ぶらぶらしているしかなかった。黙ってても三食出てくるし、不満はないのだが、とにかく暇なことだけがネックであった。
日帰りならという条件付きで、ポータルを使って外に遊びに行く許可は得ていたが、どうにも腰が重かった。出来れば一度ヴィンチ村に戻りたかったのだが、あんな話を聞いた後では、今はミーティアと顔を合わせづらかった。
それにメアリーのこともあるから、レオナルドとも会いづらかった。早くケーリュケイオンから彼女を出してあげたいのだが、それは現在帝都へ向かってきているであろう仲間が持っているはずだから、彼らを待たねばならないという、どうしようもないジレンマがあった。
一人でニューアムステルダムに繰り出すのも悪くないが、どうせならこの暇な時間を使って迷宮のP99を調べにいく方が良いだろう。しかし、迷宮にはポータルで直接飛べないから、一旦ヴィンチ村を経由するしかない。なのに、ミーティアにもレオナルドにも挨拶をしないのは気が引けるし……
などと堂々巡りをしている時、彼は気がついた。そう言えばP99を調べるだけなら、この帝都にもあるじゃないか。あの時はラシャの話や、鳳が魔王化するかも知れないという話が気になって、機械の方は十分に調べていなかったが、迷宮のそれと、帝都のそれが同じものとは限らない。案外中身は別物かも知れないから、もっとよく調べておいたほうが良いだろう。
鳳はそう思うと居ても立ってもいられなくなって、監視役の従者に頼んで、また禁裏の奥に行けないかとお願いしてみた。
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P99……ここでは『神の揺り籠』と言うそうだが、それは流石にこの帝国の最高機密であるから、許可はすぐには降りなかった。籠の間は、管理者である皇帝にしか開けられないから、彼女の同行が絶対に必要なのだが、忙しくて中々時間が作れなかったのだ。
結局、その日遅くになって、就寝前に時間を作ってもらったのだが、もう深夜と言ったほうが良い時間帯に、疲れている彼女を連れ回すのは大分気が引けた。彼女としてはどうせ機械をいじれる人は限られているのだから、もっと自由に触ってもらっても構わないそうだが、やはり色々とうるさいらしい。権力者といえども、世間のしがらみからは逃れられないのだ。
皇帝は大分眠そうだったが、それでも研究者の血がたぎるのだろうか、鳳が何を調べるのかと興味津々に聞いてきた。ぶっちゃけ、行きあたりばったりではっきりとした目的は無かったのであるが、デイビドやラシャの動画があったように、その時代の他のアーカイブも残されているようなので、
「主に、自分が生きていた時代のことを調べてみようかと。どうも、その頃の俺に色々とあったみたいなんで」
「そう言えば、勇者様は放浪者でございましたね……ご自分のことなのに、覚えていらっしゃらないのですか?」
「何でか知らないんですけど、俺は他の放浪者とは違って、人生の途中でこっちの世界に呼び出されちゃったみたいなんですよ。俺と一緒にこっちに来た仲間もそうだから、この時代の放浪者は別のルールが適用されてるのかも……まあ、そういうことを含めて調べてみようかなと思って」
なるほど、と関心を示す皇帝の言葉を背中に聞きながら、鳳は端末を調べ始めた。
そこで使われているOSはよくあるGUIであるとは言え、使われている文字は独特で、少なくともアルファベットではないから本来ならお手上げだった。だが、迷宮のP99をいじった時と同様に、暫く端末をいじっているうちに、鳳にはなんとなくその文字が読めるようになってきた。恐らくは、デイビドにサポートされているのだろう。ラシャの可能性もあったが、なんとなくその荒ぶる神のイメージではないので、きっと前者で間違いないだろう。
それはともかく、文字は読めるが代わりに脳のリソースをかなり食うようだから、文字を目で追ってるだけで、異様に神経がくたびれて来た。どうやらMPも消費されているので、あまり長くはいじれそうにないようだった。だが、鳳は以前とは違ってMPが最大値まで上がっていたから、まだ暫くは余裕がありそうだった。出来るだけ要点を絞ってさっと調べた方が良いだろう。
鳳がそう肝に銘じながら、備え付けのキーボードをカチャカチャと操作していると、
「……勇者様。もしやあなたはそれを操作できるのですか?」
「え……?」
彼の背後で皇帝がぽかんとした表情で画面を凝視していた。その様子からすると、どうやら彼女はこの機械をまともには動かせないらしい。
「でも、最初俺がここに来た時、あなたは俺にあのファイルを見せてくれましたよね? あれはどうやって見つけたんですか」
「それはお恥ずかしながら……我々研究者たちが総当りで、長い年月をかけて、一つ一つのファイルを吟味して発見したのです。我々には、時間だけは有り余っていますから」
何という力技だ……鳳はある意味そっちの方が感心した。多分、この中には何千万というファイルがあるだろうが、それを根気よく探っていたわけだ。絶対に何かあるという確信がなければ続けられないだろう。
鳳は尋ねた。
「それじゃ、あの動画を見つけたフォルダはわかりますか? その辺を集中的に調べたいんですけど」
「それもお恥ずかしながら……偶然に発見したとしか言いようがないのです」
「なるほど……それは残念」
と言いはしたが、彼はそれほど悔しがってはいなかった。と言うのも、ファイルはすでに見つかっているのだ。ならば、そのファイル名で検索をすれば、マシン内の似たようなファイルが他にも見つかるのではないか。
幸い、ファイラーはとっくに見つけており、その中に検索窓のようなスペースもあった。後はその窓にファイル名を打ち込めばいいだけである。コピペ出来ればすぐなのだが、残念ながらショートカットキーがわからないので、鳳は手探りで慎重にキーボードを操作しながら、その作業をどうにか終えた。
すると別の窓が開いて、検索結果が次々と現れた。ファイル名が自動生成されたナンバリングっぽかったから覚悟はしていたが、これと同じファイルは端末内にまだまだたくさんあるようだった。それが収まっているフォルダも複数あったが、文字は読めずともなんとなくその意味だけは取れたから、そのうち、フォルダ名に情報とか歴史などの意味が混じっているものに当たりをつけて探ってみた。
そして彼はそれを発見した。
「英語だ……」
「英語?」
「はい。俺たちの使っていた共通語で……多分、こちらでは失われた古代語って感じですかね」
「読めるのですか?」
「そりゃもう、古代人ですから」
鳳が開いたのはどうやら英字新聞の切り抜きの画像データだった。文字が読めない人たちからすれば、ただのバイナリーデータに過ぎないから、スルーしてしまっても仕方ないだろう。
画像の文字をクリックしてみたら、文字ごとに範囲を指定できたので、どうやら起動しているアプリは文字を認識出来ているようだった。というか、新聞の切り抜きに関連付けられたアプリなのだから、当然といえば当然だ。
鳳はすぐに全文検索のための窓を見つけた。音声入力でも書き込めるようだったが、どうやらキーボードはQWERTY配列に対応しているらしく、好きな単語を直感的に打ち込むことが出来た。
試しにJAPANと打ってみたら、画面が固まるくらい尋常じゃない数のファイルがヒットしてしまったので、次は控えめに自分の名前を入れてみた。
しかし、鳳が自分の名前を入れても、検索結果は一件もヒットしなかった。Outori TsukumoでもTukumo Ohtoriでも、他の綴りもためしてみたが、全く反応はない。まあ、自分が有名人だなんて自惚れてもないから、当然なのかも知れないが……
代わりに父親の名前を入れてみたら、こっちはかなりのファイルがヒットした。鳳グループの総帥だけあって、世界中にその名が知れ渡っているのだろう。試しにファイルを開いてみたら、それは世界で初めてシンギュラリティに到達したAI、DAVIDを表彰する記事だった。鳳の推測通り、やはりあれは鳳の父が作ったものだったのだ。
気になったのはその日付だが、見ればどうやらDAVIDが完成したのは、あのVRMMOのサービスが終了した翌年のようだった。つまり、鳳がもうちょっとあっちの世界に残っていたら、シンギュラリティ後の世界を目撃できたわけだ。
それはちょっと残念だなと思いつつ、やっぱり自分は父親の後を継がなかったんだなと、妙に安心していると、鳳の肩越しから首を突き出すようにして、にゅっと皇帝の横顔が出てきた。ものすごく近いその顔にドキドキしていると、皇帝は目を丸くしながら、
「……真祖様?」
と呟いた。鳳は驚いて聞き返した。
「え!?」
「いえ、その……この画像に映ってる女性が、私の知っている真祖様によく似ていたものですから」
言われて画面の見ると、鳳の父親のすぐ斜め後ろの方に、確かに見覚えのある顔があった。それはうっすらとエミリアの面影がある女性だったが、しかし、彼女だとしたら年齢が合わないのだ。
鳳と同い年のエミリアなら、その年はまだ20代に入ったばかりのはずだ。だが、画像の女性はどうみても初老といった感じで、下手したら鳳の父親よりも年上に見えた。だから、彼女はエミリアではない。だが、エミリアの親戚である可能性はある……それが何故、父親と一緒にいるのだろうか?
鳳はふと思い立って、今度はエミリアの名前で検索をかけようと思った。しかし、彼女の名前は忘れようもなかったが、その英語の綴りまでは覚えてなかった。だからつい、隣にいる同姓同名の皇帝に、
「エミリア・グランチェスターって、どういう綴りでしたっけ?」
わかりもしない彼女に尋ねてしまった。もちろん、彼女は焦るばかりで、答えは帰ってこなかったが、
「お?」
代わりに、鳳の音声を拾ったのか、検索窓に『エミリア・グランチェスターって、どう……』という文字列が、日本語で打ち込まれていた。どうやらこのアプリ、二バイト文字にもちゃんと対応しているらしい。
Unicodeなのかな? と思いつつ、エミリアの名前の後に続いた、不要な文字列を削ってみると……すると検索窓に、一件だけファイルがヒットした。まさか幼馴染の名前がこんなところに出てくるなんて、驚きながらファイルを開いた彼は、そして更に驚かされた。
「……え?」
開いたファイルは日本の新聞の社会面の記事だった。内容はよくある交通事故で、その中に書かれた彼女の名前の後には、死亡の二文字が並んでいるのである。