ラストスタリオン   作:水月一人

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出来すぎじゃないか?

 帝都のP99を暇つぶしに調べていたら、鳳は思わぬものを発見してしまった。端末のデータベースの深い階層には、地球で発行された新聞記事の切り抜き画像がたくさんあったのだが、それを全文検索していたらエミリアの死亡記事がヒットしたのだ。

 

 そりゃ、この世界はどうやら鳳が生きていた時代よりもずっと後のことらしいから、彼女が死んでいること自体は問題ない。だが、老衰ではなくまさか事故で死んでいるとは思いもよらず、鳳は絶句してしまった。日本に来て踏んだり蹴ったりだったのに、そのうえ最期が事故死だなんて、あんまりではないか。

 

 正直、ショックで上手く頭に入ってこなかったが、それでも現実を見つめなければならないので、鳳は苦労しながらもゆっくりとその内容を吟味していった。

 

 それによると、どうやらエミリアは友達の家があるマンションの、階段の踊り場から転落死したらしい。マンションは12階建てでエレベータがあったが、通勤時や夕飯時などは混雑して中々乗れないことがあり、彼女は焦れて階段を行こうとしたが、その時になんらかの弾みで踊り場から外へ落ちてしまったようだ。

 

 警察が調べたが事件性はなく、友達の家に遊びに来たばかりの彼女に死ぬ理由も無かったから、それは事故死として処理された。記事にはそれ以上の情報はなく、続報もなかったから、その後どうなったかはわからない。

 

 しかし、こんな短い記事の中でも、彼は矛盾を発見してしまった。死んだ彼女の年齢は13歳と書かれていたのだが、13歳と言えば中学1~2年生の頃であり、鳳が事件を起こした時期と一致していた。

 

 だが、鳳が先輩を襲撃する前、彼女が死んだなんて話は聞いたことがなかった。事件後、彼はホームレス生活をしていたわけだが、仮にその時に死んだのだとしたら、それならソフィアはどうなる?

 

 鳳はその後、ゲームの中でソフィアと何年も一緒に遊んでいたのだ。ジャンヌと、みんなと、最強ギルド・荒ぶるペンギンの団として。だが、日付からするとゲーム中で彼女と遊んでいたときには、エミリアはとっくに死んでいた。じゃあ、ソフィアとは一体何者だったのだ?

 

 誰かがエミリアに成りすましていたということは考えられるが、しかし何のために? 大体、こうしてソフィアの矛盾に気づいた今でも、彼女が偽物だったとはとても思えなかった。鳳だけではなく、一緒にこの世界に飛ばされてきたカズヤも、彼女がエミリアだと信じていた。何故なら、灼眼のソフィアなる痛キャラは、小学生だった彼女のオリジナルのキャラクターだったのだ……いや、パクリだけど。

 

 ともあれ、そのなりきりキャラクターといい、ときおり見せる素の仕草など、それは完璧にエミリアで別人だったなんて思えなかった。仮にそうだと仮定しても、それなら今度はどうして彼女に成りすます必要があったのか、そのメリットがわからない。鳳とソフィアは、ほんの二三日遊んでいたわけではない。あのオンラインゲームの世界で何年も、同じギルドメンバーとして戦い続けていたのだ。そんなことをする意味が分からないし、偽物ならいつかボロが出るだろう。

 

「……ふあぁぁぁ~~……」

 

 鳳が記事を読みながら呆然としていると、突然、背後からそんな間の抜けた声が聞こえた。ハッとして振り返ると、皇帝が眠たそうに大あくびをかましていた。そう言えば、忙しい公務の合間、就寝前の時間を割いてくれているのだった。

 

 彼は、大口を開けていたところを見られ、慌てて取り繕おうとしている彼女に頭を下げると、

 

「結構、時間経っちゃいましたね。今日はこの辺にしときます」

「よろしいのですか?」

「ええ……ちょっと考えなきゃいけないことが出来ちゃって」

「そうですか……ところでそれは何が書かれているのでしょうか?」

 

 皇帝がモニターを指差す。今度はさっきと違って写真が入っていない記事だから、彼女には何が書かれているのか分からないのだ。鳳はその内容を朗読してあげようとしたが、すぐに思い直した。エミリアは、鳳にはただの幼馴染に過ぎないが、この世界の人にとっては神様なのだ。

 

「まあ、簡単に言えば……神は死んだってことですかね」

「はあ……」

 

 皇帝はわけがわからないといった感じに首を捻っている。まだ何もわかってないのは鳳も同じなのだ。エミリアは本当に死んだのか。ソフィアは何者だったのか。もしかすると、記事が間違っていて、エミリアはちゃんと生きている可能性だってある。

 

 鳳はそんな淡い期待を胸に秘めながら、端末から離れて部屋へと戻った。

 

*********************************

 

 部屋に戻ったは良いものの、その日は中々寝付けなかった。そりゃ、あんな物を見つけてしまったのだから、当たり前だろう。今更、エミリアが恋しくて泣くなんてことは有りえないが、それでも一度は好きになった相手である。それがあんな変な死に方をしていたとしたら、何も考えないわけにはいかないだろう。

 

 本当に、エミリアとソフィアは別人だったのだろうか? 今思い返してもやっぱり信じられなかった。確かに、ゲームの中ではみんなアバターを使っていたから、姿を隠して別人に成りすますのは難しくない。だが、それなら何故ソフィアはエミリアに成りすまそうとしたんだ? 鳳を騙そうとしていたのだろうか……?

 

 と言うか、そもそも鳳はどうしてゲームを始めたんだったか。確か風のうわさでエミリアがそのゲームをしていると聞いたからだった。しかし、当時の彼は引きこもりで学校に行っておらず、友達らしい友達もいなかったから、そんな情報を手に入れる機会は無かったはずだ。

 

 なのに何故、彼はあのゲームを始めたのか……彼は当時のことを思い出そうとした。

 

 エミリアを汚した先輩連中を襲撃したあと、裁判が何年も続いた。あの事件で鳳は加害者であり、先輩たち……というかその親は被害者だったから、黙っていられなかったのだろう。だが世間が騒げば非は向こうにある。だから鳳は逃げも隠れもせずに立ち向かうつもりだった。

 

 しかし、そうやって粋がってみたはいいものの、彼はまだただの中学生でしかなくて、社会的には何の力も持っていなかった。裁判は理詰めで行われ、情状も判例を元に酌まれる。なのに鳳の意見はただの感情論でしかなく、邪魔でしかなかった。だから裁判は、父親が雇った弁護士が中心になって行なっていた。

 

 彼は自分が引き起こした事件なのに、子供は何もするなと言われて、何もない部屋で過ごしていた。裁判は本人を無視して、親同士で勝手に行われた。子供は責任能力がないから、親が責任を取るしかないと。しかしそんな慣例は、親もなくずっと施設で過ごしてきた彼には理不尽でしか無かった。

 

 だから彼は父親の世話になるのが嫌で、一人で生きるために家を出たのだ。事件を起こした彼は、父の後継者にはもうなれないのに、いつまでもその父親の庇護下に居るのが、どうしようもなく苦痛だった。

 

 ただ生きていくだけなら簡単だった。

 

 バイタリティのある彼はどんな場所でもすぐに馴染んだ。アウトローな兄さんと詐欺を働いたり、ホームレスキングみたいなおっさんと飯場で飯を食ったり、爺さんからは釣りと食べられる草をいっぱい教えてもらった。ホームレス仲間との時間は思ったよりもずっと楽しかった。

 

 だが社会から逸脱すれば、社会は簡単に敵になる。何者にも負けない力があっても、何もかもが解決するわけじゃない。もしそうならば、世の中はもっと暴力で溢れているはずだ。

 

 彼は人を傷つけることは出来ても、誰かを守ることは出来なかった。

 

 おっさんも、爺さんも、そしてエミリアも……

 

 本当に強いのは、守ることなのだ。彼はそれを痛感し、父親に頭を下げて助けてもらった。父親に迷惑をかけたくないと思って家を出たのに、こうしてまた迷惑をかけている。彼はもうどうやって生きていけばいいのか分からなかった。

 

 先輩に負けた、父親に負けた、社会に負けたと、頭の中がそればっかりで、生きるための目標を見失っていた。

 

 だからその頃は割りと父親の言うことを聞いていた。他にやることが無かったからだ。彼は学校に行く代わりに、父親に命じられて家でひたすら本を読んでいた。東西の古典を、暗記するのではなく、ただ読まされた。とにかく父親が持ってきた本を読みさえすればあとは勝手にしてて良いと言われ、本に没頭していれば、余計なことは考えないで済むから、言われたとおりに読みふけっていた。

 

 そのうち、本を読むだけでなく、茶道や禅、絵画やクラシック鑑賞などもするように言われた。その頃にはもう、父は教養を身に着けさせたいのだろうと分かっていたから、特に嫌がることもなく受け入れていた。とにかく言われたことだけやってれば、あとは好きにしてていいのだ。

 

 そうやって生活を続けていくうちに、いつの間にか彼は心に余裕を持てるようになっていた。もうエミリアのことはそんなに思い出さなかったし、死んだおっさんや、魚釣りを教えてくれた爺さんのことも思い出さなくなっていた。

 

 ただ、彼らのことを忘れてしまうことへの罪悪感のようなものがあったから、たまに思い出したかのように河川敷を見に行った。だが、あんな事件があったあとだから、もうそこには誰も居なかった。釣り糸を垂らして待ってても、もう誰もそこには来なかった。

 

 エミリアも、彼女の家が引っ越してしまっていたから、思い出はどんどん色あせていった。彼女の顔を思い出しても、胸は傷まなくなっていた。

 

 彼はこのままじゃいけないと焦燥感を感じ始めていた。父親の庇護下で安穏と暮らしていたのでは、自分が自分でなくなってしまうと。

 

 だから彼は、バイトでもして家を出ようかと考えた。そして、深夜のコンビニの前でコーヒーを飲みながら、求人雑誌を読んでいた時だった。そこへ中学時代の同級生らしき連中がやってきた。鳳はちょうど車の影に隠れていたから、向こうもこちらも、お互いに気が付かなかった。ただ、彼らの会話の中に突然、鳳の名前が出てきたら、彼は驚いて聞き耳を立てた。彼らはこんなことを言っていた。

 

 中学時代に騒ぎを起こしたやつがいるだろう? あいつがせっかく助けてやった外人は、いま引きこもって毎日ゲームしてるんだって。学校も行かずにゲーム三昧なんて羨ましい。

 

 鳳は彼らの言うゲームを知っていた。最近、父親の企業が開発したVRMMOゲームだった。世界初だかなんだかで話題になっていると、確か父の秘書だかなんだかが言っていた。確かそのサンプルが倉庫に眠っているのでは……

 

 鳳は、オンラインゲームなら彼女に会えるんじゃないか? と考えた。彼女の家族には拒絶されてしまったが、まさかゲームの中まで行動を縛れるはずがない。なんなら、自分の正体を隠しておけばいい話だし、鳳としては、彼女の安否さえ確認出来ればそれでいいのだ。第一、そんなゲームの中で彼女のことをちゃんと見つけられるか分からないのだし……

 

 そして彼は、そんな言い訳をしながらゲームを始めた。

 

「出来すぎじゃないか?」

 

 鳳は寝っ転がっていたベッドの上で、飛び上がるように上体を起こした。

 

 彼が何故、ベッドの上で眠れずに、こんな昔のことを思い出していたのかと言えば、それはエミリアの死亡記事を見つけてしまったからだ。あれが本物とは限らない。何しろ、自分は実際に起きたことを見たわけじゃないのだから。だがあれが本当だとするならば、エミリアはこの時点で死んでいた。なら、何故こんな噂が立つんだ……?

 

 鳳は事件を起こしたあと、中学校には戻らなかった。だからそこで聞いた噂話はもちろん知らなかった。学校がエミリアの死を隠していた可能性はある。だが、人の口に戸は立てられないと言うし、彼女が死んだという噂が流れるならともかく、こんな引きこもってゲームをしているなんて嘘が流れるものだろうか……?

 

 あの時、コンビニの前に居たのは、本当に中学時代の同級生達だったのだろうか? 偶然にしては出来すぎている。人為的なものをぷんぷんと感じる。だがもし本当にそれが人為的なものだとしたら、誰が何のためにこんなことをすると言うのだろうか……

 

 頭の中は霧がかかったようにゴチャゴチャしていた。その霧の向こうに見える誰かの姿が鳳にはなんとなく見える気がしたが、掴もうとした瞬間、それは雲みたいに消えてしまった。

 

*******************************

 

 翌日以降も皇帝の貴重な睡眠時間を削ってもらって、鳳はP99を調べていた。とは言え、流石に情報ソースが新聞記事だけでは限界があり、結局何もわからないに等しかった。

 

 鳳たちがプレイしていたVRMMOのサービス終了時に何か事件が無かったかと調べてもみたが、特に何も出てこなかった。

 

 もしも、意識がこの世界に飛ばされた時に、地球に残った体の方に何か影響があったなら、間違いなく事件になっているだろうから、やはりあっちに残った鳳は鳳で、その後の人生を普通に全うしたと考えるのが妥当だろう。彼の人生はそこで二股に別れたのだ。

 

 そしてあっちに残った自分がなにかやらかしていそうなのだが、残念ながらそれは何も分からなかった。一応、エミリアの死だけではなく、自分のその後についても調べてみたが、新聞記事に名前が乗るような人生は送っていなかったようだ。かと言って、死んだエミリアが何か出来るとも思えない。四柱の神の最後の一柱は、未だにその正体を現そうとしなかった。

 

 そうこうしているある日、帝都に早馬が駆け込んできた。停戦交渉に向けて、勇者軍の先遣隊がいよいよやってくるという報せだった。その中には鳳のパーティーメンバーも含まれているというので、彼は監視に頼んで迎えに行くことにした。せっかく帝都まで来たというのに、誰の出迎えもないなんて可哀相だと思ったからだ。

 

 ところが、出迎えのために城壁まで歩いていくと、予想に反してそこには大勢の人々が集まっていた。神人が数を減らしてしまったせいで、帝都は非常に人口が少ないらしいのだが、この様子では街の半数以上が集まっているようだった。

 

 物見遊山の見物人がこんなに集まってくるくらい、帝都人は暇なのかなと思ったが、それは勘違いだった。間もなく、城門が開いて勇者軍の面々が城下町に入ってくると、思いがけず民衆から一斉に歓声が上がった。

 

 それは本当に勇者軍の到着を歓迎する声だった。つい先日まで敵味方に別れて殺し合いをしていた相手に、こんな歓声が上がるのはどう考えてもおかしい。思った以上にこの帝国は統制が取れているのかなと思ったが、それも違った。

 

 彼らが口々に叫ぶ声に耳を傾けたらその理由が分かった。帝国人は魔王を倒した帝国軍と、共に凱旋した勇者軍を歓迎していたのだ。

 

 そういえば、魔王を倒したのだった……すっかり忘れていた。

 

 鳳がそんなことをぼんやりと考えていると、到着した軍勢の中から彼のパーティーメンバーが飛び出してくるのが見えた。ジャンヌが号泣しながら駆けてきて、その直後に嬉しそうな表情のルーシーが続く、ギヨームはいつも通りニヤニヤしていた。

 

 たった数日しか経ってないのに、なんだか妙に懐かしい。鳳はそんな仲間を笑顔で迎えつつ、心のなかでは妙な隔たりを感じていた。

 

 


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