ラストスタリオン   作:水月一人

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勇者軍の帝都入り

 勇者軍の帝都入りは思いがけず好意的な歓迎を受けた。この歴史的な日を停戦交渉の材料にしたいという思惑もあっただろうが、純粋に魔王討伐の報せが帝国人を喜ばせたようだった。

 

 考えてもみればこの世界に真祖ソフィアが降り立って以来、神人の目的はただ魔王を討伐することのみだった。事故でも起きない限りは永遠を生きる彼らは、その目的が無ければ思った以上に浮ついた存在なのだ。つまるところ彼らの貴族としてのプライドは、そこに集約されている。

 

 しかし300年前と比べて圧倒的に数を減らしてしまった彼らは、表に出しはしなかったものの、次の魔王がやってきたらどうなってしまうのかという不安を抱えていた。その不安から解放されたのであるから、喜びもひとしおであろう。

 

 とは言え、みんなこれで一段落したと思っているのだろうが、実際には皇帝が隠しているだけで脅威が過ぎ去ったわけではない。ラシャの問題を片付けない限りは、次の魔王は必ず現れるのだし、下手したらもうこの帝都の中に入り込んでいるかも知れないのだ。

 

 鳳は、仲間との再会を喜びつつも、心のどこかに引っかかりを覚えていた。それは要するに、次の魔王とは他ならぬ自分のことかも知れないのだ。彼らにどこまで事情を話すべきか、それとも話さないでおくべきか。既に自分としては結論が出ているのに、下手に心配をかけたくないと彼は思っていた。

 

「そうか……みんなはオルフェウス卿の最期に立ち会ったのか」

 

 帝都にやってきた仲間たちと、往来で一通り再会の挨拶を交わしていると、すぐに帝国軍から移動するようお願いされた。歓迎に水を差された格好だが、警備する側からすれば、市民たちがどう思おうが彼らに何かあってからじゃ遅すぎるのだ。

 

 勇者軍を率いてきたヴァルトシュタインは要請に応じて、約500騎ほどの騎馬隊を帝都の練兵場へと向かわせた。長く一緒に戦っていたから忘れてしまいそうになるが、元々ここが彼のホームグラウンドだったのだ。

 

 帝都にやってきた勇者軍は、そのヴァルトシュタインの500騎だけで、あとはヘルメス領へと置いてきたようだ。彼らはあくまで先遣隊で、今後、勇者領からやってくる連邦議員のために地ならしをしているようだった。

 

 政治的な目的があるならスカーサハの方が向いてそうだが、そこは勝手知ったる他人の我が家で、単純にヴァルトシュタインの方が知り合いも多くて動きやすいからこうなったらしい。他に帝都へやってきたのは、ヘルメス卿アイザック11世とお付きの神人二人、それからジャンヌにくっついてきたサムソンと、ヴァルトシュタインの副官テリーである。因みにマニは来ていない。

 

 アイザックたちは鳳と同じく迎賓館へ迎えられ、帝都にいる間は別の部屋に滞在するそうである。鳳のパーティーメンバーも同じ迎賓館に個室を貰ったが、ヴァルトシュタインとテリーは固辞して兵士たちと兵舎にいるらしい。指揮官が贅沢をしていると士気に関わるという彼なりの哲学だそうだ。

 

 それはさておき、「勝手に死にやがって馬鹿野郎」とギヨームに殴られながら近況を話し合っていると、案の定カリギュラのことに話題が及んだ。カリギュラはあの時戦っていた二匹の化け物の片割れだったわけだが、それを確かめたわけでもない鳳が知っていることを、仲間たちは不思議がっているようだった。

 

「帝都に来てから皇帝に聞いたんだよ。彼女もオルフェウス卿から聞いていたらしい」

「そういや、オルフェウス卿もそう言ってたな」

「大体、皇帝が知らなきゃ、特に実績があるわけでもないやつが、総司令官なんかになれるわけがないじゃないか。彼は自分が魔王になったことを知ってて、自分を倒せる相手を探していたようだな」

 

 そんな時、アイザックが勇者を呼び出して戦争が起き、カリギュラはそこから逃げだした鳳のことを疑っていたようだ。鳳はあの城で一度殺されて復活していた。勇者のことを何も知らないアイザックたちは、何かの間違いだと思ってそれ以上追求しなかったが、帝国の中枢に関わるカリギュラは勇者が殺しても死なないことを知っていたのだ。

 

 ヘルメス占領後、練兵場でそういうことが有ったことを知った彼は、もしかしたら鳳こそ本物の勇者かも知れないと思い、そして見事にピサロを退けたことで、疑念は確信に変わった。

 

「ところで、その皇帝ってのは何者なんだ? 俺たちは、お前が死んだあと、すぐに探しに行こうとしたんだ。そしたら皇帝の遣いってのがやってきて、お前は帝都にいるから来いって言われてよ……半信半疑だったが、来たらホントに居るし。神通力でも持ってんのか? わけがわかんねえよ」

「ああ、皇帝は俺のことを勇者召喚したんだよ」

「召喚だって?」

「そう。本物の勇者なら、召喚に答えてここに来るだろうと見越していたようだ」

 

 鳳がそう宣言すると、部屋の中にいた者たちからどよめきが上がった。正直、今更ではあったが、やはり皇帝からお墨付きを貰ったのは大きいようだ。

 

「皇帝は、俺の生死を問わず、魔王を倒したら帝都へ呼ぶつもりだったみたいだよ。結果は死んじゃったから、遣いの人は言われていた通りにお前たちを引き止めた。皇帝はその後、俺が死んだことを伝書鳩で知ってから召喚の儀式を行なったそうだ。生きていたなら遣いの人は、普通に俺に来てくれって言ってたはずだ」

「ちっ……なんだよ、種明かしされてみたら当たり前の対応だったんだな。俺はてっきり謀られてるんじゃないかと思ってたぜ」

「でも白ちゃん、生きていたならどうしてチャットで連絡してくれなかったの?」

 

 ギヨームがブツブツと文句を言っている横で、ジャンヌが不思議そうに尋ねてくる。鳳はそんな彼女を横目に見ながら、

 

「しようとしたんだけど、出来なかったんだ。どうも勇者召喚された影響か、一時的にパーティーリストが白紙になっちまってた。こうして再会したらまた出てきたんだけど、ここに居ないからかマニの名前は入ってない」

 

 そして共有経験値もしっかり入っていた。だが、鳳はもうこれを分配する気にはなれなくて黙っていた。下手に彼らを強くしてしまったら、この先何が起こるかわからない。レベルが上がるのはもう自分だけでいいだろう。

 

 彼はそんなことを胸に秘めつつ、さっきから二の腕に当たっているぷよぽよしたものを若干意識しながら、

 

「ところでジャンヌ……再会してからずっとベタベタされてうざいんだが、そろそろ離れてくれないか」

「嫌よ……本当なら私の方が盾役なのに、あなたに助けられるなんて……あなたが死んだあと、戦闘スタイルを変えたことをすごく後悔したのよ」

「あん? お前がドジって前線が崩れかけた時のことか? あれはあれで良かったんだよ。お前が攻撃特化になってたおかげで、その後の俺の攻撃が通じたんだから」

「でもそのせいでみんなが傷ついて、あなたを失ってしまったわ。私がタンクをやっていたら、もっと別の解決方法があったかも知れないのに」

「そんなの結果論だろう。それならそれで、今度はあのデカブツに剣が突き刺さらなくて困ってただろうし。寧ろあれはおまえの功績だぞ。あの時も殊勲賞だって言ったじゃねえか」

「それは嬉しいけど……でもやっぱり、私はあなたに守られるよりは、盾役でいたかったのよ。だから今は後悔してるわ」

 

 彼女はそう言いながら胸をグイグイ押し付けてくる。もちろんおっぱいは大好きだから普通なら嬉しいのだが、勇者の末路を聞いた今では、その物理的接触が怖かった。いや、それ以前に、こいつに欲情なんかしたら人間として負けのような気がする。鳳はブルブルと身震いすると、

 

「わかったから、いい加減離れろ! お前が言うと盾役が竿役って聞こえて気持ち悪いんじゃ! 後悔するのもスタイル変えるのも、勝手にすればいいだろ、ウザいんだよっ!」

「あんっ……いけず。でもそんなつれない所も好き」

 

 鳳に振りほどかれたジャンヌは床に投げ出されて、ヨヨヨとわざとらしく泣いている。おっさんの時からこういう仕草をするやつだったが、美女にやられると本当に罪悪感が湧くからやめて欲しい。

 

「くっ……これが俺様系男子というやつか。憎い……その概念が憎いぞ」

 

 鳳がげんなりしているとサムソンがそんなことを言って悔しがっていた。どうでもいいが、本当に見た目に反してナンパなハゲである。

 

「ところで鳳。メアリーはどうした? おまえが生き返ったんなら、あいつも生き返ってんじゃないのか?」

 

 ギヨームに言われ、鳳はポンと手を打った。

 

「そうそう、そうだった。ところでケーリュケイオンは? 持ってきてくれたんだろ?」

「お前の杖か? だったら、戦場に落ちてたのを見つけて、冒険者達に頼んでヴィンチ村まで運んでもらってる最中だが……」

 

 当然、持ってきてくれているものだと思っていたのに、まさかの対応に鳳は目を回した。

 

「え? なんで? どうしてそんなことすんだよ!?」

「はあ? んなこと言われても……これから敵地に行くかも知れないってのに、貴重品は持ってけねえだろ。お前が帝都にいるって保証は無かったんだ。だからあの時は、レオに預けておいた方がいいって話になったんだよ」

「なんてこった……それじゃまだ移動中だよな」

 

 あの戦場からヴィンチ村までは、帝都へ来るよりも倍は時間がかかる。

 

「どうしてそんなに杖に拘るんだ? あったほうが便利かも知れないが、今すぐ戦闘があるわけでもないのに」

「実はあの中にメアリーが閉じ込められてるんだよ」

 

 鳳があの時に何が起きたのかを説明すると、それを黙って聞いていた仲間たちの顔色も変わってきた。ルーシーが青ざめながら言う。

 

「ど、どうしよう? 今すぐ出してあげなきゃ、お腹空いて餓死しちゃうかも」

「いや、あの中に空間があるわけじゃないだろうから、大丈夫だと思うけど。つか、神人なんだから餓死はしないだろう、元々」

「どうしてそんな博打を打ったんだよ? おまえならリザレクションで生き返らせられるだろう?」

「メアリーはジャンヌと違ってP99でスキャンしたわけじゃないから、確信が持てなかったんだよ。この世界に一緒に召喚された仲間たちは復活できなかったわけだし、あの時は咄嗟だったから」

「そうか……うーん、そうか。多分、もう勇者領に入ってるだろうから、追いかけるのは難しいだろうな」

「仕方ない。爺さんのとこに届くまであと数日我慢してもらおう」

 

 本当に何事もなければいいのだが、メアリーを杖から出してあげるにはもう暫く時間がかかりそうだった。案外ルーシーの予想通り、空腹に耐えかねていたらどうしようか。恨まれるどころか、一生口を聞いてくれなくてもおかしくない。流石にそれはないと思いたいのだが……

 

 こんなことなら、せめて一度くらい動物を封じる実験をしておくべきだった。生き物相手にそんなことを試そうなんて思い浮かばなかったからやらなかったのであるが……

 

 と、そんな話をしている最中だった。

 

「話にならん! なんだあの若造は……失礼する!」

 

 鳳の部屋のすぐ外から、誰かの興奮するような声が聞こえてきた。鳳たちは顔を見合わせた。仲間は全員ここにいるから、アイザック主従しか考えられない。ここは賓客をもてなす場所のはずなのに、こんな着いて早々に怒鳴り声を浴びせられるとは……何かあったんだろうか? 鳳はそっと扉を開いて廊下の様子を窺った。

 

 すると廊下の隅っこの方で複数の神人たちが押し問答しているのが見えた。神人はみんなイケメンだから区別が付けにくいのだが、片方はアイザックの部下たちで間違いないだろう。なにかのトラブルのようだが、誰も止めようとはしていない。

 

 どうやらいつもはいる鳳の監視役ももういないようだ。彼の仲間が帝都に来たことで監視体制が変わったからだろうか……? いつもは頼まれてもないのにいるくせに、本当にいて欲しい時にいないとは……鳳がそんなことをボヤきながら成り行きを見守っていると、結局物別れに終わったのか、神人グループの片方が肩を怒らせて去っていった。

 

 取り残されたのは神人が2名。確かペルメルとディオゲネスだったかな……と思いながら近づいていくと、

 

「おや、これは鳳様……お休みの所騒がしくして申し訳ございません。お見苦しいところをお見せしました」

 

 どっちがどっちか区別がつかないが、恐らくペルメルだったほうが平身低頭わびてきた。復活させてやったことで態度を改めたようだが、かつては自分のことを殺そうとしていた相手だから、今でも警戒心が拭えなかった。

 

 鳳が別にいいよと言って理由を尋ねたら、彼らはため息交じりに、

 

「実は皇帝から勅使が来たのですが、アイザック様が追い返してしまいまして……」

「なんでまた?」

 

 聞けば敵地に乗り込んできたアイザックは随分と興奮しているらしかった。まあ、生まれた時から敵と聞かされて育った相手だから無理もないだろう。

 

 皇帝はそんな彼の気を慮ってか、休戦交渉を前に一度会いに来て欲しいと使者を送ってきたのだが、アイザックは自分を懐柔することで勇者領との交渉を有利に進めようとしているのではないかと疑い、応じなかったようだ。まあ、十分に有り得る話だから、そこまではいい。

 

 ならば、ヘルメス卿の爵位下賜のため参内する際の打ち合わせをしようとしたのであるが、アイザックはそれすら聞く耳持たなかったようなのだ。

 

 鳳はイレギュラーだったから別として……本来、皇帝に謁見するにはかなり面倒な手順が必要だった。爵位によって予め決められた服を羽織り、下賜された勲章があれば略式で身につけ、また謁見の間に入る順番や席順も決まっている。もっと言えば贈り物や返礼品も決まっている。ガッチガチのしきたりがあるのだ。

 

 だから、勅使はアイザックのための衣装を貸し出したり、謁見のための予習をするから、何月何日の何時にまた会いましょうと言ってきたのだが、彼はそれすら断った。曰く、それじゃまるで臣下の礼ではないか。自分はここへ勝手に奪われたものを取り返しに来ただけで、帝国に服従しに来たわけではない。皇帝と自分は対等の立場なんだから、そのように扱え。

 

 これに勅使は激怒したわけである。痩せても枯れても彼は神人、たかが人間風情に自分たちの皇帝を冒涜されるいわれはない。たたっ斬ってくれるわ! ……と一触即発の状況になりかけたので、慌ててペルメルとディオゲネスが割って入って、相手の従者も交えて揉みくちゃになって現在に至るそうである。

 

 鳳がため息交じりに見れば、アイザックは部屋の奥のソファにふんぞり返っていた。爵位は貰ってやるから、そっちから持ってこいといった感じである。

 

「駄目だこりゃ。そんなの通用するわけないだろう。お前は帝国に喧嘩を売りに来たのか?」

「申し訳ございません」

 

 アイザックではなく、部下の神人二人が頭を下げる。彼らのせいではないので、そんなことをされても困ってしまうだけなのだが……思えば彼らは、アイザックの先代も、先々代も、赤ん坊の頃から知ってるわけだから、ずっとこんな風に甘やかして来たのだろう。

 

 まるで駄々っ子みたいな対応に内心呆れてはいたものの、皇帝と会ったことのある鳳としては、彼女がヘルメス卿の地位を向上させようと腐心していることを知っていたので、黙って見過ごすわけにもいかなかった。このまま勅使を帰してしまったら、下手すれば悪評が広められて、議会工作とやらもおじゃんになりかねない。

 

 また戦争になっても嫌なので、鳳はため息を吐くと、

 

「仕方ない……今から追いかけたら勅使もまだその辺にいるかも知れないから、俺が行って話をつけてくるよ」

「本当ですか?」

「ああ、その代わり、あんたらはあの馬鹿を説得して、せめて皇帝に会うときだけでいいから大人しくしてろと言い含めてくれ」

「申し訳ございません。恩に切ります」

 

 鳳はひらひらと手を振ると、勅使を追って迎賓館を出た。

 


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