ラストスタリオン   作:水月一人

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灼眼のソフィア

 神聖皇帝よりヘルメス卿アイザック11世に正式に爵位が下賜され、これをもってヘルメス戦争は終結した。爵位授与後、そのままヘルメス卿の就任を祝う式典が執り行われて、帝都はお祭りムードに沸き立った。普段は静かな帝都もこの日ばかりは賑やかとなり、往来にはひと目ヘルメス卿を見ようと、神人、人間を問わず大勢が詰めかけごった返した。アイザックはそんな中を、共に帝都入りした勇者軍に護衛されながら練り歩いた。

 

 その後、カイン卿の呼びかけにより宮中晩餐会が行われることとなり、勇者パーティーも招待されることとなったのだが……皇帝を筆頭に、空位のオルフェウスを除く五大国の領主が一堂に会するのは歴史的な出来事であり、晩餐会には驚くほど大勢の貴族が出席し、その堅苦しさを嫌ってギヨームは早々にトンズラし、ルーシーは立ちながら気絶していた。思いがけずジャンヌが人気だったが、肝心の勇者の周りには怖がって誰も近づいて来なかった。まあ、静かなので良しとする。

 

 そんなお祭りムードから一夜明けて、鳳は早朝から禁裏の中にある皇帝の寝所に来ていた。晩餐会の終盤に、皇帝の従者から呼ばれていたのだが、どうやら一連のヘルメス卿の地位向上に対するお礼がしたいらしい。護帝隊を名乗る男たちに連れられて皇居内を進み、P99のある区画とは正反対の方角にあった寝所で、皇帝は部屋着のまま朝食を取っていた。

 

 多分、それなりに価値があるものなのだろうが、人を駄目にするソファみたいなものに腰掛けて、ローテーブルの上のトーストをハフハフと頬張っている姿は、まるで出勤前のOLのようだった。もちろん、そんなことを口にしたら、背後にいる護衛たちに何をされるか分かったもんじゃないから、鳳は黙って皇帝から少し離れた場所に立った。

 

 皇帝は口をあんぐりと開けながら、なんでここにいるの? といった表情をしていたが、従者が時間を確かめるような仕草を見せると、青ざめながら、

 

「こ、このような格好で申し訳ございません。ようやくお休みが取れて気が抜けてしまったようで、お客様が来ることを忘れて、つい寝過ごしてしまいました」

「いや、お疲れのところ早朝から押しかけてこっちこそ申し訳ない。なんなら出直してきましょうか?」

「いえいえ! そんなお呼び立てしたのはこちらなのに、何度もご足労願うわけには……どうぞ、おかけください」

 

 皇帝はそう言って自分のローテーブルの前を指差した。そりゃ確かに、呼ばれたから来たのだけど……鳳がどうしたもんかなと思いながら対面に正座すると、従者が慌ててクッションを持ってきた。本当にここは皇居の中なんだろうか。なんとなく不条理なものを感じていると、慌ててトーストを飲み込んだ皇帝が取り繕うような愛想笑いを浮かべつつ言った。

 

「この度は勇者様の力添えがあったお陰で、ヘルメス卿との間に有意義な関係を築くことが出来ました。改めて感謝いたします」

「いや、全然構わないです。あいつ放っといたらおかしなことになりそうだったから。勝手なことしてすみません」

「とんでもない。実際、どうすれば彼が心を開いてくれるか、思案に暮れていたところだったのです。こちらからお願いもしていないのに、勇者様が動いてくれたお陰で大いに助かりました」

「また戦争になっちゃったら困りますからね」

 

 正直、アイザックがどうなろうが知ったこっちゃないというのが本音だったのだが……結局、自分達がこの世界に呼び出されたのは戦争のためだったのだから、これを終わらせなきゃ寝覚めが悪いというものである。

 

 皇帝は鳳に一通りお礼を述べた後に、少し空々しく話を切り出した。多分、こっちのほうが本題なのだろう。

 

「ところで、勇者様はこの後どうなされるおつもりですか?」

 

 このまま何もしなければ、いずれ鳳も魔王になってしまうかも知れない。遠回しにであるが、それを聞いているのだろう。鳳は頷くと、

 

「陛下は300年前の勇者のことを覚えていますか?」

「申し訳ございません。その頃の私は、今のような立場ではなかったので、勇者様とは殆ど接触がなかったのです」

「それでも普通、名前くらいは覚えてるもんでしょう。ところが、俺がこの世界に召喚された時、誰もが俺と勇者の名前が一致することに気づかなかった。つまり、この世界の人達は、勇者がいたことは覚えていても、顔も名前も覚えてないんですよね」

「そう……ですね。勇者様のことは、勇者様としか伝わっておりません。これも神人が記録を残さないせいでしょうか」

「そんなわけないでしょう」

 

 鳳は自嘲気味に続けた。

 

「実は伝説の勇者パーティーの一員だったレオナルドも、その弟子スカーサハも、カイン卿も陛下も、みんな勇者に関する記憶だけがないんですよ。まるで何者かに記憶が消されているかのように」

「……何者か?」

「少なくとも、300年前の勇者は魔王にはならなかった。俺は、もしかすると、そこに魔王にならずに済む方法があるんじゃないかと思うんですよ。だからそれを探しに行こうかと」

「なるほど……」

 

 皇帝はその言葉を吟味するように頷くと、

 

「でしたら、それが見つかるまでは帝都にご滞在ください。ここには『神の揺り籠』もございますし、こちらでの生活は全て保証いたしましょう」

「それは有り難いですけど、お気持ちだけで。そろそろ杖も届いてる頃だろうし、俺はヴィンチ村へ帰ります。あっちの方が知り合いも居るし、気楽ですからね」

「ヴィンチ村ですか。勇者様は、いまレオナルドの館に住んでらっしゃるのですか?」

「そうですよ」

 

 鳳がそういうと、皇帝は感慨深そうに何度も頷きながら、

 

「レオナルドですか。何もかも懐かしい……私と彼は友人だったのですよ」

「そうなんですか?」

「はい。私は勇者様とは接点が無かったのですが、研究者としてレオナルドとは何度も議論したことがあります。彼の次元についての考察には色々と考えさせられました。芸術家というものは、我々とはまた別の視点で世界を捕らえているものなのですね」

「そう言えば、俺もそんな話をしたことありますね」

 

 確か彼は、自分の内なるイデアを追求することによって、神の実在を証明……というか、彼自身が神になろうとしていたはずだ。精霊は、我々の住む四次元時空よりも高次元に存在し、我々のクオリアはそこと繋がってるとか何かそんな感じだ。

 

 高次元か……何度か死んだ時に紛れ込んでいたあの輪郭線の曖昧な世界。おそらくあれが高次元空間なのだろう……ヘルメスが現れたのもあの場所だったし、あそこにもっと気楽に行くことが出来れば、鳳の悩みも解決するのだろうか。

 

 なら、いっそもう一度死んでみようか……などと鳳が物騒なことを考えていると、皇帝は突然ポンと手を叩いて、そんな彼に笑顔で言った。

 

「そうですわ。勇者様のタウンポータルの呪文があれば、一瞬でヴィンチ村へ行くことが出来るのですよね。なら是非一度、私も連れて行ってはくれませんか?」

 

 するとそれを部屋の隅で聞いていた従者たちがブーッと噴き出して、

 

「なりません、陛下! 帝都を出るなんて言語道断です!! これが知れたらカイン卿辺りが気が狂ったように怒り出しますよ」

「和平がなったわけでもない今、勇者領はまだ敵国です。そんな中に陛下が行かれるなど……我々を心労で殺すつもりですか」

「別にいいではないですか。どうせ、私のことなんて誰もわかりはしませんよ。それに私だって神人の端くれ、勇者様もいらっしゃるのであれば、どんな危険があるというのでしょうか」

「しかし!」

「このところの激務からようやく解放されたところです。この機会を逃せば、勇者領などもう二度と行くことは出来ないかも知れません。邪魔をしないでくださいよ」

 

 皇帝と従者二人のやりとりが続いている。鳳は中々無茶なことを言う皇帝だなと思いながら、そのやりとりを黙って見ていた。しかし、無茶とは言っても、皇帝だって機械じゃないのだから、このくらいのワガママは許されてもいいだろう。

 

 聞けば彼女は皇帝に就任して以来、一度もこの帝都から外に出たことがなかったらしい。それは危険だからという理由ではなく、単に神人という種族が保守的だからだそうだ。皇帝がフラフラとうろつきまわるのは相応しくないと言うわけだ。

 

 まあ、理由がそれだけなら、確かに鳳のポータルを使ってしまえば、誰に見咎められることなく、お忍びで諸国を漫遊することも出来るだろう。従者たちも彼女の不自由な身の上を知っているため、最終的には皇帝に押し切られる形で、本当にヴィンチ村まで出かけることになってしまった。

 

「ただし、我々も同行した上で、夕食までには必ず帝都に戻ること。それが条件です。いいですね!?」

「もちろん、それで構いませんとも。勇者様も、それでよろしいですね?」

「え? あ、はい、もちろん。俺も構いませんけど……」

 

 結局、ポータルを出して送り迎えするのは鳳なのだから、構うも構わないもないのであるが……せっかくのルンルン気分に水を指すのも忍びないので、彼は黙って頷くことにした。

 

*********************************

 

 皇帝が部屋着から旅装に着替えるのを待ってから、鳳たちはポータルでヴィンチ村へと飛ぶことにした。同行者は護帝隊のマッシュ中尉とフェザー中尉の二名である。二人は普段から禁裏で皇帝をサポートする近衛兵で、護衛と言うよりは文官に近い出で立ちをしていた。

 

 とは言え、皇帝の警護役に任命されるくらいだから実力の方は確かで、マッシュ中尉は徒手格闘が得意で、フェザー中尉は腰に佩いた刀を自在に操るらしい。刀を使う人は初めて見たのでちょっと驚いたが、刀工がいるならマニに教えてやったら喜ぶかも知れない。機会があったら聞いてみようと思いつつ、鳳はポータルに乗ってヴィンチ村のいつもの広場へと飛んだ。

 

 ヴィンチ村はまだ早朝といった感じで広場には人気が無かった。出てきた時にはもう日がだいぶ昇っていたはずだったが、帝都とヴィンチ村ではそれなりに時差があるため、こっちはまだ早朝だったらしい。たまたま、ギルドの前に水を撒こうとしていたミーティアがバケツを持って出てきて、鳳を見つけた彼女が近づいてきて、

 

「おや、おかえりなさい、鳳さん。今日は見かけない方々がご一緒ですね。冒険者仲間ですか?」

「いや、こちらは……あー、えー、つまり……ちりめん問屋のご隠居さんと、お供の助さん格さんだ」

「はあ……なんだか良く分かりませんが、村へはどういったご用件で」

「爺さんに会いに来たんだよ。結構なお大尽なんで、歩かせるのも悪いから、馬車を呼んできてくれない? まだ早朝だから、御者さんが居ないかな……」

「御者さんならいつでも駅逓に詰めてますよ。ちょっと待っててください。すぐ呼んできますから」

 

 ミーティアはそう言って同じ広場にある駅逓まで駆けていき、暫くしてレオナルドの館の馬車を連れて帰ってきた。御者がドアを開けようとして飛び降りると、その前にお供の二人が恭しくドアを開けて、皇帝がウキウキしながら中に入っていった。仕事を奪われてしまった御者は、その姿を見ただけで、多分只者じゃないのだろうと察したようで、何も言わずに御者台に戻り、ハイヨーと声を掛けて馬車を走らせた。

 

 クッションの効いた天蓋付きの馬車から、あくびを噛み殺している御者に「起こしてすまなかった」と謝ると、逆に鳳たちは馬車を使わなすぎるからもっと使えと怒られてしまった。遠慮しているのかも知れないが、そもそも誰も乗らなければ彼がいる必要がない。すると仕事が無くなってしまうかも知れないから、そっちの方が困るので今度からもっと乗ってねと言うわけである。

 

 大いに反省しつつ、何もないあぜ道を面白そうに眺めている皇帝と会話しながら、およそ5分。館の玄関アプローチに馬車が入っていくと、既に来客の気配を察知して待ち構えていた執事のセバスチャンが、御者の代わりに馬車のドアを開けてくれた。

 

 彼は鳳と一緒にやってきた人物を見るや否や、その正体までは分からなかったようだが、すぐにやんごとなきお方だと悟ったようで、

 

「旦那様はまだお休みでございます。すぐに起こしてまいりますから、もう暫くこちらでお待ち下さい」

 

 皇帝一行を待合室に通すと、執事は家中の使用人を叩き起こして、今までに無いくらいバタバタと慌ただしく動き出した。

 

 暫くするとメイドのアビゲイルがやってきて、主人の準備が出来たからと案内をしてくれたのだが、するといつもは何も無い廊下に赤絨毯が敷かれていて、用もないのに使用人たちが廊下の左右に並んで畏まっていた。

 

 執事には一言も正体を漏らしていないはずなのに、雰囲気だけで分かるものなのかと驚いていたら、お付きのマッシュ中尉が「多分、護帝隊の制服に気がついたんでしょう」と教えてくれた。こんなこと普通はありえないから制服のまま来てしまったが、次があったら自分たちも服装を変えておかねばならないと、彼は苦々しそうにしていた。

 

 アビゲイルの案内でいつもの応接室に通されると、レオナルドは執務机ではなく、応接セットのソファに座ってあくびをしていた。執事が言っていた通り、本当に眠っていたところを叩き起こされたらしく、鳳が入ってくるのを見るや不機嫌そうにじろりと睨みつけると、

 

「客を連れて来るなら、前もって知らせるか、もっとまともな時間に連れて来んか。馬鹿たれ」

「悪かったよ。あっちを出た時は普通の時間だったんだ。帝都とこっちじゃ時差があることをすっかり忘れててさ」

「ふむ、なるほどのう……お主の魔法は便利じゃが、便利すぎてそういうこともあり得るのか。して、こんな朝早く誰を連れて来たのじゃ」

 

 鳳が脇に寄って背後から皇帝が現れると、最初不機嫌そうだったレオナルドの顔が、見る見るうちに驚愕へと変わっていき、彼は広角に泡を飛ばしながらワナワナと震える声で叫んだ。

 

「そ、その顔は……エミリア……? エミリア・パリスか! 馬鹿なっ!! 神聖皇帝を連れてきおったじゃと!?」

 

 その言葉を聞いて、案内のアビゲイルが珍しくピクリと反応した。鳳は彼女がほんの少しでも動揺しているのを初めて見た。皇帝は腰を抜かしそうなほど驚いているレオナルドの前に歩み出ると、ニヤニヤと笑いながら、

 

「クククッ……お久しぶりですね、レオナルド。私のことを覚えていてくださるなんて、嬉しい限りですわ。でも今はグランチェスターを名乗っているのですよ、間違えないでくださいね」

「そ、そうじゃったか……いや、もちろん知っておったのじゃが、あまりのことに頭がついていけなくての……それにしても、お主は変わらんのう。神人というものはそういうものだと分かってはいるつもりじゃったが……300年ぶりか? 300年ぶりじゃと言うのに、なんじゃこの、昨日会ったばかりのような変わりなさは……」

「ええ、大体300年ぶりですね。あなたの方は、お変わり……お変わ……お変わり……クククッ……アーッハッハッハ!! 大変お変わりになってて! 勇者様がいらっしゃらなかったら、きっと私、今頃騙されたって怒ってる頃ですよ! アハハハハ……アハハハハハハ!!」

 

 皇帝はレオナルドのことを指差しながら、ゲラゲラと爆笑している。何がそんなにツボに入ったのかと思いきや、

 

「だって、あなた、そんな……アハハハハハ! 変わり過ぎじゃないですか。そんな、ハゲチャビンで、鳥の巣みたいなゴワゴワの髪の毛を、未練がましく両サイドに残しちゃってて! アハハハハハ!! みすぼらしいったらありゃしない!」

「なんじゃお主! 300年ぶりに会った友人の頭を捕まえて、なんたる不躾な!!」

「だって、だって! 知ってますか、勇者様。この人、300年前は大変おモテになられたんですよ? 髪の毛は金色で、細くてサラサラで、腰の辺りまで伸びていて、まるで女性みたいと評されていたのに……それが……それが……アハハハハ!」

 

 容赦ない言葉にレオナルドが激怒し、それすら面白そうに皇帝がからかっている。割りと普段からこんなものなのか、お付きの二人は呆れるような、それでいて肩身が狭そうな表情で恐縮していた。因みにアビゲイルはいつもの我関せずといった無表情に戻っていた。

 

 どうやら本当に親しい友人だったらしい二人の応酬が続いたあと、皇帝はぜえぜえと息を切らして、目尻の涙を拭いながら、

 

「はぁはぁ……で、でも……しっかり面影は残っていますね。流石に骨格まではお変わりないようで、あの頃のままですわ、レオ。お久しぶりです」

「自分の皮の下を評されても反応に困るわい……まったく。お主も息災か」

「ええ、どうにか生きておりますよ」

 

 二人はそんな具合に、お互いにお互いのことをよく覚えているようだった。そのくせ、勇者のことはよく覚えていないのだから、やはりここに何らかの人為的な力が働いていると考えざるを得なかった。

 

 ともあれ、二人が昔話に花を咲かせている内に、鳳はやることをさっさと済ませてしまおうと考えた。元々、ここへは皇帝を連れてくるのが目的ではなかったのだ。ケーリュケイオンに閉じ込めてしまったメアリーを、早く救出しなければならない。彼は二人から離れて入り口のすぐ脇に立っていたアビゲイルを捕まえると、

 

「あの、メイド長さん。ところで冒険者ギルドを通じて、俺の杖が届けられていないかな」

「それでしたら、旦那様が大事に保管されておられますが……」

「これ! 鳳!」

 

 鳳がばれない内に杖だけを回収しようとしていたら、そんな彼の背中に不機嫌そうなレオナルドの声が浴びせられた。怒気を孕んだその声に、嫌な予感をさせながら振り返ると、老人は鳳のことをじろりと睨みながら、

 

「皇帝なぞを連れてくるから、うっかりそっちに気を取られてしまったが……お主、今日はここへはケーリュケイオンを取りに来たな?」

「あ、ああ、そうだけど……」

「何ということをするんじゃ! このあんぽんたん!」

 

 老人の怒鳴り声に、鳳は肩を竦めた。何で突然怒り出したのかと思いきや、

 

「お主、あれに誰かを吸い込んだな?」

「え!? 爺さん、分かるのか??」

「以前に次元の見方を教えたじゃろう。儂の幻想具現化(ファンタジックビジョン)は高次元に存在するイデアを操る技。そしてこれは空間を操る杖じゃから、感じが変わっていることくらいは、見ればすぐに分かる」

「そうなのか……驚いたな」

「して、お主なにをやったのじゃ?」

 

 鳳は観念して杖の中にメアリーを吸い込んだことを白状した。それを聞いたレオナルドは青ざめ、改めてなんてことをしたんだと怒鳴り声を上げたが、

 

「あの時はああするより方法がなかったんだってば! 相手は魔王だったんだぞ? メアリーだけ逃してる余裕なんか無かったし、絶対に復活する保証も無かったから、俺の魔法で消し飛ばすくらいなら、こうした方がまだマシだって思ったんだ」

「うーむ……内部がどうなっておるか分からぬが、時間も空間も凍結してあるなら良いのじゃが」

「神人だから、最悪餓死するなんてことはないと思うんだけど……」

「お主……そんなことよりも、何も見えない聞こえない、ひたすら暗闇の中に長期間閉じ込められることを想像してみよ。気が触れてしまってもおかしくないじゃろう」

「うっ……確かに。そっちのほうがきつい」

「分かったら早く出して上げなさい」

「言われなくともそのつもりだよ。まったく……まいっちゃったな」

 

 こんなことになるなら、やっぱり杖に閉じ込めたりなんてせずに、あのまま爆破してしまったほうが良かっただろうか。しかし、確実に復活させられるとも言い切れなかったのだし、仕方ないよなと思いつつ、鳳はレオナルドに渡された杖を握ると、力を込めてそれを振った。ところが、彼が二度、三度と杖を振っても、メアリーは中々出てこなかった。

 

「……あれ?」

「どうしたんじゃ」

「いや、平気」

 

 レオナルドの表情が訝しそうに歪んでいく。鳳は取り繕うような愛想笑いを浮かべると、彼の視線を避けるように背中を向けて、杖をじっと見つめた。

 

 暫く手放していたからか、感覚がいまいちつかめなかった。いつもはどうやっていたんだっけ? と考えた時、彼は思い出した。この杖は物を出し入れする空間を操る杖ではなく、等価交換の杖なのだ。出てくるのは吸い込んだ素材そのものではなく、それを材料にイメージした物を出すことも出来る。つまり、メアリーのイメージがちゃんと掴めていないのだろう。

 

 鳳は焦りながらも、彼女のことを必死に思い出そうと努めた。見た目は幼馴染そのまんまだからすぐにイメージ出来た。問題はどんな性格だったかであるが、考えてもみれば彼女はいつもジャンヌと一緒にいたから、あんまり接点がなかった。一緒に食べられる草を摘んだり、鹿を解体したり、空を飛んだり、子供たちと遊んだりしたけれど、具体的にどんな感じだったっけ? と問われると中々難しい。

 

 やばい、とにかく思い出せることを全て思い出そう、これがエミリアやソフィアのことなら、簡単なのに……と思った瞬間、急に彼は手にした杖が軽くなったような、妙な感覚を覚えた。

 

 すると……

 

「キャッ!」

 

 という悲鳴と共に、ドスンと誰かが尻もちを着くような音が背後から聞こえてきた。

 

「イタタタ……もっと優しく扱いなさいよ」

 

 慌てて振り返ると、打ち付けた腰をさすりながら非難がましい表情でこちらを見上げるメアリーがいた。鳳はホッとため息を吐いた。よかった、ちゃんと出すことが出来たらしい。不安だった彼女の体調も良さそうだ。その顔色は血色もよく、特に痩せてる感じは受けず、杖の中で精神がおかしくなった素振りもない。鳳はこれで一安心と胸をなでおろしたが……

 

 しかし、久しぶりに見たメアリーはどこか感じが違っていた。何がおかしいんだろうかと思った時、鳳は彼女が着ている服が、いつものシンプルなポンチョから、やたら綺麗な純白のドレスに変わっていることに気がついた。

 

 ケーリュケイオンは等価交換の杖、イメージしたものが出てくるのだとしたら、彼はメアリーにこんなドレスを着せたかったということだろうか……?

 

 うっ、恥ずかしい……鳳が頬を染めながら、彼女の額に収められた、つい最近どこかで見たことがあるようなティアラに目を奪われていた時だった。

 

「そんな……まさか……真祖様!?」

 

 皇帝の、驚愕に震える声が耳を打つ。その言葉の意味がすんなりと頭の中に入ってこず、最初は彼女が何をそんなに驚いているのかとポカンとしてしまったが、やがて鳳にもその言葉の持つ意味が分かってきて、それが目の前のメアリーの姿と一致した時、彼は度肝を抜かれて腰が抜けそうになってしまった。

 

 まさかと思って隣を見ると、鳳と同じようにあんぐりと口を開いたレオナルドが居た。メアリーは腰をさすりながら立ち上がると、まずは声を発した後絶句している皇帝に向かって、

 

「久しぶりね、エミリア。偶然あなたがいてくれたお陰で、説明の手間が省けそうね。助かったわ」

 

 そう言って皮肉めいた笑みを見せた後、続いて彼女は困惑する鳳たちに向かって、

 

「とは言え、何から説明すればいいのかしらね。まずはレオナルド、私の身体を保護してくれたことに感謝するわ。私の名はソフィア。ソフィア・グランチェスター。それとも、真祖ソフィアとか、灼眼のソフィアといったほうが、あなたたちにはわかりやすいかしら……」

 

 彼女はそう言ってまた皮肉そうに笑った。そのニヒルな笑みと赤い瞳が、ほんの数ヶ月前まで遊んでいたあのゲームの中の彼女に似ていて……

 

 鳳はもはや言葉を必要とせず、そこにいるのが誰であるのか理解していた。

 

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