ラストスタリオン   作:水月一人

19 / 384
勝手にしやがれ!

「そこで何をしているっっ!!」

 

 激昂するアイザックの声が広場に響き渡った。そのあまりの剣幕に、ハシゴを昇っていたメアリーが驚き、段を踏み外して目を丸くしている。

 

 鳳は背筋に冷や汗をかきつつ、愛想笑いを浮かべながら振り返った。アイザックの表情は、初めて会った時の自信に満ちた貴公子然としたものとはもはやかけ離れており、その瞳はまるで地獄の餓鬼のように爛々と怪しい光を灯していた。

 

 どうやら彼は、この場所に鳳がいることが気に入らないようだ。そりゃそうだろう。こんな場所、誰かに案内でもされない限り、絶対に入ることは出来ない。彼は隠しておきたかったのだ。なのにそんな場所に得体の知れないBloodTypeCが紛れ込んでいたのだから、不信感マックスなのは当然だ。

 

 でもそれは、逆に好都合かも知れない。普通誰も入れない場所なら、偶然に入ってしまったことを強調すれば、そっちのほうが気になって、地下で見たあれに気づいていない振りを決め込めるかも知れない。

 

 鳳はそう思って満面に笑みを讃えながら、

 

「やあ、アイザック様。丁度良かった。実は道に迷って困っていたんですよ。一体ここはどこなんです? みんなのところに帰りたいんで、連れてってくれませんか」

「貴様、ここへどうやって入ってきたんだ!」

「さあ、俺もよく分からなくて。なんか生け垣で出来た迷路みたいな場所に出たと思ったら、変な光がふわふわしてて、それを追いかけていたら、ここに着いたんですよ。あの光は何だったんですかね?」

「嘘をつけ! どうやって入ったのかと聞いている!」

「いやいや、本当なんですって」

 

 実際、半分本当のことなのだが、アイザックは聞く耳持たない様子だった。奥歯をギリギリと噛み締めて、鳳のことを睨みつける目が血走っている。彼の後ろに控える神人二人も同じように、鳳に鋭い視線を浴びせて警戒していた。

 

 こりゃ、しらばっくれるのは無理かな……どうやら相手の方がよっぽど余裕が無かったらしい。取り敢えず、地下室の秘密さえ気づいてない振りをすれば、なんとかなるかも知れない。鳳はそう思ったが……

 

「そんなことよりも、おまえは死んだんじゃないのか!? 何故、おまえは生きている!?」

「えーっと、そんなこと言われましても」

 

 実は自分も死んだと思ったけど生きてました……なんて言ったら火に油を注ぐだけだろう。なんと言い返したものかと逡巡していると、その時、アイザックが思わぬことを口走った。

 

「おまえは死んだはずだ! 手は千切れて足はねじ曲がり、全身黒焦げだった。レベル上げの手伝いだと誤魔化し、上手く始末できたと思ったが……何故おまえは死なない!? どうやってあそこから復活したんだ!?」

「……は??」

 

 誤魔化し? 始末? 今、なんて言ったんだ、この男は……

 

 その瞬間、鳳の脳裏に今朝の出来事が次々と過ぎっていった。

 

 ゴブリンの檻が壊れたこと、MPポーションでラリったこと……考えても見れば、あんな狙ったようなタイミングで鉄格子の檻があっさり壊れるのはおかしいだろう。そして鳳がMPポーションでラリって居た時、アイザックは仲間たちに強引に捕まえた魔物を倒すよう勧めていた……

 

 昨日、鳳がレベル1のBloodTypeCと知った時のつれない態度を思い出す。あの時はそこまで露骨じゃなかったが、今やアイザックは憎悪を隠すことなく、鳳を睨みつけていた。

 

「殺した奴が消えて無くなる……そんな異常事態に驚いていれば、まさか結界を破ってこの中に侵入していたなんて……貴様、本当に何者だ? 魔王の手先なのか……? いや、もはやそんなことどうでもいい。おまえは危険すぎる」

「な、何を勝手なことを言ってやがる」

 

 自分は殺されかけたのだ……その事実に、鳳も流石に怒りを感じた。こいつ、殴ってやろうかと、当初の目論見などすっかり忘れてアイザックに飛びかかろうとしたが、

 

「アイザック様、ここは私達が」

 

 そのアイザックをかばうように、神人達が立ちはだかる。彼らは腰に佩いていたサーベルを抜き放った。ギラギラと鈍く反射する光を見て、頭に血が昇っていた鳳は瞬時に冷静になった。

 

 ゴクリ……嚥下した唾液が喉を通ると、寒くもないのに体が勝手にブルブルと震えだした。

 

「ちょ、ちょっと待てちょっと待て!! 一体なんのつもりだ!? 俺が何をしたっていうんだ?」

「黙れ! もはや貴様の言葉など聞く耳持たない。初めからおかしかったのだ。おまえは他の勇者たちと違う、一人だけ闇の眷属で、しかも魔族だ」

「うっは! やっぱ魔族だったの俺!?」

 

 自分でもそうじゃないかなと思ってはいたが、思うのと実際言われるのとでは全然違う。鳳は結構なショックを受けたが、この状況が落胆する暇も与えてくれそうになかった。

 

 抜身のサーベルを構えた神人2人が、じりじりと距離を詰めてくる。怯えた目つきでその剣先を見つめながら、鳳もジリジリと後退する。

 

「勇者召喚は禁断の秘技……何が起こるか分からなかったとは言え、まさか魔族を召喚してしまうとはな。お前を生かしておいたら禍根を残す。どうせみんな死んだと思っているのだ、悪いがお前にはここで死んでもらうぞ」

「悪いと思ってるならやめてくれっっ!!」

 

 鳳がどんなに必死になって叫んでも、神人達が剣を引く気配はない。突然のピンチにうろたえた彼を流石に可愛そうと思ったのか、それまで小さくなって状況を見守っていたメアリーが、神人達の前に飛び出した。

 

「アイザック! やめなさい。何があったか知らないけど、虐めちゃ可愛そうよ」

「分からないなら退いて下さい、メアリー! そいつは危険なんです!」

「ううん。ツクモは危険じゃないよ。さっきまでお話してたけど、特に何も無かったし、全然優しかったわよ」

「そんなのは今だけのことに過ぎません。なんせそいつは闇の眷属、魔族なんですよ。もしかしたら、君を殺しに来た魔王の手先かも知れない」

「そ、そうなの?」

 

 メアリーが不安そうに振り返る。鳳はブルブルと首を振って、

 

「そんなわけあるかっ! さっきのこいつとの会話を聞いてただろ? 俺はこいつに勇者召喚で呼び出されたんだぞ。それまではただの人間だった」

 

 アイザックはそんな鳳の声を遮るように、

 

「話を聞いていたならわかるでしょう。そいつはBloodTypeCなんですよ。他ならぬ、彼自身がそう言い切ったんだ。間違いない!」

「そ、そうなんだ……」

 

 その言葉を聞いたメアリーは、申し訳無さそうな表情で、おずおずと神人達に道を譲った。

 

 ちょっと待て、BloodTypeCってそんなにまずいものなのか? そうと知っていたら、絶対誰にも言わなかったのに……しかし今更後悔しても後の祭りである。

 

「お前たち、レベル1の魔族とは言え、相手は勇者だ。何が起きるかわからん、慎重にやるんだぞ」

 

 主人の言葉に呼応するかのように、神人達がサーベルを構え直し気合を入れる。鳳はすかさず叫んだ。

 

「ば、馬鹿め! 俺はもうレベル1じゃない! お前らには負けないぞ!!」

「な、なにっ、それは本当か!?」

 

 神人達はその言葉に動揺し、後退る。ステータスは全く上がってないしレベル2なのだが……嘘はついてないぞと、鳳は胸を張った。すると、神人たちは緊張気味に、

 

「ならば手加減はせぬ。ここは万全を期して本気でいかせてもらうぞ」

「うわー! やぶ蛇! うそうそ、俺ホントに弱いから!」

 

 鳳がそう叫んでも、もはや神人達に手を抜くつもりは無かったようだ。彼らは鳳を取り囲むように間合いを詰めると、片方がサーベルで牽制し、もう片方が杖を握って何やら呪文を唱え始める。

 

「スタン・クラウド!」

 

 その呪文には聞き覚えがあった。というか、そのまんまである。前の世界のゲームの中の初歩魔法で、この魔法で生成された雲に触れたら体がしびれて動けなくなるのだ。

 

 やばい……

 

 鳳は慌ててその場から飛び退いた。しかし、そのときにはもう周囲は魔法の雲に取り囲まれており、どこにも逃げ場はなかった。突然、全身から力が抜け、膝がガクンと折れ曲がる。

 

 彼は神人達に背を向けて、倒れまいとたたらを踏みながらドスドスと広場を駆けたが、間もなく最後の抵抗も虚しく、地面に倒れ伏した。鳳は殺虫スプレーを吹き付けられたゴキブリみたにビクビクとのたうち回っている。

 

 その光景があまりに無様過ぎたからか、攻撃してるはずの本人達も気まずそうな表情で、

 

「悪く思うなよ……」

 

 と言いながら、抜身のサーベルを手にして近づいてきた。

 

 やばい、やばい、やばい!!

 

 鳳は芋虫みたいに蠕動(ぜんどう)運動するように、必死になって地面を転げ回った。この状況を打破する方法はないのか? 言葉はもう通じないのか? こっちに召喚された自分が、デジャネイロ飛鳥のステータスを継承していれば、絶対にこんなことにはならなかったのに。彼の魔法耐性は100%を超えていて、絶対に状態異常にはかからなかった。せめて回復魔法でも使えないか? クリアヒールなんて、あっちの世界じゃ初心者魔法だったと言うのに……

 

「ステータス!」

 

 鳳は何か新しい魔法でも覚えてないかと、慌てて自分のステータスを開いてみた。震える手で画面を操作し、スキルメニューを覗いてみるが、そこは綺麗サッパリ空欄が並んでいるだけだった。

 

 なんで自分ばっかり、こんな目に遭わなきゃならないんだ!

 

 仲間はみんな、レベル99のチートスキル持ちなのに、どうして自分ばっかり!! 涙目になりながら、上手く動かない指先で白はメニュー画面を再度開く。何かないか? 何かないか?

 

 と、その時……彼の視線の先で、†ジャンヌ☆ダルク†の文字が光った。ひと目見ておっさん丸出しの痛い名前であったが、それが今は救世主に見える。

 

----------------------------

鳳白

STR 10       DEX 10

AGI 10       VIT 10

INT 10       CHA 10

 

LEVEL 2     EXP/NEXT 0/200

HP/MP 100/0  AC 10  PL 0  PIE 5  SAN 10

JOB ?

 

PER/ALI GOOD/DARK   BT C

 

PARTY - EXP 100

鳳白          ↑LVUP

†ジャンヌ☆ダルク†  ↑LVUP

----------------------------

 

 鳳は咄嗟にジャンヌの横の↑LVUPの文字列を震える指先で16連射しながら、

 

「ジャンヌ! ジャンヌ! 聞こえるかジャンヌ! 助けてくれええ!!!」

 

 っと叫んだ。

 

 そもそもここがどこなのか、呼び出したはいいものの、果たして彼が来れるのか分からないが、そんなの考えている余裕があるはずもなく、彼はただ一心不乱にジャンヌの名前を叫んだ。

 

 彼が何をしているのか分からない神人達が、哀れなものでも見るような目つきで見下している。しかし……

 

『……白ちゃん? キャッ! 何よこの光?? 白ちゃん?』

 

 鳳の耳には、そんな救世主の声がちゃんと届いていたのだ。

 

「ジャンヌ!! 良かった、俺の声が聞こえるんだな!?」

『え、ええ……聞こえるけど。わあ、なにこれ。白ちゃん何をしたの? さっきから白ちゃんに呼びかけていたのに全然通じないと思ったら、突然光が現れて……』

「いいからとにかくこっちに来てくれ! 殺されるっ!!」

『ええ!? 一体、どうしたってのよ……?』

「アイザックに襲われてるんだ! 奴ら本気だ、助けてくれっっ!!」

 

 ジャンヌの息を呑む声が聞こえてきた。鳳の言葉は要領を得なかったが、その切羽詰まった声から状況を察してくれたらしい。

 

 しかし、ジャンヌが返事をする前に神人達の方が先に動いた。

 

「恐怖で気が触れでもしたのか……さっきから一人でギャアギャアと」

「早く楽にしてやれ。せめてもの情けだ」

 

 神人がサーベルを振り上げる。地面に這いつくばっている鳳は体がしびれて動けない。ヤバい……殺られる! 彼が自分の運命に絶望したその時……

 

 ガキンッッ!!

 

 っと、神人が振り下ろしたサーベルが、突然、どこからともなく現れた剣によって阻止された。

 

「な……なに!?」

 

 突然の横槍に体勢を崩しながら驚愕する神人の視線の先には、人工物のような四角い形をした光が宙に浮いていた。その形は何というか、扉を縁取ったような、そんな感じである。

 

 鳳はそれをつい最近見たことがあった。あの真っ暗な城の地下室から出てくる時、牢屋の奥にあった光の扉……そこからニュッと、ごっつい腕が出てきて……続いてSTRが23くらいありそうなゴリマッチョのおっさんが、鋭い睨みを利かせながら、ずずずいと這い出てきた。

 

 その瞬間、神人達は真っ青な顔をしてその場から飛び退き、鳳は感涙に咽び泣いた。

 

「ジャンヌーッッ!!!」

「……白ちゃん。よかった、無事ね? アイザック様、一体どういうつもり?」

 

 光の扉から出てきたジャンヌは、地面に這いつくばっている鳳を目だけでちらりと確認すると、彼のことを襲っていた神人達を真っ向に見据えながら、脇の方で泡を食っているアイザックに問いかけた。

 

 しかしアイザックはその言葉に答えることなく、ただただ唖然とした驚愕の表情を湛えたまま、

 

「ば、馬鹿な……ポータルだと? いや、これがサモン・サーヴァントなのか……? こんな伝説級の古代呪文……ありえんっ!!」

 

 どうやらアイザックは、光の扉を鳳が呼び出したと思っているらしい。もちろん、鳳にはそんなことをした覚えは無かったが……勝手に勘違いしたアイザックは、ワナワナと震える指先で彼のことを指差すと、

 

「刺し違えてでもその男を始末するんだ! 怯むな!」

 

 主人のその言葉に真っ青になっていた神人達がハッと我を取り戻す。彼らはサーベルを抜いて未だ動けない鳳に飛びかかってきた。

 

「そうはさせないわっ!」

 

 しかし、その行方を阻むようにジャンヌが飛び出し、

 

「紫電一閃! 春塵荒波風破斬(しゅんじんこうはふうはざん)!!」

 

 腰だめに構えていた剣を横薙ぎにすると、その剣圧で神人達が吹っ飛ぶ。彼はそのまま返す刀を地面に叩きつけるように振り下ろし、

 

「全てを打ち砕く神の雷! 快刀乱麻(かいとうらんま)っ!」

 

 ズシンッ! ……っと、まるで地震のごとく地面がグラグラと揺れ、彼の振り下ろした剣先の地面がぱっくりと地割れを起こした。

 

「ば、化け物め……」

「だが我らは二人だ。2対1で、人間が勝てると思うなよっ!」

「誰が化け物ですって、人聞きの悪い……いいわよ、かかってらっしゃい」

 

 屈辱的にも尻もちをつかされた神人たちは、土をつけたジャンヌのことをいよいよ敵と認定したようだった。

 

 ギラギラとした眼光を光らせ、神人達がジャンヌに躍りかかる。神人という生まれながらにして恵まれた身体能力、そして長年の相棒でもある二人から繰り出される技は、実際に鳳の目では追えないくらいの速さだった。

 

 だが、そんな神人の猛攻を前にしてもジャンヌの優位は覆らなかった。彼の剣技は神人達のそれよりも速くて重い。まるで子供の相手でもしているかのように、悠々と剣を捌くジャンヌが、徐々に二人を押し返していく。

 

「くそがあああああ!!!」

 

 激昂する神人達の叫びと、キンッ! キンッ! ……っと、金属がぶつかる音が広場に鳴り響く。

 

 ジャンヌ達が戦っている間、徐々にしびれが取れてきた鳳は、匍匐前進して必死に距離を取ると、震える膝に手をつきながらどうにか上体を起こした。

 

 額の汗が目に染みる。それを拭おうとした、その時……

 

「あっ! あぶねっ!!」

 

 ブオンッッ……! っと、鳳のすぐ横っ面をサーベルの剣先が薙いでいった。彼は咄嗟に倒れるように飛び退くと、地面に肩を強かにぶつけて着地した。

 

 肩に激痛が走り、ズキズキとした痛みに顔を歪める。と、またも鳳が体を起こそうとする瞬間、その起き上がり際を狙って剣が飛んできた。

 

「死ねっ!」

 

 鳳はまたも必死に体を捻ってその剣を躱すと、今度は前転受け身の要領で着地した。そんな彼の起き上がりこぼしを再度アイザックが狙ってくる。

 

「死ねっ死ねっ死ねっ!!」

「うわっっとっとっ!」

 

 次から次へと振り下ろされる剣を、右へ左へと必死に避ける。アイザックは決して剣が得意と言えなかったが、それでもそこそこの腕前はある。なのに鳳の動きの方が凌駕していたのは、きっと死の恐怖が彼を突き動かしていたからであろう。

 

 ひらりひらりと避ける姿は、まるで五条大橋の義経を思わせる……だが、そんな付け焼き刃はいつまでも続かなかった。彼は間もなく、まだ残っていたしびれのせいで足がもつれ、剣を避けた勢いのまま、思いっきり地面に顔から倒れ込んでしまった。

 

 脳を揺さぶられ目眩がする。打ちどころが悪かったのか、脳震盪でも起こしたのか、必死になって命令しても、鳳の体は動かない。

 

 背筋を滝のように冷たい汗が流れていく。おかげで頭はこれまでにないくらい冴えているというのに、体の方は言うことを聞いてくれない。万事休す。そんな鳳に向けて、アイザックの剣が、今まさに振り下ろされようとしていた。

 

 しかし、その時……

 

「だめえええーーーっっ!!」

 

 振り下ろされようとしていたアイザックの剣の前に、小さな金髪ツインテールが立ちはだかった。ブオンッ……っと風切り音がして、風圧がメアリーの肩越しから鳳に届いた。

 

 アイザックはフクロウみたいにまん丸の目をしながら、メアリーを凝視し硬直していた。彼の剣はあと数ミリで彼女に到達する、すんでのところで止まっていた。

 

 ハラリと、彼女の前髪が数本抜け落ちる。

 

 ぷはぁ~! っと、アイザックは止めていた息を盛大に吐いた。

 

「な、な、な、何をしてるんですか、メアリー! そこを退いてくださいっっ!」

「どかない。もうやめなさい、アイザック」

「何故、そいつを庇う!! そいつは魔族ですよ? 放っておけば、いずれそいつが魔王を連れて戻ってくるかも知れない。ここで殺すしかないんです」

 

 メアリーの向こう側にいるアイザックはどこか切羽詰まったような感じだった。鳳は元々、彼女は魔王から隠れるためにこの空間に入り、そして閉じ込められてしまったことを思い出した。

 

 そう考えると、アイザックが彼女の居場所を魔族に知られることを恐れる理由も分かるが……

 

「でも、アイザック。気づいてるでしょ? ツクモからは魔力を感じないわ。あのポータルだって、ツクモが出したんじゃないわよ、きっと」

「それは……きっと今だけのことです。いずれこの男は魔力を得て、我々の前に立ちはだかるに違いない。その時、殺されるのはあなたですよ!?」

「そうかなあ……とてもそうは思えないわ。ツクモはなんか間抜けだし、能力も低いし、基本的に善人っぽいし」

 

 酷い言われようである。

 

「それに魔族だとしても、全ての魔族が悪ではないことくらい、あなただって分かっているでしょう」

 

 全ての魔族は悪ではない……? てっきり魔族と、人間と神人のグループが古代からずっと争い続けてるのかと思っていたが、案外そうでもないらしい。その辺詳しく聞きたいところだが……

 

「だが、善であるとも限らない。可能性があるなら、断っておかなければならない。さあ、わがままは言わず、そこをどいてください」

「だめよ、可哀想よ」

「いい加減にあきらめてください! そいつは殺しておくべきなんだ」

「いいえ、諦めるのはあなたの方よ、アイザック」

 

 アイザックがしびれを切らしてメアリーのことを押しのけようとした時だった。彼の背後から、押し殺したような、殺伐とした声が聞こえてきた。

 

 彼がドキリとして振り返る……そこには、

 

「……は、はは、ははは……神人二人を相手に無傷か。この化け物め」

 

 振り返ると、そこには足元に倒れた神人に剣を突き立て、こちらを藪睨みしているジャンヌが立っていた。神人たちはボロボロで、手足はおかしな方向にねじ曲がり、白目をむいて気絶している。アイザックはゴクリとつばを飲み込むと、

 

「……殺したのか?」

「死んではないわよ。こうしなければ止まらなかったの。神人の超回復ってのは、やっかいね……」

 

 そう言うジャンヌの声は震えていた。基本的に平和主義者の彼は、相手をここまで痛めつけなければならなかったことに傷ついているらしい。その気になれば殺すことは出来た、いや、いっそ殺したほうが彼らも楽だったかも知れない。なのに自分は殺すことが出来なかった。その事実がジャンヌを苛んでいるようだった。

 

 だからだろうか、

 

「さあ、アイザック。剣を引きなさい」

 

 そう淡々と言い放つジャンヌの言葉には、言いようの知れぬ迫力があった。

 

 アイザックはそんな彼をじっと見つめたまま暫く動かなかったが……

 

 やがて、大きくため息を吐くと、剣を下ろした。もうジャンヌが引くことはないだろう。それを理解した彼は、悔しそうに舌打ちをし、それからフラフラとした足取りでウッドテーブルのところまで歩いていくと、切り株の椅子にどっかと座って、両腕で頭を抱えるようにしてテーブルに突っ伏した。

 

 ため息が広場に響く……鳳はそんなアイザックが哀れに思えてきて、

 

「なあ、俺が魔族だとして、何がそんなにまずいんだ。俺はきっと魔王の手先なんかにはならないぞ。そもそも、そんな自覚は無いし、あっちの世界じゃ普通の人間だったんだよ。大体、おまえが言ったんだぞ、この世界に魔王は居ないと……まさか、それは嘘だったのか?」

 

 アイザックは声を出さず、ただ首を振ってそれに答えた。つまり、魔王なんていないってことだろう。

 

「なら、そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。俺は何もしないよ、つーか、出来ない。能力が無いことは、おまえだって知っていただろうに。無い物ねだりはしないし、普通の生活さえ出来りゃそれで良いんだが……」

 

 するとアイザックは不機嫌そうな顔を隠さず、横目でじろりと睨みつけるような格好で言った。

 

「だが、おまえが危険ではないと誰が証明できる? おまえが悪に染まらないと。魔王とは何も関係がないと……」

「そんなこと言われても……」

 

 鳳は口ごもった。自分は危険ではないし悪でもないし、魔王なんて知りもしない。だからそんなものに染まるなんてことは、絶対にないと言い切れる。だが、それを証明しろと言われると案外困るのだ。

 

 自分の正当性を口でアピールすることは出来る。だが、自分は善人ですと言ってる人間の言葉を、そのまま受け取る人間がどこにいる? ただの胡散臭いやつじゃないか。

 

 逆の立場になって考えてみよう。例えばここが地球の日本で、自分は内閣総理大臣だとしよう。ある日総理が勇者召喚してみたら、5人の人間が出てきたが、そのうち1人がチンパンジーだったとしよう。

 

 その時、そのチンパンジーを大事にするだろうか? 他の4人と同列に扱うだろうか? 排除しようとするんじゃないか。得体が知れないからと、殺そうとしても不思議じゃないだろう。

 

 BloodTypeC……種族が違うというのは、要するにそういうことなのだ。

 

 鳳は、アイザックと自分は絶対に相容れないことを理解した。同時に、もはやアイザックのことは絶対に信用できないと悟った。

 

「そうかい……じゃあ、もう俺はここには居られない。出ていくよ」

 

 アイザックは何も答えなかった。

 

「私も彼に同行するわ。何がハーレムよ……何が勇者よ。こんなところで種馬人生だなんて、まっぴらごめんよ!」

 

 ジャンヌも鳳に同調する。アイザックは彼の言葉に一瞬だけショックを受けたような顔をしたが、すぐにまた不機嫌な表情に戻ると、

 

「勝手にしろ! だが、ここのことを話したら、二人ともタダじゃすまないと思え!」

 

 鳳は彼に背を向けながら、

 

「ここのことって、メアリーのことか? それとも……地下室の死体のことか?」

「……この城で見たこと、聞いたこと全てだ!!」

 

 鳳はその返事を待ってから歩き出した。すぐその後をジャンヌが続く。

 

 メアリーの横を通り過ぎた時、彼女は控えめに小さく手を振ってくれた。彼女はこれからどうなるのだろうか。もう300年も閉じ込められたのだ、これからまた何百年も、ここでこうして暮らしているのだろうか……

 

 広間から出ると、いつの間にかあの大きな木は見えなくなっていて、鳳たちは城の裏庭の迷路の中に居た。入る時は散々迷ったのに、出る時はやけにあっさりだった。

 

 二人はそのまま城には戻らず、逃げるように城外へ急いだ。城にはカズヤ達、仲間がまだ残っているのは分かっていたが、声をかけることはもはや出来ないだろう。

 

 こうして二人は後ろ髪を惹かれる思いを残したまま、未知なる世界へと出ていったのである。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。