ラストスタリオン   作:水月一人

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孤児院建設

 カナンの村から戻ってすぐに、鳳は領内の孤児を保護するように貴族に命じた。ただし、無理矢理命じても彼らの反感を買うだけだから、慎重に言葉は選んだ。

 

 景気回復のためには領外からの投資も不可欠だが、その投資先が孤児で溢れかえっていたら魅力も半減だろう。ヘルメスが今後、五大国の経済の中心を目指すにあたって、これでは目も当てられない……と言うと、彼らもその通りであると渋々納得しているようだった。

 

 ただ、それで彼らが言われたとおりに保護を初めたかと言えば、残念ながらそうでもなく、自分の領地から外へ追い出そうとする者が大半だった。まあ、そこまでは予想の範疇だったので黙っていたが、どこの領主がどういう選択を取ったかは部下に命じてきっちりと記録しておいた。ヘルメス卿を辞めると決めている現状、この程度の対抗措置が精一杯である……

 

 それはさておき、この孤児保護令が呼び水となり、領内の孤児の移動は寧ろ促進され、フェニックスの街はいよいよ孤児で溢れかえった。鳳はそれを見てから孤児院の建設を宣言し、街から離れた行政区の隅に予定地を確保。当面、雨風を凌げるようなテント村を作った。

 

 建設を後回しにしたのは、要はどれくらい孤児がいるのか予想できなかったからだが……覚悟はしていたがその数は千を越え、一つの街くらいの規模になっていた。だが、逆に言えばそれで打ち止めだったのは、ある意味、意外だった。

 

 ヘルメス戦争で勇者領へ逃れた人々は数万人を越えていた。だから下手したら孤児もそれくらい集まると思っていたのだが、そうでもなかったのである。また、孤児院を建てると宣言したら捨て子が増えるかと思いきや、そういう気配も特になかった。

 

 それは生活は苦しくても、簡単に子供を捨てるようなモラルがない領民が少ないことの証拠であった。おまけに、孤児院建設と聞いて各地から続々と野菜などの寄付が集まったのは幸いだった。領民は貧乏はしても心までは荒んでいなかったのである。

 

 寧ろ、孤児を保護しろと言ったら逆に追い出した貴族のほうが、よっぽど性根が曲がり切っているだろう。子供たちを養うためにも、こういう連中から領地を奪い取ってしまいたいところだが……いずれ居なくなる身ではそれも難しかった。

 

 そして、孤児院の建設が始まってから数日が経過した頃、いよいよ頼んでおいたカナンの村から助っ人がやってきた。ベル神父と彼の弟子である修道士10名、それからカナンの診療所にいた看護師の女性である。

 

 ベル神父はカナンが同郷と言っていた通り、背中に翼の生えた翼人だった。この大陸では珍しいから、好奇心旺盛な子供たちの注目の的になっていたが、本人はサービスのつもりか翼をパタパタさせながら涼しい顔をしていた。子供に優しいおじさんのようでホッとしたが、逆にいたずらで羽を毟られたりしないかちょっと心配である。

 

 カナンは金髪の美麗な顔をしており、まさに天使と言った感じだったが、こちらは厳つい顔をして筋骨隆々な白髪の壮年の男で、天使というより神様みたいな雰囲気を漂わせていた。と言っても、羽が生えているからそう思うだけで、それがなければ拳法でも使いそうな感じである。また、翼人は神父だけで、それ以外は全員普通の人間だった。

 

 紅一点の看護師……確かアスタルテと言う名前だったが、彼女は神父の部下というわけではなく、子供は病気をしやすいので、医療の心得があるものが必要だと言うことで、わざわざついてきてくれたようだった。そこまで気が回らなかったが、言われてみれば確かにその通りなので、早めに医療スタッフを確保しなければならないだろう。

 

 彼らがカナンからどんな風に聞いて来たかは分からないが、少なくとも孤児院といっても、せいぜい百人程度のものを想像していたようである。ところが来てみたらそこには千を越える子供……それも就学前くらいの小さな子どもだらけなことに面食らっているようだった。正直、こちらとしても恥ずかしいというか申し訳ない限りであるが、ともあれ、彼らはすぐに持ち前の信仰心を発揮して、それを受け入れてくれたようであった。

 

「あなたがヘルメス卿か。私はカナン様から紹介を受けたベルという。以後よろしく」

「遠いところ、ようこそおいで下さいました、ベル神父。今回は大変な仕事を引き受けてくださって、本当に感謝しております」

「孤児院を作るのだと、カナン様から聞いてはいたが、それにしても凄い数だ……子供の世話に長けた者を連れてきたつもりだが、これではまるで数が足りない。用意不足は甚だ遺憾だが、出来れば地元の人を雇う許可を頂きたい」

「もちろんです、すぐに手配しておきましょう。スタッフの人選はそちらにお任せします。他にも必要があれば何でも相談してください。大抵、誰かしらが庁舎に詰めていますから」

 

 神父は鷹揚に頷いた。

 

「見ての通り、あなた方に働いてもらう予定の孤児院は現在建設中です。建設中ですんで、何かリクエストが有ればまだ建物に手を加える余地がありますが、何かありますか?」

「だったら、礼拝堂を一つ作って欲しい」

「ああ、もちろんです。でも、そんなに大きいのは作れませんよ? 子供たち全員を集められるようなのは、それこそ教会を建てたほうがいい」

 

 すると神父は苦笑気味に、

 

「そうではない。物理的にこれだけの人数を集めて礼拝をするのは不可能だ。何か勘違いしているようだが、私は子供たちを教会の色に染めるつもりはない。あくまで私の生き方として聖書があるので、私が神に祈りを捧げる場所を作って欲しいというお願いだ」

 

 鳳はバツが悪そうに肩を竦めて、

 

「こりゃ失礼しました……なら、用途が決まってない部屋がたくさんありますから、その内の一つを空けましょう」

 

 その他にも、鳳は今いる子供たち全員が入れるよう、学校みたいに大きな建物を作ろうとしていたが、話し合いの末に母屋の周りに何件かの小さな施設を建てることになった。子供の成長は早いから、成長するに従って住む場所も変えたほうがいいという考えである。

 

 大きくなった子供はいつかここから巣立っていくわけだが、夜泣きする子や、まだおねしょをしているような子供と、ずっと同じ部屋で寝かせているわけにはいかない。

 

 また中には一人では寝られない子供や、親に捨てられたショックから自閉症気味になってしまった子供もいたり、すぐ癇癪を起こして言うことを聞かない子供もいる。一人ひとり個性が違う子供全員を、少ないスタッフでフォローするのは不可能だから、子供のことは子供同士が面倒を見れるような体制も作らなくてはならない。そのためには班分けをしたり、部屋を分けたりしなければならないだろう。

 

 他にも、自立を促すためには、炊事洗濯などの家事の訓練、畑や家畜などの野良仕事を実地で覚える必要もあり、なら、全員を一つの建物にまとめておくのは寧ろ効率が悪いというわけである。

 

 不思議なものだが、そうして班分けして大きな子供が小さな子供の面倒を見るような体制を整えていくと、孤児院は軍隊に似てきた。と言うか、学校教育というのは、つまるところそれに集約されるのではないか。孤児院には千人からのやんちゃな子供がいるわけだが、これら全員を一つにまとまるよう教育するには、結局軍隊方式が一番効率いいからだ。

 

 例えば一つの命令を一万人に行き渡らせるにはどうすればいいだろうか。一人がマスターすれば十人を教えることが出来、その十人がマスターすれば百人を教化することが出来る。こうしてネズミ算式に命令を徹底させれば、最初は途方も無いと思った人数も、一つの意思で統一することが出来る。

 

 年長者を班長にして、常に5~6人で行動をさせ、連帯責任を徹底する。班長がやって良いことと悪いことを教え、掃除などの仕事を班ごとに競わせ、上手に出来た班は表彰され、サボったりしたら罰を与える。

 

 もちろん、それを上から押し付けるようなことはせず、子供同士で解決出来ることはそうさせる。難しいことは出来るまで、大人が付きっきりで根気よくやってみせる。理不尽な命令は絶対せず、人の見てる前で叱ったりは絶対にしない。

 

 ベル神父は不思議とこうした教育に長けており、孤児院の経営を任されてしばらくすると、最初はあれだけ猥雑だった孤児たちはみるみる落ち着いていった。

 

 親が必要なくらい小さな子供は母性本能が強い子が面倒を見てくれて、それ以外の子供たちは班行動をおこなう。やがて教育が行き届いた班がいくつか集まって、近所の畑を手伝うようになると、孤児院は援助以外の収入を得ることも出来るようになっていった。

 

 すると、子供たちは誰が一番偉いか意識するようになり、インスタの有名人を真似するように、子供たちも神父の真似をするようになっていった。子供たちは食事の前には手を合わせて神に祈りを捧げるようになり、神父や修道士の話を聞きたがるようになった。そしていつしか、孤児院からは賛美歌が聞こえるようになっていた。

 

 孤児院にはその意志に賛同したボランティアが集まるようになっていたのだが、そんな彼らもまた子供たちの歌声に興味を惹かれ、いつしかベル神父の礼拝堂に出入りするようになっていた。

 

 ベル神父がこの街にやってきた時、鳳は布教の自由を約束したが、彼はまったくそんな素振りは見せなかったのに、続々と信者を獲得していった。以前、カナンも言っていたが、信仰とは押し付けるのでなく、実践することで獲得していくものなのだろうか。まるで宗教の標語みたいな出来事だったが、とにもかくにも、孤児院は健全に運営されているようだった。

 


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