ラストスタリオン   作:水月一人

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クレア・プリムローズ

 鳳が、景気対策第二弾として領内外の街道整備を行おうとしていたところにやってきた、ロバート派からのクレーム。一見して筋は通っているので返答に窮した鳳であったが……しかし領民の生活は未だ苦しく、どうしたものかと頭を悩ませていると、今度はそれを聞きつけたクレア派が、そうはさせじとやってきた。

 

 どうも彼女から言わせれば、ロバートのクレームは、クレアを封じ込めるための嫌がらせであるらしいのだ。それを否定するロバート派と、嘘をつけと糾弾するクレア派。会議室は怒号で包まれ、両陣営はお互いに相手を罵り合い始めた。鳳は辟易しながら黙ってそれを聞いているしかなかった。

 

 さて、このままではわけが分からないから、取り敢えず状況を整理しよう。

 

 アイザック11世が死亡した現在、ヘルメスは勇者・鳳が暫定的に統治している。その後継を巡って叔父・ロバート・アイザック・ニュートン12世と、傍系であるクレア・プリムローズが争っている。

 

 因みに人気は拮抗してるとは言い難く、意外かも知れないが庶民の人気はほぼロバートに集中していた。テレビもないような世界で庶民は為政者の能力など知りようもなく、ただ王族と言うだけで、その権威を正統なものと認める傾向があるようだ。特にクレアは女性であるために分が悪く、領民からの支持はほぼ得られていない。

 

 それでも対等な後継者として彼女の名が上がっているのは、地方を統治する貴族からの支持を得ているからだった。貴族からしてみれば、先のヘルメス戦争でのロバートの失態は記憶に新しく、帝国軍と勇者軍の双方から領土を荒らされたという事実だけが残った。彼らの不満は大きく、ロバートが後を継げばまた同じことを繰り返しかねないと、若くて政財界に味方も多いクレアを推しているというわけである。

 

 いくら人気があっても、この国は農奴制だから、結局庶民は領主の言うことを聞く。そんなわけで現実的にはクレアがリードしてると見ていいのだが……ただ、やはり男女の壁は厚く、彼女が後を継げば、初代ヘルメス卿から綿々と続く直系男子の流れは途絶えてしまう。そのため、貴族の中でも保守的な者はロバート派に靡きやすい傾向があった。

 

【挿絵表示】

 

 もう一度ヘルメスの領土を見てみよう。

 

 ヘルメス領は東西に細長く、L字を左に90度傾けたような形をしている。領土のほぼ全域が肥沃な平野という土地柄に恵まれているが、長い戦争のせいで国土を十分に活かしきれておらず、人口は首都フェニックスのある西部に偏っていた。

 

 帝国との最前線にあたる北東部は、いわゆる辺境と呼ばれる土地で、領土は広いが人は少なく、特に武勇に優れた貴族が統治していた。が、それも今や昔で、代替わりした現在は、国境警備に無関心な子孫が職場放棄している、不毛の地となっている。

 

 彼らは普段から首都の城下町で暮らしており、領地に帰ることは殆どない。どうせ敵国に荒らされるのだから、最初から領地経営なんかしないほうがいいと言う考えである。因みにプリムローズ家はここの出身だ。

 

 帝都やオルフェウス領との国境は、そんな具合にどこもかしこも似たりよったりだったが、そこから少し離れた東部から中央部に掛けては、広い土地を持ち領地経営に熱心な貴族が支配する地域が広がっていた。

 

 彼ら中部地方の貴族は感覚的には江戸時代の庄屋に近く、肥沃な土地を生かして農業を行い、領内のみならず、平時には帝国各地にも輸出している豪商でもあった。そのため非常に顔が広く、お金持ちであり、領内外に一定の勢力を持っている、ある意味最も貴族らしい貴族と言えた。

 

 しかし、農地が広いということは反比例的に人口は少ないわけで、彼らが結託しても領内世論の全てを味方につけることは不可能だった。結局、人口の多い西部貴族の声が大きく、平時は彼らもその声に従っているというのが現状である。

 

 ただし、今回に限って彼らはクレア派についていた。と言うのも、帝国との国交正常化が成された今、西部の連中の言うことを聞くより、帝国に近い領地を持っているクレアの方が、彼らからしてみれば魅力的に映るのだ。

 

 その中部の貴族がバックについているので、クレア派は後継争いで大きくリードしているのは間違いなかった。しかし、そうなると面白くないのはロバート派で、彼らはクレア派を切り崩すためにも、西部の貴族を味方につけるべく、鳳に待ったを掛けに来たというわけである。

 

 具体的に何がまずいのかと言えば、西部の貴族とは、元の領主であるニュートン家に仕える官僚が多い。故にその殆どが、首都であるフェニックス周辺に領地を持っており、現在の好景気の恩恵を受けていた。

 

 彼らはそれがいつまでも続いて欲しいと思っている。ところが、街道整備が始まってしまったら、いま首都に出稼ぎに来ている人は仕事を求めて東部に移動し、経済の中心も東に移るだろうと思われる。すると必然的に西部の儲けは少なくなる。

 

 大森林の街道にしても同じことで、彼らとしては、勇者領から流れてくる物資は全てフェニックスを通過して欲しいのだ。そうすれば今まで通り儲けられるので、獣人がどうのこうの言うのはただの口実で、単純に儲けが減ることを彼らは恐れているわけである。

 

 さらに言えば、東部が潤うということはクレア派が潤うということでもある。それはロバート派にとっては大問題であり、ここに西部貴族とロバート派の意見が一致したというわけである。

 

*********************************

 

 ロバート派のクレーム、それに異議を唱えるクレア派の乱入。鳳の目の前で繰り広げられた領内貴族たちの小競り合いは、最終的に鳳がキレて怒鳴り散らすまで続けられた。鳳は見た目はただの若造であるが、そこは本物の勇者……怒らせたらまずい相手だということは彼らも重々承知していたようである。

 

 鳳は結局、彼らの自分勝手な言い分を聞いていても埒が明かないので、とにかくクレームは受け付けたと言うことで、今日のところはさっさと帰らせた。空気の読めないロバートは最後までグズグズ言っていたが、最終的には彼と一緒にやってきた腰巾着に引きずられるように帰っていった。

 

 鳳はうんざりしながら練兵場を後にすると、庁舎の執務室へ戻り、神人二人が見ているのも構わず、靴を脱ぎ捨ててソファに寝転んだ。仕事中、滅多なことではそんなだらし無い姿を見せない彼が珍しく疲れていることに気がつくと、神人たちは恐る恐ると言った感じに尋ねてきた。

 

「それで、ヘルメス卿。今回の件はいかがなさいますか?」

「いかがも何も……俺のほうが聞きたいよ。どうしたらいいと思う?」

「この国でヘルメス卿の声は絶対です。本来、あのような苦情など受け付けなくとも、あなたがこうすると言えば誰も逆らうことは出来ません。現実問題、領民の生活は苦しく、今のまま放置していればいたずらに被害が増えるだけでしょう。ここは彼らの言うことなど聞かず、強行するのがよろしいかと」

「まあ、そうするのが妥当だよな……」

「まだ何か気がかりがございますか?」

 

 鳳はため息交じりに、

 

「問題は、仮にこれを強行したところで、俺の引退後も街道が維持されるとは限らないことだ。恐らく、ロバートが後を継いだら確実に街道を封鎖しようとするだろう。そんなんで、やる意味があるのだろうか……」

「それならば、あなたがこのままヘルメス卿の地位に留まっていればよろしいじゃないですか」

「またそれか……何度も言うが、俺はこの仕事を続けるつもりはないよ。出来るだけ早く後任に譲るつもりだ」

 

 今度は神人二人の方がため息交じりに、

 

「でしたら、早めにクレアを後継に据えたらどうでしょうか。ロバート様とは違い、彼女なら勇者領からの反発も無く、改革にも理解があります。問題があるとするならば、女性である彼女が領主の座に就くことを、領民が納得してくれるかどうかですが……」

 

 ディオゲネスの方がそこで言葉を区切ると、もう片方のペルメルがシレッとした顔で続けて、

 

「なら鳳様が適当に子供でも作ってやれば、領民も納得するのではないでしょうか」

「君、わりと恐ろしいこと言うね……」

「そうでしょうか。少なくとも、クレアの方はそれを望んでいる節がありますよ。彼女は家名を残すためには何でもする女です。後継者になりたいなら一発ヤラせろと言えば、必ず乗ってくるでしょう。後腐れなく女を抱けるチャンスですよ」

「チャンスですよじゃないよ! ゲスいなあ、君は……まさかそんなこと言い出すキャラだったとは思わなかった」

「何をおっしゃる。アイザック様にこの世界に召喚された日、あなただって結構乗り気だったじゃないですか」

「……そう言えば、そんなこともあったなあ」

 

 思い返せば、あれからまだ1年も経ってないというのに、何だか遠い昔の出来事のように思えた。ペルメルの言う通り、あの時は女を抱き放題と言われて無邪気に喜んでいたが……今となっては状況が違いすぎた。今は女を抱くどころか、近づくことさえ出来れば避けたいのだ。だが、事情を知らないこの神人に、そんなこと言っても仕方ないだろう。

 

 鳳がそんなことをぼんやり考えている時だった。コンコン……っとドアがノックされ、外からアリスが入ってきた。

 

「失礼します。クレア様が面会を求めていらっしゃいますが、いかが致しましょうか?」

 

 何の用事かと思えば……たった今、男三人でゲスい話をしていた相手である。鳳は別に自分は悪くないのに、何だかバツが悪い気分になり、

 

「街道整備のことなら、今日はもう話すつもりはないって言ってくれ。つーか、ついさっき帰れって追い返したとこなんだけどな……」

「街道整備ですか? いいえ、クレア様は孤児院のことについてお尋ねしたいとおっしゃってましたが……」

「孤児院だって?」

 

 てっきり、さっきの話の続きか、もしくは自身の後継問題について言ってくるのだろうと思っていたのに、全く予想外の単語が出来て鳳は戸惑った。クレアのような華やかな女が、孤児院なんかに興味を示すとは思えないので、もしかすると鳳に近づくために搦手を使っているのかも知れないが……ともあれ、まずは話を聞かなければ何も始まらないだろう。

 

「分かった。ここへ通してくれ」

 

 鳳は警戒を怠らないように気を引き締めると、脱ぎ捨てた靴を履き直してから執務机へと戻った。

 

「我々は席を外しましょうか?」

「……いいからそこに立っててくれ」

 

 ペルメルの冷やかしに憮然と応え、手持ち無沙汰に机の上の書類を整理していると、アリスに案内されてクレアがやってきた。彼女は室内に入ると神人二人に向かって軽く会釈をし、続いて鳳の前に進み出ると、まるで王侯貴族にするかのように恭しくお辞儀してみせた。

 

「ヘルメス卿におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。本日はお忙しいところお時間を頂き大変恐縮に存じます。慈悲深い貴方様の優しさに感謝を……」

「いえ、堅苦しい挨拶は結構ですんで、本題をどうぞ」

「まあ、そっけない。でもそう言うところも素敵ですわ」

「お世辞もいいですから」

 

 鳳が少々乱暴な口調で言っても、彼女は優雅な姿勢を崩さずににこやかに笑みを浮かべてみせた。そこには生まれついての勝者のような貫禄があった。

 

 プリムローズ家は数代前のヘルメス卿の娘が、特に武功などは無かったが、当時、社交界でブイブイいわせていた初代を見初めて結婚し、その頃から辺境化していた北東部の領地を与えられ興した傍系だった。

 

 嫡出男子に恵まれず、すぐに直系は途絶えてしまったが、元がヘルメス卿の娘の降嫁先だったので、遠縁として今も扱われていた。その家系はやたら美男美女が多く、代々、社交界の人気者を排出していたが、今代のクレアも神人もかくやという美しさを湛えた息を呑むような美女だった。

 

 美女は見慣れているこの世界の人々だが、神人と違い人間ということは問題なく世継ぎを産めるわけで、社交界では大人気であり縁談には事欠かない。彼女自身もその立場を意識しているようで、優雅なふるまいの中には、男性を惹きつけるような艶美な仕草も時折見られた。

 

 当然、鳳にもグイグイ迫ってくるので、そんなわけで今は出来るだけ女性を避けたい彼は少々苦手にしていた。しかし彼がそっけない態度を取っても、彼女はそれをただの照れ隠しと思っているようで、今もまるで恋する乙女のような潤んだ瞳で、彼のことを見つめながら目の前に立っていた。

 

 こんなものをいつも見せられているのだから、神人二人が気を利かせたくなるのも分かるというものである。

 

「それで、今日はどういうったご要件で? 孤児院がどうとか言ってたそうですが」

 

 クレアの潤んだ瞳でじっと見つめられていた鳳が、いらいらしながら強く促すと、彼女はわざとらしくハッとした表情を作り、ここへ来た用事を思い出したかのように手を打って、

 

「そうでしたわ。今日はヘルメス卿にそのことを尋ねようと思いやってきたのですわ。そうしたら、ロバート様が何やら大勢を連れて貴方様のところを向かったと言うので、急ぎ仲間を集めてまいった次第なのですが……お気に触ったのなら申し訳ございませんでしたわ」

「いえ、色々と領内の事情が知れたのは助かりましたよ。それで?」

「ええ、実は私の領地のことなのですが……知っての通り私の領地は辺境の不毛の地。お恥ずかしい話ですが、今回のヘルメス戦争ではずっと帝国軍の占領を受け、領民に苦労をかけてしまいました」

 

 辺境の領主が領地経営に熱心じゃないことは知っていた。それにしても、そんな簡単に国境侵犯されるなよと思いもするが、そこはそれ、現代とは事情が違うのだろう。昔の国境はもっと曖昧だったと聞く。だからそのことを責めたりするつもりもなかったのだが……

 

 彼女は一体、何が言いたいのだろうか? と警戒していると、彼女は相変わらず潤んだ瞳で意外なことを言った。

 

「そのため、終戦後も領内が乱れていたのですわ……そこへ貴方様の命令を受け、私は取り急いで領内の孤児を保護したのですが、その数が思ったよりも多く手に余ってしまいまして……全ての子供たちの面倒を見るのが困難な状況になってしまったのです」

 

 鳳はその言葉を唖然としながら聞いていた。そう言えば、鳳は孤児院を作る布石として、全土に向けて孤児保護令のような物を出していた。しかし、殆どの領主が鳳の命令など聞かずに、孤児を領外へ追い出していたから、彼は首都に集まってきた子供たちを保護する施設を作ったわけだが……

 

 クレアはヘルメスの後継者として、鳳の印象を良くするためにも、その命令を真面目に守っていたようだ。だが、彼女の領地は広大な上に貧しく、保護した子供の数は相当な数に上ってしまっていた。ろくに領地経営などしたこともない彼女に、それは荷が重すぎたのだろう。

 

「そんな時、首都で貴方様が孤児院を開いたと聞き及び、私の領地の参考にならないかと思い視察に来たのですが……貴方様のお建てになられた孤児院のなんと素晴らしいこと! 子供たちはみな生き生きとして、とても親に見捨てられた子供とは思えませんでした。これもすべて勇者たる貴方様のお力の賜物。それで私も是非、このような施設を作りたいと、ご教授を願いにまいったのです。出来ればこの後、じっくりとお話を伺えたら嬉しいのですが……」

 

 醜聞ばかりに意識が向いていたが、中にはクレアみたいに鳳の命令を聞いて孤児を保護している貴族もいるだろう。そういう人たちを支援し、ちゃんと表彰しなければならない。鳳は、自分が命令したくせに片手落ちだったことを恥じながら、すぐに彼女にその旨を伝え、

 

「まずは子供たちを保護してくれたことに感謝します。このことは近く領内に広めて、あなたの功績に報いましょう。それで孤児院のことですが、あれは俺が開いたことになってますが、実際には建物の間取りもその仕組みも、外部から招いたベル神父が行ったものです。彼を紹介しますので、質問はそちらにお願い出来ますか」

「まあ、そうでしたの? でしたらそのベル神父も交えて、このあとお食事でもいかがでしょうか? 実はフェニックスに最近出来たレストランを予約しておりますのよ。早馬を駆使して、この辺りでは手に入りづらい海鮮料理をお出しする店で、きっと貴方様のお口にも合うと思いますわ」

 

 鳳はグイグイと迫ってくるクレアにむかって表情を変えずに、

 

「せっかくのお誘いですが、今は特に腹も減ってなく……」

 

 と言った時、間が悪いことに、彼の胃袋が突然グーと音を立てた。それが防音の効いた室内に思いのほか大きく響き渡り……鳳はバツが悪くなって顔を引き攣らせつつ、

 

「……減ってなくもないのですが、まだ仕事がありますので、腹にものを入れるわけにはまいりません」

「お仕事が終わるまでお待ちいたしますわよ?」

「それには及びません。いつ終わるかわからないので。ベル神父のところにはこちらのディオゲネスが案内しますから、彼についていってください。ディオゲネス、くれぐれもクレアさんに失礼のないように……あともちろん、神父様にも」

「かしこまりました」

 

 ディオゲネスがそう言ってエスコートするように腕を差し出すと、クレアは素っ気ない態度を取り続ける鳳に向かって子供みたいにむくれながら、

 

「もう……今日のところはこれで引き下がりますけど、出来れば近い内に一度、私の誘いにも乗ってくださいね」

 

 鳳は首を軽く上下するだけで返事した。彼女はそれを見てため息を吐くと、ごきげんようとお嬢様のような挨拶をして優雅に去っていった。いや、お嬢様のようではなく、正真正銘お嬢様なのだろう。

 

 バタンとドアが閉まり、彼女の香水の匂いだけが室内に残された。鳳がその芳しい香りを意識した時、また彼のお腹がグーと鳴った。ペルメルはそんな彼のことをジト目で見ながら、

 

「そんなにお腹が空いてらっしゃるなら、一緒に行かれたらよろしかったでしょうに。仕事なんて、今日はもう特になかったでしょう?」

「いやそんなことはない。俺は忙しいんだ。食事はここで取るから、アリスに軽食でも持ってくるように頼んでくれないか」

「……やれやれ、我が主は潔癖であらせられる」

 

 ペルメルは呆れるように肩を竦めてから、一礼して部屋を出ていった。鳳は部屋から人が居なくなるや、はぁ~……っとため息を吐いてから、慌てて部屋の窓を全開にして彼女の残り香を追い出した。

 

 むせ返るような女の匂いが彼の肺に充満すると、どうしようもなく胃がキリキリした。ずっと興味のない振りをしていたが、本当は彼女のことを相当意識していたのだ。

 

 だがそれは美女に迫られてドギマギするようなものではなく……頭がガンガンするような……どうしようもない怒りがこみ上げてくるような……喉の乾きとか空腹感とか、もっと別の感覚であり……それと同時におかしな声が彼に囁くのだ。

 

『あいつを殺して……殺してよ……』

 

 その声は、いつかどこかで聞いた覚えがあるような気がした。それは彼がこの世界に召喚される前の世界の出来事だ。だが、そんなはずはない……そんな出来事はなかったはずだ……

 

 鳳はそれを誰かに知られるわけにはいかないと自分に言い聞かせながら、外から流れ込む冷たい空気を吸い込んでいた。

 


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